—???—
シャピロ・キーツは、暗闇の中にいた。あの時、アムロ・レイの一撃を受けて自らの戦闘メカを大破させたシャピロは、そこで死んでいてもおかしくないはずだった。しかし、ヘリコンの地ではない暗闇の世界にシャピロは横たわり、眠っていた。
シャピロ
「ウ…………」
意識を取り戻したのは、彼の強い野性の力故だろうか。或いは。シャピロが起床し、周囲を見回すと目の前には、少女が座っていた。
赤い髪を長く伸ばした、12、3歳程の歳の頃に見える少女。その瞳もまた紅く、そして灼熱のように赤いドレスを着た少女は、シャピロを憐れむような目で見つめていた。
少女
「負けちゃったんだ、役立たず」
シャピロ
「貴様…………!」
しかし、言い返す言葉もない。ムゲ戦役において、月面基地で死の運命を免れられなかったシャピロの命を繋いだのは間違いなく、この少女なのだから。少女は、右手に持つ玉を弄る親指に力を込める。
シャピロ
「グッ、グゥゥゥゥゥ……」
少女
「あはは、お仕置き。ショットはうまくやってるのに、シャピロときたら」
嘲けるように笑う少女。シャピロは少女への殺意を明確に持っていた。しかし、自らの心臓を握られている状況では、迂闊な反撃などできはしない。
シャピロ
「覚えていろ小娘……。いずれこの私が神となり、貴様のような邪神の輩に神罰を下す。その時を楽しみにしているがいい。フフフフ、フハハハハハ……」
だから今は、こうして叛意を口にして笑い返すに留めるしかシャピロにはできない。自らに与えられた役目を果たすまで、この命は少女の奴隷人形なのだから。
だが、それでも愉しみが増えたのも事実。
シャピロ
(ダンクーガ……沙羅。それにアムロ・レイ……この私を虚仮にした罪を、その命を以って償ってもらうぞ。そして、その次が小娘、そして……)
ゾルバドス。その名前を口の中に押し殺し、シャピロは少女を睨め付ける。その殺意を、憎悪を受けた少女は愉しげに笑うと立ち上がり、踊るように歩き出す。
シャピロ
「どこへ行く?」
少女
「ちょっとね、気になることがあるの。あなたはまあ、しばらく好きにしてていいんじゃない?」
好きにしろ。そこには明確に「私を殺してみろ」という挑発が含まれている。それをシャピロは敏感に感じていた。
少女の行く先には、少女の燕尾色の衣服と同じように赤く、禍々しいマシンが鎮座している。少女はそのマシンの腰と腹の間……人間で言えば女性の子宮にあたる部分に存在するコクピットへ戻る。そして、そのマシンの髑髏のように窪んだ眼窩が妖しく輝き……漆黒の翼を広げて飛び出した。
残された者は、シャピロ一人。いや……。
シャピロ
「ククク……ライラよ。お前が何を望んでいるのかは知らぬ。だが、お前は俺を蘇らせた際にもう一つ、化け物を蘇らせたのだ。俺の心臓を握ったつもりならそれもよかろう。だが……ククク、フフフハハハハ…………」
混沌とも言うべき闇の世界の中でただ、シャピロの嗤い声だけが響いていた。その嗤いはやがて、全てを闇の中に消えていく。
…………
…………
…………
—ホウジョウ国/フガク艦内—
コドール
「王よ、あの地上人からリーンの翼の沓を取り上げにならないのですか?」
寝室で、妻コドールが呈した疑問はもっともではあった。しかしサコミズ王はフッ、と笑う。
サコミズ
「もし彼が本物の聖戦士であるならば、地上へ侵攻する際に役立つだろう」
コドール
「しかし、あのロウリ殿と金本殿はともなく……鈴木という地上人は侵攻そのものに否定的のようですが?」
コドールは莫迦ではない。むしろこのように他人を見る目は確かだ。そしてその才智をこそ、サコミズ王は惚れ込み後妻としたのだ。
サコミズ
「ああ。彼は必ずリュクスとリーンの翼の沓を持ち出してここを逃げ出すだろう。その時がチャンスになる」
コドールは聡い女だが、それでも王の考え全てを察知しているわけではない。だが、サコミズ王の言っていることの意味くらいは察する事ができたらしく、「ほう」と呟いた。
コドール
「エイサップが逃げるとすれば、アマルガンと共にいる地上人達の所……地上の情報や技術を手に入れるいい機会にもなる。ということですか」
サコミズは首肯したが、決して好きなやり方ではなかった。ただ、事態はサコミズが思っていた以上に混沌としているのを、彼はシャピロやショットを招き雇った時から察知していた。
サコミズ
(思えば、俺が小倉に落とされた原爆をリーンの翼で阻止した時からこの運命は決まっていたのかもしれん……)
サコミズ王がまだ、迫水真次郎として生きていたあの時、米軍の占領下であった東京を見た記憶を、思い出していた。空襲で焼けた大地はしかし、活気に満ちていた。地上に流れるりんごの唄は、現実を生きる日本人の、人間の強さを感じるものだった。
「これなら、日本は大丈夫」そう言い切れたはずだった。しかし、サコミズ王の心の奥底に溜まった感情は、全く違う……相反する心だった。
迫水は、バイストン・ウェルでアマルガンと共に戦ううちに実感として知ってしまっていた。迫水が所属していた日本軍は、迫水達を指揮していた上層部はガロウ・ランへ……醜い欲望の化身のようなものに成り果てていたのだと。だから、平気で若者の命を爆弾にするような作戦を立てることもできた。そんな戦争を続けて、空には戦没者の魂が……無念と嘆きのオーラ力が溜まっている。
鬼畜米英と、大東亜共栄圏と踊らされた無念の魂を忘れた日本など、自分の還るべき祖国ではない。そんな暗い心が、迫水真次郎を日本ではなく、バイストン・ウェルに帰還させた。
サコミズ
(にほんのひのまる なだてあかい おらがむすこの ちであかい。か……)
バイストン・ウェルに戻った後、迫水は同じようにバイストン・ウェルへ飛ばされた数人の地上人と共にバイストン・ウェルの文明開花に従事した。そして気づけば70年。かつての同志達は皆、このバイストン・ウェルの土へ還っていった。
そうでありながら、サコミズ王は今も健在である。志を同じくした者はもう、いない。
サコミズ
(だからこそ、シャピロが邪な野心を抱いていると知りながらも俺は、シャピロ・キーツを招いた。それは、地上の匂いを感じられる同志を探していたのかもしれん)
だが、そのシャピロは地上人との戦いから帰還していない。シャピロの裏にある邪な何か。それすらも地上へ帰るために利用する腹づもりだった。それはおそらく、西の大陸でオーラマシン開発に携わっていたというショットも同じであろう。
どれほど多くの邪悪が跋扈しようと、聖戦士の羽根を持ってそれを征伐し、地上を……日本を今度こそ真に平和な国にする。それこそが、迫水真次郎という日本人の、70年越しの未練だった。
サコミズ
「既に、ショットに指示を出している。明朝、地上人にシンデンの慣熟飛行をやらせる。その間に、鈴木君を試させてもらおう」
そう言って、王は寝台に横たわる。コドールは横たわる王の傍に座ると、その額を撫でた。
ひんやりと、冷たい感触が迫水を満たしていた。
…………
…………
…………
—ホウジョウ国/ギブロゲネ艦内—
アプロゲネの同型の旧式オーラ・シップ、ギブロゲネは、アプロゲネのアマルガンの部隊と合流すべく航路を取っていた。艦長を務める上半身裸の老武者ミガル・イッツモは、哨戒任務から帰った長髪の女性、マーベル・フローズンへ呼びかける。
ミガル
「マーベル殿、すまないがすぐに出撃してもらいたい」
オーラバトラー・ボチューンから降りたマーベルは、冷えたミルクを飲みながらミガルの言葉に耳を傾ける。
マーベル
「何かあったの?」
ミガル
「アマルガン殿からの救援要請だ。単身でフガクから逃走するオーラバトラーが一機。そのパイロット……聖戦士がリーンの翼の沓と、リュクス姫様を手中にしているらしい」
聖戦士。とミガルは一泊置き、口調を強めた。このヘリコンの地に生きる者にとって、聖戦士とはサコミズ王その人を指す。しかし、あえてサコミズの手から逃れる者を、聖戦士と呼ぶ。そこには、意味があるはずだった。
マーベル
「地上人?」
ミガル
「ええ。曰く、その地上人がリーンの翼を拓いたと……」
???
「ほう。それは捨て置くわけにはいかんな」
格納庫の奥から、老人の声がする。コツコツと足音を立ててミガルとマーベルへ近寄る老人にマーベルは一礼し、艦長であるミガルも背筋を伸ばす。
ミガル
「先生自らが、出ますか?」
???
「うむ、聖戦士と呼ばれるほどの男ならば……あの男も必ずやってくる」
あの男。それが何を指しているのか、マーベルは瞬時に理解する。サコミズ王。王直々に出撃するとなれば、激戦は必至。
マーベル
「そうなれば、急ぎましょう。アマルガンの部隊とのランデブーも戦場になるかもしれないわね」
ミガル
「ああ、ギブロゲネを急がせる。マーベル殿と先生は、先行して向かってくれ」
老人とマーベルは頷き、マーベルは自らのオーラバトラー・ボチューンのコクピットへ戻っていく。老人も、自らの愛機たる黒い機動兵器へと歩き出す。そして、老人の右手の甲が仄かに光り輝いていた。
???
(この輝きは………。急がねばならんのう)
老人は黒いマシンの中、気を引き締める。そして、マントのように閉じられた赤いウィングが開かれると、緑色のカメラアイがギラリと光り、ギブロゲネから飛び出していった。
…………
…………
…………
—ホウジョウ国/反乱軍のアジト—
槇菜
「エイサップ兄ぃ……」
アマルガン・ルドルに先導され、槇菜達は反乱軍のアジトのある集落アブダ・プラスへ案内されていた。硬く、黒いパンとミルクを一瓶受け取り、それを食べながら槇菜は1人沈み込んでいた。
エイサップとリュクスは、ホウジョウ国のサコミズ王という人物に連れていかれてしまった。今、エイサップはどうしているだろうか。手酷い扱いを受けてはいないかと心配になる。
アマルガン
「バイストン・ウェルの食べ物は、口に合いませんでしたかな地上人」
そんな槇菜の下にやってきたのは、無骨な老武者だった。アマルガン・ルドル。彼から概ねの話は聞いていた。現在、ハリソンとアラン、トビアが中心になり今後の方針を話し合っているが、しばらくは反乱軍と行動を共にすることとなるだろう。ということだった。
アマルガン同様に反乱軍を動かす将の1人、ミガル・イッツモの指揮するギブロゲネと合流する手筈になっている。そこには、ショウのためのオーラバトラーも用意されているらしい。それらの軍備を整えて、作戦行動に移るというのがアマルガンの考えだった。
また、サコミズ王がシャピロ・キーツを重用していることが気になるというアランや獣戦機隊の意見もあり、槇菜達は現状、反乱軍と行動を共にすることに決定していた。
そんな反乱軍の指導者、アマルガン・ルドル。一見強面の老人はしかし、穏やかな笑顔で槇菜に接している。
槇菜
「ううん、そんなことないです。ただ……」
アマルガン
「槇菜殿が話していた、エイサップという地上人のことですか」
アマルガンがそう言うと槇菜は頷き、ミルクを口へ運ぶ。異世界のミルクはほんのりと甘く、優しい味がした。
アマルガン
「ショウ殿の提案ですが、地上人の救出作戦を現在、計画中です。しかし……槇菜殿の言うようにその地上人がリーンの翼を顕現させる聖戦士であるというのならば、もし彼がサコミズの手に落ちていれば……」
敵に聖戦士が2人。それはアマルガンにとっては悪夢以外の何者でもなかった。
槇菜
「エイサップ兄ぃは、そんな人じゃありません!」
声を荒げる槇菜。しかし、アマルガンの表情は暗い。
アマルガン
「我々コモン界の部族の者は皆、聖戦士の強烈な強さが骨身に染み付いております。先ほどもお話しした通り、サコミズは70年前このバイストン・ウェルへ迷い込み、私と志を同じくして共に戦った盟友でもある。あの戦いでこの地に強く根付いた聖戦士の伝説は、遠い西の大陸において地上人を召喚し、聖戦士と呼び祀る文化を生み出したとも聞き及んでいます。つまり、我々コモン人にとって聖戦士という存在はそれだけ強烈な意味を持つのです」
その聖戦士サコミズに抗う反乱軍というものが、どれほどまでに劣勢に立たされているのか。アマルガンの表情からも見て取れた。そこにもし、サコミズ王同様にリーンの翼に選ばれた聖戦士がもし、王へ共感を示していたとしたら。それは、最悪の想像だが決してありえない可能性ではない。そうアマルガンには思えた。
アマルガンは、聖戦士としての全盛期の迫水真次郎を知っている。迫水には、人を惹きつける魅力があった。それが同盟者でもあった女王リンレイ・メラディや、敵国の将であったダーナ・ガラハマ。暗殺者として仕込まれていたミ・フェラリオのノストゥ・ファウ。多くの人々を引きつけ、戦乱の世を駆け抜ける台風の目となった。そして何よりも、アマルガン・ルドル自身がそんな迫水真次郎に惹かれていたのだから。
ショウ
「だけど、あのエイサップは俺達が脱出する隙を作ってくれた」
そんな槇菜とアマルガンの前にやってきたのは、西の大陸の聖戦士……ショウ・ザマだった。ショウも黒パンを齧りながら、槇菜を擁護する。
ショウ
「俺は直にエイサップ鈴木のオーラ力を感じたが、信用していいと思う。何より、リーンの翼を開いた彼を、俺は信じたい」
アマルガン
「ショウ殿がそこまで言うのならば、信じるに値する青年なのでしょう。しかし、この戦……その地上人・エイサップ殿の心持ちに全てがかかっているかもしれませんな」
槇菜
「…………」
黒いパンを齧る。硬いパンはしかし、槇菜の口に不思議と合う。世界が違っても、人が食べるものは同じであるように。このバイストン・ウェルという世界も槇菜の世界と同じように、戦火に満ちている。
ジャコバ・アオンは、全ての世界は繋がっていると言った。こうしてアマルガンや、コモン界の人々と話し、その文化に触れればジャコバの言葉も理解できる。
槇菜
「サコミズ王って人も地上人なんですよね……?」
なら、地上に帰りたいという思いは決して無下にしていいものではない。そう、槇菜は思った。どうにかして、戦わずに済む方法はないだろうかと。70年前といえばちょうど第二次ネオ・ジオン抗争の時期だ。槇菜は昔の戦争で、国に帰れなくなった兵士の漫画を思い出していた。その漫画の主人公も、国に帰りたいと願いながら現地で生き続けていたのだが、サコミズ王もそうなのかもしれない。そんな想像が、働いていた。
アマルガン
「ああ、サコミズは特攻兵として、アメリカという国と戦ったと聞いている。その初陣で、燃え尽きるはずの命が、バイストン・ウェルへ呼ばれたのだと」
槇菜
「特攻兵……アメリカ?」
しかし、アマルガンの語るサコミズ王の言葉は槇菜の知る「70年前の戦争」と食い違っている。その矛盾に気づいたのは、槇菜だけではなかった。
ショウ
「その戦争は、第二次世界大戦じゃないのか?」
第二次世界大戦。人類が宇宙に出る前、旧世紀最大の戦争と言われている戦争。その大戦末期に、日本軍は特攻兵を出しアメリカを中心とした連合国と戦ったという。
だが、それは70年なんてものではない。何世紀も昔のことだ。そうでありながら、サコミズ王がバイストン・ウェルへ現れたのは70年前だという。そして、70年前という言葉にはもう一つ、意味があった。
槇菜
「そういえば……アムロさんとシャアさんも、教科書の写真で見たのとそんなに変わらない見た目でしたね」
彼らが地上から消えた戦争が70年前だと言うのに、まるで老いたように見えなかった。サコミズ王同様に、若々しい身体を保っていた。そのアムロとシャアは今、一角獣で周囲の警戒に出ている。もし2人が順当に歳を重ねているのなら、100歳を越えているはずだが、とてもそうは見えない。
ショウ
「俺も気になってたんだ。俺や昔の仲間達はバイストン・ウェルに召喚されてからも現実と同じ時間を生きている。なのに、サコミズ王とアムロさん、シャアさんはまるで時間から切り離されたように若々しい」
時間から切り離された若々しさ。時間から切り離された存在。ショウやトッドといった、かつて西の大陸に召喚され聖戦士となった者達にはそのような特徴はない。
それが何を意味しているのか、そこにいる誰もわからなかった。だが、サコミズ王の謎を解く鍵がそこにあることだけは、漫然と理解できていた。
槇菜
「歴史の英雄のアムロさんと、シャアさん。歴史の影で死ぬはずだったサコミズ王……」
不思議と、胸が締め付けられるようだった。そして何よりも不思議なのが、アムロやシャア、それにサコミズ王といった歴史の人物がこうして槇菜と同じ時間を生きている。それがバイストン・ウェルという世界の奇跡だと言うのならばそれは、もしかしたら悲しいことなのしれない。そんな思いが、槇菜の胸に去来していた。
そんな話をしている時、ピョコピョコと羽音を羽ばたかせ、金髪のツインテールを靡かせる少女が、槇菜達の前に飛んできた。
エレボス
「なーに暗い顔してんの!」
槇菜
「わっ!?」
エレボス。エイサップ達と共にワーラーカーレンから嵐の壁を超えたフェラリオの少女だった。
槇菜
「エレボス、どうしてここにっ!」
エレボス
「エイサップとリュクスのこと、教えにきたんだよ!」
そうしてエレボスから伝えられた情報はアマルガンを介してギプロゲネのミガル・イッツモに伝えられた。このエレボスの行動が、この戦いを大きく左右する出来事に繋がることになるなど、この時は誰も思ってはいなかった。
…………
…………
…………
—フガク艦内—
ロウリと金本が自ら志願し、上級オーラバトラー・シンデンの慣熟飛行に努めているその頃、エイサップ鈴木はフガクの艦内を散策していた。目的はひとつ。この艦のどこかに軟禁されているリュクスを助け出し、脱出すること。リュクスを助けるためには、まずリュクスの居場所を探し当てねばならない。
エイサップ
「リュクス……どこにいるんだ」
こんなところを、ホウジョウ軍の人間に見られるわけにはいかない。だから、ロウリと金本のテスト飛行にカスミやムラッサ他のホウジョウ軍の武者が付き合っているこの間に動かなければならなかった。
歩き回ると、フガクは思いの外広い。王自らが指揮するオーラ・シップとなれば、当然かもしれないが、その大きさが今は恨めしい。
エイサップ
(サコミズ王……。リュクス……)
会食の後、サコミズ王と話したことを思い出す。サコミズ王は、常に穏やかな佇まいでエイサップとの食事を楽しんでいた。地上への侵攻を目論む野望と、故郷へ帰りたいという望郷の念が入り混じった男のようには見えない。それが、エイサップの受けた印象だった。
サコミズ
『リーンの翼の沓、暫くは鈴木君に履いてもらおう』
エイサップ
『よろしいのですか。僕はてっきり……』
サコミズ
『奪い返す、そう思ったかね?』
剣呑なやり取りの中ですら、王は穏やかな笑顔を絶やさない。それはエイサップを婿と認めている故のものなのか。それとも、別の何かがそうさせるのか。ともかく、エイサップ19年の人生経験の中においてサコミズ王という人物は、はじめて会うタイプの人間だった。
益荒男のような荒々しさと、深緑のような穏やかさの同居した壮年の男。それはもしかしたら、エイサップにとって理想的な父親像のようにも思えた。
サコミズ
『私と君は、同じものを見ている。そう思うからこそ、君に預けてみたいと思った。それでは不満かね?』
エイサップ
『…………』
戦場で見せる恐ろしさと、平時の穏やかさ。どちらが本物のサコミズ王なのかと勘ぐりたくもなった。しかし、
サコミズ
『目に映るものだけが全てではないのだよ。エイサップ鈴木君』
エイサップの心を読んでいるかのように、王は本質を付く。その時の対話は、それで終わりだった。しかし、その王が娘を、リュクスの心を追い詰めている。それを知っているからこそエイサップの心は、サコミズ王のものにはならなかった。
エイサップ
(とにかく、今のうちにリュクスを助けてこの艦から出ないと……)
ショット
「何をしているのだね、エイサップ君」
そんなエイサップは、金髪の男に呼び止められる。ショット・ウェポン。西の大陸でオーラバトラーを建造し、戦いを広げた男。そして今、サコミズ王の側近としてオーラマシン建造に関わっている。そんな危険な男。エイサップは咄嗟に身構えるが、ショットは「やめてくれ」と手を挙げる。
ショット
「リュクス姫を探しているのだろう」
エイサップ
「…………!?」
身構えるが、ショットから敵意は感じない。ショットは、ポケットから鍵をひとつ取り出すとエイサップへ投げ渡す。受け取るが、その行動がエイサップには理解できなかった。
エイサップ
「どういうつもりです!」
ショット
「姫様はそこの突き当たりの部屋だ。今から10分は、オーラバトラー隊も戻らないだろう。コドール女王は今頃、キントキのコットウと愉しんでいるはずだ」
それだけ告げ、ショットは踵を返す。それをエイサップは見届けていた。罠を仕掛けようとしているようには、見えなかった。
ともかく、時間がない。業腹だが、今はショットを信じるしかない。エイサップは歩を進め、ショットの言っていた部屋へ辿り着くとショットから渡された鍵を、鍵穴へ通す。ガシャリ、という音と共に鍵は回り、扉は簡単に開いた。
エイサップ
「リュクス!」
エイサップが部屋へ飛び込む。そこには簡素なベッドが置かれており、その上で泣き伏せる少女がいた。
リュクス
「エイサップ……?」
エイサップの存在に気付き、リュクスが顔を上げる。目下は涙でぐしゃぐしゃになっており、昨日よりも遥かに憔悴しているのがエイサップにも伝わった。何より、左頬が心なしか赤く腫れている。コドール女王の細腕では、こんな腫れ方をしない。ならば、この平手は父であるサコミズ王によるものだと、エイサップは理解した。
エイサップ
「助けに来た。一緒に来てくれ」
しかし、リュクスは動こうとしない。枕に顔を埋めてしまう。
リュクス
「……父上は、リーンの翼を顕現させたまことの聖戦士でした。御伽噺の中に語られる聖戦士。父は、私の誇りでした。ですが……」
声を上擦らせながら、リュクスは続ける。それをエイサップは、黙って聞いていた。
リュクス
「父は、妄想に囚われて聖戦士ではなくなってしまった……私が、私がお父様を止めないと、私は、ひとりに……」
そう言って泣き崩れるリュクスを暫く、エイサップは見つめていた。しかし、それでようやく合点がいった。
エイサップ
「……本当に野心や妄想だけになった人は、娘にビンタなんかしないぜ」
リュクス
「え……?」
その言葉に顔を上げ、リュクスはエイサップの顔を見つめる。
エイサップ
「関心すら、持たないんだ……」
正直、少しだけエイサップはその赤く腫れたリュクスの頬が羨ましかった。その頬はつまり、サコミズ王が真剣に、リュクスという娘に向き合っている証なのだから。
サコミズ王が日常的に娘に暴力を振るうような父親ではないことくらい、エイサップにもわかる。その平手にショックを受けているリュクスが、何よりの証拠だ。
エイサップ
「こうして君を閉じ込めるのも、王様って立場がある人だしね。だから……」
サコミズ王の穏やかな顔を思い出せば、自然と言葉が浮かんでくる。それをエイサップは、素直に伝えるだけだった。
エイサップ
「君は1人じゃない。大丈夫さ……」
リュクス
「エイサップ……」
再び上体を起こし、リュクスはそんなエイサップに微笑みかける。そしてエイサップの手を取り、立ち上がった。
リュクス
「うん……ありがとう、エイサップ」
2人の顔が近付き、エイサップの眼前にリュクスの顔が広がっていく。真近で見るとその白い肌も、赤い瞳も、青い髪も綺麗だった。仄かに紅潮する頬も。心臓の音が高鳴るのを感じる。やがて……
エレボス
「…………なーに見せつけてくれちゃってるのよ!」
エイサップ
「う、うわぁっ?」
リュクス
「え、エレボス!?」
ふたりきりの空間に、呆れ顔で現れたエレボスの登場で咄嗟に手を離す。そんなぎこちない2人にエレボスはさらにため息をついた。
エレボス
「せっかく助けにきたっていうのに……」
エイサップ
「そうなのか……すまない。俺はリュクスを連れて、ナナジンで出る。エレボスは、槇菜を探して伝えてくれないか?」
エイサップが告げると、エレボスは空中で羽根を羽ばたかせくるりと回る。
エレボス
「りょうかーい! あ、ふたりとも。ラブシーンはちゃんと空気を読んでやりなよ!」
捨て台詞を吐いて、エレボスは再び飛んでいく。すぐに見えなくなってしまい、エイサップとリュクスだけが、取り残された。
リュクス
「……………………」
顔を真っ赤に紅潮させ、エイサップの手を握るリュクス。エイサップは、そんなリュクスの顔を見れなかった。だが、時間がない。
エイサップ
「急ごう、リュクス!」
そう言って、2人は広いフガクを駆け出していく。どういうわけか格納庫まで兵に見つかることなく辿り着いたエイサップは、オウカオーの隣に立つナナジンのキャノピーを開くと、リュクスと共に乗り込んだ。
リュクス
「エイサップ、本当にいいのですか?」
エイサップ
「君のお父さんを、サコミズ王を止めるための一番いい方法を、俺達で見つけるんだ。それがきっと、俺と君が出会った理由。そして、君が知るべき世界と人なんだって思う。だから!」
その金髪が靡く色白の横顔は、黒髪と日に焼けた肌を持つサコミズ王とは似ても似つかない。しかし、リュクスにはどこか、そこに父の面影を感じていた。
リュクス
(聖戦士……)
やがてナナジンが動き出し、フガクを飛び出していく。ロウリと金本の慣熟飛行。そして編隊訓練が終わる2分前の出来事であり……槇菜達の下へエレボスがやってくる20分前のことだった。
……………………
第6話
「邪霊機アゲェィシャ・ヴル」
……………………
バイストン・ウェルの空を、青いオーラバトラーが翔ぶ。ナナジンと名が決まった名無しのオーラバトラーは、2体のオーラバトラーに追われていた。シンデンと名付けられた、どことなく蟻かカミキリムシのような頭部を持つ、赤と黒で纏められたホウジョウ国の上級オーラバトラーが、ナナジンを追っていた。
ロウリ
「エイサップ、どういうつもりだ!?」
金本
「1人ならともかく、お姫様まで連れて行くなんてさ!」
シンデンを預けられた地上人、エイサップの悪友であるロウリと金本は、脱走したナナジンに捕らえられたリュクス姫の奪還をサコミズ王より命じられていた。ロウリと金本にとってこれは初の実戦であり、その後方にはムラッサとカスミのライデンが控えている。ある意味ロウリと金本は今、サコミズ王に試されていた。
エイサップ
「ロウリ、金本! サコミズ王は、地上侵攻を考えてるんだ。お前らの遊びとは違うんだぞ!」
シンデンの放つ火矢を避けながら、エイサップは怒鳴った。怒鳴りながらも剣を抜き、迫る金本のオーラソードを弾いていた。
金本
「っ! エイサップ……!」
ロウリが囮になり、金本が取り抑える。そう取り決めていた動きを読んでいたかのように、ナナジンはそれを躱し、飛んでいた。
明らかに、ロウリや金本とは一線を画す動き。それはナナジンの性能によるものか、それとも、
エイサップ
「オーラマシンは、おもちゃじゃないんだぞ!」
エイサップ鈴木のオーラ力によるものか。ナナジンの蹴りが、金本のシンデンに炸裂していた。
ロウリ
「野郎……舐めるんじゃねえぞエイサップ!」
金本と入れ替わるように、ロウリのシンデンがエイサップへ迫った。ロウリのシンデンが持つ二振りのオーラソードを、ナナジンのオーラソードが受け止めていた。
エイサップ
「ロウリ、やめろ!」
ロウリ
「エイサップ、てめぇ……婿入りどころか姫様と駆け落ちたぁやってくれるじゃねえか!」
オーラソードが鍔迫り合いながら、次第にシンデンのパワーがナナジンを凌駕していく。ロウリの執念を、オーラ力として取り込んだシンデンはナナジンに匹敵するパワーを発揮し始めていた。
エイサップ
「それはっ、あっちが勝手に言い出したことでっ!」
婿。その言葉に動揺してしまったのも、この苦戦の理由になるかもしれない。コクピットの中でリュクスは、エイサップの膝に座りながらその問答を聞いていた。
ロウリ
「いいか! 俺はな、バカにされるのが何よりも嫌いなんだよ!」
シンデンの動きに、ロウリの怒りのオーラ力が乗っているのを、エイサップは感じていた。その怒り、憤り……それは、エイサップにもわかるものだった。
ロウリ
「子供の頃から頭の回りを飛び回ってた米軍も、アジアのどっかの国も、俺達を見下すコロニーの連中だってそうだ! やられたらやり返す! やられる前にやる! それが、俺達のプライドなんだよ!」
それでも、ロウリの怒りを、屈辱をエイサップは認めるわけにはいかなかった。
エイサップ
「それじゃあ、流血の繰り返しだ!」
ナナジンのソードが炎を纏い、シンデンのソードを弾く。そのままシンデンを蹴り上げて、ナナジンは飛ぶ。
ロウリ
「ッ、舐めるんじゃねえ! 金本、あれをやるぞ!」
友人だと思っているからか、エイサップはロウリと金本に積極的な攻撃をしない。その態度が余計、ロウリの癇に障る。ロウリと並ぶように、金本のシンデンが並走し、二刀のオーラソードを構えていた。
金本
「まさか、これをやる最初の相手がエイサップだなんてね!」
ロウリ
「姫様とリーンの翼の沓は、俺達で持ち帰るんだ。しくじるんじゃねえぞ!」
二振り四刀のオーラソードが、ナナジンを追い詰める。二機同時の剣戟に、エイサップは翻弄されていた。
ロウリ、金本
「食らえ、ダブル・ディスパァーッチ!」
シンデンのオーラソードが熱を持ち、威力を上げる。必死に抵抗するナナジンだがその四刀を捌き切れず、ナナジンの肩アーマーを斬られてしまう。
エイサップ
「しまった!」
リュクス
「エイサップ!」
ナナジンがバランスを崩し、落下していく。それを追ってロウリと金本はさらに迫った。その時だった。突如として伸びるビームの帯が、金本のシンデンの脚を掴む。
金本
「な、何!?」
ビームの帯はシンデンを掴むと同時、思い切り振り回してロウリ機へと投げつける。その予定外の動きに、ロウリも金本も対応できなかった。2機のシンデンが激突し、バランスを崩す。
ロウリ
「な、てめえ……何者だ!」
???
「ワハハハハハ! 未熟者よのぅ!」
嘲笑うような高笑いが、その場を支配する。そして、現れたのは漆黒の体躯に、赤いマントを羽織る異様の姿。しかし、その姿をエイサップとロウリ、金本は知っていた。
エイサップ
「マスターガンダム……?」
地球の全てで、その存在は目に焼き付けられていた。第13回ガンダムファイトの決勝戦。ランタオ島でのゴッドガンダムとの一騎打ち。誰もがその戦いに、目を奪われた。そう!
東方不敗
「その程度で聖戦士を名乗るなど、片腹痛いわぁっ!」
東方不敗・マスターアジア!
あのドモン・カッシュに流派・東方不敗とシャッフルの紋章を伝授した男が、この海と大地の狭間の世界バイストン・ウェルに生きていたのです!
マスターガンダムに続くように、赤いオーラバトラーが続く。赤いオーラバトラーはナナジンを庇うように前に出て、ロウリと金本のシンデンを牽制していた。
マーベル
「そこのオーラバトラー、聞こえて?」
赤いオーラバトラー・ボチューンを操縦するアメリカ人の女性マーベル・フローズンはナナジンへ接触回線を開く。
エイサップ
「あなたは……反乱軍の方ですか?」
マーベル
「ええ。アマルガン・ルドルから通信を受けたの。新型オーラバトラーで、リュクス姫様を連れてフガクから逃げる馬鹿な男がいるって」
馬鹿な男。そう言われてエイサップは少しムッとした。しかし、そこに侮蔑や嘲笑の意味は込められていないと穏やかな笑顔から悟る。
マーベル
「私はマーベル・フローズン。アメリカ人よ。アマルガンの本隊が来るまで、私達と一緒に戦ってくれる?」
エイサップ
「……わかりました。俺はエイサップ鈴木。日本人です」
マーベルの茶がかった赤毛と碧眼は、綺麗で一瞬、見惚れそうになる。しかしエイサップは膝に乗せる少女に意識を向け、ナナジンの体勢を整え直し、オーラソードを構えた。
マーベル
「……エイサップ鈴木、いい名前ね。東方先生、よろしくて?」
東方不敗
「うむ、ここでサコミズ王の軍勢にワシの存在を知らしめるのも一興よ!」
岩崖に立つマスターガンダムも、独特の構えを取りロウリと金本の落ちた方を……そして、その後方に迫るホウジョウ軍の艦隊を見据えていた。
カスミ
「あの黒いマシン、地上人の者か!」
ムラッサ
「カスミ、遅れをとるなよ!」
ロウリと金本を後方から見ていたカスミとムラッサが乗った2機のライデンが、マスターガンダムに迫る。ホウジョウ軍有数の武者であり、武将。それを前にマントを解いたマスターガンダムは、大きく飛び上がりビームの帯を振るう。
東方不敗
「貴様ら青二才が、つけあがるなァッ!」
ビーム帯は、ライデンのオーラソードを絡め取り、ひょいと引き寄せる。そして、凶悪な爪……ニアクラッシャーで、カスミのライデンを串刺しにした。
カスミ
「なっ……!?」
ムラッサ
「カスミッ! よくも……!」
オーラソードを離したムラッサのライデンが、マスターガンダムへ迫る。しかし、マスターガンダムはまるで赤子の手を捻るようにライデンの拳を受け流し、剛脚を喰らわせる。
ムラッサ
「うわぁっ!?」
東方不敗
「未熟、未熟、未熟千万! その程度で武者を名乗るかぁ!?」
ビーム帯を放り、カスミのライデンを放る。体制を崩して地面に落下しそうになりながらも、カスミは寸でのところで耐え、ムラッサのライデンと合流した。
カスミ
「ば、化け物め……」
ムラッサ
「カスミ怯むな、後方で王が見ているのだぞ!」
そう、ここで失態を犯すわけにはいかない。無様を王に知られれば、武者としての地位も危うくなる。
ロウリ
「マスターアジア……。クソッ舐めやがって!」
機体の制御を取り戻したロウリと金本も合流し、今度は4機がかりでマスターガンダムへ向かった。だが、強力なオーラ力を持つ地上人と熟練の武者4人はまるで連携がとれていない。一人一人が如何に強力でも、力任せの単調な攻めでは、東方不敗に擦りもしない。マスターガンダムは、4機のオーラバトラーを相手にまるで、稽古をつけるかのように舞っていた。
東方不敗
「ほう、少しは楽しませてくれるか!」
金本のシンデンが放つ火矢をマスタークロスで防ぎながら、ムラッサのライデンの斬撃を左手の爪で受け止める。背後から回り込んだカスミ、ロウリに対し、マスターガンダムはギリギリまで無防備を晒したまま、次の瞬間には2人の背後に回り込んでいた。
ロウリ
「いつの間に動いたってんだ!?」
東方不敗
「目でばかり追っているから、そういうことになるのだ! だからお前は、狭いのだ!」
東方不敗の、マスターガンダムの拳が妖しく輝く。そして次の瞬間、紫紺の輝きに満ちた拳がロウリのシンデンを貫いた。
東方不敗
「ダァァァァクネス・フィンガァァァァァッ!」
ゴッドガンダムの爆熱ゴッドフィンガーと対を成す、マスターガンダムの必殺技・ダークネスフィンガー。爪にエネルギーを集中させ、手刀がシンデンの頭を貫く。そして!
東方不敗
「爆発!!」
その叫びと共に、頭部を破壊されたロウリのシンデンは失格! 東方不敗マスターアジア。その気迫を前にして初陣のロウリは、気を失いマシンを地面へ墜落させてしまいました!
金本
「ロウリ!」
ロウリを回収するため、金本のシンデンが地へ降りる。残されたカスミとムラッサは、マスターガンダムの圧倒的な強さに気圧されていた。
カスミ
「な、なんだこいつは……」
ムラッサ
「サコミズ王といい地上人は、みんなこうなのか!?」
ロウリ
「んなわけねーだろッ! あれは人間じゃねえ!? 宇宙人なんだよっ!?」
落下しながら毒付くロウリ。しかし、4人がかりで傷一つつけられないその存在感に一堂は戦慄するしかない。
エイサップ
「なんて強さだ……」
それは、敵だけでなく味方までも慄かせる獅子奮迅の闘いだった。しかし、苦戦するカスミ達の後方より迫るライデンの一団。そしてその先頭を飛ぶ蝶のような赤い翅を持つ紫紺のオーラバトラーが視界に入ると、エイサップはその存在が放つプレッシャーを直に感じ、戦慄した。
マーベル
「エイサップ?」
エイサップ
「サコミズ王です!」
ボチューンのマーベルを庇うように前に出て剣を構えるナナジン。その存在を認め、オウカオーは部下達の進軍を制す。
サコミズ
「お前達は退き、立て直せ!」
サコミズ王の号令を聞き、渋々引き下がるカスミ達4機のオーラバトラー。彼らはライデン部隊に合流すると、戦列に加わりながらもエイサップ達を睨め付けていた。
ロウリ
「エイサップ……てめぇ、覚えてろよ!」
エイサップ
「ロウリ、金本……」
ロウリの捨て台詞の後、サコミズ王のオウカオーは剣を抜き、その剣をナナジンへ向ける。
サコミズ
「見事だよ鈴木君。この王の隙を突き、ここまで大胆な手に出るとはな!」
リュクス
「父上……!」
エイサップ
「サコミズ王、リュクスの話を聞いてあげてください!」
サコミズ
「フッ……」
若い。あまりにも若い。この若さと直情さ。その危ういほどの若さは、サコミズ王には羨ましいほどに眩しく思える。
だが、その向こう見ずなくらいの直情さはあまりにも、サコミズ王の奸計の通りに動いてくれた。
東方不敗
「ほう……これがサコミズ王のオーラ力か」
マスターガンダムの東方不敗は、睨み合うナナジンとオウカオーを観察していた。確かにその闘気は、凄まじいものがある。しかし、東方不敗が今感じている邪悪な気配は、オウカオーからは発されてはいない。
東方不敗
(ならば、この気配は何処からだ……?)
弟子に受け継がれたはずのシャッフルの紋章が、何かを呼びかけているのをずっと、東方不敗は感じていた。
シャッフル同盟。その紋章には常に歴史の裏で世界の秩序を守ってきた歴史がある。シャッフルの紋章が輝く時。それは仲間の窮地か、或いはこの世を乱す悪の存在を感知した時。東方不敗は今まで、この悪をサコミズ王ではないかと考え、行動していた。しかし、サコミズ王ではない。
より本質的な悪が、近くにいるはずだった。
ホウジョウ兵
「王よ、姫様とリーンの翼の沓を賊より奪い返しましょう!」
サコミズ
「待て! 迂闊に動くな!」
兵士のライデンが逸るのをしかし、オウカオーは制す。
サコミズ
「あの黒いマシン、只者ではないぞ!」
東方不敗
「ほう、流石に他の雑魚とは違うということか!」
邪悪な気配を探し神経を研ぎ澄ませながらも、東方不敗は目の前の敵への注意を怠ってはいない。兵法の上ではこちらが劣勢である。それを東方不敗という存在が補っているというのが現状だ。そして、エイサップと舌戦を交えながらもサコミズ王が直接手を挙げないのも、東方不敗を前にし迂闊な攻めは死に繋がると判断しての睨み合い。
それを選択できている時点で、サコミズ王は兵法家としても一流である。そう、東方不敗は評価した。しかし、その近郊が崩れる瞬間は訪れる。
マーベル
「この反応は……!」
サコミズ
「ムッ……地上人か!」
ナナジンとボチューン、マスターガンダムがサコミズ王率いるオーラバトラー部隊と睨み合っているその後方。旧式のオーラ・シップであるアプロゲネの姿が見える。そして、そこから飛び出し先行するオーラの翅を持つ黒いマシンと、白馬に乗るガンダム。そして青いオーラバトラー。エイサップの行動によって、このヘリコンの地で戦う全ての者が集まろうとしていた。
…………
…………
…………
槇菜
「エイサップ兄ぃ!」
翼を体得したゼノ・アストラは、今までより遥かに機敏となっていた。羽撃きと共に、空を舞う黒い巨人。20m級のゼノ・アストラはオーラバトラーの倍以上あるその巨体で、ナナジンを守るように盾を召喚し、身構える。
エイサップ
「槇菜、みんなも!」
オーラコンバーターを応急修理したダンバインも飛びながら、ボチューンと合流した。
マーベル
「ダンバイン!?」
ダンバイン、かつてマーベルが愛機として譲り受けた機体。それに乗っている者がいるとすれば、マーベルには1人しか思い浮かばない。
マーベル
「ショウ、ショウなの!?」
ショウ
「マーベルかっ!」
ショウ・ザマと、マーベル・フローズン。かつてドレイク軍との戦いを共に戦い抜き、心を通わせあった2人の魂が引き寄せあったのだろうか。ともかく……。
マーベル
「ショウ……まさかこうして生きて会えるだなんて」
ショウ
「ああ、こんなに嬉しいことはない。マーベル……」
そして、白馬のガンダム……ゴッドガンダムのドモン・カッシュにとっても、この地での再会は劇的なものだったのです!
ドモン
「あれは……マスターガンダム!?」
黒いモビルファイター・マスターガンダム。ドモンにとって忘れることのできない存在。東方不敗マスターアジアの愛機クーロンガンダムが、DG細胞により変化した姿。デスアーミーの模倣などではありません。その立ち姿、伝わる闘気。そしてその偉大な背中。全てがドモンを愛し、ドモンが敬愛した師匠に他ならないのでした!
東方不敗
「久しいのう、ドモン!」
その声は、その尊顔は、決して忘れられるものではありません。何より、彼が本物のマスターアジアである証……それは、ドモンが師より譲り受けた愛馬・風雲再起が震え嘶いていることが証明しているではありませんか!
ドモン
「し、師匠……あんたは、ランタオ島で……」
東方不敗
「うむ、あの最後のガンダムファイトでワシはお前に教えられたよ。人間もまた地球の一部。それを滅ぼしての地球再生など、悪を為す者の所業とな……。だが、ワシの魂はこのバイストン・ウェルで暫しの猶予を授かった」
その声色、慈しみの眼差し。全てが、ドモンの知るマスターアジアその人だった。理屈は理解できない。超常的な何かがマスターアジアその人を蘇らせたというのだろうか。いや、否。
東方不敗
「信じられんという顔だな、無理もない。だが……ハァッ!?」
マスターガンダムは天高く飛ぶ。そして漆黒の気弾……ダークネスショットを空へ向かい放った。気弾は星の無い空を……バイストン・ウェルの海へ向かう天への道を駆けると、何もいないはずの空間に衝撃を起こした。
東方不敗
「そこで隠れているものよ、姿を現わせぃ!?」
マスターアジアが放った気弾の方を、その場にいた誰もが注目した。そして、そこから……海を映す空から現れたのは赤。唐紅の体躯だった。
少女
「ッ…………!?」
唐紅のマシンは、黒い翼をはためかせ空中でバランスを取る。見ればその頭部は、まるで髑髏のように眼窩が窪んでいる。
悪魔の羽根を持つ、血塗れの死神。そんな印象を、見る者に与える。
ドモン
「師匠、あれは!?」
東方不敗
「ウム。先ほどからずっと、我らの戦いを観察していたのだ。うまく気配を消していたが……油断大敵とはこのことよ!」
マスターガンダムが構えを取り、赤いマシンはマスターガンダムのリーチに入らないように距離を取って対峙する。その赤いマシンの登場は、この戦場を更なる混乱へ導き始めていた。
最初に異常を感じたのは、槇菜だ。
槇菜
「ゼノ・アストラ…………!?」
ゼノ・アストラのモニタに、理解不能の象形文字が表示される。しかし、槇菜にはそれが声のような形を持って響くのだ。だから、正確な意味を理解できなくても、そのニュアンスだけは伝わる。
ミケーネが現れた時も、ゲッターロボが現れた時も、オーラロードを通った時もそうだ。だが、今回のそれは今までとは違う。
明確な敵意。それを示すかのようにモニタが真っ赤に点滅している。それが何を意味するのか、槇菜には理解できない。ただ、
槇菜
「邪霊機……?」
そう槇菜の、日本語で翻訳された言葉のニュアンスだけが脳に伝わるのだ。
少女
「クス……」
伝わるのは暗い、昏い少女の聲。血のような紅の機体……邪霊機とゼノ・アストラが呼ぶそれが、バイストン・ウェルの……ホウジョウの国の空を舞う。
サコミズ
「ムゥ……!」
エイサップと舌戦を繰り広げていたサコミズ王ですら、その存在感に息を呑んだ。日の丸の赤。血の赤。鮮烈なイメージがサコミズに去来する。
エイサップ
「サコミズ王……?」
そしてそれは、サコミズだけでなく。
ショウ
「あの赤い機体……!」
反乱軍の聖戦士、ショウ・ザマも同様だった。その血のような赤は、ショウの脳裏にひとつのイメージとして具現化する。
“敵が小さく見えるということは、ダンバインにも、ビルバインにも勝つということだ!”
ジェリル・クチビ。かつてショウとマーベルが対決したドレイク軍の地上人。その存在がショウの中で大きなトラウマとして、あの赤いマシンに重なって見えていたのだ。
マーベル
「ショウ……!?」
同じものを見たマーベルには、それが理解できる。だからマーベルのボチューンは、ショウのダンバインを庇うように前に出た。
マーベル
「ショウ、しっかりなさい! あれはジェリルじゃないのよ」
ショウ
「あ、ああ……。だが、この強いオーラ力は何だ……」
その強烈な悪意を、戦列に合流したアプロゲネから発進した者達も感じていた。
シャア
「この不快感は……!」
アムロ
「クッ……!」
ベース・ジャバーに搭乗した百式のコクピットで、シャアが呻く。ウェイブライダーのアムロも、そのプレッシャーに下唇を噛んでいた。
アムロ
「赤いマシン。シャア……」
シャア
「ああ。あれは血の赤だ。自らの手を汚してきた色に違いあるまい」
かつて、シャアもまた赤いモビルスーツへ好んで登場していた。それはファッションでもあったが、同時に自らが手を下してきた敵の血を忘れないため。流れた血を自覚するためのシャアなりの儀式でもあった。それと同じものを、シャアは今その赤いマシンに……そのマシンを操る存在に感じている。
亮
「気をつけろ忍。サコミズ王の他にも、只者じゃない奴がいるぞ」
忍
「わかってらぁ! だが、ここでビビるわけにはいかねえだろうが!」
その存在感を感じつつも、ダンクーガは怯むことなく直進した。赤いマシンの存在感に、忍は本能的な恐怖を感じたのだ。そして、恐怖を征服する手段を藤原忍は知っている。
知っているからこそ、ここであの赤いマシンよりも自分達の方が上だとはっきりさせなければならなかった。
それは、野獣の本能とでもいうべきものかもしれない。
トビア
「ダメだ、忍さん!」
しかし、それは勇敢ではなく蛮勇である。トビアの静止を振り切り、赤いマシンへ挑むダンクーガ。胸のパルスレーザーを撃ちまくりながら、距離を詰めていく。
沙羅
「忍、この距離ならいけるよ!」
忍
「ああ、亮! 鉄拳をぶちかましてやれ!」
忍が言う。亮は眼前の赤いマシンを凝視し、操縦桿を握っていた。一瞬の隙さえあれば、得意の中国拳法を叩き込む。そのはずだった。しかし、亮は動かない。
雅人
「亮、どうしたんだよ!?」
亮
「わからんのか……あの赤いマシン、まるで隙がない。このまま突っ込んでも、返しの手で此方がやられるぞ!」
亮がそう叫んだ瞬間、赤いマシンはダンクーガの目の前に飛び込んでいた。一瞬のことだ。反応する間もなく、忍はモニタ越しに、髑髏のような顔を見た。
忍
「ウッ……!?」
恐怖。そうとしか言えないものを自覚する。古来髑髏とは恐怖の象徴なのだ。それを目の前いっぱいに見せつけられれば、忍とて一瞬怯むのは無理からぬことである。そして、
少女
「遅いよっ!」
瞬きの速さで赤いマシンは抜刀し、その一振りをダンクーガへ叩きつける。黒いオーラを纏った剣はその場にいる機体の中で最も高パワーを誇るスーパーロボット・ダンクーガを叩き伏せる。
雅人
「うわぁっ!?」
沙羅
「し、忍ッ!?」
飛行ブースターやコクピットへの直撃を避けることには成功したものの、ビッグモスのパルスレーザーを折られ、ダンクーガの特徴的な頭部の兜にも傷がついた。それだけでも、只事ではない。
トビア
「忍さんっ!」
スカルハートが追い付き、ピーコック・スマッシャーで赤いマシンを牽制する。その間に後方へ下がっていくダンクーガ。戦局は、赤いマシンの登場で混迷を極めていた。
少女
「シャピロを苦しめた獣戦機隊……この程度なんだ?」
昏く、甘い声がした。声は忍達を嘲りるように囀り、挑発する。しかし、その挑発に乗ったのは忍ではなかった。
沙羅
「シャピロ!? あんた……シャピロを知ってるの!?」
少女
「フフ、さあ?」
はぐらかす少女。沙羅は怒気を孕んだ声色で、少女へ凄む。
沙羅
「答えなさい! 答えないなら……」
忍
「沙羅、落ち着け!」
動揺する沙羅をなだめながら、忍はダイガンを構え、赤いマシンへ向ける。既に戦場の全てが、少女の赤いマシンへ注目していた。その視線を、少女は嘲笑する。
少女
「でも、面倒になっちゃった……。せっかく、この戦いを利用して全部めちゃくちゃにしてやろうと思ってたのに」
サコミズ
「何……?」
嘲笑う少女の言葉。それはサコミズ王を以てしても聞き流すことのできないものだった。オウカオーが飛び出し、紫紺の機体は鮮血の鬼械へ迫っていく。真紅の機体が剣を振るうと、剣圧から衝撃波が生み出される。オウカオーはそれを燃え上がるオーラの剣で斬り伏せて見せ、少女へ迫った。
サコミズ
「貴様は、何が目的だ!」
この戦いは、迫水真次郎という日本人が故郷に帰るために起こした戦いだ。そこに、邪な意思が介在していることをサコミズは自覚し、あえて見逃していたが……その大元が目の前にいるとなれば話が違う。オウカオーの斬撃を、少女の赤いマシンは剣先から放つ闇色の光線で受け流していく。しかし、それを掻い潜りオウカオーは、赤いマシンへ喰らい付いた。
少女
「あははっ、さすが聖戦士。だけどねっ!」
赤いマシンの斬撃と、オウカオーが斬り結ぶ。それは熾烈な激戦だった。しかし三合打ち合った後、赤いマシンの少女が口を開く。
少女
「ヘヘナ・ペレ……!」
サコミズ
「何ッ……!?」
少女の言霊に乗ったかのように、赤いマシンの周囲に茫、と昏い光が灯った。まるで、蝋燭の火のような仄かな光はしかし、周囲の闇を色濃く強調するだけで決して光などではない。その昏い光を、サコミズは凝視する。それだけで、額に汗が滲み出る。
サコミズ
「ぬ、ぬぉぉぉぉっ!?」
それは。
その光は。
霊魂だ。
人魂と呼んでもいいだろう。しかも、守護霊のような性質のものではない。怨念、邪悪、未練、怨恨。そういった類の悪霊としか思えないものが燃えている。薪となって、燃え続けている。
まさに、地獄。その炎の中で、人の魂は浄化されることも、消えることも、生まれ変わることもなくただただ憎しみと怒りと怨みと痛みを訴えながら燃え続けている。その光景を、サコミズは見た。見てしまった。
あの時、東京の空を覆っていた戦没者たちの無念の声。それとすら比べ物にならない呪いの光を受けてサコミズは、オウカオーはたじろいだ。
少女
「ねえ王様。ううん、迫水真次郎」
揺らめく呪いの中で、少女の声が木霊する。
少女
「パールハーバーを、忘れないから」
呪詛。この世のあらゆる呪いを込めた言葉がサコミズの心臓を抉った。
サコミズ
「なっ……。まさか、まさか!」
パールハーバー。真珠湾。その言葉が意味するものはひとつ。サコミズ王は、迫水真次郎はその場にはいなかった。だが、それが何を意味するもので、日本軍人にとって逃れられぬ呪いの言葉であることは、忘れようもない。
少女の放った呪いの言葉を、迫水真次郎という日本人は受け止めるしかできないのだ。
リュクス
「お父様!」
オウカオーを助けに、ナナジンが往く。ナナジンに差し出された腕を取ってオウカオーは、サコミズ王は光の中から抜け出したが、しかしそれでもあの中でサコミズが見たものは想像を絶するものだった。
サコミズ
「リュクス、鈴木君……!」
先ほどまで戦っていたはずの若者に助けられ、サコミズは声を漏らす。
エイサップ
「あの化け物は、俺達がなんとかします。だから、サコミズ王は兵を退いてください!」
サコミズ
「何をっ!」
エイサップ
「あなたは王なんですよ! 王ならまず、すべきことを考えてくださいよ!」
オーラバトラーの中では、2人共本音を曝け出してしまう。王としてすべきこと。それを日本人の若者に問われ、サコミズは押し黙った。
自分の後ろには、オーラバトラー隊がいて事態を見守っている。本来オーラバトラー達の指揮を執るカスミとムラッサは、先の戦いで満身創痍。そういった状況で王が逸るのは、よくない。
何より、自分自身が今戦えるコンディションではないことをサコミズ王は自覚していた。
サコミズ
「フッ……。やはり君は、ホウジョウを継ぐ器があるよ鈴木君!」
未知なる敵を前に動揺する兵に撤退の指示を出すサコミズ王。殿を務め最後に退くオウカオーは最後、ナナジンのエイサップに接触し言葉を交わした。
サコミズ
「リュクスとリーンの翼の沓……しばし君に預けよう。くれぐれも守り通せよ!」
…………
…………
…………
ホウジョウ軍が撤退し、残されたのは槇菜達地上人の部隊とアマルガンの反乱軍。そして、謎の赤いマシンの少女。少女は彼らを一瞥し、やがて黒いマシン……ゼノ・アストラに興味を示した。
少女
「へえ、旧神が目覚めたんだ」
槇菜
「えっ」
旧神。ジャコバ・アオンに言われた言葉が少女の口から飛び出て、槇菜は声をあげる。それと同時、ゼノ・アストラが少女の赤いマシンに最大級の警告を発していた意味を悟った。
槇菜
「邪霊機……。あなたのそれは、この子の敵なの?」
おそるおそる、槇菜が訊く。少女は目をパチクリさせると、「ああ、そういうこと」と目を細める。
少女
「まだ、完全に覚醒してないんだ。それに……その不細工な鎧も似合ってない。まあ、無理もないよね。だけど……!」
真紅の体躯が、一瞬で槇菜の漆黒の機体へと距離を詰める。そして、斬撃。
槇菜
「っ!? な、何!?」
盾を構える間もなかった。ゼノ・アストラは思い切り吹き飛ばされてしまう。思念の翅でバランスを取ってなんとか耐えることができた。だが今まで槇菜が戦ってきた敵……戦闘獣や木星軍のモビルスーツとは、何もかもが違う。
槇菜
「ク…………つ、強い……!」
少女
「当然だよ。寝ぼけた旧神と目覚めてもいない巫女なんて、私の敵じゃない!」
叫び、少女の赤いマシンは跳ぶ。ゼノ・アストラへ、槇菜へトドメを刺すために。やられる。そう槇菜が本能的に悟った瞬間、しかしそうはならなかった。
エイサップ
「槇菜ッ!? こいつ!」
ナナジンがオーラソードを抜き、赤い機体へ斬りかかっていたのだ。しかし、即座に振り返った赤いマシンは、その剣を自らの剣で受け止める。
エイサップ
「お前、何者だっ! どうしてこんなことをする!?」
ナナジンの剣を払い、少女は告げた。
ライラ
「私はライラ。この子はアゲェィシャ・ヴル。よろしくね。混ざりものさん!」
鮮血に彩られた鬼械、アゲェィシャ・ヴルはナナジンを蹴り上げる。
エイサップ
「混ざりものだと!?」
それは、この身に流れる血のことを言っているのだろうか。そう、エイサップは理解した。しかし、そんな風に侮辱される謂れはない。
エイサップ
「たとえどんな血が流れていても俺は、エイサップ鈴木だ!」
ナナジンのオーラソードが赤く燃え、アゲェィシャ・ヴルへ再び迫る。だが邪霊機に乗る少女ライラはその剣戟を軽くいなしてみせた。
ライラ
「そうやってムキになってるうちは、聖戦士なんて夢物語だよ。混ざりものさん!」
ナナジンを雑に蹴り飛ばして、邪霊機は再びゼノ・アストラ目掛けて再び駆けた。今度こそ、トドメを刺すために。
槇菜
「あ…………!」
目の前に迫る死に、槇菜は何もできなかった。動けなかった。誰かを助けたい。そう思った時にはできたことが、できなかった。
ライラ
「ねえ、巫女さん。死んじゃえ!」
アゲェィシャ・ヴルが暗黒の剣を抜く。しかし、そこまでだった。突如ビームの帯が伸び、アゲェィシャ・ヴルの脚を掴んだのだ。
ライラ
「何ッ!?」
東方不敗
「ハァッ!?」
瞬間のやり取り、しかしその間にマスターガンダムはアゲェィシャ・ヴルをビームの帯で投げ飛ばし、ゼノ・アストラから遠ざける。
槇菜
「助かった……。助けて、くれた?」
実感が湧かない槇菜を援護するように、ベース・ジャバーに乗った百式とウェイブライダーへ変形したZガンダムが合流する。
シャア
「大丈夫か?」
槇菜
「は、はい……」
アムロ
「あの機体、アゲェィシャ・ヴルと言ったか。あれは危険だ。無理をしない方がいい」
シャアとアムロはそう言って、ゼノ・アストラを庇うように前に出る。それは本来、巨大な盾を持つ槇菜の……ゼノ・アストラの仕事であるはずだった。
槇菜
「…………大丈夫です。まだ、やれます!」
だからせめて気丈に振る舞うしか今の槇菜には、できなかった。
…………
…………
…………
ライラ
「何っ、するのよっ!」
マスターガンダムに邪魔をされ、怒声を上げるライラ。東方不敗はしかし、そんなライラを無視しドモンへと声をかける。
東方不敗
「ドモンよ、あの者から何を感じる?」
ドモン
「あいつから……?」
問われ、ドモンはライラとアゲェィシャ・ヴルを改めて見やった。迸るほどの怨念と怨恨。怒りと恐怖と絶望。それらを巨大な中華鍋の中に放り込み煮詰めたような漆黒の意志。しかし、その奥にあるものは。
ドモン
「深い悲しみだ……。だが、その悲しみを怨念に変えて渦巻かせている……!」
シャア
「…………」
それは、世界を覆う悪意。かつて東方不敗やシャア・アズナブルがそうであったように、あのライラという少女も世界と人を呪う毒を放っている。故に、
東方不敗
「うむ。ドモンよ! ワシから受け継いだキング・オブ・ハートの使命、全うしてみせい!」
ドモン
「師匠! はい……!?」
ドモンが頷く。それと同時、バックパックのウイングを展開しゴッドガンダムの日輪が展開された。風雲再起の嘶きと共に、ゴッドガンダムは加速する。そのスピードのまま、アゲェィシャ・ヴルへ飛び込んでいった。
ライラ
「シャッフル同盟……キング・オブ・ハート! 何度も何度も、私の邪魔をする!」
ゴッドガンダムが抜いたビームサーベル、ゴッドスラッシュと斬り合いながら、ライラは毒付く。その罵倒を、ドモンは聞き逃さなかった。
ドモン
「何ッ!? お前……先代のシャッフル同盟達を知っているのか!」
しかし、ライラはそれには答えず憎悪の形相を剥き出しにしてドモンに吠える。
ライラ
「いつだかの代と同じように、また私が殺してあげるよキング・オブ・ハート!」
アゲェィシャ・ヴルの赤い体躯が持つ、鴉のように黒い翼が羽撃くと同時、黒いオーラがアゲェィシャ・ヴルを包み込む。
ショウ
「あのオーラ力はっ!?」
アムロ
「まずい!」
ショウのダンバインと、アムロのウェイブライダーが加勢に入ろうとした。しかし、それをゴッドガンダムは「待て!」と止める。
ドモン
「これは、俺と師匠……それにシャッフル同盟としての戦いだ。まだ、手を出さないでくれ!」
そう言いながらもゴッドガンダムは、既に受けの体勢を取っていた。全身の意識を集中させ、ただ正面の敵を見据える。アゲェィシャ・ヴルは翳した剣へ黒いオーラを集中させると、一振りを持ってその暗黒のオーラを放出する。
ライラ
「黒い太陽に、その命を捧げるがいい。ラ・レフア……!」
漆黒のオーラ。それは見ているだけで吐き気を催す程の悪意の塊。アムロやシャア、トビアはその正体を鋭敏に感じ取っていた。
トビア
「ダメだ! あんなものを喰らったら……!」
アムロ
「ドモン君!」
しかし。ドモンは、キング・オブ・ハートは逃げなかった。ただその暗黒のオーラを見据え、そして……!
ドモン
「流派! 東方不敗が最終奥義!」
その時です!
ドモンの喝の声と共に、ゴッドガンダムは金色に輝き出したではありませんか!
ドモン
「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ! 勝利を掴めと轟き叫ぶッ!」
ゴッドガンダムの両手にエネルギーが集まっていきます。感情エネルギーシステム。ゴッドガンダムの前身機シャイニングガンダムから受け継がれたゴッドガンダムの特徴的な機能。それは、ファイターの感情の発露をエネルギーへと変換することで爆発的な力を発揮するというものです!
かつて、怒りのままに戦うドモンはこの感情エネルギーシステムに、スーパーモードに振り回されていました。ですが、今のドモンは違います!
明鏡止水の心。一才の邪念を捨て、鏡のように澄み切った水の如し境地。その境地に辿り着いたドモンは、どこまでもこの感情エネルギーシステムを使い無限のパワーを引き出すことができるのです!
ドモン
「ばぁぁぁぁぁぁっくねつ! ゴッド・フィンガァァァ……」
爆熱ゴッドフィンガーもまた、ゴッドガンダムの必殺技。しかし、今のドモンにとっては通過点に過ぎないのです! そう、明鏡止水の心を会得し、マスターアジアからの全ての教えを理解した今のドモンは、キング・オブ・ハートは、ガンダム・ザ・ガンダムは!
ドモン
「石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇん!!」
圧倒的なエネルギーの波が、暗黒のオーラを飲み込んでいきます! 石破天驚拳。流派・東方不敗の最終奥義が、今ここに炸裂したのです!
ライラ
「なっ…………!?」
邪霊機アゲェィシャ・ヴルは、ドモンの放った“氣”の中に呑まれていきます。無数の死霊、怨念、負のオーラを身に纏う邪霊機にとって、ドモンの正の魂が放った一撃は、天敵とも言える存在だったのです!
エイサップ
「やったか!」
マーベル
「いいえ、まだよ!」
しかし、かつてマスターガンダムやガンダムシュピーゲルといった強敵を下したこの奥義を以てすら、邪霊機の心臓を射抜くことはできませんでした。ドモンの放った強烈な氣弾の中から抜け出した邪霊機アゲェィシャ・ヴルは、その熱に焼かれながらもより赫く、窪んだ眼窩でゴッドガンダムを睨んでいました。
…………
…………
…………
燕尾色の少女は、焼けるように熱いコクピットの中で眼前の敵を睨んでいた。憎悪に染まった瞳でただ、ゴッドガンダムを見据えている。
ライラ
「シャッフル同盟…………何度私の邪魔をすれば気がすむの!?」
その赤い唇から漏れたのは、怨嗟の声だった。
ライラ
「私はただ、私を自由にしたいだけなのに。なのに、なんでお前達は何度も私の邪魔をするの!? 旧神や魔神でもない、人間の分際で!」
何を言いたいのか、ドモンにはわからない。しかし、言えることが一つだけあった。
ドモン
「それが、シャッフル同盟の使命だからだ!」
東方不敗
(ドモン……。強くなったのう)
既に師を越えた弟子の背中を、こうして見ることができる。それは東方不敗と呼ばれた男にとって何よりも得難いものだった。既に自身がドモンに教えられるものなど何もない。武闘家としても、シャッフルの紋章を継ぐ者としても。それを実感する。
槇菜
「ライラ……ちゃん?」
しかし、ライラの慟哭に耳を傾けている者もいた。それはよりによってライラがここで始末しようとしていた少女。槇菜の視線を感じたのか、ライラは更に憎悪を燃やす。
そして、爆発的に燃え上がる憎悪がライラを冷静にした。
ライラ
「…………でも、いいか。時間稼ぎはできたわけだし」
その憎悪を奥底に押し込めながら、ライラはポツリと呟く。それは予定外の出来事ではあった。しかし、ライラにとっても好都合な事象。
トビア
「時間稼ぎ?」
忍
「てめえ、何を企んでやがる!」
トビアと忍がそう言った、その直後だった。
急激な重力の捻れが、その場にいた全ての者を飲み込んでいく。
トビア
「な、何だ!?」
ベルナデット
「トビア!?」
アプロゲネの中で彼らの戦いを見守るベルナデットとレインも、その超重力を感じていた。
レイン
「ドモン! 急激な重力の歪みを観測したわ。このままだと私達、どこかへ吸い込まれる!」
ドモン
「何ッ! ブラックホールとでも言うのか……」
その重く、苦しい感覚の中。必死に意識を保つドモン達。その超重力の歪みの中で、ライラは、邪霊機アゲェイシャ・ヴルはいつの間にかいなくなっていた。
東方不敗
「クッ、ここで奴を逃すわけには……! グゥ…………」
追いかけようとしたマスターガンダムだが、東方不敗の方がこの重力の中で身体の負荷に耐えられない。あと5年若ければ。そう東方不敗は歯噛みする。
ショウ
「この感じは……なんだ、オーラロードとも違う。これはっ!?」
やがて、全ては暗黒の中に飲み込まれていく。暗黒の海。バイストン・ウェルの上空を覆う海の壁ではない、より根源的な原初のスープ。
アマルガン
「クッ…………こんなところで終わるわけにはいかぬ。サコミズを止めねばならんのだ!」
エレボス
「アマルガン、これ…………怖いよ!」
ミ・フェラリオのエレボスは、その根源的な恐怖をより敏感に感じている。全てを飲み込んでいく闇の拡大。その中心に今、自分たちはいるのだと。
槇菜
「何、何なのこれ……?」
全てが、槇菜の理解を超えていた。だが、ゼノ・アストラは極光の翼で槇菜を守るように覆う。それは、槇菜が指示したことではない。ゼノ・アストラ自身が、自らの意志で行なっていることのように槇菜は感じていた。
沙羅
「っ……! 忍、この感じ……!」
忍
「ああ、わかってる!」
一方でダンクーガの獣戦機隊には、この感覚に覚えがあった。この世界と違う位相の宇宙。全てを呑み込む暗い闇。そんな闇の権化と、戦ってきたのだから。
雅人
「シャピロが生きてたから、まさかとは思ってたけど……!」
亮
「だが……あのライラとかいう得体の知れない娘よりはやりやすいかもしれん。何しろ俺達は、奴を知っている!」
亮の言葉に忍が頷くと同時、重力の渦の中でダンクーガは強引に断空砲を展開した。そして、収束させたエネルギー砲を放つ。断空砲のその一撃が、超重力に吸い込まれていきそして……貫いた。
重力の闇を放つ巨大な思念。その本拠を覆っていた見えない壁をぶち抜いて、ダンクーガは進む。
トビア
「忍さん!」
忍
「みんな、はぐれるなよ! この空間から抜け出すにはあいつを倒すしかねえ!」
ダンクーガが指差す先……そこには、ダンクーガとよく似たロボットが何台も並んでいる。
槇菜
「にせダンクーガだ……!」
アラン
「まさか、藤原!」
忍
「ああ、ここで会ったが百年目だ! 今度こそトドメを刺してやるぜ……ムゲ野郎!」
忍が叫ぶ。そして、断空砲が開けた風穴に、ダンクーガが突っ込んでいく。
東方不敗
「ドモン、行くしかあるまい!」
ドモン
「はい、師匠!」
それに続く白黒のガンダム。その姿に覚悟を決めた皆は、暗黒の中心点へと向かっていった。
槇菜
「旧神……巫女……。ゼノ・アストラ、あなたは一体何者なの?」
暗黒の奥へ向かいながら、槇菜は自らの命を預ける黒い機体へポツリと投げかける。返事はない。だが……この先に待つ何かを必死にゼノ・アストラは伝えようとしている。しかし槇菜は今はただ、この先を生き延びることだけを考えなければならなかった。
次回予告
皆さんお待ちかね!
バイストン・ウェルの最下層。人間の想像力の及ばない邪悪が棲まう世界カ・オスへと招かれた槇菜達。
獣戦機隊はそこで、かつて倒したはずの仇敵と再会するのです!
ムゲ・ゾルバドス帝王の容赦のない攻撃を前に為す術を持たないダンクーガ達!
ですが、バイストン・ウェルの、生命の世界の奇跡が逆転のチャンスを生み出したのです!
次回、「失われた者達への鎮魂歌」へ、レディ・ゴー!