自分なりに頑張って書いてます
ヒロたちが渓流へと出発した、少し後のこと。
ハイメルは「研究室」で、龍歴院から取り寄せた資料に目を通していた。
「僕らが出発してからだけで、こんなに......」
「あぁ、狩人によって抑えきれず、生態系に被害が出ている場所もある」
傍らに立つ研究員――ベルナ村で活動する、ハイメルの先輩でもある青年――も、寄せられた報告の内容に歯嚙みする。
その内容は、最近になって急増した「モンスターの狂暴化」に関するものだった。
異常な膂力と狂暴性を持ち、通常とは異なる挙動を見せることもあるモンスター......拠点を問わず発生するそれらの個体には、ある一つの不気味な共通点が存在した。
「そしてモンスターの出現と合わせて、例の落下物......『灼けた龍の鱗』も発見済みと来ている。偶然だとは思えないな」
「僕も同意見です、先輩。もしかしなくてもこれは......」
ハイメルは自身の右方、研究室の壁にかけられた一枚の紙片に目を移した。
それはこの調査のきっかけとなった、遺群嶺と「天彗龍」にまつわる記述がなされた古文書のコピー。既に何度も読んだその内容が、一目見ただけで想起される。
――[天彗龍]が現れるとき、世界に『災厄』が訪れる
龍歴院が龍識船を造り、遺群嶺の調査を始めた理由がこれだった。
「古龍」の研究者の中に、たかが古文書の記述、と侮る者など存在しない。
嵐を統べ、暴風を纏う龍。
海を鳴らし、地を揺らす海原の王。
あらゆる生命を狂わせ、天を闇に覆わんとした狂乱の主。
かの荒ぶる龍たちは、これまで何度もその伝説に記された姿を現し、災禍を引き起こしているのだから。
「バルファルクによる『災厄』、その前兆なのかもしれないな......」
(皆さん......どうか、ご無事で......)
ユクモ村に向かった狩人たちの無事を、ハイメルはただ祈ることしか出来なかった。
「突っ込みます!援護を!」
二刀を翻し、ヒロは先陣を切って駆け出した。
紅い闘気を迸らせ、鮮血に濡れた地面を疾走する。
『キュアアアアアアアアッ!!!』
風を引き裂くような咆哮が、深緑の森を震わせる。
突撃してきた狩人を前に、迅竜はその長い尾を大きく払った。
「ふッ――!」
地面を蹴り、狩人の身体が宙を舞う。
眼下を薙ぐ黒尾を紙一重で躱すと同時に、両手の雷剣が斬撃を刻み込む。
そのまま迅竜の背後へと着地したヒロの頭上で、艶めく刃翼が振りかぶられた。
迅竜の強さの所以たる間断なき連続攻撃......無論、その脅威をヒロは熟知している。
視界の隅に映る敵の僅かな動きすらも見切り、再び横合いへと飛び出したその時、迅竜の腕に灯る炎が俄かに激しさを増した。
「――!」
回避行動を終えたヒロの背後、1秒前まで立っていた場所を、迅竜の刃翼が襲う。
叩きつけられた剛脚が大地を割り、その衝撃が着地したヒロをよろめかせた。
(まずい......!)
「させるか!」
反応が遅れたヒロへと狙いを定めた迅竜を、直後頭上からの矢の雨が襲う。
リゼが放った曲射の弾幕に一瞬怯んだ迅竜の隙をつき、もう一つの影が背後へと滑り込む。
「はあああああああッ!!」
振りかぶられるのは、白く彩られた刃翼の斧。
突き上げるような強烈な
たまらず後退する迅竜の影から、剣斧を担いだ狩人がヒロのもとへと飛び込んでくる。
「ルナさん!」
「全く、初っ端から無茶をする......!」
「単体の目標に執着する習性を利用する。迅竜狩りの基本ですよ」
言い返しながら、ちらりと背後を見やる。
視界に映るのは援護射撃をかましてくれたリゼと、それを守るように大盾を構えるヴィータの姿。
普段あれだけ前進を是とするヴィータが、守りに徹している......イレギュラーを前に、強気に出れていないのは明白だ。
「それなら私も役目は一緒だ、それにこいつは――っ!」
すかさず飛び退いたルナのいた場所を、迅竜の瞬撃が抉り抜く。
[迅竜]ナルガクルガは本来、素早い動きと獲物だけを確実に捕える無駄のない狩りが得意なはずのモンスター......しかし眼前の個体はその強みを捨て去り、強引かつ乱暴な攻撃で、鏖殺と破壊を演じ続けている。まるで、力を制御しきれていないかのように。
「分かってます!間違いなく普通じゃない......!」
そして、迅竜の前脚に宿ったドス黒い炎。
攻撃のたびに燃え盛る”あれ”が、この暴走の原因か。
積み重なる謎を一度全部投げ捨てて、ヒロは次の手を打った。
袂から黄色い液体の入った小瓶を取り出し、ルナが迅竜の気を引いている間に一気に飲み干す。
やっぱ美味しくないな......等と考える間もなく、全身に血が巡る感覚が走った。
強走薬――ハンターが狩りに用いる薬剤の1つであり、激しい運動によるスタミナの消費を抑える効果のある代物だ。
「さあ――行くぞ!」
気合とともに鬼人の闘気を纏い、再びナルガクルガへと突進する。
眼前の個体は攻撃の威力こそ凄烈だが、その分持ち前の機敏さを欠いている。そもそも迅竜の厄介さは森の中をやたらと飛び回り視界の外から襲ってくるその身軽さにあるのだが、こうして真正面から目標へと殴りかかってくれるのであれば、それを見切ることはヒロにとっては容易なことだった。
飛び込んできた迅竜の攻撃を回避しながら、繰り出される幾重もの連撃。
双剣使い特有の戦技である「鬼人化」は、凄まじい攻撃力と引き換えに狩人の気力・体力をかなり消耗させる諸刃の剣。しかし先ほど服用した「強走薬」が、一時的にとはいえその弱点を封じ込める。
「今です!」
「こっちも忘れるなよ、っと!」
そして迅竜がヒロに狙いを定めれば、襲い来るのはルナとリゼによる援護。
ヒロが撹乱し、リゼが怯ませ、ルナが痛撃を叩き込む――3人の堅実な連携が、少しづつ迅竜を追い詰めていく。
「危ない!」「分かってる!」
と――そこで迅竜が初めて、その異名らしい動きを見せた。
同時に襲い来る2人の狩人に業を煮やしたか、左前脚を起点に身体ごと回転、周囲を大きく薙ぎ払う。
思わず飛び退くルナ。ヒロも間合いを保ち切れず、回避した勢いで距離を取り――その隙を、迅竜は逃さなかった。
迅竜の目の前に着地したヒロの右後方、ヴィータに守られながら次の矢を番えようとしていたリゼに、その紅い視線が向けられる。
「っさせるかあ!」
隙を見せたヒロを嘲るかのように、迅竜が選んだ行動は前方への宙返り――最も警戒すべき、伸縮する棘尾を使った叩きつけの予兆。
躊躇は無かった。
「どけええええええっ!!!」
全力の気合を込め、ヒロはその矮躯を躍らせた。
狩技「ラセンザン」――自分自身の身体を螺旋の矢とし、敵の弱点を抉り抜く技。
ヒロはそれを、あろうことか迅竜の尾へと突っ込む形で繰り出した。
「ぐあっ......!」
「ヒロ!!!」
ルナの悲鳴が飛ぶ。
結果は痛み分け......出鼻をくじかれ墜落する迅竜だったが、ヒロも勢いの乗った尾に撃ち据えられ吹き飛ばされる。
思わずヒロに駆け寄ったルナは、その脇を通り過ぎた小さな影に突き飛ばされた。
「ヴィータ!!?」
一輪の桜花が、漆黒の影へと驀進する。
慌てて起き上がらんとする迅竜の頭を、リゼの放つ剛射の一撃が抑え込む。
黒炎を放つ迅竜の右前脚を踏みつけ、ヴィータは空中へと舞い上がった。
「やっちまえ!ヴィータ!」
「やあああああああッ!!!」
繰り出される滑らかな空中変形。剣と盾の合体によって現れた大斧が、落下の勢いのままに叩きつけられる。
頭をかち割られた迅竜は、鳴き声を上げる間もなく倒れ伏した。
「た、倒した......?うわっ!」
動かなくなった迅竜を呆然と眺めるルナに、飛び込んできたヴィータが激突する。
「はあっ、はあっ......ひ、ヒロっ!!」
「お、落ち着けヴィータ!取り敢えず無事だ!ほら!」
武器を放り捨ててまで駆け寄ってきた少女に、腕に抱いたヒロを見せるリゼ。
棘を展開した尾に直撃したせいで防具は傷だらけになっているものの、一目で致命傷と分かるような怪我はしていない。
ヴィータが血の付いたヒロの手を取ると、力のない藍色の視線が僅かに動いた。
「げほっ、げほっ......ヴィータ、ごめん......」
「ヒロ......!」
「落ち着いて、ヴィータちゃん。とにかく一度退きましょう」
「ルナさん、ヒロを頼む。あたしはヴィータの武器を回収する」
討伐は成された以上、ここに留まる理由は無い。
ルナは剣斧を背負い直して、リゼからヒロを受け取り抱え上げる。
そのまま走り出そうとしたとき、腕の中のヒロが小さく声を漏らした。
「......待って、ください......アイツの素材を......」
「ヒロ!?何言って......」
「龍識船に持ち帰れば、何か分かる、かも......っ」
その言葉を最後に力尽きたヒロは、そのまま気を失った。
「『巨竜殺し』!」
「ちょっと待ってろ!」
ヴィータの盾斧を担いだリゼは、迅竜の亡骸の傍に飛び散った刃翼の破片を拾い上げた。
恐らくヴィータの最後の一撃で割られたものだ。これなら右前脚を覆っていたあの炎についても分かるかもしれない。
「回収した!退くぞ!」
息絶えた迅竜と生物の消えた静寂を残し、狩人たちは血に濡れた森の中から逃げ出した。
「桜花が驀進する」っていうフレーズが凄くスッと出てきたんですけど
あまりにも別ゲーに毒されすぎてて書いてて笑っちゃいました。