──トレセン学園──カフェテラスエリア──
「……ふわ、ああ……」
ようやっと一段落付いて、柴中は小さく欠伸をした。自分の眼前にウイナーがいようがお構いなしだ。「疲れているようだな」とウイナーが呟く。
「ああ、まぁね」
すっかり冷めた珈琲に手を伸ばすと、カップをグイッとあおって一気に飲み干した。
「どうした、随分と素直ではないか」
それほどまでに疲れているのか? とウイナーが暗に聞いてくるが、実際肉体的疲労はそこまでじゃない。精神的疲労はまぁ、そこそこ溜っているが。
「ケイエスミラクルの件でちょっと」
問題は、ケイエスミラクルの故障によって発生する二次被害の方だ。
「ゼファーは兎も角、ルビーの方が……な」
先に言っておくが、別にタイムが落ちている訳ではない。人々を魅了したあの末脚とそのキレは健在だ。健在……なのだが。
「どうにも気勢に……覇気に欠ける走りをするようになっちまってさ。トレーニングや模擬レースなら兎も角、本番でどうなるかっつーと……」
ワシワシと片手で頭を掻く。それだけでも彼女にとってケイエスミラクルの存在が大きかったのかうかがい知れるが……。問題は更に深刻だった
『ケイエスミラクル、現役復帰は絶望的か──』
スポーツ新聞の一面にデカデカと書かれたその文字を見る。ケイエスミラクルに発生した故障はただの骨折ではない。粉砕骨折……粉砕骨折だ。左第一趾骨が見事なまでに砕け散っていたのである。一歩間違えば命に関わっていたその故障に、彼女のファンは「助かっただけ良かった」と安堵するほかなかった。
「自主的な引退も十分ありえる──つーかあいつの主治医はそれを勧めてるらしい。‘これ以上無茶をしたら二度と歩けなくなるかもしれない’ってな」
「……なるほどな」
同室であり、互いにリスペクトし合ってきたルビーの心情は推し量るにあまりある。一族としての重圧と世間からの期待にはめっぽう強い彼女だが、こうした……自分でも自覚が無い内に心に芽生えていた‘なにか’を砕かれるのは初めてなのだろう。
「……傷が癒えるには時間が掛りそうか」
「はぁ」とウイナーは大きく溜息を付いた。安田記念とスプリンターズステークスを制し、来年の短距離・マイル路線の主役になり得る存在になったダイイチルビーだが、こうなってしまっては仕方がない。身体の傷は癒えても、心に刻み込まれた傷は中々癒えない。
「奴は……ヤマニンゼファーはどうだ?」
ケイエスミラクルの故障を間近で見たもう一人のウマ娘の方について聞いてくるが、そっちはほぼ問題ない。
「タイムも良いし、気勢も申し分無いよ。皮肉な話しだけど、休養寮での経験が活きてるらしい」
「いちいち気に掛けてはいられない……と言う事か?」
特殊な体質を持って生まれたウマ娘達が集う‘休養寮’。どうやっても体質が改善せず、本校に転入できずに‘折れた’ウマ娘を、ゼファーは何人も何人も見てきたのだろう。
『本当に悲しいですけど、じゃあお前に何か出来るかって言われると……何も出来ませんから。せめて気持ちだけは前を向いていなくちゃやっていけませんよ』
ケイエスミラクルに発生した故障は誰もせいでもなく、誰を責めて解決する問題ではない。ならば気にしたところで仕方がない。お見舞いにも行くし、激励の言葉も掛けるが、それ以上の事はしないし出来ない。結局の所、
「二人の次の目標は?」
「ゼファーが年明けの‘サンライズS’。ルビーが間を開けて、三月の読売マイラーズCにしようと思ってる」
「妥当だな。そよ風は熱が冷めん内に。紅玉は休養期間を設けて動くのが良かろう」
「ああ。あいつに火を付けてくれた‘大先輩’には感謝しないとな」
そう、今のヤマニンゼファーは内に情熱の火が灯っている。それもこれも、あの‘大先輩’の……ダイユウサクのおかげだった。
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