クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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タァイムスリップしたんだ()


ここで別地方のクモの様子です

 

「それでボス? ってどういう人なんですか?」

 

―― いい加減ボスっていう呼び方慣れたらどう?

―― 次で! 次で完璧に違和感無くす!

 

 先頭を歩く侍女に何気なくトールは聞く。

 それに侍女は少し困ったような顔をして「ええと……」と言葉に詰まる。

「それじゃ抽象的すぎて答え難いでしょトール」

 自分の後ろからカルトがひょっこりと顔を出した。

「あー、じゃあ性別と年齢? いや趣味の方から? それとも…… うーん」

 下手な合コンかお見合いの様な質問内容が次々と湧く。

「もう会ってみればいいじゃん」

「それもそっか」

 この結局振り出しに戻る感じが割といつものノリである。

 

 

「ふーん、アナタ達がパパが用意した殺し屋なのね」

「あ、私は一応殺し屋じゃない感じなんですけどね」

 その訂正に「え? じゃあアナタ何なの?」と言いたい疑問符を頭に浮かべるネオン=ノストラードに話がややこしくなりそうだと判断したカルトが外部からの助っ人の様なものだと説明してネオンは納得した。

 本当はこう、微妙に違うのだがそこらは大丈夫だろうと判断した。

 というのも彼女が正当な依頼者ではなく父親が真の依頼者だと分かったからと、なにより彼女自身そこら辺はかなり無頓着であろうと踏んだからだ。

 

―― コイツ凄く我儘そうでヤだなぁ……

 

 カルトはベッドに置いてある服を侍女に片付けさせながら話を聞くネオンにそんな事を思ったが、自分の事は完全に棚上げ状態である。

「ボク達…… ボク(・・)はあくまで殺し屋として呼ばれている訳であって護衛まで手を回せないから、なるべく外出は控えてね」

 そういう風に要約できる内容を伝えると途端にネオンは不機嫌となり猛反発をした。

「えー!? ショッピングも駄目! ランチに行くのも駄目! 駄目駄目尽くしじゃないッ!!」

 コイツ命狙われてる自覚あるのかとキレかけたカルトであるが、親抜きの初めての仕事で依頼者を八つ裂きないし傷つけるのは流石に不味いとギリギリ耐えると、爆発する前にサッサと出て行ってしまった。

「あっ! コラぁ!」

 出て行ったカルトに近くにあったクッションを投げるも、閉められた扉によって阻まれてポフンと間抜けな音を立てるだけに終わった。

「はぁ…… もう勝手に出てっちゃおうかなぁ」

 ベッドの様に大きなソファーに残されたもう一つのクッションを抱えてネオンは半ば本気で屋敷からの脱出を考え始める。

 

「あの~」

 

 そんな彼女に、別方向とは言え似た様に現状を全く把握していない声が掛けられた。

「まだ居たの? あっ、さっきのは冗談だからね! あの子に報告とかやめてよ!?」

 慌てて手を振り回しながら言うネオンだがどう見ても聞いても本気の呟きである。

「そんな面倒な事なんかしませんよ、私が声を掛けたのはソレについてですし」

 もっと面倒になる事態になりそうな壮大なスルーをしたトールがスッと指を指すのは彼女と侍女が持つ服。

「服がどうかしたの、もしかしてそういう趣味?」

 なにが『そういう』なのか分からないしネオンが何処か期待を込めた目をしているのも気付かないし、もっと言うなら脳内で美しく着飾りポージングをするアルゴも浮かんだが今回もなんとか黙殺することに成功した。

「その…… ありがとうございます」

 トールは丁寧に頭を下げた。

 

 

 

「…… とりあえずスクワラ、お前からボスにもう一度言ってくれないか?」

「ざっけんな! これ以上ストレス与えてエリザの仕事増やしたくねぇぞオレは!」

 戻ったカルトはネオンが不服そうだという事も含めて挨拶を終わった事をトチーノとスクワラに一応報告すると二人は物凄くウンザリした調子で釘刺し作業を押し付け合った。

「…… ローテーションを組んで見張りをするしかないか」

「なんなんだろうなあの脱出の才能……」

 どうやらネオンは家出同然の外出を過去に成功させているらしい。

 四方をスクワラが操作している犬がいるにも拘らずだ。

「なるほどな、とんだ我儘姫さんだ」

 殺し屋に狙われている状況での初仕事が御守になりそうだと芭蕉は頭を掻いた。

「言っとくけどボクは殺すために雇われてるから護衛とかやらないからね」

 スクワラとチラリとクラピカを見てカルトは無表情に言う。

「分かってるよ、一緒のトールって奴も護衛も交渉もやらせないから安心しな」

 トチーノはソファーに深く座り直りながら了承する。

 

「…… どうしよう、もう交渉しちゃったよカルト」

 

 再び場の空気が変わる。

 開きっぱなしの扉から侍女に先導されたトールが部屋に入るなり余計な事をした人間が浮かべる気まずそうな半笑いでカルトに言った。

「…… 結果は?」

 こなれた調子でカルトは理解するまで聞いたら疲れるだろう過程を吹っ飛ばしてシンプルにそれだけ聞いた。

「とりま暫くは大人しくしてるってさ」

「マジかよ!? どんな交渉したんだアンタ!」

 思いがけない朗報に心の底から嬉しそうな表情をしてスクワラは思わず立ち上がる。

「それがですねぇ……」

 そこまで言ってピタリと言葉が止まり、何事かと見ると話す姿勢のままトールが仰向けに倒れた。

「なに!? もしかして殺し屋の襲撃!?」

 慌ててヴェーゼが周りを見渡す様に立ち上がる。

「いえ、違う…… みたいね」

 それを否定したのは何故か耳を塞いでトールから半歩離れたセンリツである。

「違うって? あと何でアナタ耳塞いでるの?」

「彼から出る音がうるさいのよ、グルグルって獣みたいにね」

 何のことだと浮かんだ疑問は次の瞬間に響いた音と言葉がすべて解決した。

 

 

「あの、すみません誰か食べ物持ってません?」

 

 

―――――――――

 

「いや申し訳ない、貴方がチョコに見えるくらいお腹減りまして」

「恐い事言うんじゃねぇよ!?」

 急遽用意されたテーブル一杯の食べ物を胃袋に納めてワイングラスに並々注いだシャンパンをまるで水であるかのように飲みながら朗らかな調子でスクワラに謝罪した。

「驚いたわ、アナタ服屋もやってたのね…… しかも話題沸騰中の」

 ヴェーゼがトールの食べっぷりに呆れ頬杖を突きながら言う。

 

 トールが行った交渉の内容、それは『自分の為だけに好きな服を仕立てる代わりに大人しく家にいる』というものであった。

 

 実はネオン、結構な頻度でトールのネット服屋を利用していたのである。

 しかし身分上ホイホイと顔を明かせられないので希望の服を侍女を通して購入していた。

 見覚えがある服だったのでよく見れば案の定自分が仕立てた服…… 身内以外の客に直接会ったことが今まで無かった為に嬉しくなって色々言ったりサービスで服を仕立ててみたりしたところネオンが大層喜び、だったらショッピングは諦めるから色々服が欲しいと言われ、了承したのである。

 

 その瞬間前金代わりに何着も服を仕立てさせられたので急激な空腹により倒れてしまったが……

 

「服屋が本職ですけどね……」

 ちなみにヴェーゼが『も』と言ったのは殺し屋の助手の様な事もしてるという認識である。

 それに対してトールが思う副職はプロハンターの事であるが。

「……」

「あの、どうしましたか?」

 食事を運んでいた侍女を脈絡なくトールがじっと見たので困惑しながらも笑みを絶やさず質問する。

 

「…… デザートって」

「無ぇよ!」

 反射的にスクワラがツッコんだ。

「その、チョコなら……」

 そう言って侍女は申し訳なさそうに懐から自分の軽食用であろう市販の棒型のチョコお菓子を一つだした。

「エリザもそんな頑張らなくていいっつの!」

 声を荒げるスクワラに侍女は困った様に笑った。

「……」

「な、なんだよ?」

 トールはチョコを頬張りながら今度はスクワラと侍女を交互に見た。

 

「…… 姉弟?」

「どんな目ェしてんだこの野郎!?」

 何が気に入らないのか(トールには分からなかったが)ガウガウとまるで犬の様にスクワラが吠えた。

 その様子を見てゴクンとチョコを胃に収め、暫し考える様に腕を組むと。

 あ、そうかと言いたげに電球が光ったようなモーションを浮かべながら堂々と言う。

「…… あ、奥さんでいらっしゃいましたか!」

「まだ恋人だよ!!」

 遂に立ち上がって乱暴に指差しながらスクワラは発言を正した。

「あら? そんな秒読み段階の相手がいたのね、悪いことしちゃったかしら」

 ヴェーゼがエリザを見ながら呟き、侍女ことエリザは頬に手を添えて紅くなる顔を隠し冷ました。

「あ、いや、その……」

 対するスクワラはエリザの反応で照れて紅くなるやらヴェーゼとの一件を思い出してさらに赤くして今度は青くなったり忙しかったが。

 

「トールがいると何時もこうなる…… 緊張の糸が緩み、それでいて物事は前に進む」

 他のメンバーがそれぞれスクワラを茶化す様子を呆れたように観ながらクラピカは隣にいたセンリツに愚痴を言うように呟く。

「フフフ、そう言ってもそれが心地いいんでしょう? アナタの心音も大分穏やかなリズムを刻んでるわ」

 お見通しだと軽くウィンクしながら言われ、クラピカは少し困ったような顔でそっぽを向いた。

 

―― 彼がいると、暗い道を歩む決心が出来なくなるのだがな……

 

 解放を謳う中指の鎖を見ながらそれが良いか悪いかも分からずに、そっと鎖を握った。

 

―――――――――

 

「こんにちは、ご飯ありません?」

「開口一番そればっかか御前は!?」

 

 昼、集合を言われて広間に行く途中に会ったスクワラにトールはフラフラとした歩みで近づくとそう言った。

 この頃のトールは頻繁に呼ばれては服を作っていた、自身の糸のストックがすぐに無くなるほどに。

 故にトールは常に糸をその場で出して【蜘蛛の仕立て屋】(アラクネー)を発動させていた為に空腹なのだ。

「…… ドッグフードならあるけどよ?」

「いただきます」

 冗談で出したドッグフードをトールはほぼ引っ手繰る勢いで取ると、そのままボリボリとスナック菓子感覚で食べ始めた。

「マジで喰いやがった……」

 ザザーと豪快に袋から直接口にドッグフードを入れながら食べ進むトールの後ろをスクワラは引きつった顔で続いた。

 

―― 空腹は多分そういう類の制約か誓約だろうけどな……

 

 服を作っている様を間近で見ていた護衛連中は揃ってトールを具現化系能力者ないしその系統の【発】であると思っている。

 もしかしたら特質かも知れないが何れにしろ半永久的に物質を作り出すという能力は相当な物だろう。

 それに伴う制約や誓約で空腹とは些か軽いものだとスクワラは思うが、制約や誓約は本人の視点からして重いか重くないかの判断である。

 例えば自分の能力の制約は自身で操作している犬の世話を自分で行うというものである。

 自分としては大して苦でもない、しかし、例えばこれが犬に対してアレルギーを持つ者だったなら相当なものの筈だ。

 つまりは制約と誓約は他者や世間一般の価値観から決まるものではなくそれを強いる自身の価値観に左右されるのだ。

 トールにとって空腹というのがどの程度の苦痛なのかは分からないが自分が考えるよりは厳しい物なのだろうとスクワラは推測する、トールに喰われた分の代わりのドッグフードを部屋から取りに行かねばならない手間を考えながら。

 

 実際は糸が出る体質で、空腹は制約や誓約とほぼ関係の無いごく当たり前の現象であるが……


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