ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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風が吹くまで 18

 

 

『さぁ、今年もこの季節がやってまいりました! 春のクラシックGⅠシリーズ第一弾、桜花賞!!』

 

例年通りの赤坂の開催宣言に、レース条に押し寄せた観客達は大いに沸き立つ。

 

 

『春の桜が女王の誕生を待つこの季節。成長を見せつけ、女王の冠を戴冠するのは誰だ!!』

 

ふぅ……という溜息をついて、ニシノフラワーは呼吸を整えた。桜花賞に出走するウマ娘のために用意された待合室の中だ。「緊張してるか?」と傍にいたトレーナーが聞いてくる。

 

 

「い、いえ.。だいじょ……すみません、やっぱり少しだけ」

 

アハハ……とポリポリ頬を掻くニシノフラワー。それも当然だ。なんと言っても、今日のGⅠレースは一生に一度しか走れないクラシックレースの一つ、ティアラ路線は桜花賞。毎年のことだが、クラシックレースは普通のGⅠレースと比べて、格は同じでも当人達の思い入れが違う。出走できるというだけで上澄みの上澄み、入着できれば世代を代表する一人で、もしも勝利なんかした日には一生物の栄光をその手でつかみ取れる。

 

それだけに、メンバーも早々たるものだ。

 

特にフラワーが意識しているのが(気をつけなければならないのが)、6枠12番で出走するアトラーブルだ。人気こそ6番人気と低いが、彼女は前走のチューリップ賞でニシノフラワーに3と1/2バ身以上の差を付けて大勝している。だがそれだけではない。彼女は何れ来たるオークスで最大の難敵になるだろうとニシノフラワーは直感していた。ここで彼女を倒せなければ、悲願のトリプルティアラへの道は途絶えてしまうだろう。

 

 

(なんでなんだろう──)

 

何故‘今’なのか。そんな疑問がずっとあった。あともう少し自分が速く生まれていれば年相応の──トレセン学園に入学するに相応しい年齢と体格をしていれば、もう少しマシな気持ちで桜花賞を迎えられていたのではないか。本格化が来るのがもう少し遅ければ、トレーナーに数々の迷惑を掛けずに済んだのではないか。何故今、自分はこの桜花賞の舞台に立とうとしているのか──。

 

 

「……なぁに、お前なら大丈夫さ」

 

柴中がワシャワシャと、フラワーの頭を髪型が崩れない程度の力で撫でる。「わわっ……!」とニシノフラワーはちょっとだけ複雑そうな顔をした。

 

 

「俺はお前を信じてる。だからお前も自分を信じろ」

 

「…………」

 

「去年の新馬戦を4バ身差で圧勝したのは誰だ?」

 

「……私、です」

 

「格上挑戦になった札幌3歳S(GⅢ)とデイリー杯3歳S(GⅡ)の勝者は?」

 

「…私です」

 

阪神3歳牝馬S(GⅠ)(阪神ジュベナイルフィリーズ)を勝ってジュニア王者の一人に輝いたのは?」

 

「私です!」

 

すくっと椅子から立ち上がる。そのままトレーナーの顔をシッカリと眼で見た。……今まで見たことが無いほど安心した……自信に溢れている、そんな顔だった。

 

 

「な? 後はお前らしく走れば(闘えば)それで良いんだよ。結果は後からシッカリ付いてくるからな」

 

「──はい!」

 

満開の花の様にフラワーは笑った。……そうだ、対抗にいるのが誰だとか、他に有力候補がいるだとか、そんなの一々気にしていられるか。自分らしく、後悔のない走りが出来るかどうかが、勝利への一番の近道なのだから。

 

 

「──行ってこい! フラワー!!」

 

「──はい!!」

 

トレーナーの最後の一押しを受けて、ニシノフラワーは勢いよく控え室を飛び出す。

 

 

 

 

このレースにおいて最も注目を集めるウマ娘というのはつまり、やはりと言って良いかどうかは分らないが1番人気のウマ娘だ。今回においてはニシノフラワー、彼女をおいて他にいないだろう。観客からの期待も注目も集めるが──なにもそれは、傍観者達に限った話しでは無い。

 

 

(……大人げないと笑わば笑え)

 

(どんな事をしてでも、私は……GⅠタイトルが欲しいんだ!!)

 

彼女には明確な弱点がある。それを突いて彼女を嵌めようとする同期達が大勢いるのも、また事実なのだ。

 

 

 

「……トレーナー。フラワーハ大丈夫だろうカ」

 

柴中が座る関係者席。不安げな面持ちで柴中に聞いて来たのは、シンコウラブリイだ。去年の阪神ジュベナイルフィリーズで3着に入るなど、既にマイラーとしての才能を開花させつつある彼女は桜花賞にこそ出場しないが、阪神ジュベナイルフィリーズで健闘したフラワーの応援に駆けつけた、チームステラの代表だ。その面構えはあまり見たことの無い物になっていて、思わず柴中は驚きの表情を見せる。

 

 

「意外だな。お前がチームメンバーの……一度闘った奴の心配をするなんて」

 

言い方こそあれだが、それは間違いない事実だ。彼女は自分が実力を認めた者の心配を然程しない傾向がある。チームメンバーならば尚更だし、ましてやフラワーは一度ラブリイを破った相手である。一度手合わせしてその実力を知り、心から認めているからこそ、彼女はこういった大舞台でも大して誰かの心配はしない質なのだ。

 

 

「流石に桜花賞……クラシックレースではナ」

 

「なるほどな」と柴中は独り言ちた。一生に一度しか出走権利が与えられないクラシックレースの舞台ともなれば、この常に戦闘態勢に入れるような‘女戦士’も緊張するのか。

 

 

「なぁに、心配要らないさ」

 

それに対して、柴中は特段緊張はしていなかった、否、してはいるが決して表面には出さないでいた。

 

 

「あいつは勝つ。勝って桜の女王になって帰ってくる。お前だってあいつの実力はよーく分かってるだろ?」

 

それでいて、ラブリイを励ますような言葉は欠かさなかった。実際にレースに出るわけではないとはいえ、ラブリイもまた、自分の担当ウマ娘だ。僅かな不安や動揺も、見逃すわけにはいかない。

 

 

「だガ……」

 

「どんなハンデがあろうが、それを理由に集中攻撃されようが関係ねぇよ。あいつは……そんなハンデを覆せる実力を持ってる。心だって弱くない、寧ろ強い。それでこその飛び級入学ウマ娘だ」

 

「……そうカ」

 

それでラブリイはようやく落ち着いたのか、いつもの仏頂面に戻った。珍しい物を見た柴中は(もう少しだけこのままの方が良かったか?)と、つい思ってしまった。

 

 

 

『虎視眈々と上位を狙っています、三番人気はこの娘です。ディスコブーコ!』

 

『この順位は少し不満か? 2番人気はこの娘、サンエイセンキュー』

 

『さぁ、今日の主役はこのウマ娘をおいて他にいない。本日の1番人気、ニシノフラワー!』

 

『火花散らすデッドヒートに期待しましょう!!』

 

『ゲートイン完了、出走の準備が整いました──』

 

 

 

──ガシャコン!

 

 

 

 

『スタートしました!!』

 

『揃いました綺麗なスタートを切りました!!』

 

『まず中を付いてヴィアナコンサート果敢に飛ばしていきましてリードを半馬身ぐらい取りますが、抑えて内を回ってエリザベスローザ追走して、その後ニシノフラワー早くも3番手!!』

 

「──ッ!? させない!!」

 

「…………」(スッ)

 

『しかしそれを交わすようにゴールデンデジタル3番手から一気に2番手に上がっていった! 後はダンツセントーオーこれも早めに上がっていく!! 大外からはユートジェーンドゥもそれに倣い向こう正面の直線コースへ! 1番人気ニシノフラワーは7,8番手に控えました!!」

 

 

「おいおい、あれじゃ動けねぇじゃねぇか!」

 

「どうすんだよ!!」

 

これこそが彼女の弱点。まだ小学生である小さな体躯を利用して、無理責めをしてでも最初期に後方へと沈めてしまう。あとはなにもせずとも、自然と彼女はバ群に囲まれ揉まれて体力を一方的に消耗する。──少なくとも、それを仕掛けたウマ娘達はそう思っていた。

 

 

「……よし、落ち着いて走れてるな」

 

一言で‘次々に抜かされて7,8番手’と言ってしまえば一見状況は悪いように見えるが、実の所、全くそんな事はない。総勢18人という人数からしてみれば十分先行勢の一人と言って差し支えない位置だし、なにより対抗のウマ娘達の超早仕掛けに慌てず騒がずかからなかった。落ち着いて体力を温存できている事を鑑みても、現状のニシノフラワーは最高に近いパフォーマンスをしている。それに最悪、彼女の末脚ならば後方からでも十分に差しきれる。

 

 

『あと外を固まってハウスリバー良い位置! 遅れて内を回ってエリザベスローザが追走して、あと一バ身差ジョーブガール! この圏内に内からはバ群の中、サンエイセンキューです! 中を突いてゴールデンテスコ、その圏内に外からアトラーブルです行きました!』

 

「フラワー……」

 

「良いぞ。そのまま行けよ、フラワー……」

 

後は自分に出来る事は祈るだけになった柴中とラブリイは、それでもこれが今の自分に出来る精一杯の事だと、懸命にフラワーの健闘を祈る。

 

 

『内を回ってディスコピットちょっと揉まれています! 半バ身差中カモンモンテ! 大外回ってアトムホールが追走して──』

 

「……(凄い、視界がとてもクリアになってる)」

 

ニシノフラワーは慌てない。ニシノフラワーは騒がない。ニシノフラワーはかからない。そもそも、レースをするのに体積の面で不利な自分がそんな事をしてしまえば、本当に勝ち目が無くなる(相手の思うつぼだ)

 

瞳を一瞬だけ閉じて、もう一度開ける。

 

 

「──ッ! ここっ!!」

 

無理な勝負(そんなこと)をせずとも、一瞬の隙を見逃さなければ、必ず自分の前に道は出来るのだから。

 

 

 

『ムゲンラッキー後方二バ身ぐらい差が付いて、サイゴウノムスメこういった展開で、各ウマ娘3,4コーナー 中間地点に入って参りまし──っ!?』

 

赤坂は一瞬言葉に詰まった。レース実況という物をする以上当然の事ではあるのだが、最終直線、最期の200Mに入るまで、なかなか一人のウマ娘だけに注目するということが出来ない。だから、半ばその光景が信じられなかったのだ。

 

 

『に、ニシノフラワーです! ニシノフラワーが単独二番手の位置に上がってきていた!!』

 

「嘘……いつの間に!?」

 

周囲のウマ娘達が動揺する。彼女は最序盤で後方の方(だと彼女達は思っている)へと沈んだはずだ。上がってこれるか否かで言えば上がってこられるだろうが、一切揉まれず、掛かりも衝突もせずにどうやって……!!

 

 

「これハ……!!」

 

(一瞬の隙……上手いぞフラワー!)

 

内心で拍手喝采する。赤坂とは違い、自分の担当ウマ娘一人に注目することが出来る柴中には見えていた。フラワーを沈めようとしたウマ娘のちょっとした無理。その無理によって出来た隙を伝って手早く俊敏に、完全に囲まれて詰む前に、ニシノフラワーは無理なく包囲網を突破して、再び最高の位置につけたのだ。まるで「これが本当の早責めです」とでも言わんばかりに、

 

 

『先頭はヴィアナコンサート! ヴィアナコンサート残り600の標識を通過! そしてニシノフラワー! ニシノフラワー早め二番手から先頭に並びかける!! あとは一バ身ぐらいの差がついて各ウマ娘一気の混戦集団ですが──!!』

 

(速く──)

 

──け

 

『アトラーブルが来た! アトラーブルが来た!! 大外からはダイイチラーナー! 大外からはダイイチラーナー!!」

 

(速く──!)

 

──行け

 

『大きく横に広がって残り400の標識を通過して第4コーナーをカーブ! 直線コースを向いた! 先頭はニシノフラワー! ニシノフラワー先頭だ!! だがそとからアトラーブルとクリークフィールドが突っ込んできた!』

 

(もっと速く──! ○○○○の元へ!!)

 

 

行け! フラワー!!

 

 

 

「っぁあああああああああああああああああ!!」

 

 

領域(ゾーン)

 

 

──早咲きの天才少女(THE・SprintFlower)──ニシノフラワー

 

 

その時、阪神レース場に……正確にはそのターフの上に、第2の花が舞い踊った。

 

 

『先頭は、ニシノフラワー! ニシノフラワー強い!! なんという粘り腰! リードを三バ身に広げた!! 外からアトラーブルとムゲンラッキーが来るが、これはとてもではないが間に合わない!!』

 

『お見事! ニシノフラワー!! 早めの戦法で直線鮮やかに抜け出して、見事桜花賞を制しました!!』

 

 

『ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

観客席からの声援が、どうにも遠くに聞こえた。全身全霊でひた走ったというのもあるだろうが、どうにも気分がぽわぽわとしている。

 

 

(うーん……?)

 

勝った──という自覚が薄い。3バ身以上の差を付けたにも関わらずだ。もしやこれは全部夢ではないかとほっぺたを軽く抓ってみたくなるが、そこはグッと堪えた。

 

 

「フラワー!」

 

聞き覚えがありすぎる声が聞こえてくる。自分のトレーナーである柴中の声だ。何故だか知らないが、随分と興奮したような声色をしている。

 

 

「──やったな!」

 

ニカッ──と笑う彼の顔を見て、自分を褒め称えるその声を聞いて、彼女はようやく、GⅠ桜花賞で勝利したのだという自覚を得た。

 

 

「……桜花賞ウマ娘、なんですか、私が?」

 

「ああ!」

 

一度ハッキリと‘自覚’が来るともう止まらない。脚は妙に浮き足立ち、心はぽわぽわからムズムズを通して満開に花開く。

 

 

「え、えへへ……!」

 

嬉しい──そう‘嬉しい’だ。まずその感情が身体中を駆け巡り、次に誇らしさが心を支配する。自分はなった、なれたのだ。一生に一度しか出られないクラシックレースで桜花賞ウマ娘──その称号を手に入れる事が出来たのである。

 

 

「トレーナーさん! 私、綺麗に咲けましたか!?」

 

「ああ──! 最っ高に綺麗だぞ!!」

 

普段は絶対に聞けないような大声が、トレーナーから聞こえる。その声に歓喜して、ニシノフラワーは普段は絶対しないようなガッツポーズをしたのだった。

 

 

 

 

Iontach(素晴らしい)……実に素晴らしいレースだっタ」

 

柴中の横でラブリイがボソリと呟く。レース前の不安げな心持ちは、彼女が勝利したという事実の前に完全に吹き飛んでいた。

 

 

(怖かった……私は怖かったのだナ)

 

フラワーが敗れることが、ではない。自分を負かした彼女が、自分のレースが出来ずに敗北してしまうことが。自分がレースに参加していたとしても、彼女以外に負けていただろうという事実を突き立てられることが……ではなく、自分が認めたウマ娘である彼女が敗北するところを見たくなかった。

 

だがどうだ。柴中の言う通り、心配など欠片もする必要無かったじゃないか。周りの空気に飲まれる事なくシッカリと自分のレースをして、文句無しの大勝利を収めた。誰かを勇気づけられるような……そんな走りだった。その走りを持って、彼女はラブリイの不安を根こそぎ取り払った。

 

 

「私も頑張らなければナ……!」

 

頬をペシペシと叩き、気合を入れる。いつか──否、次こそは彼女に勝ってみせると強く決意し、シンコウラブリイは他の観客達同様、勝者である彼女を祝福しにかかる。

 

 

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