スーパーロボット大戦VB   作:元ゴリラ

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第二部「桜花嵐編」
第16話「情け無用のJ9」


—ミケーネ帝国/火山島基地—

 

 

 

 ミケーネ帝国の地上侵攻最大の足掛かりとして密かに建造された火山島基地。活火山のマグマをエネルギーにした巨大な移動要塞こそが、現在のミケーネ帝国の本拠地である。万能要塞ミケロスと共に帰還したゴーゴン大公は、闇の帝王に暗黒大将軍の戦死という、重い報告をするために参上していた。

 

闇の帝王

「そうか……。暗黒大将軍、大義であった」

 

 闇の帝王。邪悪なる炎の化身とでも呼ぶべき巨大なミケーネの王はゴーゴン大公の報告を聞き入れ、深く溜息を吐く。

 

ゴーゴン大公

「申し訳ありません闇の帝王様。暗黒大将軍と七大将軍を失い、ミケーネは手酷いダメージを受けました」

 

 このままでは、地上侵攻にも大きな遅れが出る。ゴーゴン大公の所属する諜報部には目立った被害こそないものの、それでも実働部隊とも言うべき戦闘獣の多くを失ったのだ。そして、その指揮を行う者達も。

 

闇の帝王

「いや、ゴーゴン大公。貴公はよく生きて帰った。暗黒大将軍の最期……よく我に届けてくれた。礼を言おう」

 

 闇の帝王にとっても、暗黒大将軍は得難い存在だった。だからこそ、ゴーゴン大公がこうして暗黒大将軍の最期を届けてくれたことには大きな意義があった。

 配下であり、忠臣であり、友でもある暗黒大将軍を弔うために、今ここに闇の帝王はミケーネ帝国に残る全ての戦力、臣民、忠臣を呼び集めたのだから。

 

アルゴス長官

「暗黒大将軍……。彼の死には、諜報部の長官たる私にも責任の一端があります。闇の帝王、処罰はなんなりと受け入れましょう」

闇の帝王

「いや、アルゴス長官。それには及ばんよ。しかし……」

 

 茫。炎はいっそう熱く、強く揺らめいた。それは、暗黒大将軍を、バーダラーやユリシーザーらミケーネ七大将軍らを黄泉路へ送る葬送の炎。

 

闇の帝王

「暗黒大将軍よ、ミケーネ七大将軍よ。安らかに眠るがいい。地上を取り戻すという我らがミケーネの宿願……。この男が叶えるであろう」

 

ゴーゴン大公

「この男……?」

ヤヌス侯爵

「あっ、あれはっ!?」

 

 闇の帝王を形作る暗黒の炎。その奥にゆらり、と揺らめいて影が映る。その頭部には、マジンガーのように人が乗っている。いや、人間が入っているという方が正確かも知れない。

 白髪を讃え、猛禽のように鋭い目をした老人がマシンの中で、生命維持装置にくくりつけられているのだ。

 その戦闘獣は、揺らめく闇の炎を掻い潜りゴーゴン大公の、ヤヌス侯爵の、アルゴス長官の前に姿を現した。

 

ゴーゴン大公

「ド、ドクターヘル……!?」

 

 ドクターヘル。かつて世界征服を目論みバードス島に残されたミケーネの遺産・機械獣を用い暗躍した悪の天才科学者。マジンガーZに倒されたはずのヘルが、戦闘獣の頭部の中に鎮座しているのだ。

 

地獄大元帥

「そう、ワシはドクターヘルだった。しかし、今は闇の帝王により新たな命と、地獄大元帥という名前をいただいたのだ!」

ゴーゴン大公

「ぬ、ぬぅ……!?」

 

 ゴーゴン大公にとっても、地獄大元帥……いや、ドクターヘルは無関係な存在ではない。以前の戦いで、ゴーゴン大公はドクターヘルに接触し、妖機械獣を提供していた。しかし、ゴーゴンはドクターヘルを見限って最終決戦の前に姿を消していた。そんなゴーゴンだから、目の前に死んだはずのヘルがいるという事実に戸惑いを隠せない。

 

地獄大元帥

「フッ、案ずるなゴーゴン大公」

ゴーゴン大公

「…………っ!?」

 

 ゴーゴンの焦りを見透かされたように言う地獄大元帥。ゴーゴン大公の額に、じわりと汗が滲んだ。

 

地獄大元帥

「改めて、自己紹介しよう。闇の帝王の命により、亡き暗黒大将軍に代わり地上侵攻の総司令を任命された地獄大元帥。闇の帝王により蘇ったわしの力、憎きマジンガーを地獄へ送ってみせようぞ!」

 

 ドクターヘル。いや、地獄大元帥。彼の瞳は憎しみに歪んでいた。その瞳にたじろぐゴーゴン大公。一方、ヤヌス侯爵はその瞳に強いシンパシーを感じていた。

 憎しみほど、強い感情をヤヌス侯爵は知らない。地獄大元帥の抱える憎悪は間違いなく、これまで見てきた中で最も強く、深い憎悪だった。

 

ヤヌス侯爵

「地獄大元帥、このヤヌス侯爵に一番槍をお任せください!」

 

 故に、ヤヌス侯爵は既に地獄大元帥に恭順を示した。この男ならば、確実にやってくれる。我らミケーネの悲願を。

 

地獄大元帥

「ウム、ヤヌス侯爵。暗部としての活躍は闇の帝王から聞き及んでいる。早速科学要塞研究所に向かえ。そしてあわよくば、兜甲児、剣鉄也の息の根を止めるのだ!」

ヤヌス侯爵

「ハッ!」

 

 ヤヌス侯爵の肩に乗る黒猫が不気味に鳴く。すると、ヤヌス侯爵の首が180°回転し、色白の美女の顔から醜悪な山姥の顔へと変貌を遂げる。不気味な笑い声を上げながら、踵を返し、歩き出すヤヌス侯爵の後ろ姿を見送りながら、地獄大元帥はクツクツと嗤っていた。

 

アルゴス長官

「……地獄大元帥、よろしいのか?」

地獄大元帥

「暗黒大将軍の犠牲を無駄にせぬためには、奴らのダメージが完全に癒えぬ前に追撃をかけるのが上策だ。そして我々も戦力を整え直す時間を稼がなければならん」

 

 地獄大元帥の言は、理に適っている。故に、アルゴス長官はそれ以上の追及をやめた。

 

アルゴス長官

(武人気質の暗黒大将軍と違い、搦手を容赦なく使う地獄大元帥か……。面白い)

 

 地獄の業火が燃え盛る火山島の奥、地獄大元帥の嗤い声が深く、暗く響いていた。まるで世界を呑み込むような暗闇の中で、闇の炎が揺らめきそして、燃え上がっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—科学要塞研究所—

 

 

アラン

「フランシス、よく来てくれた」

 

 暗黒大将軍との激闘を終えた後、アラン・イゴールは盟友フランシスとの再会を喜び合っていた。ハリソンもまた、岩国基地の海楽らとの再会を喜び、報告を聞いている。

 

フランシス

「アランが地球に降りた後、俺達バンディッツはコロニーで独自に木星軍やデビルガンダムの動向を調査していた。あの後、宇宙でも異邦人が現れてな」

アラン

「あの海賊船か。竜馬達の知り合いのようだったが……」

フランシス

「ああ。彼ら……アルカディア号の面々と接触し事実関係を調べたところ、アランから報告のあったB世界の住人じゃないかという話になってな。ゲッターロボの写真を見せたところ、ゲッターチームとは以前共に戦った仲だと言っていた」

アラン

「なるほどな……」

 

 現在、ゲッターチームはアルカディア号と合流するためにゲッターエンペラーでランデブー・ポイントへ向かっている。調整役として、トビア達クロスボーン・バンガードの面々とアムロ、シャアらを随伴しての大御所になっているが、彼ら自身が名乗り出たというのも大きな理由だった。

 トビア曰く、『同じドクロの旗を掲げた船を、この目で見てみたい』とのこと。

 

アラン

「それに、コズモレンジャーJ9か……」

 

 宇宙世紀時代。 人類はスペース・コロニーの外に更なる外宇宙を目指し、火星、木星、土星、水星、金星と開拓地を広げた。地球圏外の惑星間では、地球連邦の管理下から外れて独自の経済圏を作り出していった。

 だが、未来世紀になり各国家コロニーが自分達の経済圏を守ることを重視し、互いに睨み合うようになると、そんな地球圏外のことは忘れらていった。

 そうして忘れ去られた星間国家間は、次第にマフィア・コネクションの牛耳る悪徳の無法地帯に成り果てた。煌めく星々の裏側には、悪の笑いが木霊していた。

 火星のバイキング・コネクション。木星衛星を拠点とするガリレオ・コネクション。金星のヴィーナス・コネクション。その他大勢のマフィア・コネクションが支配する悪徳の世界。

 だが、そんな悪徳に支配された銀河を股に掛け、悪党どもを成敗する者達がいた。

 その名も、コズモレンジャーJ9。報酬さえ払えば必ず仕事をやり遂げるエキスパート達。

 

フランシス

「J9の噂はコロニーでも聞いていた。彼らも地球圏で、あるコネクションの動向を追っていたらしい。J9とのパイプ役を名乗る武器商人とコンタクトを取ることに成功し、そして依頼したんだ」

アラン

「依頼……そうか。パブッシュ艦隊か」

 

 パブッシュ艦隊。アメリカ政府から独立した無国籍艦隊。旧世紀から残っている核弾頭を貯蔵しているという噂もある原子力空母の動向は、アランも細心の注意を払っていた。

 

フランシス

「バンディッツとして、俺はJ9に依頼した。パブッシュ艦隊の背後にあるものの調査を」

アラン

「たしかに、パブッシュ艦隊の裏には、強力なバックボーンがあるのは確かだな。それが敵か、味方かは断言できぬが……」

フランシス

「J9は今後のため、一度こちらと合流する手筈になっている。今日中には、ここに着くだろう」

 

 フランシスの報告を受けてアランは頷く。そして、アランは愛機ブラックウィングを見やった。獣戦機に比べれば損傷は酷くはない。だが、ブラックウィングも激戦の中心を潜り抜けてきた消耗は蓄積している。

 暗黒大将軍は倒した。だが、まだ戦いが終わったわけではない。戦力を整え直せば、再びミケーネ帝国は攻勢に出るだろう。

 

アラン

(それまでに、敵の本拠を突き止め叩く必要があるか……)

 

 もし、もう一度ミケーネが前回と同じ規模の総攻撃を仕掛けてきたら。今度も人類が勝利できると言う保証はどこにもない。

 しかし、それでも今は。

 

アラン

「フランシス、俺のいない間バンディッツをよくまとめてくれた。とにかく休んで、英気を養ってくれ」

 

 それがたとえ束の間のものでも、勝ち取った平和を享受する権利は戦士達にもある。今はとにかく、数時間でいいからベッドで眠りたい。そう、アランも思っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 科学要塞研究所が聳える相模湾は、港として旧世紀には栄えていた。未来世紀62年現在においてもその名残は残っており、日本という島国の主要産業のひとつである漁業を成り立たせている。相模の町は、そんな港町。今、マーガレット達は思い思いに過ごしていた。

 「今のうちに休暇を楽しんでほしい」という剣蔵博士の計らいである。街へ繰り出し、買い出しに出かけたショウとマーベル。現代の街を案内するといってヤマトとアイラも研究所を後にしていた。そんな中、研究所に残っていたマーガレットは、先ほどまで沙羅と2人でトレーニングルームを借り、身体を動かしていた。今はそれを終えて、シャワーを浴び終えたところ。マーガレットが通路で槇菜を発見したのは、全くの偶然だった。

 

マーガレット

「槇菜?」

 

 米国軍の制服を脱ぎ、動きやすいスポーツウェアに夏用コートに着替えたマーガレット。ハンドタオルで汗を拭い、スポーツドリンクを飲みながら歩いていた。

 

槇菜

「あっ、マーガレットさん」

 

 マキナも学校指定のセーラー服から一変。動きやすいシャツの上にベスト、山用のスカートの下から長袖のジーンズを履いたアウトドアファッションに身を包んでいた。槇菜の右手には釣竿。バケツと網も用意しての本格的な釣りのための服装である。

 

マーガレット

「釣り?」

 

 ニホンの女学生にしては、珍しい趣味。そう、マーガレットは思った。槇菜は満面の笑みを浮かべ、

 

槇菜

「はい。私の他にも何人かいるんですけど、ルー博士が車を出してくれるって。マーガレットさんも、どうですか?」

 

 そう、マーガレットを誘うのだった。

 

マーガレット

「そうね……」

 

 正直なところ、べギルスタンで合流してからバタバタとしすぎて、ロクな話もできていない。槇菜や仲間達としっかりと話をするいい機会かもしれない。そう考えてマーガレットは頷く。

 

マーガレット

「じゃあ、支度をするから5分だけ待ってもらうよう、博士達に伝えておいて」

槇菜

「はいっ!」

 

 柔かに頷いて、駆けていく槇菜。その姿はまだまだ子供のように、マーガレットには見えた。

 

 

 そうして今、ルー・ギリアム博士の運転する車に槇菜とマーガレット、それに雅人とローラが乗っている。

 

ルー博士

「ニホンは島国だから、海が沢山あるのが魅力的ですネー!」

 

 サングラスを掛け、上機嫌にワゴン車を飛ばすルー博士。博士から見れば日本は珍しいものばかりなようで、サングラスの奥でその瞳を子供のように輝かせているのを、助手席のマーガレットは感じていた。

 

槇菜

「私の育った岩国も、海に面した港町だったんです。日本って小さな島国なんだけど、だからこそ貿易が栄えて発展したところもあって……」

 

 後ろの座席から、槇菜が話している。だいぶ、精神的にも落ち着いているのか今の槇菜は上機嫌に見えた。

 

雅人

「へへっ、それにしても役得役得」

 

 後部座席で槇菜とローラの真ん中に座る雅人が何やら呟いている。槇菜もローラもそんな雅人を不思議そうな面持ちで見ながら小首を傾げている。

 

ローラ

「雅人、釣りなんてやったことあるの?」

雅人

「任せて頂戴よ。こう見えて俺、色々と多才なんだぜ?」

 

 ローラは、雅人にかなり懐いているように槇菜には見えた。そこで、雅人ら獣戦機隊とはそれなりの付き合いになっているが、ローラのことはあまりよく知らないことに槇菜は思い至る。

 

槇菜

「そういえば、ローラちゃんって雅人さん達との付き合い長いの?」

 

 ローラは見たところ、槇菜とそう歳も変わらない。だから、槇菜は緊張するでもなくローラに話しかけることができた。ローラはそれを聞くと、「うん」と頷く。

 

雅人

「ローラはさ、元々アメリカに住んでたんだけど、ムゲ帝国との戦争で親を亡くしたところを忍が見つけたんだ」

 

 答えたのは、雅人。つまりは戦災孤児。その事に思い至り、槇菜は「あっ」と口籠る。しかし、ローラはそんな槇菜へ首を横に振って笑いかけるのだった。

 

ローラ

「いいの。お母さんのことは悲しいけど、今は忍や亮や雅人みたいなお兄ちゃんや、沙羅お姉ちゃん。それに葉月のおじさま、イゴールおじいちゃんがいるもの」

槇菜

「そっか……」

雅人

「ハハ、お兄ちゃんか……」

 

 露骨に肩を落とす雅人。それを不思議そうに小首を傾げて見つめるローラ。ローラの抱く仔犬のベッキーが、雅人の頬をペロリと舐めた。

 

雅人

「うわっ! やめてよもうっ!?」

 

 しかし雅人の抗議は、そんな様子に笑い出すローラ達になし崩し的に保留にされてしまう。

 

マーガレット

「アメリカ……。北米にはムゲ・ゾルバドス帝国に前線基地が作られた。ローラの故郷はもしかして、その北米戦線の最前線?」

 

 当時、マーガレットはまだ学徒生。それでも彼女の故郷ニューヨークも、一時期はムゲの占領下に置かれていた。最前線ともなれば、その被害は凄まじいものがある。アメリカの治安回復に時間がかかっているのは、ムゲ戦役の傷痕によるところも大きかった。

 

雅人

「そういうこと。お母さんを亡くしてベッキーと2人きりだったローラを、忍が助けたんだ。それで、ローラは忍を頼って1人と一匹で俺達獣戦機隊を探し回っちゃってさ。で、葉月博士がローラを養子として引き取ってくれたってわけ」

ローラ

「うん。葉月のおじちゃん、顔は怖いけどすっごく優しいんだよ!」

 

 頷いて笑うローラ。マーガレットはその屈託ない笑顔を少し、羨ましくも思う。

 話を聞くに、ローラの人生はマーガレットにも負けないほどの波乱に満ちているように聞こえた。にも関わらず、ローラはこうして屈託なく笑い、雅人達に甘えていられるのだから。

 同じアメリカで生まれ、育ちながらもマーガレットがローラくらいの頃はそんな風に笑えなかった。

 

マーガレット

「ローラは……強いのね」

 

 運がいい。そう言ってしまうのは簡単である。だが、ローラの境遇をそう言ってしまえば自分の人生が不運なものであると認めてしまうような気がして、マーガレットはあえてそう言った。

 

ローラ

「ううん。私はいつも守ってもらって、雅人達が大変な時はいつも留守番よ」

 

 マーガレットの気持ちを知ってか知らずか、ローラはそう返す。自分の無力を素直に認められる。そんなところもマーガレットには、強い女の子に見えた。

 

槇菜

「……でも、そっか。ローラちゃんにとっては雅人さんや忍さん達は、お兄ちゃんなんだ」

 

 そんな話を聞きながら、槇菜が呟いた。槇菜にとっての、甲児やエイサップがそうであるように。そう思うと、途端にローラへ親近感が湧いてしまう。

 

ローラ

「うん。雅人は私がワガママ言っても付き合ってくれるから、大好きなお兄ちゃんだよ!」

 

 ローラの返答には、一切の屈託がない。「大好きな」「お兄ちゃん」その2語に全くの矛盾が存在していないことは、槇菜でもわかる。

 

ルー博士

「さぁ、そろそろフィッシングスポットデース!」

 

 ルー博士の声で、槇菜は窓を見やった。見れば既に科学要塞研究所からはかなり離れており、海と大地を繋ぐようにしてできた架け橋が見える。見ればポツポツと釣りや散歩に興じる人がまばらにおり、人々の活気を感じられる。

 車の窓を開け、小さく顔を出す槇菜。岩国とはまた違う、潮風の匂い。

 

槇菜

「ずっと岩国で暮らしてたのに、気づかなかった。海って、気持ちいいところだったんだ!」

 

 今まで、そんなことを意識する余裕もなかった。だけど今こうして潮風を浴びて思うのは、生きているという充足感だ。

 それは、この短い夏の間で槇菜に齎された、ある種の価値観の変容によるものかもしれない。生き死にの世界をくぐり抜けて改めて感じる、生きていることへの感謝。

 

マーガレット

「……なんていうか、逞しいわね」

 

 マーガレットが呟く。ここはつい先日、ミケーネの総攻撃に晒された土地だ。実際、犠牲となった人は数知れずいるだろう。ここでこうしている人達は運がいいだけなのかもしれない。だが、それでも彼らも……マーガレット達も今を生き伸び、そしてこうして釣りに興じている。

 

ルー博士

「ミス・マーガレット。あなた達が、彼らの今日を守ったのデース」

マーガレット

「……あまり、実感はないわね」

 

 マーガレットからすれば、それは結果でしかない。ゼノ・アストラのことも、紫蘭のことも。それにあの少女のことも……まだ、何も決着はついていない。まだ、マーガレットの戦いは終わっていないし、はじまったばかりだった。

 

槇菜

「マーガレットさん……」

 

 そしてそれは、槇菜もそうだ。

 

ルー博士

「ンー……。あんまり、深く考えすぎるのもいいものではありまセーン。少なくとも、あなた達が守った命にだけは、胸を張ったほうがいいのデース」

槇菜

「守った命……」

 

 今ここにいる人達は、槇菜達が守った命。槇菜の、勲章。少しだけ、その響きはくすぐったいものがある。

 

槇菜

「うん、ありがとうございます。博士」

 

 それでも、ルー博士の言葉を素直に受け取めるだけの心の余裕が槇菜にはあった。それに、何よりも。

 

槇菜

「せっかくだもん。しんみりしてないで、楽しまないと損ですよね!」

 

 久しぶりの釣りを楽しみたい。そう思っているのは本心なのだから。

 

 有料駐車場にルー博士が車を停め、一同が車から出る。

 

雅人

「おっ、俺達以外にも面白い奴らがきてるぞ」

 

 雅人が見つけたのは、釣り場になっている橋のすぐ近くの土手を走っている二人の男だ。槇菜達も雅人が指差した方を向き、その存在に気付く。

 

槇菜

「あれ、ドモンさんと鉄也さんですよね?」

 

 そう、ドモン・カッシュと剣鉄也。鉄也はトレーニングウェアに着替えており、大きく拳を突き出している。そして、ドモン・カッシュは鉄也の鉄拳をその掌で受け止め続けていた。

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ドモン

「どうした、その程度の拳では悪党一人倒すこともできんぞ! もっと腰を入れろ!」

 

 ドモン・カッシュにとって意外だったのは、この特訓を鉄也自らが申し出てきたことだ。

 今まで鉄也は、ドモンに対してどこか当たりが強いものがあった。それをドモンは、鉄也自身の強さへのプライドからくる反骨心であると考えていた。だがあの悪霊将軍ハーディアスとの戦い以降、鉄也自身が明確に変わり始めている。

 あえて言うなら、周囲の人間に対して鉄也が意識的か無意識にかはわからないが作っていた隔たりが弱くなっていた。

 

鉄也

「俺は、もっと強くなりたい。だから、俺に稽古をつけてくれ!」

 

 そう言って、ドモンに頭を下げてきたのが今朝のこと。それから鉄也はずっと、ドモンやシャッフル同盟の面々。それに竜馬や隼人を交えて特訓を繰り返している。

 

竜馬

「いいか鉄也。本物の空手ってのは、相手をぶちのめすんだ」

隼人

「実戦では相手の急所を的確に点け。目だ、耳だ、鼻だ。相手の五感を奪えばそのままなぶり殺せる」

 

 ……そんなアドバイスを交え、鉄也の徒手空拳はだいぶ様になっていた。元々、厳しく己を鍛えてきた鉄也だ。パイロット以外の面でもこと「戦い」に関しては筋がいい。そこに達人級の格闘家達の指導を受け、鉄也の武術は目覚ましい成長を見せている。

 

チボデー

「鉄也のスタイルは、我流のカンフーだな。ケンポーは亮やサイ・サイシーの領分じゃねえか?」

「いや、鉄也のはあくまで我流。下手に俺やサイ・サイシーの型を叩き込むよりは、あいつなりに吸収させたほうがいい」

 

 竜馬と隼人が自分達の世界の仲間との合流地点に向かうと言って離れ、入れ替わるようにチボデーと亮。彼らも自分の用事を済ませると言って出ていき、そして今はドモンと鉄也の2人。鉄也はドモンと、マンツーマンで特訓に勤しんでいた。そして午後には鉄也の拳のキレは、脚の圧は間違いなく早朝よりも強くなっていた。

 

鉄也

「ハッ、ハッ、ハッ!」

ドモン

「そうだ、もっと打ち込め!」

 

 ドモンとしても、自分がこうして修業をつける側になるとは考えてもいなかった。だが、今のドモンを作っているのは東方不敗、それにシュバルツ・ブルーダー……多くの師の教えがあってのもの。こうして鉄也を鍛えていると、彼らのことを思い出す。

 鉄也の打ち込みを受け切り、ドモンは休憩の合図を出す。肩で大きく息をつき、鉄也はミネラルウォーターの蓋を開ける。

 

鉄也

「フゥ…………」

 

 鉄也もパイロットとして、日々の鍛錬を欠かしたことはない。基礎体力の面ではドモンら一流の武闘家にも引けを取らなかった。そんな鉄也が、ミネラルウォーターを頭から被り大地へ倒れ込む。

 

ドモン

「いいか鉄也、わだかまりややましさのない澄んだ心。明鏡止水だ。それが己の限界を越えた力を引き出し、さらなる力を生み出す」

鉄也

「明鏡止水……か」

 

 ドモン・カッシュが体得したというその境地。それこそが今の鉄也が憧れ、求めるものだった。

 

鉄也

(俺は、常に甲児君に一歩先んじた存在になろうとしていた。それは甲児君にお父さんを……所長を奪われる。そんな不安を漠然と抱いていたからだ。そんな、ちっぽけな孤児根性に打ち克たなねばならん……!)

 

 ルサンチマンに負ければ、決定的な破滅が待っている。そんな予感が鉄也を焦らせていた。

 

ドモン

「…………」

 

 だが、そんな焦りが鉄也を明鏡止水の境地から遠ざけている。それをドモンは、身を以て知っていた。

 

ドモン

(だが、俺があれこれ言ったところで無駄だろう。鉄也なら、自分自身で気付くはずだ)

 

 元来口下手なドモンは、深いアドバイスができるタチではない。むしろ神経を逆撫でて、余計な負担をかけてしまうかもしれないと思いドモンは、口頭でのアドバイスは最低限に留めている。

 それは、師匠譲りのスパルタだった。だが、鉄也はそれに全く弱音を吐かず、ついていってくれている。

 

鉄也

「ドモン・カッシュ、もう1セット頼めるか」

 

 立ち上がり、鉄也は再び拳を握る。その瞳に燃え上がる闘志を感じ、ドモンは「ああ」と頷いた。

 

ドモン

(剣鉄也……こいつはもっと強くなる!)

 

 自身の実力を認め、そしてまた強くなろうと己を叩き抜く。涙と汗の結晶たるその拳が、蹴りが、先ほどよりもさらにキレを増しているのをドモンは感じていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

槇菜

「鉄也さん達、すごい……」

 

 鉄也とドモンの特訓を横目に見ながら、槇菜は釣り竿にルアーを取り付けていた。遠目で見ながらでも、その気迫は伝わってくる。

 

雅人

「あーあ、暑苦しいったらありゃしないよ」

 

 ドモンと鉄也の様子に、呆れたように肩を竦める雅人。

 

マーガレット

「槇菜、ルアー釣りなの?」

 

 てっきり餌釣りだと思っていたマーガレットは、意外そうに目を丸くする。餌にも色々あり、粉末を丸めた練り餌や、生きた幼虫を使う場合もある。もしかしたら、生き餌につかう幼虫やミミズのようなものが苦手なのだろうか、とマーガレットは思案する。だが、槇菜は隣で生き餌を使っている雅人にも全く臆する様子はない。

 そんな槇菜は、マーガレットの質問を聞いて瞳を輝かせていた。

 

槇菜

「ルアーって、面白いんです。生きた餌を使うんじゃなくて、これを餌だと魚に思い込ませるようにしなきゃいけない。だから、海をうまく知らなきゃまず釣れないんです。だから、何度も何度も挑戦して、海と、魚と格闘するというか……だけど、だから釣れた時の達成感もすごいんですよ。ゆっくりと時間を楽しむ釣りも好きだけど、そういう釣りも楽しくて。それで……」

 

 目を輝かせ捲し立てる槇菜。何を言っているのか、マーガレットは半分も理解できなかった。だが、槇菜がルアー釣りに対して並々ならぬ情熱を抱いていることだけは、理解できた。

 

マーガレット

「……槇菜、釣りが好きなのね」

 

 だから、マーガレットはそう言って頷いた。そして槇菜の隣で釣り餌を取り出し、釣り糸を海へ垂らす。好きなものに対する情熱を真っ直ぐにぶつけられる人間が、マーガレットは好きだった。それは考古学を専攻し情熱を注ぐルー博士の人となりもそうだし、生前の紫蘭のように、夢を真摯に語る人もそうだ。槇菜の釣りに対する熱っぽさは、彼らに近いものがあるようにマーガレットは感じられる。

 それは、マーガレットが自分では得られなかったものだ。日々を生きるのに精一杯で、夢を持つことも忘れて生きてきたマーガレットにはない情熱。それは羨ましくもあり、微笑ましくもある。

 

槇菜

「うん。小さい頃お父さんと……お姉ちゃんと一緒に釣りをしたんです。小さいモーターボートを借りて、海の上で」

 

 お姉ちゃん。そう言った瞬間ほんの少しだけ、槇菜の表情に翳りができたのをマーガレットは見逃さなかった。その理由は、察するまでもない。

 

マーガレット

「仲直り、できるといいわね」

槇菜

「はい…………」

 

 お姉ちゃん。桔梗とのわだかまりはまだ解消できていない。桔梗がミケーネの侵攻に対して立ち上がり、戦っていたことは知っていたが、それでも自衛隊を抜けてまで戦争を煽るマッチポンプのような真似をしていたことの動機もわからなければ、納得もできていない。

 それでも、槇菜にとって救いなのは姉が生きていて、姉も槇菜のことを考えているという一点にあるとマーガレットは思った。マーガレットの大切な人は、もうマーガレットと言葉を交わすこともない屍人形に堕とされているのだから。

 

マーガレット

(……紫蘭)

 

 最初は、槇菜を巻き込んでしまったことへの責任を果たすため。そのためにマーガレットはゼノ・アストラについて調べはじめた。だが、その戦いは既に自分自身のものへと変わっている。だから、ルー博士が言うように“人々を守った”という実感は、マーガレットにはなかった。

 軍人として、国民の安全を守るのは使命だ。だが、この戦いはそのためのものではない。マーガレット個人が、あの少女を許せないから。紫蘭の死体を使って人形遊びをする、あの赤い少女。あの存在だけは、マーガレット自らの手で引導を渡さなければ気が済まない。

 そんな私情で武器を手に取った。その時点でマーガレットは、軍人としては失格だと自嘲する。

 マーガレットの戦う理由は、綺麗なものじゃない。兜甲児やショウ・ザマ、エイサップ鈴木にドモン・カッシュらシャッフル同盟。それに槇菜のような使命感を、マーガレットは持っていない。そんな自分が、槇菜に何をしてやれるというのだろうかとも思う。

 

マーガレット

「…………」

 

 マーガレットは、静かに釣り糸を垂らした水面を見やった。しかし釣り糸は、静かに水面を揺らすばかりで何も答えない。

 そんなマーガレットの横顔を、槇菜はまじまじと見つめていた。

 

槇菜

「……静かに時を過ごすっていうのも、釣りの楽しみ方ですよ?」

マーガレット

「へ……?」

 

 どうやら、思い詰めるマーガレットの表情を「釣れない」ことへの苛立ちか何かかと勘違いしたのだろうか、槇菜が言う。それを理解するとあまりに可笑しくて、マーガレットは思わず吹き出してしまった。

 

槇菜

「えっ、えっ?」

 

 何が何だか、わからない槇菜。それが余計に可笑しさを際立たせ、マーガレットは声を上げて笑い始めてしまった。

 

槇菜

「えっ、あの、マーガレットさん!? 私、何か変なこと言いました!?」

マーガレット

「ううん、違うの。ただ……」

 

 なんだか、妹ができたみたいで可愛い。そう口に出したら、槇菜は困ってしまうだろうか。マーガレットはただ、槇菜の隣で静かに佇む。不意に吹いた潮風が、マーガレットの亜麻色のなだらかな髪を撫でそよいだ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 

 槇菜達を含め、多くのメンバーが研究所を開けている中、科学要塞研究所の所員達は大急ぎでロボット達の修理、点検を行っている。それに付き合いながら、兜甲児は眉間の皺を深刻そうに寄せていた。

 

甲児

「マジンガーZ……」

 

 長年、甲児と苦楽を共にしてきたマジンガーZ。鉄の城の損傷は、他のスーパーロボット達と比べても大きい。暗黒大将軍との決闘で大破したグレートマジンガー共々、マジンガーZは大規模な修理を余儀なくされていた。

 

せわし博士

「無理もないのう。マジンガーZはここのところずっと、応急修理で騙し騙し動かしていたようなもんじゃからな」

のっそり博士

「そうだねぇ。マジンガーZがどれだけ強くても、無理をすれば機械は簡単に壊れちゃうからねぇ」

甲児

「ああ……って、うわぁっ!? せわし博士にのっそり博士、いたのかよ!?」

 

 せわし博士とのっそり博士。亡きもりもり博士と並んで「三博士」と呼ばれていた天才科学者。彼らもこの事態に、光子力研究所から招集されマジンガーのオーバーホールに携わることになったらしい。

 

せわし博士

「これまでの戦闘データを見せてもらったけど、既に甲児くんの実力にマジンガーZがついてこれなくなっているんだよね」

甲児

「それって、マジンガーが俺の操縦についていけなくなってるってことですか?」

のっそり博士

「うん。単刀直入に言うとだね、基礎スペックそのものはさすがは兜博士の作ったマジンガーだけど、甲児くんの思うがままに動けば動くほど、マジンガーZの負荷も物凄いことになってる」

せわし博士

「つまり、マジンガーZが甲児くんについていけるように、全体の強度と反応速度を上げるんじゃよ」

甲児

「!?」

 

 それは、つまり。

 

甲児

「マジンガーZも、グレートくらいすごいロボットになって戻ってくるってことですか!?」

 

 実際のところ、甲児も薄々感じているところがあった。マジンガーZは強力なロボットだ。だが、グレートマジンガーやゲッターロボ。それにダンクーガやヴェルビン、ゴッドガンダムといった新しいロボットが次々と登場する中で、マジンガーZの持つ絶対的な力が薄れつつあると。

 彼らは皆心強い仲間だ。仲間と力を合わせることで、マジンガーZはこれまでパワー不足を補ってこれた。だが、この先もこの調子ならいつか、マジンガーZがお荷物に……足手纏いになってしまう日が来るのではないかと。

 だが、よりパワーアップしたマジンガーZならば。そんな期待を抱かずにはいられない。

 甲児が目を輝かせているがしかし、せわし博士とのっそり博士は少し申し訳なさそうに目を泳がせる。

 

甲児

「ん、博士?」

のっそり博士

「甲児君、パワーアップ計画のためにマジンガーZはオーバーホールを行うことになるんだけどねぇ」

せわし博士

「つまり、しばらくの間マジンガーZは光子力研究所に持ち帰って面倒見ることになりそうなんだ」

甲児

「あ……!」

 

 それはつまり、一時的に科学要塞研究所を離れなければならないことを意味していた。

 

せわし博士

「最低限のメンテナンスが終わり次第、マジンガーは光子力研究所に持って帰ることになるんじゃな」

甲児

「じゃあマジンガーZのオーバーホールが終わるまで、俺は……?」

 

 まさかダイアナンAか、アフロダイAに乗って経験を積めとでも言うのではないか。そんな嫌な予感がして甲児は額に汗を滲ませる。そこへ足を運んできたのは、兜剣蔵博士だった。

 

剣蔵

「甲児、お前はネオジャパンコロニーに行ってカッシュ博士の元で勉強してもらおうと思っている」

甲児

「お父さん……?」

 

 カッシュ博士。ドモンの父ライゾウ・カッシュのことだろう。あのデビルガンダム……正確にはアルティメットガンダムを開発した天才科学者ライゾウ・カッシュ。彼はたしかに、科学者としても剣蔵や葉月に負けない能力を持っている。だが、マジンガーの修理を地球でやっているのに、自分がコロニーに行っていいのだろうか。そんな不安が、 甲児の脳裏を過った。それを察してか、剣蔵はひとつ頷くと、甲児の肩に手をかけ、その顔を見つめる。

 

剣蔵

「甲児、お前には才能がある。おじいちゃんから受け継いだ、科学者としての才能だ。お前のその才能は、私のように戦いだけに費やしてはいけない。わかるかね?」

甲児

「お父さん……」

剣蔵

「カッシュ博士は元々、地球環境再生のためにアルティメットガンダムを作った。アルティメットガンダムは陰謀に巻き込まれ、バグを起こしデビルガンダムとなってしまったが……。カッシュ博士が地球を愛し、平和のために科学を使おうとした偉大な人物であることは、お前にもわかるだろう?」

 

 そこで、科学者としての正しい在り方を学んでほしい。そう、剣蔵は言っている。この戦いが終わった後、人々が平和に暮らせる世界を1日でも長く続けさせるためにこそ本来科学の力はあるはずなのだと。

 

甲児

「わかりました。マジンガーがパワーアップした時には、俺も今よりずっと大きくなって帰ってくることを約束します」

剣蔵

「ああ。しっかり学んできなさい」

 

 それは、今まで死を偽装しミケーネとの戦いに備えていた剣蔵が父として息子にしてやれる数少ない親らしいことだったのかもしれない。だからこそ、甲児はそんな父の想いが嬉しかった。

 

剣蔵

「あっちで勉強をサボらないよう、さやか君にもついて行ってもらう。そのつもりでな」

甲児

「さやかさんも……!」

 

 一瞬だけ、槇菜は大丈夫だろうかと甲児は思った。だが、そんな不安はすぐにかき消える。ここにはエイサップもいるし、それに鉄也やハリソン、ショウにトビア。マーガレットらもいる。何より自分達が見てやらなくても、槇菜はもうすっかり一人前だ。

 

甲児

「それじゃあ……荷造りしなきゃいけねえな」

 

 そうひとりごち、甲児は博士達とマジンガーZの前を後にする。格納庫を出る前に一度振り返り、甲児は傷ついた鉄の城を見上げて言った。

 

甲児

「待っててくれマジンガーZ。俺は、もっと大きな男になって戻ってくるからな」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ヤヌス侯爵

(マジンガーZのパワーアップ……。それはまずい。だが、見ようによっては好機かもしれぬ)

 

 ヤヌス侯爵。ミケーネ帝国諜報部に籍を置く女スパイは既に、科学要塞研究所に忍び込んでいた。研究所の雑用所員の一人になりすまし、兜甲児、剣鉄也両名を暗殺する隙を窺っていたのだ。

 

ヤヌス侯爵

(ゲッターエンペラーが見えないのが気がかりだが、見たところどのロボットも消耗が激しい

。今奇襲をかければ、大した苦戦もせずに研究所を落とせるかも知れぬ)

 

 既に、研究所付近に配下の小型戦闘獣キャットルー部隊を配備している。疲労の蓄積と暗黒大将軍を倒したという安心感もあってか、今科学要塞研究所はかなり気が抜けているように見えた。ヤヌスの侵入を許してしまっているのが、その証拠だ。

 だが、まだだ。どうせならばより大きな手柄を立てたい。ヤヌスは今、野心に燃え上がっている。

 ヤヌス侯爵は格納庫の喧騒からそそくさと立ち去り、兜甲児の跡を追った。まずは甲児を始末する。マジンガーZを完全に破壊するのは、それからでいい。

 渡り廊下をゆっくりと歩きながら、甲児は自分の為に充てがわれた部屋へ向かっていく。部屋は自分の城だ。どんな戦士も自室にいる間は気を抜いてしまう。そこで仕留めよう。突き当たりを曲がったのを確認し、物陰からこっそりと甲児を見つめるヤヌス。左から三番目の扉に入っていくのを確認すると、ヤヌス侯爵は口の中で小さく呪文を唱えた。すると、みるみるうちにヤヌス侯爵の姿は弓さやかへと変化していく。

 

ヤヌス侯爵

「ホホホ、誰も私の変装を見破ることなどできはしない」

 

 兜甲児が誰よりも信頼する弓さやかの姿なら、甲児は安心する。そして安心は即ち、死。

 ゆっくり、ゆっくりとヤヌスは歩を進め、甲児の入っていった部屋の前で足を止めた。それから軽く扉を2回ノックする。ドアノブをつかむと、鍵は開きっぱなしのようだった。

 

ヤヌス侯爵

「甲児君。入るわよ?」

 

 さやかの声色を使い、ドアを捻るヤヌス。そしてドアを開くと……。

 

甲児

「うわっ! さやかさん!?」

 

 汗っぽいシャツを脱ぎ捨てた、上半身裸の甲児がそこにいた。

 

 

…………

…………

…………

 

「さやかさん、どうしたんだよ急に」

 

 兜甲児は脱ぎ捨てたシャツを咄嗟に拾い、裸身を隠すようにしている。完全に、自分をさやかだと思い込んで恥じているのをヤヌス侯爵は愉快に思った。

 

ヤヌス侯爵

「あのね、甲児君。コロニーに行くんでしょう?」

 

 だからヤヌス侯爵は、さやかを演じて甲児へにじり寄る。弓さやか姿が、甲児から判断力を奪っている。それならば、このままさやかに殺される方が幸せだろう。そんなサディスティックな想像に胸を躍らせながら、ヤヌスは甲児へ一歩、また一歩と近づいていく。

 

甲児

「あ、ああ……もう聞いてたのか。マジンガーZのパワーアップが終わるまで、ドモンのお父さんのところへ行くことになったんだよ。まあ、短期留学みたいなもんかな。へへっ」

ヤヌス侯爵

「ええ。寂しくなるわね……」

 

 できる限りしおらしく、女を意識してヤヌスは詰め寄っていく。ハニートラップに抗えぬ男などいない。それが思春期真っ盛りのガキなら尚の事。そのまま抱き締めそして、背中から刺殺してやろう。と、そうヤヌス侯爵は心に決めていた。

 

甲児

「…………?」

 

 だが、さやか……ヤヌス侯爵が甲児の肩に触れる後一歩という距離まで近づいたところで、甲児の表情は怪訝なものへと変化する。そして、「待て!」と甲児は叫び、一歩後ろに後退った。

 

ヤヌス侯爵

「甲児君?」

甲児

「お前、さやかさんじゃないな……?」

 

 甲児の口から出てきたのは、拒絶の言葉。

 

ヤヌス侯爵

「な、何を言ってるの甲児君!?」

 

 わからない。何故バレたのか。ヤヌスは狼狽を隠しながら、あくまでしおらしく甲児にさやかだと信じ込ませようと演技していた。しかし、

 

甲児

「さやかさんはもっとこう、男勝りで乱暴なんだ! お前、偽物だな!?」

 

ヤヌス侯爵

「なっ…………!?」

 

 そう、ヤヌス侯爵は肝心な部分が抜け落ちていたのだ。これがただの見知らぬ美女なら、或いは甲児はその毒牙にかかっていたかもしれない。しかし、甲児がよく知っている弓さやかという少女は、甲児の頭に花瓶を投げ被せてくるような少女だと、ヤヌスは想像もしていなかったのだ。

 

ヤヌス侯爵

「ええいこうなったら!」

 

 ヤヌス侯爵が叫ぶと、その首が180°回転する。人間ではまずあり得ないその挙動に甲児が悍ましいものでも見たかのように身震いすると同時、ヤヌス侯爵はその本性を顕にする。

 

甲児

「ウッ!」

 

 その姿は、まるで羅生門の話に出てくる醜い老婆のように歪み切った視線で甲児を睨む、醜悪な魔女だった。甲児は今まで、男と女の身体を繋ぎ合わせたあしゅら男爵や、自らの頭部を小脇に抱えるブロッケン伯爵のような怪物を幾度と間近で見てきた。だが、ヤヌス侯爵はその中のどれよりも醜く、そして悍ましい。

 

ヤヌス侯爵

「気付かなければ幸福なまま死ねたものを。兜甲児、ここが貴様の墓場だ!」

 

 甲児がその悍ましい姿に気を取られているその一瞬、ヤヌス侯爵の右手には杭のようなものが握られ、高々と掲げられた。そして、力任せに振り下ろすその瞬間、火薬の弾ける音とともにヤヌスの右手目掛けて弾丸が放たれ、しょうげきでヤヌスは杭を落としてしまう。

 

???

「全く、敵の侵入を許しちまうなんて。ここのセキュリティはどうなってるんだ?」

 

 そんな、皮肉げな声に振り向くと、そこには肩口まで髪を伸ばした男が、銃を構えて立っている。

 

甲児

「あ、あんたは……?」

キッド

「人呼んでブラスター・キッド。お呼びとあらば即、参上ってね!」

 

 ブラスター・キッド。そう名乗った青年の銃声に呼ばれたかのように、足音が甲児の部屋に近付いているのをヤヌス侯爵の耳は聞いた。このままではまずい。そう、直感が告げている。

 

ヤヌス侯爵

「クッ…………!」

 

 ブラスター・キッドがヤヌスの胴体を狙わずに腕を狙ったのは、胴や頭部を撃ち抜けば銃弾がそのまま甲児へと突き進んでしまうと読んでのことだろう。ただでさえ難しい手の甲への狙撃を軽々しくやり遂げた男だ。胴体や頭を撃ち抜くなど、朝飯前のはず。そう、ヤヌスは敵の実力を分析する。つまり、奇しくもこの態勢でいたおかげでヤヌス侯爵は命拾いをしたのだ。

 

ヤヌス侯爵

(下手に動けば、やられる。こうなれば……!)

 

 逃げるしかない。銃を構えるスナイパーの目の前から、ヤヌスはキッドと睨み合い、その隙を窺っている。

 

甲児

(そうか! 俺が邪魔で、あの人は撃てないのか!)

 

 そんなヤヌスの分析を読み解いて、甲児は咄嗟に動いた。

 

甲児

「こんにゃろう!」

ヤヌス侯爵

「なっ!」

 

 背後からのタックル。思いがけず叫びを上げ、ヤヌスは弾き飛ばされてしまう。

 

キッド

「今だ!」

 

 その瞬間を、ブラスター・キッドは見逃さなかった。人間ならば心臓があるだろう部分を狙っての、一撃。その弾丸は正確にヤヌス侯爵の胸を貫き、ヤヌスは悲鳴を上げる。

 

ヤヌス

「ギャァァッ!?」

 

 ドクドクと血が流れながらも、ヤヌス侯爵は立っていた。そして、憎しみに満ちた瞳でブラスター・キッドを睨み駆け出していく。

 

キッド

「心臓を外したか。しぶとい奴だぜ」

甲児

「す、すまねえ助かった……」

 

 部屋を出た2人はヤヌス侯爵の逃げた方を睨みながら、受け応える。そんな中、先ほどの銃声を聞いた本物のさやかとボス、それにハリソンが甲児の下へやってきた。

 

さやか

「甲児君! 何があったの!?」

甲児

「ミケーネの暗殺者に狙われてたんだ。そこをこのブラスター・キッドさんが助けてくれたんだ」

キッド

「そういうこと、イェイ!」

 

 親指を立ててサムズアップするキッド。その顔を見て、ハリソンが呟く。

 

ハリソン

「木戸丈太郎……丈太郎か!」

甲児

「ハリソンさんの知り合いですか?」

 

 キッドも、ハリソンの顔を見てバツが悪そうに肩を竦めた。

 

キッド

「格納庫に見慣れたモビルスーツがあると思ったら、やっぱりいたのね大尉」

ハリソン

「木戸丈太郎。国連軍所属の名スナイパーだが、数年前に軍を逃亡し追われる身となっている。俺も何度か作戦で共闘したことがあったが、どうしてお前がここに?」

 

 詰め寄るハリソンを制したのは、「積もる話は後にしましょう」という堅い声だった。ハリソン達が振り向くと、そこにはマントを羽織った美丈夫と、レースキャップを被る青年。それにグラマラスな美女の3人。3人とも、ウルフのマークをあしらった上着を身につけていた。

 

キッド

「遅い到着じゃないかアイザック」

 

 アイザック。そう言われたマントの美丈夫は頷くと、「依頼主と少し話をしていた」と返す。

 

ボス

「お、おい兜見ろよあの姉ちゃん! さやかより美人! さやかよりボイン! さやかよりチャーミング!」

 

 ボスが、美女を指差し下品に叫ぶ。その直後、ボスの後頭部を植木鉢が炸裂した。

 

さやか

「何よ失礼しちゃうわね!」

 

 自分を引き合いに出されたことに腹を立てたさやかが、近くにあった植木鉢でボスを殴打したのだ。「いやでも、ボクはさやかが一番だよ〜」という断末魔を吐き、ボスはその場に倒れ込む。

 

お町

「あらあら、女を口説く時はまずがっつきすぎないことよ坊や」

 

 エンジェル・お町。その通り名で呼ばれるスペシャリストは、ボスにそんな言葉を投げかけた。

 

ボウィー

「あらあら、随分勝ち気な仔猫ちゃんだこと。ボクちゃんビビっちゃった」

 

 キャップの男スティーブン・ボウィーが茶化す。それにキッドも、「間近で見るとすごい迫力だったぞ」と追随する。

 

甲児

「……はは」

 

 さやかは、自分が思ってた以上に怖いかもしれない。そう甲児は思った。

 

アイザック

「…………話を戻そう。敵は恐らく、既に研究所の外に出ているはずだ」

キッド

「ああ。俺に撃たれたのにあんな元気があるなんて、ミケーネ帝国とかいうのはどんな化け物なんだか」

アイザック

「そして、用意周到な暗殺者ならここで終わりのはずがない」

お町

「そうね。すぐにでも仕返しにくるかも」

アイザック

「だが、今動ける機体は研究所内では数少ないようだ」

ボウィー

「さっき来た時見たけど、ほとんどのマシンが大規模メンテに回されてたな。動けるのはガンダムくらいじゃないの?」

アイザック

「つまり…………」

 

 

 そう、アイザックが結論を口にしようとした瞬間。地鳴りと共に研究所に警報が鳴り響く。

 

甲児

「近くに戦闘獣を待機させてたのか!」

ハリソン

「クッ、今まともに戦えるのは俺くらいか。すぐに出る!」

 

 走り出すハリソン。それに続くように、アイザックも走り出す。

 

甲児

「お、おいあんたら!」

アイザック

「心配ご無用。我々も、降りかかる火の粉は払わねばならん」

 

 アイザックに続くように走り出すキッド、ボウィー、お町。彼らの背中にキラリと光る、ウルフのマークが吼えている。

 

キッド

「さて、お仕事しますか!」

ボウィー

「そゆことそゆこと」

お町

「イェイ!」

 

 

 

 

……………………

第16話

「情け無用のJ9」

……………………

 

 

 

 

—神奈川県/某所—

 

 

槇菜

「あ、あれ!」

マーガレット

「戦闘獣!?」

 

 科学要塞研究所から少し離れた釣り場で時間が経つのを楽しんでいた槇菜達の目にも、その存在はしっかりと認識できていた。戦闘獣バーグル。巨大な鉄球と斧を左右の腕に持つ超人型戦闘獣が科学要塞研究所へ向かっているのを、槇菜達は目撃した。

 

鉄也

「こんな時に!」

 

 近くで特訓していた鉄也達も同様である。そして、研究所へ近づけまいとベース・ジャバーに乗った青いF91が戦闘獣へ向かっている。だが、バーグルだけでない。他にも複数の戦闘獣が、小隊を作って向かっている。

 規模こそ前回と比べるべくもないが、それでも疲弊したところに仕掛けていることを考えれば十分な脅威。

 

マーガレット

「ハリソン大尉が出てるのね……!」

 

 今から戻って出撃の準備をしていては、時間がかかる。どうする、とマーガレットは歯噛みする。

 

雅人

「マーガレットさん、ローラをお願い。俺は避難誘導に回るよ!」

 

 そんな中、雅人の決断は早かった。釣り場の人々の避難誘導へ向かう雅人。雅人のランドライガーも、修理、整備に時間がかかると知らされていた。今戻っても、戦えない可能性の方が高い。そう判断しての行動。

 

ローラ

「雅人!?」

雅人

「大丈夫、ローラ、お姉ちゃん達についてるんだよ?」

 

 優しく諭す雅人に、不安げなローラは頷いて答えマーガレットの手を握る。その掌から汗が滲んでいるのを感じ、マーガレットも決断した。

 

マーガレット

「わかったわ。雅人も気をつけて。博士!」

ルー博士

「イエース。すぐに出発しマース!」

 

 そう言って、ルー博士を戦闘に車へと走るローラとマーガレット。しかし、槇菜はただ戦闘獣を見据えて、頷いていた。

 

マーガレット

「槇菜……?」

槇菜

「ゼノ・アストラなら、ここからでも来てくれます。だから!」

 

 眼鏡の奥にある目を閉じ、槇菜は両手を組んだ。神に祈りを捧げるように。数秒の後目を見開き、そして。

 

槇菜

「来て、ゼノ・アストラ!」

 

 友に呼びかけるように、その名を叫んだ。すると、時空が捻れるように揺らめき、事象を、因果を捻じ曲げて漆黒の機神が舞い降りる。旧神。そう呼ばれたモノ。異なる星と名付けられた太古の神。

 ダメージはまだ、完全には癒えていない。しかし、他の機体よりは軽傷で済んでいる。そんなゼノ・アストラの子宮が垂れ下がり、槇菜はそこに乗り込む。そしてコクピットが収容されると、槇菜の視界はゼノ・アストラの視界となる。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ。行くよ、みんなを守るんだ!」

 

 光でできた、思念の翼を広げ、右手に盾を、左手に戦槍を召喚し、ゼノ・アストラは羽ばたいた。

 

 

鉄也

「ゼノ・アストラ。槇菜が出たのか!」

ドモン

「鉄也、お前は戻れ!」

 

 ドモンが叫ぶ。そして右手の指を高々と掲げ、叫んだ。

 

ドモン

「出ろォォォォォォォッ! ガンダァァァァッッム!」

 

 パチン。指を鳴らす音と共に、海中から迫り上がる白き巨神。神の名を与えられたゴッドガンダム。ドモンが乗り込み、そこに命が吹き込まれていく。

 

レイン

「ドモン!」

 

 通信越しに入る、レインの声。ゴッドガンダムは、ドモンは駆けながら、レインの言葉を聞いていた。

 

レイン

「ごめんなさい、全体のブラッシュアップのためにハイパーモードの機能を一時的にシャットダウンしてるの。今のゴッドガンダムは、ハイパーモードになれないわ」

 

 申し訳なさそうなレインの声。かつての自分なら、それで怒鳴り、レインに当たり散らしただろうと思いドモンはフッと笑う。

 

ドモン

「問題ない。むしろ基礎部分は全て終わらせてくれたんだな。さすがレインだ」

 

 そう、穏やかな声でレインを労うドモン。そこには、確かな余裕が感じられた。

 

ドモン

「ハイパーモードなどなくても、レインが点検してくれたゴッドガンダムなら十分にやれるさ。行くぞっ!」

 

 その言葉に、嘘偽りはない。何より、今ドモンは見せなければならないのだ。頑固な馬鹿弟子に。

 

ドモン

「さあ来い戦闘獣。明鏡止水の境地、お前達にも見せてやる!」

 

 

 

 

ヤヌス侯爵

「フフフ、研究所からはモビルスーツ一機。それにガンダムと旧神だけか。いいかバーグル。雑魚は無視し研究所を襲うのだ!」

 

 戦闘獣バーグルの肩に乗るヤヌス侯爵。彼女は自ら魔術で傷を塞ぎ止血し、戦場に立っていた。配下のキャットルー軍団に現在、研究所を襲わせている。恐らく、他の者達はキャットルーの相手に手間取っているのだろう。そう判断し、ヤヌス侯爵は指示を出す。戦闘獣バーグルは正面のF91を無視し、研究所を目指していく。

 

ハリソン

「しまった!」

 

 機動力の高いオーラバトラーなら、すぐに追いつける。しかしドダイのサポート受けなければ空中での立体機動ができないF91では、一度抜かれると接敵するのは至難の技になる。

 

槇菜

「私が行きます!」

 

 光の翼を広げ、ゼノ・アストラが動いた。空中での機動に関しては、今出撃している機体の中でゼノ・アストラは最も秀でている。それを理解しているからこそ、槇菜は前に出た。しかし、バーグルに近づこうとした次の瞬間、真下から何かに脚を掴まれてしまうゼノ・アストラ。

 

槇菜

「えっ……!?」

ハリソン

「槇菜君!?」

 

 戦闘獣ゴルドバ。烏賊のような触手を持つ魚類型戦闘獣が、海底で待機していたのだ。ゴルドバの触手に引き寄せられる。波飛沫を立てて、ゼノ・アストラは海底へ引き摺り込まれてしまった。

 

槇菜

「くっ…………!?」

 

 ゼノ・アストラを通して、槇菜に伝わる不快感。戦闘獣の触腕がゼノ・アストラの腕を、足を強く締め付ける。その痛みが、槇菜の身体を熱くする。だが、痛みは槇菜の闘志を萎えさせない。

 

 

槇菜

「こん、な……っ! こと、で!」

 

 むしろ強く、強烈な闘争心が掻き立てられていくのを槇菜は感じていた。

 四肢を羽交締めにする触手の主は、その頭部から生えた鎌をゼノ・アストラの首筋にかける。

 

槇菜

「このっ……!」

 

 水中での戦いは、地上や空とは勝手が違う。何より、ゼノ・アストラの象徴たる巨大な盾が、今この場では満足に使えない枷になっている。いつも槇菜を、そして仲間達を守ってきたその重量そのものが、今槇菜に牙を剥いていると言ってもいい。

 

槇菜

(どうにか、しなきゃ……!)

 

 ゼノ・アストラがキツく締め付けられ、必死にもがき羽ばたく、いつもなら鋭利な刃物として敵を捉える舞い落ちる羽根……セラフィムも、舞い落ちた先から海に溶けて消えていく。生命の形をした羽根が、生命の源へと還っていくように。

 

槇菜

(今、使えるのは……。槍も、盾もダメ。羽根も。手も、足も使えない……)

 

 このままでは、邪魔なだけだ。槇菜はハルバードと盾を離した。矛盾は海中へと落ちていく。しかし、それで身軽になっただけでは勝ち目はない。なんとかして、背中に這い寄っている戦闘獣を倒さなければ。あくまで冷静に、槇菜は考える。

 戦闘獣の鎌がゼノ・アストラの首へ少し、少しと寄っていく。一思いにやらないのは、戦闘獣なりにサディスティックな愉しみを覚えているからだろうか。だとしたら、今の自分は戦闘獣の玩具にされているということか。許せない。絶対に後悔させてやる。槇菜は背後の敵を心で睨み、そして閃いた。

 

槇菜

「やれるか、自信はない。でも……」

 

 ゼノ・アストラの左の指からワイヤーを射出する。それに、戦闘獣は気付いただろうか。腕を締め付けられて、ワイヤーは直接敵を刺しにはいけない。だから、悪あがきだと思って見逃すだろうか。それを確認する術すら、今槇菜にはない。

 ワイヤーが何かを掴む、確かな手応えを槇菜は感じた。あとは、

 

槇菜

「やる、しか、ないっ!」

 

 一気に、ワイヤーを収縮する。その時、戦闘獣ははじめて異常に気付いたのかゼノ・アストラの左手を締める触手の力が強くなった。だが、もう遅い。

 ワイヤーが拾い上げたゼノ・アストラのハルバード。それが、ワイヤーを収縮する力とともに戦闘獣ゴルドバを襲う。ゼノ・アストラを背後から襲う戦闘獣を、背後から刺突するひと突き。その一撃を受け、戦闘獣の力が一瞬弱まったのを、槇菜は逃さなかった。

 

槇菜

「今、だぁっ!?」

 

 触手を振り払い、戦闘獣を蹴り飛ばし身体の自由を手に入れるゼノ・アストラ。その手にはハルバードがしっかりと握られている。そしてそのまま力任せにハルバードを振り下ろし、戦闘獣を真っ二つに破砕した。

 

槇菜

「何とか、なった……」

 

 ドッと汗を滲ませる槇菜。だが、休んでいる時間はない。盾を回収すると、ゼノ・アストラは再び海中から空へと飛び立っていく。

 水飛沫を上げ、光の翼を広げた黒き巨神が空に出る。既に敵のリーダー格と思われる戦闘獣は科学要塞研究所に迫り、ハリソンのF91とドモンのゴッドガンダムは、随伴していた鳥類型戦闘獣達の足止めを喰らっていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ドモン

「そこを、どけぇっ!」

 

 ゴッドガンダムが飛び上がり、ゴッドスラッシュで戦闘獣を斬り伏せていく。しかし、風雲再起の支援がない状態で、空の敵を相手に苦戦を強いられていた。

 

ハリソン

「こいつら、徹底的に邪魔だけを!」

 

 空と海の戦闘獣は、あくまで機動部隊を引きつけるのが役割。そして本命の戦闘獣はバーグルなのだろう。鳥類型戦闘獣オベリウスのミサイル攻撃を避け、ビーム・バズーカで迎撃しながらハリソンは考える。

 

ハリソン

「ドモン君、君はあの人型の方を何としても追ってくれ。鳥どもは、俺が引き受ける!」

ドモン

「わかった……!」

 

 駆け抜けるゴッドガンダムを追おうとする戦闘獣。そこにハリソン機がヴェスバーをぶちかましていく。

 

ハリソン

「勘弁してくれよ。こっちもまだ整備が完璧じゃないんだ。残弾も残り少ないんだ……ぜっ!」

 

 ヴェスバーは、モビルスーツの搭載兵器の中では最強の威力を誇る大型ビームライフル。しかし、その分取り回しも効きにくく、エネルギーの消耗も早い。だが、戦闘獣すら一撃で破壊できるその威力を、ここで使わないわけにはいかなかった。

 

ハリソン

「海賊達が留守の間に、軍人の俺がやられるわけにはいかないからな!」

 

 宇宙海賊クロスボーン・バンガード。今はここを開けているが、彼らはハリソンにとって同じ軍属の者達以上に理解者であり、戦友でもある。木戸丈太郎が軍を脱走した気持ちも、内心ハリソンは理解できる気がしていた。

 形式やら何やらに囚われ、現在の国連はロクに動けないのが現状だ。その結果として、科学要塞研究所の人達のように、自分達の手で世界と人を守ろうと立ち上がらなければならぬ人が出てくる。

 本当は、鉄也にも甲児にも、槇菜にも武器を取るような選択をしてほしくはないのだ。それでも、彼らの力無くしてこの世界を守ることは難しい。それ故に、彼らが武器を持つ事を認め、世界の守り手をやってもらう。それが、今の地球の現状なのだ。

 くそったれ。と思う。それでは、自分は何のために軍に入ったのかわからない。

 そんな世界で海賊達は、政府の敵という汚名を背負いながら影で地球を守るために戦い続けてきた。そんな自由さに憧れもしたが、自分はあそこまで自由人にはなれない。結局、自分は軍人としての使命から目を逸らせないのだ。

 そして。そんな自分のような軍人がいるから、あいつらは自由に戦える。そう、ハリソンは信じている。

 鳥類型機械獣達のミサイル攻撃が、ベース・ジャバーに直撃した。炎上するベース・ジャバーから飛び降り、F91は僅かな滑空能力で空の敵と対峙する。

 

ハリソン

「それでも、なっ!」

 

 フル出力でヴェスバーを発射し、オベリウスを一機撃破。それと同時にエネルギーの残量が切れたヴェスバーをパージし、少しでも機体を軽くする。それからビーム・バズーカに持ち替え、それを撃ちまくった。当たらなくてもいい。ドモンが研究所に到達する時間を作れれば。それで十分。だが、やれることは全てやり切らなければ、留守を預かった身として海賊達に、戦友に申し訳が立たない。

 

ハリソン

「ッ! パワーダウンか!」

 

 それでも、本来空中での長時間飛行を目的として調整されていないF91では、空戦可能時間には限界がある。スラスターを蒸し、必死に粘っても低重力空間では限界も早い。

 落ちていく青き流星。その手を掴んだのは、漆黒の巨神だった。

 

槇菜

「ハリソン大尉!」

 

 ゼノ・アストラ。海中から飛び立った光の翅をはためかせ、F91の腕を掴み飛ぶ。その黒い体躯の中から、少女の声が聞こえる。

 

ハリソン

「槇菜君、無事だったか!」

槇菜

「はい。それより、急ぎましょう!」

 

 情けない。とハリソンは自嘲する。民間人の女の子に、助けられるとは。それでも軍人かと。

 だが、あの頼りなかった女の子がここまで逞しくなっていることにはどこか、感慨深いものを感じた。

 

ハリソン

「今はとにかく、あの鳥どもをどうにかするのが先だ!」

 

 機体を地上に降ろし、ハリソンは空中の槇菜に指示を送る。ゼノ・アストラはF91を助けるために離した戦槍を再び手中に収め、そして強く羽ばたいてみせる。

 

槇菜

「やってみます!」

 

 その声と同時、羽撃き舞い落ちた翅が、鋭利な刃となって戦闘獣を追尾する。セラフィムフェザー。槇菜の意志を乗せて燃え上がる命の焔が、鳥類型戦闘獣達の動きを止める。そして、戦槍を構えたゼノ・アストラはそこへすかさず突っ込んでいった。

 

槇菜

「邪魔、しないでっ!」

 

 立ち塞がる巨鳥を戦槍で串刺し、ゼノ・アストラは飛び進む。刺されたオベリウスは断末魔の叫びを上げて、爆発。盾を掲げ爆発から機体を守り、羽根を羽ばたかせる。それを追うようにして進む。しかし、ゼノ・アストラの羽ばたき舞い落ちる羽根が熱を持ってそれを襲う。灼熱が戦闘獣を襲い、戦闘獣を焼いていく。燃え苦しむ戦闘獣を地上からF91が撃ち落としていく。

 

ハリソン

「急げよっ!」

槇菜

「はいっ!」

 

 飛び立つゼノ・アストラを、青いF91が見送る。ハリソンの視線を背に受け、槇菜は科学要塞研究所へと羽ばたいていった。

 

 

…………

…………

…………

 

 科学要塞研究所を目前に迫る戦闘獣バーグルは、その鉄球を振り回し科学要塞研究所へ向かっていた。鉄球が、研究所を襲う。研究所のバリアを突き破り、管制室を襲う。

 

ヤヌス侯爵

「ハハハ! いけバーグル。兜甲児もろとも、研究所を踏み潰してしまえ!」

 

 戦闘獣の脅威を前に、今科学要塞研究所は戦う力の殆どを失っている。オーバーホールに出されたマジンガー。パイロット不在のオーラバトラーや、獣戦機を守るように署員やパイロット達はキャットルー軍団を相手に応戦していた。

 

甲児

「てめぇら、マジンガーには傷付けさせねえぞ!」

 

 ケンカ殺法でキャットルーに殴りかかる甲児。その背中合わせに、忍が機関銃を構えキャットルーへ撃ちまくっていた。

 

「クソッ、こいつらキリがねえ!」

沙羅

「忍、弱音吐くんじゃないよ!」

 

 窮地を切り抜けた矢先の奇襲。それは定石といえば定石である。しかし、暗黒大将軍という強敵を打ち破った安心感が彼らを油断させていた。そして、その油断を掬うように仕掛けたミケーネのキャットルー軍団。科学要塞研究所は今まさに、地獄絵図の有様となっている。

 

ユウシロウ

「…………!」

 

 そんな中、TAに搭乗したユウシロウは人工筋肉でキャットルー達を薙ぎ払っていた。人工筋肉マイル1で稼働する小型マシンのTAは、スーパーロボットというよりはパワードスーツという概念に近い強化歩兵。このような局面でこそ、真価を発揮する。

 

ユウシロウ

「ハッ……ハッ……!」

 

 こうしてTAに乗り込みキャットルーを迎撃していると、ユウシロウの脳裏に過るのは存在しない記憶だ。昔も、こうして鬼神に乗り込み、敵を薙ぎ倒していた。そんな気がする。

 そして、そのあり得ない記憶の中にいつもいるのはミハルだ。

 

ユウシロウ

(俺とミハルの間には、何があるというんだ……?)

 

 その答えを、あの月は知っているのだろうか。月は、自分が何者なのか知っているのだろうか。

 

ミハル

「ユウシロウ……」

 

 そんなユウシロウを、物陰から見つめる瞳。ミハルの記憶の中にも、ユウシロウの息遣いが、言の葉が生き続けている。

 

ミハル

「私は……」

 

 自分が何者なのかわからない。それは、ミハルも同じだった。だから、ユウシロウに惹かれてしまうのかもしれない。

 

ミハル

「ユウシロウは、私の何……?」

 

 それを、知りたい。そんな気持ちが沸々と湧いている。そんな思いが、ミハルを行動させていた。

 

ユウシロウ

「ミハル……?」

 

 ミハルが走り出したのを、ユウシロウは視界の端で捉えた。逃げるつもりだろうか。ミハル自身の意志でなら、それを止める気はない。どうせ近い内、また巡り合うことになるだろう。そんな確信があった。

 

チボデー

「おい、嬢ちゃん!」

 

 チボデーのパンチを受けて、キャットルーの一人がノックダウン。その間にもミハルは走り、格納庫の出口に手をかけていた。

 

キャットルー

「逃すか!」

ユウシロウ

「ミハル!」

 

 キャットルーの一人が、ミハルに爪を立て迫る。ここからでは、TAの銃ではミハルごと吹き飛ばしてしまう。故に、撃てない。ユウシロウは歯噛みする。しかし、次の瞬間キャットルーを捕らえたのは、俊敏に振るわれたムチ。しなやかなムチがキャットルーに巻き付くと、そのまま力任せに振り回され吹き飛ばされる。

 

アイザック

「悪党にかける情けはない!」

 

 アイザック・ゴドノフ。“かみそりアイザック”とアステロイドベルトで恐れられる男のムチに振り回されたキャットルーがはたき落とされた先にいるのは、射撃の名手……ブラスター・キッド!

 

キッド

「いい位置だアイザック!」

 

 キッドの放った弾丸がキャットルーを撃ち抜く。それでたまらず絶命するキャットルー。ミハルはそれを見届けた後、ユウシロウの乗るTAを見上げていた。

 

ミハル

「…………」

 

 きっと、すぐまた会うことになる。そんな確信と共にひとつ頷くと、ミハルは科学要塞研究所の扉を開き、外へと飛び出していった。

 

甲児

「いいのかよユウシロウさん!」

 

 甲児が叫ぶ。TA越しでも、その声は聞こえている。いいも悪いもない。そう、ユウシロウは心の中で呟いていた。

 そして、

 

キャットルー

「な、なんだ!」

 

 マジンガーやオーラバトラーと違い、完全なノーマークだった一台の車のエンジンがかかる。

 

ボウィー

「お待たせ!」

キッド

「イェイ!」

 

 ボウィーの愛車・ブライサンダー。既にボウィーとお町が搭乗しており、すかさずキッド、アイザックもそれに乗り込んでいく。

 

ボウィー

「さぁて、暴れますか子猫ちゃん!」

アイザック

「うむ。ボウィー、運転は任せるぞ」

ボウィー

「イェイ!」

 

 爆音と共にフルスロットルで駆け抜けていくブライサンダー。その風のようなスピードで突っ切っていく存在に、甲児は思い出した。

 

甲児

「あ、あいつスティーブン・ボウィーだ!」

 

 スティーブン・ボウィー。走り屋達の間で“飛ばし屋ボウィー”と呼ばれ伝説となっているモータースポーツのパイオニア。バイクが趣味の甲児も、その名前は聞いたことがある。

 しかし、その飛ばし屋ボウィーがこんなところにいるだなどと想像もできず今まで気づかなかった。

 

ボウィー

「へへっ、気づいたやつもいるみたいだね。ボクちゃん、地球圏から消えてる間に無名になっちゃったかと内心ヒヤヒヤしてたよ」

キッド

「飛ばし屋ボウィーの伝説は、そうそう風化しませんよボウィーさん」

ボウィー

「ブラスター・キッドに言われちゃ世話ないですねキッドさん」

 

 軽口を叩き合いながら、軽快に飛ばすボウィー。ブライサンダーは滑走路を走りながら、目前の戦闘獣を挑発するように走り回る。

 

ヤヌス侯爵

「ええい、目障りな車め。バーグル、あれから踏み潰してしまえ!」

 

 戦闘獣は研究所から反転し、ブライサンダーを追う。破壊光線を放ちながらもブライサンダーはそれを軽々とかわしていき、研究所から離れていく。

 

お町

「おやおや、やっこさんも案外単純なことで」

 

 お町が呟く。実際、研究所に接敵されていては満足に暴れられない。だから、この挑発に乗ってくれなければ別の手を考えるか、研究所への被害を考慮に入れなければならなかったろう。しかし、思惑通りに動いてくれた。そのチャンスを逃す手はない。

 

アイザック

「キッド、ブライシンクロン・マキシムだ!」

 

 アイザックの号令とともに、操縦のメインコントロールがボウィーからキッドへ切り替わる。飛ばし屋としての操縦センス以上に、ブラスター・キッドの戦闘センスが問われる行為を行うからだ。

 そしてコズモレンジャーJ9は、それぞれがプロフェッショナル。4人が揃ってできないことなどありはしない。

 

キッド

「ブライシンクロン・マキシム!」

 

 キッドの合図とともに、ブライサンダーが巨大化する。普通のスポーツカーでしかないそれが、数十メートル級に膨れ上がり、そして変形していく。明らかに、質量を無視した変形にヤヌス侯爵は目を丸くする。目の前であり得ないことが起きれば、ヤヌス侯爵でなくてもそうなるだろう。そして、先ほどまで目障りにチョロチョロと走り回っていた車は、巨大な航空機に。そして航空機から手足を顔を持つ、人型の巨人への変身していく!

 

ヤヌス侯爵

「あ、あれは!?」

 

 スカラべス将軍を屠った、赤い体躯にウルフマークのマシン。それが、突如としてヤヌス侯爵と戦闘獣バーグルの前に現れたのだ!

 

 

 

 夜空の星が輝く影で

 悪の笑いがこだまする

 星から星へ泣く人の

 涙背負って宇宙の始末

 銀河旋風ブライガー

 お呼びとあらば即、参上!

 

 

 

キッド

「ブライソード!」

 

 キッドの合図でブライガーのウルフのマークが燃え上がると共に、ブライガーの手に剣が握られる。ゼノ・アストラの盾と槍のように、何もない空間から生み出された剣。

 

ヤヌス侯爵

「なっ、まさかそのマシンにも旧神と同じ力があるというのか!?」

 

 驚愕するヤヌス。しかし、それにアイザックは答えない。答えようがない。

 旧神のことなどアイザックも、J9の誰も知らないのだから。だから、無言でブライガーは斬りかかる。バーグルは左手の斧でそれを受け止めるが、ブライガーのパワーを前にジリジリと苦戦していく。

 

ヤヌス

「怪力自慢のバーグル以上のパワーだと……!」

アイザック

「キッド、力自慢に付き合ってやる道理はないぞ」

キッド

「ああ……!」

 

 バーグルの斧と鍔迫り合うブライガーの剣先が怪しく輝き始める。

 

ヤヌス

「!?」

 

 まずい。そう思った時ヤヌス侯爵はバーグルの肩から飛び降りた。その直後、ブライソードの剣先から放たれた光がバーグルを飲み込んでいく。

 

キッド

「ブライソード・ビーム!」

 

 物理法則も何もあったものではない、理不尽なビームにバーグルは飲み込まれていく。戦闘獣は痛烈な悲鳴を上げ、ブライガーから逃げるように後ずさる。

 

キッド

「逃すか!」

 

 ブライガーは即座に、二丁拳銃を抜き撃つ。弾丸が、戦闘獣の頭を撃ち抜いた。しかし、そこはあくまで機械部分の頭部。ミケーネ人の頭脳を搭載した頭脳にあたる頭ではない。

 

戦闘獣

「オノレ……オノレ!」

 

 怒りのままに鉄球を振り回し、荒れ狂う戦闘獣バーグル。ヘッドショットをものともせずに迫る戦闘獣に、キッドは舌打ちする。

 

アイザック

「キッド!?」

キッド

「悪いアイザック、しくじった!?」

 

 狙うべき場所を間違えた。戦闘獣の鉄球が、ブライガーを押し潰さんと迫る。その瞬間、

 

ドモン

「ひぃぃっさつ! ゴッド・スラッシュゥタイフゥゥゥゥン!?」

 

 突如として飛び出した白い機体が、両手に構えたビームの刃を振り回し、鉄球を砕いたのです!

 鉄球を砕いたゴッドガンダム! さらに、上空から舞い落ちる光の羽根が、戦闘獣を焼いていきます。

 

槇菜

「この……っ!?」

 

 ゼノ・アストラ。旧神と呼ばれた黒き機神が、ハルバードを振り下ろす。鉄球の破裂に目を奪われていた戦闘獣は、左腕を肩ごと奪われて、絶叫。そして、

 

キッド

「トドメだ!」

 

 最期。戦闘獣の顔……即ちミケーネ人の脳を宿す部分を、ブライガーの拳銃が撃ち抜くと共に、断末魔の絶叫は止まった。その直後、戦闘獣バーグルは地に倒れ伏し、爆炎の中に消えていく。

 

ヤヌス侯爵

「おのれ、コズモレンジャーJ9とか言ったか。この屈辱忘れぬぞ!」

 

 闇の中に消えていくヤヌス侯爵。それを追う余力はない。爆炎を上げる戦闘獣を一瞥し、アイザックが呟いた。

 

アイザック

「悪党には、情け無用」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 

剣蔵

「コズモレンジャーJ9。君達のおかげで助かった。礼を言うよ」

 

 キャットルー軍団も引き上げ、科学要塞研究所は守り抜いた。今、研究所の会議室に集まった面々の前で改めてアイザックらコズモレンジャーJ9は剣蔵から感謝の言葉を述べられていた。

 

アイザック

「いえ。我々はたしかに金で動くアウトローですが、目の前で起こる悲劇を見過ごす吸血コウモリではありません」

キッド

「そゆことそゆこと。人として当然のことをしたまでさ」

 

 そう言って冗談めかすキッド。だが、彼がいなければ甲児の命も危なかったのは紛れもない事実だった。

 

甲児

「しかし、軍を抜けた名スナイパーにあの飛ばし屋ボウィー。それに謎の美女と美形……まるで漫画みたいですね」

 

 例もそこそこ、甲児が軽口を叩く。

 

槇菜

「あっ、そういえばそんな漫画読んだことあるかも」

 

 たしか、凄腕の泥棒が主人公の4人組が出てくる漫画だった。J9の4人は確かに、どこかあの漫画に似た雰囲気を持っているような気がした。

 

ボウィー

「あらあら。俺達はあくまでお仕事で戦うプロフェッショナルだぜ。漫画のヒーローとは生き方が違うのよ」

 

 ボウィーが言う。元々、彼らはフランシスからの依頼でパブッシュ艦隊についての調査のために、地球圏へ降りてきたのだ。そこでミケーネとの戦闘に巻き込まれ、結果としてミケーネ帝国とも敵対することになってしまった。そうボウィーは認識している。無論、人類の敵であるならばボウィーにとっても敵ではあるのだが、降りかかる火の粉でなければ手を出す必要も本来はなかったのだ。ミケーネとの戦いまでは元々の仕事のうちには入っていない。

 

フランシス

「それで、アイザック。パブッシュ艦隊についてだが……」

 

 フランシスにとっては、そちらが本題だった。アランも頷いて、アイザックの言葉を待つ。

 

アイザック

「うむ。私の調べたところですが、パブッシュの司令……エメリス・マキャベル。彼には大きなバックボーンが存在します」

 

 やはりか。そう、アランは目を細めた。

 

アイザック

「組織の名は、シンボル。その呼び名までは掴めましたが、残念ながら全容は掴めていません」

ユウシロウ

「シンボル…………」

 

 どこかで、聞いたことのある名前。そう、ユウシロウは感じていた。或いはそれは、自分とミハルの運命に関わる名前かと。

 アイザックは、一同の顔を確認しながら、話を続ける。

 

アイザック

「そしてシンボルという組織の裏には、ヌビア・コネクションの影が見え隠れしていました。我々の調査を妨害するように、ヌビアは行く先々で我々J9と交戦したのです」

マーガレット

「ヌビア・コネクション……。アフリカ系のマフィアね」

槇菜

「マフィア……?」

 

 槇菜が首をかしげる。マフィア。確かに怖いが、ミケーネのような存在に比べるとえらく小規模な存在に思えたからだ。だが、マーガレットがそんな槇菜に諭すよう、言葉を付け加える。

 

マーガレット

「各国家が首都をコロニーに移してから、地球でもマフィアの力がどんどん強くなっていってるの。ヌビア・コネクションといえば国連政府の中にも癒着が疑われる人物がいるくらい、大きな組織よ」

槇菜

「そうだったんだ……」

 

 そう思うと、槇菜はやはり治安のいい場所で過ごしていたのかもしれない。と改めて思った。それまで、マフィア・コネクションが大手を振っているところを少なくとも、日本では見たことがない。

 

ジョルジュ

「……日本は独自の文化が形成されていますが、確かに諸外国ではマフィアの活動は無視のできないものですね」

ドモン

「ああ。俺が戦ったミケロ・チャリオット。奴も元々はマフィアのボスだった。おそらく、どこかのコネクションの傘下だったのだろう」

 

アイザック

「その中でもヌビアは、最近新たな総帥の座についたカーメン・カーメンの恐るべき手腕によって、勢力を増している油断ならぬ存在です」

 

 そう言い切り、アイザックは窓の外に視線をやった。

 

アイザック

(カーメン・カーメン。何を考えている?)

 

 アイザックの頭脳を持ってしても、カーメン・カーメンという男は掴み所がない。何を考えているのかがわからない。そんな男が支援する“シンボル”。そしてマキャベル司令のパブッシュ艦隊。その先にあるものは……。

 

ボウィー

「…………まま、そんな話はいったん置いておいて。早いところズラかろうぜ?」

アイザック

「ム?」

ボウィー

「またまた惚けちゃって。今回のお仕事の報酬300万ボール。とっとと受け取ってアステロイドベルトに戻りましょうよ?」

 

 それだけあれば、しばらく遊んでいられる。そんな心の声がダダ漏れのボウィー。ところが、アイザックは澄まし顔で言うのだった。

 

アイザック

「すまん。報酬なんだが、払えなくなった」

ボウィー

「な、ななな何ィッ!?」

 

 これにはキッドとお町も驚いたように顔を見合わせ、アイザックに詰め寄る。

 

キッド

「おい、どういうことだよアイザック」

お町

「説明してほしいわね」

 

 彼らJ9にとって、戦いとは仕事。ビジネスだ。ボランティアではない。そこをきっちりとしているからこそ、アウトローとしてやっていられるというのに。

 

アイザック

「実はな、今回の依頼金……シンとメイが、ミケーネの襲来で傷ついた人々への寄付に全額入れてしまったんだ」

 

 シンとメイ。アステロイドベルトでJ9のサポートを担当している二人の姉弟。その名前と「寄付」という言葉を出されて全てを理解したボウィーは、がっくりと項垂れる。

 

ボウィー

「そ、そそそそんな! それじゃ俺、無報酬でお仕事したことになっちゃうじゃんかよ!」

アイザック

「いや……仕事なら続いている」

 

 アイザックはきっぱりとそう言い切った。そして、剣蔵とフランシス、アランを交互に見つめて言葉を続ける。

 

アイザック

「私達の次の仕事。それはあなた方と共に悪党と戦うこと。そうですね?」

剣蔵

「ああ。我々の敵はどうやら、共通しているようだからな」

 

 そう言って、機械の右腕を差し出す剣蔵。アイザックはそれを握り返し、フッと笑った。

 

アイザック

「聞いた通りだ。我々J9も、しばらく彼らと共に戦うことになった」

 

 真顔で告げるアイザック。それに対し、キッドはヤレヤレといった調子で肩を竦める。

 

キッド

「ま、いいんじゃないの? 久々の地球。しばらくは楽しめそうだしね」

お町

「それもそうね。と、いうわけでよろしく。イェーイ」

槇菜

「い、イェーイ……?」

 

 お町の陽気な声に釣られてしまう槇菜。しかし、他に誰も乗っていないことに気づくと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

ボウィー

「あーあ、こんなことになるとはね……」

 

 未練がましく、ボウィーだけが天を仰いだ。

 

 

 

 今日も今日てと日は巡り

 御天道様は晴れ晴れと

 財布の中身はお寒いけれど

 熱い仲間に囲まれて

 コズモレンジャーJ9

 お呼びとあらば即、参上!

 

 

 




次回予告

 新たな仲間を引き連れて
 竜馬達が向かうのは
 元の世界の仲間の下へ
 喜び合う仲間達
 しかし!
 ゲッターの力手に入れようと
 暗躍するは豪和の兄
 パブッシュ艦隊唆し
 エンペラーを襲います
 自由の旗を汚すものは、許しはしないと立ち上がる。
 次回、「決して散らない鉄の華」
 お呼びとあらば 「即、参上!」
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