ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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ヤマニンゼファー 10/10 出走前

「……改修された直後から思ってたけど、やっぱ凄く綺麗になったよなここ。別に前のが汚かったとかそういう訳じゃないんだけどさ。なんていうかこう、一気に近未来的になった? 気がする」

 

「どうした急に」

 

 

──中山レース場──

 

 

千葉県は船橋市(一部市川市)に存在する「日本四大レース場」の一つ。年末に行なわれる日本屈指のウマ娘レース「有マ記念」の開催地として有名だが、他にも「皐月賞」「スプリンターズステークス」「ホープフルステークス」「中山グランドジャンプ」「中山大障害」などといった名だたるGⅠレースを初め、一年を通して計27回もの重賞レース(GⅠ6回、GⅡ9回、GⅢ12回)が開催される、ウマ娘レースファンにとっての一大聖地だ。

 

近年スタンド施設を中心とした大型改修工事が行なわれ、同年12月には駅連絡地下通路(ナッキー・モール)がリニューアルオープンするとともに、グランプリガーデンが新規オープンして新しく生まれ変わった中山レース場の観客席に、その二人組の男はいた。

 

二十歳は過ぎているのだろうが、まだまだ若輩者加減が抜けきっていない雰囲気から、恐らく大学生かそこらの年齢である事が窺える。着ている服や背負っているリュックなども大手量販店で安売りされているような物ばかりで、一見すると‘ミーハーなウマ娘レース初心者,という印象を受けるのだが……。

 

 

「やっぱ今更か?」

 

「そりゃそうだろう。中山(ここ)が改修されてからもう何十回来てると思ってるんだよ」

 

「いや、なんていうか改修当時に『うおー! スゲー!!』とか言ってメチャメチャはしゃいだ記憶はあるんだけど、そういや『綺麗』だとか具体的な感想は言ってなかったような気がしてさ」

 

この二人、侮るなかれ。なんとまだ小学生の頃から毎日のようにテレビやラジオでレースを楽しみ、GⅠレースがある日はコツコツ溜め続けたお小遣いを解放してレース場へと足を運び、高校生になってバイトが出来るようになってからは地方のレース場なんかにも躊躇無く足を運ぶようになり、今では暇さえあればGⅠはおろか、重賞クラスのレースすらない日でもレース場へ観戦に行くようになった猛者だ。

 

それでいて、自分達の事を「まだまだにわかファンの若造」と正しく(・・・)認識している辺り、彼らのウマ娘レースにかける本気っぷりが窺える。この道二十年三十年といった古参ファンがゴロゴロいるのがウマ娘レースの世界なのだと、彼らは理解していた。

 

 

「えーっと……。次の第7レースは今日二回目のメイクデビュー戦だったか」

 

「お決まりのダート1200だな。時間もまあまあ経ってるし、朝方の不良バ場状態よりかは多少マシになってると思う」

 

つい先ほど第6レースが終了し、今は次の第7レースにむけて各ウマ娘が出走前の最後の準備をしている所だ。昨日の一五時辺りから朝方前にかけて雨が降り続けた結果バ場が荒れに荒れ、第1レース開始時点で芝のコースが「重」ダートコースが「不良」という発表。幸い第5レースである障害競走が終了してお昼を回った頃には溜った水も若干捌けてきて、今は芝が「稍重」でダートは「重」となっている。

 

 

「バ場が荒れてる時のレースも嫌いじゃないし、むしろそれが得意で映える娘もいるけどさ。やっぱデビューする娘には良バ場を走ってもらいたいなぁ俺は」

 

「泥まみれになってたもんな、午前中にダートコースでデビューした娘達。初めてのレースが不良バ場じゃあ大変だろう」

 

小太り気味で眼鏡を掛けている男の意見に、緑髪でパーカーを着ている男も同意する。‘泥に塗れながらも勝利という栄光を掴む,──字面としては良いが、実際に走っているウマ娘達からしてみれば堪ったものではないだろう。ウマ娘レースという競技に参加している以上、天候によるバ場状態の変化は避けては通れないし、『代表』や『名優』のように荒れたバ場こそが得意というウマ娘もいるが、彼女達だって別に好き好んで泥まみれになりたいという訳でもあるまい。メイクデビュー……自分という存在を初めて世間に披露する場とくれば尚更の筈だ。

 

 

「ええっと、一番人気が‘バンコソンガー,で二番人気に‘カガクノパワー,三番人気が‘ヨビリンスコール,と……。注目してる娘とかいる?」

 

「お前なぁ、情報が少なくて予想が難しいメイクデビューで素人の意見聞くか普通? ……取りあえずパドックで見た感じだとやっぱ一番人気のバンコソンガーは調子も良さそうだし、このなかじゃ頭一つ抜けてる感じはするな。それ以外だと四番人気の‘フェンスザヒメ,以降はみんなどっこいどっこいじゃないか?」

 

「やっぱそう思うか。俺も大体一緒なんだけど──」

 

‘メイクデビューでここまで予想出来る素人がどこにいるんだよ,と二人の隣に座っていた中年のおじさん達が呆れたように見てくるが、二人は視線に気付くことなく会話を続ける。

 

 

「けどなんだよ?」

 

「一人気になる……っていうか「なんだこの娘?」って思った娘がいてさ。ほら、12番人気の──」

 

──おーい! ゼファー!!

 

人気下位になって当然の情報しかない彼女の名前を言おうとした瞬間、二人がいる席からそう遠くない場所でちょっとしたザワツキが起こった。なんだなんだとそちらを見てみるとレース場の観客席ではそこそこ珍しいことに、まだ年若いウマ娘の集団が形成されている。それも、全員が中央トレセン学園指定の制服を着ていた。

 

 

「……中央の生徒さん達?」

 

眼鏡を掛けていない方の男が首を傾げる。重賞クラスの大レースが開催されない日でも友人やチームメイトがレースに出走するなら応援に駆けつけることはよくある為、観客席でトレセン学園制服を着たウマ娘を見かけること自体は珍しくない。

 

──負けるのは良いけど怪我だけはすんじゃねーぞ!!

──無茶しないでねゼファー! ゴールまで走りきればもうそれで良いから!

 

しかし、ここまで大勢で固まり、全員でたった一人のウマ娘を応援しているという状況は流石に珍しい。開催されるのがGⅠレースで、二大皇帝や彼女達に匹敵する大物が出るというのなら学内で形成されているファンクラブのメンバーが来ているのだと納得出来なくもないが、今日中山で開催されるレースのグレードは最大でもOP戦だ。それだって「強豪」と呼ばれている、もしくは今後呼ばれるであろうと予想されるウマ娘は出走しないし、そもそも彼女達が応援しているのは次に行なわれるメイクデビュー戦に出る──

 

 

「ゼファー……ってあれだろ? お前が気になるって言ってた12番人気の──」

 

「‘ヤマニンゼファー,の事で間違いないと思うんだけど……。でもあの娘って確か……」

 

「『休養寮上がり』のウマ娘だって話しだったよな。──ってことはあそこで応援してるのも休養寮の娘か?」

 

二人は先ほどパドックで見た鹿毛色の少女のことを思い出す。スラリとした程よい体躯に気負いが無さそうな表情と、見た目だけならそこまで悪くはなさそうな感じがするウマ娘なのだが、観客ならびに関係者達へ事前に開示された彼女の経歴ないし直前までのトレーニング内容が、その人気を16人中12位にまで落としていた。彼女以下の人気のウマ娘はすでに一回目のメイクデビューを終えて、入着も出来ずに惨敗という結果を残した者が殆どである。

 

肝心のゼファーは正真正銘今日が初のレースで、実力未知数なのにも関わらずこの低人気──それもその筈。

 

 

「……可哀想な気もするけど『休養寮のウマ娘』。そのデビュー戦ってんじゃ、人気が低くても仕方ないんじゃないか?」

 

‘休養寮上がりのウマ娘は勝てない,‘少なくともデビュー戦は敗北する,──ウマ娘レース界において何十年も前から言われている規定概念の一つだ。休養寮を出て暫く経った後──本校へと移って本格的なトレーニングを行い、さまざまなレースで経験を積んだ後であれば話しは少し別なのだが、休養寮上がりであればどんなに将来有望なウマ娘でもデビュー戦は勝てないとされている。

 

先天的か後天的か。何万人に一人という確率で発生する特異体質や奇病を抱えてしまったウマ娘。‘それさえ治せば見込みがある,とスカウトされ、トレセン学園が造りあげた病院兼任の特別施設──休養寮で治療に専念すること数年。望んだ通り体質が幾分かマシになり、いざ本校のレース科に転入してデビュー戦に挑んでも、それまでずっとトレーニングを積み続けてきたウマ娘達に完膚なきまでに蹂躙される。……要するに休養寮とそれ以外のウマ娘の間には絶対的な「時間の差」があるのだ。過去にどれだけ素晴らしい成績を収めていても、怪我や故障で一年以上レースに出ていないウマ娘がいきなりGⅠレースで勝つ事が出来ないのと同じように。

 

 

「いや、俺が気になってるのはゼファー本人やその人気じゃないよ」

 

「? じゃあなにが気になるんだ?」

 

「……俺もどんなに考えても分からなかったんだけど──」

 

再び首を傾げながら、眼鏡を掛けた方の男はその疑問を口にした。

 

 

 

 

 

「なんだってあの娘のトレーナーは、こんな滅茶苦茶な育成をしたんだろう──ってさ」

 

 

 

 


 

 

『さぁ始まります。本日の第7レース‘メイクデビュー,!』

 

ウマ娘レースファンには既に聞き慣れた、とある女性実況アナウンサーと瓜二つ──強いて言えば少し明るくて若々しくなったような声色が、大型の拡声器を通して中山レース場へと響いた。その声を聞いて「……ん?」と何名かの観客が小首を傾げる。驚くほどよく似ているが、間違いなく緑髪太眉毛がチャームポイントの「赤坂アナウンサー」の声ではない。

 

 

『ここからの実況はつい先日新人アナウンサーとしてデビューしました──『ウマ娘レース実況と言えば「赤坂」。赤坂といえば「妹の方」』といずれは言われるようになりたい私こと「赤坂友恵(あかさかともえ)」。解説は午前に引き続き、井川URA名誉委員でお送りいたします。井川さん本日はどうぞよろしくお願いいたします』

 

『よろしくお願いします』

 

「──ああなるほど」とでも言いたげに、スタンド席で何人かの観客が同時に頷く。確かに先日赤坂アナウンサー(姉)のウマッターアカウントでも

 

『あの小さい頃から生意気だった妹がとうとうアナウンサーデビューしてしまいました!! ……報道の世界は母が作ってくれるお菓子みたいに甘くないぞ! 頑張れ!!』

 

的な事を赤坂(姉)本人が呟いていた筈だ。今日はその妹のウマ娘レース初実況の日という事か。それを把握した初老の男性数名から「頑張れよー妹ちゃん!」「姉ちゃんに負けねぇようになー!!」と野次みたいな声援が飛ぶと、赤坂(妹)から『ありがとうございまーす!』とキラキラした雰囲気を纏った返事が返ってくる。

 

 

『さて井川さん、さっそくなんですが本日2回目のメイクデビュー戦です。今回は午前中に行なわれたメイクデビューより更に大勢の……計16名のウマ娘が出走するわけですが、やはり午前のレースと同様に前日から降り続いた雨の影響が心配されています。そのあたり如何でしょうか』

 

『そうですねぇ……。やはりウマ娘レースですから天候によるバ場ないし各選手への影響はどうしてもありますし……どうしようもない、仕方がないことなんですけれども……。やはりこう、一番最初のお披露目であるメイクデビューは綺麗な状態のターフで行わせてあげたいという気持ちが私にもありますね。不良バ場でしたし、初めてレースに出るウマ娘にとっては脚への負担も想像以上の物になるでしょうから』

 

『なるほど確かに。午前中のレースに出走したウマ娘はほぼ全員、体操着がドロドロに汚れてしまっていましたね。すでに何度も経験してある程度場慣れているのでしたら兎も角、本日デビューするウマ娘には未だ過酷なレース環境かと思われます』

 

新人アナウンサーにしてはスラスラと自然に出てくる会話とフリに「おー」と誰からともなく小さな感嘆の声が漏れる。新人とは言え、そこはプロアナウンサー。会話の引き出しにぬかりはない様だ。

 

 

『現在URAの定めた規定では「メイクデビュー」戦は最大二回まで出走する事が許されていて、今回が正真正銘のデビューレースとなるウマ娘は16名中4名。ヤマガタヒツジ、ウエノタンパクセキ、イイシラセ、そしてヤマニンゼファー。以上のウマ娘には色んな意味で厳しいレースとなりそうです』

 

『ええ、是非とも気をつけて走って貰いたいですね』

 

 

 

 

 

 

 

『──どうだ、ゼファー()の様子は』

 

第7レース開始まであと十分足らず。レースの様子を一番間近に観戦出来るスタンド最前席──その更に前方、実質的にはターフの上。コースとの間にあるのは弱々しいフェンスのみという、ウマ娘レースの関係者しか入ることが出来ない狭い空間にいた柴中がウイナーから掛かってきた電話に出ると、彼女は普段の素っ気ない挨拶すらなく開口一番にゼファーの事を聞いてきた。

 

 

「今朝お前が見た通りだよ」

 

こちらも挨拶無しの軽い口調でサラッと返す。彼のすぐ前、前方数メートルの位置にはすでに体操着にゼッケンを付けたゼファーがいて、視線に気付いたのかこちらへと歩み寄ってくる。

 

 

「身体全体に気合が乗ってるのに気負いはない。レース開始直前になっても落ち着いてるし、何より眼が良いな。有り体に言って‘ワクワクしてる,んだろう」

 

『そうか』

 

「そんなに気になるならお前も付いてくりゃ良かったのに。今丁度目の前にいるけど代わるか?」

 

『必要無い。皇帝としての勅命と、先輩としての激励は昨日既に済ませた。……あとはトレーナーたる貴様の言葉で戦場へと送り出してやれ』

 

「もう用事は済んだ」とでも言ってそのまま通話を切りかねないウイナーを引き留めようと挑発めいた言葉を交えて言うが、ウイナーはまるで意に介そうとしない。その言葉を最後に通話を切られてしまった柴中は「やれやれ」と小さく呟きながらスマホを服の内ポケットへとしまう。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「なんでもないよ。器用なのに不器用で心配性な皇帝様が、大会前の親御さんよろしく俺に電話を掛けてきたってだけだ」

 

そんな抽象的な表現でも大体の事を察したのか、ゼファーは「あぁ……」と頷きながら軽く微笑んだ。

 

 

「ウイナーさん、本当に良い人ですよね。色々と忙しい筈なのに、この一週間ずーっとトレーナーさんと一緒にトレーニングを見ててくれましたし。……私が不甲斐さ過ぎて思わず手を焼かせてしまったというのもあると思いますけど」

 

「それだけお前に期待してるんだよ。もちろん俺もな」

 

柴中がそう言うと、ゼファーは照れ臭そうに顔を紅くして頬を人差し指でポリポリと掻く。

 

 

「正直な所、まだちょっと実感が沸いてないんです」

 

子供の頃から虚弱だった体質がこうして改善した事も。それで栄誉ある中央トレセン学園本校へと転入出来るようになった事も。学園屈指の強豪チームにスカウトされた事も。皇帝たるウイナーとGⅠトレーナーの柴中がゼファーの願いを叶える為に、こうして無茶な育成計画を建てて実行してくれているという事も。あまりにも出来すぎていて「これはもしかして夢か何かなんじゃないか」と下らない事を頭が考える度に「それは‘皆,に失礼だ」と心が強く否定した。

 

「ゼファー!」とこちらを向いて叫ぶ休養寮のウマ娘達に軽く手を振りながら、彼女は言う。

 

 

「……お礼を言いたい、言わなくちゃいけない人達が沢山います」

 

応援してくれた家族に。互いに励ましあった友達に。病魔から助けてくれた大人に。大切な事を教えてくれた指導者に。憧れの先輩に。ずっと見守ってくれていた  ──に。

 

ただ全力で走る(・・)。ウマ娘にとっての本能をさえ満足に充たす事が出来なかった自分が、選ばれた者しか立つことを許されない夢の舞台(トゥインクル・シリーズ)にいるのだ。どれだけ言葉を尽くしたところで内から湧き出る感謝の意を示しきれるものか。

 

 

「……そうか。だったら──」

 

「はい! だから私、全力で頑張ります!!」

 

だから走る。全力で頑張って走ってレースに勝つ。その姿を皆に示す事こそ、今の自分に出来る最大の返礼となる筈だ。──だがそんな気勢に満ちた表情のゼファーを見て、柴中は色んな意味で笑った。

 

 

「おいおいそれは良いけど『作戦』は忘れないでくれよ?」

 

ゼファーも自分が言ったことが打ち合わせの『作戦』と真逆である事に気付いたのか、思わず「ふふっ」と吹きだす。

 

 

「ごめんなさい。でも大丈夫です、ちゃんと分かってますから。────『頑張るな』ですよね!」

 

「ああ、じゃあ行ってこい!」

 

「はい!」

 

元気良く返事をしたゼファーは今度こそ柴中へ背を向け、ゲートが置かれたスタート位置へと移動していく。

 

 

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