「ええっと……。確かここだったはず……」
腰の先まである鹿毛色の長い髪を持つウマ娘──ヤマニンゼファーは放課後、自分のトレーナーとなった柴中の指示に従って指定された場所へと赴いた。
中央トレセン学園の学舎に沿う形で建てられている大きな建物──総務課の駐輪場前だ。広大な学園の敷地内を人間の脚でも難なく移動するため、中央トレセン学園が独自の移動用バイク(騒音を極限まで排除した物)を開発して希望する者に無償で貸し出しているため、中央のトレーナー及び役員はその大半が二輪車の免許を習得している。
「よ、来たか」
「トレーナーさん!」
バイクが所狭しと止まっている総務課の駐輪場、その端っこの方に柴中はいた。別件の仕事があったのか、いつものトレーナー服と違ってシッカリとしたスーツに身を包んでいる。まるで別人のよう──とまではいかないが、サイズがピッタリ合っていたり、ベルトと靴の色が揃えられていたりと、所々でお洒落に気を使っている箇所が見受けられる。
いつものラフな感じも良いが、これはこれで彼とマッチしている様にゼファーは感じられた。
とととっ──と小走りで彼に近寄る。
「結構早かったな。転校初日っつーのもあるけど、もう少し色々あって遅れてくるかと思ってた」
「いえいえ。私も時間にキッチリしてる方じゃないですけど、折角チームの皆さんが歓迎会を開いてくれるっておっしゃっているんですから遅刻なんて出来ませんよ」
チーム──そう、チームだ。マイルの皇帝‘ニホンピロウイナー,が率いる、
そんな関係になるであろうウマ娘達と初となる顔合せだ、間違っても遅刻など出来ない。別段「良い印象を持って貰えるように頑張ろう」と意識しすぎている訳ではなく、あくまで基本的な礼儀作法としてそう考えているゼファーである。(勿論、仲良くなれるに越したことは無いし、機会があれば自分からバンバン話しかけていく腹づもりなのだが)
「どうだった、トレセン学園は。クラスの奴らとは馴染めそうか?」
「はい、勿論」
「……なんつーか、凄い自信だな」
父や母が息子ないし娘に話しかけるような雰囲気で質問した柴中に対し、ゼファーは考えるような素振りを全く見せずに即答した。少なくとも、クラスメイトのウマ娘達はいい人ばかりだと思う。少なくとも明確な‘敵意,や‘害意,を持っているような娘はいなかった。今はまだ自分という新しい風に戸惑っているような気配があるが、それも時間の問題だろう。ダイナマイトダディやイソノルーブルのような、親切で人当たりの良いウマ娘が中心となっているのがなによりの保証だ。
ゼファー自身が誠意を見せて色々と動いていかなければいけないという前提はあるが、それは彼女にとって当然のことなので割愛している。
「ま、さほど心配してたって訳でも無いんだけどさ。なにせ、お前は
「あ、あれはそのー。自分で言うのもなんですけど私の悪い癖なので、あんまり言わないでいただけると……」
バツが悪そうな顔を浮かべて頬を掻く。‘困っている人を放っておけない,という善意ではなく‘悪い空気(雰囲気)や風を感じたくない,という自己満足からくる小さい頃からの癖は、確かに多くのすれ違いや仲違いを丸く収めてきたが、傍から見ればただの余計なお節介だ。
『部外者が余計な口を挟むな』なんてもう何度言われたか分からないし、実際その通りだとゼファーも思うのだが、いざそんな場に出くわすと考えるよりも先に身体の方が動いてしまうのである。「よくないなぁ……」と思いながらも、治す気が一切無いので質が悪い。
「悪い悪い。んじゃ、ランニングがてら走って付いてきてくれ。ウチのチームハウスは色々と特殊でな? 普通のチームハウスが密集してる場所とは違う所にあるから、初めての奴だと辿り着くのは難しいんだよ」
「へぇ……。そうなんですか」
バイクに跨がってエンジンを掛ける柴中を端目にゼファーはランニングシューズの口紐をシッカリと結び直し、それが終わると同時に走り出した柴中の先導で学園の敷地内を軽やかに駆けていく。
──それから、約五分後。
「……あの」
ゼファーは目の前に現われたそれに半ば絶句していた。「ナンですかコレ」と若干片言になりながら、隣に立つ柴中に問う。
「なにって、
「……お城?」
ゼファーが冷静であれば「それは流石に言い過ぎだろう」と思えただろうが、口から自然とその単語が口に出ていた。まずデカイ。通常のチームハウスが災害時などに建てられる簡易的な住まいを思わせる程度のそれであるのに対し、これはその何十倍もの大きさだ。
そして華がある。小さくとも愛らしく、色とりどりの花が咲き誇る花壇に、綺麗に整えられた生け垣と植木、そして芝生。玄関から入り口の門まで続く道にはシッカリと磨かれた大理石が踏み石として埋め込まれ、狐を思わせる生き物の銅像が玄関の脇に置かれ、チームハウス自体にも壁や屋根など様々な場所に細かい装飾が施されているのが見て取れる。
城というのは少し言い過ぎかもしれないが、都内某所の住宅街にある大豪邸に匹敵するレベルだ。ポカンと口をあけるゼファーを見て「な、
「何で俺らにだけこんなデカイチームハウスが割り当てられてるんだとか、聞きたい事は色々あるだろうけど細かいことは後にしてくれ。もう全員集まってるって連絡が来てるし、早いとこ行かないと俺がウイナーに小言を言われかねないからな」
そういって、柴中が鉄製の門の脇にある読み取り装置的な機械にカードを通すと「ガチャン!」という音と共にロックが外れる。そのまま門を開けてスタスタと敷地内へと入っていく柴中を、ゼファーは慌てて追いかけていった。
「……え?」
入り口にあった鉄門と同じ、カードキー式のドアを開けて家の中に入った柴中に続いたゼファーは、その光景を見て再び絶句する。
──部屋が、無い。いや、正確に言えばある。あるのだが、文字通り
「壁」と呼べる存在を全て排除し、家の中全体を一つの空間としてくり抜いたような超大部屋がゼファーの眼前に広がっている。
──そして、その大部屋の形状と装飾もゼファーを絶句させた要因の一つだ。
まず目に飛び込んでくるのは(もとい目立つのは)部屋の中心にあるとても大きい円形状の机だ。真っ赤なフキンがテーブル全体をすっぽり覆うように掛けられ、中心にあたる部分が丸くくり抜かれているそれを見て、確か「ラウンドテーブル」って奴じゃなかったっけと、ゼファーは怪しげな記憶を辿る。
部屋の一番奥には小さな──段差と呼んでも差し支えがないほど小さな階段があり、その先にはやたらと大きなイスと机は一つずつ。階段には所謂レッドカーペットと言う奴が敷かれていて、大きなイスには月桂樹を思わせる金色の装飾が各処に施されている。部屋の端に見える幾つかの窓は、その全てが大きくて分厚いカーテン(紅)を掛けられている大窓で、床はなんと全面が大理石。一定の距離を保って壁に設置されている不思議な模様の球体は恐らく電灯の装飾で、夜になるとその役目を果たすのだろう。
ぶっちゃけ、どう見てもRPGなんかで出てくるような「玉座の間」だった。休養寮で子供達がやっていたなんちゃらクエスト的な奴に丁度こんなのがあった気がする。
家の外見としては極々普通(?)な洋風の豪邸なのに、中身が‘これ,だから頭が混乱しそうになる。しかもこれが「チームハウス」だというのだから、なるほど柴中の
「えっとぉ……」
「……一応断っとくけど、俺の趣味じゃないからな? あいつの好きにやらせてやりたかったから、止めなかったのは事実だけど」
久々に「どういう言葉を掛けたら良いか分からない」状態になったゼファーに、柴中は若干苦々しい顔で言う。半ば察していたことではあるが、柴中の趣味ではないという事はつまり──
「……ウイナーさんの?」
「『‘皇帝,が常在する場所なのだからこれが当然だ』ってな。大粒のダイヤを中心に色んな宝石が埋め込まれたガチの王冠を外国の職人に依頼しようとした時はホントどうしようかと思ったよ」
ハハハハと乾いた笑い声を出す柴中。これまでの彼の苦労と奮戦を想い、その想像を得て「これからは私も全力でフォローに回ろう」と心の中で硬く決意したゼファーが、さっそく労いの言葉を掛けようとした時だった。
「おい、いつまでそんな所で雑談をしているつもりだ」
「──!」
さほど大きくはないが、なぜだか王座の間全体に響くような存在感のある声が耳に突き刺さり、ゼファーはバッ! っとそちらを向いた。いつの間にやら、ラウンドテーブルのすぐ横に一人のウマ娘が立っている。
鷹のような猛禽類を思わせる、鋭くて凜々しい顔と瞳。解けぬようにシッカリと大きく一つに結ったポニーテール。これだけ遠く離れていても分かる強者特有の風貌。──間違いない、GIウマ娘だ。それも、複数回の勝利を納めたであろう特級の。
「陛下がいらっしゃるまでは話していても構わんが、せめて中でやれ。今回の招集の主役が端にいてどうする」
「だってさ」
そう言って靴を履いたまま部屋の中へと入っていく柴中に習い、ゼファーも後に続く。床が全面大理石であることから半ば察してはいたのだが、どうやらこのチームハウスはマナーも洋式のそれらしい。
「わぁ……!」
こうして部屋の中に入って改めて感じる、もとい分かる事だったが、思っていたよりもずっと煌びやかだ。所詮は形だけのまねごと──などと思っていたつもりは微塵も無いが、本家本元の「王の間」という奴に比べても見劣りしないように感じる。──この建物全体に‘そういう空気,が満ちているからだろうか。初めて来る場所、初めて入る家、初めて見る装飾品ばかりなのに、なぜだかとても落ち着く。
「……ヤマニンゼファーだな?」
ジロリ、とまるで品定めされるかのような視線を向けられ、ゼファーの背中に些かの緊張が走る。
「はいっ! これからよろしくお願いします!! えっと──」
「チームステラが第八席、‘帝王,アキツテイオーだ。陛下──ニホンピロウイナーからは、恐れ多くも我らがチームのまとめ役を仰せつかっている」
「あなたがあの……」
──アキツテイオー。トップスピードを長く保つことが出来る持久力を兼ね備えたその強靱な脚を武器とした‘逃げ,戦法を得意とするウマ娘。かつてマイルチャンピオンシップと天皇賞秋で共に5バ身差という圧勝劇を見せつけ、その翌年の安田記念では前走となるスプリングCでハナ差で惜敗したダイナムヒロインを一バ身差に沈めて勝利を飾った、人呼んで‘マイルの帝王,
早速トンでもない名ウマ娘の登場だ。短中距離のスペシャリスト集団とは聞いていたが、まさか初手で‘帝王,とは。
「ウイナーは?」
「
「あーっ、アキツさんずるーい! もう新人さんとお喋りしてる!」
快活で可愛らしい……蠱惑的とも言える声がすぐ真横から聞こえてきた。巨大なカーテンに隠されているため一見して分かりにくくなっているが、自分達が入って来た正面の扉とは別に、奥の方にもう一つドアがあったのだ。
そこにいたのは勿論ウマ娘。それも、とびっきりキュートな娘だ。クリーム色の短髪に黒くて艶のある耳カバー。クリクリとした大きくて円らな瞳がアキツテイオーに不満を訴えているが、その不満げな表情すらも可愛らしく映る。
どこからどう見ても「可愛いウマ娘」──なのに
「はじめまして、チームステラが第七席、閃光乙女の‘カレンチャン,でーす! よろしくお願いしまーす!!」
(……小悪魔?)
第一感で、ゼファーはそう思った。先記するが、彼女は決して悪い意味で「小悪魔」という表現を用いたのではない。美容研究家の母を持つゼファーであるからこそ一見して気付いたことではあるが、彼女の「可愛らしさ」は「
どれだけ素材が良くても、頬の膨らませ方や視線の向け方といった動作の一つ一つに至るまで意識して自分を可愛らしく「魅せる」為には途方もない鍛錬がいる。髪や肌のダメージケアを毎日欠かさず、メイクも今の自分の身の丈に合った背伸びをしすぎない程度のそれに止め、纏う香水もすぐ近くの人間にほのかに甘い匂いを感じさせる物を選ぶ。
そこまで自分を磨き上げて尚、動作の一つ一つにいたるまで可愛く見られるよう、それでいてなるたけ不快には感じさせないように気を配る──。イソノルーブルの、分からないなりに毎日毎日積み重ねるような努力によって醸し出される魅力も凄かったが、彼女はそれ以上だ。シッカリとした目的と意識を持ってあらゆる部分を研磨しているという大きな差がある。プロのモデルや一流のアイドルともまた違う独自の魅惑さが、彼女を
「小悪魔──男の心を翻弄する魅力を持った若い女性を差していう言葉だが、こいつ程この言葉が似合うウマ娘はそうそういないだろう」
「アキツさんひどーい! カレンは男の人‘だけ,を魅了したりなんてしません。老若男女全ての人を魅了するとっても可愛いウマ娘です! あ、でも「小悪魔」っていう風潮はむしろドンと来いかなぁ」
アキツテイオーに心の中で思った事をズバリ口に出されて、ゼファーは思わず「口に出しちゃってましたか!?」と口走りそうになったが、当のカレンチャンは「小悪魔」呼びにノリノリのようだった。内心でほっとしつつ「ヤマニンゼファーです」と挨拶をして差し出された手を握る。
「…………」
ジー……ッ。と、先ほどのアキツテイオーと同じ、それでいて別の意図が込められているような視線で手と顔を見られた。
「……? あの──」
「ゼファーさんって────すっごく綺麗ですね!」
「……へ?」
「でも普段からお化粧をしてるような人には見えないからー……。もしかして美容とか健康とか、そっちの方向にも詳しい人じゃないですか? カレン、あとで色々お話してみたいなぁ」
(……ああ、なるほど)
手を握ったままキラキラとした表情でグイッと迫ってきたカレンチャンに一瞬キョトンとしてしまったゼファーだが、色々と察してすぐに笑顔で切り返す。
「ふふっ、ありがとうございます。でもカレンさんの方こそ綺麗……ううん、とても可愛いし素敵だと思いますよ」
「えへへー。カレンの事、いち早く分かってくれてありがとうございまーす!」
お礼を言いながら可愛らしくはにかみ、自然な動作で手を離して半歩だけ後ろに下がる。‘可愛らしさ,を常に絶やさず周囲を翻弄するカレンチャンだが、直接視線を向けられたゼファーはそれに惑わされることなく気付いた。
──この娘は私の