開けた大地に、爽やかな高地の風が吹き抜けていく。
見上げる空は雲一つない快晴。むしろ頭上ではなく眼下に広がる雲海に、この場所の標高の高さを思い知らされる。
その険しさ故に今日まで何者をも寄りつけてこなかった、絶界の雄峰......遺群嶺。
人類がついに到達した、新たな狩猟の大地だった。
「居ましたね、メインターゲット」
「こっちには......まだ気づいてないか」
ヒロ、ヴィータ、リゼ、そしてルナ。
未開の地へと降り立った4人の狩人たちは、古びた廃墟の影から向こう側を伺っていた。
この山には「遺群嶺」という名前の由来となった、古代文明のものと思しき石造りの遺跡が点在している。特に今いるような下層には、このように身を隠すのにも使えそうな大きな建物も残っているのだ。
そしてそんな場所から、4人が何を眺めているのかと言えば。
「......あたしたちの初陣、本当にアイツでいいんだろうか。あんまり大きくないし」
「文句言わないの『巨竜殺し』。あれを片づけないことには調査部隊が帰れないんだから」
「ようやく調査が始められたと思ったら、これですからね......」
げんなりとした表情を浮かべるリゼ。それ窘めるルナとヴィータもまた、眼前の景色に眉をひそめていた。
桃色の毛に覆われた、猿を思わせる霊長類に近い体躯を持ったモンスターの群れ。
その中央には一際大きな個体が、まるでだらけた人間のようにのんびりと寝そべっている。
「桃毛獣」ババコンガに率いられた「コンガ」の一団が、高原を我が物顔で占拠していたのだった。
かの珍妙な牙獣こそ、今回のメインターゲット。
龍識船が停泊できる安全地帯を確認し、前線基地を設置するため派遣されていた先遣隊が、ババコンガの群れに遭遇してしまい足止めを食らってしまっていると報告が入った。
彼らを助けるため、この牙獣の群れを排除することになったのだ。
「さてと。どうするんだ、ヒロ?」
「船で組んだ作戦通りに。リゼさんが一発撃ち込んだら、僕たちが突っ込みます」
よしきた、と弓を構えるリゼ。
天を貫かんばかりに真上に構える弓は、あの時「天彗龍」を撃ちぬいた朱色の大弓。
それを支える四肢が纏うのは、筒袖に大籠手、袴に半身の草摺を備えた具足。
「巨竜殺し」の代名詞とも言える、「峯山龍」の素材を使った防具である。
「それじゃあ――行くぞッ!!」
引き絞られた弓が解き放たれ、一呼吸置いて3人が走り出す。
数本まとめて発射された矢は曲射弾道を描き、モンスターの群れのど真ん中へと着弾した。
頑丈な表皮と剛毛に阻まれ大きなダメージには至らないものの、突然の攻撃に面食らうコンガたち。
そして眼前に迫る3人の狩人の姿に気づき、群れの長たるババコンガが憤怒の咆哮を上げた。
「捕まえた!リゼさん、そっちはお願いします!」
双剣を構えるヒロが呼びかけると、武器を背負い直したリゼが応じるように腕を上げながら、明後日の方向へと走り去っていく。
今回の
曲射による先制攻撃を前衛3人のものと誤認させ注意を引き付けているうちに、後方のリゼがさり気なく戦場を抜け出して調査隊との合流に動く......それが事前に4人のスタイルを突き合わせたうえで、ヒロが立てた作戦だった。
「それじゃあこっちも......!」「さっさと片づけましょうか!」
ルナとヴィータが、それぞれの得物を抜刀し――それよりも早く、ヒロが2人の間から飛び出していく。紅い闘気の軌跡を描いた疾走は、双剣使い特有の戦闘技術「鬼人化」によるものだ。
自然、敵意はヒロへと集中する。双剣を構えた少年へ、数体のコンガが飛び掛かり、
「遅いな!」
瞬間、ヒロの脚が大地を蹴った。
コンガの攻撃が捻じり抜けるように躱されると同時に、その体に斬撃が叩き込まれる。
小柄な身体が着地する後ろで、コンガは自らに付けられた傷に動揺した様子で動きを止めた。
雷狼の剣を握る狩人は、その隙を逃さない。続けざまに繰り出される2振りの剣舞が、あっという間に敵を纏めて切り伏せる。
亡骸になった同胞を見て、顔を紅く染め憤激するコンガ。
しかし反撃の隙も与えぬまま、その頭上へと小さな影が舞い上がった。
「こっちですよ!」
驚くコンガの顔を、細い戦靴の裏が思いっきり踏みつける。
コンガの突進の勢いを上への力へと変え、ヴィータはさらに高空へと飛び上がった。
淡い紅色の鎧に陽光を受けたヴィータが振り下ろすのは、左手に構えた小剣。
重力を乗せた空からの一撃が、無慈悲にコンガを叩き切る。
「ヴィータ、危ない!」
「っ......!?」
着地したヴィータへヒロが叫ぶのとほぼ同時に、戦場に響き渡る金属音。
ヴィータがかざした右腕の防具に取り付けられた大盾が、剛毛に覆われたババコンガの大きな拳を受け止めていた。
大地を踏みしめ、必死に細腕で盾を支える。しかし圧倒的な体格差に物を言わせ、ババコンガはじりじりとヴィータの身体を押し込んでいく。
臭い息を吐き散らし、勝利を確信したかのように吼える桃毛獣。
しかしその盾の裏から、少女は不敵な笑みを投げかけた。
「残念......こっちだ!」
ババコンガの横っ腹に、大斧の頭が突き刺さる。
横合いから突っ込んできたルナの突進は、ヴィータを押しつぶすことに意識を向けていたババコンガを吹き飛ばすには十分だった。
もんどりうったババコンガはしかし、軽やかに体勢を立て直す。
そのままきょろきょろと辺りを見回すと、丸々とした巨躯に似合わないスピードでその場から逃げ出した。
「逃げた!」
「取り巻きが居なくなって不利と思ったか......追うぞ!」
どしどしと走り去っていく背中に、懐から取り出した手投げ弾を放る。
ババコンガの大きな尻にぶつかった手投げ弾はそのまま破裂し、周囲に独特な匂いを放ち始めた。
「よし、ペイントは出来たわね」
「待ってください、追いかける前に調査隊を逃がします」
走り出そうとしたルナを制し、ヒロは龍識船から預かっていた信号弾に火をつける。
信号弾は地面から大きく飛び上がると、空中で炸裂音とともに閃光を灯した。
「花火?」
「ハイメル隊長から預かって来ました。退避ルートが確保できたら打ち上げてくれと」
「......おーい!ババコンガ追い払えたかー!?」
「早ッ!?どこで待ってたんですかリゼさん!?」
敵の居なくなった広場に響いた声に、ぎょっとして振り返るヒロ。
どこに隠れていたのか、調査隊をつれたリゼが遺跡の裏から姿を現した。
合流し、互いの状況を確認する。流石龍識船に選抜された調査隊、大型モンスターに遭遇しながらも、目立った被害は無いようだった。
「彼らと一緒に少し上の方にある洞窟に隠れてたんだが、実はあそこの遺跡まで繋がってる穴があってな。降りる準備をして待ってたんだ」
「なるほど......後で僕らも確認しておきましょう。狩りの時の退避路に使えるかもしれない」
「ん。ところでなんだが......誰か1人こっちに回してくれないか?ババコンガくらいなら2人でも大丈夫だろ?」
顔を見合わせる3人。確かに、この人数であれば2人づつで分かれた方がいいかもしれない。
「じゃあ、わたしがリゼさんに同行します。わたしの戦い方はババコンガとは相性が悪いので」
「分かった。そっちは頼むよ、ヴィータ。それじゃあルナさん、行きましょう」
「了解。こっちは任せて。2人も慎重にね」
船へと戻るリゼたちを見送り、2人はババコンガが逃げた方向へと走り出した。
先ほどの広場からさらに上層、険しい山道の一角。
木の根元に生えていたキノコをむさぼっていたババコンガは、不意に脅威の気配を感じ、ゆっくりと振り返った。
「食事中失礼。悪いけど、ケリをつけさせてもらうわ」
鬼人のオーラを放ちながら、双剣を構える少年の、その傍ら。
もう一人の狩人の握る大斧が、凄まじい熱気と蒸気を放ちながら変形していく。
「[剣鬼形態]って奴よ......さあ、終わりにしようか」
大剣へと姿を変え、焔を纏った武器を向けると、ババコンガは咆哮を上げて突進してきた。
振り下ろされた拳を容易く躱し、お返しとばかりに薙ぎ払われる刃。
通常のそれより遥かに威力を増した攻撃が、強大な牙獣を一撃で怯ませる。
そしてその隙を狙っていたかのように、繰り出される双剣の連撃。
自慢の筋力をもってしてもその動きについていくことは叶わず、がむしゃらに振るわれる攻撃も紙一重で回避され届かない。
自分よりも小さな狩人を相手に、桃毛獣は瞬く間に追い詰められていく。
攻撃を兼ね備える回避術、高さという今まで無かった領域を使いこなす空中殺法。
時代とともに生み出され、洗練を重ねてきた狩猟の技術は、ハンターズギルドという狩人同士の繋がりの中で体系化し、今ではハンターなら誰もがその技を学び、己の武器とすることが出来るようになった。
その一つの極地こそが「狩技」――闘争の中で研ぎ澄まされた精神力の極限を込めて繰り出される、正に必殺技である。
「合わせますよ、[ラセンザン]!!」
「初陣記念だ、派手に決めるぞ[トランスラッシュ]――!」
抉り穿つ双剣の突進と、剣斧両面による強烈な連撃。
2つの「必殺」を喰らった桃毛獣は、そのまま遺跡の壁に叩きつけられ沈黙した。
バルファルクとの遭遇はもうやってるのでキャンセルだ