ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

108 / 109
風が吹くまで 17

 

 

「…………」

 

「…………」

 

空気が重い。今この場にいれば大抵の人がそう思うだろうと、柴中は感じる。

 

 

「それで? 貴様はここへ何をしに来た?」

 

空気を重くしている原因たる一人。マイルの皇帝、ニホンピロウイナーがようやっと口を開く。

 

 

「ああ゛? んなもん決まってんだろ──!!」

 

髪をポニーテールに結ったそのウマ娘が吠える。一触即発の空気にとうとう火が付いた──。

 

 

 

 

時は、数時間前に遡る。

 

 

 

「よいしょっと……」

 

トレセン学園が毎年春に開催しているファン感謝祭。今年も例年に劣らぬ大盛り上がりにするべく、生徒会や実行委員会が忙しなく動いている今日この頃。そのウマ娘、ヤマニンゼファーも実行委員の一人として忙しい日々を過ごしていた、

 

「こう言った行事にはトラブルがつき物」という事を念頭にいれ、何か諍いが起こった時、すぐに諫められるように、という理由で自ら実行委員に立候補したゼファーだが、まぁトラブルが起こること起こること。予定していた造花の花冠が足りないだとか、予定していた劇の主役がまさかのダブルブッキングをしてしまっていただとか、大きい物だと、クラス全員で集めた寄付金が行方不明になっただとか……。兎に角トラブルが相次いだ。

 

ゼファーも持ち前の対処能力を駆使して「スグに造花で花冠を作っている班に事情を説明して追加の要求を」「してしまった物は仕方ありません。……そうだ、二つの劇を一緒にしてしまうというのはどうでしょう。どちらも似た系譜の童話が元ネタになっていますし、そう難しいことでは無いかと」「その寄付金が無くなったのはいつ頃ですか? ……なるほど、でしたら実行委員会が既に‘クラスとしての寄付金’ではなく‘学園に対する寄付金’として誤って徴収してしまったのでは? このクラスには学園に対する寄付金もあるとお聞きしましたが、それはありますか? もしあるとしたら実行委員会の──」

 

とまぁ大体こんな具合に大忙し。実行委員会の一人として、ゼファーは地味に大活躍していたのだった。

 

 

「お疲れ様、ゼファーちゃん」

 

「お疲れ様ー」

 

ゼファーと同じく実行委員であるダイナマイトダディとヌエボトウショウが声を掛けてくる。

 

 

「お疲れ様です。私はもうチームの方に合流しますが、お二人の方は?」

 

「私達はまだ作業があるから、寮に帰るのはもうちょっと遅くなりそう」

 

「なんとしてでも今日中に済ませちゃいたい事があるんだよ~」

 

そう言って、ヌエボトウショウは疲れたようにため息を吐いた。小柄だが元気いっぱいなのが持ち味の彼女がここまで疲労するとは……「そっちはそっちで大変なんだな」とゼファーは思った。

 

 

「分りました。ではお先に失礼しますね。改めてお疲れ様です」

 

「「お疲れー」」

 

 

 

 

 

 

「毎年のことではあるが、この時期の陛下は少しばかりテンションがおかしい」

 

陛下ことニホンピロウイナーの右腕を自負するウマ娘、アキツテイオーが顔を顰めて言う。まぁ気持ちは分るが、それも仕方の無いことだろうと柴中が諭した。

 

 

「ウイナー城を内外にお披露目できる唯一無二と言って良いチャンスだからな。演目も「アーサー王伝説・現代風」だ。気合が入ってるんだろうさ」

 

「そう、それだ」

 

アキツテイオーは円卓の席に座りながら、万が一の聞き漏れもないように声を潜めて言った。

 

 

「なぜ我らでそれを再現する? かの栄光の円卓の騎士達がどのような最期を迎えたか、陛下も当然ご存じだろうに」

 

「それは……」

 

困ったように眉を潜める。柴中としてはその原因に察しが付いているが、まさか口に出すわけにも行かない、それはニホンピロウイナーというウマ娘に対する──

 

 

「──裏切りだなどと思わなくて良いぞ。いずれ分ること故な」

 

「ウイナー!」「陛下!」

 

「なにやら楽しそうな話をしているのが耳に入ってしまってな、地獄耳故、許せ」

 

「いえ。こちらこそ陛下の内心を弄するような真似をしました。どうかお許しを」

 

ばっ──と椅子から降りて最敬礼の姿勢を取るアキツテイオー。ニホンピロウイナーはそれを満足げに眺めると、こう話を切り出した。

 

 

「ふむ。話は変わるがアキツテイオーよ。一つの戦において最も武勲をあげた者とはどのような者の事を言うと思う?」

 

「……は?」

 

言っている意味が分らず、呆けることしか出来ないアキツテイオーを尻目に、ウイナーは続ける。

 

 

「私はな、その戦を「終わらせた者」こそ最も武勲を受けるべき功労者だと思っている」

 

「終わらせた者……? ですか?」

 

「ああ。それが武力であれ、知略であれ、なんであれだ。一つの時代に終止符を打った者。その者こそが、その者の活躍こそが、私は見たいのだよ」

 

「ふふふっ」と普段はあまり笑わない表情で笑うニホンピロウイナー。「それは……」とアキツテイオーが言葉を続けようとしたときだった。バァン──!!と扉が開き、ウイナー用の正面玄関が勢いよく開く。

 

 

「なにごとだ!?」

 

アキツテイオーが叫んだ。こんな乱暴な乱入をする者に心当たりがなかったからだ。あえて言うならダイタクヘリオスの知人か、はたまたチームスピカのゴールドシップか。

 

 

「あァン!? 随分とちゃっちい扉だなぁおい!!」

 

扉を蹴り上げて入って来た粗暴者が姿を現わす。……見覚えのないウマ娘だった。学園の制服を着ていない事から察するに、少なくともトレセン学園の生徒ではない。誰だと問う前に返事が返ってきた。

 

 

 

 

「試される大地はヤマニン組副長、ヤマニンドルフィン。可愛い妹のお礼参りをさせてもらいに来たぜゴラァ!!」

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

空気が重い。今この場にいれば大抵の人がそう思うだろうと、柴中は感じる。

 

……あの啖呵からどうしてこうなるのかサッパリ分らないが、ウイナーが「取りあえず客らしいので持てなせ」と言ったので柴中もアキツもそれに従う。客人用の円卓席に座ってもらい、お高い紅茶を淹れた。どうやら彼女は言動こそ良くないが、こちらに喧嘩を売る気は無いらしく、先ほどから奇妙なにらみ合いのような物が続いている。

 

 

 

「それで? 貴様はここへ何をしに来た?」

 

空気を重くしている原因たる一人。マイルの皇帝、ニホンピロウイナーがようやっと口を開く。

 

 

「ああ゛? んなもん決まってんだろ──!!」

 

髪をポニーテールに結ったそのウマ娘が吠える。一触即発の空気にとうとう火が付いて──。

 

 

 

「本当にありがとうございましたっっ!!」

 

おでこがテーブルを通り越して床に付く勢いで頭を下げられた。

 

 

「あいつが……あたしらの末の妹がいつも大変お世話になっております」

 

「「あいつ」……というのは」

 

「当然、ヤマニンゼファーのことだよ」

 

何のことやら分らず、あるいは分っても付いていけず、柴中とアキツテイオーが呆けている内に話しは進んでいく。

 

 

「察しは付いていたが、やはり貴様はゼファーがよく口にしている姉か」

 

「なんだ知ってんじゃん。やっぱ一々確認なんざ取る必要無かったじゃねぇか」

 

「へへへっ」とおかしそうに笑うヤマニンドルフィン。その名に聞き覚えは無かったが「ヤマニン」という冠名と、彼女の口にする「妹」とやらで察しが付いた。彼女はヤマニンゼファーがよく話している「粗暴な姉」とやらなのだろう。

 

 

「貴様と私に直接の面識は無い。来るならせめて一報の一つもいれてくれなければ歓迎も満足に出来ん」

 

「良いんだよ細けぇ事は。どうせそう派手な歓待なんて受けるつもりもねぇし、そもそも連絡なんざ入れたらサプライズに何ねぇだろ」

 

「サプライズ……だと? まさか貴様──「お姉ちゃん?」……ゼファーへの連絡も無しに来たのか?」

 

ウイナー城へと入って来たヤマニンゼファーを見て、ニホンピロウイナーはヒクついた。このあと何が起こるのかを予見してだ。

 

 

「え? どうしてお姉ちゃんがここにいるの???」

 

「どうしてってお前──「ずっと前から‘もし来るならちゃんと前もって連絡を寄越して’って言ってたよね?」──っ!」

 

有無を言わさない迫力と覇気だ。全開時のニホンピロウイナーに勝るとも劣らないオーラを全身から醸し出して、実姉のドルフィンに押し迫る。

 

 

「用意しなきゃいけないこともあるし、みんなに説明しなくちゃいけないこともあるから急は止めてって言ったよね? なんで???」

 

「そ、それはその……」

 

ドルフィンがたじろぐ。あのニホンピロウイナーと真っ向から言い合っていたドルフィンが、実妹のゼファーの問いかけに対して何の反論も出来ない。

 

 

「ねぇ、なん──「そこまでにしてやれ、少なくとも悪意があってのことではあるまい」」

 

思わず所──ニホンピロウイナーから助け船が入る。「……失礼しました、陛下」と、若干不満そうだが、それでゼファーの機嫌は一旦落ち着いた。

 

 

「だが理由の方は聞かせて貰うぞ、まさか本当にサプライズで妹の様子を見に来ただけ──というわけではあるまい。三度問おう。貴様はここへ何をしに来た?」

 

「──へ?」

 

「…………おい待て、本当にそうなのか? 本当に妹の様子を見に来ただけ……だと?」

 

「おう」

 

悪気も無く堂々と告げられ、次の瞬間にはウイナーは「あっはっはっは!!」と大口を開けて笑い出した。

 

 

「き、貴様らの故郷は試される大地だと聞いている。ワザワザ彼方遠方から、たったそれだけのために遠出してきたのか?」

 

「だーかーらそうだって言ってんだろ? 人の話ちゃんと聞いてんのかこの「お姉ちゃん」……人の話をちゃんと聞いてたんですか?」

 

ゼファーに叱られ、若干だが言葉遣いを正すドルフィン。先ほどからハラハラと展開を見守っていた柴中が、そこでようやっと口を出した。

 

 

「あー……。そういう事なら確かに客人かもな、うん。 はじめまして。俺がゼファー……妹さんの担当トレーナーをさせて貰ってる柴中だ。よろしくな」

 

「おう、優男っぽい兄ちゃん「お姉ちゃん?」……よろしくお願いします」

 

やはり反論が出来ない。妹が上で、姉が下。建前上はどうなっているかしらないが、何らかの誓約によってこの姉妹のカースト順位は不動の物で固まっている様だ。

 

 

「では目的を果たすが良い。貴様の最愛である妹は目の前にいるのだから」

 

「言われなくてもそうするってーの」と軽く悪態をつき、次の瞬間には真剣な顔つきになってヤマニンドルフィンは語り出す。

 

 

「なぁゼファー……お前、ここにいて楽しいか?」

 

「…………」

 

「前にも教えたよな? そこにずっといて楽しいかどうか、自分が自分でいられるかどうか。それがそいつの居場所に相応しい条件だってよ」

 

ジッ──とゼファーの眼を見る。その瞳に虚実は無く、その信念に、曲がった所は一つも無い。

 

 

「もしそうじゃねぇってんなら言え。どんな手を使っても、姉ちゃんがここから連れだしてやっからよ」

 

大切な妹を守る──その一念でヤマニンドルフィンの行動は完了していた。

 

 

「……心配してくれてありがとう、お姉ちゃん」

 

だから、ゼファーも真摯に返す。大切な家族の、自分を大切にしてくれる存在の言動に応えるために。

 

 

「でもね、うん。大きなお世話」

 

「…………」

 

「私ね、ここでいい。ううん、チームステラ(ここ)がいいの。ここじゃなくちゃ嫌なんだよ」

 

ジッ──とドルフィンの眼を見る。姉同様、その瞳に虚実は無く、その信念に曲がった所は一つも無い。

 

 

「ここに来れて、このチームに入れて、毎日がスッゴく楽しい。嘘じゃないよ? 本当に毎日そう思ってるんだもん」

 

まだ子供の時、小さな頃、二人の姉の背中ばかりを追いかけ回していた頃。先に‘自分の居場所’を見つけた……否、ヤマニン組を‘造った’姉達二人のことを、正直羨ましいと思っていた。姉達はそこに自分も入れてくれているだろうが、実の所、場所は隅っこ。総長と副長の家族──という立場でしかなかったから。

あの日々は決して悪く無かったが、どこか拭えないような一抹の寂しさも抱えていた。

 

だが、トレセン学園に特別編入という形で──休養寮に入ってから、様々なことが変わりだした。自分に何かあったら過剰に心配してくる姉二人がいない環境というのはとても新鮮で、不安で、でも楽しかった。それこそ「ここで何かが変わらなかったら別の方法を探そう」と寡作していたのがバカらしくなるぐらいに。

 

休養寮を退寮して、正式にトレセン学園に通えるようになった頃……。チームステラに誘われてからは更に目まぐるしい日々だった。初めての先輩、初めてのチームメイト、初めてのルームメイト、初めての憧れの人に、初めてのトレーナーさん。

 

もう毎日が新鮮で新鮮で、楽しくて仕方がなくて、楽しいと思うような暇すらも、新鮮さと楽しさが置き去りにしていった。

 

 

「だから、私は大丈夫だよ。ドルフィンお姉ちゃん」

 

もうあの身体が弱く、威勢と精神ばかり強かったあの頃の自分じゃない。そうゼファーは強く宣言し、ドルフィンは「そうか」とニカッと笑った。

 

 

「なら改めて礼を言わせてくれ。……本当にありがとうございました。こいつをこんなに……トゥインクルシリーズのレースで勝ち負け出来るぐらいに強くしてくれて」

 

心の底から三人に向かって頭を下げる。その誠意が伝わったのかアキツテイオーはようやっと警戒を解き、柴中は軽く微笑んだ。

 

 

「なんだ「さっさとGⅠの一つも取らせろ」と文句の一つでも言われるかと思っていたのだがな」

 

ふっ──とウイナーが鼻で笑い、ドルフィンもはっ──と笑い返す。奇妙なやり取りによって成立する、奇妙な友情がそこにはあった。

 

 

 

 

 

「で、それはそれとしてドルフィンお姉ちゃん。プリエールお姉ちゃんはどこ?」

 

「…………」

 

「……ねぇ、まさか黙って来ちゃったの? ……呆れた。どうなってもしらないよ? 今頃、内心スッゴく心配してるんじゃない?」

 

「た、頼む! 後で一緒に謝ってくれ!!」

 

……奇妙な姉妹関係もあった。

 

 

 

貴方にとって「読みやすい」一話分の文量を教えて下さい。

  • 800~1200文字
  • 1201~1600文字
  • 1601~2400文字
  • 2401~3200文字
  • 3201~4000文字
  • 4001~5000文字
  • 5001~6000文字
  • 6001文字以上
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。