第十七話「沼地の死闘と未来」
私が初めて出会った時、「彼女」はひとりぼっちだった。
村のはずれで、ひとりぼっちで、泣いていた。
「大丈夫?」
声をかけたわたしを、彼女は驚いた顔で見上げた。
突然のことに恐怖した......と言うより、声をかけられた事自体を意外に思ったようだった。
「......キャラバンが来るから、あっちに行ってろって」
「どうして?他の子はみんな出迎えに来てくれたのに」
「ボクは、居ちゃいけないからって」
透き通るような白い腕が、涙を拭う。
孤独と諦念を溢れさせる瞳は、血のような紅色だった。
「ボクは、みんなと違うから。本当はここに居ちゃいけないんだって」
「そんな......だれがそんなこと言ったの!?」
「村の人はみんなそう言ってる。お父さんもお母さんも病気で死んじゃったから、お前はもうひとりなんだって」
それが怒りだったのか、悲しみだったのか、何だったのかは分からない。
だけどその時、彼女の涙を見た時、私の中に生まれた衝動が、私を突き動かしていた。
「......だったら、一緒に行こうよ!」
その手を取ることに、一切のためらいはなかった。
驚く彼女の右手を胸に抱き寄せ、私は必死に言葉を紡いだ。
「わたしのお父さん、キャラバンの団長なんだ。もうちょっとしたら、この村を出て行くから。その時一緒に連れて行ってもらおう!」
「え、い、いいの......?」
「お父さん、いつも言ってたんだ。どんな目的であっても、我らのキャラバンは歓迎するって。絶対許してもらえる......ううん、許してもらうまで説得する!」
潤んだ紅い瞳を見つめ、訴える。
「『居ちゃいけない』なんて言わない!言わせない!!だから......一緒に!!」
しばしの逡巡ののち、その白い手が、私の手を握り返した。
その日から、私の見る景色の隣には、常に彼女がーーステラがいた。
身寄りのないステラを、
旅そのものの人生は、楽しいけど少し寂しいと思っていた。キャラバンには大人ばかりだし、ふらりと新たな団員が現れたと思えば、「自分の目的を見つけた」と言ってふらりと居なくなってしまう。父は「それがキャラバンというものだ」などと語っていたが。
そんな日々を変えてくれたのが、私を「姉さん」と呼び慕ってくれたステラだった。どんな場所でも、何があっても、彼女は側に居てくれた。
「......決めた。わたし、ハンターになる!」
「ぼ、ボクも......!姉さんと一緒に狩りに行きたい!」
キャラバンに居たハンターに憧れ、狩人の道を志したときも。
「龍歴院?」
「ベルナ村にある、モンスターの研究機関よ。今ちょうど、専属のハンターを探してるんだって。ここなら世界中のモンスターを狩りに行ける......楽しそうじゃない?」
「......そうだね。姉さんと一緒なら、どこへだって行ける」
龍歴院のハンターとして、大陸を股にかける狩りに身を投じたときも。
「龍識船......やっぱり、ボクなんかが行っていい場所じゃないって......」
「古龍の討伐までやっといて今更何言ってるのよ。龍歴院も賛成してくれてるわよ?成長の見込みある『特待生』だって」
「む、[骸龍]の時は、姉さんが一緒に居てくれたからで......」
「だったら安心しなさい。私とステラで行くんだから、どこだって怖くないでしょう?」
「うっ......それは、そうかもだけど」
遠い空を越え、前人未到の領域へ挑まんとするときも。
ステラは私を信じて、私の背を追ってくれた。
だから、私は何があっても立ち止まらない。
私を支えてくれた、今はもう居ない彼女に、少しでも報いるために。
彼女の抱いていた憧憬はその価値があるものだったと、証明し続けるために。
「リゼさん、右ッ!」
「うおおおっとぉ!?」
重装備らしからぬ機敏さで飛び退いたリゼを掠めて、膨大な熱量が走り抜ける。
一直線に湿原を焼き払う熱線。濡れた草地がもうもうと煙を上げる中に、巨竜の咆哮がこだまする。
重厚な白い外殻に覆われた、それ自体が一つの岩山を思わせる体躯。
岩に入った亀裂のように開いた口からは、体内に蓄積した炎熱とは違う、黒紫の炎が立ち上っている。
[鎧竜]グラビモス。
「鎧の覇者」とも称される大型飛竜、その獰猛化個体が、沼地に降り立った狩人の前に立ち塞がっていた。
近隣の湿地帯に彗星が落着したという、ココット村からの急報。
ついに[天彗龍]が地上に降りたのかーーそんな龍識船調査隊の危惧を裏付けるかのように、同地域での獰猛化モンスターの出現が時を同じくして確認された。
この事態に、ハンターズギルドと龍歴院は緊急の合同作戦を敢行する。
「龍識船」に滞在していた者を含め、急行できる熟練ハンターを総動員しての、獰猛化モンスター及び[天彗龍]鎮圧。この機を逃すまいと駆けつけたハンターたちは、想像を絶する戦場に相対することとなった。
「ぐおおッ!!」
「大丈夫か、『黒鬼』!?」
「バハハハハ!問題ない......と言いたいところだが、こいつぁ骨のある相手だぜ、『赤鬼』よ!!」
ココット村から参加した2人組のハンター目掛け、炎弾と毒針が撒き散らされる。
グラビモスから少し離れた位置で狩人たちを圧倒しているのは、その美しい龍鱗を毒々しい紫に染めた、巨大な[雌火竜]リオレイア。
「紫毒姫」の二つ名を冠する、特級の危険個体である。
「くそっ、二つ名持ちまで居るなんて聞いてないぞ!」
「このままじゃ、バルファルクにすらたどり着けない......!」
グラビモスの攻撃を捌きながら、思わず悪態をつくヒロ。ヴィータも必死に大斧を振るうが、グラビモスの頑丈な外殻を相手にしては、中々有効打を与えられない。
飛竜の中でも最硬とも言われる防御力を持つ[鎧竜]に、毒による絡め手と強靭なタフネスを兼ね備える[紫毒姫]。それも片方は獰猛化個体だ。
[天彗龍]を守る2頭の番人は、沼地に現れるモンスターの中でも最悪と言っていい組み合わせだった。
「それでも、こんなところで止まれない!」
叫ぶ声と同時に、グラビモスの足元が爆ぜる。
体勢を崩し転がるように倒れ込む巨躯を避け、飛び出したのは[白疾風]の剣斧を振るうルナだった。
かたわらに着地してきたルナを見て、その大胆な立ち回りに唖然としたリゼだったが......ちらりとこちらに投げられた視線に、ふっと笑みを返す。
そうだ、こんなところで止まれない。ずっと追い続けた宿敵は、すぐ目の前なのだから。
「......ああ、ルナの言う通りだ!怯むんじゃないぞ皆!焦らず、目の前の相手から確実にシバいてやればいい!」
「危なくなったら一度後退してください!大丈夫、最悪僕一人でも時間稼ぎくらいはできます!」
「巨竜殺し」と「ユクモの英雄」、名のある2人が激を飛ばし、
「へっ、流石『ユクモの英雄』は言うことが違うなあ!だが心配は要らねえ、俺たちもまだまだやれるぜ!なあ!?」「応とも!!」
「また一人で無理するつもりですか、ヒロ!そんなのわたしが許しませんよ!」
狩人たちも焚きつけられるように、その戦意を振り絞る。
過酷な戦いは少しずつ、しかし確実に、趨勢を狩人側に傾けつつあった......その時までは。
「えっ......?」
異変に最初に気づいたのは、ルナだった。
剣戟に混ざって一瞬だけ聞こえた、キィンーーという甲高い音。
刃と甲殻がぶつかり合う音とは明らかに異質なそれが、記憶の片隅でデジャヴを描いた、その瞬間だった。
「うわっ!」
「眩しっ......!」
「な、なんだぁ!?」
厚く覆う雲を吹き飛ばし、赫耀が空を覆う。
狩人も、モンスターも、その場の全員が何か行動を起こす間もなかった。
一瞬の煌めきの後に、凄まじい衝撃と爆風が、湿原を焼き尽くした。
視界が消える。
音が飛ぶ。
しかしこの状況でなお、ルナは止まることは無かった。
吹き飛ばされた身体を無理やり動かし、剣斧を地面に振りかぶる。
突き刺さった刃先がブレーキになり、なんとか地面に叩きつけられることだけは免れた。
「一体何が......っ!」
何とか目を開いたルナの前には、変わり果てた景色が広がっていた。
焼き払われ荒野と化した大地に、2頭の竜が倒れ伏していた。外殻を砕かれたグラビモスから黒紫の炎は失われ、[紫毒姫]に至っては片翼が消し飛んでいる。
咄嗟に仲間たちの姿を探す。殆どのハンターが爆風にやられ倒れている中、どうやら盾斧でかばわれたらしく、起き上がったヒロが動けないヴィータの小さな身体を抱えあげている。爆心地から少し離れた位置に居たリゼは巻き込まれることは無かったものの、自分同様悲惨極まる光景に呆然としていた。
そして、災禍の中央。大きなクレーターが生まれた爆心地。
赫い炎を噴き上げる銀翼を広げ、厄災の「龍」はそこに居た。
「バルファルク......!」
身体の痛みが一瞬で吹き飛ぶのを感じた。
リゼが、ヒロが、目を覚ましたヴィータが驚いた顔でこちらを見る中、ルナは地面に刺さった剣斧を抜き、眼前の「龍」へと突きつけた。
「......ようやく、会えた」
炎が燻る不毛の地面を踏みしめ、「龍」の前へと踏み出す。
その敵意を悟ったのか、「龍」は猛禽の嘶きの如き咆哮を上げる。
「バルファルク......お前にとって、この光景は些事に過ぎないのかもしれない」
かつて古の龍を深く知るものは、彼らに下界を傷つける気は無いと語った。
彼らは悪意もなく、敵意もなく、ただ生きているだけであると。
「その輝きが招いた厄災も、それによって奪われる命も」
しかし事実として、かの「龍」はステラの命を奪った。
そして今、下界を、故郷を、人々を脅かそうとしている。
ルナが剣を振るう理由は、それで十分すぎた。
「だとしても......こっちも『ハイそうですか』とは言えないのよ!」
剣斧を構える。
「龍」の銀翼が紅炎を宿す。
自分を案じて止めようとする仲間の声が、遠く彼方に消える。
「狩らせてもらうわ......バルファルク!!」
もうルナの目には、狩るべき敵の姿しか映っていなかった。
「ーーそうだよ、姉さん」
「......!?」
それでも。
「だから、一緒に!」
「......!!」
かつて自分がかけたものと同じ、願いの言葉は。
燃え盛る紅炎の中で、確かに私に届いていた。
炎に揺らぐ大気の中を、一発の弾丸が駆け抜けた。
振りかぶられたバルファルクの右翼に突き刺さったそれが、時間差で爆発する。
衝撃に減衰された槍翼の一撃を躱したルナは、訳も分からないまま、しかし確証を持って振り向いた。
弾丸が飛んできた先ーー自分の背後を。
「......お待たせ、姉さん」
遥かな空を、広大な海を、深く長い絶望を超えて。
亡霊は蘇り、在るべき場所へと舞い戻った。
二つ名持ちを通常モンスターと共演させていいものかと思ったんですけど、
何ならアイツら余所者と一緒にいることの方が多いんですよね。まったくもう。