クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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山にはクモが掛かるでしょう1

 

「産み呼ばれて? 初めての航海と飛行船はどうだったかしらトールちゃん?」

「良いもんだな、魚とか案外捕れたし海の幸もここ何年と喰ってないし」

 船旅よりそこで食べた物の方に数倍関心があったのが実にトールらしかった。

「さっき乗った飛行船は景色良かったなぁ、飛行機と違って窓大きいしゆったりしてるし」

 飛行機と言ったとき何故だか微妙な顔したアルゴだが、伸びをしているトールは気付かなかった。

「んで移動はさておき、こっからどこに?」

「お仲間のハンターに会うのよ、お昼時だしレストランで待ち合わせしてるの」

 レストランかぁ、と目をキラキラしているトールに流石に店を喰い尽すような健啖家ではないがそれなり以上な食べっぷりなため赤字かしらとアルゴはある種の諦めの気持ちがあった。

 そんなことは彼の前では絶対に顔に出さないが。

 そうこうしているうちに、目当てのレストランへと着く。

 予想より豪華なためにトールは緊張するが、アルゴと共に入り彼が案内係に二言三言話すと彼らを奥の個室へと案内する。

 雰囲気からしてVIP対応かも知れない。

 そんなことを思いつつ上品な仕草で案内係が開けたドアの先に、アルゴの友達がいた。

 

「来ましたワネ。 マイフレンド、アーちゃん!」

「来たわよ~、キューちゃん!」

 その人は何というか小っちゃいオカメさんが派手なメイクとファッションをしてるというインパクトがアルゴに勝るとも劣らないであろう見た目をしていた。

 

 うわ、濃いなぁ…… それがこのアルゴの友達に対して思った率直な感想だった。

 

―――――――――*

 

「と、定番の挨拶はこれくらいにシテ…… アーちゃん、このカワ美い子はもしかしてお話にあった仕事をしてくれる子? アナタの若い燕?」

「そうよぉ、この子は私のお友達で大切な教え子♥ トール=フレンズちゃんよ」

 その肯定は前半のみか後半も含めてか問い詰めたかったが、紹介されて挨拶しないのは凄く失礼という意識と答えを聞きたくないという葛藤が「トールです、初めまして」と辛うじて挨拶した。

「アラ、礼儀正しいワネ! この子やっぱりカワ美いワ~!!」

「そうでしょ? トールちゃん、この人が私の友達のキューティー=ビューティーちゃん! 一ツ星(シングル)のカワ美ハンターなのよ!」

「気軽にキューちゃんって呼んでもいいんでスヨ?」

 手を差し出され、握手をするも彼の頭の中は「カワビ」? という謎のフレーズで一杯だった。

 出会って一分足らずだが既にツッコミを入れるべき個所が多すぎて何も言えない。

「あララ、ひょっとして無口なタイプかシラ?」

「あんまり人と会わなかったから人見知りなのよ」

「何それポイント高スギ!」

 女が三人寄れば姦しいだが、二人だしその内一人はオッサンである。

 そしてトールが喋らないのは人見知りのせいでない、どう反応していいか分からないからだ。

 結局仕事の話の前にご飯食べちゃいましょうと話は進み、こうして今ではテーブルに色とりどりの料理が置かれていった。

 

「見た目によラズ、中々の食べっぷりじゃナイ?」

「お恥ずかしいです」

 恥ずかしいと毛ほども思ってなかったが反射的に言った。

 こういった店では一品一品の量が少ないと思いきや意外と多かったのがトール的には好印象だった。

 出来ればゆっくりシエスタと洒落込みたいが、今回は仕事があるため真面目に話を聞く。

 話す相手が不真面目極まりない格好だが三年間インパクトの塊であるアルゴと寝食を共に過ごし、おまけに何かにつけ総出で土下座をして謝罪してくる一族と会っている彼は初めこそ驚いたがものの一品食べ終わる頃にはキューティーに慣れた。

「お腹も膨れたとこロデ、お仕事の確認をしまショウ。 仕事はワタクシの知り合いが逃げたのでその代りの職人として服を作る事デス、お客様はあのククルーマウンテンに居を構える暗殺一家『ゾルディック家』の奥様方ということでございマス! 質問はあるかシラ?」

「質問じゃないですけどお客の情報は今知りました」

「ごめんなさいね、普段は守秘義務とかは特には無いのにこれだけは受ける気が無かったら言えないの」

 どうやら暗殺一家だというのに情報を秘匿する気は普段ないらしい。

 その一家が秘匿とするというのは一体何事なのだと二重にショックを受ける。

「まぁ、友達の書物に地元じゃ有名観光スポットとか書いてあったの思い出したけど、なんで今回に関しては秘密なんだろう?」

 言っててトールは実際に寸法を測る都合上直に接触する危険性があるなと考え付く。

「奥様がスリーサイズは旦那にもトップシークレットと仰いまシタ」

「そんな理由かよ……」

 真面目なこと考えた自分が恥ずかしくなるぐらいのどうでもいい理由だった。

「ちょっとトールちゃん、乙女にとってスリーサイズは命と同価値のものにしてトップ・シークレットなのよぉ?」

「アナタもこの道で仕事をするのなら覚えておきなサイ!」

 この道を志す自分にとって否定出来なかった。

「で、アーちゃん。 別にアナタを疑う訳じゃなくて確認なんだケド、トールちゃんの腕前はいかホド?」

「そうねぇ、今私とトールちゃん自身が着ている服がこの子の作品ということと…… トールちゃん、今キューちゃんに服を仕立ててあげなさいな」

「ああ、それが一番手っ取り早いかな?」

 そんなに早く作れるの? と首を傾げるキューティーをじっと視る。

 少しだけ改良された能力は彼の霊視を変な方向に進化させ続けた延長線上に存在、彼女のヴィジョンを映し出し最適な物を知識から引っ張り上げる。

 次いでカバンの中から針や後付の小物などを取り出し、目当ての塗料を見つけるとぺろりと舐める。

 

―― 知識存在、色再現可、材料生産可、技術相応。 【蜘蛛の仕立て屋】(アラクネー)発動

 

 そして彼の腕は二本でありながら蜘蛛の様に何本にもあるような残像を生み、その動きの中心でまるで何もない空間から引っ張り出す様に徐々に服が完成していく。

 そしてその途中経過を見ていれば、何時の間にか彼の手は止まり、その手には一着の服と何かがあった。

 キューティーのミニマムサイズに合った虎柄のド派手なタイトワンピと同じ柄の大きなリボンである。

「どうぞ」

 そう言ってトールはキューティーに服を渡す。

「正直驚きまシタ! 能力者なのは分かってましたケド、まさか服飾関係専門の念能力を持ってるなンテ」

 しかもこれカワ美い~!! と服を抱きしめクルクルとその場で回るキューティー。

「とりあえずその服は着る場合は二時間ほどおいてからで、その間高温で溶ける可能性がありますから」

「制約かシラ? ま、二時間ほどで溶ける心配もなくなるのならかなり凄い能力じゃナイ?」

「じゃ、合格ってことでいいわね? キューちゃんが気に入るのならかなりいい線いってるもの」

 カワ美いが何なのか今だよくわからないがそういった方面では一流らしい。

「文句ナシ! トールちゃんが合格なのがわかったとこロデ、仕事をするうえで何か要望はあるかシラ?」

「そうですね、糸と布はいいとしてボタンなどの小物は能力関係なしに自作なのでそこが自信ない所でしょうか?」

 骨を削ってボタン等を作ったことはあるが、流石に宝石やらチャックやらは自作とはいかなかった。

 それにしたって何の獣か分からない骨を使ったボタンなど身に着けたくは普通ないだろう。

「ああ、そこら辺は大丈夫よ。 キューちゃんが逃げちゃった子のお店にあるの持って来たから」

「元々ワタクシが用意した物だシネ」

 派手なピンク色のケースを持ってきて開けてみれば、なるほど確かに良い品質らしい服飾品が所狭しと入っていた。

 その様はまるで宝石箱である。

「今は一時半ね、そろそろゾルディック家から迎えの車がくる手筈になっていルワ、行きまショ」

 そんなことを言いながら外に出て見れば確かにお高そうな大きな車があり、中から執事服を着た見るからに執事が一人、中には同じくドライバー役が一人いた。

「キューティー=ビューティー様御一行ですね。 どうぞこちらに、ゾルディック家までご案内させていただきます」

 

―――――――――*

 

 現在トール一行は無事にククルーマウンテンのやや近く、ゾルディック家の私有地一歩手前の門までやってきた。

 何でも正式名称は試しの門だが地元では別名黄泉への扉らしい。

 そんな風に地元の観光局が紹介していますと執事が言っていた。

 そんな馬鹿でかい門の前に眼鏡をかけた執事が一人礼儀正しく立っている。

 ここまで案内していた執事が言うにはここから先は車は入れず申し訳ないが徒歩でお願いしますとのこと。

 そして、ここから先の案内は私ではなく目の前にいるゴトーなる執事が代わって案内するらしい。

 ゴトーは恭しく礼をすると、自分が試しの門を開けますのでと行こうとするところ、アルゴが止めた。

「ちょっといい? 試しの門なんて言われたら私、試されたくなっちゃったわ♥」

 一瞬引いたような表情をしながらもゴトーはすぐに表情を柔和なものにし、構いませんと門の脇に移動する。

 そして「えい♥」等と遠慮がちに片手で可愛らしく、オイなにぶりっ子してんだオッサンと思いながらも目をやると、扉は四番まで開く。

「アーちゃんもカワ美いワネ、わざと手加減してか弱さを演出しつつも開けるときにウインクをしてアピールも忘れない…… あの執事はアーちゃんの事、意識せずにはいられないこと必須!」

 横でそう分析するキューティーに色々突っ込みたかった。

 しかし、アルゴの事を意識せずにはいられないのは確かだろう…… 今晩、夢に出なければいいが。

「…… では、御二方もご自分で御開けになりますか?」

 表情は戻せても青い顔と一粒の汗までは隠せなかったゴトーは、そう言いながらこちらに向かう。

 門の向こう側とはいえアルゴの近くにいたくないのだろう。

「そうですワネ、では軽く」

 荷物を預かろうとするが片手で十分とキューティーは宣言通り片手で軽々三の扉を開ける。

 

―― なんだこいつら片手で立て続けに開けやがって!

 

 化物かと心の内でツッコミを入れた瞬間、扉の向こうで手を振っているモノホンの化物と目が合った。

 これは自分も片手で行く流れじゃねーか! と無駄なプレッシャーが彼の心に生まれた。

 実際誰もそんな流れと思っていない。

 さて、あなたの番ですねと言わんばかりにゴトーがニコニコとこちら見る。 繰り返すがそんなことは一切ない。

 そしてやるっきゃねーなとトールは腹をくくって、自分も荷物をゴトーに預けないままに扉の真ん中に片手を置く。

 

―― そうだ! 【念】を使えば!

 

 と一瞬思うトールだがそういえばあの二人が特別【念】で強化した素振りは無かったと思い出す。

 自信のない見栄っ張りは一秒に満たない合間にそんなことを考えていざどうしようかと更に考え……

 

 

「凄いじゃない! トールちゃんも成長したわねぇ!!」

 そう言いながら拍手するアルゴとキューティーの目には片手で五の扉を開けるトールがいた。

「お見事です」

 どうやらゴトーもこれは予想外らしく拍手をしてくれた。

 いやーどうもどうもと照れるトールはさてもう行きましょうかと、すぐ行くことを提案し何事もなく歩きはじめる。

 結局トールは片手で64tにもなる五の扉を開けたのか? 実はそんなことは無い、ズルをしたのだ。

 【念】を使った訳ではない、種はこっそり彼が背中から袖と足元へと伸ばした蜘蛛の脚である。

 右手の袖、そして足元に伸ばした蜘蛛の脚によって数倍の押す力と踏ん張りを得てさらにアルゴたちと違い、表情にこそ出さなかったが全力を以てして開けたのだ。

 

 

 こうして開けたこの扉が彼の数奇な運命の具体的始まりになろうとは流石に思いもしなかったが。

 

 

 しばらく進むと何やら「コー、コー」という何かの声が聞こえ、何事かと視線を向ければ大きな何と言っていいか分からない四足歩行の獣がそこにいた。

「これは数年ほど前から旦那様が躾けた番犬のミケでございます。 家族と試しの門から来た者以外を噛殺すよう徹底しています」

 それ以外は何も考えておりませんと最後に付け加えて言ったゴトーの言葉通り、トールの目にもミケが何を考えているのか分からなかった。

 話しによれば扉の横にいたおじさんは守衛じゃなくてこのミケが殺した侵入者の掃除をする掃除夫だそうだ。

「旦那様は、まぁ、珍獣を飼うのが好きな方でしてミケ以外にも何匹か飼っています」

「確かに珍獣ねぇ……」

「ネー」

 アンタらも充分珍獣だよ。 この場で二名の思考がシンクロした瞬間である。

 更に進むと、今度はドレッドで執事服を着た少女が一人立っている門や更に奥にある家などがあった。

 少女はカナリアという執事見習いで、成長の一環としてあそこの守備を任されており、奥の家は執事用の住まいらしい。

 本邸まで試しの門あるいはミケから始まる隙を生じぬ数段重ねの布陣によって相当なセキュリティであるとはゴトーの弁。

 本当に仕事を失敗しても生きて帰れるのだろうかとかなり不安になる。

 しかし、こうして長いこと歩いてはいるが危険らしい危険は特にない、それに暗殺者一家の私有地という色を抜いてみて見れば自然も豊富だしいいところだなとトールはふと思った。

 確かに周りには見たことのない野花や、よく見ればリスのような小動物もいる。 殺気や敵愾心があるのはあくまで人間そのものや人が手配した存在だけなのだろう。

 

―― そんなこと考えれば幸せの青い鳥だ!

 

 少し気分もよくなったトールは上を向いて歩こうと言わんばかりに上を向けば、木のてっぺんからパタパタと健気に羽を動かす真っ青な色の鳥がこちらに向かって来るのが見えた。

「あれ」

 思わず声と指差しをしてしまったが今現在はアルゴだけでなくキューティーもゴトーもいる。

 ましてや仕事中なのだし、何しているんだろうと急に恥ずかしくなったが時すでに遅し、皆トールを見た後に指差した方に目を向けていた。

 慌てていや違うんですと何が違うのかよくわからない弁解の言葉をだそうとする――

 

 

 ―― 余裕すら与えずに、青い鳥はトール達のすぐ上で爆発した。

 

 

―――――――――*

 

「ミルキにはしっかり反省をさせておく。 すまなかった」

 本邸に着き、応接間にて待っていたのはそんな謝罪の言葉だった。

 どうやらあの鳥が爆発したのはこのゾルディック家現当主たるシルバ=ゾルディックの話によると、彼の子供達の一人で今親父に頭を掴まれて無理やり頭を下げている次男坊のミルキなるこの丸っこいのが仕込んだ物らしい。

 要約すると『オレはミルキ! 暗殺一家のポッチャリ系次男で特技は暗殺道具の作成とかコンピューター関係! よく道具の実験で今日みたいに失敗して周りに被害を与えちゃうのと引き籠りが板についてるのが玉に瑕かな? よろしくね!』という人物の様だ。

 さらに中世の西洋貴族風ドレスを身に纏い未来を感じさせるスコープを装着した、今まさに物凄い人物が怒り心頭といった様子でやって来た。現在・過去・未来全部網羅である。

 しかもどうやら奥方らしい。

 なら息子を叱って当然と思いきやその内容は「話しを聞けばそこのボウヤに爆弾がバレてたらしいじゃない! ちゃんとバレないようにしなきゃダメでしょ!」という感じだった。

 さらに内容をよく聞けば父親の言う反省させるというのはどうやら拷問部屋で拷問することらしい。

 本邸へ入りまだ一時間と経っていないがトールはこの仕事を引き受けたことを後悔しはじめた。

 しかし、逃げる訳にも行くまいと現実に目を向けて見れば丁度的外れなお説教が終わったようだ。

 大変御見苦しいものを…… や、アルゴのいいのよぉというここは万国共通らしいやりとりもあり。

「では、そろそろお仕事の方のお話を…… ところで、服を一から作る話しでしたのに随分と人数や荷物が少ないようですが?」

 現状ミシンの一つも持っていない。

「一旦お店に戻るおつもりで? 依頼した内容はオーダーメイドで服を30着、機密情報を話す事も踏まえて三ヶ月間所謂缶詰め状態とお伝えしましたが?」

 機密情報の部分は物凄い此方に近づき、絞り出すように言った。

 

―― オイ三ヶ月缶詰っつーか軟禁とか知らんかったぞ!? ってか30着を三ヶ月とか常人に対してどんな無茶振り!?

―― そりゃこの仕事貰ってきた奴らも逃げるだろうな

 

「ええ承諾しておりマス、仕事道具が少ないことに関しましてはこの子がいれば事足りますノデ」

 もし、トールが人より幾分か頑丈で食い意地が張ってなければこの場で吐いていただろう。 プレッシャーで。

「あら、この子が?」

 少しの驚きとキュインという謎の機械音と共にスコープ越しに目が合う。

「ええ、全部私が行います」

 何とか目を逸らさずに言う。

 とりあえず参考にと先ほどキューティーに作ったタイトワンピとリボンを見せると、すんなり依頼は受託された。

 

 こうしてトールは一人執事に案内され、仕事部屋兼軟禁場所となる部屋にいるのである。

 

―― おかしい、何故俺一人だけここで奥さんと対峙する羽目に!?

 

 自分を置いてけぼりに話は進み、その過程でアルゴとキューティーは奥さんの機密情報に触れないので外にいて専用の外線でトールと連絡を取って何かあれば来ればいいということになりちゃっかり軟禁から解放されていた。

 旦那たるシルバは「依頼主は妻でオレじゃない、そっちで勝手にやってくれ」と早々にミルキを連れてというか担いで噂の拷問部屋に行ってしまった。

 そんなこんなで現在はかなり広い部屋で何やら数冊のスケッチブックを持った奥さんとテーブルを挟んでソファーに座りながら向かい合うことになった。

 奥さんは早々に執事を退室させると暫くして【円】を展開しながら虚空を見つめてブツブツ何かを呟いている。

 恐い、ひたすらに怖い、正直何してるのか意味不明だし、意味は無いが【堅】で防御姿勢をとりたいほどの不気味な負のオーラが奥さんから漂っていた。

「……ふぅ、失礼しました。 もういいでしょう、ではその、サイズの方を…… 此方の誓約書に喋らない旨を記入していただきませんこと?」

「あの…… もう大丈夫です、採寸は済んでます」

 ポカンとした奥さんの顔がそこにあった。

「見ただけで、その、サイズとか把握できるので……」

 眼には自信あるのでとぼそりと付け足す。 奥さんは暫くすると物凄く笑った。

「もう! そういう特技があるのなら話さないと! 言うべきことと言ってはならないこと、理解が出来ないほど幼くは無いでしょう?」

 暗に「サイズを口外したらどうなるか分かってんだろ? ん?」と言っていることが分かり、ハハ…… と乾いた声で笑うしかないトールだった。

「では、懸念事項も無くなったところですし! 此方を」

 そういって奥さんはトールにスケッチブックを渡す。

 何かとみて見ればそれは全て女性物のデザイン画であった。

「私唯一の趣味ですのよ!」

 その口調はようやく趣味の話が出来るという嬉々とした感情が窺えた。

 なんでもデザインに関しては一仕事終えた後とか特にインスピレーションが沸いてくるそうだ。

 友達の書いた本に似た様な感じでナイフを作る殺人鬼がいるなんてページがあったなぁと思い出しつつも、その眼は真剣にデザイン画を見る。

 少し躁気味な言動に反してデザインの大半はやや落ち着いたゴシック調のドレスが多く、ドレスでなくとも濃紺が何とも艶やかな和服などそのセンスは素直に驚かされた。

 かと思えばもう一冊のスケッチブックにはフリルをふんだんにあしらった可愛らしいドレスをはじめとした大人ではなく子供をメインとしたデザイン画が占めていた。

「それは末の子をイメージしたの。 いかがかしら、私のデザインは」

「素晴しいです。こういうデザインって大半は砂上の楼閣となりやすいものですが、コレはどれも斬新で大胆ながらしっかり現実を見ています!」

 ええ、だってそれは暗殺と同じですもの。と答えた奥さんには少し引きつった笑いで返すしかなかった。

 では、お話もこれくらいにして末の子を呼んできますわと奥さんが部屋を出て行った後も暫くトールの顔は笑顔から戻らなかった。

 

―――――――――*

 

「さ、カルトちゃん! 採寸も服のリクエストも済んだことだし行きましょうか」

「はい お母様」

 こうして呼びに行った時間の方が長いという僅か数秒の採寸をゾルディック家の末っ子、カルト=ゾルディックでも済ませる。

 

―― 一人10着ずつ、これで20着つくるけどじゃあもう10着作る一人は…… 聞いてもまずは20着、つまり奥さんと末っ子の分を作ってから教えるっていったけど……

 

 それを深く聞くなと奥さんの笑顔が言っていたのでそれ以上は何も言わなかったが。

 何だか今日はここに来るまででかなりの精神力を摩耗した気がする、疲れたし本格的な仕事は明日からやろう…… そう決めて思いっきり伸びをする。

 とりあえずさきほど採寸のときにどういった服がいいのかを聞いたメモと奥さんの要望であるデザイン画を眺めながら、キューティーの用意した小物と自身が用意した糸と染料を見比べていると、ドアをノックする音が聞こえた。

『トール様、御夕飯を御持ちしました』

「はい、今開けますね!」

 疲れたとは何なのか、機敏な動きで執事が自分で開けると断るより早くドアを開けた。

 そこには大きなカートに何やら高そうな食器に盛られた料理があった、この日初めて心からの笑顔を浮かべたトールである。

「こちらのボタンを押していただければ直ぐに我々が駆け付けますので、御用の際はお気軽に…… それではごゆっくり」

 執事が見えなくなった瞬間、いただきますの声がトールから漏れる。

 服を作ってお金貰えてしかも食事まで用意とは至れり尽くせりだなぁ…… 食事開始から数十分、デザートの手作りであろうプリンを食べながら、昼間と真逆の心境に至った現金者はのんびりとしていた。

 後にボタンを押し、執事を呼んで食器類を下げて貰い食休みも兼ねた瞑想をして、シャワーを浴びる。

 そして一人で使うには大きいふかふかのベッドにダイブすれば意識は夢の中だ。

 朝になれば決まった時間に起きるのでモーニングコールは断ったが朝食は希望通りの時間帯である。

 朝食が来るまでは【念】の軽い運動、そして朝シャワー終われば朝食。

 言ってみれば通るもの、執事付という制限付きとはいえ広大な土地を散歩可能、環境の違う自然は良い刺激である。

 そして帰れば昼食が待っている。おやつはマフィン、勿論いい香りの紅茶は欠かせない。

 それをテラスで楽しみながら、またしても言ってみれば通るもの、書庫から持ってきてもらった本を読みながら優雅に読書、屋敷に沈む夕日が何ともいえない。

 夕食までの時間はアルゴから欠かすなと言われている瞑想、他人の家という環境で過去最高のリラックスした状態のそれは中々のものである。

 終われば夕食で今日は羊肉らしい、勿論美味、デザートはアイス無論手製。

 シャワーを浴びてまたベッド、至福である。

 

 こんな調子でトールはノルマである30着中20着を僅か三日で達成した。初日は何もしていないので実質二日が作業日数である。

 仮にも超能力者やら仙人と常人に呼ばれる力たる念能力を、惜しげもなく服飾関係に使っているのだ。この程度の常人離れな技ならば十分にトールでも可能なのである。

 朝食を終えて食器を運ぶ際に次いでともいう感じで「あ、すいません。依頼の服とりあえずの20着完成したんで納めたいんですが……」と言ったら流石の執事達もまさか三日で達成すると思っていなかったらしく、えっ と一言漏らして一瞬だが呆けた顔をしていた。

 執事はそれでもすぐに顔を戻し、お待ちくださいと言って部屋を出る。

 すると数分もしないうちに数人の執事が丁寧に服を運んでいく、全員女性であることから試着もそのまま行うのだろう。

 

―― そして、数十分後

 

 こうして先程仕立てた新品の服を身に纏った奥さんと末の子と対面して座るトールがそこにいた。

「不躾ですが専属としての道はいかがかしら?」

 どえらいジャブだ、どうやら相当気に入られた様である。

 どうしていいか分からずに「いえ、まだ修行中の身ですので」と、お前は流れの剣客か何かかと心のうちにセルフツッコミを入れたが奥さんはどうやら納得したらしい。

「では雇用の件はまたにして、残りの10着のお話をしましょう。カルトちゃん、新しいお着物をお義父様達に見せてあげなさい」

「はい お母様」

 そして、カルトが部屋を出ると奥さんはトールと再び向き合う。

「先に聞いておきますが、貴方の目は映像越しか写真でもサイズがお分かりで?」

「……? 写真はちょっと無理だと…… 映像の方も生憎未経験なもので、全身がクリアに映っていれば把握可能だと思いますが、結局やってみなければ何とも……」

 ここにきてからアルゴのタブレット型端末でいくらか映像は観てもサイズまで測れるかはやったことが無く微妙である。

「そうですか…… ミルキ、準備は出来て?」

「勿論だよママ」

 流石は暗殺者の次男坊と言うべきか、音も無くスッとミルキが大型のタブレット端末を片手にトールの真横に現れた。

 そして端末の画面をトールに見せるようにして映像を写すよう操作する。

 その画面に映し出されていたのは巫女服の様なデザインを着て人形遊びに夢中になっている子供だった。

「最初に言っておきますが、この子の事は他言無用。あなたがキューティー=ビューティー並びにアルゴ=ナウタイのお二人から信頼されているからこそ、こうしてお見せしていることを忘れずに……」

 禍々しいオーラを放ちながらの文字通りの念押しに、早く帰りたいという忘れ掛けていた気持ちを思い出す。

 とりあえずこの場をすぐ去りたいので「…… 承知しております」と言うや、端末に映し出される子供を食い入るように見詰める。

 ここで一度確認の様だが、トールが一目見ただけで分かるのは『霊視』の歪な進化による副産物である。

 【蜘蛛の仕立て屋】(アラクネー)による派生ではない。霊能力が念能力と同義の世界において唯一真の意味で霊能力なのだ。

 その眼はやはり通常では捉えられないモノを映す。

 

―― アレ何だろう?

 

 アレ(・・)という表現にしたのはよく見ていた霊の類とはやや形状が異なっているからだ。

 人の顔の様な、はたまた木の節くれや穴が顔に見えるのと同じ類のそれか、白い煙に丸い穴が二つに半月型の穴が二つの穴の下にぽっかり空いていた。

 見間違いかも知れないと一度強く瞬きをして目を擦り、もう一度見るがやはりその朧げな何かはそこにいた。

 霊と言うには何というか儚いというか弱々しい気がするが、かといって【念】の類かと言えば生々しくハッキリとしている。

 どちらかで判断すると何処か矛盾するそれはどうやら自分が今まで出会ったことのない、ずばり未知との遭遇というやつだ。

「どうかしら?」

「ええ、問題有りますがサイズの方は大丈夫です」

 集中してみている最中、奥さんに経過を尋ねられ反射的に率直な今の状態を言ったものだから奥さんもミルキも首を傾げた。

 問題あるの? と。

「えっと、差し出がましいでしょうし胡散臭いかもしれませんが、この子お祓いか何かした方がいいかと……」

 ここで一旦言葉を切り奥さんの方を向くと、意を決してトールは言う。

「…… なにか(・・・)います」

 その瞬間、彼の身体はソファーに座りながらも後ろに急速に動いた。

 何事かと覚醒した意識が目にしたのは異様に伸びた爪を横から突き出した奥さんだ。

 トールの言葉を聞いた瞬間、奥さんは弧を描くようにトールに向かって突きを繰り出し、発動した【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)が回避行動をとったようだと理解した次に感じたのは足の違和感。

 後ろに仰け反る反動で勢いよく上がった足に引っ掛かったテーブルがあろうことか蹴りあがる形で空中を回転したのである。

 突きが放たれてから1秒、奇跡的に大きな音を立てつつも綺麗に元の状態で脚から落ちるテーブル。

 それより気になるのはテーブルが落ちる前に聞いた二つの何かが刺さる音、スコンという小気味良い音の正体は元通りに落ちたテーブルにあった。

 独特の形状をした針がテーブルに深々と刺さっていた。

 そして飛んだテーブルに遮られた視界の向こう側には何時の間にか長髪で死んだ魚みたいな目をした男がそこにいた。

「イルミ、ダメよ。これはあくまで警告なんだから」

 突きをしていて何言ってんだとトールは思ったが、伸ばした腕は本来なら鼻っ柱を掠めるコースであると気付き、殺す気は無かったのかと納得した。

 いきなり攻撃したこと自体にはまったく納得していないが。

 そして、このロン毛はどうやら自分を殺す気で針を投げつけたらしい、よく見れば針は微弱ながらもオーラを纏っていた。人の脳天と心臓に突き刺さる程度の威力は持っていたことは明らかだ。

 この重厚なテーブルが頑丈で助かった。

 仮に脳天を貫くつもりで【周】をしていたならテーブルの奇跡は意味のない茶番だったであろうが。

「まぁ、死んでないから警告としては十分成功ってことでいいじゃない、母さん」

「すげぇ暴論だなイル兄」

 どうやら長兄らしい。

「違うよミルキ、暴論じゃなくて結果論さ」

「それもそっか」

 そっかじゃねえよ馬鹿野郎! とトールは声を大にして言いたかったが、この状況でそれは死にに行くようなものだとすぐに思い直し、とりあえず奥さんが手をどけてくれるのを待った。

「さて、荒っぽい真似をして御免なさい。まさかアレを映像越しで見抜くなんて思いもしなかったもの。私、驚いてしまいまして……」

「まぁ、驚くと手を出してしまうことは自然な事ですから……」

 手を出すの範囲を超えているが、姿勢を戻す奥さんに自身も姿勢を戻しつつトールは能力発動の副次効果で動かし難い口を無理に動かし今後の円滑な会話の為に同意する。

「貴方の見たアレ(・・)…… その存在に関してはこの場で忘れていただけないかしら?」

「分かりました。私が気になるのはどういったデザインの服が似合うかなので」

 あの子はオリエンタルな格好が似合うだろう。現実逃避の様にそう考えるトールの目にはテーブルにふかぶかと刺さった針を抜きつつ無表情で此方をじっと見るイルミがいた。

「服? …… ああ、さっきカルトが嬉しそうに見せてた服を作ったのってキミなんだ」

「それも知らないで何でここにいるのさ? イル兄」

 全く持ってその通りである。

「いやー、何か家の秘密に近づく不届き者の気配を感じたからちょっと来てみれば外部の人間にアレ(・・)が見破られたものだから、つい」

 つい、で人を殺せる奴が遂に来てしまったとトールは体が内から冷えるのを感じた。

「オレはどーでもいいけどさ、コイツが案外動ける奴でよかったよなイル兄?」

「そういえばあなたは確か、門を片手で五まで開けたと聞きましたが単なる怪力と言う訳じゃないのね」

 キュインと鳴ったスコープは警戒の意か興味の意かは分からなかったが、注目されたのは確かだろう。

 それより気になったのはイルミのトールが門を開けた情報に対する「そうだね」というさらっとした反応だ。

 

―― この人絶対俺のこと見張ってたよ……

 

 いかにも、もう知った情報だと言わんばかりの反応はトール達の来訪を知っていて、この家族に害あるものかどうかずっと視ていたのだろう。

 そして今まさに家のトップ・シークレットを知った途端に害ある存在と判断し、即座に消しに掛って来た。

 トールの予想は大体正解だった。間違いはずっとの部分、イルミはトールをずっと監視している訳ではなかった。

 ただ時間的な問題だけで行為そのものはずばり的中である。

「中々良い服だったよ、オレもオーダーメイドで欲しくなっちゃった」

「こだわりの強いイル兄が気に入るなんてよっぽど良い出来なんだな」

 意外そうにミルキは言う。

「そうかな? オレ、ファッションとか全然興味ないし」

 そんな特徴的な服着てどの口が言うか! とトールは思ったがミルキもそう思ったらしく、眼だけでイルミの全身を見つつ小さく「えぇ……」と声を漏らしていた。

「どうかな、母さん? この際だし家族全員分作ってもらったら?」

 とんでもない提案をする。

「パパはともかくお義父様もお義母様もこういったのは無駄遣いと思っている節があるし、お義祖父様は無関心だしで納得してくれるか分からないわ……」

 

――よし! この三重結界を破ってみよ!

 

 心の内で勝ちを確信してガッツポーズをしたがるほどに喜ぶトール。

「ふぅん…… ねぇ、服をもう一着作る余裕ある?」

「ありますよ」

 浮かれすぎて本当のことを言ってすぐさましまったとトールは後悔した。

 彼の視線の先のイルミは彼が言うのもあれだが変わらずの無表情ながらも、どこかニヤリと笑った様な気がした。

「じゃあ父さんの服を一着作ってくれない? 料金は割増でもいいから、オレが払うし」

「ま、まぁ…… そんな親孝行だなんて!」

 続けざまに「親孝行さ」とも言えば隣で奥さんは感極まった様に膝から落ちて号泣した。

「こうしてはいられないわ! あなた! あなたぁ! イルミが親孝行ですってーー!!」

 かと、思えば急に立ち上がるとスカートの裾を両手で持ち、絶叫しつつ物凄いスピードで部屋を去って行った。

 さっきの父親を呼びに行ったようだ。

 

―― 断りづれぇ……

 

 彼の脳裏にはイルミと言う巨大な蜘蛛の造り出した巣に掛かるビジョンがあった。




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