ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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「はぁっ……! はあっ……!」

上手く呼吸が出来ずに息が詰まる。肺に空気を送るたび、喉が引き裂かれるように痛む。
ゴール板までのほんの数百メートルの距離が、数千メートルにも数万メートルにも感じる。
そしてなにより──

「はあっッ! ああぁっ……!」

脚が──鉛のように重い。勢いもキレも無くなったそれはまるで、燃料切れをおこした車のようだった。
「私」は意地と執念だけで脚を動かして無理矢理ゴールまで辿り着くと、それと同時に頭から倒れた。結果は当然のように20着(最下位)
春空の下で観客から大歓声を浴びる彼女を──幾千の明かりを代表するただ一つの星を、私は文字通り地面に這いつくばりながら眺めていた──。




ヤマニンゼファー 2/10

「『ヤマニンゼファー』……?」

 

ウイナーが「知ってるか」と言いたげな目で見てきたため、柴中は首を軽く振って否定する。一応、テストを受けていたウマ娘達にも目を向けてみるが皆一様に「……誰?」といった顔をしていた。

 

ウマ娘レースのプロを目指す者たちの中でもエリート中のエリートしか入学する事が出来ない(一部例外あり)のが『中央トレセン学園』だ。‘よく知らないが、名前ぐらいは聞いた事がある,というウマ娘は確かに多い──。とはいえ、在校生は『レース科』だけでも二千人以上いるため、全く知らないウマ娘がいてもなんら不思議ではない。少なくともトレセン学園指定の学生服を着ている以上、在校生であることは間違いないと見て良さそうなのだが──。

 

 

「はい! あの、ニホンピロウイナー先輩ですよね。今日はトレーナーさんと一緒にチーム選抜の為のテストをやってるって聞きました。なにかトラブルでもあったんですか?」

 

「ああいや、なんというかその……」

 

「『トラブル』などなにも起きていない。貴様がどこの誰かは知らんが「ヤマニンゼファーです!」……兎に角、部外者が口を出さないで貰おうか」

 

今度は視線だけではなく、ハッキリと口に出してゼファーを拒絶する。確かに多少は騒ぎになったかもしれないが、この程度の喧噪などトレセン学園では日常茶飯事だ。なにより『トラブル』など本当に起きていない。ウイナーはただ『選抜テストの結果を伝えただけ』である。それでウマ娘達から不平不満が出るのは分るが、例え誰に何を言われようがこれを変える気はなかった。

 

 

「んー……。確かに私はテストに参加してた訳じゃありませんし、その結果にどうこういう資格も無いですけど……。あ! じゃあじゃあ『トレセン学園の生徒として』学園で起きたトラブルの解決の為に関わらせて下さい! これなら部外者じゃありませんよね!!」

 

「……ほう」

 

だがゼファーも引かない。直球ではダメと分かるないなや、すぐさま別の建前を用意して仕掛けにきた。こういう風に言われると、皇帝と呼ばれるウイナーもそこまで強く出られない。

 

『そういうのは生徒会や風紀委員の仕事だ』と強引に追い払うこと自体は出来るかもしれないが、その場合『だったら生徒会か風紀委員の方を連れてきますね!』と返されてしまいそうだ。‘理想追い求める女帝,‘シャドーロールの怪物,‘驀進王,──誰を呼ばれるにせよ、面倒臭い事態になること請け合いである。どうするべきか悩んでいると、柴中から声があった。

 

 

「別に良いじゃないかウイナー。どうせテストの結果は変える気ないんだろ? だったら他人にどう口出しされようが構わない。違うか?」

 

「……勝手にするがいい」

 

「ありがとうございます!」

 

何故この一件に関わろうとするのかは分からないが、柴中の言う通り彼女一人が関わったところで何か変わる訳でもなし。

 

 

「────で──って事で──」

 

「ふむふむ……じゃあ……」

 

テストが終って一番最初に伝えた通り、参加者は全員我がチームには必要無い。……それで話しは終わりだ。

 

 

 

 

「──とまぁ、大体こんな感じだな」

 

「なるほど。そういう事だったんですか」

 

柴中の話しが分かりやすかった(慣れている(?))こともあってか、極めて短時間で事態の全容を把握し終えたゼファー。話しを聞いた感想としては『大した事なさそうで良かった』という安心しきった物。最終的な決着を拳による決闘(殴り合い)や、バイクを使用してのチキンレースといった物騒な方法で決めたがる姉達のそれより何倍も楽に解決する事が出来そうだ。

 

ウイナーの意図と信念を慮り、テストに参加していたウマ娘達の不満を取り除いて納得させる──。この場の淀んだ空気に、風の通り道を作る為の方法は既に見当が付いている。

 

 

「あの、ウイナー先輩。少しだけ「お願い」があるんですけど!」

 

「言っておくが、皇帝の名に掛けて決定を覆したりなど──」

 

「違います違います! そうじゃなくて──」

 

要するに──立ち位置を変えてやれば良い。

 

 

「『皇帝』としてじゃなくて『先輩』として、みなさんと話しをしてあげてくれませんか?」

 

「……なに?」

 

ピクッ! と何人かのウマ娘の耳が動いたのをゼファーは見逃さなかった。「ああやっぱり」と心の中で微笑む。

 

きっとウイナーは誤解している──テストに参加したウマ娘達はみな、約束を無下にして横暴な決定を下したウイナー(自分)に怒っているのだと。

きっとみんなは誤解している──ウイナーは自分達の事を「取るに足らない、話す価値すら無いウマ娘」だと思っているのだと。

 

 

「多分このテストを受けたのって、みんなウイナー先輩に憧れてウマ娘レースに出走する事を目指した人達だと思うんです」

 

「ちょっ!?」

 

「あ、あ、アンタ何言って──!!」

 

「え、あ、あれ? みなさんは違うんです……?」

 

「いやまぁその……。小さい頃から先輩のレースは見てましたけど……」

 

ウマ娘達が慌てたように詰め寄るが、ゼファーが口を閉じることはない。

 

 

「確かに先輩は『皇帝』って呼ばれるぐらい凄いウマ娘ですけど、きっとみなさんの中ではそれ以上に偉大な──『憧れのウマ娘』なんですよ」

 

中距離以上のレースが主流で、マイル以下のレースが軽視されていた時代において、常に偉大なる勝者(ウイナー)であり続けることで世間の認識と評価を少しずつ改めさせていった開拓者。あの七冠戴く最強のウマ娘をして唯一『絶対』ではなくなる、もう一人の皇帝。その他者を寄せ付けない圧倒的な走りに魅了され、夢中になり、そして憧れた。

 

その為にトレセン学園に入った娘がいた。その為に厳しい訓練を重ねてきた娘がいた。その為に他のトレーナーからチームへの勧誘があっても保留にし続けた娘がいた。……結果は「必要無い(いらん)」の一言で片付けられてしまったけれど──。

 

 

「……」

 

「だから『皇帝』としての命令でも、チームを率いる『リーダー』としての決定でもなくて、ウマ娘レースを走る憧れの『先輩』としての言葉をみんなに伝えてあげて欲しいんです!!」

 

お願いします! とゼファーは頭を下げる。この喧噪を収めるためではない。偉大なる皇帝と、その走りに憧憬を抱いた彼女達の夢を悲しいすれ違いで終らせない為に。

 

それから暫くの間、ウイナーは何か考えるようにジッ……と目を閉じていたが、不意にテストに参加していたウマ娘達の方を向いた。

 

 

「おい、そこの……ゼッケン10番」

 

「ひゃ、ひゃいっ! なななんでしょうか!!」

 

「……貴様はその落ち着きの無さで本来の実力を発揮する事ができていない。他人を気にして無理に併せようとするな。どうしても掛かってしまうというなら戦法を「先行」から後方待機策の「差し」に変えてみろ。それだけでかなりタイムが良くなる筈だ」

 

「……へ? あ、ありがとうございます……?」

 

「ゼッケン6番はその真逆だな。最後の末脚は見事だったが、幾ら何でもそれに頼りすぎだ。逃げが上手いウマ娘が一人いればそれだけで崩壊しかねんし、前方からフェイントを掛けられたりブロックされた時の対処も拙い。自分のスタミナだけではなくて周りの様子と、好位置をキープすることをもっと意識しろ」

 

「あ、えっと……。おう……じゃねーや、はい」

 

「5番は細かい事を考えすぎているな。策を幾つも用意しておくのは結構だが、レースが始まったのなら最低でも三つに絞れ。あれもこれもと意識して動くと肝心の体の方が動かなくなるぞ。7番はスタートダッシュは完璧だが仕掛けるタイミングが最悪だ。コースや戦術の研究を含めてもう少しシッカリ座学をやっておけ。……あといつまでもメソメソするな。レース本番や授業中でなくとも、破損した蹄鉄は期限までに専用の用紙に必要事項を書いて提出すれば学園持ちに出来る。……入学した際に担任から教えられる筈なのだがな」

 

「……分かった」

 

「マジですか!? ありがとうございます!!」

 

スラスラと『先輩』としてテストの感想を述べていくウイナーに対し、ゼファーは「みんなが欲しかったのってそういうアドバイス(言葉)じゃないと思うんだけどなぁ……」と苦笑いを浮かべる。

 

そもそも話しが拗れた原因はウイナーが『選抜テストの結果を伝えただけ』だったからだ。『皇帝』や『チームのリーダー』として彼女達に告げるべき事はそれ以外に無いからと結果だけ告げて、なんの会話もせずにそのままその場を去ろうとしたから「蔑ろにされた」「あれだけ必死に走っても見向きもされなかった」とウマ娘達の不満が爆発した。

 

全員を不合格にした理由や、走り方に対してのアドバイスをしなかった理由は分からないが……。兎に角これで誤解は一つ解けた。少なくともウイナーが自分達の事を「取るに足らない、話す価値すら無いウマ娘」だと思っているとは思わない筈だ。『先輩』としての彼女は、テストを通してシッカリと自分達の事を見ていてくれていたと分かったのだから。

 

……だからあとは──

 

 

「──これで最後か。もっと詳しい事が知りたければあとはフリーのトレーナーにでも聞くがいい」

 

「あ、あの!」

 

全員にテストの感想を告げ終わり、改めて口を閉じて下がろうとしたウイナーにゼッケン番号10番のウマ娘が喰い気味になって話しかける。恐る恐るといった感じの聞き方だが、そこに数分前のような憂いは無い。ならばこそ、彼女は一番聞きたかった部分へ躊躇なく切り込むだろう。

 

 

「なんだ、まだ何かあるのか」

 

「えっと……。け、結局なんですけど私達は全員不合格……なんですよね?」

 

「我がチームには『必要無い(いらん)』そう言った筈だが?」

 

「それはやっぱりその……。わ、私達の実力が不足しているから、って事で良いんでしょうか……」

 

自分で言った言葉にションボリと項垂れてしまった10番へ、ウイナーは半ば呆れたように言った。

 

 

「それも無い訳ではない────が、今回は‘違う,それ以前の問題として我がチームにはいらん(・・・・・・・・・・)

 

「……? あの、それってどういう──」

 

「どうやら貴様らは本当に私の話を聞いていなかったらしいな」

 

 

 

 

「お前達の素質は『ステイヤー』だ。生粋のな。我らのチームに必要な『スプリンター』でも『マイラー』でもない」

 

 

 

 

「……は?」

 

唖然とした声が、ウイナー、ゼファー、柴中以外から漏れる。テストの内容を見ていないゼファーにはそもそも何も判断が付かないし、仮にも皇帝たるウイナーの相方である柴中は、ウイナーと同様に彼女達の走りを見て既に気付いている。

 

 

「『適正距離』が合っていないと言っている。……我らのチームの方針は知っているな? 『短距離・マイル・2000メートル以下の中距離』のレースを集中的に狙っていく特化チームだ。『長距離』ないし『2000メートル以上の中距離』のレースには基本的に出場せん」

 

どれほど素晴らしい才能があり、勝利と栄光のために必死になって努力したところで、それを活かしてくれるトレーナーと出会えなければ、チームに所属する事が出来なければ意味がない。ウイナーが所属するチームでは、彼女達の持ち味を──ステイヤーとしての才能を活かせずに潰してしまう。

 

 

「嘘だと思うなら後日改めて脚質の適正テストを受けてみるが良い。十中八九、判定員は貴様らの素養を「ステイヤー」だと断じる筈だ。……何回も言っただろう「必要無い」と。折角の良い脚質なのだ。我がチームに所属するためだけにわざわざ余計な修練を重ねてまで脚質を変える事もあるまい」

 

ここまで聞いて、ようやくテストを受けたウマ娘達は気付く。ウイナーははずっと‘不合格,ではなく‘必要無い(いらん),と言い続けていた事に。甘さや未熟さを咎めるような事は言っていても、それを馬鹿にしたり罵倒したりするような事は一言たりとも言ってはいなかった事に。

 

 

「ちょ、ちょっと待って、待ちなさいよ! だって私、ここまでのレースは全部マイル以下の距離で、しかもちゃんと勝って──」

 

「それは二勝以下の条件戦ないしハンデ戦の結果だろ? 毎年あることなんだけど、デビューを迎えて暫くの間は脚質や才能が余程ハッキリとしてない限り短距離のレース出場を勧められるから、そこで首尾良く良い成績を重ねちゃうと自分の脚質はスプリンター、もしくはマイラーなんだって勘違いしちゃう娘が出てくるんだよな」

 

「……!?」

 

苦笑いを浮かべながら、柴中が会話に割り込んだ。「珍しく後輩達と(比較的)上手く喋ってくれているし、暫くは観に徹するか」と傍観していた柴中が突如として動いた理由は単純で──

 

 

「トレーナーの忠言も無しにそういった浅慮な思考をした者に限ってすぐに勝てな──「ま、まぁそれは仕方がないことなんだけどな! 逆に、長距離レースで結構良い成績を残してたのに重賞じゃまったく勝てなくなったウマ娘に短距離レースを走らせてみたらアッサリGⅠを勝っちまったなんてパターンもあるし!!」……」

 

ウイナーが新たな失言をしてしまいそうな雰囲気を感じ取ったからである。折角良い感じに話が収りつつあるのだから、これ以上誤解されるようなことを言わないでもらいたい(全て後輩達を想っての忠言であるというのは分かるのだが)。

 

 

「……なによ、それ……」

 

誤解は解けた。理解が進んだ。納得がいった。──だが、場の空気は良くない。喧噪のただ中にあった数分前とはまた違う淀み(それ)

 

 

「……じゃあ、私達って」

 

「どう頑張っても最初からチームに入れなかったって事ですかぁ……」

 

適正が合っている合っていない云々の話ではなく、自分の脚質すら誤認していた者がウイナーのチームに入れる訳がないという失望と、どう足掻こうが最初から不合格判定が決まっていたのだという諦観。そういった物が、徐々に場を……ウマ娘達の心を支配しつつあった。

 

だが、ウイナーはそれに気づけない。否、失望にも諦観にも気づいているが‘理解出来ない,

 

確かに彼女達はウイナーのチームに入れなかった。だが、一体それが何だというのか。短距離やマイルを走るに適した脚は持っていなかったが、その代わり長距離を走り続けることが出来る素晴らしい脚を持っているではないか。重賞レースを取ることも難しくない逸材も何名かいる。脚質の誤認も出走一年目の新バにはよくある事だし、たった今本当の脚質に気付くことも出来ただろう。嘆く必要などどこにも無いではないか。

 

 

「話は終ったな? 柴中、最後は任せる」

 

柴中にテスト終了と解散の挨拶を促すと、ウイナーは今度こそ後方へ下がろうとして──。

 

 

「ちょっと待ってください」

 

──再びゼファーにダメ出しを食らった。……今度は一体なんだというのだ。ウイナーは多少の怒気を孕んだ低い声で言う。

 

 

「……いい加減にしろ。先の忠言は一理あると思い聞き入れてやったが、もう『先輩』として後続の為に助言できることはなにも──」

 

「‘それだけ,じゃ足りません(・・・・・)

 

「──なに?」

 

その一言には、まるで風のようにウイナーの怒気を吹き飛ばす力があった。例えそれが何者だろうが関係無く吹き飛ばす、大自然のそれだ。

 

 

「ウイナー先輩は皆さんにとってただの『先輩』じゃなくて『憧れの先輩』なんですよ」

 

ウマ娘達の誤解は解けた。理解が進んだ。納得がいった。……だから、今度はウイナーに気付いてもらう。彼女達がいったいどんな理由でここまで来た、どんなウマ娘なのかを。

 

 

「それがどうし──」

 

「『ウイナー先輩のチームに入れなかった』ただ純粋に、それが悲しいんだと思うんです。それだけの為に、みなさんはここまで来たんです」

 

なにか別の素養があったとしても『それ』が癒えるわけじゃない。小さな頃に芽生えたウイナーへの憧れが決して消えないように。レース出走を目指しているウマ娘に『君はトレセン学園に入学出来る才能はない。でも美的センスはあるから、勝負服を造る専門学校なら大成できるだろう』と言っても慰めになどならないように。

 

 

「…………」

 

「だから──」

 

「──いや、もう良い。理解した(・・・・)

 

──だから、彼女達にとっての憧れと目標が『ウイナーのチームに入って一緒に走る』ことだったのであれば──

 

 

「……ああ、そうか」

 

ここまで言われて、ウイナーはようやく、自分の目の前にいるウマ娘達がどういう存在なのかを理解した。

 

 

「お前達は、我が‘民,だったか」

 

民──それはウイナーが自分のファンを差して言う時の言葉だ。他のどんなウマ娘よりもウイナーの勝利を信じ、その夢を託す。栄光をその手に掴んだハレの日も、敗北の汚泥に塗れた雨の日も。レース場の特等席で、テレビやパソコンの前で、ウイナーを鼓舞し続ける。

 

その中でも特に自分に近づき‘その臣下になりたい,そして‘いつか追い越したい,と夢見て努力し続けていたウマ娘。──そういう者達なのだと、ウイナーはようやく理解したのだ。

 

 

「……先の決定は変わらん。お前達は全員、我がチームには必要無い。────だが」

 

ウイナーは改めて、自分の民にして後輩なる者達の方を向く。今度こそ、告げるべき事の全てを言うために。

 

 

「お前達が私の力を必要とするというのであれば、話は別だ。執務や訓練の合間……ホンの僅かな隙を見て差しに来い。都合が良ければ話しを聞くし、私に出来るアドバイスであればしよう。余程時間がある時なら訓練も見てやる」

 

思いもしなかった言葉を受け、ウマ娘達の眼に光が灯る。

 

 

「え、でも……い、良いんですか? だって……」

 

「構わん。貴様らが我が民にして後輩だというのであれば、私は皇帝にして先輩だ。お前達がそうある事を望み邁進し続ける限り、その忠義と憧憬に報いなければならない」

 

ウイナーは告げる。例え同じチームに入れなくとも私はずっとお前達の皇帝(先輩)であり、進む道が違う物になっても、その憧れを捨てる必要など無いのだと。

 

 

「さし当たっては新人のステイヤーを発掘したがっているトレーナーが何名かいたはずだから、そこに渡りを付けさせよう。私と柴中直々の推薦とあれば無碍にもできまい。無論、実際にスカウトされ、その上で大成出来るかどうかは貴様ら次第だがな」

 

失望は威光により打ち払われた。諦観はいつしか新たな目標へと生まれ変わるだろう。

 

 

「また勝手に決めて……。まぁ良いけどさ、俺も似たような事するつもりだったし」

 

「頼む。……それと」

 

バツが悪そうな顔をしながら、ウイナーは『皇帝』にしては小さい、まるで普通の少女のような声色で自らの民に告げた。

 

 

 

「……すまなかったな。お前達の忠義と憧憬に気付かなかった私の愚を許せ。……この失態は次のレースで勝利と栄光を掴む姿を見せることで返す。必ずだ」

 

 

──それでも最後の宣言だけは力強く、威信に溢れる皇帝としての声を取り戻しながら。

 

 

 


 

 

(ふぅ……)

 

喧噪が治まり、淀んだ空気が晴れて行くのを見届けたゼファーはようやく一心地をつく。

 

 

(良かったぁ、上手く纏まってくれそう)

 

悲しいすれ違いが起こらなかった事実に微笑みながらも、内心はそこまで穏やかではなかった。随分と差し出がましい真似をしてしまったと思う。今は柴中がウマ娘達にテストの感想や各種詳細な採点結果と今後の為のアドバイス。それから謝罪を行なっているのを若干離れた場所で見ているが、話しに区切りが付き次第、自分もウイナーや柴中含め全員に謝りに行かなくては。

 

 

「……おい」

 

「う、ウイナー先輩!」

 

いつの間にやら、ウイナーがゼファーのすぐ側にまでやって来ていた。つい数秒前まで柴中の隣にいた筈なのだが……。

 

 

「確か、ヤマニンゼファーだったな?」

 

「はい。……あの! すみませんでした!!」

 

腰までキッチリ曲げて、そのまま地面に付きそうな勢いで頭を下げる。唐突に謝られたウイナーは、随分と怪訝そうな顔をしていた。

 

 

「……なぜ貴様が謝る」

 

「ウイナー先輩が一番最初に言った通り、私がみなさんのお話に横入りしたからです」

 

他人の、それも大事な話し合いに強引に割り込んだばかりか、テストを受けていたウマ娘達の想いを勝手に想像して勝手に語った。それが実際に合っていたかどうかは関係無い。なんにせよ‘余計なお世話,。──失礼な行為であることに変わりはないのだから。

 

 

「私の意見や考えがこの場でどう影響したかは分かりませんけど、結果がどうあれ、人の話に割り込んで言いたいことを言うだけ言ったのであれば、その責任があると思います。……差し出がましい真似をして、本当にごめんなさい」

 

もう一度深々と頭を下げる。ウイナーはそれを見て「そうか」と小さく呟いたあと

 

 

「では私も、貴様に言うべき事を言うとしよう」

 

「……?」

 

「感謝する。少々強引な、しかし気持ちの良いゼファー(そよ風)よ。貴様のおかげで我が民の憧憬を汚さずにすんだ」

 

目を瞑り、ホンの少しだけ頭を前に傾けた。ゼファーのそれとは比べものにもならないが、確かにウイナーはゼファーに対して頭を下げている。

 

 

「よ、よしてください! 私はその……癖? というかなんというか……。兎に角! やりたいことをやって、言いたいことを言っただけですから!」

 

トレーナーの柴中やウイナーのチームに所属しているウマ娘にとっては珍しくも意外ではない光景だが、皇帝ウイナー(偉大な先輩)に頭を下げられているという現状に、この時のゼファーは慌てるばかりだった。

 

 

「だが貴様の力で回避出来た悲劇があり、私が失わずに済んだ物があるのもまた事実だ。皇帝として、貴様の働きに報賞を与えない訳にはいかない。……望みを言え、私に出来る範囲であれば叶えよう」

 

「の、望み?」

 

「ああ。鍛錬と成長を望むならば貴様の走りを見てから相応の訓練メニューを考えるし、トレーナーを紹介して欲しいのなら貴様の力量を見た上でそれ相応の実力者と引き合わせよう。最新技術が使われている訓練施設やリラクゼーション施設を使用してみたいというのならば私の年間優先権を譲る。レースで使う小道具で学園持ちにする事が出来ない物があるならそうだな……少ないが三百万までなら出そう」

 

「い、いやいやいやいやいや!!」

 

それにウイナーが拍車を掛けた。前半はまだ常識の範疇にある提案だが、後半部分がぶっ飛びすぎている。っていうか施設の年間優先権ってそれ他人に譲って良い物なのだろうか。普通に怒られる奴じゃないのか? 「少ないが」の後に百万超えの単位が出てくるのもおかしいと思うし。

 

 

「私、お礼なんていりません! そういうつもりでお話しに割って入った訳じゃないです! トレーナーさんだっていきなり見ず知らずのウマ娘を育成しろなんて言われても困るでしょうし、そういった優先権って本人以外は使えないようになってると思います!」

 

「私の従者として登録すれば問題無く使えるが?」

 

違う、そういう問題ではない。

 

 

「だとしてもいりません。小道具や欲しい物も無いですし、もし有ったとしてもそんなに高い物を貰う事なんて出来ません。鍛錬は……正直嬉しいですけど……」

 

言葉に詰まる。分かりやすく説明しようとするとどうしても『あの言葉』を使う事になるだろう。……自分を卑下するような物言いはあまり好きではないが、それ以外に適切な言葉も見つからなかった。

 

 

「そうか、ならばそうしよう。丁度このあと私もトレーナーも時間が空いている。一時間程度だがな。今の内に訓練用のジャージに着替えて──」

 

「……けど、きっと一時間も持たないと思います」

 

「……? どういうことだ」

 

 

 

 

 

 

「私────とんでもない『もやしっ子』ですから」

 

 

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