遠い夏の日の稲妻   作:妄想投棄場

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夢から醒めた残滓の夏の後。


雪降る夜に嗤う、ささやかな幸せの残滓

 もう、外は雪が降っとる。しんしんって降るのを見るのは案外悪くない。

 ま、暖房が入ったマンションから見てる分には悪くないって話やけどな。外出たら、ウチ、凍えて死んでまうよ。

 

「なあ、チビ。クリスマスツリーに使われる木ぃって何の木か知っとる?」

 

「あ? そんくらい知っとるわ、ボケ。ウチの名前はタマモクロスや。チビ言うなや、クソババア」

 

 外の景色を見るんも止めて、隣で野菜切っとるガキンチョに声をかける。

 お~お~、怖いわ。力入り過ぎて包丁持つ手がプルプル震えとる。切れるもんも切れんよ。そんなやり方やったら。

 

「もみの木言うんやけどな。なんでこの木ぃがクリスマスツリーになっとるか知っとる?」

 

「だああ! 知っとるちゅーとるやろが! こっちは、野菜切っとるんや! 途中で声かけて集中乱すなクソババア」

 

 いや、おもろすぎやん。野菜切るのなんか目ぇ瞑っても出来るもんやろ。作業の片手間の時間つぶしに話題振ったんやけど、この子には難し過ぎたみたいや。

 

 腰まで伸ばした芦毛の髪。赤と青の髪飾り。青い目。見た目はウチそっくりやっちゅうんに性格も、やり方もぜーんぜん似とらん。家のお手伝いもようせんと、ずーっと走ってばっかやったんやろうなあ。

 おもろいなあ。羨ましいなあ。

 

「もみの木っちゅうのはな、厳しい寒さでも、絶対に葉を枯らさんのよ」

 

「だから、なんやねん」

 

「どんな中でも緑を枯らさない、その中に昔の人は希望を見出したんやろなあって。どんなにドブみたいな生活してても、どれだけ腹空かしてもう生きる希望もよう分からんなっても」

 

 実の親からほっぽられて、底抜けのアホに育てられた。そのせいで貧乏続きのはずやったんに、毎日が苦しかったはずなんに、よう腐らんと今を走り続けとる。 

 

「鮮やかな緑に思いを託したんやろうなあ。もしもに溺れながら、いつかを夢見て」

 

 おもろいなあ。羨ましいなあ。

 

「それは……」

 

「何してん、手が止まっとるよ。もうボクがここに来るんも近いんやからパパっとせなあかんよ」

 

「うるっさいわクソババア! 話かけてくんなや!」

 

 そう言いながら、チビはウチの方も見んと作業に集中しとる。

 あかんなあ。ずーっと耐えったんを吐き出した途端、ウチの口が緩くてしょうがないわ。こんなチビっこに分かられるんは嫌やあ。

 

「はあー、むっず」

 

「え、ニンジンも切れへんの? にんじんを切れんやつとかおるんか?」

 

「殺すぞ!?」

 包丁片手に脅してくるなんて怖いわあ。しゃあないなあ

 

「こうやるんやで」

 

 チビから包丁奪って、ぶっきらぼうに切られた五角形のニンジンを見る。

 

「見てておもろかったから黙っとんたけど、こういうんわな、まな板の上やなくて、皮剥くみたいに持ちながら手首効かせてクイクイって、やるんよ」

 

 レンジで暖めたから、包丁もよう通りやすい。3分も経たんと、星形のニンジンが切り終わった。まあ、こんなん出来て普通なんやけどな。むしろ、売りものにするんなら雑過ぎてしょうがないし。

 チビの方を見ると、目丸くしとった。

 

「料理出来るちゅうんわ、本当やったんや」

 

「はああ!? ウチの野菜を売るために、料理の一つや二つ拵えて宣伝するのが普通やろ!?」

 

「……」

 

 なに考えとるんや、このチビは。宣伝はもの売る基本やで。

 ……なんで、ウチの言葉に黙りこくるし。ほんまちょうし狂うわ。

 

「なんとなく分かったわ、じいちゃんばあちゃんがクソババアの帰りを待っとったん」

 

「あ?」

 

 なんで、急にあのドアホたちのこと言い出すんや。

 

「アンタは、本当にじいちゃんばあちゃんのことが好きで、じいちゃんばあちゃんの野菜が大好きで、それをみんなに知ってもらいたくてこんな料理出来るようになったんやな」

  

 ~~~~~っっ!!

 

「は? 意味わからんし、そんな根拠あるわけないやろ。自分、そんな変なこと言うて自分が料理出来へんこと棚に上げるつもりやな? ウチ、そういう半端なこと許さへんよ」

 

 ああ、悔しいなあ。

 こんなベラベラ喋らんでいいんに。取り繕うみたいに喋ったら逆効果なんは分かっとるんに。

 ああ、ウチ、辛抱できんなったなあ。

 

「そんな喋ったら、逆効果やろ……アホやん」

 

 ああああああ、うっさい、うっさいわ!

 ウチの立場がない。こんなはずやなかったんに、なんでウチがこんなに乱されてしまうんや。おかしい、おかしすぎる。

 

「……チビ、ウチを怒らせたな」

 

「自爆したのそっちやろ」

 

「うっさいわボケ! さっきまでは軽く見とったけど、やり方覚えろ。ボクが来るまでにちゃちゃも入れんと指導したる。覚悟しいや」

 

「うわ、急になんやねん、顔近づけてくんなや」

 

 ウチだけ、こんな目に合わされるんわ、理不尽や。でもな、ウチは理不尽を嘆かんよ。

 嘆いとる時間あったら、他の奴らを理不尽な目に合わせなあかんやろ。

 

「ほら、次の野菜、洗って。……そう、そしたら野菜切る。ちゃう、野菜の固定の仕方、それやったらガタガタして切れへんやろ。あーもう! ちゃうちゃう、料理したことあるんか自分」

 

「あー、色々言うなや! そんないっぺんに言われたらなんも頭に入ってこんわ」

 

「こんなの小言にも入らんもんやろうが、口動かす暇あったら、手ぇ動かしいや」

 

 あーあ。へたや、へたっぴ。ぜーんぜんへたっぴ。これ、ボクが来るまでに終わるんかなあ。

 不安やけども、まあこの子なら大丈夫やろ。

 ウチの子やし。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、いいだろうか」

 

 ボクは、とあるマンションのエントラスで時刻を確認するためにスマホを眺める。

 20時。街灯がない場所以外は暗闇になっているほどの時刻。

 

「ボクとしても、そろそろ寒くなってきた」

 

 今日はクリスマス会をしようと誘われていた。

 誘い主はミドリコ。幼い頃のボクが夏休みにだけ遊んでもらっていたお姉さんのような存在で、ボクの担当ウマ娘であるタマモクロスの母。

 責められぬ事情があった。伝統に囚われた場所で全てを壊された。その結果、彼女はタマモを捨てた。

 しかし、なんの因果か今日はタマモとボクと三人で過ごそうと言ってきた。それは、とても嬉しいことだ。

 

「流石に一時間もエントラスで待たされると先行きが不安になってくる」

 

 自分の幸せに縋り、逃げるようにどこかに放浪していたミドリコも、ボクと同じように夢から醒めた。しかし、その間に浪費した時間は余りにも多すぎた。だから、ボクは彼女の行く末を心配していた。

 けれど、彼女はあまりにも逞しすぎた。

 たづなさんや理事長に彼女の働き口について話を通してみると、面接の機会を設けてもらい気づけば今ではURAのスタッフとして働いている。流石と言うべきか、恐ろしいと言うべきか。

 

~♪

 

「もしもし」

 

『あ、ボク? もうええよ! 上がってきてや』

 

「分かりました」

 

 ようやく準備が出来たみたいだった。ボクは期待と不安を感じながら彼女の部屋まで向かう。

 

 

 

「メリークリスマスやでボク♪」

 

「……はい、メリークリスマスです。ミドリコさん、タマモ」

 

「……メリークリスマス」

 

 扉を開けた瞬間になるのはクラッカーの破裂音。それ以上に他の事実に僕は気がいってしまい、言葉を出すのに時間がかかってしまった。

 

「それ、は」

 

「ああああああ! みんなやトレーナー! おい、クソババア! ウチはもう着替えるからな!」

 

「あはは、おもろいなあ。ウチがそんな許すわけないやん」

 

「いや、でも、流石に」

 

 二人とも、サンタさんの恰好をしていた。ただし、すごく丈が短い。言わゆるミニスカートだった。どうして、二人が着ているのかは分からない。正直目のやりどころに困るというか。

 

「一人だけ盛っとけよクソババア! ウチは、ウチはなあ!!!」

 

「……なら、最初っから着らんかったら良かったはずやけどなあ」

 

「?……今、なにか言いました?」

 

「ううん、何にもないよ。ボク……それにウチたちの恰好見てなんか言うことないん?」

 

 いや、感想を求められても困るが。でも、言わないと、いけないのだろう。タマモは涙目にしてボクのことを睨んでいるし、ミドリコもすごく褒めて欲しそうだし。

 前門の虎後門の狼。もう、ボクには逃げ道がないみたいだ。

 

「とても、よく似合っていると思います」

 

「な!? トレーナー、アンタなあ!? 見損なったわ」

 

「いや」

 

「嬉しいわあ。やっぱり、ボクも男の子なんやねえ」

 

「あの」

 

「最低や! 最低、スケベ、ドアホ!」

 

 どうして、なんだ。今、一番最適解を選んだはずでは? どうして、ボクはここまでなじられないといけないんだろうか。せめて、言い訳を。

 

「ですが、そろそろ着替えてもいいかと」

 

「え、今ここで!?」

 

「ちが」

 

「だから勝手に発情すんなや!」

 

 おかしい。どうして、なんだ。

 

「そうではなくて」

 

「じゃあ、なんなん?」

 

 ミドリコがボクにすごく近づいてくる。ふわりと香る。シャンプーの香りに思わず、顔に血液が集まってしまうが、そうしてしまうとまた厄介なことになってしまうため、彼女の肩を持ち、それ以上近づかないようにして、ミドリコに思いを伝える。

 

「二人とも、とてもよく似合っている。とても可愛いらしい、恰好だ。でも、その恰好は少し寒そうに見えます。だから、可愛いよりも、心配が、先に来てしまいました。二人には、自分を、大事にして欲しい。だから、着替えてほしいんです」

 

「なっ!?……ズルいやろ、そんな言葉」

 

「おい!? なんで急にしおらしくなってん!? おい、クソババア!?」

 

 どうして、なんだろうか。ボクがなにをしたというんだ。

 ミドリコは、どうしてこんなに顔を真っ赤にしてモジモジしているんだ。タマモ、ボクを叩くのを、やめてくれないだろうか。ボクだってしたくて、しているわけじゃないんだ。

 

 

 

 

 

「はあ、食べた、食べた」

 

 リビングの方では、チビとボクがテレビでも見ながら話しとる。ウチはその輪に混じらんと洗い物か。嫌やなあ。仲間外れやん。

 

「ま、ウチがやる言うたんやけど」

 

 正直、こうやって洗い物でもせんと熱に浮かされてどうにかなりそうやった。

 

「こんなことなるなんてちょっと前までは思うてへんやったもん」

 

 ずっと、あてもなく彷徨い続けるんやと思っとった。でも、気づけば、チビに、タマモクロスに連れ戻されて、ボクの手を取った。夢から醒めたウチには、ほとんど残っとらんやったはずなんに。

 今ちょっとずつ大事なもんが増えてきとる。そんな気がする。

 

「だからこそ、怖いなあ」

 

 あの時は全部が不幸やった。世界を恨んどった。自分にはやらないといけないことがあるっていう意味わからん感覚で毎日を生きとった。

 

「でも、もう無理や」

 

 もう、ウチは年を取った。そんなに強くない。

 大事なものを守る意思よりも、失くしたらどうしようって気持ちのが強い。

 

「弱いなあ、ウチ」

 

 だから、まだこれは残滓や。ウチはただの残滓。ぜんぶ、ぜーんぶ、ごっこ遊びや。

 本気になんかならへん。

 自分とそっくりなウマ娘に自分の知ってること教えてるの家族ごっこや。

 昔馴染みの可愛い弟分と、過ごしたことのないクリスマスを過ごするのもお遊びや。

 

「ウチが本気になってることなんて一つもないよ」

 

 自分の娘が、自分の恋焦がれた相手と話してるのを洗い物しながら聞くんを家族みたいやなんて思ってるんはウチのエゴや。

 

 ああ、そう思わんとやっていけんやろ。

 

「ミドリコ、さん」

 

「んあ? た、チビと話しとったんやないん?」

 

「いえ、やはり。手伝おうかなと」

 

「ええよ、ええよ。ウチがやりたい言うたんやから」

 

 やっぱりこん子はええ子やな。

 

「ボクは、今日楽しかった?」

 

「ええ、とても」

 

「よかった」

 

 本当に、ウチも楽しかったわ。もう、いつ終わってもいいくらいには。

 

「だから、来年もしましょう」

 

「え?」

 

「来年も、再来年も。ずっと、ずっとしましょう。ボクたちが会うのは、もう夏だけじゃない。どの季節だって、いい。そして、ボクや、タマモや、ミドリコ。三人で年の瀬を振り返って、新年を祝いましょう」

 

「……ズルいわあ」

 

「?」

 

 ああ、本当に、嫌やあ。

 なんでこんなに胸が熱くなるん。本気になんか一回もなったことないのになあ。

 こんなただのお遊びなんになあ。

 

「……約束やで」

 

「はい」

 

「破ったら、分かっとるやろな」

 

「ええ」

 

「指切りな」

 

「破ったらハリセンボン、ですよね」

 

「当たり前や」

 

 

 あーあ、こんな噓っぱちを約束させる、ウチもウチやなあ。

 

 触れ合う小指があったかい。

 

 もう、離したくないなあ。

 

 ずうっと続いて欲しい。

 

 本当に、お願いや。

 

 ウチから盗らんとってや。

 

 ウチの子も、ウチの焦がれた人も、ウチの家族も、全部、全部。

 

 

 

「……愛してるよ」 

 

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