スーパーロボット大戦VB   作:元ゴリラ

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第20話「猿の衛星」

—アルカディア号—

 

 

ミノル

「それじゃあ、僕はサナリィに戻るからジュドー君。くれぐれもこっちの人たちに迷惑をかけないようにね」

ジュドー

「へへっ、大丈夫ですよスズキさん。ドレックさん達にもよろしく伝えといてください」

 

 

 月面都市フォン・ブラウン市からの救援に輸送船を任せ、アルカディア号はブルワーズの捜索へと向かっていた。ブルワーズの海賊船が逃げた方角に舵を取り、宇宙の闇をその巨大な髑髏の旗が往く。髑髏を高々と掲げる海賊船。それは暗に、民間の宇宙船を遠ざける役割を果たしていた。わざわざ海賊を意味する旗に近寄る者など、そうはいない。各国コロニー政府の軍属艦でさえ、実害がないのなら無視をするのが慣わしとなっている。そういう意味で、髑髏のマークは無用のトラブルを避ける役割を果たしているとも言えた。特に、これからアルカディア号が征伐へ向かうのは本物の無法者なのだからこの効果はありがたかった。

 

マーガレット

「それじゃあ……この船は当面海賊退治に当たるってこと?」

 

 シグルドリーヴァの整備を終え、タオルで汗を拭いながらマーガレットはその決定を聞いていた。

 

オルガ

「ああ。元はと言えば、あいつらは俺らの世界からやってきたお尋ねものだ。落とし前は俺たちで付ける。それが、ハーロックの決定だ」

 

 オルガがそう言うのは、言外に「嫌なら降りても構わない」と言っている……それをマーガレットは理解する。オルガや三日月、ハーロックらと違いマーガレットからすれば、ブルワーズは特になんの因縁もない相手だ。それを慮り、彼らなりに気を回している。ということだろうとマーガレットは認識する。

 

マーガレット

「そういうわけにもいかないわ。あのチンピラどもが宇宙で暴れるなら、それはこの世界の人間にとっても問題よ」

 

 そう言ってマーガレットは目を細める。マーガレットにとっても、あの海賊達の行いは許し難いものだった。

 

マーガレット

「……あの子供達、ヒューマンデブリって言ったかしら」

オルガ

「ん、ああ……」

 

 ヒューマンデブリ。人身売買にかけられ戸籍も、人権も失い海賊達の備品として使われていた子供達。彼らのような境遇の子供は、この世界でも……少なくともマーガレットの生きたアメリカという国では珍しいものではなかった。だからこそ、彼らを一目見た時からマーガレットは、理解していた。彼らが虐げられた者達であると。

 

マーガレット

「……別に、この世界でもあの子達みたいなのは珍しくない。恥ずかしいことではあるけれどね。あの子達みたいに奴隷みたいな扱いを受けてる子は珍しい方。多くの子供は、臓器を摘出されてそのまま埋められてしまう」

オルガ

「…………ひでえな。そりゃ」

マーガレット

「もちろん、あの子達みたいに武器を持たされる子もいる。ポルノの道具にされる子もいる。そういう犯罪コネクションが世界中に蔓延っているのが、私達の世界の現状よ」

 

 ガンダムファイトが齎した「平和な代理戦争」の時代。しかし、その裏では犯罪組織の巨大化という闇が存在していた。各国コロニー国家間の冷戦状態を盾に、荒廃し見捨てられた地球は悪徳の蔓延る世界に成り果てている。マーガレットが生まれ育ったのは、そんな地球の大地だった。だから、彼女はよく知っている。この世界が決して平和でも、正しくもないということを。

 

マーガレット

「……もし、あのチンピラがこの世界の犯罪コネクションと通じているとしたら、あの子達みたいな被害者がどんどん増えることになる。それは、防ぎたいの」

 

 幼いマーガレットの周囲にも、いつの間にかいなくなってしまう子供はたくさんいた。彼らがどこに行ってしまったのか当時は想像することもできなかった。だが、歳を重ね現実を見ることができるようになり……少しずつ、理解していった。自分は、運がよかったのだと。もし少しボタンの掛け違いがあれば、ゴミのような価格で売り飛ばされていたのは友達ではなく自分だったかもしれない。そういう偶然の積み重ねが、マーガレットの幼少期だ。その幼少期を、少女時代を過ごしてきたマーガレットにとって、ヒューマンデブリとは見過ごすことのできないものだった。

 それは、マーガレットのエゴでしかない。マーガレットが戦ったところで、虐げられる子供達がいなくなるわけではない。だが、そのエゴに満ちた瞳は強くオルガを射抜いていた。

 

オルガ

「……わかった。頼りにしてるぜ」

 

 オルガ・イツカの瞳には、そんなマーガレットはどこか懐かしいものに見えた。過酷な世界の中で、懸命に生きる者の目だ。それは、鉄華団の家族や、その仲間達……。共にあの過酷な戦いを駆け抜けた者達と同じものを宿している。そう、オルガに確信させる瞳だった。

 

 結局、マーガレットだけでなくアムロやシャア。獣戦機隊にトビア達……。誰1人、この作戦から降りる者はいなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—衛生E—

 

 

 

 ラグランジュ・ポイントに位置する小さな衛生。宇宙世紀時代に何者かが建造したこの衛星は今や無人化し、忘れられる存在として宇宙の海に鎮座していた。宇宙世紀時代のサイド・コロニー群の中にも、この衛星を覚えているものはいない。だが、そんな衛星だからこそ必要とする者達がいた。

 宇宙海賊ブルワーズ。彼らのような無法者にとって、この無人の衛星は絶好の隠れ家であり、拠点だった。

 

ブルック

「クソッ、あの宇宙ネズミどもめッ!?」

 

 思えば鉄華団には、何度も煮湯を飲まされてきた。そしてその度にブルワーズは、ブルックは何度も再起し、海賊稼業を立て直してきたのだ。それがこんなよくわからない世界へ飛ばされ、その先でまで商売の邪魔される筋合いはない。理不尽にも程がある。歯噛みし、床を蹴り付けるブルック。その様子を、この衛星で留守番を命じられていたヒューマンデブリの少年少女達は恐る恐る眺めていた。

 

クダル

「見世物じゃねえんだよォッ!?」

 

 同じように苛々を募らせるクダル・カデルが、そんなヒューマンデブリの子供達の方へとドスドスという足音を立てて迫る。そして、ふと目についた少女をひと睨みするとその隆々とした平手をお見舞いする。

 

カンナ

「ッ!?」

 

 弾けるような音と共に、少女は思い切り飛ばされる。そして頭から壁に激突し、さらに鈍い音が少年少女達の耳に響いた。

 

クダル

「てめえら、とっとと整備に取り掛かりやがれ!?」

ヒューマンデブリ

「は、はいっ!?」

 

カンナ

「…………!」

 

 怯えたように、クダルの命令に従う子供達。突き飛ばされた少女は痛みを堪えながらクダルを睨みつけ……それから渋々と、モビルスーツの整備へと取り掛かった。

 

クダル

「…………ケッ」

 

 クダル・カデルはそんなヒューマンデブリ……正確にはこの世界で買い付けた現地徴用の奴隷達の働きを一瞥し、唾を吐き捨ててその場を後にする。お頭……ブルック・カバヤンと、今後の相談をするためにだ。衛星の中の人工重力、人工酸素は生きており、ヘルメットや宇宙服なしで生活するのに支障はない。足音を立てながら、ブルックの後を追い会議室への扉を開く。そこにはブルックともう1人、長髪を結った金髪の男が椅子に腰掛け、その足をデスクにかけていた。

 

クダル

「カリスト……!」

 

 カリスト。そう呼ばれた男を睨みクダルは席へ座る。カリストはそんなクダルを、侮蔑に満ちた瞳で睥睨していた。

 

影のカリスト

「随分と派手にやられたみてえじゃねえか。せっかくのガンダム・フレーム様もざまあねえな」

 

 影のカリスト。そう名乗る男の明らかに舐めた口調はクダルの神経を逆撫でる。それでも言い返さないのは、彼ら木星帝国が、ブルワーズにとっても無視のできないスポンサーだからだ。

 

ブルック

「それで、何の用だ」

影のカリスト

「ほう…………」

 

 影のカリストは嗜虐的な笑みを浮かべ、ブルックを睨む。

 

影のカリスト

「お前、誰に口訊いてるのかわかってんのか? この木星帝国新総統が直々に会いにきてやってんだがなぁ」

 

 明らかな、挑発。そうとわかっていてもクダルは拳を振り上げてしまう。クダルの拳はしかし、ひょいと避けられて空を切った。影のカリストはまるで、クダルの拳がくるのをわかっていたかのようにその顎をほんの少し、後方へズラしていた。

 

クダル

「ッ!?」

影のカリスト

「クッハハ。遅ぇ遅ぇ」

 

 拳が空を切り、クダルの顔が羞恥に歪む。その顔を愉悦に満ちた目で堪能する影のカリスト。しかしカリストはすぐに斜に構えたように笑うと立ち上がり、口を開く。

 

影のカリスト

「なあに、今日はお前らに礼を言いにきたのさ。あんたらが騒いでくれたおかげで、十分に時間を稼げた。作戦決行までのな」

ブルック

「ほう……。それで、俺達にもうひと働きしてほしいってことか?」

 

 豚のように鼻息を詰まらせ、ブルックが言うとカリストは首肯する。

 

影のカリスト

「補充のモビルスーツをいくつかと、それとこの衛星で研究されてたおもしれーものをお前らに貸してやるよ。あんたらが苦戦してるアルカディア号とか言う奴ら……。あれも、俺達の計画には目障りなんでな。消してくれて問題はない」

クダル

「そういうことなら……。いいぜ、あんたの口車に乗ってやる」

 

 クダルも立ち上がり、カリストを睨む。明らかに、敵対的な視線を両者は交わし合いしかし、固く握手を交わした。

 

クダル

「あのガキどもを始末したら、次はあんただ。それまでせいぜい、首を洗って待ってることだなぁ!」

影のカリスト

「ククク、旧人類が俺に叶うと。思いも上がりも甚だしい」

 

 旧人類。明らかな侮蔑の言葉を吐き捨て、影のカリストは衛星を後にする。そして気づけば海賊船には2機の木星系モビルスーツが補充されている。そのモビルスーツに、パイロットはいらないとカリストからは聞いていた。バイオ脳。人間の脳によく似た物体を精製し、そこに記録を転写していくという方法で作られるある種の人口頭脳が搭載されているという。クダル達の元いた世界にも、機械のプログラムによる無人操作システムは存在していた。だが、このバイオ脳はまだ研究途上でこそあるが、生きた人間の記憶や人格までもを植え付けるある種のクローンの役割までもを可能にしているという。

 そのバイオ脳に、純粋な戦闘データだけを流し込むことで生まれた戦うためだけのマシン。それはある意味、安上がりな兵隊でもあるヒューマンデブリと対極を成す存在だった。

 ヒューマンデブリは生きている。生きているが所詮は金で買ったネズミ。せいぜい死ぬまで働いてもらうためにある。と、ブルックは考えている。だが、このバイオ脳は生きているとは生理的に言い難い物品ながら高価な研究成果だ。おそらくはテストの役割を兼ねているとも思われるが……そんなものを気前よく貸し出すなど、正気の沙汰ではない。少なくとも、ブルック・カバヤンにとっては。

 

クダル

「へっ、相変わらず薄気味悪い、人を苛立たせる野郎だぜ……」

 

 クダルがそう吐き捨てた直後、通信端末がアラームを鳴らす。ブルックがそれに応えると、モニタには薄いサングラスをかけたスーツの男……Mr.ゾーンが映し出されていた。

 

Mr.ゾーン

「首尾はどうですか?」

ブルック

「ゾーン……。お前気は確かか。あの木星帝国とかいう組織の新総統とやら、明らかに頭イカれてやがるぜ」

 

 ブルック達の後ろ盾のひとつ……Mr.ゾーン。同じ世界から飛ばされ、同じ敵を持つ者同士彼らは協力関係にあった。どうやら無国籍艦隊とかいうキナくさい連中の元に潜り込んだらしいゾーンは、宇宙での海賊行為をブルワーズに命じている。それは、ブルワーズとしても願ったり叶ったりのものだった。だが、そのスポンサーとして現れたこの世界の木星の連中とは、どうもソリが合わない。

 

Mr.ゾーン

「我々にも見返りはありますよ。この世界の技術力の吸収……。特にスーパーロボットやバイオ脳。ミノフスキー粒子。それに、生体エネルギー研究に関しては我々の世界よりもこちらの世界の方が一日の長がある。それに……」

Mr.ゾーン

「月の不可侵宙域。あそこにマスドライバーを建設する彼らの計画は、パブッシュ艦隊司令エメリス・マキャベルにとっても利益のあるものです」

 

 実際、Mr.ゾーンはマキャベルやカリストにいくつか、自分達の世界の技術を売り渡している。それらの中のいくつかには、マキャベルもカリストも目を輝かせていた。

 ブルワーズは今、Mr.ゾーンの私兵といっても過言ではない存在に成り下がっている。彼らからすれば、金と食い物が手に入るなら何でもいい。現に今まで彼の指示に従うことで甘い汁を吸えていたのだから、ブルックとしてもMr.ゾーンには一定の信用があるのは確かだ。

 

ブルック

「艦隊司令ね……。そいつがケツを持ってくれるっていうんなら、こっちから言うことは特にねえ。それに、作戦が終わればあの気に食わねえ木星の野郎どもも、殺しちまっていいんだろう?」

 

 フッ、と笑うゾーン。その笑みを無言の肯定と受け取り、ブルックとクダルはニヤリと顔を歪めた。それを見て、クダル・カデルは踵を返す。奴隷のガキどもが、しっかりグシオンの修理を終えられているか見定めなければならない。どの道グリスが甘いとかチューンがおかしいとか難癖つけて2、3人蹴りつける予定なのだが、それはクダルなりのネズミどもへの愛情表現だ。

 この世界に来てから攫った、或いは売り買いした子供にそのまま阿頼耶識手術を施して戦力にするには、この海賊船では設備が足りない。不可能ではないが、阿頼耶識手術を行うにはどの道Mr.ゾーンと合流する必要がある。クダルにもブルックにも、そんな外科知識はない。

 元の世界で手術済みの子供を買えば、こんな手間はなかった。それがイラつく。だからガキが蹴られるのは阿頼耶識をつけていない、戦力にならないなりに欲望の吐口になってもらうためだ。クダルは下卑た笑みを浮かべながら、整備師の真似事をさせられている子供達の下へ向かうのだった。

 

 そんなクダルを見送り、ブルック・カバヤンも席を立つ。

 

ブルック

「さて。カリストの奴はこの衛星の研究成果とか言っていやがったが……」

 

 たしかに、この衛星Eには立ち入り禁止の札がかけられた研究施設があった。ブルワーズがここへ来た時、既にこの場所を占拠していたカリストにより封鎖されていたため、その奥に何があるのかをブルックは知らない。興味もなかった。だが、それを使えとカリストは言っていた。つまり、この状況を打開する何かがあるということだ。

 

ブルック

「フフフ……。待ってろ鉄華団。そしてキャプテンハーロック。このブルワーズの恐ろしさを、今日こそは思い知らせてやる……」

 

 そして、ブルック・カバヤンは知ることになる。衛星E。宇宙世紀時代に作られ、そして時と共に忘れられたこの衛星。その真実を……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

「衛星E?」

アムロ

「ああ。奴らの向かった先で逃げ込めそうなポイントを探してみたが、その中でひとつヒットしたのがこの衛星Eだ」

 

 アルカディア号のブリーフィング・ルームに主要なメンバーやパイロット達が集められている。モニタに表示される宙域を映した図面にひとつ、チェックされているポイントが衛星Eだ。

 

ハーロック

「これより、アルカディア号は衛星Eの探索に向かう」

オルガ

「話によれば無人衛星らしいが、何も出なけりゃそれでよし。奴らが待ってるようなら……ここで落とし前をつける」

 

 落とし前。そう言い切るオルガ。オルガにしてみれば、ブルワーズなど本来は眼中にない。ただのチンピラだ。だが、それが行く手を遮りこちらの邪魔をするならば容赦はしない。それが、鉄華団のやり方だ。

 

三日月

「でも、あいつらもこっちにきてるなんてね」

アトラ

「うん……。どうせ来るなら、味方の方がいいのに」

 

 アトラの押す車椅子に揺られながら、三日月ポケットを弄る。それから、「あ、」と間抜けな声を上げた。

 

三日月

「火星ヤシ、切れちゃった」

マーガレット

「火星ヤシ……?」

 

 怪訝な声を上げるマーガレット。

 

三日月

「うん。結構イケるからいつもポケットに入れてたんだけど」

トビア

「ナツメヤシみたいなもの? なのか?」

 

 マーガレットを筆頭に、この世界側の人間にはそれが一体どんなものなのか想像もつかないでいる。ただ、ベルナデット・ブリエットだけはその言葉から少し、特別な響きを感じていた。

 

ベルナデット

「火星にも、植物って育つんですか?」

三日月

「うん。さくらちゃんの農園を手伝ったりしてた」

アトラ

「あのね、三日月って自分の農家を持つのが夢だったの。だから、植物とか畑とか結構詳しいんだよ」

 

 まるで自分のことのように、アトラが自慢げに言う。それをベルナデットは、少しだけ羨ましそうに見つめていた。

 

トビア

「ベルナデット?」

ベルナデット

「あ、ううん。その、私の生まれたところ……植物なんてまともに育たなかったから、アトラ達の火星が少し、羨ましいなって」

アトラ

「えっ……えぇっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げてしまうアトラ。「火星の田舎者」と思われたらどうしようとずっと思ってきたが、どうやらベルナデットの視点では火星はかなり「進んでいる」らしい。そのことに気付き、アトラはどうしようどうしようとあたふたし、ベルナデットはそんなアトラを不思議そうに見つめている。

 

マーガレット

「へえ…………」

 

 それは、マーガレットからしたら意外な情報だった。目の前にいるこの半身不随の少年が、農作物を育て、収穫することに興味があるようにはとても見えなかった。戦場の中でバルバトスを駆り暴れ回る三日月からは、そんな一面があるとは想像もできない。

 

オルガ

「……一応、作戦の説明中なんだがな」

 

 呆れたように、オルガがボヤいた。

 

アトラ

「す、すいません!」

三日月

「わかってる。要するにあいつらが出てきたら、潰せばいいんだろ」

 

 話を脱線させてしまった事に気づき、慌てて謝罪するアトラ。それに対し、平常の三日月。対称的な2人だな。とマーガレットは思った。

 

オルガ

「……まあ、そうだな。難しい話じゃねえ」

ハーロック

「衛星Eまで、そう時間はかからない。各員は持ち場について、いつでも出られるようにしておいてくれ」

 

 ハーロックの言葉に、「了解」とそれぞれに返し、一同は散っていく。そんな中、シャア・アズナブルは深刻そうな面持ちで、眉間に皺寄せていた。

 

シャア

(衛星E……。まさかな……)

アムロ

「シャア?」

シャア

「いや、なんでもない……」

 

 首を振り、アムロに続くシャア。そんな2人の後ろ姿を、まじまじと見つめる視線があった。

 

シェリンドン

「……待ってください」

 

 シェリンドン・ロナ。先の輸送船襲撃事件の際、ジュドー・アーシタが救出した少女であり、コスモ・クルス教団の重要人物。少女に呼び止められた2人は同時に振り返る。

 

シャア

「君は……」

シェリンドン

「シャア・アズナブル。それにアムロ・レイ……。あなた達に、返さなければならないものがあります」

アムロ

「何…………」

 

 同じ頃、アルカディア号の格納庫には輸送船の中から運び出された、2機のマシンがあった。   

 一つは白いモビルスーツ。もう一つは、赤いモビルスーツ。2機は埃除けの布を被せられ、真の主の帰還を待ち続けていた。

 ずっと、ずっと。長い時の中で、忘れられた機体。奇跡を起こしたと伝えられ、今なおその解明には至らないでいる。

 ニュータイプ原理主義を主張するコスモ・クルス教団は、ある財団が秘密裏に回収していたそれらのモビルスーツを買い取っていた。いずれ来る、ニュータイプの世界の象徴とするために。

 2機のモビルスーツは、その時を待ち続けていた。そして、訪れようとしていた。

 

 

 

 

……………………

第20話

「猿の衛星」

……………………

 

 

—衛星E軌道上—

 

 

 暗黒の宇宙の海を、青いF91とダブルゼータ。それにガンダム・バルバトスルプスレクスとシグルドリーヴァが先行する。ハリソンのF91には今回、トゥインクが同乗していた。クロスボーン・バンガードに所属する少女トゥインクは、通信士、分析官としても優秀な才媛である。

 

ハリソン

「恐ろしくはないですかトゥインクさん」

 

 コクピットの中、狭い空間に少女と二人きりという状況は、ハリソンとしては緊張感の高まるものだった。これから実戦になるかもしれない、という可能性とは別種の緊張。それと同時に、実戦になれば自分がこの少女を守り抜かなければいけない。という意識がさらに緊張を高まらせる。

 

トゥインク

「はい。私もクロスボーン・バンガードの一員ですから。それに、大尉さんは頼りになりそうですし」

 

 一方でトゥインクは、そんなハリソンの気を知ってか知らずか無邪気な笑みを向けている。全面的にハリソンを信頼している視線が、彼に突き刺さった。

 

トゥインク

「トチローさんからいただいたエイハブ・リアクターの周波数データと照合……。たしかに、この近辺にブルワーズが潜伏していることは確かです」

ハリソン

「……よし、各機。アルカディア号が到着するまで少し時間がかかる。それまでは派手に動かず、状況の確認に専念しろ」

 

 ハリソンが各機に指示を出す。マーガレットの「了解」という声が、通信越しに返ってきた。

 

ジュドー

「……それにしても、静かすぎるんじゃない?」

マーガレット

「……そうね」

 

 ダブルゼータ・ガンダムのジュドーが呟く。それにマーガレットも頷いた。海賊が拠点にしているというのならば、もう少し何かがあってもいいものだ。だが、何もない。しかし、張り詰めたような空気がこの空間には立ち込めている。だが、その張り詰めた沈黙も長くは保たなかった。

 

ジュドー

「…………!?」

 

 その異変に最初に気づいたのは、ジュドーだ。殺気。そうとしか言いようのない一瞬のプレッシャーを感じ取った。

 

ジュドー

「三日月さん、右だッ!?」

三日月

「え……?」

 

 その直後だ。衛星から伸びるビームの光が一条、バルバトスの右肩を掠める。掠めただけで済んだのは、ジュドーに言われて右を警戒したからだ。ナノラミネートがビームを霧散させるが、それでも全くの無傷というわけにはいかない。装甲と装甲の間。もし一瞬でも反応が遅れていたら、バルバトスの右肩は吹き飛んでいたかもしれない。

 

三日月

「いるね、何か……!」

 

 それが合図となり、三日月のガンダム・バルバトスルプスレクスが突進する。それと同時、ハリソンのF91とダブルゼータ、シグルドリーヴァも戦闘態勢を取りバルバトスに続いた。

 

ハリソン

「ビーム・ライフルだと……!?」

 

 ブルワーズのマン・ロディには、いや三日月達の世界のモビルスーツにはビーム・ライフルを主兵装とするものは殆どない。そう、ハリソンは聞いている。だが、今飛んできたのは間違いなくミノフスキー・コンデンサーで発熱したメガ粒子砲のそれだ。

 このビームの主が、姿を現す。衛星の中から現れたのは、マン・ロディではない。V字型のアンテナと大型のスラスターと、巨大なシールド。そしてビーム・ライフルを右手に持つシンプルなモビルスーツだ。

 

ハリソン

「見たことのない? モビルスーツだと?」

 

 だが、特徴から推察できるものはある。まずは頭部だ。ガンダム・タイプに近いシルエットをしているが、目元が違う。モノアイのような単眼が、ツインアイ状のバイザー越しに覗いている。これは、バタラ・タイプをはじめとする木星帝国のモビルスーツに見られる特徴だ。

 そして、全長。F91よりも大きく、ダブルゼータよりも小さい18m級。現在の小型・高性能が主流となったモビルスーツではなかなかお目にかかれないサイズ。だが、もし技術力で地球に劣る木星で最新技術の粋を集めれば、18mが小型化の限界になるおかもしれない。以上のことから、このモビルスーツを木星軍のものであるとハリソンは推察する。だが、それはハリソンに新たな疑問を投じることになった。

 

ハリソン

「木星軍と? ブルワーズが?」

 

 繋がって? あり得ない話ではない。鉄華団やキャプテンハーロックがこの世界に来て、自分達と行動を共にするようになったように、ブルワーズにも独自のコネがあってもおかしくはない。そこまで考えた直後、再び謎のモビルスーツのビーム・ライフルが光を放った。

 

ハリソン

「ぬおぉっ!?」

 

 一瞬。たった一瞬だ。ハリソンがビーム・シールドを構えようと左腕を前に出したその一瞬、ビームの光はF91の腕を焼き飛ばす。シールドの展開が、間に合わなかった。

 

トゥインク

「キャァッ!?」

ハリソン

「危ない!?」

 

 左腕を失いながらも、青いF91はビーム・ライフルを構え謎のモビルスーツを迎撃する。その一発一発が、必中の一撃。しかし、謎のモビルスーツはそれを悉く回避し、F91へ迫った。

 

ジュドー

「ハリソンさん!?」

 

 窮地に陥ったハリソンを助けたのは、ジュドーのダブルゼータだ。ダブルゼータのダブル・ビームライフル。二門の巨砲が謎のモビルスーツとF91の間を遮り、ハリソンは間一髪後退する。

 

ジュドー

「なんてこった……。あの時、全て潰したと思ったんだがね」

マーガレット

「知ってるの?」

 

 ジュドーの額に、じわりと汗が浮かぶ。

 

 

ジュドー

「あれは、アマクサ。木星軍が研究していた新型モビルスーツ。あれを操っているのは……回収されたアムロ・レイの戦闘データをコピーしたバイオ脳!」

ハリソン

「なっ…………!?」

 

 アムロ・レイ。ハリソン達と行動を共にしている伝説のニュータイプであり、有史以来最強と言われるモビルスーツ・パイロット。

 彼の打ち立てた伝説は、戦後70年経つ今なお語り継がれそして、アムロの活躍はその伝説が限りなく真実に近いものであるとハリソンにも、マーガレットにも納得せざるを得ない至高の存在。

 その戦闘データを忠実に再現したバイオ脳。

 

マーガレット

「まさか? そんな?」

ジュドー

「あれは……最終兵器ならぬ、最終兵士なんだよ!」

 

 アマクサ。アムロ・レイの完全な戦闘能力のコピーを搭載したそれが2機。ジュドー達の前に立ち塞がっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 アムロ・レイの戦闘データをコピーしたバイオ脳に操られる二機のアマクサは、圧倒的な強さでジュドー達に迫る。アマクサがビーム・ライフル構え、ダブルゼータは回避行動に移った。間一髪、ビーム・ライフルの熱がダブルゼータの横を過ぎ去るがしかし、次の瞬間既にアマクサはダブルゼータの眼前に迫りビーム・サーベルを振り下ろす。

 

バイオ脳

「…………」

ジュドー

「う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉっ!?」

 

 ビーム・サーベルの間合いに入ってしまった。そのことに気づいた瞬間ジュドーはダブルゼータの右足でアマクサを蹴り飛ばさんとした。しかし、それをまるで察知してしたかのようにアマクサは後方へ下がり、ダブルゼータの足は虚空を蹴る。そして、それが再び隙となった。

 

バイオ脳

「…………!」

ジュドー

「しまっ……っ!?」

 

 アマクサはジュドーの後ろに回り込んでいた。ここからでは、回避は間に合わない。ジュドーの窮地を前に、ミサイル弾の嵐がアマクサの一機へ降り注ぐ。

 

マーガレット

「やらせないっ!?」

 

 マーガレットの乗るシグルドリーヴァだ。シグルドリーヴァのファランクスミサイル。マトリクスミサイル。過積載とも言うべき火薬がアマクサを襲った。だがアマクサは、まるで後ろにも目がついているかのようにミサイルの雨を避けていく。瞬時にシールドを突き出し、物理的に回避不可能な部分だけを防いで火薬の中を潜り抜けるアマクサ。それは、あまりにも常識はずれな動きだった。

 

マーガレット

「アムロ大尉のコピーっていうのも、嘘じゃなさそうね……!」

 

 モビルスーツでこんな出鱈目な動きができる人間を、マーガレットは2人しか知らない。1人はアムロ・レイ。もう1人はシャア・アズナブル。シグルドリーヴァのビームコーティングされた装甲を頼りに、今マーガレットはダブルゼータと、F91を庇うように動き回りながら援護射撃を続けている。元々、シグルドリーヴァは白兵戦を得意とする機体ではない。長距離狙撃と、弾幕。それこそが持ち味の機体。

 それを前衛に出してまで、味方を庇わなければ誰かが死ぬ。そう、マーガレットは判断しこの陣形を取っていた。

 

マーガレット

「でも、本物のアムロ大尉よりは幾分マシよ」

ハリソン

「だな。……みんな、アルカディア号の到着まで持ち堪えろよ!」

 

 アルカディア号が来れば、その本物がいる。それは、マーガレットにとってこの状況で数少ない頼みの綱だった。本物のアムロならば、バイオ脳になど敗れる道理はない。そう信じて、今マーガレットはあえて不得手なレンジで戦っている。

 

マーガレット

(槇菜は……あの子はいつも、こんな思いで?)

 

 思い出すのは、あの少女のことだ。戦いの世界に身を寄せる必要などなかった、それでも自分のように、何もかもを失ってしまう人を少しでも減らせるならばと盾を取り、守るための戦いに身を置く少女。

 怖いだろう。辛いだろう。戦いをやめたいと言えば、きっと誰もが許してくれる。それなのに、戦いの中に身を置くことをやめない少女。

 ジュドーが抑え込んでいるのとは別のアマクサが、シグルドリーヴァへ接敵した。一瞬。たった一瞬でミサイルの有効範囲から懐へ飛び込んだアマクサ。その異形の目を、マーガレットはスコープ越しに見る。

 

マーガレット

「!?」

 

 怯んではいけない。あの子なら怯まない。ここで怯んだら、槇菜に申し訳が立たない。だからマーガレットは、咄嗟にシグルドリーヴァの右腕を前に出す。

 

マーガレット

「やられるものかっ!」

 

 至近距離のビーム・サーベル。ビームコーティングが施された装甲ごと溶かしてしまうそれを、シグルドリーヴァは右腕で受け止めていた。

 熱い。熱が右腕を焼いていくのをマーガレットは感じる。

 

バイオ脳

「…………」

マーガレット

「こんな……命の宿らない、紛い物にっ!」

 

 右腕に、力を込める。本来のヴァルキュリアシリーズにとって、腕とは火器を操作するためのマニピュレーターでしかない。だが、このシグルドリーヴァは違う。ルー博士が取り付けた、出自不明のオーパーツだ。マーガレットは、不安定な兵器を信じない。シグルドリーヴァが気に入ったのは、そのコンセプトが理に適っていたからだし、そのスペックもマーガレットの理想を満たすものだったからだ。その意味で、マーガレットは最初からゼノ・アストラなどという不安定の塊のようなものとは相性が悪かったのかもしれない。

 だが、この右腕は違う。これはマーガレットにとってシグルドリーヴァ唯一の不安要素だ。不安定の塊。何を目的とするものなのかも不明。それでも。

 

マーガレット

「お前の腕は今、私の腕だっ!?」

 

 思い通りにやってみせる。ビーム・サーベルの刃を、シグルドリーヴァの右腕は熱に晒されながら受け止めていた。本来、ビーム熱をミノフスキー粒子で固定しているだけのビーム・サーベルを直に受け止めるなど不可能。だが、シグルドリーヴァの右腕が掴んだ先からビーム熱が霧散していくのをマーガレットは見た。いける、これなら。そうマーガレットは拳を伸ばし、殴りつけようとした。その時だ。

 

バイオ脳

「…………」

マーガレット

「え?」

 

 アマクサのシールドが二つに分かれる。そして、その中央部の丸い球体が、シグルドリーヴァめがけて飛び出したのだ。

 ハンマー。かつてアムロ・レイが乗っていたファースト・ガンダムは、チェーンで繋がれた鉄球を振り回し鈍器のように操ったという記録が残されている。おそらくこれは、そのデータをもとに作った木星版のガンダム・ハンマー。チェーン式のハンマーが至近距離から、シグルドリーヴァへ激突。

 

マーガレット

「ァッ!?」

 

 その衝撃で、シグルドリーヴァが重力空間を突き飛ばされる。あり得ないはずの重力が働いている気さえしてくる。シグルドリーヴァはしかしそれでも踏みとどまった。ボディの全体が酷く傷み、マーガレットの視界とシグルドリーヴァを繋ぐ神経接続スコープも右の視界に異常を感じる。

 

マーガレット

「ッ…………」

 

 今この場では、これがマシンのトラブルなのかマーガレットの右目が潰れたのかも判断がつかない。しかし、それでもマーガレットは残された左目でアマクサを見やり、近づけまいとファランクスミサイルを撃ちまくる。

 

ハリソン

「マーガレット少尉!?」

ジュドー

「いけない! このォッ!?」

 

 助けに行こうとするハリソンとジュドー。だが、二機のガンダムを阻むようにもう一機のアマクサが迫る。

 

ジュドー

「アムロさんのバイオ脳なんかに……!」

 

 苛立ちながら、ジュドーはダブル・ビームライフルでアマクサを迎撃する。だが、当たらない。ジュドーの狙いは正確だった。しかしアマクサの方が、一手上手だったのだ。

 

ジュドー

「嘘だろッ!?」

 

 命中さえすれば、アマクサでも吹き飛ばせる。そんな超火力のダブル・ビームライフルをものともしないアマクサにジュドーは舌打ちする。頭部のダブルバルカンで必死に弾幕を張るが、それすらもアマクサは見切っていた。やがて一瞬の後、アマクサはジュドーの懐に飛び込む。

 

バイオ脳

「…………」

ジュドー

「ん・な・く・そ・ぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 その刹那だ。ジュドーはあの時のことを思い出した。それは半年ほど前、まだジュドーがグレイ・ストークだった頃。ストークは木星軍の最終兵士計画を察知し、クロスボーン・バンガードと共闘した。その時今のように、いや今以上の窮地に立たされながらも諦めずに戦い抜いた、あの海賊の少年が言ったのだ。

 

『ひとつ、賭けてみませんか。どんなニュータイプでも、初めて見る武器には反応が遅れるものだって』

 

 そして、あの海賊少年は見事アマクサを撃破した。一瞬、たった一瞬の反応の遅れが死に繋がる。それはどんな人間も、ニュータイプも変わりない。戦場に出れば死は皆等しく平等に起こりえるということを彼は、教えてくれた。ジュドーは咄嗟に、ダブルゼータ・ガンダムの頭部に搭載されるモビルスーツとしては超大口径のハイメガ・キャノン砲の発射ボタンを押す。それは、ダブルゼータのエネルギーそのほとんどをメガ粒子砲に転換する一撃必殺の切り札だ。

 ダブルゼータの頭部が光る。それは、チャージ完了の合図。そして。

 

ジュドー

「いっけぇぇぇぇぇっ! ハイメガ・キャノンッ!?」

 

 ジュドーが叫ぶ。それと同時にダブルゼータの頭部から放たれた超高出力のメガ粒子。

 

バイオ脳

「…………!?」

 

 ダブルゼータを獲らんと至近距離まで詰めていたアマクサに、それを避けるのは物理的に不可能だった。たとえアムロ・レイそのものだったとしても、不可能だっただろう。もしこのハイメガ・キャノンをこの距離から回避できるものがあるとすれば、それは人間の反射速度を越え、そしてそれをマシンが体現するような……それこそゲッターロボや、ダンクーガのようなスーパーロボットがマシンの限界を超えた挙動をしてはじめて可能となる動きだ。アムロ・レイの戦闘能力と、それを最大限の生かせる装備を持つアマクサ。それだけでは、ジュドーの一撃に対応するには足りなかったのだ。

 

 

バイオ脳

「……………………」

 

 メガ粒子の大波に飲み込まれ、アマクサが溶けていく。アムロ・レイのバイオ脳と共に。それをジュドーは、神妙な面持ちで見送っていた。

 

ジュドー

(バイオ脳。人によって作られたあんたはアムロじゃない。だけどさ……)

 

 ただの戦闘データのコピー。そのためだけに生まれたそれに、ジュドーの記憶の中で少女がちらついてしまうのだ。

 

ジュドー

「ごめんな、プル……プルツー」

 

 かつて、救えなかった少女達。戦いの道具になるためだけに生み出された命。そうでありながらジュドーと心を通わせることのできた彼女達と、目の前で燃え尽きていくバイオ脳。そこに何の違いがあるのだろうか。ジュドーはガラにもなく、そんなことを思ってしまっていた。

 

 一方で、もう一機のアマクサは突き飛ばされたシグルドリーヴァを追い加速する。急激な重力で一瞬、意識を失いかけたマーガレットだがなんとか堪え、姿勢制御で機体を安定させてファランクスミサイルを撃ちまくる。だが、アマクサはその動きをまるで見切ったかのように……いや、まさに見切っていた。

 

マーガレット

「こっちの軌道が、読めるというの……?」

 

 戦慄する。これが、最強のニュータイプ。伝説のパイロット。自分とアムロ・レイでは腕が違いすぎると。このまま一瞬の後、アマクサはシグルドリーヴァをビーム・サーベルのリーチへ捉える。その時が、自分の死なのだとマーガレットは悟った。

 

バイオ脳

「…………!」

マーガレット

「ッ!?!?」

 

 だが、その時は訪れない。俊足のアマクサをそれよりも速く、バルバトスルプスレクスの尻尾が捕らえ、その脚部を奪っていったからだ。

 

三日月

「やらせるわけ、ないだろう……!」

 

 三日月・オーガス。鉄華団のエースであり、悪魔。少年の乗るガンダムが、アムロ・レイのバイオ脳が搭乗するアマクサの動きを捉えていたのだ。

 

バイオ脳

「…………!」

 

 今の一撃で、アマクサは標的をシグルドリーヴァからバルバトスへと切り替える。脅威判定の更新。今、アムロ・レイの戦闘データそのものと言える最終兵士は、三日月を明らかに脅威であると認識した。アマクサはビーム・ライフルをバルバトスへ放つが、ビームの線は装甲に届くと同時、霧散していく。ナノラミネート装甲。彼らの世界のモビルスーツが標準装備とするそれが、ビームの熱を最小限に抑えている。

 

三日月

「…………」

 

 無言でアマクサへ接近し、ロングメイスを叩きつける三日月。しかしアマクサもメイスのリーチ目掛けてシールドに内蔵されるハイパー・ハンマーを射出する。鈍器と鈍器。モビルスーツ同士の戦いの場には似つかわしくない鈍い音が、宇宙の静寂に響くのを、それを見るマーガレットは幻聴した。

 

三日月

「それ、厄介だよな」

 

 バルバトスは一旦アマクサから距離を離し、回り込むように軌道を描く。その間もレールガンで攻撃するが、脚部を失いながらもアマクサはバーニア機動だけでそれを避けていく。そして再びハンマーを振り回し、三日月を近づけまいと動いていた。

 

三日月

「チッ」

 

 バルバトスの尻尾が、背後から回り込むようにアマクサを狙う。だが、それすらも読んでいたかのようにアマクサはそれを躱す。一度見た武器は、アマクサに……アムロ・レイに通用しない。それを三日月も野生的な勘で理解すると、尻尾を引っ込める。

 

三日月

「もう少しで、マーガレットは死ぬところだった」

 

 マーガレットとは、まだ関わるようになって日が浅い。だが、それでも握手を交わした仲だ。死んだ奴には、死んだ後でまた会える。そう、三日月は思っていた。だが、それでも。

 

三日月

「……今話ができなくなるのは、やっぱり嫌だな」

 

 三日月は、思い出す。ダンジ。ビスケット。アストン。ラフタ。シノ。ハッシュ……それに、あまり話したことのない奴らも。鉄華団という一つの旗の下に集った家族のことを。

 今はもういない、大切な家族。それを失うということを。

 だから三日月は、その大剣を振り上げる。これ以上、家族が……家族になれそうな人達が死ぬのは嫌だから。この戦いはオルガの命令だ。だが、この感情はオルガの命令とは関係ない。

 

 だから、今。

 あの化け物にトドメを刺すために。

 

三日月

「もっとよこせ、バルバトス」

 

 三日月の願いに応えるように。

 悪魔の瞳が、赤く輝いた。

 

 それと同時。

 

マーガレット

「な、何……?」

 

 一瞬。一瞬のことだった。

 瞬く間にアマクサの懐に飛び込んだバルバトスは、その爪でアマクサの胴体を貫いていた。

 マーガレットの視点では、まるでバルバトスがワープしたようににしか見えない。それほどの、瞬発速度。

 

三日月

「フー…………」

バイオ脳

「……………………」

 

 コクピットごと潰されたバイオ脳のひしゃげる音を、三日月は聞いた。だが、自分のものとは思えない吐息にその音は掻き消される。

 

マーガレット

「阿頼耶識の……本当の力。そういうこと?」

 

 人機一体のマン・マシン・インターフェイス。ドモンらガンダムファイターのそれとは違うアプローチで作られた阿頼耶識は、機体をまるで自分の手足を動かすように動かせるという。しかし、そのリミッターを解き放った代償として三日月は阿頼耶識に神経の半分を持っていかれてしまった。ラ・ミーメから聞いた話を思い出し……ふと、あることに思い至ってマーガレットは血の気が引いた。

 

マーガレット

「三日月……!」

 

 もし。もし今のが阿頼耶識の更なるリミッター解除で。三日月の五感を犠牲にしてのものだとしたら。

 三日月はどうなってしまうのだろうかと。

 

三日月

「…………あ、」

 

 しかし、そんな心配をよそに三日月は素っ頓狂な声をあげる。

 

三日月

「ゴメン、なんかバルバトス動かなくなった」

 

 言うと同時、赤く輝いていた瞳から光が消え、バルバトスは力なく項垂れていく。

 

マーガレット

「え……? え……?」

三日月

「なんかさ。前にもこういうことあったんだよね。たぶん整備不良だと思う」

 

 マシントラブル。自由の利かない宇宙空間でのそれは、まさに死を意味するものだ。

 

ハリソン

「バルバトス……! クソッ!?」

 

 咄嗟に移動し、F91はビーム・ライフルを捨てて残された右腕でバルバトスを掴む。

 

三日月

「あ、ありがとう」

ハリソン

「しかし……これじゃ調査どころじゃないぞ」

 

 バルバトスはマシントラブルで動けず、F91、シグルドリーヴァは機体の損傷が激しい。そしてダブルゼータはハイメガ・キャノンを撃った反動でエネルギーが底を尽きかけている。もし、この状況でブルワーズが出てくれば……。

 ハリソンがそうボヤいた、その直後だった。

 

 重装甲で固めた丸い、ずんぐりとしたモビルスーツのエイハブ・ウェーブの反応をバルバトスが感知する。それはあのガンダム・グシオンのものだ。だが、様子がおかしい。グシオンはこちらに向かってくる気配はない。むしろ逃げるように背を向けて、何処かへと駆けていく。

 

クダル

「クソ! クソ! ああ何なのよもう!?」

 

 クダル・カデルのヒステリックな叫び声をシグルドリーヴァの集音マイクが拾っていた。

 

マーガレット

「…………?」

 

 マーガレットは違和感を抱く。何かの罠かと警戒を強め、シグルドリーヴァのセンサーと半壊した視界モニタを見た。それと同時、ワラワラと湧き出るようにモビルスーツが衛星から出撃していく。1機や2機ではない。3個小隊ほどの規模でそのモビルスーツ部隊は、マーガレット達を取り囲むように向かっていた。

 

三日月

「……何、あれ?」

 

 不思議なものを見たように、三日月は口をへの字に曲げていた。いや、三日月だけでない。

 少なくとも、本来脚部があるはずの部分に腕を付けたモビルスーツなど、ここにいる4人は誰も見たことがなかった。

 

ジュドー

「あれ……ザクだよな?」

 

 MS−06ザクⅡ。宇宙世紀時代に作られた、最古のモビルスーツ。ゲーマルクなどと同様のモノアイ型のカメラアイを持ち、動力パイプが露出した独特な姿をしているこのモビルスーツは、この世界の人間なら誰でも知っているものだ。だが、ザクは脚部に腕パーツを持つような異形ではない。むしろジュドーやハリソンの知るザクは、サイクロプスといった印象を受ける一つ目の巨人だ。今、目の前にいるザクにはそのような威圧感はない。

 

マーガレット

「ザク……あの衛星に保管されていたもの?」

ハリソン

「ありうる話だ。だが、ここにきて現地徴用のザクを使っていると言うことは、奴らの戦力もあまり残っていないのかもしれないな」

 

 だとしたら、パイロットは一体。一同は身構え、動けないバルバトスを守るように円陣を組む。そして、こちらの存在に気づいたザクもどきが一機、また一機とマーガレット達へと迫った。

 

マーガレット

「ミノフスキー粒子が薄くなってきた。今なら、無線通信が傍受できる?」

 

 おそるおそる、マーガレットはシグルドリーヴァの通信装置を操作し周波数を探る。しばらくして、何か甲高い悲鳴のようなものを聞き取った。ザクもどきのパイロットは、女性だろうか。一瞬マーガレットはそう考え……すぐに否定した。

 

マーガレット

「これって……」

 

 この悲鳴は女性のものではない。少なくとも、人間の女性のものでは。人間にこんな声が出せるはずがない。ありえるとしたら。

 

サル

「キキーッ!? ウッキー!?」

 

 猿。類人猿。霊長類。そんな言葉が浮かんでは可能性を否定し、マーガレットは必死に正しい答えを探す。しかし、

 

ジュドー

「あのザクもどき……サルが乗ってるの!?」

 

 どれだけマーガレットの理性が否定しても、その事実を認めないわけにはいかなかった。

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

 

 衛星Eに近づくにつれ、周囲の通信設備がクリアになっていく。本来ならば戦地真っ只中ではミノフスキー粒子が散布され、有視界戦術以外は意味をなさなくなるはずだがここにはそれがない。それを訝しむトビアが通信越しにはじめて聞いたのは類人猿の金切り声と、翻弄されるマーガレット達の声だった。

 

トビア

「サル……?」

ハーロック

「猿、だと……?」

 

 モビルスーツを操縦し、ハリソンやジュドー、三日月にマーガレットを翻弄するサル。あまりに常識からかけ離れた存在に、トビアはおろかあのキャプテンハーロックも開いた口が塞がらないでいる。

 そんな中、「まさか……!」と口をついたのはシャア・アズナブルだった。

 

アムロ

「シャア、何か知っているのか?」

シャア

「……一年戦争の折、ザビ家のある男がジオンの兵力不足に頭を悩ませていたことがある。戦場で兵士の命が次々失われることに、彼は心を痛めていた」

 

トビア

(ギレン・ザビが?)

ベルナデット

(ガルマって人かな?)

ウモン

(いや、ドズルかもしれんぞ?)

 

シャア

「ある日、地球の類人猿館に立ち寄った彼は、テレビゲームに興じる猿を目撃してな」

 

 シャア・アズナブルの脳裏には、その日のことが今でもありありと思い出せる。キラキラした瞳で、まるでこの世の全てを信じているような純粋な眼差しで友は言ったのだ。

 

???

『シャア! すごいぞ、教えればサルもモビルスーツ操縦ができるかもしれない! 父上に打診して、すぐにプロジェクトを進めるべきだ!』

 

トビア

ベルナデット

ウモン

「あー!」

 

シャア

「誰とは言っていない! 私はそういう話を聞いただけだ!?」

 

 友の名誉を守るべく、誰に向かってでもなくシャアは叫びを上げる。あまりにも冗談じみた、漫画のような展開にオフィシャルではない。オフィシャルではないと譫言のように呟きながら、自分の意識をかろうじて守っていた。

 

オルガ

「……サルでもなんでもいい。ミカ、無事か!?」

 

 アルカディア号から、オルガはバルバトスへ通信を送る。バルバトスの動きは、オルガの目に見ても不自然だった。狩り立てるように距離を取って包囲するサルザクの群れに、いつもの三日月なら突っ込まない理由はない。だが、バルバトスはまるで仲間に庇われるようにされており、動かないでいる。

 

三日月

「あ、オルガ。なんかバルバトス、動かなくなった」

オルガ

「何だと……!?」

 

 前にも、似たようなことがあったのをオルガは覚えている。その時は改修後初の再起動だった。今回のは、何が原因だ?

 

トチロー

「……元の世界から転移した直後から、バルバトスはフル稼働してたからな。もしかしたら、消耗が一気に来たのかもしれん」

ハーロック

「サルの真偽はともかく、今は友軍を助けるのが先だ。各機、出撃!」

 

 ハーロックの号令と共に、最初に飛び出したのは獣戦機隊だった。イーグルファイター、ランドライガー、ランドクーガー、そしてビッグモス。4機の獣は人を超え、獣を超え、神の化身として君臨する。その名も、超獣機神ダンクーガ!

 

「よっしゃあっ! サルだろうが何だろうが関係ねえ、やってやるぜ!」

 

 長距離ブースターを搭載するダンクーガの推進力は伊達ではない。瞬く間に戦場へ躍り出たダンクーガは、パルスレーザーを撃ちまくりまがら戦場を突き進んでく。だが、サルの乗るザクもどき……バルブスと名付けられたモンキー・スペシャルタイプのザクはパルスレーザーの軌道を読んでいるかのように避けていく。

 

沙羅

「忍、当たってないよ!?」

「わかってらぁっ! サルどもめ、すばしっこいぜ!」

 

 バルブスの四つの腕が、それぞれに持つビーム・ライフルを交互に撃ちまくる。4つのビーム・ライフルによる同時攻撃。巨大なダンクーガはそれを避けることができず、ビームの熱を直に受けてしまう。

 

雅人

「うわぁっ!? しっかりしてよ忍!」

「クソッ! こいつら……!」

 

 パルスレーザーの照準が、合わない。合ったと思ったその瞬間には、サルはすばしっこく逃げ回る。サルの動きに、野生の本能を持つ獣戦機隊は翻弄されていた。

 

ハリソン

「だが、所詮ザクもどき。こいつの威力の前には!」

 

 逃げ回るバルブスに狙いを定め、ハリソンのF91がヴェスバーを放った。モビルスーツに搭載されるものとしては、最強クラスのビーム兵器。ナノラミネートすら貫くその出力ならばと。しかし、渾身のヴェスバーすらも軽く躱してバルブスは狙いをF91へと定める。旧式のビーム・ライフルの雨が、ビーム・シールドを失ったF91に襲いかかった。

 

ハリソン

「こいつら……私達の攻撃を躱して、私に当てるのか!?」

 

 それは、ハリソン・マディンの……連邦の青き流星と呼ばれるエース・パイロットのプライドに著しい傷をつけると同時に……戦慄を与える光景だった。相手は旧式のザクもどき。それも、乗っているのはサル。

 

ジュドー

「なんだよ、こいつら……!?」

 

 エネルギーの残り少ないダブルゼータや、残弾の尽きかけつつあるシグルドリーヴァも応戦するが、サルの乗るモビルスーツにその攻撃は当たらない。宇宙空間という全天の世界を、サルは縦横無尽に駆け巡り獲物を追い詰めていく。今、彼らはまさに狩りの獲物となっていた。狩る側と狩られる側。そこに違いがあるとすればそれは、人かサルか。

 

マーガレット

「さっきのバイオ脳と同じ……まるでこっちの動きを読んでるみたいに動き回って!」

 

 マトリクスミサイルの残弾が底を尽き、シグルドリーヴァは自衛用のナイフを構える。この機体では本来想定されていない、格闘戦用の装備。それを使わなければいけないほどまでに今マーガレットは、追い詰められていた。

 

三日月

「あいつら、楽しんでる」

 

 動けないバルバトスの中で、三日月はサルの動きを見て思うがままを呟く。楽しむ。それはかつて三日月が、あのクダル・カデルに言われた言葉だ。

 

三日月

(あいつには、俺がああ見えたってことか)

 

 特に思うところはない。だが、あれに言われる筋合いも特にないな。と三日月は一人で納得する。

 

トゥインク

「きゃっ!?」

 

 至近距離にビームを掠め、トゥインクが小さな悲鳴を上げた。ハリソンが「クッ!」と呻く。少女を守らなければならないのに追い詰められている自分が情けない、と。

 

ハリソン

「相手は半世紀前のザクもどきだぞ。それが? こうも? 野生の勘だとでもいうのか? いや……まさか……」

 

 相手の先を読んでいるかのようなその動き。

 まるでこちらの殺気を察知したかのように、或いはウィークポイントを知っているかのような一撃一撃の手応え。

 その動きにハリソンは、覚えがある。

 それは、つい先ほど戦ったばかりのアムロ・レイの戦闘データをコピーしたバイオ脳。そのものではないかと。

 アムロ・レイ。宇宙世紀最強のパイロットであり……

 

ハリソン

「サルどもは……ニュータイプ、なのか?」

 

 

 ニュータイプ。戦場において味方ならば誰よりも頼もしく、だが敵として出会えば誰よりも恐ろしい。その存在をハリソンは、確信していた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

 

シェリンドン

「え、嘘……嘘よそんなの!?」

 

 ニュータイプ。その言葉を聞き、少女は愕然として叫ぶ。シェリンドン・ロナ。ニュータイプ原理主義教団であるコスモ・クルス教団の教祖である少女にとって、その事実は認めるわけにはいかないものだった。

 

シェリンドン

「サルがニュータイプになっただなんて、あり得ない。あるわけないわ!?」

ハリソン

「なったんだろぉっ!?」

 

 必死に、言い聞かせるように叫ぶシェリンドン。だが、その言葉は今まさに生死の境を彷徨う彼らには届かない。ニュータイプでもなければ説明がつかないのだ。サルの強さが。

 

シェリンドン

「だって、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプは、人の革新であり進化だったはず! つまり人の次に来るものなのよ! サルがニュータイプになっちゃったら辻褄が合わないじゃない!?」

 

 っていうか全否定。

 

シェリンドン

「ニュータイプは、人の進化だったのではないというのですかっ!?」

 

ハーロック

「…………」

オルガ

「…………」

トチロー

「…………」

ラ・ミーメ

「…………」

 

 少女の叫びの意味を、この場にいるものは誰も理解できなかった。ニュータイプ。彼らの世界では、宇宙の心とでも表現すべきその特質について、彼らの世界ではあまり研究が進んでいない。故に、彼女が感じている選民意識を、ニュータイプという存在に抱いている幻想を、彼らは理解できていなかった。

 だが、ブリッジに響くそんな声を彼は……聞き届けていた。

 

シャア

「違ったのだろうな……」

 

 シャア・アズナブル。ジオン・ズム・ダイクンの遺児であり、ニュータイプの世界を求めて戦ったシェリンドンにとってある意味先人とも言うべき存在。彼は、既にニュータイプになったサルという存在を受け入れている風だった。

 

トビア

「シャアさん……?」

シャア

「キャプテン、こちらの出撃準備は完了している。モビルスーツ隊も出る」

 

 そう言うと、シャアは自らが登場する赤いモビルスーツをカタパルトへと移送させる。そして、背面のブースターが火を吹くと同時、

 

シャア

「シャア・アズナブル。サザビー出るぞ!」

 

 サザビー。そう呼ばれた赤いモビルスーツのモノアイに光が灯り、アルカディア号を出撃する。そのモビルスーツは、ゲーマルクよりもさらに真紅の赤を体現し、そしてシャアという人間の思想を詰め込んだ機体だった。

 バックパックに装填されるファンネル。ミドルレンジを戦うビーム・ショット・ライフル。腹部のメガ粒子砲……。それらの装備はゲーマルクとよく似ている。しかし、鈍重な要塞であるゲーマルクと違い、サザビーは何よりも速い。高速戦闘を可能とする重武装モビルスーツ。赤い彗星の象徴であり、彼の最期の愛機でもあったそれは、瞬く間に戦場へと辿り着く。

 

サル

「キキ? キィィィ!?」

 

 新たな敵の乱入に、バルブスのサル達は威嚇の奇声を上げた。それを無視し、シャアはサル達の敵意を感じ取る。

 

シャア

「敵意が純粋な分、人間よりマシかもしれんな……ファンネル!」

 

 自重気味につぶやくと同時、サザビーのバックパックから放たれるファンネル。小型の端末の中に内蔵されたメガ粒子砲が四方、六方へと飛び散りバルブスを追い詰めていく。これは、狩りの兵器だ。

 

サル

「キィッ!?」

 

 小さな軌道砲台が、縦横無尽に宇宙空間を飛び回りバルブスの周囲を包囲し一斉射撃。バルブスの四肢を一つ、また一つと撃ち落とすファンネル。一機を行動不能にしながらサザビーは、ジュドー達の前に躍り出た。

 

シャア

「先発隊各機はバルバトスを牽引しアルカディア号へ後退。ダンクーガは味方機を守れ!」

ジュドー

「な、アンタだけでサルを相手にするっていうのか!?」

 

 たしかにサザビーは、シャア・アズナブルのために用意されたモビルスーツだ。そして、シャアはサル以上のパイロット。それは、ジュドーも理解している。だが、相手はニュータイプの群れ。いかにシャア・アズナブルと言えど。

 

シャア

「問題ない。我々も一人ではないからな」

 

 シャアがそう言った直後、サザビーの背後をバルブスの一機が取った。

 

サル

「キキィーッ!?」

 

 4つ腕のビーム・ライフルを、同時にサザビーへと向ける。だがその瞬間、バルブスは大きく爆ぜて吹き飛んでいく。

 

アムロ

「シャア、みんなは無事か!」

 

 アムロ・レイ。彼の乗る白いモビルスーツが、背中に背負ったバズーカをそのまま放っていた。ビーム・ライフルとシールドを持つ両腕が塞がっている状況では、バズーカに持ち替える数秒が命取りとなる。だが、360°全方位の立体機動を可能とする無重力空間ならば、機体の向きをずらすことで持ち替える事なくバズーカの引鉄を撃つことが可能だ。指でトリガーを引く動作をせず、マシンのプログラムで動作させることで、ハイパー・バズーカを持たずに撃つことを可能とする……アムロ・レイの得意とする奇襲だった。

 普通は、背中を敵に向けたまま攻撃などできるわけがない。だが、アムロならばできる。まるで後ろに目がついているかのようなスムーズな動作で、バズーカの弾頭はバルブスへと飛び……バルブスのバックパックごと、機体を爆炎させたのだ。

 

ハリソン

「な……」

マーガレット

「嘘、でしょ……」

 

 空いた口が塞がらないとはこのことだ。少なくとも、こんなことができる人間をハリソンも、マーガレットも知らない。

 本物のニュータイプ。今戦っているサルも、先ほどまで戦っていたバイオ脳も、この男には敵わない。敵うはずもない。それを彼らは、本能で理解する。それに、そんなアムロの動きを完全に信頼してフォワードに出たシャアにもだ。

 そしてすぐに、アムロもシャアと合流する。彼の乗るモビルスーツは、ゼータではなかった。ゼータよりも全体のディテールはシンプルに、しかし右肩に巨大な放熱板を持つ白いモビルスーツ。

 νガンダム。かつてアムロ・レイ本人がシャアとの決戦のために用意した、記録上最強と言われるガンダムの姿がそこにあった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 ジュドー達の後退を守りながら、ダンクーガはバックパックの巨大なキャノン砲。断空砲を放つ。受ければ忽ち、バブルスなど炭も残らず消し飛ばしてしまえる超火力だ。だが、敵はダンクーガの動きを察知したかのように散り、断空砲は無の宇宙空間を焼くに止まる。

 

「クソッ! サルどもめ、すばしっこいぜ!?」

アムロ

「だが、これで敵の注意はダンクーガに向いた。そこだっ!?」

 

 νガンダムのビーム・ライフルが、的確にバブルスのコクピットを撃ち抜いた。アムロ・レイは殺気に対し敏感な男だ。殺気を向ければ、防衛本能のままに迎撃する。「殺さないように」などという加減ができるほど、アムロは器用な男ではない。

 

サル

「キッ……!?」

 

 断末魔の悲鳴をあげる間もなく、サルが爆死する。群れの仲間を殺された。その事実がしかし他の猿の本能を刺激し、サル達の敵意はさらに過激になっていく。

 

アムロ

「チッ、邪気がないぶんやりにくい!?」

 

 バルブスが3機、νガンダムに迫った。4つ腕のビーム・ライフル。それが3機。計12発のビーム・ライフルの同時攻撃がνガンダムを襲う。

 

アムロ

「フィン・ファンネル!?」

 

 νガンダムの放熱板……フィン・ファンネルがバラバラに射出され、νガンダムを覆うように取り囲む。そして、フィン・ファンネルから放たれるミノフスキーバリア……Iフィールドが、バブルスのビーム・ライフルを霧散させていく。

 

サル

「キキィッ!?」

 

 フィン・ファンネル。νガンダムの最大の特徴とも言うべきそのファンネルは、ビーム・バリアをガンダムの周囲に展開する機能を持っている。乱戦になれば、機体を守る手段は多い方がいい。かつての戦争において、アムロはこの機能に命を救われたこともあった。

 バルブスはνガンダムのビーム・バリアに驚き、逃げていく。しかし、それを追うようにしてフィン・ファンネルはバリア・モードを解除しファンネルとして飛散。バルブスを追い、四方からの波状ビーム攻撃を仕掛けてまたバルブスを撃墜していく。

 

サル

「キィーッ!?」

 

 仲間を次々と殺され、サル達は逆上する。νガンダムに向かってはビーム・ライフルを乱れ撃ち、アムロはその悉くを回避していく。それは、あまりに鮮やかな戦いだった。野生のままに戦うサルを、その本能を察知し先回りする……人の気配もサルの気配も、本質的には変わらない。というように。

 

アムロ

「次から次へと、また来るかっ!?」

 

 νガンダムは万能のマシンだが、完全ではない。いや、完全なマシンなどありはしない。ファンネルを飛ばしている間、本体は至ってシンプルなモビルスーツでしかない。だが、そのシンプルさを突き詰めたものこそがνガンダム。

 避けられない攻撃をシールドで防ぎつつ、ビーム・ライフルで迎撃するνガンダム。だが、サル達もアムロの殺気を察知しその射線から退避する。

 

アムロ

「そこだっ!」

 

 しかし、アムロの方が一枚上手だった。サル達が退避したその射線上。そこには……

 

シャア

「落とさせてもらう!」

 

 シャア・アズナブル。赤い彗星の乗る真紅のモビルスーツ・サザビーがいたのだ。サザビーの腹部から放たれたメガ粒子砲が、一直線に並んでしまったバルブスを次々と落としていく。

 

サル

「ウッキィィィィィッ!?」

 

 激昂しつつもしかし、サルは狡猾だった。アムロとシャア。二人には勝てないと直感したサル達のバルブスは、νガンダムとサザビーから離れてアルカディア号へと軌道を向ける。

 

シャア

「奴らの知能は人間に負けていないというが、どうやら本当のようだな!」

 

 兵の戦いで埒があかないのならば将の首を取ればいい。それは兵法においても鉄則だ。生き残ったバルブスがアルカディア号へ向かうのは、彼らが兵法を理解しているということに他ならない。

 

アムロ

「チィッ!? ファンネルの残弾は残りわずか、どうするシャア?」

シャア

「問題ない。アルカディア号には、彼がいるからな」

 

 シャア・アズナブルが、未来を感じたニュータイプ。もし、それを彼に伝えれば、彼は自分はニュータイプなんかじゃないと否定し、固辞するだろう。だが、彼のような存在が……ニュータイプとしての感覚と、人間的な逞しさを併せ持つ者がシャアの時代にもっといれば、歴史は変わっていたかもしれない。そう、思わずにはいられない少年が。

 シャアが応えると同時、髑髏の刻印が施されマントを羽織る、白と青に彩られたモビルスーツがアルカディア号から飛び出すのをシャアは、アムロは感じた。彼ならば、任せられる。そう、アムロも安心する。

 

アムロ

「そうか……。任せたぞ、トビア!」

 

 トビア・アロナクス。海賊の旗を掲げ、大冒険の真っ只中を駆け抜ける台風の目のような少年が、アムロ達の後に続いていた。

 

 

 

トビア

「へへっ、ウモン爺さん。オーティスさん、オンモさん……ありがとうございます!」

 

 生まれ変わったクロスボーン・ガンダムのコクピットの中で、トビアはひとり感謝の言葉を呟いた。ガンダムを生まれ変わらせてくれたウモン爺さんに。パーツを提供してくれたオーティスに。橋渡しをしてくれたオンモに。

 トビアのクロスボーン・ガンダムの見た目は、スカルハートから大きくチェンジしている。

 今、トビアの乗るスカルハート……改め、クロスボーン・ガンダムX1パッチワークは、胴体を中心したそれまで黒を基調としたカラーリングの施された部分を、ネイビーブルーにまとめ上げられている。これは、かつてデビルドゥガチとの戦いの際、トビアが愛機としたクロスボーン・ガンダムX3の色だ。

 

ウモン

「サナリィの倉庫の奥にな、しまってあったんだとよ。X3の予備パーツ。せっかくだから修理するついでに、X3のパーツをいくつか使わせてもらったのよ。へっへっへっ」

 

 X3。かつての愛機の魂が今、この生まれ変わったX1には宿っている。キンケドゥ・ナウから譲り受けた器に、トビア・アロナクスの魂。パッチワークと名付けられたクロスボーンは今、真の意味でトビアの愛機となった。そんなパッチワークに今、サルの乗るバルブスが3機、近づいている。

 

トビア

「本当に、すばしっこいなこいつら。でもっ!」

 

 パッチワークはそのまま、スピードを上げる。の一機がパッチワークの背後へ回り込もうと旋回したその時、マントの中に隠れていたシザー・アンカーがその後ろ腕を掴む。

 

サル

「キ、キキィッ!?」

 

 応戦し、ビーム・ライフルを斉射するバルブス。しかしクロスボーン・ガンダムはその右腕を掲げると、ビームは霧散していく。Iフィールドハンド。ビーム・バリア発生装置そのものを搭載する掌。X3に実験的に取り付けられたその腕が、X1を……トビアを守っているのだ。

 

トビア

「X3の腕を持つこいつに……ビームは、効かない!」

 

 νガンダムのフィン・ファンネルのように、全身を守れる装備ではなくあくまで守れる範囲の限られる小型バリア。だが、突撃戦法を得意とするトビアにはこのくらいで丁度いい。

 

トビア

「い・ま・だ・ぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 虚を突かれたサル達めがけ、パッチワークは右腕に装備されたS字のフックを掲げる。フックシールドと呼ばれる、戦闘用ではなく作業用の一般的な備品だ。だが、スペースデブリの広がる宇宙空間ではこれほど頼りになる装備はない。何しろ危険地帯ばかりの宇宙で作業するための、マルチツールなのだから。クロスボーン・ガンダムX1パッチワークはシザー・アンカーを振り回し、捕まえたバルブスをそのままブン回す。まるでアマクサのハイパー・ハンマーの要領で、巨大な質量兵器と化したバルブス。周囲のサル達はクロスボーン・ガンダムの描く弧をうまく躱していくが、中には虚を突かれたようにバルブス同士で激突するものもあった。そして、激突したバルブスがさらに無軌道に飛び跳ね、別のバルブスと玉突きを起こす。

 

サル

「キィッ! キキィッ!? キィ…………」

 

 玉突きを起こしたサル達は、衝撃で伸びてしまったのかそのまま動かなくなった。その間にトビアはバルブスの四肢をビームダガーで切断すると、アルカディア号へ通信を入れた。

 

トビア

「サルの回収は任せます。たぶん、まだ生きてるやつもいると思うんで」

オルガ

「放っておいてもいいんじゃないのか?」

トビア

「そういうわけにもいきませんよ。自然環境の破壊や汚染で、類人猿の多くは絶滅危惧種なんですから。それに、サルだからってここで放っておくのは、寝覚めが悪いですからね」

 

 苦笑して言うトビア。オルガは「そういうもんか……」と納得し、ハーロックもそれに頷いた。

 

ハーロック

「……よし、各機を回収後我々は衛星Eに乗り込む。中がどうなっているのかわからん。各員、気を引き締めろ!」

 

 ハーロックの号令。それを了解すると、サルのモビルスーツを回収しながらサザビーはアルカディア号へと帰投する。息があるのは、理解できた。だが、戦意を完全に喪失していることも。

 

シャア

「……お前達は、本当にニュータイプだったのか?」

 

 そんなサル達を眺め、シャアはひとりごちる。結局、サル達がニュータイプだったのか。その結論はでていない。

 

アムロ

「シャア……」

 

 ニュータイプ。思えばシャア・アズナブルという人間の人生は、多くのものに縛られたものだった。父ジオン。ザビ家への復讐。そしてニュータイプ。人類がニュータイプへと進化していく世界。シャア・アズナブルが夢見た理想を、もしかしたらこの猿達のコミュニティは形成していたのかもしれない。

 だが、問うても答えはでない。だからシャアは、無言でサルを回収しアルカディア号へ戻るのだった。

 

…………

…………

…………

 

 

—衛星E—

 

 

 衛星E。その内部は今、地獄と化していた。ブルック・カバヤンが開けた開かずの間……。そこに眠っていたサルたちが目を覚まし、無秩序に暴れ回っているのだ。

 

ブルック

「助け、助けてくれぇっ!?」

 

 豚のような鼻を詰まらせながら、ブルックが呻く。クダル・カデルは一人で我先にグシオンで逃げていった。あんな恩知らずだとは思わなかった。次に会ったときはただじゃおかないなどと考える暇もなく、サルたちは荒れ狂い、ブルックはサルの大群に押しつぶされていた。

 

サル

「キキィッ! キィッ!?」

 

 サル達からすれば、ブルワーズは縄張りに侵入した部外者。徹底的に痛めつけて死に至らしめるつもりだろう。サルのうち一匹が、モビルスーツ・パイロット用のヘルメットをブルックに叩きつける。鈍い音と、してはいけない音がした気がする。

 

ブルック

「クソッ! どうして俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ! たかだかガキどもを攫って売り買いして、商売してただけじゃねえか!?」

 

 既に衛星の中は、サルどもに支配されている。猿の衛星。この星はサルのものなのだ。海賊船の中にまで押し寄せる猿を、惰弱で下等な人間にどうすることができようか。サルの腕力は、暴力は人間などよりも遥かに上なのだ。しかもサルはモビルスーツを操縦できるほどの知性を有している。もはやそれは万物の霊長であると言って差し支えない。

 なんとか逃げようと、ブルックは命からがら自分の船まで引き返した。しかし、待っていたのは既に大量の猿が船内にまで雪崩れ込み、人を襲う地獄絵図だった。

 

ヒューマンデブリ

「ヒッ、来るな……来るなッ! うわぁぁっ!?」

ヒューマンデブリ

「何だよ、何だよこれ!?」

 

 わけがわからない状況に狼狽える奴隷のガキども。煩い、何かと聞きたいのはこちらの方だ。

 

ブルック

「な、何やってやがる! とっととサルどもを追い出せ……ぬぉぁ!?」

 

 後ろから、手の長いサルに首を締め付けられる。忽ち呼吸が苦しくなるのを、ブルックは感じる。

 

ブルック

「く……そ……」

 

 首の骨が折れる音が、聞こえる気がする。終わりだ。一貫の終わり。ブルック・カバヤンの人生はここで終わるのだ。そう、猿の衛星で。

 ブルックは最期の瞬間、神に祈った。生まれ変わったら、今度は順風満帆な人生を送りたいと。ほしいものを何でも手に入れ、弱い奴らを踏みつけ、自由にできる。そんな人生を今度こそ。もしも、生まれ変わりというものが本当にあるのならば……。

 だが、ブルックの首を締め付けていたサルは突然、力なく項垂れブルックを解放してしまう。何が起きたのか、ブルックは理解できていなかった。だが、自分が助かった。それだけは、はっきりと理解できる。

 

ブルック

「はッ……ハッ……ウッ」

 

 荒く呼吸し、むせる。そして、ブルックが見上げた先には……。

 

ハーロック

「無様なものだな。ブルック・カバヤン」

 

 キャプテンハーロック。あの隻眼の男が堂々と立ち構えていた。倒れたサルは、眠っている。見れば、パイロットスーツを着た一団が麻酔銃のようなものをハーロックの脇で構えていた。

 

マーガレット

「……これを全部、殺さないようにってのは骨が折れそうね」

沙羅

「だね。でもまあ、仕方ないさ。貴族様の頼みだからね」

シェリンドン

「……はい。ありがとうございます皆様」

 

 マーガレット達に守られながら、シェリンドン・ロナが猿の衛星を進んでいく。それはそれとして、ブルック・カバヤンは今尚追い詰められていた。

 

ブルック

「キャ、キャプテンハーロック……」

オルガ

「俺もいるぞ。ブタ野郎」

 

 キャプテンハーロックと、オルガ・イツカ。天敵の中の天敵に睨まれ、ブルックは今まさにヘビに睨まれた蛙。

 

オルガ

「てめえには色々と聞かなきゃならねえことがあるみてえだからな。どうしててめえらが、木星軍とやらのモビルスーツを使ってたのかも含めてな」

ブルック

「クッ……!?」

 

 オルガ、イツカに片目で凄まれ、ブルック・カバヤンは狼狽えた。ハーロックの有無を言わさぬ視線と、オルガの恫喝する視線。そのどちらも、嘘や駆け引きといったものの通用しない瞳だ。

 

ブルック

「わ、わかった……。観念する。だから、命だけは助けてくれ」

ハーロック

「助かるかどうかは、今後のお前の働き次第だがな」

 

 ブルックの懇願を切って捨てたハーロックの視線は、既にその俗物にはなかった。視線の先にいるのは、荒れ狂う猿の前へと気丈に踏み出した一人の少女。

 

サル

「キキィッ! キィッ!?」

 

 新たな乱入者の登場に。サル達がいきり立つ。奴隷のように扱われ、そして今サル達から逃げ惑っていた子供達の視線も吸い込まれるように少女……シェリンドン・ロナへと向かっていった。

 

トビア

「シェリンドンさん、どうする気なんだ……?」

ジュドー

「猿の群れに踏み込むなんて、あのお嬢さん気でも触れたの?」

 

 愛機のコクピットの中で、ジュドーもトビアもその後継を中継越しに見守っている。シェリンドンは、そんなトビアの視線を感じたのかフッと口元を綻ばせると、それから瞳を険しくしてサル達へ言い放った。

 

シェリンドン

「整列なさい!」

 

 口で出たのは、少女の小さな叫びだ。だが、その言葉から放たれるプレッシャーは尋常なものではない。ジュドーも、トビアも、アムロやシャアでさえ脳裏に電撃が迸るほどの衝撃を、少女の言葉から感じ取る。そしてそれは……

 

サル

「キッ…………!」

 

 サルですら例外ではなかった。

 

シェリンドン

「あなた達は、優れた能力を持っています。おサルさん、もしかしたら、あなた達こそが真の意味で、ニュータイプと呼ぶべき存在なのかもしれません」

 

 その言葉には、慈しみすら感じられる。あれだけ衝撃を受けていたサルに対して、シェリンドンは慈愛の心で言葉を説いていた。それは、陳腐な言葉かもしれない。しかし、シェリンドン・ロナという少女がそれを語ることで、言葉の奥に潜む心に、サル達は触れることになる。

 

シャア

「これが……母性か……」

 

 気付けば、サル達は暴走をやめ、シェリンドンの前に並び、傅いている。まるで、ジャンヌ・ダルクに率いられた騎士のように統制された動きで、サル達はシェリンドンの下へと集っていた。

 

シェリンドン

「あなた達は、真のニュータイプです。ですがその力の使い方をまだ、わかっていないだけ……。だから、これから私の下でしっかり学びましょう?」

 

 そういって、にこやかな笑みをサル達に向けるシェリンドン。サル達は、その笑みに魅入られたかのうに両手を上げ、人間で言うところの万歳のポーズをする。そして、

 

サル

「ウッキィィィィィッ!」

 

 新たなボスの到来を、心より歓迎していた。

 

 

…………

…………

…………

 

—衛星E/海賊船内部—

 

 

カンナ

「…………終わったの?」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた猿の衛星で、少女は一人物陰に隠れて全てをやり過ごしていた。こんなところで、あんなわけのわからない奴らに殺されてたまるものかと懐に忍ばせたナイフを少女は握り締め、おそるおそる外の様子を見やる。

 そこにあったのは、少女の想像力を超えた光景だった。サル達を率いた少女が、サルを更新させて船内を歩き回っている。そして、自分や同じ境遇の子供達をいじめ抜いていた大人のボス……あのブタみたいな鼻をした大男が、隻眼の男と前髪の長い男に捕らえられていた。

 

カンナ

「…………何、これ」

 

 海賊同士のいざこざで、あの豚野郎が負けたというのならそれはそれでいい。問題なのは、あの隻眼の男達はこの船の備品……つまり自分達のような子供達をどう扱うかだ。あの豚と、その隣にいた大男は自分達を「ヒューマンデブリ」「宇宙のゴミ」そう呼び罵っていた。実際、死んでも誰も顧みてくれない命などゴミ同然だろう。とカンナは納得したが、それでもゴミ呼ばわりされる筋合いはないと……自分には、カンナと言う名前があるんだと声を上げ、殴られ続けていた。

 もしあの隻眼の海賊がまた、自分をゴミ同然に扱う奴隷商人なら……今度こそこの手で殺す。このナイフは、そのためにずっと隠し持っていた銀の刃だ。

 

カンナ

(殺す……。殺さなきゃ……)

 

 自分は永遠に、ゴミのままだ。自分は少しだけ、機械いじりを習ったことがある。だから今日まで、労働力として生きてこれた。そうでなければ、きっと今頃もっと凄惨な状況になっていたに違いない。そういう意味で、カンナはもう顔も思い出せない両親に感謝していた。多少ながら、機械いじりを教えてもらって。

 隠し持ったナイフの手触りを確認し、ゆっくりと、息を殺しながらカンナは、忍び足で歩き出していた。今度こそ、自由になるんだ。そのためには、殺さなきゃ。

 一歩、二歩。三歩。少しずつ忍び寄るカンナ。殺すべき男は2人。隻眼の男と、前髪の男。2人を殺したら、そうしたらついでにあの豚男も殺そう。今まで痛めつけてくれた分の落とし前だ。既に、カンナの脳内は殺意でいっぱいになっていた。そして……。

 

マーガレット

「何してるの?」

カンナ

「あ…………」

 

 背後から、声をかけられた。ビックリして、ナイフを落としてしまう。カン、という金属音だけが無機質に、廊下に響いた。

 

カンナ

「あ……! ……!」

 

 見覚えのない女性だった。この船には少数の男以外は、拐った子供か買われた子供しかいないのだから、大人の女の人というものをカンナはしばらく見ていなかった。女性の視線は、ナイフへ移る。言い訳を考える余裕など、なかった。反抗の意志であるナイフを見られてしまったのだから。殴られる、殺される。そんな危機感だけが募る。

 

カンナ

「…………!」

 

 だから、カンナは女性を……マーガレットを睨み付ける。反抗の意志を、自由を勝ち取るんだという心までは摘み取られないために。媚び諂えば、心は死ぬ。それをカンナは、本能で知っている。

 

マーガレット

「…………」

 

 そんなカンナの視線を受けて、女性……マーガレット・エクスはその栗毛色の髪を困ったように掻き撫でた。この少女が所謂ヒューマンデブリ。それに近い境遇の子供であることは、その目でわかる。そうでなければ、こんな海賊船にまだ小学校も卒業していないだろう歳の女の子がいるはずもない。

 

マーガレット

(それに……)

 

 マーガレットは、少女……カンナの全身を改めて眺めた。ボサボサの黒髪。目には隈が見え隠れし、垢も煤埃もひどい。それに、簡素な襤褸を纏ったその衣服から見え隠れする手足は、満足な栄養が行き届いていないことを端的に表すほど痩せていた。

 野犬のような瞳でこちらを睨むのにも、頷ける。マーガレットが感じたのは、懐旧だった。幼い頃、あの治安の乱れたニューヨークで暮らしていた頃。その日を生きるためのパンを手に入れるために、マーガレットもああいう目をしていた。だからだろうか、マーガレットは無言でパイロット・スーツのポケットに腕を突っ込むと、そこから包み紙に包まれたチョコレート・バーを一本取り出す。

 

マーガレット

「……食べる?」

カンナ

「え…………?」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったように、目を丸くするカンナ。だがしかし、すぐには手を伸ばさずまじまじとマーガレットの顔を見つめる。それから、しばらくの後に、

 

カンナ

「……毒じゃ、ない?」

 

 と、たどたどしい英語でそう訊いた。

 口調こそたどたどしかったが、その訛りは西部のものだとマーガレットにはわかる。アメリカ西部。数年前、ムゲ・ゾルバドス帝国の支配地域となっていた場所だ。もしかしたら、この子はあの戦いで身寄りをなくして気付けばこうなってしまったのかもしれない。そう、マーガレットは理解する。

 

マーガレット

「毒なんて入ってないわ。ほら」

 

 そう言ってチョコレート・バーを半分に折ると、片方を自分の口に入れるマーガレット。それを見てようやく、カンナはチョコレート・バーに手を伸ばしそして、受け取るのだった。

 

カンナ

「……おいしい」

マーガレット

「でしょ?」

 

 もぐもぐと、口に入れていくカンナ。その様子を見て、マーガレットはフッと笑う。

 

マーガレット

「ねぇ、名前は?」

カンナ

「……カンナ。カンナ・ヘリオトロープ」

マーガレット

「そっか。綺麗な名前ね」

 

 綺麗な名前。それは素直な感想だった。夏に咲く紫色の花。花言葉は確か、献身。

 

マーガレット

「私はマーガレット。マーガレット・エクス。よろしくね」

 

 そういって、マーガレットはその場に座り込む。それからもう一度ポケットを弄ると、カラスのキャラクターが描かれた小さなヘアピンを、カンナの髪に翳した。

 

カンナ

「これは……?」

マーガレット

「お守りよ。カンナにあげる」

 

 お守り。言われてカンナは不思議そうに首を傾げる。確かに、カラスのヘアピンがお守りと言われてもピンと来ないだろうとマーガレットは苦笑し、言葉を続けた。

 

マーガレット

「私の祖先は、ハワイに住んでたらしくてね……ハワイ、知ってる?」

カンナ

「……ん」

 

 コクリ、と頷くカンナ。

 

マーガレット

「ハワイにはね。アウマクアっていう先祖様が動物の姿になって、守ってくれるっていう言い伝えがあるの。私の生まれはニューヨークだから、あんまり詳しいことは知らないけどね」

 

 ただ、マーガレットの血筋を辿ればハワイ州に長く住んでいた一族の血が通っていることだけは、確かだとマーガレットは伝え聞いている。自分の外見的な特徴も、多種多様な民族が暮らしていたハワイで血筋を重ねた結果なのだと、幼い頃に死んだ母はそう、マーガレットの栗毛色の髪を見て言った。自分の髪や瞳は母譲りだからそうなのだろうと、マーガレットも理解していた。

 

マーガレット

「……それで、私のご先祖様はカラスの姿を取ってくれるんだって。カラスの姿をした守護霊なんて、笑っちゃうでしょ」

カンナ

「…………」

 

 カンナは、笑わなかった。ただ、話を理解できていない。という風ではなかった。おそらく、そこそこの教育は受けていたのだろう。だからこうして、労働力にされていたのかもしれない。

 

カンナ

「……でも、いいの?」

 

 大事なお守りなんでしょう。と、カンナは訊く。先ほどまであった警戒心が和らいでいるのを、マーガレットはその視線で感じた。

 

マーガレット

「いいのよ。だけど、ひとつだけお願いしていい?」

カンナ

「…………?」

マーガレット

「カンナ、私の妹になってくれる?」

 

 どうしてそんな言葉が出てしまったのか、マーガレットにもわからなかった。ただ、この子を放っておきたくなかった。昔の自分そっくりな目をした、傷だらけの少女を。

 

カンナ

「どうして……?」

 

 当然のことを、カンナは訊いた。マーガレットが返事に困っていると、カンナは言葉を続ける。

 

カンナ

「ゴミなんかを妹にして、いいの……?」

マーガレット

「…………!」

 

 ゴミ。ヒューマンデブリというオルガから聞いた話が脳裏を過ぎる。カンナは、そういう扱いをされ続けていたことを、その一言が物語っていた。だからマーガレットはその手を伸ばし、優しくカンナを抱き寄せる。

 

マーガレット

「カンナは、強い子だね。ずっと、耐えてたんだね」

 

 この地獄の世界を。きっとマーガレットよりもずっと、過酷な人生をこの子は経験しているのだ。マーガレットの、半分くらいしか生きていなさそうなこの子は。

 

マーガレット

「カンナは、誰よりも幸せになる権利がある。だから、あなたの幸せを近くで感じたいの。それが理由じゃ……ダメ?」

 

 カンナはしばらくの間、無言でマーガレットの胸の中にいた。それから少しの間があって、

 

カンナ

「……嫌じゃない。ゴミのまま死んじゃうんだって、ずっと思ってた。だから、」

 

 そんな自分が幸せに、なっていいのなら。

 

カンナ

「マーガレットの、妹がいい」

 




次回予告

トビア
「ブルワーズの頭領を捕まえて、衛星の調査をする俺たち。そこで俺たちは、木星軍が月の不可侵領域にマスドライバーを建造し、地球をダインスレイブキャノンで狙い撃つ計画を展開していることを知った。マスドライバー破壊のため、月に戻るアルカディア号。だがそこに、ガンダムグシオンと、クロスボーン・ガンダムを恋人の仇と付け狙う木星の女戦士が立ちはだかる! 次回、『そして今宵、エウロペはゼウスの下より降る』来週も海賊らしく、いただいていくっ!」
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