──中央トレセン学園──カフェテラス近くの休憩所──
「──とまぁ、そういう訳なんで近々転入して来るそいつと相部屋をやれる……もとい、やっても問題無いような奴を探してるんだけどさぁ……」
「…………」
中央トレセン学園本校に付属する形で建てられている二つの学生寮の内の一つ、美浦寮の寮長を務めるウマ娘──‘女傑,『ヒシアマゾン』は、普段はあまり見せない疲れたような顔を隠そうともせず、自分の対面に座っている無骨面に話しかける。
「ホント参ったよ。みんな普通の──ああいや、この言い方はちょっと良くないね。よくある怪我とか病気の娘の補助なら兎も角、ほぼ完治しているとはいえ休養寮出身のウマ娘と相部屋は‘もし何かあった時に責任が取れないから嫌,だとさ」
「…………」
「‘自分の発言や行動に責任が取れないような事はしない,。それが普通の考えだってのは分かるし、無責任に色々引き受けようとするような考え無しよりは何倍もマシなんだけどさぁ……。じゃあどうすりゃ良いんだいって話になるわけじゃないか」
傍から見ても一方的な会話にしか見えないそれは認識として正しく、その無骨面は疲れた様子のヒシアマゾンを労いもせずに彼女から差し出された弁当をガツガツとかっ食らっていたし(要するに半分以上話しを聞いていない)、ヒシアマゾンもそれを承知で喋り続けていた。
誰かに話しを聞いて貰えるだけで気が楽になる──それが宿敵と呼べるような間柄なら尚更だ。結果として悩みのタネを解消することが出来ずとも、その無骨面のウマ娘──‘シャドーロールの怪物,こと『ナリタブライアン』は確かにヒシアマゾンの力になっている。
「このままじゃ寮長であるアタシの独断か、さもなくば本当にクジ引きかなにかで相部屋になる奴を決めることになっちまう」
「……それの何が問題だ? 今の美浦をシメてるのはアンタだろう。独断だろうがクジだろうが好きにすれば良いし、それで文句を言ってくる奴などいないと思うが」
「それがダメなんだよなぁ。もちろんアタシも美浦の寮長として色々とフォローはするつもりだけど、それだって限度ってもんがあるだろう?」
独断にしろ公平にしろ、嫌々相部屋になってしまったウマ娘達は大抵‘よくない空気,を纏いやすくなる。生きていく上で絶対必要な衣食住のうち「住」をこれからずっと共にするのだ。部屋だけではなく食事やトレーニングなんかも共にするような仲が良いペアもいれば、常にケンカしているような、それでいて互いの事を最大のライバルと称して認め合っているような奇妙なペアもいるが、どんな形であるにせよ、なるべく「良い関係」を築いて貰いたいというのが寮長であるヒシアマゾンの心情だった。
部屋に帰るだけでテンションとやる気が下がる──などといった事態は避けなければならない。なにせ、ここに住むウマ娘達は中央のウマ娘レースに出走する「選手」だ。それも全国各地から選びに選び抜かれた超一流の。単なるルームシェアのように「この人とは気が合わないから距離を取ろう」といった心構えで居続ければ良いという話しではないのである。
……普段であれば「最初っから‘良い関係,を築けるような奴なんてそうそういないよ。少しずつ少しずつ、上手い具合に互いをすり合わせていきな」とか「あーもう面倒くさい! 文句あるなら走りでも何でも良いからタイマンで決着付けてきな! それが美浦のやり方だよ!!」といったヒシアマゾンらしい半ば強引な解決策で対処する事が出来るし、それで問題無いと本人も思っているのだが……。「休養寮のウマ娘」とくれば少々話しが別だ。関係が悪化してからでは「遅すぎる」
「何十年も前の話とはいえ、一回ガチで
急に持病が悪化して夜に部屋のベッドで唸っていたのを「どうせいつもの発作だろう」と軽く見た、‘ただ住居を共にしているだけ,の相方に眠られた結果、その休養寮出身のウマ娘は延々と苦しみ続ける事になった。朝起きてから「流石におかしい」と気付いた相方が当時の寮長に連絡。そのまま救急車で病院に搬送されてなんとか一命を取り留めたのだが……。彼女はもうレースはおろか、まともに運動が出来る身体ではなくなってしまっていた。
「……? 確かに胸クソ悪い話しだが、一命は取り留めたのだろう? ではなぜ──おい待て、まさか」
ヒシアマゾンの話しを聞いて「飯が不味くなるだろう」と言わんばかりに渋い顔していたブライアンは、その可能性を思い付いてより顔を顰める。
「お察しの通り。折角拾った命だってのに自分で捨てちまったんだとさ」
「ちっ。本気で気分が悪くなる話しだな」
搬送された病院の屋上を利用しての飛び降り自殺。休養寮から期待のエースとして送り出されたのにクラスメイトはおろかルームメイトにもまるで馴染めず、肝心のレースでも大惨敗を繰り返し続け、色々と限界が来ていたところで「あなたはもう走れません」という医者からの宣告がトドメになったらしい。
まだ‘グレード制度,が導入されてすらいない──主立った八つの特別なレースから「八大競走」とウマ娘レースが呼ばれていた時代の話しだが、当時はもう相当な騒ぎになったという。生徒への配慮や心体のケアなどの気配りがたらなかったとマスコミ各処に謝罪した学園側への批判もそうだが『そもそも走る見込みの無い病気持ちの生徒を入学させるな』という、休養寮そのものを無くすべきだという過激な意見まであった。紆余曲折と年単位の時間、それから当時の理事長並びに教職員の尽力を得て少しずつ騒ぎは収束していったのだが、そのトレセン学園の歴史上トップクラスの汚点は何十年も経った今でも「休養寮のウマ娘」というネーミングに‘しこり,を残している。
身体が弱く、訳の分からない奇病を患い、肝心のレースでもまるで勝てないのに伝統ある中央トレセン学園にいる
「『常にとは言わないけど、少なくとも部屋にいる間は空気を読んで気を配ってくれるような奴を相方にしてくれ』って理事会からお達しまで来てるんだよ。流石に無視する訳にはいかないだろう」
だから建前としての対応は兎も角、内心は嫌がってるようなウマ娘に任せる訳にはいかない。万が一にもあの時と同じ事を繰り返させる訳にはいかないのだ。
「……なるほどな」
「っていうかアンタ仮にも副会長だろう? なんで知らないんだい」
「今の
肉や米の一片まで余さず食べ終わり、完全にカラになった弁当箱をヒシアマゾンへ返しながらブライアンは言う。何時もの不敵な無骨面が、なんだか少しばかり陰っているようにヒシアマゾンは見えた。
「……悪いね。飯時にこんな話ししちまって」
「全くだ。おかげで普段より飯が喉を通らなかったぞ。……それはさておき、どうするつもりだアマさん」
「それがまるで思い付かないから困ってるんだよアタシは……」
学園の上層部である理事会から直接要望が来ているのであれば、ヒシアマゾンお得意の「最初は合わなくても後から(半ば勢いで)すり合わせていく」という方針は使えない。最初から「こいつなら問題無い」と思える人材を相方として起用する必要があるが、寮長であるヒシアマゾンがそう思えるウマ娘達は既に全員相方がいる。美浦だけに限らず、トレセン学園の寮は基本的に二人一組で使う事を前提として造られているから三人目として部屋に追加する訳にもいかないし、例の事件の事を考えると休養寮上がりのウマ娘を一人で空き部屋に突っ込むのは躊躇われる……というか理事会が了承しないだろう。
色々考えを巡らせるが、地頭の出来は良くてもそこからの発展が苦手なヒシアマゾンは結局なにも思い付かず「はぁ……」と小さく溜息をついて
「しゃーない、やっぱフジにも相談するかぁ。重賞レースに勝った休養寮上がりの先輩が向こうにはいるし、何かのアドバイスはしてもらえるだろ。上手く組めそうな奴が向こうにいるなら、
「悪いが私も大した案は思い付かん……が、アマさんが困っていたと会長に伝えておく。奴ならそう時間を置かずに良い解決策を思い付くだろうさ」
二人が会話と昼食を終えて席から立とうとした──その時だった。
「Cad a tharla?」
明らかに日本語ではない言語で話しかけられ、ヒシアマゾンは一瞬ギクリと固まる。初対面の時に思いっきり英語(それもかなり拙い)でペラペラと話しかけてしまって大恥を掻いたトラウマもあってか、ここ半年でもう何度も耳にしている筈のこの言語に未だ慣れないでいた。
……英語のようで英語ではないこの言語。かのイギリス諸国と切っても切り離せない関係にあるこれは──アイルランド語だ。
「あーっと……」
「……失礼。どうカ、しましたカ?」
片言ながらも不慣れな日本語での会話に切り替えたその人物は、美浦寮に所属している外国のウマ娘だ。つい半年前に‘天才少女,「ニシノフラワー」と共に中央トレセン学園に突如として転入してきた期待の新鋭にして、フラワーと同じくチーム『ステラ』の厳しい選抜試験に一発合格した‘ケルトの女戦士,。
「私で良けれバ話しをききまス。寮長」