大規模な改稿を行いました
「......それで、あの騒ぎだったのね」
「はい......私は真っ先に蹴り出されてしまって」
すっかり日の暮れた、夜の酒場。
カウンター席に座ったフォスは、グラスの中の氷を揺らして答えた。
カウンターの向こう側に立っているのは、優美な紫色の着物に身を包んだ竜人族の美女。
彼女は元々ドンドルマにある古龍観測所の出身で、ジャンボ村近隣に「鋼龍」と呼ばれる古龍が現れたのを期にこの村にやってきた。今は旅に出た本来の村長の代理として、ジャンボ村を仕切っている。
2人が話していたのは、先日ジャンボ村に担ぎ込まれたハンターの少女のことだった。
フォスが工房の職人から渡された黒い甲殻を見るなり少女はパニックに陥り、フォスはアルマから「パティを呼んできてくれ」と頼まれてそのままマイハウスを追い出されてしまった。指示通り酒場に居たパティを向かわせ、フォス自身は戻るわけにもいかずにここで駄弁っていた......という経緯である。
「で、これが貴方が見せたっていう甲殻ね?」
「彼女が身に着けていた防具に挟まっていたらしいんですが、何か分かりますか?表面かなり灼けちゃってるんですけど......」
「それは貴方の方が詳しいんじゃないかしら?村付きのハンターさん?」
マイハウスを出るときにアルマに投げ返された甲殻が、酒場のテーブルの上で照らしだされる。
その銀色の輝きを見ながら、フォスは少しの間黙考した。
「そうですね......考えられるのは、炎を扱えるモンスターに襲われた別のモンスターの甲殻ってところでしょうか。例えば『火竜』のブレスを間近で喰らえば、甲殻が高熱で変性する可能性は高いです。彼女は『黒蝕竜』のテリトリー内で発見されて、しかもヤツ自身がリオレイアと交戦していたことも根拠になります」
「成る程、妥当な推理ね。でも......」
「はい。その場合、彼女は乱戦の中に居たことになります。そもそも竜鱗のかけらが防具に挟まるなどという事自体、相当激しい戦闘でもない限りあり得ません......ですが、彼女の防具にも彼女自身にも、目立った外傷はありませんでした」
結局、何故彼女はあんなところで倒れていたのか。その理由が見えてこない。
ちびちびとグラスの中の蒸留酒を飲んでいると、マイハウスの方から駆け足が近づいてきた。
「すいません、戻りました」
「お疲れ様です、パティさん。あの、彼女は......」
「とりあえず落ち着いたみたいで、また眠っちゃいました。今はアルマ君が様子を見てくれています」
カウンター席に腰を下ろし、ぐったりと机に突っ伏すパティ。
「私も手伝うって言ったんですけど、何かあったら呼ぶから心配いらないって聞かなくて」
「彼なら大丈夫ですよ。何てったってこの村一のハンターのオトモ......っと、今はもうオトモじゃないんでしたっけ」
「主人がドンドルマに引き抜かれてどうするのかと思ったら、そのまま『ニャンター』として独立しちゃうんだもの。全く驚いたわ」
ハンター業に関わるアイルーといえば、ハンターと共に戦い狩りを助けるオトモアイルーが有名だ。しかしハンター稼業の発展に伴い、近年遂にアイルー自身が1人の狩人として活動できる制度が設立された。
それこそが「ニャンター」。優秀な素質と豊富な経験、そして何よりも狩りへの強い意志を認められたアイルーだけがなれる、新たな狩人の姿である。
そしてアルマは、ジャンボ村......否、ドンドルマハンターズギルド管轄内のオトモアイルーで初めて、この「ニャンター」としての活動が認可されたアイルーだった。
「産まれも育ちもこの村で、人間の中で生きてきた故、なのかしらね」
「それ以上に、あの人のオトモになっちゃったのが大きいと思いますけどね」
今はドンドルマのギルドで活躍しているアルマの「元」主人を思い浮かべ、フォスはつい苦笑いしてしまった。
「まあ、今晩は彼に任せましょう。私もそろそろ失礼します」
「お疲れ様でした、フォスさん......ところで、フォスさんは寝泊まりする場所あるんですか?」
「さっき親方に話をつけて、しばらく港に泊めてもらうことにしましたよ......それでは」
酒場を離れ、すっかり暗くなった広場をのんびりと港へ歩いていく。
何の気なしに空を見上げたフォスは、「あれっ?」と声を上げて立ち止まった。
視線の先。雲一つない、星が瞬く美しい夜空。
見慣れない真紅の輝きが、ぽつんと怪しく灯っていた。
「......飛行船の明かりとか、かな」
誰にともなく呟いて、フォスは港への道を急いだ。
そして、次の日。
人けのない早朝の酒場に、防具を脱いだフォスの姿はあった。
別に朝から飲んでいるわけではない。パティが買い出しに出ているのでその留守番を任されたついでに、ギルドから送られてきた書類を読み漁っている。
情報収集もハンターの大事な仕事の一つ。村派遣のハンターとして、モンスターの脅威から村を守ることを任されているフォスにとっては尚更だ。
新しい書類に手を伸ばしたフォスは、その題名を見て目を見開いた。
「龍識船調査隊活動報告」。ギルドと深く関わりのある研究機関「龍歴院」が建造し、現在初めての調査任務に赴いている大型飛行船、「龍識船」からのレポートだった。
「これは......ちょっと気になるな」
綴られている龍識船の動向を、ささっと読み進めていく。
調査対象の高山に到着した、前線基地を作って調査に乗り出した......流石にまだそこまで大きなことは起きていないようだと思ったところで、次の記述にフォスは思わず目を奪われた。
「調査領域近傍の空域で......古龍種と思しき未確認モンスターを確認?」
記事によれば、件の「龍」は凄まじいスピードで龍識船を抜き去り、そのまま飛び去って行ったという。そしてその特徴が、古の文献に記されたとある龍と一致したというのだ。
話だけを聞けば、早くも大きな発見をしたかのように思える。というか実際そうなのだが、フォスにはどうしても腑に落ちない点があった。
(交戦する間もなく飛び去って行った、ねぇ......)
無論、モンスターの全部が全部、人間を無差別に襲うなどとは思っていない。自然の中に居る彼らもまた、自然の摂理に従って生きているのだから。
(しかし、もし本当に相手が古龍だとしたら......荒ぶる自然を従える龍が、自らの領域を侵した者を許すだろうか?)
掲示板の前で、フォスは思案する。
フォスの故郷であるドンドルマの街は、何処よりも大いなる龍の脅威に晒され、それを迎え撃ってきた歴史のある街。そこで生まれ育ったフォスは、幼いころから古龍という存在に興味を持ち、街の人々や長命な竜人族から教えを受けてきた。
その経験が、知識が、この記事から奇妙な違和感をいぶりだしている。
(......まあ、本当に偶然通っただけという可能性も十分あり得るか)
所詮矮小な人間には、悠久を生きる龍の在り方など理解できるはずもない。
考えるのはこの辺にして、書類から目を離した、その時。
「あっ」「あっ......」
視界の端。朝日に照らされた真っ白な髪が、吹き渡る風になびく。
振り返ったフォスの前に、少女は立っていた。
こちらを伺うように紅い瞳を細め、こちらを見つめている。
「お、おはようございます......その、お体の方は」
「もう大丈夫です......昨日は、ごめんなさい」
とてとてと、こちらへ歩み寄ってくる少女。
昨晩は防具の下のインナーのままだったが、その装いは可愛らしいワンピース姿に変わっていた。この村であんな洒落た服を持っているのはパティくらいな気がするが、彼女の服を借りたのだろうか。
「何読んでたんですか?」
「えっ?ギルドからの書類ですけど......」
答えたフォスの視界に、曇りのない綺麗な白髪がぬっと飛び込んでくる。
ぎょっとするフォスを気にも留めず、少女は書類の乗ったテーブルの上に手を伸ばした。
白い手が取り上げたのはギルドの報告書......ではなく、その中に埋もれるように転がっていた、小さな黒い欠片。
「ちょっ、それは......!?」
摘まみ上げられた”それ”に気づき、フォスは思わず叫んだ。
少女の着ていた防具に挟まっていた、灼けた竜鱗の欠片。
昨晩のことを思い出し、フォスは椅子から立ち上がった。
しかし少女は何の気もないように、平然と欠片を眺めると、
「これ、貰ってもいいですか?」
「えっ......?」
「これを持っていれば、『あいつ』に近づける気がするんです」
手の中の欠片をぎゅっと握りしめ、少女は言う。
「あいつって......」
「......少しだけ、思い出したことがあるんです。ボクの命を奪おうとした『龍』の姿を」
それは不完全な、しかし確かな記憶。
黒い欠片を見た時にフラッシュバックしたのは、紛れもない自分自身の末路。
「自分のことも分からない、何もない今のボクには......もう一度あいつを見つけ出す、それしかないと思ったんです」
静かに語る少女の紅色の瞳が、朝日の下で爛々と煌めく。
フォスにはその煌めきが、目に映るものを焼き尽くさんとする業火に見えた。
ホントはここまでで1話分の予定だったんですけどね。
思ったより長くなったので分割してみました。