—木星/ガリレオ・コネクション支部—
ガリレオ・コネクション。木星を二分する巨大なマフィア組織の独房に、老人が一人監禁されていた。齢既に7、80は超えているであろうその老人はしかし、その瞳だけは少年のように強い意志を秘めていた。
ストーク
「全く。ガリコネの奴ら、ドゥガチ総統が死んで帝国が弱体化している隙にどれだけ規模を整えていたんじゃ……」
老人の名をグレイ・ストークという。ストークは、地球圏内のコロニーに生まれた スペースノイドだ。しかし、10代半ばに差し掛かる頃に木星へと移住したという特殊な経歴を持つ木星人だ。
木星へ旅立った理由は、新天地を求めてのことだ。宇宙世紀の戦争で多くの悲劇を見てきたストークにとって、当時まだ未開の木星は地球圏にはない輝きを秘めた星に見えたのだ。それは、ストーク少年の冒険心を掻き立てたというのも大きな一因である。
しかし、木星はいつしか変わってしまった。木星帝国。木星の開拓者であるクラックス・ドゥガチを総統とする一大帝国の発足。ジークドゥガチ、ジークジュピターと彼を崇めるカルトが、木星の主流派へと変わっていったのだ。
ストークは、木星ヘリウム船団の人間だ。地球と木星を行き来する貿易商。木星帝国の隆盛は、ストークにとって歓迎し難いものだった。
そんな木星帝国のドゥガチ総統が亡くなり、木星は緩やかに民主化する……かに見えた。
ストーク
(ところが、木星を待っていたのはドゥガチ派の残党をまとめ上げたカリスト派と、帝国から独立し経済ヤクザとして成り上がったガリレオ・コネクションの抗争か……。全く、人間ってやつはどうして)
かつて、人間に絶望し孤独の闇に沈んでいった女がいた。まだ幼い子供だったストークは彼女の孤独を、絶望を受け入れてあげることができなかった。それは、グレイ・ストークという老人の人生に残る、大きな未練だ。
少年グレイ・ストークも大人になり、彼女の感じた絶望を理解できるようになった……と思う。
ストーク
(世界も人も今だにこんなじゃ……何のためにみんな戦って、死んだのかわかったもんじゃねえな。ケッ)
心の中で吐き捨て、ストークは髪を弄る。その中から、長くしなやかな一本の針金を取り出した。見張り役がサボって何やら喋っていることを確認すると、ストークは鉄格子に手を回し、鍵穴へと針金を通していく。
ストーク
「この“木星じいさん”を舐めんなよ。これでも若い頃は結構ヤンチャしてたんだぞ……っと!」
“木星じいさん”グレイ・ストークの人生は、波瀾万丈の連続だ。これも、その1ページなのだとストークは諦めたように頷いた。
…………
…………
…………
ガリコネ構成員
「クソッ、ネズミは1人、それもジジイだぞ!?」
ガリレオ・コネクションの構成員達は今、翻弄されていた。コネクションのシノギを邪魔していたネズミが一匹、脱走したのである。見るからに弱そうな老いぼれ1人と侮っていたことは否めない。だが、まさか。
ストーク
「よっと!」
銃弾を避けて曲がり角を曲がったネズミ……グレイ・ストークを追い、ガリコネの兵士達は走る。しかし、彼らが曲がり角へ追いついた時、もう老人はいない。
ガリコネ構成員
「なんてすばしっこいんだ!」
とても老人とは思えない。その身軽さに、腕利きマフィア達は翻弄されているのだった。すぐには遠くへ行けるはずない。そう行ってマフィア達は廊下を走っていく。
…………その一部始終を、床下の排気口に潜むグレイ・ストークは心臓の鼓動を感じながら見送っていた。
ストーク
「ふぅ……。なんとか撒いたか」
しかし、ストークもかなり無茶な動きをしていた。既に80近い老体を、まるで10代の頃のように動かしたのだ。関節も、腰も全てが痛いし、息も上がる。
ストーク
「だが……ここまでくればどうにかなるかね」
排気口をゆっくりと進むストーク。その先には、倉庫がある。スクラップを溜め込む廃棄場。そこにはガリレオ・コネクションに拿捕されていた彼の愛機がまるでゴミのように捨て置かれていた。
ハンドメイド・モビルスーツ……ガンプ。もう50年以上の間、“木星じいさん”の愛機として共に駆け抜けたモビルスーツだ。元となった機体は確かに存在するが、あちこちガタがきてその補修のためにジャンクパーツを継ぎ接ぎし続けた結果、今の姿になっている。
ストーク
「ガリコネの奴らめ。ワシの愛機を粗大ゴミにする気か!」
腹立たしいが、無理もない。とストークは自嘲する。ベースとなったマシンが何かすらわからないほどにジャンクで作ったハリボテだ。レトロ・モビルスーツに詳しい人間でもいない限りその原型がわかるものもいないだろう。せいぜい、使えそうな部品だけ拾ってくず鉄にしてしまえ。そういう魂胆が透けて見える。
ストーク
「だが、おかげでなんとか……いけそうだなっ!」
捕らえた侵入者が脱走し、逃げると考えるならば。間違いなく脱出ルートの警戒を強化するはずだ。例えば格納庫。ガリコネが主力とするバタラ・タイプのモビルスーツが数機、この基地にも数台置いてあったのをストークは見た。そこを中心として警備を固めるのが定石だ。まさか誰も、「ゴミ置き場」に行くなんて思わないだろう。そんなストークの読み通り、廃棄場はもぬけの殻。排気口の口を開け、ストークは廃棄場へと飛び降りる。着地と同時、強い衝撃が足腰に響いた。
ストーク
「!?!?!?!?」
だが、声は上げない。必死に食いしばりストークは、スクラップの中に転がっている愛機へと駆け出し、そのコクピットハッチを慣れた操作開くとその中へと入り込み、シートへ座る。
ストーク
「さて……反撃開始だぜ、相棒!」
全天周モニターが、CG処理された周囲の映像を映し出す。腕に直接括り付けたダブル・ビームライフルは取り上げられていた。だが、このゴミ捨て場にはそれに代わる武器がごまんとある。ストークが周囲を見回し、適当な大きさの鉄棒をガンプの手に取ると、“木星じいさん”の愛機は鈍い音を上げて、歩きだした。
…………
…………
…………
ガリコネ構成員
「ウワァァァァッ!?」
鉄棒を丸太のように持ったガンプは、その怪力のままに棒を振り回す。単純な質量武器。しかしその質量は、脆弱な装甲のバタラにとっては“当たれば死ぬ”レベルの脅威的な武器だった。
ストーク
「どけどけどけ! 加減なんか効かねえぞ!」
ジャンク・モビルスーツのガンプは、その原型となっているモビルスーツの地力を巧妙に隠していた。そのモビルスーツは宇宙世紀時代においても、最強クラスのパワーを誇る超高性能機である。パーツの殆どをジャンク品で代替しているガンプは当時に比べて大きくパワーも劣るが、それでも十分な馬力を発揮していた。
ガリコネ構成員
「落ち着け、所詮はガラクタだ! 撃て撃て!」
バタラのビーム・ライフルが束になって、ガンプへ迫る。鉄棒を振り回すガンプはしかし、そのビームを鉄棒によって本体から逸らし突き進む。その戦いぶりは、前線で戦う下っ端達にある既視感を抱かせていた。
ガリコネ構成員
「バカな、あれは……!」
ガリレオ・コネクションは、元々木星帝国の一派閥だった。総統クラックス・ドゥガチの死後、分裂と合併を繰り返して生まれた一台犯罪組織。それが、ガリレオ・コネクションである。だからこそ、戦闘員の多くは知っているのだ。クロスボーン・ガンダムの恐怖を。
クロスボーン・ガンダム。木星帝国に孤独な反抗作戦を挑んだ宇宙海賊クロスボーン・バンガードの象徴とも言うべき機体。その獅子奮迅の強さを、元木星帝国の戦闘員でもある彼らは肌身で知っている。
グレイ・ストークとガンプのその無茶苦茶な強さはまるで、髑髏のマーキングを刻みつけたガンダムを戦う者達に連想させたのだ。
ガリコネ構成員
「あって、たまるか! そんなバカな話が!」
一機のバタラが、ガンプめがけて突撃する。鉄棒を突き抜けそして、アームがガンプの頭部へ突き出した。
ストーク
「ヌォッ!?」
ガリコネ構成員
「ガンダムが、そう簡単に現れてたまるか!」
幾度と帝国の計画を阻んだガンダム。あんな化け物に関わるのがゴメンだから、帝国を抜けてガリコネについた。それなのに、今更ガンダムに邪魔されてたまるか。そんな怒りと困惑のままに、その男は飛び出したのだ。衝撃で、ガンプの頭部が飛ぶ。そして……。
ガリコネ構成員
「な……。あ……!」
ストーク
「全く……この顔を見たからには、覚悟できてるんだろうな?」
ツインアイ。口を思わせる排気ダクト。そしてツノを連想させるアンテナを持つその顔は、間違いなく……。
ガリコネ構成員
「が……ガン、ダム?」
ガンダム。正確な機種名を男は知らない。しかし、その四文字だけが脳裏にこびり付いていた。
ストーク
「こいつはあんまり、使いたくなかったがな!」
ガンプの……否、ガンダムの頭部。ツノの中央に構えられた巨大な砲塔に、光が集まっていく。死ぬ。消える。そんな言葉がガリコネ構成員達の脳裏に過ぎる。そして。
ストーク
「見せてやるよ、奥の手を!」
光が、放たれた。その瞬く光が全てを飲み込んでいく。
ガリコネ構成員
「う、うわぁァァァァッッ!?」
構成員達の断末魔の悲鳴が響き、やがて光が消えていく。
ガリコネ構成員
「あ、あれ……?」
何も、起こらなかった。バタラ部隊は一機たりとも光の中に消えたりはしていない。ただの、
目眩しの光であることに彼らが気付くのに、数秒を要することになった。
ガリコネ構成員
「…………?」
ただ、先ほどまで暴れ回っていたはずのガンプがそこにいない。そのことに気付くのに、彼らは更に数秒を必要とすることになる……。
…………
…………
…………
—宇宙空間—
ストーク
「ふぅ……。死ぬかと思ったわい」
ガンプのコクピットで、グレイ・ストークは大きく深い息を吐いた。ガンプの隠し球……ハイメガキャノンは、全盛期なら一瞬で敵部隊を壊滅させるほどの出力を誇っていた。しかし、今となっては目眩し程度の光しか発することのできないコケ脅し。それに敵がビビってくれた、そのおかげでストークは、命拾いしたのだ。
ストーク
「とはいえ、これからどうするか。なんとかジュピトリスに合流したいが……」
旧式モビルスーツでこの広い宇宙を彷徨う。それは即ち、死を意味している。ストークの命の残り時間は、機体の酸素が保つかどこかに不時着するのが先か。
ストーク
(木星圏は、余所者に酸素を供給してくれるほど余裕はない……やはりジュピトリスに合流できなきゃ、死ぬなこりゃ)
ストークは計器を弄り、彼の所属するヘリウム船団の旗艦ジュピトリスⅡの現在座標を確認する。どうにか、合流する算段を立てようとストークが頭を働かせていると、耳に女の声が響いた。
???
「ジュドー……」
ストーク
「……!? へっ、俺をその名で呼ぶ奴がまだいるとはね……?」
ジュドー。懐かしい響きにストークの額から汗が滲み出る。ストークは神経を集中させ、その声の主を感じてみせた。
ストーク
「どこにいる? お前は誰だ?」
声はどこか優しく、しかし厳しい色を帯びている。それを感じたと同時、ガンプの正面……何もない宇宙空間が黄金に輝きはじめた。
ストーク
「こ、これは……!?」
ストークは若い頃、この木星圏である種の霊体験を経験していた。それを思い出す。この黄金の輝きはまるで、あの時巨人が発した伝説の光と酷似しているように感じられた。
ストーク
「なんだ、お前は? 俺に何をさせたい!」
もし、ストークの知るそれとこの輝きの主が同じ種類のものならば、ストークに勝ち目はない。若い頃、あれを退けることができたのはそこに残った若さ故のエネルギーあってのものだった。老いた身体と心でどうにかできる相手ではない。
???
「ジュドー……あなたにこの火を託します」
ストーク
「な……に……?」
火。炎。燃えるもの。燃やすもの。赤く輝く火。人に文明を齎したもの。それが突如、ストークの全身を包み込むように燃えはじめる。着火するようなものは、コクピットには置いていない。
ストーク
「う、わ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ?」
身体は熱くない。燃やされているという感覚はない。しかし、身体の芯から何かが燃えているのを、ストークは感じていた。
???
「聖ワルキューレの火……この火はあなたの生命を燃やし、そして新たな生命を与えるもの」
ストーク
「じ、冗談じゃねえ! 俺は人として生きて、人として死ぬ。その邪魔をするつもりか!」
何を言っているのかはわからない。しかし、何が起こるのかは理解できる。あの存在と……無限力とストークは今、ひとつになろうとしていた。それは、グレイ・ストークという一つの個としての命への、冒涜だ。ストークはだから、無限力を否定する。
???
「ジュドー、存在しようとする力と消滅しようとする力。宇宙はその均衡でできています」
ストーク
「なにを? 言って?」
意味が、わからなかった。しかし声は、ストークは言葉を続ける。
???
「この均衡が乱れた時……再び世界は“発動”を受け入れなければなりません」
ストーク
「なっ……!?」
???
「だからこそ、あなたにこの火を託すのです。ジュドー……ジュドー・アーシタ。あなたの力を貸して下さい」
ふざけるな。そんな勝手な理屈で、人を巻き込むな。ストークの抗議の声はしかし、炎の中に消えていく。
ストーク
「う……あ…………」
“木星じいさん”グレイ・ストークの行方はそれ以降、ようとして知れていない……。
…………
…………
…………
—月面/サナリィ本社—
ミノル
「おーい、新入り。そろそろ休憩にするぞ!」
サナリィ新型機チームのパイロット教官、ミノル・スズキは、新入りの少年へ声をかける。作業用モビルスーツで雑用を担当する新入りの少年は、コクピットから顔を出すと「はーい!」と元気な声が帰ってきた。
少年はある日、サナリィ本社の目の前でスクラップ同然のモビルスーツに乗って現れた。詳しいことはミノルも知らない。しかし、陽気で元気。それにモビルスーツの操縦にかけてもかなりの腕を発揮するその少年を、サナリィはバイトとして雇うことにしたのだ。
ジュドー
「へへっ、やっぱお仕事した後のメシはうまいなぁ!」
ミノル
「調子いいんだからもう……」
少年……ジュドー・アーシタはハンバーガーの包み紙を開いて大きな口を開ける。その豪快な食べっぷりにはミノルも、テストパイロットの大男ドレックも呆れたように眺めていた。
ジュドー
(気付いたら俺は、月のサナリィにいた。しかもあの“聖ワルキューレの火”とやらのせいか十代の姿になっていた。あの声の主が何を望んでいるのか、正直わからない。だけど……深く考えても仕方ない!)
きっと、この場所に送り込まれたことにも意味がある。ジュドーは運命論者ではないが、その思惑を感じ取れないほど鈍感ではない。
今、少年はその時を待ち続けていた……。