ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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そよ風を待つ者

『……これはとんでもないメイクデビューとなりましたヤマニンゼファー。ウマ娘レース界に蔓延っていた常識を強風の如く吹き飛ばし、初のレースでみごと勝利を飾りました!!』

 

「──それで? 貴様達は奴をどう思う。発言を許す故、聞かせろ」

 

──中央トレセン学園はどこかの室内に、超薄型の大型テレビから実況者の声が響く。映し出されているのは勿論、今日ゼファーが挑んだメイクデビューレースだ。それを見た‘彼女達,の反応は様々だったが、少なくとも悪印象は抱かれていないだろうとウイナーは確信する。--闘志に火が付いたようなその瞳を見れば一発だった。

 

 

「まだお会いしたこともない人の、それも走りだけを見て何かを言うのは気が引けますけど……。そうですね、気持ち良さそうに走る人だなあって思いました。チーム入りの件、心から歓迎します」

 

『花姫』『天才少女』『春花』──ウマ娘‘ニシノフラワー,がまず最初に和やかな笑顔と共に頷くと

 

「はいはーい! カレンも歓迎でーす☆ 今まで私達のチームにいなかった‘正統派主人公タイプ,の人っぽいし、あの人はカレンの‘可愛い,をより磨いてくれそうな何かを持ってそうな気がしまーす!」

 

『可憐なる小悪魔』『閃光乙女』『可愛いの権化』──ウマ娘‘カレンチャン,

 

「ボーノも大歓迎だよー! 体質異常? っていうのがあっても大丈夫! ボーノの作ったおいしいご飯をいっぱい食べて毎日しっかりトレーニングすればドンドン強くなるし、きっと仲良くなれそうな気がするの!!」

 

『心優しき巨人』『大地揺らす一挙一足』『豊穣(料理)の化身』──ウマ娘‘ヒシアケボノ,

 

次々と賛同の声が上がってゆくなか、「恐れながら」と挙手をしたのは‘帝王,と呼ばれている、チーム「ステラ」の№2ウマ娘だ。

 

 

「許す。言ってみろ」

 

ウイナーから直々の許可が出て、『マイルの帝王』『皇帝(ウイナー)の側近』『驚愕の‘二の矢,』──ウマ娘‘アキツテイオー,は語り出す。

 

 

「では──なぜ奴に己の脚質と異なる『追い込み』で戦うよう指示を?」

 

「あ、やっぱり違うんですか?」

 

カレンはアキツの明言に納得したかのようにコクリと頷くと、特出し過ぎないよう可愛らしくデコられた鞄からゴソゴソと何かを取り出した。

 

 

「ほう、カレンも気付いて……。おいちょっと待て。一体なんだその極彩色の不気味な本は」

 

「タキオンさんとフクキタルさんが共同して作った『ウマ娘分析占い全集(祝)』です☆」

 

カレンの非常に可愛らしい笑顔の横に世にも奇妙な……。人によっては見ているだけで気持ち悪くなりそうな極彩色の本が並び、そのあまりにミスマッチ加減にアキツは会議中だということも忘れて思わずツッコんだ。

 

 

「確かに見た目は最高に可愛くないですけど……。結構凄いですよこれ。ギリッギリでトレセン学園の学則や憲法の定義に接触しないような各ウマ娘の個人情報を元に統計を算出……。つまりは科学的に分析した占い結果が乗っているんですけど──「あー、結構当たってるかも……」って思う事が色々書いてあるんです」

 

「あの大問題児共が……!!」

 

アキツとしては会議を放り出して今すぐ二人の事を〆に行きたい気分だった。大方‘タキオン,の方が『そのまま科学的な根拠に基づいた資料として纏めるとよろしくない』とでも思ったのだろう。万が一の時の為に‘フクキタル,と共同開発をして‘占い(オカルト),紛いの文献にする事で逃げ道を確保したのだ。制作者の時点で嫌な予感しかしなかったが、この本にはトレセン学園にとって決して流出してはならないタイプの情報が記されているとみてまず間違いない。アウトかセーフか、炎上するかしないかの問題ではなく、悪用されるかされないかの問題だ。

 

 

「で、当然走り方や戦法、それから脚質に関しても科学的な占い結果が書いてあるんですけどー……。それを元に考えると「あの人、あんまり追い込みをやりそうに見えないのになぁ」……って思ったんですよ」

 

「……貴様がどんな手を使ってその本を手に入れたのかはこのさい聞かないでおいてやるが、ぜっっっっったいに情報を流出させるなよ? それと、私は別に良いが陛下とトレーナーには後で必ず本の内容を確認させろ」

 

「はーい☆ ……でも、ホントに大丈夫です。そういうのの‘怖さ,はカレンがよーく知っていますから」

 

パラパラと極彩色の本を捲りながら、カレンは頷く。アキツのカレン個人への言及があまりなかったのも『カレンならまぁ問題あるまい』という信頼から来る物だった。口頭に‘ある意味で,という単語は付くが、その辺りの危機管理能力はまだ中等部の少女ながら、カレンが学園一長けている。

 

 

「……話しがズレたが、兎に角あの‘ヤマニンゼファー,というウマ娘。奴の脚質適正は恐らく──」

 

「──‘『先行』の筈だ,……と言いたいのだろう?」

 

静かに、しかし一瞬でその場を纏め上げるような‘力,を持った言葉を放ったのは当然、皇帝たるウイナーだ。

 

 

「流石だな‘帝王,よ。源氏武者のように果敢で荒々しく、しかして切子職人のように繊細な貴様の慧眼をしてこその確信を持った看破だった」

 

ウイナーにしては珍しく手放しでの称賛に、アキツも「……恐れ入ります」と頭を下げる。──フラワーのようにウイナーの真意を推し量りきれないことに不甲斐なさを感じながら。

 

 

「貴様の慧眼に免じ、意を答えよう。無論、このレースに勝たせる為だ」

 

「ん、んん? どういう事ですか陛下ー?」

 

ヒシアケボノが首を捻る。ウマ娘が自分の脚質と合わない作戦やバ場(芝/ダート)で走った場合、タイムがガクッと落ちるというのが普通だ。確かにバ場と違って作戦の方ならば多少自分の脚質と合ってなくとも走れるため、シニアクラスに上がったウマ娘が時折‘奇策,としてやってくるが、それは同じレースを走るウマ娘達が自分の事を‘知っている,という大前提があってこそ成立する。相手の予想と違う事をして動揺を誘ったり、特殊なトレーニングを重ね実際に脚質を変質させておいたりして不意を突くわけだ。

 

しかし、今回はゼファーにとって初のレースとなる「メイクデビュー」だ。当然ゼファーの事を意識しているウマ娘などいる訳がないし、むしろ六日前まで休養寮にいたという情報を聞いて侮っていたウマ娘の方が圧倒的に多いだろう。わざわざ自分の脚質と合っていない走り方をする必要性が──

 

 

「……‘負け筋を無くす為,、ですか?」

 

素晴らしい(Excellent)! その通りだ。愛らしき、されとて強き花姫よ」

 

たった一度のレースを見ただけで己が真意までおも看破したフラワーに、ウイナーは最上級の褒め言葉を賜わす。

 

 

「貴様達なら此度のレースを見れば分かったと思うが、奴は条件戦やOP戦如きで止まるようなウマ娘ではない。重賞……複数回のGⅠ勝利が視野に入る逸材だ。故に今回のメイクデビューも奴本来の脚質である「先行」でも十分勝てただろう」

 

なにせ、直線200Mを切ってからの末脚だけで‘あれ,だ。彼女に一瞬で追い抜かれた新バ達は暴風に吹き飛ばされたように感じたかもしれない。

 

 

「しかし、当然‘絶対,ではない。力強い「逃げ」ないし「逃げ寄りの先行」をする事が出来る秋津や、同じ先行型でも学園最上位のパワーを持っている東雲(しののめ)にはあまりない発想だったかもしれないが……」

 

「下手するとバ群に飲まれちゃうんですよね。私もあまりパワーがないので、囲まれた時の恐ろしさはよく分かります」

 

ウマ娘レースにおける最悪の状況の一つとして「囲まれる」という事がある。集団が一つに纏まって団子状態になってしまった際にその中段に当たる位置に入ってしまった状況を指す言葉だが、こうなってしまうと例えどれだけその囲われたウマ娘が強くとも、勝つのは難しい。なにせ四方八方に自分に沿って走り続ける‘壁,があるのだ。ペースと呼吸は大きく乱され、最後の直線コースに備えて脚を溜めることも容易ではなく、大抵の場合はそのままズルズルと下位に転落していく。

 

これを打破するにはバ群を強引に抜く事が出来る圧倒的なパワーか、数少ない正解の走行ルートを見出すことが出来るセンスと観察眼が必須だ。当然、まだデビュー前でロクに併走もした事がなければ才能も基本平凡で、そのうえ病み上がりのゼファーはどちらも不可能。つまり、‘もし囲まれてしまえば負ける可能性が高い,のである。

 

それを回避するにはどうするか──簡単だ。そもそもの話し、囲まれるような位置で走らなければ良い。

 

 

「選択肢は二つ。上手くスタートダッシュを決めてハナを切り、そのままゴールまで先頭に立ち続ける「逃げ」を決めるか、そうでなければ──」

 

「……今回のような「追い込み」で集団後方に位置取り続け、最後の直線で一気に躱すか、ですか」

 

「その通り。幸い……と言うのは癪に触るが、ゼファーは休養寮出身のウマ娘。それも碌なトレーニングを積んでいないとあって、出走者のほぼ全員が奴のことを舐め腐っていたからな。後方に位置取り続けていれば誰も気に止めんだろうと柴中は踏んだらしい。……まぁ肝心のゼファーは自分の「気質」を制御するのに大分手こずっていたが」

 

主に(トレーナーとして当り前の事かもしれないが)柴中が考えた作戦『頑張るな』とは要するに「追い込み」の事なのだが、わざわざ遠回しな言い方になった理由はゼファーの気質にこそあった。彼女は‘頑張る,ことこそを信条としている根性系ウマ娘だ。トレーニングでもダンスでもサポートでもなんでもかんでも‘頑張ろう,と張り切るのである(それに伴う結果は兎も角として)。現在トレセン学園に在籍しているウマ娘で言えば、チーム‘スピカ,の「スペシャルウィーク」に近いだろう。

 

子供の頃に抱いた大志を胸に、真っ直ぐ夢に向かって笑顔で突き進む。幾多の困難が迫ろうとも努力と根性で乗り越える。兎にも角にもなんでも頑張ろうと張り切るのだ。カレンが言った‘正統派主人公タイプ,のウマ娘。

 

逆に言えば、頑張らない──もとい‘力を出し渋る,という事が、彼女にとっては難しい。要は「追い込み」に必要な「後方に待機して脚を溜める」という行為があまり得意ではなかったのだ。どうしても気持ちが身体を前へ前へと押しやってしまう。一種の「掛かり」にも近い状況だった。

 

柴中から『‘頑張らない,って考えるからダメなんだ。そうだな……。最後の200Mまでは大体前から9番目ぐらいの位置をキープするように‘頑張って,、200Mを切ったら‘もの凄く全力で頑張って,ゴールまで一気に駆け抜ける──こんなイメージで考えてくれ』

 

というアドバイスを受けて気持ちに納得がいったのか、レース前日にようやく及第点まで仕上がったのである。ただの「逃げ」ではなく「大逃げ」を打ってくるウマ娘がいた場合が面倒だったが、その場合は素直に作戦を「先行」へ変更すれば良い。

 

 

「……大小様々な条件が揃ったが故の奇策でしたか。差し出がましい上に浅慮な意見でした」

 

「お許しを」とアキツが頭を下げれば、ウイナーは「よい、許す」と即座に返す。ウイナーとしては、むしろ謝罪しなければならないのは自分の方だと考えていた。情報の漏洩を避けるためとはいえ、大事な臣下達にゼファーのチーム入りの件はおろか、自分達がこの数日間何をしていたのかすら今の今まで明かしていなかったのだから。

それに関しての謝罪と、自分達が不在の間の労働への労いはこの後しっかりやるとして──

 

 

「──ところでだ。先ほどから黙りっきりだが、何か思う所は無いのか?」

 

「…………」

 

そのウマ娘はテレビで放送していた第7レースが終了した時から、静かに目を瞑って只管に何かを考えていた。──それだけで身震いするほど華麗だった。

 

 

「我が臣下達の中でゼファー()と一番最初に戦場でぶつかるとすれば間違いなく貴様だ。何を思ったかくらいは聞かせろ」

 

「承りましたわ、陛下。──ですが、そうですね。特に何も(・・・・)

 

そのウマ娘はウイナーの命を受けて口を開き、サラリと自分の意見を口にする。──それだけで耳が心を奪われた。

 

 

「ほう?」

 

「確かに陛下とトレーナーが見出しただけの事はあるのでしょう。諸々の事情を加味しても一年……いいえ、私と同じ舞台まで駆け上がってくるだけなら半年もいらないかもしれませんね。いずれにせよ、彼女はトレセン学園に吹き荒ぶ新たな風となるでしょう」

 

そのウマ娘は皇帝たるウイナーを前にして尚、自分という存在こそがこの場で一番高貴な存在だと信じて疑っていなかった。──その高慢さをして優雅だった。

 

 

「ですが、逆に言えば今はまだ‘そよ風,程度のそれです。その気概にこそ惹かれますが、驚異と感じるには至りませんわ──そして」

 

 

 

『至上の紅玉』『走るお嬢様』『古きより続く大貴族』

 

 

 

「いずれその時が来たのなら、真っ向からお相手させて頂きますわ。──『華麗なる一族』として、私の背中を永延と魅せてさしあげます」

 

 

 

『華麗なる一族』──ウマ娘‘ダイイチルビー,

 

 

ここ数年におけるウマ娘レースの短距離路線においての最注目株。いずれはチーム「ステラ」を牽引する存在になると誰もが信じて疑わない、誇り高きウマ娘だった。

 

 

 

 

 


 

 

「…………ええっと」

 

ウマ娘、ヤマニンゼファーは状況が理解出来ずに戸惑った声を上げる。

 

上手いことメイクデビューを制し、初勝利を納めることに成功したゼファーは、そのあとトレーナーである柴中と共に清瀬を含めた休養寮のウマ娘たち全員に揉みくちゃにされるほど祝われ、レース場にあるフードコートで退寮祝い件祝勝を祝う昼食パーティーをする事になった。

 

途中、例の三人組が騒ぎすぎて清瀬と委員長に〆られたり、スタミナを付けるためのマラソンに何度も付き合ってくれた娘から『本校(むこう)で会える時が来たら絶対に併走してもらうからね! いままでアンタが避けてきた分も含めて徹底的に!!』と宣戦布告めいたことを言われたり、遠藤院長から祝言の電話が掛かってきたりとてんやわんやしていたが、兎に角パーティーは終わり、その後に行なわれたウイニングライブもシッカリと全力でやり遂げて、皆と一緒にトレセン学園へ帰還したのだ。

 

休養寮のウマ娘達と別れ、柴中に美浦寮の前まで送られて、寮長であるヒシアマゾンから歓迎の挨拶(?)をされて、いざこれから自分が暮らしていく事になる部屋の前まで案内された時だった。突如として扉が向こうから開いたと思えば、中から明らかに勝負服と思わしき服を着た一人のウマ娘が出て来る。──一瞬思考が固まったゼファーを前に、彼女は開口一番にこう言った。

 

 

「Is laoch gaoithe bródúil tú」

 

「…………ええっと」

 

申し訳無いとは思うのだが、何を言っているのかサッパリ分からない。体質がある程度改善して本格的なトレーニングを始める事が出来るようになる前まではその時間を座学に当てていたから、ゼファーはこれでもかなり一般科の成績が良い方なのだが、そのゼファーをして初めて聞く言語だった。少なくとも英語ではない事だけは分かるのだが……。

 

 

「大丈夫、安心しな。時折自分の国の単語がポロッと出ちまうらしいけど、別に日本語を喋れないわけじゃないからさ。勝負服姿なのもこいつなりの礼儀や歓迎の証って奴だからあんま気にしないで良い。戦士って奴の矜持だとか、部族独特のコミュニケーションだとか、私らの常識や考えとは違う部分も色々あるんだが……。こいつは良い奴だよ、掛け値無しにね」

 

「……失礼しましタ、寮長」

 

ペコリと軽く頭を下げて、彼女は今一度ゼファーの方を見る。──それだけで、ゼファーは屈強な戦士と相対した様に感じた。

 

 

「初めましテ。そしてようこソ。いずれ誇り高キ‘風の戦士,となるだろう私の戦友」

 

美しい褐色の肌。くすみ掛かった銀色の髪。服越しでも分かる、鍛えに鍛えた古代の剣闘士を思わせる身体。

 

 

 

『戦う者』『ケルトの女戦士』『力強き信念』

 

 

 

「──シンコウラブリイだ。……よろしク」

 

 

 

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