クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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友達ところにより先生1

「どう? まだ疲れてる?」

「いや、もう大丈夫」

 

 前回オーラの使い過ぎによる疲労困憊で意識を失ったトールが目覚めたのは次の日の朝だった。

 心配したわよ~! から始まる自分の身を案じた抱擁は友達というよりまるで親のような、先生のようなむしろ人慣れした熊の様なそんな雰囲気で言葉に出来なかった、その後「あら、いやだわ」なんて言いながら赤面して照れ隠しする様は別の意味で言葉に出来なかった。

 そして急にハッとした顔をすると、友達の墓を案内してくれとハッとした勢いかベアハッグに近い形で抱きしめられた、場所を教えて数分後にいくつかの禁止事項を言渡して物凄いスピードで依頼者のところへ行った。

 火の禁止は報告する前に煙が上がると都合が悪いという向こうの理由だが、【念】の使用禁止は感覚で身の丈に合わない技を使って自滅する場合が自分にあるからだと言われたからである。

 その例が【凝】と呼ばれる技の使用だという。

 【凝】は応用技という位置づけであり、【練】と呼ばれる技術を体得してから覚える技とされておきながらトールは【練】など出来ずまして知る由もない。

 その状況で【凝】の使用は才能としか言えなかった。

 

 しかし、【念】及び【纏】のコツを文字通り一瞬で掴んだのはトールの中のアラーニェが体で覚えていただけで半分の人間たる透は才能のさの字も無い。

 より正しくいうならば、アラーニェは人より丈夫な体を持ち、尚且つ本能で動いていたために攻撃によって無理矢理精孔を開かれた状態となっても助かったのであって、肉体は凄いが念能力に関して実は突飛したものは持っていない。

 だが、透の部分には確かに【霊視】の才能がある。

 その視る感覚が偶々なのか根本が同じなのか【凝】と似通っていた。

 足して二で割った体質は奇妙に噛み合い、その結果一人の人物が類い稀なる才能を持っている様に見えるのだ。

 そんな偶然が起こっているとは知らず、トールは空いた時間を利用し水浴びに行く。

 頭の中にあるのはアルゴの事を【念】を教えてもらっているときは師匠と呼ぶか先生と呼ぶか否かとズレた悩みしかなかった。

 

―――――――――*

 

「ただいま~! もう火使っていいわよ。…… そしてお待ちかねの修行タイムと洒落込むわ」

 水浴びを終え、小屋で裁縫をしているところに帰ってきたアルゴはそう言うなりトールを外に招く。

 トールは修行なのか、と割と軽くやるのかと思っていたら本格的にやるようなニュアンスの言葉だったので気合を入れるため素早く着替えて外に出た。

「よし! 来たわね…… あらその格好は?」

「胴着! 山吹色の染料の作り方は巻物になかったのでオリジナルです!」

 修行といえば彼の中ではこの服装だった。

 ふと思い立ってから服の再現に一年、染料の完成にさらに一年掛かっていたりする。

 そして背中と胸の蜘蛛の字を納得するに至るまで織るのに三年掛かった。

「気合十分ね~…… って、なんでそんな悲しそうな顔してるの?」

 元ネタを知っている存在がいるかどうか分からない世界なので予想していたスルー気味のリアクションだが、分かっていても心にクるものである。

 なんでもないです。と気持ちを入れ替えて、トールは修行に専念することにする。

「それじゃ改めて言うけども、私のせいとはいえ【念】に至るまでの過程たる心身を鍛える段階をふっとばしちゃった歪な念能力者が今のトールちゃんの現状よ……」

 本当に気にしてないですよ。と言いながらこくりとトールは頷く。

「という訳で【念】の基礎たる【纏】をやろうと思うんだけど…… その前にいいかしら?」

「何ですか、師匠?」

「あらん、私は師匠より『先生』って響きとか『アーちゃん』って気軽に呼んでもらえる方が……」

「アーちゃん先生」

「まさかの合わせ技!?」

 素直な良い子だった。

「呼びはそれでOKね! ……ってそうじゃなくて貴方のポテンシャルを測りたいから一つやってほしいんだけど。 ちょっと身を潜めるというか存在感を押し殺すなんてこと出来るかしら?」

「隠れる感じですか?」

 突拍子もなく存在感を消せ等と言われたが、特に気にすることなくトールは実行しようと質問する。

「ええ、獲物を狩るときに身を隠すでしょ? あの感じよ」

 やれと言われて出来れば苦労しない場面だが伊達に産み呼ばれてから狩りと裁縫と読書で生活していたわけではない。

 裁縫と読書は関係なかったが、狩りでとっくに身を潜める苦労をしていたトールはあっさりと己の存在感を薄くした。

「あらま! やっぱり野生児が【絶】を既に体得してるのが多いって話は本当なのね~」

 感心したように笑顔でアルゴは言う。

「【絶】?」

「それも【念】の基本技の一つなのよ。精孔を閉じて身体から一切のオーラを発さない技、ついでにそれは気配を消すだけじゃなくて内部に溜まったオーラが自然治癒力を高めて、怪我の治りや疲労の回復速度も上がるオマケ付きなのよ」

 へー、と存在感の希薄になった自分の体をまじまじと見る。

「それじゃあ、普段からこの状態で生活すれば何かと便利ですねアーちゃん先生」

 すると目の前が急に暗くなったので何事かと顔を上げると、アルゴが微弱なオーラを纏った指で軽く凸ピンをした。

 直後、指ではなくまるで拳で殴られたような痛みが額に広がった。

「ッ!? ぐぅ……!!」

「ごめんなさいね、今のがすっごく痛いのは【絶】は外部に一切オーラを発さない性質上他人のオーラから身を守る方法がないからなの。 今の凸ピンだって【絶】以外の垂れ流し状態でもここまで痛がらない威力よ?」

 凸ピンをした場所をそのゴツゴツした手と対照的に優しい手つきで撫でながら、アルゴは【絶】の欠点を説明する。

「それじゃトールちゃんが【絶】を出来ることと【念】は臨機応変に使うべきものだって分かったところで、ようやく修行に入るわよ!」

 そう言ってアルゴはトールの体をゆっくり起こす。

「じゃトールちゃん、【纏】をやってみてちょうだい!」

 言ったアルゴは自分も【纏】をする、手本を見せてスムーズに【纏】を行わせる配慮である。

「こうですか? よっこいしょ!」

 気の抜ける掛け声とともに、トールの身体はユラユラと揺れるオーラに纏われる。

「そうそう、次やる時は掛け声禁止ね? それじゃあ、修行その一瞑想的なことしましょ」

「的な?」

「まぁ聞きなさいな、トールちゃんの【纏】は当たり前だけれど未熟よ。精神面の未熟さがそのままオーラに現れていると言ったところね」

 そう言ってアルゴはトールの心臓部分を指差す。

「オーラを扱うには確かに体力が必要だけど、それ以上に精神面によるところが大きいわ。 心が出来てなきゃ身体をいくら鍛えても唯の肉塊同然なの…… だからって疎かにしちゃいけないわ、スキンケアとか嗜みだし」

 今度は自分の厚い胸板を指差す。

「まぁ、ようは『静』ね、身体は『動』よ。冷『静』に行『動』するのが【念】を使う上でのある意味完成形ってところかしらね?」

「なんかカッコイイなそれ!」

「カッコイイよりカワイイって言ってよ~」

 いや可愛くはないとはこの場面で口が裂けることが無ければ言えなかった。

「で、結局瞑想『的』なって何するので?」

 なにやらカワイイポーズをするオッサンから全力で目を反らしつつトールは修行の説明を促す。

「そうねぇ、トールちゃんってお裁縫は趣味で得意というか特技よね?」

「むしろライフワーク」

 胸を張って答える。

「それでね、単調な作業を繰り返してると何も考えない時間てないかしら?」

「もしや……」

「お察しの通りだと思うけど、トールちゃんはそのままお裁縫すると楽しんじゃうだろうし完成形を思い浮かべたりとかして考えちゃうわよね? だから布に延々と手縫いしてもらうことにするわ、もちろん模様を作るのは禁止ね」

 丁度いい布と大量にある白い糸を渡すと、アルゴは最近造った安楽椅子に腰かけると早々に寝てしまった。

 

―――――――――*

 

「ふぁわあ~…… あらやだ! 寝すぎちゃったわ!」

 欠伸と伸びをして起きたアルゴは日が沈み周りが真っ暗になっていることに気付き、慌てた。

「火を使えばいいのに…… トールちゃんも寝ちゃったのかしら?」

 そうぼやいて部屋を見回したとき、部屋の隅に月明かりを真赤に反射して輝く幾つもの点が蠢いているのを捉えた。

 暗さに慣れたときアルゴはその正体に気付く

「トールちゃん?」

 疑問形なのは今までアルゴが視たことのない姿、背中から脚を生やし、隠れていた複眼が開いた蜘蛛の状態である。

「ん……? アーちゃん先生起きたんですか?」

 どうやらアルゴの想像以上にトールは無心だったらしく、今まで黙々と手縫いをしていたらしい。

 その証拠に布の厚みは糸によって三倍ほど厚くなり、山の様にあった糸はあと数メートルほどしかなかった。

 しかし、アルゴはそんなことより今のトールの姿の方が気になった。

「トールちゃん、そのワイルドな姿は何かしら?」

「えっ? ああ、いつの間にか出てきてら」

 ポケットから落ちたハンカチを仕舞う様な手軽なノリで、トールは脚や複眼を引っ込めた。

「これは前にも言った通り、代償の半分ってやつ兼過保護な友達が残して逝った形見みたいなもんかな?」

「信じてなかったわけじゃないけど、ホントに半分蜘蛛なのねぇ……」

 特に何でもないように話していたアルゴであるが、その一方で血錆蜘蛛の特徴がほぼそのまま出てきていると、あの一瞬で見た情報をまとめてそう結論を出していた。

「んでアーちゃん先生、この瞑想的なやつ、結果はどうですか?」

「もう文句なしよ! ご褒美にハグしちゃおうかしら?」

 そうですか! と疲れた指をほぐすようにするように見えて実際はハグ牽制の為に手を振りながら、トールは嬉しそうに笑う。

 

「じゃ、集中して一週間ほどやりましょ」

「マジですか? ちょっと本気で糸出すんで準備に一日とご飯多めに食べさせてください!」

 

―――――――――*

 

 糸を準備する際の一日、張り切り過ぎて糸を一気に出し過ぎてしまい急激な空腹感を感じたとき、アルゴが尋常ならざるスピードでトールから離れた。

 何してんだ? と不思議そうに聞いたトールを見てさらに驚いた顔をしてアルゴが「何ともないのトールちゃん?」と聞いたのでトールは質問に質問で返されちゃったと思いつつも、尋常じゃないくらい腹が空いたとフラフラしつつ率直な今の状態を言う。

「そう、喋れるのね」

 それだけ言うとアルゴはさっさと飯を作りに行ってしまった。

 

 喋れることが奇跡に見えるほど自分は空腹で弱々しく見えたのかと首をかしげるトールの目は赤く爛々としていた。

 

 料理を持って来たアルゴは食べる前に何気ない調子で「ねぇ、私っておいしそう?」と聞いてきた。

 それに対しトールは暫く考えた後「硬くて食べるのが大変そう」とだけ答えると、行儀よくされどかなりのスピードで食べ始めた。

 

「今度からお腹空かせちゃダメよ」

 何気ない風に言った身を案ずる言葉は不思議とトールの耳に残った。

 

 次の日からトール専用アルゴ式瞑想である布のエンドレス手縫いの日々が始まった。

 アルゴはその間、トールの集中をなるべく切らさないために今まで共同で行っていた家事を全て担当し、終われば飯の時間まで安楽椅子で本を読むか横で本当の瞑想をしていた。

 休憩時間は食事と風呂のみ、しかし睡眠中と風呂の間は【絶】状態である。

 また、【念】以外にも『蜘蛛でも出来る簡単文明の発展シリーズ』でもカバーしきれていなかった調理方面など家事に関わる幾つかも教えてくれた。

 何故家事まで? と疑問に思い聞いてみれば「トールちゃんの修行プログラムって実は私の花嫁修業にやったことが基礎になってるのよ」と返ってきた。

 自分がやってるのが花嫁修業だという事とこの男が花嫁を目指していた衝撃の事実に目の前にいるのがもしや自分の行く末かと一瞬脳裏をよぎるが、かろうじて黙殺することに成功した。

 

 あれから一週間、人生で最も糸の消費の激しい日々であったと後にトールは思い返すであろうほどに糸を使った。

 その証拠に手縫いをし続けた布はブロックと呼べるほどに立体的厚みを得ていた。

 修行の成果を確かめるかとアルゴに言われ、外に出る。

「よーし、じゃあ【纏】やってみてちょうだい! もちろん手縫いのときを思い出して、ね」

 

 トールは目を瞑り、手縫いのときの静かな感覚を思い出す。

 されど手は動かさず、座ることなく立った状態でただ静かに。

 

 目を開けたトールの全身はそんな彼の心の様に静かに、力強くオーラに包まれていた。

 

「おお! 手縫いって凄いな!」

「いや凄いのはトールちゃんよ、考案しといて言うのもなんだけど花嫁修業で【纏】が上達したのなんて、もしかしたらトールちゃんだけかも?」

 せめて手縫いで【纏】が上達したと言って欲しいなとトールは思った、口から出たのは乾いた笑いだが。

「ま、トールちゃんも私達と一緒で常識なんてオジャマなだけってわかったところで、ステップ2の【練】といきましょうか?」

 言うと同時にアルゴが纏うオーラが多く強くなる、超人という言葉が似合うこれがどうやら【練】らしい。

「おお! 超サイヤ人!」

「そのスーパー野菜人ってのは知らないけど、平時より多くのオーラを生み出して纏うのが【練】よ。質のいい【纏】をしてないと多く出したオーラを纏いきれないわよぉ? やってみて?」

「オラ、ワクワクしてきたぞ!」

「あら、やる気満々じゃない?」

 トールの頭には今着ている道着も相まってかの有名な力に覚醒する名場面を思いだして力む。

 

 しかし、何も出なかった。

 最初はそんなものよとアルゴは慰めるように肩に手を―― 置けなかった。

 トールは何かを決心した顔をすると、棚から巻物一冊取り出し外に飛び出したからだ。

 ポカンとしたアルゴを残して数分後、トールは帰ってきた。

 

 ボサボサの髪はショートカットになり、おまけに髪も眉も金色に染まっていた。

 

 そしてアルゴがイメチェンかしらと問うより早く、栗がどうだの叫んだかと思えば、彼の全身から勢いよくオーラが放たれる。

 たった数秒ほどの持続だったが、どうみても【練】だった。

 

「…… 出来たぞ、アーちゃん先生!」

 

 巻物にコツでも書いてあるのかと思い読んでみれば『密林で出来るファッション~髪染編~』という内容だった。

 

―――――――――*

 

「アーちゃん先生、修行しよう!」

 昼食を狩りに行ったアルゴがツリーハウスに帰るなり、急にそう言ってきた。

「あらん、やる気満々なのはいいけど今も立派に修行してるじゃない?」

「んー? あれもそうだけど俺が言ってる修行ってこう武術とかそういうのの修行かな」

 その言葉にアルゴは目を見開いて驚く。

「トールちゃん、武術を習いたいの!?」

「い、一応は?」

「そっか、武術ねぇ……」

 トール以上にキラキラした目をしてアルゴは興奮した口調で武術と繰り返す。

「よーし! 私を一介の武芸者と見抜いたトールちゃんに敬意とご褒美として、教えてちゃうわ! 私の全てをね」

 その顔はまるで家業を継ぐと言い出した息子をみる親父の様な母親の様な、そんな顔をしていた。

 

 こうしてトントン拍子で武術の修行が決まったが、ちなみにトールは別にアルゴが武術を体得していると見抜いた訳ではない、常人より修羅場を経験しているだろうなと思った程度であり、普通に身体を鍛えるくらいにしか思っていなかった。

 それと何より髪も眉も染めたのだし。

 

 さっそく外に行くよう言われ、小屋の前の開けた場所で向かい合うトールとアルゴ。

「私が教えられるのはアイジエン大陸方面の武術だけども。武術の修行って一言で言っても、最初に何やるかトールちゃん分かる?」

「地味に体鍛えたり滝に打たれたりして精神をアレするんじゃないですか?」

 いまだニヤニヤと笑う上機嫌なアルゴの問いにトールは透時代に読んだ漫画の修行風景を思いだし、一番無難な答えを言う。

「まぁ、体を美しく鍛えるのはデフォで入っているとして。トールちゃん、ちょっと歯を食いしばって腰に力入れてみて?」

 何だろうかと思いつつも言われた通りにすると、目の前のアルゴが消えたかと思えば、腹に鈍い痛みを感じ立っていられず膝をついた。

 痛みに出てきた涙で霞む視界にはすぐ傍で拳をつくり自分を見るアルゴがいた。

「いってぇ……」

 腹に力が入らず、絞り出すように言いながらトールは立ち上がる。

「いきなり何すんですかぁ…… 胃の中のもんぶちまくかと思いましたよ」

「御免なさいね、いきなり。でも普通はぶちまけながら失禁する一撃なのよ?」

 いきなりの攻撃に対しての謝罪と共にアルゴはしれっと恐ろしいことを口にする。

「森暮らしの恩恵か蜘蛛の恩恵か両方か分からないけど、基礎体力とか耐久力は既に並み以上だったりするのよトールちゃんって?」

 衝撃の事実である。敢えて言うがアルゴはこの事実を今伝えてさっき殴ったことを有耶無耶にするつもりでもある。

「マジか!?」

「マジよ。ってことで初っ端から型教えちゃうから真似して一日繰り返していきましょうか」

 物凄い大雑把かつざっくりとした修行方法だが、やはりと言うべきか実際は一つ一つ丁寧に繰り返し、型を何日も実演してくれた。

 アルゴの流派は空手よりも中国拳法に近く、元々アイジエン大陸でもマイナーな流派だったがそれに輪をかけるようにメジャーな流派である心源流の上陸により自分が入門した数十年前の段階で既に門下生が五人しかいなかったそうだ。

 さらに基本の型や派生の方も動物やら虫やらから発想を得た、よく言えば独特ハッキリ言えば奇妙な構えで実はとても理に適った構えなのだが、一見では実戦で使えるのかどうか疑わしい所も過疎化の理由らしい。

「なんでそんなところの門を叩いたんですか?」

「…… 道場が実家に近かったのよ」

 俗な高校の志望理由みたいな理由だった。

 

「そう! その雄を食べちゃいそうな迫力こそ蟷螂の構え、略してカマカマよ!」

「その表現と略称やめろッ!!」

 型の模倣はかなり速いペースで合格ラインまで到達した。

 アルゴ曰く珍妙な型ほど習得が早く尚且つキレがいいらしい。

 何かコツがあるのかしらと教えたアルゴの方が逆に質問をするほどである。

 それに対し、伊達に戦隊ヒーローやライダーの変身ポーズ果てはアメコミのヒーローに至るまで真似してた訳じゃないですよ! と爽やかな笑顔と共に珍妙な構えをして答えたが残念ながらアルゴに意味は通じなかった。

 

 体術の型を覚えると、次に棒術の型が待っていた。

 棒術か、と言ったら竹棒で叩かれて「棍術よ!」と怒られた。なにか強いこだわりがある様だ。

 棍術はしなりを利用した攻めと堅実な守りという割とシンプルな構成の型であった。

「棍術はあまりかっこよくないですね?」

「私でさえいまだに奇怪と思う構えをカッコイイっていっちゃうトールちゃんには同意しかねるけど、まぁこれがシンプルなのは初めのうちだけよ?」

 にやりと笑ったアルゴの意味深な言葉の意味が分かったのは守りの型を習得した後である。

 

 同系統の武器による攻撃に対し、棒の中心で防御するという内容の型の練習中それは起こった。

「よっし! 本命の型にいっちゃうわよトールちゃん!」

 竹棒を縦に振り下ろしながらそう叫ぶアルゴに、困惑しながらもトールは両手に持った棒の腹で受け止めようとする。

「今回は先に謝っとくわ! ごめんね!」

 竹棒がぶつかった瞬間にその部分がぐにゃりと曲がり、トールの顔に竹棒の先端が思いきり当たった。

「むぎゅ!?」

 くぐもった悲鳴とも鳴声ともつかない音を発し、トールは当たった衝撃に従って後ろ方向へ倒れる。

 しばらくして棒を杖代わりにし、立ちあがった彼の顔には竹棒の先端部分の丸い跡がくっきり残って、その中心にある鼻からは血がとめどなく流れていた。

「これがこの武器の本来の姿よ」

 トールの顔に一撃を与えたアルゴの竹棒は三分割され、それぞれが鎖で繋がれた奇妙な形状になっていた。

「三節棍……?」

「あら! 博学なのね」

 鼻血をアルゴに拭われながら、トールは奇妙な竹棒の名前を言い当てる。

「いや、正確に知ってるのはもっと関節部分多いし何か電気出るけど…… あっ! オーラパワー繋がりじゃん!」

「うーん、時折トールちゃんは理解出来ないこと言うけど、オーラとは関係ないわよ?」

 武器の名前を当てた次には訳の分からない関連性を持ち出され、一応そこの部分は否定しておくアルゴ。

「ハハ、三節棍にまつわる自分の話は置いておくとして、それホントに三節棍?」

 偏った知識として知っていても実物は勿論まして使用しているところなぞ見たことも無い。

「ホントに本物の三節棍よん」

 見る? と近づいてきたアルゴにさっきのお返しとばかりに一発浴びせようと突きを放つが、あっさりと三節棍により棒を絡めとられ、その勢いのまま遠くに投げられてしまう。

「わー、三節棍とか初めて見ましたよ!」

「おぉ、不意打ちしといてそんな風にスルーしちゃう子も初めて見たわよ」

 

 

「そういえばトールちゃん、さっき三節棍渡したとき仕組みどのぐらい分かったかしら?」

「んー? 鎖以外は金属部品使ってないんだなぁって」

 真新しいたんこぶをこさえた頭で思い出しトールは答える。

「なるほどねぇ…… 念のため聞くけどぉ、ここらで武術の修行やめてもいいのよ?」

「ここまでやっといてそりゃないよアーちゃん」

 急に修行の終わりを提案するアルゴにトールは考える間もなく断る。

「そっか、それじゃあ三節棍の技を教える…… その前にすることがあるわ!」

 それは、とアルゴはすぐには答えず間を置く。

 一体何なのかとトールは胡坐から正座になり続きを待つ。

 

 

「それは…… まず三節棍を用意することよ!」

 正座の姿勢で顔面から落ちた。

 

「当たり前でしょう素敵なアーちゃん先生? って顔してるわねぇ、うつ伏せで分からないけど」

「いや、あったりめぇだろアーちゃん? って顔してるぞ、今の衝撃で鼻血が再発して血塗れで分かり辛いけど」

 そこは先生付けてもいいじゃない! とアルゴはいじけたがトールが鼻血を拭い終わる頃には持ち直した。

 

「実はこの三節棍はね、私のお手製なのよ」

「えっ、免許皆伝のときに師匠から渡された形見の品とかじゃないの!?」

 彼の中で勝手にあった竹棒を渡すと同時に力尽きる血だらけの老師と涙ながらにそれを受け取る在りし日のアルゴの光景は音もなく崩れた。

「そんな大げさな話しじゃないわよぉ、というかただでさえ過疎ってる流派で師匠殺しで免許皆伝とか悪夢よ」

 何だ期待して損したなぁ、という言葉がトールの顔に浮かんだ。

 

―― それって期待通りの展開なら私を殺さなくちゃいけないことに気付いてないのかしら?

 

 勿論気付いてはいない。

「で、手製だからもしや自分で三節棍用意すんのが第一段階だーってことですか?」

 しかも無駄に引き延ばしたため察せられた。

「ええ…… 今から教えるからパパッとつくっちゃいましょ」

 

 武術最終段階はこうしてどうでもよさげに始まった。


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