クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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○○○のち友達

「じゃあ、あの網のトラップやら何やらも全部その巻物に書いてあったの?」

「ァイ……ソーでスゥ……」

 その問いに、酷くかすれたうえに小さい子供の声が答える。

 答えた方の声はその後も喋っているが、ときにカエルが鳴いた様な声になり、ときに小鳥の様にやかましく裏返ったり、はたまた声が詰まり無言だったりとハッキリ言って何を喋っているのかは分からないが、それでも楽しそうな雰囲気だけは伝わる。

「あー…… ごめんなさいねボウヤ、うまく聞き取れないわ」

「ずィばせん……」

 先ほど質問した声の主は、謝った部分は分かったらしくすまなそうな顔をして誤った声の主の頭を優しく撫でた。

 謝った声の主は『あ゛ー、ァあー……』と発声練習をする、同じ音と言葉を発しているつもりだがまったく違う音が口を開く度に出るあたり重症である。

 ボウヤと呼んだように、この声の出ていない存在はどう見ても子供だった。

 年の頃多めにして十二、三で小柄な体躯、赤黒い髪は腰まで伸び目元も隠れてしまっている。

 ここまでならば都市の路地裏や貧民街にいる子供と大差はない、しかし貧民街の子供と違い小柄だが痩せ細っている訳ではなく血色も良い。

 ましてここは弱肉強食が世界の掟たる大自然のど真ん中だ、どちらかといえば野生児と言った方がしっくりくる。

 だがこの子供はそのどちらとも判別の付かない格好をしていた。

 

 とても鮮やかな緑色の和服を着ているのだ。

 

 この緑の海にある意味溶け込んでいる色合いだが、それ以外は何もかもがミスマッチである。

 この不思議な少年と出合ったのは数分ほど前の事である。

 

―※―※―※―※―※

 

 その日、森の入口には妙齢の女性と大柄な初老の男性がやってきた、女の方は護身用のナイフを腰に、男は手作りらしき竹棒と荷物の入っているらしい風呂敷を持っていた。

 森の入り口付近にその住処を持つ原住民の村の門番であろう屈強な若者がいた。

 二人のうち一人がこの村の者であったため、若者は見慣れないもう一人が村が依頼したハンターとそれを迎えに行った人物だと気付く。

「あなたが依頼を受けたハンターですね?」

 分かり切っていることだが、門番としての決まり故に確認する。

「ええ、そうよ」

 そう言いながら差し出されたハンターライセンスは確かに本物であった。

「こちらにどうぞ、長がお待ちです」

 確認も済み、若者は木でできた門の奥から人を呼ぶ。

 どうやら彼も長のもとに同行するようだ。

 護衛だろう、自身ではなく長の。

 

「あなたが依頼を受けたハンターの方ですね?」

 広場らしきところで老若男女様々な人がいる中、中心にいる赤色の目立つ羽で造られた冠らしきものを被った老人がどうやら長らしく、先ほどの門番が聞いた質問と同じことを聞いてきた。

「ええ、数年前に新人とはいえプロハンターが無残にも死んでしまった…… なーんてせいで誰も依頼を受けなくなっちゃった村の依頼を受けた酔狂なハンターは私よ」

 同じことを質問されたために皮肉気に答えた。

「誠に申し訳ございません!」

 それに対し、長はそう叫ぶと次には広場にいた人々全員が土下座をしてきた。

「んー…… こんなことで村総出でそんなことしないでちょうだいよぉ、大丈夫よ怒ってないわ」

 

―― しっかし、ホントに書面通りなのね……

 

 その書面通りというのは『自然への平身低頭・ゲザド族。とても腰が低く、ジャポン独自の謝罪スタイルに似た謝罪方法をする文化を持つ』という一文である。

 怒ってないという言葉を受け、広場にいた民全員が顔を上げ胸を撫で下ろしたところを見計らい、依頼内容の確認を行う。

「それじゃ以来の確認だけど、数年前にやんちゃしてた人喰い大蜘蛛ちゃんが、ここ数年はその消息がパッタリ途絶えちゃって…… それだけならいいんだけど、今度は入れ替わるようにして大蜘蛛ちゃんの出現地域から大方決まった時間に煙が上がるのを目撃しちゃって、それが何なのか分からんないから確認して来てねってことでいいかしら?」

「ええ、その通りです。あの大蜘蛛が突然現れ、森からの退却を余儀なくされて数年…… 今度は入れ替わるように何者かが森の奥にいるやもと何が何やら分からないのです!」

 一族の男数人が喰われ、退治に行った新人といえどプロハンター一人が犠牲になるほどの化け物蜘蛛がいる場所。

 そこに上がる決まった時刻に上がる煙というあからさまな人が暮らしているという痕跡は確かに得体のしれないうえに恐怖だろう。

 しかし今回のハンターは新人ではないらしく特に恐怖することもなく、早い所依頼を済ませたいとそのまま大蜘蛛が出たポイントや煙が上がっている場所周辺の地形を聞くと

「じゃ、今日入れて三日までに帰らなかったら御愁傷様ってことでこの番号に連絡しといてね」

 と村の門番に紙を渡す。

「分かりました」

「あ、それと……」

 今度は先ほどの紙とは違い薄ピンクのかわいらしい紙を門番の若者に渡す。

「こっちはプライベートな番号よ、何時でも掛けてきてね♥」

 若者の手に紙を乗せ、そっと両手で持って握らせると色っぽくウインクをした。

 まさかのトリプルパンチを受け、若者はフリーズした。

 

 固まってしまった彼を心配するかのような表情をして、彼の意識の有無を確認するため…… 先程まで村の外からこの森まで大柄な男のハンターを案内していた女性が目の前で手をひらひらとする。

 彼の目には目の前で動く細い手は映さず、先程の男の不気味なウインク顔がこびり付いていた。

 

―――――――――*

 

 

 森に入った男は邪魔にならないように腰に風呂敷を竹棒ごと巻きつけると、手ごろな木を見つけ跳躍ひとつで枝へ飛び乗り、そのまま木から木へと飛び移って移動する。

 まるで弾丸のような速度で跳んでいるが、移動の音は聞こえてこなかった。

 それでも男は下に獣がいるのが分かれば迂回し、決して真上を跳ばないよう気を付けている。

 そして数分もしないうちに長から説明された大蜘蛛が良く出没する、先ほどより高さの低い木が群生するポイントに辿り着くとより静かにその低い木へ飛び移り、葉にその身を潜ませる。

 

―― 近くに大型生物の気配無し、ね……

 

 男は周囲に自身の脅威となる生物がいないことを【円】で確認するとポケットから小さいタブレット型の端末を取り出し、何回か操作をすると人の掌ほどの大きさをした赤黒い蜘蛛の写真とその説明文が載ったページを表示する。

 そこには蜘蛛は通称『血錆蜘蛛』とその特徴的な体毛と血の色からそう呼ばれていること、密林などに幅広く生息してさほど珍しくもなく、雑食性であり、空腹時は眼が真赤になり獰猛かつ俊敏だがそれ以外では温厚で鈍重という二面性を持つ生物であること、などが記されている。

 

―― 目撃証言の体毛の色と一致、節操なく何でも食べちゃうことも一致、おまけに生息条件も一致…… 大蜘蛛の方はコレの突然変異体とかそういったものかしら

 

 突然変異などと突拍子もないことに見当をつけたように思えるが、男たちが身を置く世界は原則から外れた例外の中であり、突然変異なぞ極当たり前に起こるケースだ。

 そもそも原則すら分からない動植物を追い求める人物が同僚であり同期であることも少なくない。

 それが『ハンター』なのだ。

 

―― となると人と一緒に生活は厳しいわねぇ…… 普段は大人しいけどお腹がすけば見境ないみたいだし……

 

 ページの続きには蜘蛛を飼おうとした人物が空腹時に餌を与えようとしたところ、跳びかかって耳を噛み千切られた事件があると怪我の写真付きで書かれていた。

 それを踏まえ、男の頭の中に推測が浮かぶ。

 

 大蜘蛛が血錆蜘蛛の巨大な変異種かつその蜘蛛が消えた後に上がるようになった煙が人が生活しているからだと仮定した場合、一つは煙を上げている人物が蜘蛛を退治し、何らかの理由でそこで生活しているケース。

 もう一つ、血錆蜘蛛の習性やら何やらさえも変異し人と生活しているケース。

 正直お伽噺レベルのぶっ飛んだケースだが無いと言い切れない。

 

 そして、何らかの能力により大蜘蛛を手なずけているケース……

 

―― これが一番厄介になるかもねぇ…… そうじゃないか悪い人じゃないことを祈りましょうか

 

 等と推測と自身の考える最悪のケースにならないことを祈り、男は大蜘蛛の目撃場所で最も煙が上がる地点の近くである湖へと向かった。

 

―――――――――*

 

―― とりあえず人がいることは確定みたいね

 

 困った様な顔をして男は縄のようなものを眺めていた。

 移動中に何か細いものに当たる感触がしたので、その場を勢いよく離れた瞬間に横から何かが真横を掠めたのである。

 それはよく見ると網であり、どうやら踏んだ重みで網が飛んでくる罠が仕掛けられていたようだ。

 網は細く透明な糸で造られており、見え辛くなっている。

 しかも、網の結び目に一つ一つ針が仕込んである。

 罠は湖に着くまでにタイプの違う罠が数十個設置されており、時折先客の獣が引っ掛かっていた。

 

―― 恐ろしく器用ね…… 落とし穴にトラバサミ、かすみ網他多数が全部手製かつ糸以外は現地調達の様ね。

―― 全部罠の種類が違うけど、目的は侵入者撃退じゃなくて狩猟目的ってとこかしら。

 

 どれも設置されている場所が鳥や獣が多く足を踏み入れる場所にあり、人が行かない所や餌が用意されている罠があることから男はそう結論付ける。

 男は警戒の仕方を完全に対人のそれへと移行し、竹棒を手に持ち直接視界に入れなければ分からないほど自身の存在や音を消して近くの木へ潜み、上空を見回す。

 そろそろ情報通りならば煙の上がる時間帯だからだ。

 

 数分もしないうちに、ほぼ目と鼻の先で細い煙が上がった。

 

 男はそれを確認すると、その場所へとゆっくり移動する。

 煙の上がった個所が固定であることから、おそらくそこは拠点なのだろう。

 その近くならば大掛かりな罠が設置してあってもおかしくはないので慎重に行くのだ。

 

 そして、煙の上がる場所に辿り着いたとき男がそこで目にした光景は――

 

 

 

 うまそうに串肉を口いっぱい頬張る子供だった。

 

―※―※―※―※―※

 

 その後、あまりに予想外かつ気が抜ける光景を目の当たりにして緩んでしまったのか、その子供に発見され『ぃンぐぇん……?』とかすれた声で呟かれたときは思わず身構えたが――

「ぃンぐぇん、い…… と。ひーとー!」

 どうやら声が出ないらしく、それでも必死で『人』と自分を指差し言ったと分かる頃には串肉を差し出されていた。

 串を受け取ると、実に嬉しそうな顔をした。

 慎重に来た挙句思わず身構えてしまった自分が馬鹿馬鹿しく思えるほどの無警戒ぶりである。

 こうして男と奇妙な子供は食事を共にしたのだった。

 

―――――――――*

 

 食事も終わり、男があちこちに仕掛けられた罠について訪ねたところで話は冒頭へと繋がる。

 喋れない己と悪戦苦闘する子供に見かねて風呂敷からメモ帳とペンを取り出す。

「ねぇボウヤ、喋れないんなら無理しないで筆談にしなさいな。 …… 文字は書けるかしら?」

 そう言って渡したが、子供は紙とペンを受け取ると字は書けるらしく何かを書くとメモ帳を男に返す。

 そこには丁寧な文字で『筆談の提案、ありがとうございます。ですが、私が喋れないのは暫く喋らなかったことが原因の一時的なものですので、すぐに会話可能な状態まで回復しますので筆談でなくて大丈夫です』と書かれていた。

「まぁ! 礼儀正しい子なのね…… 一体どれくらい喋らなかったのかしら?」

 予想外な字の綺麗さと文章に驚きつつも男は子供に質問する。

 すると、子供は男に指を一本突き出した。

「へぇ、一ヶ月も」

 男の言葉に子供は首を振る。

「……ねん、でず」

「一年!? ボウヤ本当に大丈夫なの!」

 予想以上に自分と子供の『暫く』のスパンに違いがあったことに、先程の筆談以上の衝撃が男に走る。

「回復力には自信がぁりまず」

「本当だ、さっきより聞き取りやすいわ……」

 ならばと男は質問する。

「じゃあ訊くけど、ボウヤってどこから来たの? 服装はジャポンっぽいし……」

 いくら罠の作成に長けていようと子供は子供。

 ならば罠などお構いなしに来るであろう大蜘蛛がうろつく森で生き抜くのは不可能、故にこの子供は大蜘蛛の消息が途絶えてから来た子供だと推測し、蜘蛛の事は知らないとしてこの質問をした。

「ジャポンでぃあないでず…… じぶんでぼ、ょくわがりまぜん…… この森で生まれだどぼいえまずし…… 違うども言えまず」

 問いに関する答えはイエスともノーともとれるし、どちらとも言えない実に要領を得ない言葉だった。

「んー…… つまりどういうこと?」

「えっと…… 良ければ詳しく話しますげど、立ち話も何ですし家に来まぜんが?」

 どんどん聞き取りやすくなる声とは反対に、その正体が分かり辛くなっていく子供に興味を持った男はその指差す方向にあるツリーハウスへ行く提案に頷いた。

 

―――――――――*

 

「あらあら、中はジャポン風なのねぇ…… オシャレだわ!」

 男が言う通り、外から見ればツリーハウスそのものだがその中は御手製の畳を敷き詰めた床を始め、囲炉裏まである。

 その中でも目を引くのは、何故か飾ってある女物の和服だろう。

 それに気づいた男は「もしかしてボウヤの勝負服?」と聞いたが、帰ってきた答えは――

「いえ違いますよ、着れますけど観賞用ですよ? 綺麗でしょう! 初めての大作なんですよ!」

 という完全に治った本来の声での自慢だった。

 確かに大作というだけあって綺麗なダークレッドの生地に見事な蜘蛛の巣の刺繍が施されていた。

「あら、かわいい声してるじゃない? それとこの着物の刺繍は見事ねぇ! 特にこの蜘蛛の巣の刺繍がいい味出してるわぁ……」

 男はその色と蜘蛛の巣に何かを連想し、疑問が音となって出た。

「あっ! 大蜘蛛!!」

 それは色と蜘蛛の巣しかない共通点だったが彼の脳裏には、会ってもいない大蜘蛛の姿が浮かんだ。

「ボウヤひょっとして大蜘蛛のこと知ってるんじゃないかしら?」

「えっと、それも含めての自分の話なんで…… とりあえず聞いてくださぃ……」

 それもそうねとジャポン風の家という事もあってか不格好ながらも正座をした男を見て、子供はここに至るまでの二年間を静かに話し始めた。

 

―― こことは別の遠いところに住んでいたこと

―― そこで大蜘蛛の分身に会って友達になったこと

―― 気が付けばこの場所にいたこと

―― それが友人たる大蜘蛛が命と引き換えに起こした奇跡だということ

―― 自身の半分が蜘蛛となったこと

 

 大蜘蛛に産み呼ばれたなどとファンタジーもいいところな話であったが、男は「大丈夫、信じるわ」と優しく笑みを浮かべてくれたおかげで子供は自信をもって話を進める。

 

 話が進み、自分の力で蜘蛛の半身を操れるようになってからのことになったとき、子供の目には年相応な輝きを持って、続きが語られる。

 それは『蜘蛛でも出来る簡単文明の発展シリーズ』の概要と実際の結果の報告といっても過言ではなかった。

 罠の作成を始めとするサバイバル術の話までは男も聞いていたが、ここで完全に趣味の領域たる裁縫の話になった辺りで、その輝きは最高潮に達する。

 やれ蜘蛛の糸の先端をうまいこと粘着質かつ極小にすれば千本草の様な針穴無き針でも容易に裁縫を行えるとか脚を使えば機械も道具もいらずに生地は作れるとか、糸に相性が良い染料の基になる材料がある場所はどこで、染料にするにはどういう手順で加工すればいいのか等、もはやそこに故郷への哀愁もなければ蜘蛛となった葛藤の話もなかった。

 

 かといって蜘蛛化したことによる葛藤はもとから微塵も無いが……

 

―――――――――*

 

「……という訳でいつかは服に関する自分の店とか持ちたいですね!」

「…… こんな事になっても夢を忘れないなんて、なんていい子なのかしら!」

 話の終わり、男は感動するポイントがあったのか、涙を滲ませながら拍手をしていた。

「いやー、人と会うなんてこっちに来て初めてだから話し込んじゃいましたよ!」

 子供の言う通り、大分話し込んだらしく既に外は赤く染まっていた。

「話相手ならここの原住民なんてどうかしら?」

 言ってから子供が急に黙って俯いたのを見て、男はこの子供の半分かも知れない大蜘蛛がそこの原住民を数名喰らったことを思い出す。

 

―― そういえばここの人達を何人か食べた記憶が残っているのよね…… 下手なこと言っちゃったわ……

 

 どう切り出して謝ろうか考えるところで、子供が顔を上げる。

「その発想はありませんでした!」

「やだ、この子意外とアホの子?」

 子供は男が思っているほど繊細ではなかった。

「アホの子とは何ですかアホの子とは! そんなこと言うと夕飯は用意しませんよ!」

「ゴメンなさいね、…… 夕飯て、一緒に食べる予定だったのね?」

「寝具は最初ハンモックでしたけど今では布団ですよー! こちらも、もちろん手作りです」

「この気持ちが母性本能をくすぐるってやつなのかしら?」

 

 料理に平然と毒性の強いキノコを使用し、うまそうに食う姿を見て流石にそれを食すのは断ったが。

 

―――――――――*

 

 その後、朝には両名とも規則正しく起き出し朝食をともにした。

「朝飯後すぐで悪いのだけれど、ちょっとお仕事しなくっちゃ」

「仕事ですか?」

 朝食のキノコのスープ(渋々毒キノコ抜き)のお椀を片している子供に男は今思い出したという顔をしつつ、告げた。

「ええ、依頼者は伏せさせてもらうけど内容はボウヤに関係あるから喋るわね。…… 内容はここ数年途絶えた大蜘蛛の消息と入れ替わるようにして現われた煙を起こす何者かの調査よ」

 へー、という顔をしている子供に男はビシッと指差す。

「前者はほぼ間違いなくボウヤを産み呼んだ大蜘蛛で、後者は100%ボウヤ自身よ」

「あ、やっぱり?」

「で報告なんだけ、ど…… 大蜘蛛が死んだ証拠が欲しいのよ。写真を撮ればすぐに戻すから……」

 そこで一旦言葉を切り、申し訳なさそうな顔をして子供を見る。

「アナタの親兼友達のお墓を暴かせてもらいたいのだけれど……」

「ああ、いいですよ?」

 即答だった。

「そうよね…… お墓を暴かせるなんて許されな…… いいの!?」

 駄目元での頼みがまさかの即答のOKに、男は芸人張りのスピードでツッコミを入れる。

「ただしこちらのお願いに応えてくれればですが」

 不意に子供の目つきが真剣なそれとも異なる、ギラギラした獲物を狙うそれへと変わる。

「ッ!?」

 それは男を即座に飛び退かせるには十分な迫力だった。

 

―― いやだわ、反射的に退いたけど…… すっごい眼ね

 

 なお警戒する男を前に、子供はすっと立ち上がると右手を男の方へ伸ばす。

 そして、ぶれるほどの勢いで子供の上半身が急に動く――

 

―― 来る!?

 

 と、男が【堅】をしつつ竹棒を槍のように構えたのと

「俺と友達になってください!!」

 と、頭を下げたのはほぼ同じタイミングだった。

 

「……え?」

 思わず竹棒を持った態勢を維持したまま、男は呆けた声を出す。

「……」

 対して子供は右手を差し出し、頭を下げたまま硬直している。

 

―― うう、やっぱ交換条件っぽく言ったから怒ってるのか? いやでもタイミングここしかない気がしたし…… でも変な威圧感するしやっぱ怒ってんのかなぁ……

 

 数年間誰とも会っていないことと半身たる大蜘蛛の対話のない人生経験を受け継ぎ、さらに無駄に【念】の威圧を感じたために、その状態から動けないでいた。

 ここで子供が顔を上げていたらこの後の展開は劇的に違うものとなっていた。

 それは一番穏やかで少なくともスリルなどという言葉と無関係な世界に生きていただろう。

 

 しかし、彼は顔を上げずに待ったのだ。

 

 そして、運命の瞬間が訪れる――

 

「……んもう! 可愛すぎよボウヤ! いいわ、友達でもママでもなってあげちゃう!」

 男は物凄い勢いでその手を握る。

 ただの緊張からここまで変な威圧を発するほどに他者に飢えていた子供の、精一杯の頑張りを叶えない道理などないと、男は子供の手をがっしりと痛いくらいに力強く握ったのだ。

 

 

 

 オーラを纏った状態で。

 

 

 

「あっ」

 

 

 それはうっかりした男の声か、はたまた自身を圧迫する予想外の何かにあげた子供の声か、はたまたそのどちらともなのか。

 どちらかを確かめることと同じぐらいどうでもいい理由で、彼は経験上二度目の死に瀕した。

 

 力が抜ける感覚、しかし反するように力が溢れる感覚。

 身体の自由はきかない、されど見える風景の速度は遅く、考えるスピードは速く。

 感覚のプラスとマイナスの狭間にいるその最中、脳内に広がるのは今の瞬間からここに産み呼ばれるまでの逆再生。

 

 ここに来てからの記憶なぞ一秒の半分以下より更に短い時間で終わり、代わりに脳内に響くのは自分以外の声と映像。

 

 

 若い男に滅多打ちにされる光景

 

―― あれは凄かったねぇ…… なにせ今まで見たことのないようなスピードで、気付いた時には思いっきり頭を蹴られてたよ

―― それからは酷いもんさ、殴る蹴る、肘に膝、掴んで投げたりもう好き放題!

 

 次には少々ぼやけて若い男から湯気のような何かが出ている光景

 

―― 僕さ…… 見えたんだよね

―― その男から湯気みたいな、纏っている何かがさ……

 

 次には急に視界がぶれたかと思えば若い男はバラバラになり、そこで映像が途絶える。

 途絶えたのも束の間、次には湖に映る蜘蛛が若い男と同じように湯気のような何かを身に纏っている光景がうかぶ

 

―― 力が溢れるけど力が抜けるっていう、訳の分からない状態さ。

―― まぁ本能の塊みたいな状態だったからかすぐにコツを掴んで大事にならずにすんだよ、今言うならコツは抗わないで受け入れる感じかな?

 

 

―― 抗わず、受け入れる……

 

 その瞬間、彼の何かが目覚める。

 倒れ行く体を支えたのは、床を歪ませるほど強く踏ん張った己の足だった。

 

―――――――――*

 

「…… ボ、ボウヤ?」

 男は困惑していた。

 反応からしてうっかり精孔こじあけて殺しかけたと思った、だがそう思って焦る時間も与えないほどに早く子供が【纏】をしたのだ。

 

 使えないふりをして己を捕らえた捕食者か、はたまた一秒にも満たない間にコツを掴んで入門したとんでもない天才か…… 男の頭には凶悪な蜘蛛の顔と天真爛漫な子供の顔の二つが浮かんでいた。

 男の生死を分けるかもしれない子供は、息を整えるとその口を開いた。

 

「すいません、立眩みしまし、た?」

 何故か疑問形で頓珍漢なことを口走った。

 そう思ったのも束の間、子供は自分の手と男を交互に見て不思議そうに尋ねた。

 

「あの、この湯気なんですか?」

「天才の方ッ!? ……ゲッホ!」

「わー! 大丈夫ですか!?」

 苦しくなって竹棒を杖代わりにする自分の背中をさする子供が、秒よりも早く【念】を習得したのだと確信した男は息苦しい状態にもかかわらず笑った。

「ねぇボウヤ、さっき友達になれってアナタ言ったじゃない?」

「はい」

「同じ釜の飯を食べた時から私達はとっくのとうにお友達よ」

「マジか!?」

 その目は先ほど男を臨戦体制に移行させた圧は無く、純粋な光があった。

「アルゴ=ナウタイ」

「?」

「私の名前よ。これは友達からの助言だけど、次から友達つくるときはせめて名前くらい聞いてからにした方が良いわよ」

 ここでようやく自分と男は互いに名前を名乗っていないことに気付いた。

 ならばと彼は男、アルゴに向かって己の名はそのままに、姓を友人兼第二の生みの親たる大蜘蛛から受け継いだその名前を口にする。

「透、えっと言い難いからトール…… 俺はトール=フレンズです!」

 そういって差し出された手を、今度は互いに力強く握った。

 

「さて、私とトールちゃんはこれで互いに友達って呼べる仲になった訳だけれど、友達なんだから素の調子で話してOKよ?」

「あいよ、アルゴ!」

 びっくりするぐらい砕けてきた。

「うん! そんな感じのが気が楽でいいわ…… それで本題なんだけど」

 急に真面目な顔をしたので思わずトールはごくりと唾をのむ。

「さっき、一回目に手握ったときなんか湯気見たいなのが視えたわね?」

「あっ! 視えた視えた!」

 トールの頭には先ほどの湯気の様なものを纏った自分とアルゴの姿が浮かぶ。

 

「ゴメンナサイ! あのとき私はトールちゃんを殺しかけたわ!」

 急に土下座をされ、トールは困惑した。

 なにせ自分の感覚では立眩みをした程度なのだ、それなのに殺す殺しかけるなどと物騒なことが起きていたのかと情報を処理できずただあたふたしていた。

 彼は走馬灯まがいの光景の事はまったく覚えていなかった。

 

―――――――――*

 

 あれからアルゴの土下座をして涙ながらの謝罪が終わる頃にはすっかり日が真上に昇っていた。

 謝罪の後にトールが聞いたのは身体から出るオーラなる生命エネルギーを自在に操る【念】という技術だった。

 誰にでも習得可能な技術でありながら長い修行を経てようやくオーラを感じ、精孔なるところからオーラを自在に放出出来るようになりそこから更に修行し続けてようやく形になるものらしい。

 精孔を開くには瞑想等により徐々に開かせる方法と、相手にオーラを呼び水として当て一気に開かせる方法の二種類があるとのこと。

「前者はともかく後者は外道な方法とか言われてて…… オーラの感覚が掴めないとそのまま放出して死んじゃうことがあるし、実際死ぬ確率の方がずっと多いのよ」

 そんな中、僅か一秒にも満たない時間で咄嗟にコツを掴み【念】の基本【纏】をすることが出来た自分は稀代の才能の持ち主らしい。

 

 実際は半身たる大蜘蛛、アラーニェ=フレンズが【念】を使いこなしていたためであり、透の部分だけではそのまま死んでいた。

 トールは走馬灯紛いの記憶の遡りの事など憶えていないため、アルゴはそんなことなど知らないためにここに稀代の才能の持ち主が誕生してしまった。

 そんなすごい才能が自分の中に眠っていたのかとトールは驚いていたが、そういえば幽霊見れたのも変な蟲っぽいの視れたのも【念】か! 等とずれたことで納得した。

 

―― それじゃあ今でも見れるかもしれない! 運が良ければアラーニェに会えるかも!

 

 アルゴの話そっちのけでトールは透時代の感覚を必死に思い出し眼に意識を集中させていたが、別に特別なことしてないなーと気付き力を抜くと、何故か物凄い疲労感に襲われた。

 

 身体を支えきれなくなるほどになり、倒れかけた自分を支えたのは驚愕の顔をしたアルゴだった。

「……トールちゃん、習ってもいないのに【凝】まで! 【念】の使い方は後日教えるから今日のところはもう寝なさい! 枯渇して死ぬわよ!」

 

 自分の才能が怖い、と嫌味でなく本当に恐怖して彼は意識を手放した。




タイトルの空欄に入るのはオカマです。
本当にありがとうございました。

※誤字修正(2014/05/10)
※脱字修正(2014/08/31)
※誤字修正(2014/09/19)

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