—???—
ショット・ウェポンの魂は、ワーラーカーレンへ還ることを許されなかった。魂だけが永遠にこの宇宙を彷徨い、その意識は死すらも許されることはない。魂の救済を許されなかった青年は、その骸の中で苦しみと、憎悪を募らせていた。
──許せない。
自分をこんな目に合わせた全てが。地上。バイストン・ウェル。聖戦士。全てのものをショットは恨み、その憎悪は陽炎のように揺らめいてはしかし、オーラロードの狭間で誰にも感知されることなく漂っていた。
──どうして、自分がこんな目に。
理由は明白だった。魂の安息の地でもあるバイストン・ウェルを戦場にし、そして地上とバイストン・ウェル全てを戦火の中に陥れたショットは、救済から拒まれるという形で死後、その罪を贖うことに決定されたのだ。
それはジャコバ・アオンすらも預かり知らぬ、世界の仕組みというものかもしれない。東洋ではそれを因果応報と呼び、ショットが生まれ育った地に根付く宗教ではゲヘナと呼ばれるものなのかもしれない。
最後の審判からも弾かれた永遠の地獄。そこでショット・ウェポンは永遠の責苦を受けることになっていた。
──苦しい。
その声を聞くものはいない。ショットの魂は永遠に、救われることはない。それは例えこの宇宙が死を迎え、次の輪廻が始まったとしても終わることはない。その、はずだった。
──鴉。
一羽の鴉が、ショットの魂を見つめていた。ショットの願いが通じたのか、或いは。鴉は羽ばたき、その弱く、脆弱な魂を啄む。まるで心臓を貫かれるような痛みが、ショット・ウェポンの魂を貫いた。
──あなたの力を、私に頂戴
声がする。しわがれた老婆の重い、しかし少女のものだとはっきりわかる声。その声は、鴉から響いていた。
──何でもする。だから、助けてくれ!
それは、懇願だった。少女の声がショットの魂全体に染み渡っていく。それは、契約だった。
──ハ・パヒ
その言葉と同時、ショット・ウェポンの魂は鴉の中で溶け合い、そして…………。
…………
…………
…………
—東京湾—
老人
「しっかし、パブッシュ国ねえ……」
世界を揺さぶるほどのニュースが起きたとして、大多数の民衆にとってそれは対岸の火事だ。危機意識のなさ、当事者意識の薄さというものはどれだけ時代が変わっても、衆愚というものの性であろう。それが、旧世紀から宇宙世紀にかけての消費文明を助長し、未来世紀62年現在も多くの問題を先送りにする結果となっている。この老人もそんな民衆の例に漏れず、新聞の一面を眺めながら釣り糸を垂らしていた。ガンダムファイトにより傷つき続ける地球。その権威を取り戻すというのならば良い話ではないか。というのが老人の抱いた感想だ。ミケーネ帝国が攻めてきている今ですら、コロニーに上がったエリートどもは地球のことをロクに考えもしない。そんな奴らに政治を任せるというのも、癪な話だ。と、その程度に老人は考えていた。
と、釣り糸が大きく揺れるのを見て老人は新聞紙から釣竿に視線を移す。しかし、揺れているのは水面だけではない。大地、空、空気……。森羅万象に属するあらゆるものが揺れていることにこの愚かな老人は、その時になってはじめて気がついた。そして、直後のオーロラ光。眩いばかりの輝きは目を奪い、そして次の瞬間、光の中から現れるのは巨大な戦艦。戦艦。そう老人が理解したのはその細部が、子供の頃に模型で作った大和に似ているように感じたからだ。
老人
「な……な……!?」
ホウジョウ軍のオーラ・バトル・シップ。フガク並びにキントキはこの日、オーラロードを突き抜けいち早く、地上へと進出したのだ。
コドール
「この光……。この空気の香り。これが、地上界か!」
フガクの艦内で、女王コドールが第一に感じたのは、バイストン・ウェルにはない活気に満ちた空気だ。豊かな静寂がたゆたうバイストン・ウェルと比べ、地上の空は輝いている。そして、立ち並ぶ建造物の出立ちも未来的なフォルムを持ち、物珍しい。何よりもコドールを驚かせるのは、オーラ・エンジンを使用していないにも関わらず動いている機械……車や船舶、飛行機といったものに溢れている。それはサコミズ王やショット・ウェポンからの知識で知ってはいたが、やはり珍しくコドールをときめかせるものだ。
コットウ
「確かなのか?」
ホウジョウ兵
「はっ、王はオーラロードで、迷われたものと……」
そもそもこの計画は、サコミズ王にショット・ウェポンが打診したものだ。憎しみのオーラ力をオーラエンジンに吸わせ、絶大な憎悪を持ってハイパー化させる。それほどのオーラ力を持ってすれば、オーラロードは開くと。そのために王は自ら囮になりマスターガンダムを引きつけ、反乱軍の拠点にフガクで殲滅戦を敢行した。女子供、負傷兵などの区別なく焼き払う。それにより反乱軍に満ちる負のオーラ力を利用する。それを決行したのはサコミズ王だが、王はそのオーラロードで迷った。
オーラロードで迷えば、生き死にも確認できない。そう言い伝えられている。そのような目に夫であるサコミズ王が遭っているとなれば……。
コドール
「なんたる吉報か……!」
ショット
「…………」
女王が醜く口角を歪めるのを、ショット・ウェポンは見逃さなかった。
—原子力空母パブッシュ—
バイストン・ウェルのホウジョウ軍が地上へと浮上した。そのニュースは瞬く間に知られることになる。昨年起きた東京上空事件。太平洋を舞台にしたドレイク・ルフト戦争。そして岩国で起きたリーンの翼の権限。オーラマシン、バイストン・ウェルに関わる事象は既に、世界国家にとっても無視のできない事案だった。そしてそれは、パブッシュのエメリス・マキャベルとて例外ではない。
マキャベル
「ホウジョウ軍のオーラバトラーの様子は?」
Mr.ゾーン
「ハッ、既に東京へ侵略を開始し、都市部を中心に攻撃を仕掛けている模様です」
それは無論、予想されうる事態だった。だがレンザンのガルン司令と密約を交わしたマキャベルとしては、ホウジョウの戦力は是が非でも取り入れたいものである。
アレックス
「日本政府の解答は?」
アメリカ兵
「現在、解答を保留中……」
パブッシュ艦隊は、コロニー国家との戦争に勝ち抜かなくてはならない艦だ。故に、地球全土の戦力を手中に集める必要がある。そう考えたマキャベルは宣言の後、真っ先に日本政府へと打診した。目的は、2つ。
一つは科学要塞研究所を中心としたスーパーロボット研究機関を、パブッシュ艦隊の補給拠点として開放すること。グレートマジンガーを含むスーパーロボット達の徴収までは、マキャベルは手を伸ばさなかった。彼らはミケーネ帝国を中心としたノミどもと戦ってもらわねば困る。そのために泳がせるという判断だ。
もう一つは、国連軍極東基地に秘匿されている龍……。宇宙戦艦ガンドールの徴収。ムゲ・ゾルバドス帝国との戦いで一度姿を現したとされる幻の決戦兵器を日本は未だに隠している。それはマキャベルにとって、許せないことだった。
来たるコロニー国家との戦いにおいて、ガンドールは切り札になる。Mr.ゾーンによりもたらされた並行世界の技術と、ホウジョウ国のオーラマシン。そしてパブッシュの核弾頭。そこにガンドールが加わればパブッシュは、宇宙最強の軍事艦隊となることも夢ではない。だからこそ、これからの戦いのために必要なガンドールを手に入れるため、パブッシュもまた日本の領海内へと踏み入れていたのだ。
マキャベル
「日本は相変わらずの日和見か……」
そんな中で、ホウジョウの主力艦隊が現れたとなれば座して待つだけというのも気に入らないのがマキャベルだった。
マキャベル
「ガルン司令、ホウジョウ国は味方になってくれるな?」
ガルン
「当然です。サコミズ王はニッポンやアメリカに恨みを晴らしたいのですから」
マキャベル
「結構」
不敵に笑みを浮かべてみせると、マキャベルはガルンにホウジョウ国のオーラ・バトル・シップ……フガクへと連絡を取り継ぐように依頼する。ここからが忙しくなる。そう言ってエメリス・マキャベルはその笑みを不気味に歪めるていた。
…………
…………
…………
—東京湾/オーラシップ・フガク艦内—
そして今、エメリス・マキャベルはアレックス・ゴレムとレンザンのガルンと共に、コドール・サコミズはコットウ・ヒンを伴って同盟のための協定を交わしている。ホウジョウ国の旗艦・フガクは今、そのために東京湾に停泊していた。
以前、エイサップら地上人がサコミズ王により会食に招かれた席で、コドールとマキャベルは互いに顔を見合わせ、腹の内を探り合っている。
コドール
「……それで、日本政府の解答は?」
マキャベル
「それが……攻撃しているホウジョウ軍を我々が攻撃した後でなら、計画に参加してくれると」
真っ赤な嘘である。日本政府は現在、回答を保留している。しかし、それを知らぬコドールに対して恫喝を兼ねた牽制を。という腹だ。
コドール
「フンッ、ニッポン国の言いなりになって我が艦隊を叩こうと言うのなら、こちらにも必殺兵器というものはございますよ?」
これもまた、ブラフ。しかしその見え透いたブラフを笑って受け流し、マキャベルは続ける。
マキャベル
「いやいや。承知しておりますから、レンザンとは協力し合っているのです」
コドール
「フフ、よろしい。共益のためにお互い利用し合う。本来の交渉の姿です。同志と呼ばせていただきましょう」
アレックス
「…………」
まるで狂言だ。そう、アレックスは青い瞳の奥でそう感じつつも、何も言えない自分に歯痒さを感じていた。
アレックス
(敏子さん……。エイサップ……)
本当に、これでいいのだろうかとアレックスは思う。マーガレット・エクス中尉や櫻庭桔梗中尉。アレックスが好感を抱いていた兵達はいつしかいなくなり、現在パブッシュ艦隊の戦力の中枢はヌビア・コネクションのシンパと“シンボル”に乗っ取られているといっても過言ではない。この状態で、マキャベルは初志を貫徹できるのだろうかと。
ここにホウジョウ国の戦力まで取り入れようとするマキャベルに、アレックスは危ういものを感じていた。
…………
…………
…………
—東京上空/キントキ艦内—
ホウジョウ軍の指揮を取るショット・ウェポンのもとに一人の男が現れたのは、丁度コドールとマキャベルの会談が進んでいるその頃だった。深い色眼鏡をかけた神経質そうな男は自らをフェーダー・ゾーンと名乗り、同盟の使者としてショットの下を訪れていた。
ショット
「ほう……。つまり貴殿は、最終的にホウジョウとパブッシュ。その双方を手中に収めるつもりなのか」
Mr.ゾーン
「それは人聞きが悪い。私が世界の全てを手に入れるのは、言わばさだめなのです」
曰く、黄金の女神。彼のいた世界に伝わる伝説の存在と邂逅したゾーンは、真理を授かったという。その野心に燃え滾る目をショットはな内心、疎ましく感じた。しかし、それをおくびにも出さずショットは話を促す。
ショット
「フ……。かつては私も野望に燃えた身。そして技師としての高い技術とプライド。なるほど、君が私に話を持ちかけるのも理解できる」
Mr.ゾーンは、自らがパブッシュとホウジョウを手中に収めた後の協力者を探していた。そして、ホウジョウ側の協力者としてショットを選んだ。
Mr.ゾーン
「私からの手土産です。これを、友好の印として差し上げましょう」
そう言って、ゾーンが提示したものを見てショットは目の色を変えた。
ショット
「おお、これは……!」
生体エネルギーの技術転用……即ちオーラ・エンジンの開発者でもあるショット・ウェポンには、それがどれほど素晴らしいものであるか一目で理解できた。これがあれば、サコミズ王のオウカオーや、或いは。
ショット
(ライラ……。私を蘇らせたあの少女をもだし抜けるかもしれない)
冷徹なショット・ウェポンの中に燻っていた野心の炎が、メラメラと燃えていく。あの頃を思い出す。ドレイク・ルフトの下で信用を勝ち取り、そして雌伏の時を待ち続けた日々を。
リビングデッドとして再び現世に肉の身体を得た時からずっと、ショットは雌伏の時を待ち続けていた。
ショット
(そうだ。俺は今度こそ……!)
それができなければ、何のために再び肉を得たのかわからない。恐らく、シャピロ・キーツもそうだったのだろう。輪廻の輪から外れ、まつろわぬ魂となった苦しみ。そして、死後の安寧すら許されぬその身を利用しようとするあの少女への叛意。全てを煮詰めて、ショット・ウェポンはクツクツと嗤うのだった。