「トールちゃん、元気にしてたかしらー?」
「あれ? 割と早い帰りだねアーちゃん」
トールの凄惨たる食事から二日後、木の上の小屋にアルゴが帰ってきた。
「土産話のひとつぐらい持って来た?」
「実はまだお仕事中なんだけど、一旦帰って来たのよ。 それと土産話はさておきちゃんとお土産はあるわよ」
そう言ってアルゴはトール手製のリュックの中から何かを取り出し、トールに渡す。
「ん? おお! ファッション雑誌じゃん!」
それが最新の流行を網羅した本だと分かるとすぐさまページをパラパラと捲る。
「予定より早い帰りになっちゃったけど、課題はこなせたかしら?」
「んー」
本に夢中になりつつも答えた。
「あら! 早いじゃない? じゃあ、本を読み終えちゃったら早速見せて頂戴な」
「ああ、これは後の御楽しみにして今見せるさ」
そう言いつつもあとここだけ読ませてというトールにアルゴは母性溢れる笑顔で待ってくれた。
―――――――――*
宣言したページも読み終わり、修業の成果を見せると言ってトールは立ちあがる。
「うし、じゃあさっそく見せるかな?」
「それって部屋の中でやって大丈夫なの?」
必殺技とも言われる念能力は十人十色だが、中には必殺技に相応しく常人が出せる限界を軽く超えた破壊力を出す念能力もある。
そんな能力を間近で見てきたアルゴは思わず口に出すが、トールは気楽な調子で大丈夫と言うばかりである。
「平気だよ。 んじゃ、見せるけどアーちゃん、好きな色は何色?」
「んー? そうねぇ ……強いて言うなら紫かしら」
「好きな模様は?」
「模様? ところでこの質問は発動条件かしら?」
制約や誓約を課すことで念能力は掛け算式に強くなり、そのルールが多く、破った場合のペナルティが大きいほど強くなることもあるとトールに教えている。
故にアルゴはこの質問がその類いかと聞いたのだ。
「あー、能力にはそれが一応あるっちゃあるけど、これはそういうのじゃないよ?」
そう言いながら、トールは戸棚を開け何かを探している。
「模様が無ければ好きな花でもいいよ」
「そーねぇ…… なら紫陽花ね、知ってる?」
知ってるよー、と戸棚に顔を突っ込みまるで尻が答えているかのような姿勢になる。
「可愛いお尻だこと、眼福だわー」
ぼそりと言ったそれはトールの耳に入らずとも、鳥肌を立たせるには十分な気持ちが込められていた。
それも束の間、あったあったと言いながら戸棚から取り出したのは、物凄く濃い紫色のドロドロした液体が入った瓶だった。
トールは瓶のふたを開け、指を突っ込み液体をつける。
次におもむろに【練】をすると、舌を出し紫色の液体滴る指を舐める。
袖をまくり、手首が見える様にするとそこにオーラを集中させる。
次の瞬間には紫色の糸が物凄い勢いで噴出したのだ。
「よし……」
そういうと目にも止まらぬ速さで手が、糸が縦横無尽に動く。
糸は動きつつもその形があらわれ始め、それはまるで奇術師が何もない所から不思議と共に物を出すように、しかしそれでいて布で隠すべき秘密も無い力技な不思議現象である。
「かんせーい、紫陽花をモチーフにした家紋付きの涼しげな駒絽着物にしてみました」
僅か数秒後にはその手に見事な紫色の和服があった。
それだけでなく、肌襦袢や帯も完備している。肩を合わせるとサイズはぴったりで肌触りも良かった。
「服を一式瞬時に仕立て上げる能力、これが俺の
裁縫という行為に対する思い入れがそのまま形となっていた。
「あら綺麗、…… って、肝心の戦闘用の能力は?」
美しい和服に心奪われつつ尋ねるアルゴにトールは自慢気な顔を困り顔にする。
「一応あるけど、見る?」
「あるのね、どんな能力?」
「ここだと何壊すか分からんし、外で見せるよ」
その言葉に嬉しそうに口元を緩める、どうやら殺傷能力はあるのだろう。
言われた通りに先へ外に出ると、すぐ後からトールは棒を持って出てくる。
その棒をアルゴに渡した。
「やっぱりトールちゃんは器用よね、私よりいい作りよ」
渡された棒が三節棍だと分かり、触るまでそうと分からないほどのそのつくりをアルゴは褒めた。
だが、念能力を見せるのになぜ自分に三節棍を渡すのか不思議に思ったアルゴは聞く。
「でもなんで私に三節棍を渡したのかしら?」
「単純に作りを見てもらいたかったのと…… 攻撃して欲しいからね」
そう言いながら、トールは【練】をして構える。
自分に三節棍を持たせ、自身は素手。しかも【念】あり。
トールを最も間近で見ていたアルゴをして異常と思わすほどの状況を彼自身がつくったのだ。
「トールちゃん、死んじゃうわよ?」
「ぶっちゃけやりすぎたと思ってます、三節棍無しでお願いします」
付け加える様に余り攻撃しないようにとも言ってきた、なんともしまらない。
「良い判断ね」
ビビりと言われても仕方ない状況で、そう言ったアルゴだが少しばかり【凝】をした拳で殴ることにはした。
「ちよっと痛いわよぉ!」
足に力を籠め、次の瞬間にはトールの眼前まで迫る。完全にその拳の間合いに入った。
が、そのまま殴らずにフェイントを決め背後に回り込み裏拳を放つ。
「ッ!?」
だが、ノーガードの背中に当たる直前、何かが拳と背中の間に割って入った。
トールが背後に拳をまわしてガードしたのだ。
次にはこめかみに蹴りを放つ。
しかし、今度はそれを肘でガードされた。
一旦距離をとるとアルゴは拳を開き、手刀のような形にすると体全身をまるで蛇の如くゆらりゆらりと揺れながら構える。
―― 防御するなら隙間から一撃当てちゃいましょ
ゆえにこの蛇の如き構えをとる、どうやらアルゴは念能力そっちのけで武芸者として火が付いたようである。
一方のトールは先ほどの拳と肘を見るのみで構えもとっていない。
そこを指摘なぞせず好機とばかりに蛇行しつつアルゴは突きを放つ。
以前までのトールならここで動かず一撃をもらうが、今は瞬時に対応し【流】で拳にオーラを多く移動させながら防御する芸当さえ見せた。
しかしアルゴの突きはここで大きくうねり、あろうことかガードを通り抜け首の後ろに狙いを定めるに至ったのだ。
急所以外の何ものでもないところに放たれた突きは肉に当たる感触はしたが、とても首とは言いづらい感触だった。
それも当然である、なぜなら彼の突きはまたしてもガードされたからだ、肩で。
それはそれで痛いでしょ!? と思わずトールの顔を覗き込んだが、ギョッとした。
「……」
全くの無表情なのだ、ただ眼だけはこちらを見ているが感情というものを一切感じられなかった。
―― ヤバイ……
腕を勢いよく戻した瞬間に脇腹に一発蹴りを放つが、バネのように上がった足の裏によってまたもやガードされた。
―― なら一撃の威力を上げるまで!
ゆらりとした状態から一変して力強い動となり、直線的にトールへと突進するように走る。
そして腰の入った拳がトールの腹に迫る。
その瞬間、腹をへこませた上に体を極限まで折り曲げトールは回避した。
もはや驚くことなどせず、アルゴは下がった頭をボールのように蹴り上げようとする。
しかし、トールはくの字のまま後転し蹴りを回避した。
あげた足をそのまま踏みつけの形でトールの頭目掛け追いかけるように放つが、トールは腕の力で後方斜め上に跳び避けた。
距離をとり、できた僅かな時間にトールは初めて構えた。
鳥を連想するその構えは主に空中技を主体とする構え、自分から仕掛けるようである。
―― 何時でも来なさい!
アルゴは構えを変えなかった、向かってくるのなら叩き潰すのみ。静かに力を込める。
そして、トールはアルゴの予想通り向かってくる途中、宙に舞った。
飛翔からの蹴り、ならばリーチの差を生かしてがら空きの腹を狙う!
そして放たれた蹴りと拳、しかしここでアルゴの予想外の出来事が起こった。
―― この子、拳に蹴りを当ててきた!?
本来ならば頭部を中心に狙うその構えで、吸い込まれるようにアルゴの拳に蹴りを合わせたのだ。
その反動を利用し、トールはもう一度別の足で蹴りをアルゴはまた拳を放つ。
まったく同じ相殺を起こし、いざ根比べかと思った矢先――
鳥がべしゃりと地面に落ちた。
今度はどんなことをしてくれるのかと、ワクワクしながら構えるアルゴを前にトールは生まれたての小鹿の方がまだしっかりした足腰だと思うほどガクガクした足で辛うじて立つと無表情のまま、顔に見合った感情のない声でまいったと言った。
「へ?」
急なギブアップ宣言に思わず声を出したアルゴだが、構えは解いていない。
相手の感情が全く読めないからである。
しかし、徐々にその無表情は痛みに歪んでやがて情けない涙目になった。
「イッテー! 無理、もう無理です! 肩も痛いし限界です!」
先程までの威圧感はどこに行ったのか、そこには全身の痛みに悶絶する小さな者がいるだけであった。
―――――――――*
「なるほどね、それがトールちゃんの能力って訳ね……」
結局痛みで動けないでいたトールを所謂お姫様抱っこで小屋まで運び、布団に寝かせて痛みを訴える両足と肩に濡れたタオルを当てた。
しばらくして痛みも引いたところで、さっきの攻防の種明かしを聞いた。
――
攻撃に対し自動で『防御』『回避』『反撃』の何れかを行う能力
「正直最初は強い能力だなって浮かれてた」
実際は使い勝手が悪かった、三つの行動のどれを行うかは事前に自分で選択しなければならず、選択を誤れば自爆する。
「考えたけど例えば、物凄い遅い代わりにその分パワーのある攻撃がきたとしても選択したのが『防御』なら絶対避けないし『反撃』で相殺なんてもってのほか!」
逆に回避しても行動が終わるまでは反撃できないわけだ。
「ん? ずっとオートなの?」
「いや、攻撃が来たときオートで能力そのものは常時待機任意解除、【絶】状態でも内在オーラを勝手に喰って発動しちまう」
唯一の手動はオーラ操作だけ、何にもしなければ【纏】状態のまま行動するそうだ。
「あら? 【練】じゃなくて【纏】なの? というか垂れ流し状態でも【絶】状態でも常時待機状態って【念】じゃなくて呪いじみてるわねぇ?」
「ちょっ! やめてってそういうこと言うのは! ただでさえモノホン見てた上に身に覚えのない変な痣が出来たし……」
そう言ってまくってみせた手首と足首には確かに細い糸が何重も巻き付いたように見える痣があった。
「あらら、痣はファンデーションで何とかなるかしら?」
「いや問題はそこじゃないでしょ」
なら別の問題個所はとアルゴは軽く考える。
「つまりは相手の【凝】どころか【硬】のところを【纏】ないし【絶】で殴っちゃう可能性があるってこと…… とんだじゃじゃ馬ねぇ」
「そーですね……」
中々に難儀な能力であるが、自分相手に初めてあそこまで戦いが出来たのだ、使い方さえ間違えなければそう悪いものでもない。
「よーし、組手やっちゃおっか?」
「やめて下さい怪我人ですよ?」
トールは一段と辛そうな顔をする。
「なら私のマッサージテクニックで極楽浄土を体験させてあげようかしら?」
「身体治ったわー、組み手しましょう」
怪しい手つきで迫るアルゴを前に、どの選択肢でも死んだなこれと諦めながらそれでも組み手を選んだのだった。
―――――――――*
「はいじゃあ、その
「ふぁい……」
攻撃を敢えて回避させ巨木に激突し、防御されたのをいいことに左手でジャブの嵐を叩きこんでいる間にオーラを右手に集中させ見え見えの一撃を当てられ、反撃しようかと構えれば【周】により強化された石を何発も投げられ全弾撃ち落とさせられた挙句念弾を撃たれたりと、能力の弱点と言える部分を突かれまくられた結果、傷だらけでオーラ切れ寸前になり倒れた。
しかし、ただ負けたわけではなく何発かはアルゴに当たったし能力を解除して自ら一撃を当てに行ったりもした。
ただ、彼の肉体のスペック(主に関節の可動範囲)を超える動きは出来ないことやそれでいて自身の肉体の損傷を無視するかのような無茶な姿勢や行動をすることも明らかになった。
これらを前提にして出した結論が能力の完全秘匿だった、当たり前だが。
「能力は知っちゃった私がお墓まで持ってくからいいとして。 …… 逆にいい様に操られちゃう操作系なんて初体験よ私? ホント操作系の能力、っていうか【念】なの?」
「それ知っててよくあそこまで容赦なくハメ技しますね? あと【念】です純然たる【念】による現象です」
「いや、能力発動中のトールちゃんの無表情が何だか怖くて、防衛本能が働くっていうか」
アルゴの言う通り、能力発動中のトールは不気味なほど無表情で攻撃を受けてもそれが変わらないのだ。
「ありゃ能力の副次効果だっつーの! 行動の妨げになんないように痛みとかそういうのが表に出ねーんだよ!」
いらんお節介だがな! とトールは憤慨する。
―― 痛みよりどちらかって言うと、あの動けなくなっちゃう悪癖のためでしょうね
アルゴは、そう推測するが口には出さなかった。
無意識に悪癖をカバーするためにしたものかと思うが、トール自身考えずに言ったものと思われる「いらんお節介」という言い方にどうも得体の知れない第三者の介入を感じたからだ。
「ま、あの能力はいつの間にか出来てたオマケ的能力だからしゃーないとして、
「割と気になる発言だけどスルーしちゃうわ…… ところで
もしかしたら危険な制約や誓約がある場合もあると心配し、聞く。
「ん~、まず俺の力量や糸の出せる限界を超える服を作れないのは勿論だけど、俺の知識や技術で作れないものは無理。 一旦自力で作ったりして練習してものにしないと」
「まぁ、当たり前っちゃ当たり前ね」
「あと何つーか特殊な力のある服とかは無理無理、そんで最低でも全体の三分の二は俺の糸じゃないとダメ、逆に俺の糸ならさっきみたいに直に出さなくてもストックの糸を使ってOKむしろ推奨。 んで生産できる原料は糸だけだからボタンとかは別途で用意しないと」
「あの染料舐めたのは何故?」
「直出しなら色つけるには染めたい色を一定量舐めなきゃダメってのは、オーラで微妙な色の変化をさせるのが苦手だから後付で付けたものだな、やっぱ習得難しいんだね六性図的に。これくらいかな?」
つまり自分の糸で普通の服を一瞬で仕立てる能力であった。
「トールちゃんがお裁縫に人一倍思い入れがあるのは知ってたけど、まさか念能力に至るほどとはね……」
「まーね、でも俺の糸のデメリットが消えなかったのはちょっと残念だけどなー」
「デメリット? そんなのあったの?」
デメリットとは聞き捨てならない、何故なら今やアルゴの手持ちの服は全てトール産だからである。
「ん? まぁ気を付ければいいだけなんだけどさ」
そう言うと、机に置いてある糸を持ち、その反対の手には手首から糸を数センチ程巻き取って持つ。
「そしてまずはこの出してから充分時間の経った糸の端を囲炉裏の火に入れます」
当然ながら糸は端の部分が燃え出し黒焦げになった、それでも市販の物よりだいぶ燃えるのが遅かったが。
「こっから本番、すぐ出した糸を端っこだけ燃やしまーす」
端を囲炉裏の火に近づけた時、変化が起こる。
糸がまるで肉が焼けるような音を立て溶けだしたのだ。
それだけでなく、溶けだした部分が導火線の様に上へ上へと伝わり、熱いと言って離したトールの持っていた端にまで到達し、糸は全て粘り気のある白く濁った液体になった。
「これがデメリット?」
「そ、充分乾燥させないと火とか高温で溶けるんだよな蝋みたいに。ちなみに乾燥って言ったけど別に出したばっかのが湿ってる訳でないし水洗いしたら溶けやすい状態に戻ることもないけどさ」
その乾燥に掛かる時間は大体二時間ほどだそうだ、さっき言ったストックの糸を使うこと推奨というのはこれを考慮しての事だろう。
「あと糸出しすぎるとすっげー腹減る」
推奨の理由の大半はこっちのようだ。
これらが現状トール自身が把握している念能力の全容だった。
「二つとも自分を操るタイプなのね、出した糸使って相手を操る能力とかは考えてみたの?」
「毛ほども考えなかったです!」
長らく一人で生きてきたため、対象に他人という選択肢を入れる発想が彼には無かった。
―― 一応争いごとに関して心配は多少、ホント多少だけど無くなったとみていいかしら?
「なぁアーちゃん、いま思い出したけどさ、何でまた実戦を意識した念能力を~だなんて言ったんだ? 俺の将来に必要らしいから覚えたけども」
あのとき聞きそびれたことを思いだし、いまトールはそれを聞いた。
「ええ、まずトールちゃんはここから出てお店を構えたいのよね?」
「おう! そろそろ夢に向かって歩きたいお年頃だし」
一瞬の迷いも無かった。
「あら、トールちゃんって幾つ?」
「ここに産み呼ばれる前と合わせて21か22くらいですかね」
「…… 意外とお兄さんだったのね?」
アルゴの思った約倍の年だったが、一度若返ったとか言っていたのを思い出す。
が、成長期と思われる肉体であるにも関わらず会ってから数年経っても外見に髪を切った以外の変化がみられないことも思い出し深く考えないようにした。
むしろ合法であると喜ぶことにする。
「そうね、ならもう少し経ったらハンター試験受けてプロハンターにならないとね?」
「おう! ……ん?」
流れで返事をしてしまったが、なにか変な事を言ってると遅れて気付く。
「なして?」
「いい、トールちゃん? アナタが都会の中心でお店を構えて暮らして、いざその内に秘めた蜘蛛がバレたら魔獣認定で即ハンターが捕獲に来るわ」
言われて思い出す自分が人外という事実。
「追い打ち掛ける様に言っちゃうけど国民番号がトールちゃんには無いし…… そこは流星街出身とかなんとかで誤魔化せることも出来るけど、やっぱりある程度の身分がないとどうにもならないときって社会には多々あるでしょ?」
言われてみれば確かにそうである。
「そこでプロハンターよ! 有無を言わさぬ信頼を勝ち得るし、軽く人外な連中に紛れ混んじゃえばトールちゃんの異常性も分からないでしょ? 実際私という異端が社会でうまくやれているのもプロハンターという身分あってのものだしね」
「いや、この際アーちゃんがマイノリティーだっていう自覚があったんだという驚きは無視するけども流石にハードル高くない? 身分云々言う前に死んじまうぞ?」
毎年プロハンターになる試験で何十何百と死傷者が出ると本で読んだことがある。
「そういうと思って、まず第一歩としてトールちゃんにお仕事を持って来たわ」
「お仕事?」
「身分はこっちで保障、ついでにうまくいけば強力なコネクションを手に入れられるかもしれないチャンス付き♥」
うまい話である。
「うまい話にゃ裏があるものだけど……」
「そりゃね。 ほら、私最初にお仕事中だけど一旦帰って来たじゃない? 実はそれに関することなのよ、前から準備してましたみたいな風に切り出してごめんなさいね?」
どうやら何か想定外なことがあったらしい。
「まぁ、私のハンター仲間がいるんだけどね、その人の知り合いが服のオーダーメイド専門のお店を開いたのよぉ……」
あ、なんか嫌な予感するなとトールは感じた。
「それで友達が張り切っていいとこの人をお客として紹介したのね…… でも」
「不慮の事故で仕事が出来ないので代わりに俺が仕立てろと?」
残念惜しいわ! なんて言いながらでも残念賞よと頭を撫でる。
「正解は『プレッシャーに負けて逃げちゃった』でした~!」
「んな逃げ出すほど心臓に悪い客相手に初仕事しろとおっしゃるか……」
トールの顔は赤錆色の髪と正反対の青色と化した。
「大丈夫! 失敗しても失うのは私と仲間の信用よ、命じゃない分ハンター試験よりマシよ?」
「信用を失うのは『社会的な死』とも言うじゃんか!?」
自分は無名なので信頼も信用もくそもないが、アルゴとその友達はプロハンターである。
「うーん、じゃあ断っちゃいましょうか? やっぱりほのぼのと片田舎から徐々にやっていく方がトールちゃんに合ってるもの」
「いや、NOとは言ってないよ?」
「トールちゃんのそういう何だかんだでやるところ、私好きよ?」
この男、意外と野心があったりする。
「やっぱり男は度胸よねー」
荷造りをするトールの背に愛嬌も持ってみない? と暗に『オナカマ』に誘うコールをしたがレスポンスは無かった。
絶対ハンター以外で何かあったでしょうよ?