クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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待たせたな!(猛虎落地勢)



クモは晴れ、後またクモでしょう

「キミ、視覚に頼ってないけど『眼』には頼ったよね?」

「むぐっ……」

 木に寄りかかって疲弊している中、衰えない鋭さを伴ったツッコミがクラピカを襲った。

 クラピカの最後の一撃、技こそ【導く薬指の鎖】(ダウジングチェーン)による探知攻撃だが自身のガードに回すためと攻撃の強化に緋の眼となり能力を発動させたのである。

 それだけならああも言う必要はないが、問題はその後で限界近い状態で能力を使用した事によって殆ど動けなくなりかなり嫌々カルトが兄弟含める三名をなんとか安全な場所まで運んだのである。

「その、本当に申し訳ないさね…… 修行してやんぜと意気込んで蓋をあけりゃ負けちまった上に意識が戻るまで適当な場所に運んでもらって」

「ここからは私達が運びますので」

 言うや否や丁寧に兄弟はそれぞれを担ぎ、元来た道を戻り始める。

 

「あぁあ~、眼がまだしょぼしょぼするぅ……」

「…… まだやってたんですかアナタ」

 

 

 道中フラフラさ迷っていたトールは呆れられた様な調子でノウンに引っ張られた。

 

 

「とりあえず、【念】の戦闘はどうだったさね?」

「単に格闘するだけでない推測やある種の謎解きに似た要素もありかなり奥が深いものだというのはよく分かった」

 家に戻り、何故か客の身分にあたる兄弟が茶を用意し感想を聞いてきた。

「それが分かりゃ充分さね、なんやかんやあったけどアー姐さんからのノルマは達成したさねヤッター!」

「色々不足気味な兄に補足を入れますと、私達は主に【念】の戦闘において常識の外である力を相手に柔軟な発想で戦えるか? そして、それを実行出来る程度に【念】を体得しているか? この二点が出来るのかを確かめていた訳ですね」

 発想と実行力、確かにこの二つは【念】の戦闘においてかなり重要な部分である。

「当初はオレらの攻撃八割防いで合格みたいなそんなノリだったんだがヒートアップしちゃった…… しかも負けたさね」

 ヤッターと万歳した姿勢から一瞬でアーノは沈む。

「へぇー、二人とも勝ったのかぁ! 俺は終始何も視えなかったしホント凄いな」

 トールは純粋な目で二人を褒めながら丼に茶を入れ物凄い勢いで飲んでいた。

「オレらの攻撃完璧に避けてなんでこの子そんなノリで平然と言えるの? オレらやっぱおちょくられてるコレ?」

「当人は絶対バレてないと思っているらしいんだ、悪気は無いのだし頼むからスルーしてくれないか?」

 アーノの疑問にクラピカが小声で答えるというかお願いする。

「それでも…… これだけは聞きたいさねトール君!」

「おっふぁ!? 何でしょうか?」

 急に大きな声で話しかけられたのでトールは噎せかけながらも返事をする。

 それに対し、アーノは一度深く息を吐くと戦闘時より真面目な顔でトールに詰め寄る。

 

「キミはアー姐さんの若い燕か!」

「何言ってんだアンタ!?」

 余りにも予想外な質問でトールは素で返した。

「そんなんじゃねぇから! 親友だし家族みたいなもんだけどそういうアレじゃないから! ホントそんなんじゃないから!」

 必死な三度に渡る否定である。

 過去に似た様なシーンがあった気がしないでもないが今は完全否定しなければという気持ちでいっぱいである。

 

 その言葉にアーノは座り直す。

「その言葉が聞きたかったさね!」

 そして物凄い笑顔で言われた。

「いやー、もしそうなら大事だし戦闘どうしよっかって迷っててねぇ」

 どんな迷い方だよ、躊躇いのされ方が物凄いアレだろとトールは言いたかったが気力が湧かなかった。

 

 

「なら最初にキミだけ重点的に本気で攻撃したの謝るさね! 勘違いの嫉妬ほど見苦しいものはないさね!」

「ですね、私の方からも謝罪を……」

 

 

 瞬間、カルトとトールは固まった。

「さって、帰るぞノウーン! 疑問が晴れれば居続ける理由無しさね!」

「兄さん! …… すみません兄がそそっかしくて、お姉様には私の方から合格の旨を連絡しますので」

 そう言って晴れやかな顔をして兄弟は来た時と同じように混乱を残して行った。

 

「二人とも、一体どうしたというんだ?」

 震える手と声でアルゴの写真データを見せこれが件のアー姐さんだと言ったとき、クラピカも全てを理解して固まった。

 

 

 

「しっかしまぁ、こんなにボロボロになるたぁね…… 服の方は新しく拵えてくれたけども」

「予想外でしたね、流石にハ……」

 そこから先を言おうとしたノウンの額に軽く衝撃が走る。

 アーノが凸ピンをしたのだ。

「『ハンデを与えすぎましたかね?』ってか? バッカおめぇ修行なんだから潰すつもりの全力でいってどうすんさね、若い芽を摘むんじゃ無くて育てるの!」

 その指でノウンを指差す。

「でも兄さん、トールさんに関しては寄生以外(・・・・)の攻撃方法も使ってましたよね?」

「オマエだって本来の【光輝透明という矛盾】(クリアライト)使ってたろがい、それ含めての謝罪さねさっきのは」

 苦い物でも食べたかのような表情でノウンの言葉を返す。

「つーかこれ使ってりゃ負けなかった~、なぁんてのは言い訳にならんさね。実戦なら言う前にポックリチーンてな」

 死者を弔うモーションをしながらアーノは続ける。

「だから今回の修行は成功オレ達惨敗ハイ御終いってことさね」

「フフ…… そう、ですね」

 アーノの飄々とした調子にノウンは納得して笑う。

「じゃ! 納得した所で早速行きますか」

「はい? お姉様は今お忙しいので電話での報告になるのでは?」

 早急に行くべきだと言わんばかりの歩み方にノウンは疑問符を浮かべる。

「そうじゃないんさねぇ、アー姐さんに会いに行きたいのは山々なんだがそれは無理なの分かってる。それより重要な所さね」

 アーノは人差し指を左右に振ってチッチとまるで分かって無いなというジェスチャーをし、その指を今度は自分の胴体に向けた。

 

 

「多分骨にヒビ入ってっから病院行くさね、呼吸が痛ぇ」

 

 アーノ=キュコウ、肋骨の不完全骨折により全治一週間である。

 

 

 

「もう行くのか?」

「ああ、半年とはいえ充分力を付けたと思うからな」

 兄弟の修行から少し、クラピカは斡旋所に再び行くと旅立ちの準備をし終えたのである。

「あと餞別の服はもういい、スーツと他数着でホント充分だ」

 荷物の圧迫と曲がりなりにも高価な服の為、まだ収入を得ていない自分がそう気軽に貰っても心情的に困るという遠慮の二点からスッパリ断ると、ケースを閉める。

 【念】を体得した事によって武器の類を大幅に減らせた故に、軽い。

「トールは約束の日までどうするんだ?」

「んー、カルトと暫く一緒にいる事になってるし向こう任せだなぁ、九月ちょい前にはヨークシンに何があろうが行くけど」

 あやふや無軌道な男はやはり予定もしっかりしたもので無かったが、ヨークシンに来る事だけは確実だろうと分かった。

「そうか、次はヨークシンで会おう」

 クラピカは玄関を開け、家を出た。

「おーい、クラピカァ!」

 そしてドアを閉め暫くした所で急に窓からトールは身を乗り出す様に開けて出ると声を上げた。

 

「行ってらっしゃい!」

 久しく言われなかったその言葉に、クラピカは笑って片手を上げた。

 

 

「アイツやっと行ったの?」

「クラピカならもう行ったよー、食休みしてから行けばいいのに」

 台所で皿を片づけながら聞くカルトにトールは窓を閉めながら答える。

 さてカルトはこの後どうしようかと考えながら窓から離れた瞬間、彼の両足も地面から離れた。

 何時の間にか後ろにいたカルトの扇子が、彼を横一文字に斬ろうとしていたのだ。

「じゃあ聞くけど約束の日ってなに?」

 

―― それ聞いてるんならクラピカが言った事も知ってるのにぃ! 何故聞いた!?

 

 攻撃の瞬間軽く意識がトぶものの、次にカルトの顔を見たらすぐ思考が働くようになった辺りトールもカルト限定で慣れてきたようだ。

「あー、簡単に言うと九月一日ヨークシンに仲間全員集合ってこと、名目上はゴンのリターンマッチだけど」

「なかま? …… もしかして侵入者達と…… 兄さん?」

 扇子を仕舞いながらカルトは聞く。

 その通りだと頷いた瞬間、居合の様に扇子がまたトールを切り裂くべく振るわれた。

 やはり扇子は空を切り、避ける動作で椅子に座ったトールはとりあえず落ち着こうとテーブルの茶を飲んだ。

 

 傍から見れば余裕すぎてティータイムと洒落込んでいる様にしか見えないが。

 

「ふーん…… 兄さんがヨークシンに」

「そういう訳だから八月最終週にゃ出発したい所存でありまして」

 何かを考えるカルトにトールは下手に出る様な調子で喋る。と同時に茶を飲むので全く下手に出ている感じは見受けられないが。

「分かった、ちょっと電話してくる」

 湯呑が空になる頃、カルトは顔を上げるとそう言って部屋に行ってしまった。

 

「お待たせ」

 トールが茶請けのお菓子を出して食べ始めた頃、カルトは機嫌よく現れた。

「なんか良い事あった?」

「これからね。そうそうヨークシンについては安心してよ、行けるから」

 その言葉にそうか良かったと最後の茶を啜った。

「だから安心してボクの修行を再開してくれていいから」

「やっぱそうくる?」

 彼の頭の中には服のオーダー表と修行メニューが混在していた。

 そのせいで彼はカルトの何がそう上機嫌なのかを聞かなかった。

 

 それが彼の運命をさらに苛酷に、そして傍から見て愉快な方へ導く事となる。

 

―――――――――

 

―― 今回の奴らは優秀そうだな

 

 窓から覗く月夜がまるで名画の様に見えるその部屋は、その雰囲気に合うピアノの音で満たされていた。

 

―― この一月で次の課題も楽々とこなせるだろうし、そうなるなら埋まっている分スクワラにはボスの身辺警護の強化に回らせるか……

 

 ピアノを弾く男…… ダルツォルネは今後入るであろう新人を数に入れた護衛の計画を立てていた。

 月光を背に浴びてピアノを弾く姿はそれだけを聞けばロマンチックな雰囲気や幻想的なソレを思い浮かべるだろうが、侍女の間では「なんか鼻につく」と密かに不評だった。

 

 見事な月が大きな雲に隠れ、室内は雰囲気重視の為にさほど明るくないキャンドル型のスタンドの明りだけとなる。

 そしてダルツォルネはピアノの鍵盤蓋をゆっくりと閉め……

 

―― そこかッ!

 

 椅子に立掛けていた刀を自身の背にいた人影に向かって背後に思い切り突き刺した。

「フン…… 他愛ないな」

 やや湿った感触、引き抜いた時に背に掛かる生温かいもの…… 再び顔を出した月光によって浮かぶ影からして心臓を一突きしたと確信する。

 自身を襲った者は何者なのか? それを確認すべく振り返ったダルツォルネが見たもの…… それは――

 

「…… それはこっちの台詞なの」

 

―――― 赤だった。

 

「な、に……」

 次いで来るのは腹部の衝撃、視界は一気に霞んでゆく。

 霞む視界が捉えたのもやはり赤、全身が赤く細い女性のシルエット…… その腕が自分を貫くその様子。

 そして、死を感じさせる意識の消滅故の黒…… 鈍重になる思考が最後に出した言葉は崇高なものでも誰かへのメッセージでも無く「刺したはずだ」という死にゆく者の言葉としては小さく、されど彼にとって人生最大の疑問であった。

 

「いっけない! ついこのまま殺っちゃったの……」

 ピクピクと動くも糸の切れた人形の様に倒れたダルツォルネの腹部に、未だ腕を刺したまま座り込む赤い女性のシルエットと場にそぐわない、お転婆少女の様な調子の声。

「だからよろしくね♥」

 ハートが飛び出しそうな声と共に現れたのは、ややがっしりとしたしかし同じ様に赤い男のシルエット。

 それが無言でダルツォルネの隣で同じ様にしゃがむと、女性のシルエットは言葉も無しに刺さった腕を常人では分からない速度で引き抜き、それに合わせて代わりに自身の腕を押しこんだ。

 

「ん~、やっぱり服に靴が合ってないの…… 今度買いにいかないとね~」

 

 液体を啜る不気味な音をバックに何でもない日常の事を喋るその声は、声質とその内容に関わらず酷く不気味に響いた。

 

―――――――――

 

「オレ達を一週間で再度呼んだ理由は何だ?」

 ラフな格好の男、芭蕉は当然の疑問をスクワラに投げかける。

「言っとくけど一ヶ月で予定組んだから流石に一週間じゃキツイわよ?」

「いや、契約のテストはもういいんだ」

 ヴェーゼの言葉に答えたのは最初の雇用テストに紛れていたもう一人の護衛であるトチーノである

「なら契約はキャンセル? …… いいえ違うわね寧ろ逆、このリズムは否定してるわ」

 彼らの口が開くより早く答えを知ったのはセンリツが心臓の鼓動からその正否を判断出来るからであろう。

「では合格と言う事か、一体何があったんだ?」

 率直にどんな予想外の事が起こったのかをクラピカは二人に聞く。

 それに二人が顔を一瞬見合わせると、スクワラが頷く。

 彼が説明する様だ。

「あー、驚かず聞いてくれ…… まず屋敷でモニター越しに話していた男がいるだろう? アイツはダルツォルネという名でボスの護衛団のリーダー、だった(・・)男だ」

 その言い方に、四人の目付きは明らかに変わった。

 

「お察しの通り、死んだっつーか殺されたよ…… 自宅で、つまりは暗殺だ」

 その事実に場はさらに静まる。

 

「しかもかなり厄介な奴に殺されたみたいだ」

「…… ちょっと待って、暗殺されたのに誰が殺したか分かるの?」

 続いたスクワラの言葉に大きな疑問を抱いたヴェーゼが割って入る。

「死体の状態があまりに特徴的だからな」

 シンプルな答えに合わせる様にトチーノは懐から一枚の写真を取り出した。

「うへぇ、コレがあの男か? 依頼のミイラより余程綺麗なミイラじゃねーか」

 芭蕉の言葉通り、その写真に収められていたのは高級な絨毯に横たわり腹に大きな穴を空けて干乾びているダルツォルネらしきものだった。

「ダルツォルネの自宅には他に数人の侍女がいたが、全員同じ様に腹やら胸やらに穴あけてミイラになっていた」

 続けて出した写真も同じ様なミイラであった。

「この殺され方で直ぐに分かる、殺ったのはここ数年いきなり名を上げ始めた殺し屋集団『レッド』だ」

 と言っても通称がレッドであって特定の名は無いがと補足を入れる。

「数少ない目撃証言が複数人の真っ赤な服を着た男女からこの通称だそうだ」

 それはもはや仮装集団と言っても過言ではない派手さだろう。

「そして死体は毎度干乾びてミイラ、格好も殺し方もここまで派手にも拘らず代表が『リコ』と呼ばれる女性という情報以外尻尾を掴む事が全く出来んらしい…… これも渾名っぽいしな。現に今回も監視カメラの類は全部クリアされてたしオレの犬で血の匂いを追う事も出来なかった、あれだけの量の血を扱ったにも関わらずにだぞ?」

 まいったと言った調子でチラリと窓を覗くスクワラの視線の先には日を浴びて眠るブルドッグがいたがアレに匂いの捜査をさせたかは定かでは無い。

「だがハッキリしていることがあるだろう…… ダルツォルネが依頼を受けて殺されたという事実が」

 クラピカの言葉に護衛二人は神妙な顔で頷く。

「実行犯の『レッド』を追うのは困難極まるが雇った奴を見つける事はそれより少しは簡単だ、それでもあくまで少しってレベルだが…… 加えてもう一つ問題がある」

 一旦切ったスクワラに一筋の汗が見えた。

 

「殺しのターゲットがダルツォルネだけじゃねぇ可能性が高い、というよりそもそもターゲットがダルツォルネ単独の可能性の方が低い」

 言って彼は疲れた様にソファーに身を預けた。

「さっき暗殺とは言ったがコイツの依頼は基本的に幹部全員等複数、噂じゃ小規模な組一つ丸々ターゲットなんつーのもやったらしい『皆殺し』が主な内容だそうだ」

 むしろ一人だけ殺したケースの方がレアらしい。

 今回もダルツォルネ以外にも複数人の侍女を殺しているので信憑性は高い。

「つまり、元リーダー殺害は唯の始まりであり雇い主(ボス)にも危険が及ぶと……」

「その通りだ」

 センリツの要約にトチーノは肯定する。

「そんな危険な状態で、正式な契約後ならともかく前にこんななら雇われても困るわ」

 もとより危険なのは承知の上だが流石に『狙われている』と分かり被害も出ている状態ならそういうのも無理ではなく、ごく普通の事である。

「そうなるだろうから言うが、雇う金額を40%増やすし実際危険な目に遭ったなら更に手当がもらえる」

「金が倍近く増えても危険がそれ以上に大きくなってるなら意味無いじゃない」

 また踏まれたいの? とヴェーゼは足をスクワラに向ける。

「まぁ待ちな、他にもなにかあるんだろう?」

 芭蕉の言葉に、足を向けられなんとも言えない表情をするスクワラに代わってトチーノが頷く。

「肝心なのはそこだ、危険度が上がれば金も増えるのは当たり前…… しかし、危険度が極端に跳ね上がるって訳じゃない」

 それは一体どういう事かという疑問が場を包む。

「なに簡単な話だ、こちらも対抗して殺し屋を雇ったんだ」

「それで安心しろって? 相手は新手の化物なんでしょ」

 こちらも同じ人種を呼んだから安全だと言う安直な物言いにヴェーゼは納得しなかった。

 

「…… それがあのゾルディック家でもか?」

 

 その名が出た瞬間、彼女は驚く顔をしたが声が出なかった。

 

―――― ゾルディック…… 曲がりなりにも『裏』の仕事をしている人間にとってそれはある種の伝説であり、確かに存在する暴力なのだ。

 

「その話、本当でしょうね? 嘘だとしたらゾルディックはチープすぎるわよ?」

「オレも嘘じゃねぇかと未だ思ってるが正式な連絡でな」

 言っている本人でさえ、動揺があった。

「…… 嘘じゃ無いみたいね、少なくともアナタにとっては」

 その鼓動に虚偽の類が現れていないことを聞きとったセンリツも驚きを隠せていない。

「オレ達二人はまだ会ってないがもう間もなくここに到着するらしい…… で、それでも抜けたいってんなら来る前に去ってくれ」

 数秒、彼女は足をおろし考えるとやがて腹を括った様に座りなおした。

 

「OK、どうやら全員契約成立だな」

 

 誰も席を立とうとしない状況を見て彼は言う、そしてその直後後ろの扉が開き侍女の一人が彼に耳打ちした。

「どうやら到着したようだ」

「なによ、結局考える時間なんてないじゃない」

 各々座り直したりなどする中、クラピカは微動だにせず考え事に集中していた。

 

 ゾルディックという単語から感じる途轍もなく嫌な何かについてである。

 

 必死に頭を回転させ、キルアやあのハンター試験に出てきたキルアの兄、そして母親と思いだすがやはり最終的に出て来るのは末っ子のアレ。

 

…… というより、その隣で暴飲暴食する赤錆頭のアレ

 

―― いや、そんな事は無い…… 彼はゾルディックの人間ではない。キルアは除くにしても末っ子のアレも未だ修行中と言う点も考慮すればあの兄やセオリー的に父親ないし母親が出て来る確率の方が上!

 

「あの…… アナタ大丈夫かしら? 何とも言えない心音もそうだけど、それ以前に顔色が……」

 緊張のリズムの中、余りに異質な心音を刻むクラピカに気付きセンリツが心配して声を掛ける。

 確かにクラピカの顔は青くなったり赤くなったり頭の色と合わせてまるで信号機の様であり、誰であれ一発で不安になる。

「いや、大丈夫だ……」

「お、来たみたいだな」

 クラピカの返答と被る様にドアをノックする音が響く。

 そして、クラピカが心を落ち着かせる時間など存在する訳も無く先程の侍女がスッと扉を開けた。

 

「え?」

 

 それは誰の声かは分からない、だがこの場にいた者達殆どの心の声であった事は間違いない。

 

 陶器の様な白い肌、そして深い闇の様なそれでいて作り物の様な眼、整っていながら…… いや、むしろ整っているからこそ精巧な人形のイメージを与える――――

 

―――― 子供が現れたからだ。

 

「ちょ、ちょっと! この子が雇った殺し屋、しかもゾルディックだって言うの!?」

「あ、いや……」

 問い詰められたスクワラはどう返していいか分からず言葉に詰まる。

 なにせゾルディック家を雇った位しか情報が行かず、そして現状子供が出てきて自分も困っているのだ。

 どうにかしてくれとトチーノを見るが、彼も驚きを隠せずどうしたものかと考えて視線が泳いでいる。

 

 もはや今の彼に出来る事は外で待機している犬達(相棒)を窓越しに見て助けてくれないかという妄想を浮かぶぐらいであった。

「一秒……」

「え?」

 不意に子供が口を開く。

 

「キミを殺すのに一秒もいらない」

 

 眼が、気配が、何よりも微かに強くなるオーラがそれが本当の事であると雄弁に語っていた。

 ゾルディックという看板のみならず自分という存在を紹介するこれ以上ない名刺となった。

 

 口を噤む、その場にいた殆どが、それは本当の事であると理解して飲まれたからだ。

 

―― 心音が? これは苛立ち?

 

 センリツは子供の音が変わるのを聞き取り顔を上げる。

 視線の先には音を聞かなくても人間関係の機微が分かるものならすぐに分かる苛立ちの目付きをして一人の人物、クラピカをじっと見ていた。

 しかし、当のクラピカはそんな視線などまるで気にしないという様に目を、いや、身体そのものが止まったままであった。

 異常、この場を『音』という観点から捉えているセンリツだからこそ分かるそれ、そして察知するここに近づくもう一つの足音。

 

「いやー、すみません…… 道に迷ったもんで」

 

 それは異様な空気に侍女が開けっ放しにしていた扉からひょっこりと現れた。

 もう一人の和装の子供―― 否、阿呆がはち切れる寸前の風船に等しいこの空間を容易く結った紐をとき情けない音を立て萎ませるが如く登場したのである。

 

 場は静かになるどころかより一層の音が響き渡る事になった。

 

 一つはガリガリと頭を掻く音、発生源は頭を抱える様にして件の音を出すクラピカである。

 この時点で異様であるがもう一つの異音がそれを助長する。

 それ即ち窓を無数に叩く音、そして吠え声のセット。

 

 庭にいたブルドッグが今にも飛びかからんとする勢いで窓に前足をぶつけつつこの部屋に向かって吠えているのだ。

「元気な犬ですねー…… ってクラピカ!?」

 外の犬を実際に襲い掛かってくる森の獰猛な獣からすれば可愛い方だという比べる対象を間違えた故に元気の一言で片づけたトールは視線を部屋に戻したその時、自分の仕立てた服を纏った人物を見つけて指差す。

 その部屋にいたカルトと当人以外がクラピカに注目する最中、本人は溜息に近い何とも言えない声を発するに留まった。

 その混沌とした状況でトールは何か考える様に数度首を傾げると、ハハンなるほどとでも言いたげな顔をした。

「えっと、実はまだボス? に話を直接していないので今から言ってきますね」

 そう言ってトールは扉に戻って…… またひょこっと首だけ出して侍女を見ると

「あのー、ボス? の部屋まで案内してくれません?」

 侍女は一瞬不気味なモノを見た怯えた表情をしたがすぐに表情を戻すとトールに続いて部屋を出た。

 

 そして部屋は時計が時を刻む音より大きな音がない静まった状態となった。

「何故、トールがいる?」

 その静寂を破ったのは軽い混乱から元凶がいなくなったことによる回復をみせたクラピカだった。

「ゾルディックにも食客っていう概念はあるし、あくまで殺す役はボク…… プライベートじゃないんだ、この答えで充分でしょ? ボクだって君の事は言わないから」

 自身の母がかつてそうであったようにゾルディックにも他者を受け入れるという概念は存在する。 …… 一応、という言葉が頭に付くが。

「待てよ、今の奴はゾルディックじゃないのか!?」

 声を出したのはトチーノだった。

 先程のよく分からない子供もゾルディックだとばかりに思っていた他の連中も同様の事を思ったという顔をする。

「そうだけど実力は保障する、というかボクより強いよ」

 その言葉にトチーノはチラリとセンリツを見た、彼女の表情は驚き…… それが真実であると確かめるのはそれで充分だった。

 それだけ言ってカルトも部屋から出ていった、どうやらトールに続いてボスのもとへ行くようだ。

「…… 最近のガキは大体化物か」

「いや、彼…… トール=フレンズに関しては私より年上だ」

 芭蕉の言葉にクラピカが訂正を入れる。

「実力も私が再度保障しよう、そもそも彼はプロハンターで私達の【念】の師なのだからな……」

「マジかよ……」

 プロハンターであるというだけでその辺りの証明たるに充分であるのにさらにそんな立場なら何も言えなかった。

「ていうかオマエも何者だよ、ゾルディックとその師匠役と知り合いというか同門というか……」

「成り行きでそうなっただけで私とゾルディック家に強力な繋がりがある訳でもなんでもないさ」

 キルアとはある種強力な繋がりと言えなくもないが、それは当然キルア個人との話でありキルア=ゾルディックとしてではない。

 

「そのトールとかいう奴、人格はどうなんだよ?」

 

 その言葉は絞り出すようにか細かったが、耳に残った。

 声を発したのは今まで黙っていたスクワラだった。

「それはどういう……」

 そこまで言ってクラピカは言葉を切った、いや切らざるを得なかった。

 

 なにせスクワラの顔はまるで生気が感じられない疲労困憊の表情であったからだ。

 誰もその様子に気付かなかったのはそれほどにトールが無駄に異様な雰囲気を纏っていた(異様というよりこの場に全く合わない能天気な空気を醸し出していただけである)事に他ならない。

 トチーノが心配そうに肩を叩いた所で漸く会話が出来るほどに落ち着いた様だ。

「あのとき、外の犬が吠えたな」

「ええ、そこの窓ガラスを涎まみれにしてね」

 ヴェーゼの言うとおりそこだけ粘度の高い唾液で汚れた窓ガラスがある。

「オレが犬を操作して命令をする能力者なのはもう知ってるよな? アイツは他の奴と違う命令をしてる」

 あの時の痴態はカメラにばっちり撮られている。

 

「オレの身に危険が及ぶなら吠えろって命令をな」

 

 それが本当だとしたらつまり……

「加えてオレは世話してる犬と吠え声で会話が出来る、アイツが吠えていた内容はこうだ『逃げろ! アイツは危険、喰われる!』少なくとも人間に言う内容じゃねーぞ」

 そんな内容を常時言われ続ければ混乱と焦燥に襲われて当然だろう、なにせ()しかその場にいなかった…… という認識なのだから(・・・・・・・)

「彼が危険かどうかは分からないけど、彼の心境もまた良く分からなかったわ…… リズムが不規則過ぎて掴みづらいの、少なくとも危害を加える類のものはなかったしアナタが全幅の信頼をしているから大丈夫だと思うけどね」

「…… まぁ、彼が何を考えているかを当てるのは確かに困難なのは同意しよう」

 

 センリツでさえその心の内が分からないアレは何なのか? 薄ら寒い感覚をクラピカを除いて抱いた。

 

―――――――――

 

―― 食客だかなんだか知らないけどクラピカと同じ職場で働きたかったって事だとはなぁ、ようやく謎が解けたよ

―― 一緒に暗殺者やらない? っていう勧誘かと思ったけどそういう事ならボクも反対はしないよ

 

 侍女に連れられ、絨毯を踏みしめながら彼と彼女は会話する。

 

―― こうなるまで結構怒ってたもんなオマエ、結構短気じゃないか?

―― こういう時は強気に出ないとズルズル闇社会GOGOだよ! 別に怒ってる訳じゃ無くてキミのためを思ってだね!

 

 自分の中で意見の食い違いが起こっていた為に様々な感情が錯綜する様は一人の人間という認識ではその全てを捉える事は難しい事である。

 真実はこの通り単純であって不気味な印象からは程遠いものであるが。




暫くやっぱり投稿遅れます

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