ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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幕間~デビュー前夜、休養寮で~

「ねぇねぇ聞いた? 例の話し!」

 

「ゼファーの事でしょ? 『見た目と性格に対して思い切った事をする時がある娘だなぁ』って前から思ってたけど、まさかここまでとはねぇ」

 

──もやしっ子(ゼファー)が休養寮を立つ前にレースに出走する。担当トレーナーである柴中本人からの宣伝もあってか、そのあまりに唐突で衝撃的な知らせは瞬く間に休養寮全体へ広がった。急な知らせだった為か

 

『ちょっとちょっと冗談でしょー!』

『明日の昼に(ゼファーには内緒で)退寮祝いのミニパーティやる予定だったのに一体どうすれば……』

『お弁当にして向こうでやれば良いんじゃない?』

『『それだ!!』』

 

と何名かのウマ娘が食堂で騒いでいたので(そんな事より前代未聞のデビュー戦をする事になったゼファーの心配をしなよあんたら……)と心の中でツッコんだのを思い出す。

 

二人が今話しをしているのは食堂に隣接された休憩室だが、今や室内廊下屋外問わず、そこかしこで明日行なわれるゼファーのデビュー戦について話されている。……五日前にも似たような事があってそれはもう色々と騒がれた気がするが、前回の「祝福」や「羨望」といった想念が込められていた物と違って今回は──

 

 

「……で、どう思う?」

 

「決まってるでしょ? 無謀だよ無謀」

 

「だよねぇ? ホント何考えてるんだろう……」

 

驚き、呆れ、怒り、心配する。起こしたリアクションは人それぞれだが、共通項として‘誰も期待などしていなかった,という事実が上げられる。

 

ゼファーが本格的な‘トレーニング,を始められる様になった(もちろん本校のそれとは比べ物にならない)のはここ数ヶ月で、柴中と契約して指導を受け始めたのはたった五日前の事だ。彼女同様、なんとしてでも体質を治してレースに出てやる──! といった気合の入ったウマ娘もそこそこいるが、それはあくまで‘本格的なトレーニングを十分積んでから,の話である。退寮して本校の方へ移りゆっくりと時間を掛けてトレーニングを積んだのならば兎も角、今のゼファー(休養寮のウマ娘)が、本校でトレーニングを延々と積み続けたウマ娘に勝てる訳がない。

 

 

「いや、別に……少なくともトレーナーの方は‘考え無し,じゃあないと思うよ。‘うわぁ、エグい上に容赦無い事するなぁ,とは思ったけど」

 

‘無謀だとは思うけど,そう前置きをした上で、聞かれた方のウマ娘は感想を述べる。

 

 

「ん? あれ? もしかしてレースに出るの肯定的?」

 

「……地方のトレセンだけど、私はレース科にいたからね。ホンの少しならトレーナーの「育成方針」ってのが読めるんだ」

 

「ほうほう。……で?」

 

「……レース場の空気だとかターフの上の景色だとかを一番最初に味あわせておきたい、ってのもあるかもしれないけど……。多分、入学して即やらせられる模擬レースよろしく‘今の自分の実力,っていう現実を身をもって知って欲しいっていうのが本命だと思う。あれだよ‘負けという経験,って奴」

 

今の自分(現実)を知らなければ、目指すべき自分(理想)を思い描くことなど出来ない。強くなる為に知らなくてはならない事があるのならば、例えそれが屈辱的な物であろうと味あわせる。勝ち負けを度外視した、経験を積ませる為のレース。

 

 

「多分、ゼファーみたいな明るさと根性値が振り切れてるような奴なら絶望的な負け方をしても大丈夫って判断なんじゃないの?」

 

そう考えると、このあまりに性急過ぎるように見えるデビューは決して悪い手ではないと思える。模擬レースで良いじゃんと思わなくもないが、そこまでは知らないし興味がない。

 

 

「んー。でも噂じゃ「トレーナーさんは勝つ気満々だった」って話しなんだけどなぁ……」

 

「当然だよ。‘担当するウマ娘の勝利を疑うべからず,トレーナーが一番最初に教官から指導される心構えじゃん」

 

出走するレースに化け物染みた強さのウマ娘がいたとしても、最悪の天候で超が付くほどの不良バ場になってしまっていたとしても、抽選で引いたら終わりとまで言われている大外の枠を引いてしまったとしても、間違っても「負ける」とは言わない。口に出さない。勝利だけを信じてターフへ送り出す。

 

それこそが真のウマ娘トレーナーとしての最低条件だと、昔からそう言われている。──‘建前上は,の話しだが。

 

 

「だからどれだけ勝気な態度でも本心は──って事なんじゃない? 知らないけど」

 

「そうなのかなぁ……?」

 

「……そんなに気になるなら直接……ってそうか。あの娘今日帰ってこないんだっけ」

 

ゼファーに会って詳しい事情を聞き出したり忠言をしたりしようにも、彼女は今日のトレーニングが終わり次第最終調整に入り、明日は朝一で現地入りをするため今日は休養寮へ戻ってこないらしい。柴中がワザワザ休養寮を訪ねてきたのも、院長から外泊の許可を貰う為だという噂だ。

 

 

「うん。スマホも休養寮じゃ連絡手段として使う必要ほぼ無いから院長以外誰も電話番号知らないし、仮に知ってたとしてもトレーニングに集中してるなら多分出ないと思う……。あ、大先輩の方から連絡を入れて貰おうとした娘はいるらしいんだけど──」

 

 

 

『大丈夫大丈夫! 心配なんていらないいらない!! ゼファー(あの娘)なら余裕で勝つから!! あ、私はどーしても都合が付かなくて応援に行けないんで、私の分まで目一杯応援よろしくねー!!』

 

 

 

「──って逆に応援のお願いされて電話切られちゃったんだって」

 

「まったくあの人は……。自分が休養寮きっての‘偉人,だからって……」

 

口調どころかニコニコした自信満々の表情までありありと想像出来てしまい、思わず溜息をつく。一体何の根拠があって言っているのか、どうやら大先輩は本気でゼファーの勝利を疑っていないらしい。

 

 

「……で、どうする? 私達も行く? ゼファーが時々面倒見てた初等部の娘達は‘せめて応援に行きたい!,って院長や担当の職員に直談判してたけど」

 

そのウマ娘は返答に困った。レースで惨敗する事を前提に考えるなら、自分達の存在がゼファーにとって毒となるだろう事は想像に難しくないが、久々に外出する事が出来るチャンスでもある。正直な所レースの結果やそれでゼファーがどうなろうと個人的には興味など無いし、どうでも良いことでしかない。そも、結果など既に見えているのだから。

 

適当な慰めの言葉を考えておいて、帰りにショッピングモールかどこかで買い物でも……。

 

 

「……いや、やめてお『ちょっとちょっと! なんでアンタ当り前のようにケーキ作ろうとしてるのよ!?』『え? だってゼファーってフルーツケーキ好きだし』『……悪くは無いけどお弁当なのに一番最初に作るのがケーキって……』『大丈夫、ちゃんとごはんになるようにベーコンと玉ねぎ入りのも作るから』『『違うそうじゃない』』やっぱあのバ鹿三人が色々とやらかさないか心配だから行く。放っておいたら休養寮の恥になりかねないよあいつら」

 

「あはは……。じゃあ私もそうしようかな」

 

「でも学園の外に出るのなんていつぶりだろー」と暢気に感想を述べるそのウマ娘を尻目に、一応(重用な事らしい)学級委員長的な役割を担っているそのウマ娘はバカ三人にツッコミを入れるため、食堂奥にある調理場へ駆け込んでいく。

 

 

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