ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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今更ですがゼファーの容姿はアニメ二期に一瞬だけ登場したあの娘そのままです。


チーム‘ステラ, 2/9

「はーい、みなさんお静かにー!」

 

水面に餌を撒かれた魚の様にざわめく生徒をなだめすかす、まだ年若い女教師の声が室内に響いた。中央トレセン学園は高等部の教室内だ。朝のホームルームの時間になって担任と共に教室に入ってきたその見慣れないウマ娘を見て「この時期に転入生?」という疑問が生徒達の頭に浮かぶ。

 

秋は勿論、春の新入生にしても規定された時期より三週間ほど早い「突如として現われた転入生」--これが普通の学校であるならば親や家庭の都合などで極普通に有り得ることなのだろうが、ここは伝統ある‘中央トレセン学園,だ。夏と冬に行なわれる入学試験において優秀な成績を収めるか、もしくはスカウト権限のある人物に直接スカウトされるかしなければ入学することは出来ない。

 

 

「今日はみなさんに転入生を紹介します」

 

そんな中央トレセン学園において「時期はずれの転入生」が来るとすれば、大きく分けて二つの理由が考えられる。

 

1つは前記の通り、スカウト権限のある人物にその才能を買われて特別編入した‘特別なウマ娘,。そして、もう一つが──

 

 

「今日──正確には昨日なんですけど、休養寮から転入してきた──」

 

「ヤマニンゼファーです。みなさん、どうかよろしくお願いします!」

 

休養寮での難病治療を終えてこちらへとやって来た、‘厄介な(特別な)ウマ娘,だ。

 

‘休養寮からの転入生,--それを聞いてなんとも言えない微妙な表情になった生徒達に気付くことなく、担任の女教師は「みなさん、仲良くしてあげてくださいねー」と暢気に喋りながらクリップボードに纏められた資料をパラパラと捲りだす。一方のゼファーは教室の端から端まで──これからクラスメイトになる生徒達の顔をサッと一瞥すると、何か思案するように少しの間だけ瞳を閉じた。

 

案の定、噂で聞いていた通り殆どのウマ娘が‘面倒臭い奴が来ちゃったなぁ……,とでも言いたげな顔をしている。理由は勿論、ゼファーが‘休養寮のウマ娘,だからだろう。

 

数十年前にトレセン学園で起きた、元休養寮所属のウマ娘による自殺事件。あの事件以来、中央トレセン学園に『困っていたら手を貸そう』『みんなで協力、支え合おう』という一種のスローガンめいた風紀的マナーが出来た。それ自体はとても素晴らしい事なのだが、年月が経って事件の事が忘れさられていくにつれて『休養寮上がりのウマ娘には気を使え』『心体共に過重な負担を掛けるな』『なにかあったら最悪の場合連帯責任になるぞ』という‘厄介者の対処法,に変化していってしまったのである。

 

 

(なんとかしたいなぁ……)

 

厄介者を見るなんとも言えない視線に晒されながら、ゼファーは思う。

 

‘大した成績も残せないのに伝統ある中央トレセン学園にいる要介護者(厄介者),という風潮が、事故や事件を防止するための良識あるマナーによって作られてしまっているという皮肉。誰かに気を使ったり場の空気を読んだりするのは本来強制してまでさせるべき事ではないし、向き不向きの面も大きい。相手に気を使っていることを悟られない……もしくは悟られてもそこまで気にされないよう気をつけて立ち振る舞う必要があるなど結構コツ(・・)がいるし、それを負担に感じない精神性も必要だ。

 

注意喚起やマナーの普及としてああしようこうしようと呼びかけるのは絶対必要だが、そこまで意識されて動かれると気を使われる方としても色んな意味で負担にしかならない。……逆にこっちが気を使って立ち振る舞わなければならなくなる程に。

 

 

「ええーっと、今まで休養寮に所属していたからレース経験は当然無し……じゃないですね! つい昨日メイクデビューに出走して、しかも勝って……え!? て、転入初日に初レース初出走(・・・・・・・)でしかも二馬身差勝ち!?」

 

担任の女教師が放った言葉の意味を理解する事が出来た一部のウマ娘が、先ほどとは別の意味でザワつき始める。

 

 

(ちょ、ちょっと待ってそれってつまり……!)

 

4戦4勝 プリンセス・オブ・シンデレラ──『イソノルーブル』

 

 

(ねぇねぇシスターちゃんシスターちゃん。なんでみんなあんなに驚いてるの? ただデビュー戦で勝っただけじゃないの?)

 

10戦4勝 3着3回 無垢なる気迫──『ヌエボトウショウ』

 

 

(……重用なのは‘勝ったこと,ではありませんよ、シスターヌエボ。その前──‘休養寮出身かつ初レース初出走,の方です)

 

3戦3勝 最美の巡礼者──『シスタートウショウ』

 

 

(あら、一目見て素敵な娘じゃないと思ったけど……ふふっ! これから楽しくなりそうね!)

 

4戦3勝 豊満なる心・技・そして体(未完)──『ダイナマイトダディ』

 

 

(……なんだろう、急に空気が──)

 

「──いずれ警戒に足る逸材になるかもしれない。──そう思った奴らだろうさ」

 

教室最後方の窓際の席。学生服の上から分厚いパーカーを羽織い、机に肘を付いて手の平で顔(というより顎)を支えているウマ娘が、空気の変化を敏感に感じ取ったゼファーに呼応するかのようにボソリと呟く。女教師や他のウマ娘達とは違ってそこまで驚愕の表情を浮かべてはいないが、その宝石のような輝きを放つ瞳は、まるで見定めるかのようにゼファーの事をジッ──と見ていた。

 

未出走 元不良にして、日本史上最強の**──『レガシーワールド』

 

 

「えっと……」

 

「ほら、隣座んなよ。どうせここしか席は開いてないんだし、先生もそのつもりだったでしょ?」

 

ゼファーが「そうなんですか?」と言って担任の方を見ると、担任の女教師は困ったような表情をしながらもコクリと頷いた。

 

 

「え、ええ。でもまずはその、軽く自己紹介をしてもらってからというのが通例なので「レガシーワールド」いやレガシーさんに言ってないですから!?」

 

そんなやりとりに思わず笑いそうになってしまうのをグッと堪える。実の姉二人を思わせるような粗暴な外見から繰り出される天然発言に一種のギャップを感じてしまったのだ。コホンと一回だけ咳払いをしてから、ゼファーは改めてテンプレートに則った自己紹介を始めた。

 

 

 


 

 

 

「……それで、貴様はどうしてそうまでやつれているのだ?」

 

正しく不思議そうな顔をしながら、マイルの皇帝『ニホンピロウイナー』は自分の対面に座る柴中に聞いた。まだ人がまばらな、開店直後のカフェテリアだ。朝食を摂る時間も惜しいほど仕事が多忙な時、もしくは徹夜明けで疲れ切っている時、柴中はここの一番端に位置する席に陣取り、雑務をこなしながら朝食を摂る事にしている。

 

テーブルの上には如何にも難しそうなことが書いてある契約書やら計画書が端の方に積み重なっていて、あとは最新のノート型パソコンが一つと、柴中が頼んだであろうクロワッサンとミニサラダ、スクランブルエッグがワンプレートに纏められた朝食セット(人間向け)が全く手つかずのまま放置されていた。

 

 

「お前なら予想ぐらい付いてるだろうが……」

 

「だが所詮は予想に過ぎん。貴様自身の口から「そうだ」と確認するまではな」

 

ウマ娘を育成して一流の選手へ育てていくにあたって必要なデスクワークなども基本的にトレーナーの仕事ではあるのだが、チームメンバーがGⅠレースを控えている時期でもなしに、柴中がこうも多忙に追われているというのは珍しい。肝心の育成能力だけではなく、こういった書類仕事もそつなくササッとこなしてこそのGⅠトレーナーだ。皇帝たるウイナーのトレーナーともなれば当然である。

 

 

「……昨日のレースだよ」

 

柴中は軽く溜息をついてから質問に答えた。彼の頭を悩ませている原因は、ウイナーの予想通りつい昨日行なわれたゼファーのデビューレースについてだ。

 

 

「やはり中傷と批判が来たか? ‘無謀な挑戦だった,だの‘結果論として勝っただけの無茶苦茶な要求,だのは勝手に言わせておけ。奴の願いと将来性を考えるのならば、例え性急であろうとも早々にレースを経験させるべきだった」

 

レース終了後、ウイナーズサークルで何人かの記者に囲まれてインタビューを受けていた柴中とゼファーを思い出す。マスコミ各社によるインタビューに答えるのはウマ娘レース出走者の義務だが、昨日のそれは少々毛色が違った。重賞レースじゃなければOP特別でもない、ただのメイクデビュー戦にも関わらず、そこそこの記者がウイナーズサークルに集まったのである。

 

それを異常と呼べるかと言えば否で、メジロの令嬢達などを始めとした将来性に期待出来るウマ娘にはデビュー戦──もっと言えば未出走の時から専属取材を申し込まれる事まであるのだが……。昨日のそれはどちらかというと『一体何だこいつは』とレースを見て思った報道陣が急遽集まったといった感じだった。

 

休養寮出身で、転校初日。レースはおろか、まともなトレーニングすら殆どしていない。誰も勝利を期待していなかった無名のウマ娘が、最後の直線200Mを切ってから一気の追い込みで前方にいた九人を纏めてちぎって大勝利してしまったのだ。注目されない方がおかしい。そしてそれは称賛や喝采だけではなく『なぜこのような勝ち目が無いウマ娘をレースに出したのか』という追求があったことを意味している。

 

「勝ったからよし」ではすまされないのがウマ娘レースの世界であり、無茶な育成計画を練ったトレーナーへマスコミからの批判である。

 

 

「いや、‘そっち,は存外少なかった。経歴はどうであれ「あれ程の実力ならば転入後即レースに参加させるのも納得出来る」って事らしい。むしろ「これだけの逸材を休養寮から発掘してきた某トレーナーは流石の慧眼であると言わざるを得ない」って称賛する反応の方が大きいな」

 

「……ではなぜだ?」

 

「……逆説的に「本当に元休養寮所属のウマ娘なのか?」「仮にそうだとして、転校初日だとかトレーニングメニューの部分は捏造されているんじゃないのか?」って疑惑の声が幾つか上がっててな。悪意がある物だと「秘密裏に育ててきた秘蔵のウマ娘を世間に注目させる為に経歴を詐称した」なんてのまであった。いやデビューまで存在を伏せてたってのは事実なんだけどさぁ……」

 

ゼファーをレースに出した事に対する自分への批判や中傷ならある程度は素直に受け入れるつもりだったが、その経歴を疑われるのならば断固として否定する構えだった。彼女の十何年にも渡るであろう必死の努力と闘病生活を、詐称だ捏造だなどという誹謗中傷で汚すわけにはいかない。

 

柴中も言葉を尽くしてマスコミ各処に説明等をしたのだが、疑惑を完全に晴らしきることは出来ず──

 

 

「なるほどな、それで公式に発表する為に奴の経歴書を改めて作り直しているという訳か」

 

「連絡した時はもう夜遅かったのに、遠藤さんや三坂さんがゼファーに関する書類を分かりやすく纏めた物を送ってくれてホント助かったよ」

 

ウイナーは大きくあくびをする柴中に「苦労を掛けるな」と労いの声を掛ける。「気にすんな」と返事をして完全に冷めてしまった珈琲を一気に飲み干すと、ブザーを押して店員を呼び出し、珈琲のお代わりを注文した。やって来たウェイトレスウマ娘に『「いつもの」でよろしいですよね?』と聞かれたのでコクリと頷く。

 

 

「ゼファーの経歴書に、みんなの育成計画書類。それから今年度の大まかな目標GⅠレースへの出走届けと……。うん、今のペースならなんとか二徹で済みそうだ」

 

「私が言えたことでは無いが、あまり根を詰めすぎるなよ。前みたく不意に倒れても知らんぞ」

 

「あー……。いやだってあれはさぁ……」

 

少しばかり照れながらバツが悪そうに頬をポリポリと掻く柴中。確かにあの時は焦りからか体調的に少々無茶なスケジュールを実行していたが、あれは多少無茶でも頑張らなければいけない所だったと今でも思っている。なにせ‘トゥインクルシリーズ,は勿論、‘ドリームカップトロフィー,に‘レジェンドレース,更には団体競技の‘アオハル杯,に至るまで、その年の集大成と言っても良い一大レースが連続して開催する時期で、それら全てにステラのメンバーが出走するという未曾有の事態だったのだ。

 

当然、チームトレーナーである柴中には各種レースへ向けてのウマ娘の育成と調整、トレセン学園並びにURAへ提出する書類の作成などといった大仕事が山積みになっていた訳だが、例え無茶でも全ての仕事を一つ残らずこなさなければならなかった。どれも彼女達が勝利を手にするためには必要不可欠な事だったからだ。死ぬほど忙しく、連日寝る暇も無いほどだったが、今までの中で一番気合が入っていたようにすら思う。

 

……まぁその結果ものの見事に質の悪い風邪をひいてチームメンバーに心配を掛けてしまった、柴中という人間にしては珍しい要反省案件なのだが。

 

 

「貴様の信念(それ)を尊重はするが、それはそれとして貴様に倒れられたら困るのでな。私達にやらせて問題無い事であれば躊躇無く言え。そういう決まり(・・・・・・・)だろう、我がチーム()は」

 

「ははっ、あの時も言われたよな、それ。……大丈夫。お前達にやってもらう予定の仕事はちゃんと分けてあるし、本当にキツいと思ったら素直に休むからさ」

 

分かっているようで分かっていない柴中に、ウイナーは苦笑いを浮かべながら言った。

 

 

「阿呆が、そうなる前に頼れと言っているのだ。最悪の場合私の勅命で花姫か東雲辺りに見張り兼付き人をやらせてやるから覚悟しておけ」

 

「勘弁してくれ。ただでさえ二人にはちょくちょく弁当作って貰っちまってるのにこれ以上負担なんてかけられ──「お待たせしましたー」あ、どうも」

 

お代わりの珈琲がテーブルに置かれたのとほぼ同時、始業開始十分前のチャイムが学園全体に鳴り響いたのを聞いて、ウイナーはゆっくりと席を立つ。

 

 

「ならば精々そうならないように努力しろ。無茶も無謀も、そしてそれによって倒れることでさえも、無償で他人から手を差し伸べられる若者の特権だ。トレーナーである貴様がして良い事ではないのを忘れるな」

 

「はいはい分かってるよ、ウイナー」

 

スタスタと静かにカフェテリアを後にするウイナーを席から見送りながら、柴中はようやっと朝食プレートのクロワッサンを手に取って一口だけ囓る。続けざまにお代わりの珈琲を口に含んで──そこでようやっと気が付いた。

 

 

「……これ、俺が何時も頼んでる奴(エスプレッソ)じゃないじゃん」

 

「適当ぶっこきやがったな?」とキッチンの方を若干睨みはしたもののワザワザ店員を呼んで中身を変えて貰うのも面倒臭く感じた柴中は、仕方なしにそのままやって来たキャラメルマキアートを供にささやかな朝食を取り始める。

 

 

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