一つ──汝、須く三女神の導きを信じ、その命令に服従すべし
一つ──汝、須く己が信奉者を尊び、かの者たちの守護者たるべし
一つ──汝、我らが偉大なる皇帝と、その国家を愛すべし
コツン──コツン──コツン──と。その手に儀礼用の剣を持ったウイナーが文言を一つずつ告げ、その度に最敬礼の姿勢を取るゼファーの肩を剣で叩く。玉座の間──その最奥にある王座の手前、小さな小さな階段の前で
──ウイナー以外、誰も、何も言わない。彼女の声以外、なんの音も聞こえない。ウマ娘達はその儀を見守るように部屋の左右に横一列へと並び、トレーナーである柴中はウイナーの斜め後ろで彼女の秘書のように控えていた。
一つ──汝、例え誰であろうと、敵を前にして退くことなかれ
一つ──汝、異教徒に対し手を休めず、容赦をせず戦うべし
一つ──汝、神の律法に反しない限りにおいて、臣従の義務を厳格に果たすべし
コツン──コツン──コツン──。儀礼剣で肩を叩かれる度に、ウイナーの告げた文言が物理的に身体へ染みこんでいくような気がした。……とても神聖で、清らかで、大切な儀式。かの昔、ヨーロッパ諸国などで実際に騎士へと叙任した人達も、今の自分と似たような感覚を味わったのだろうか。
一つ──汝、己が誓言に忠実たるべし
一つ──汝、寛大たれ、そして誰に対しても施しを為すべし
一つ──汝、いついかなる時も己が信じた正義と善の味方となり、その信念に殉ずるべし
コツン──コツン──コツン──。これで、確か九つめ。この儀式めいたやり取りが「騎士の叙任式」と「騎士の十戒」を元ネタにしているのなら、あとは──
「一つ──汝、常に鍛錬を怠らず、栄光を求めて前へと進み続けるべし──以上、我が円卓における十戒である」
(……?)
この儀式が始まって初めて、ゼファーの脳内に僅かなノイズが走った。言っている事は分かるし、もっともだとも思うのだが、少々予想していなかった文言だ。率直に言うと、元ネタのそれと文言が違う。今までのそれは「騎士の十戒」──フランスの騎士道文学の研究者、レオン・ゴーティエが長年の武勲詩の研究に基づいて編纂した、中世盛期騎士道における十の戒めをそのまま、もしくは少しだけアレンジした物だったのに対し、これは全く違う物になっている。
「鍛錬を怠るべからず」──似たような戒めは当然あるのだろうが、少なくとも「騎士の十戒」としては存在しない文言だった。疑問に思うゼファーを置き去りにして、ウイナーは儀礼剣を後ろに控えていた柴中へ渡し、逆に柴中から持っていた薄く平べったい箱のような物を受け取ると、それをそのままゼファーの方へ差し出す。
「──受け取れ。これこそが我が国の誇り高き騎士とならんウマ娘にのみ与えられる、一番最初の栄誉だ」
差し出されたそれを、恭しく両手で受け取った。そのままゆっくり蓋を開けてみる。中に入っていたのはマルタ十字を模したと思われる小さなバッジと、透き通るような蒼色をした一枚のカード。恐らく双方共に‘ステラ,の一員である事を示す身分証明証のような物なのだろう。何も言わず、最敬礼の姿勢を保ったまま再び頭を深く下げる。
「新しき騎士と、その未来に栄光あれ──!」
ウイナーが放ったその言葉を持って、静寂は途絶えた。横一列に並んでいたウマ娘達と柴中から一斉に拍手が巻き起こる。人数が人数のため割れんばかりのそれとはいかなかったが、それでもこの玉座の間一杯に轟いた。
(当事者の私が言うのもなんだけど、本当に騎士の叙任式みたい……)
──これが、
「……これにて叙任の儀を終了とする。────あとは
「──へ?」
「あー、キツかったぁ! やっぱりカレン、こういうのあんまり得意じゃないなぁ。次からはもっと可愛い形式にしましょうよ陛下ー」
ウイナーがニヤリとした笑みを浮かべてその場をゆっくりと離れた次の瞬間、綺麗に整列していたウマ娘達が一斉にその姿勢を崩し、ウイナーの宣言通りそれぞれ好き勝手に動き始めた。
まず真っ先にカレンチャンが身体をほぐすように伸びをして、ツインテールの大きなウマ娘が「ボーノ! じゃあ早速お料理を取ってくるの!!」と部屋を出て行き、ショートカットのまだ幼いウマ娘が「じゃあ私は配膳の準備をしておきますね」と木製の籠からシッカリと絞られた布巾を取り出してラウンドテーブルをせっせと拭き始める。
「あら、そうですの? 私が言うのもあれですが、モデルなり雑誌の仕事なりで慣れているものとばかり思っていましたわ」
「そういうお仕事の時は陛下みたいに「ゴウッ!」って
「不敬だぞカレン、陛下の嗜好を‘演劇,の一言で片づけるな」
「不敬……皇族ニ対する不敬ハ、時代によってハ死罪デス……処しますカ?」
「処さんでいい!! カレン! 貴様も「キャー☆ カレン怖ーい」などと言っている場合か!
「いえ、普通に冗談デスけど」
「あの、戯れるのも結構ですがゼファーさんに改めてご挨拶をしなくてよろしいんです? 既に顔合わせを済ませているお三方は良いかもしれませんが、私は食事が始まる前にすませておきたいのですが」
ギャーギャーと、先ほどまでとはうって変わって喧しく騒ぎ立てるウマ娘達。これもまた、このチームにおける一つの側面──いや、むしろこっちの方が「素」なのだろう。空気を読んで何も言わずに「叙任の儀」とやらを受けたが、そういった重要な場面以外では中々にラフな雰囲気のチームなようだ。
「悪いな、殆ど説明も無く付き合わせて」
今の今までウイナーの後ろに控えていた柴中がなんとも言えない──ぎこちない笑顔で声を掛けてくる。
「ああいえ……。でも、これが?」
「ああ、中世ヨーロッパの「騎士の叙任式」をモデルにした、新しくチーム入るウマ娘を仲間の一員として認める為の儀式──お察しの通りウイナーがやり始めた事なんだが、今じゃすっかり
やっぱり。と、ゼファーは小さく独り言ちる。となると部屋の中心にある大きなラウンドテーブルはやはり「円卓」に違いない。アキツテイオーとカレンチャンが言っていた「~~席」も英国最大の英雄譚に出てくる王と騎士達を模した物なのだろう。
彼女自身の立ち振る舞いや、チームメンバーに名乗らせている二つ名。この部屋の装飾などから、ウイナーの趣味嗜好が大凡理解出来たゼファーである。
(……あれ? でもだとしたらなんで──)
「なぜ‘汝、教会とその教えを守らなければならない,が無いのか──でしょう?」
一旦話しが落ち着いた為──もとい、他の三人がまだ幼いウマ娘と大きなウマ娘の手伝いをしに行って話しが中断された為、唯一その場に残ったウマ娘がゼファーに話し掛けてきた。一級の宝石のように紅くて艶のある髪をハープアップに纏めた、とても美しいウマ娘だ。その礼節を重んじる高貴な立ち振る舞いと言葉遣いも相まって、まるで物語の中に出てくるような本物の貴族を思わせる。
「えっと──」
「失礼しました。トレーナーさんから仔細を聞いて余計に疑問に思ったような表情をしていたので、つい。──不快に思われたのなら謝罪いたします」
「いえそんな、不快だなんて……。あ、ヤマニンゼファーです。休養寮から
美しい貴族風のウマ娘は深く頭を下げたゼファーに対し「これはどうもご丁寧に」と同じように深く頭を下げる。
「チームステラが第六席‘紅玉,のダイイチルビーですわ。こちらこそ、よろしくお願いいたします。……世間では「華麗なる一族」の次期党首としての名の方が、未だ通りは良いでしょうか」
「──!?」
思わず動揺する。声にこそ出さずにすんだが、顔の表情には驚愕を示すそれが現われてしまっていただろう。だってまさか、本当に貴族だとは思わないじゃないか。
──華麗なる一族。
古きは英国からこの国へと移住してきた、とある大貴族ウマ娘とその血統を差して世間が言い始めた別称だ。レースでの実績とその内容は勿論、金銭、宣伝、内外における政治や運営協力などの各種支援を始め、彼女達は日本のウマ娘レース界に様々な形で関わり続け、それを牽引し続けてきた。
財界とトレセン学園での影響力こそかの名門メジロ家に若干劣るが、家の古さとその格、そして出で立ちとこれまでの功績から、政界及びURAへの影響力においては他の追随を許さないほど強い力を持つ、まさしく大貴族だ。日本のウマ娘レースに関わる人物にとって、その名を知らない者などいないと断言できるほどの超ビッグネーム。彼女はその跡取りだという。
一呼吸だけ置いて、ゼファーは改めて口を開く。
「ダイイチルビーさんですね。はい、よろしくお願いします」
そんなウマ娘を前にしてなお、ゼファーはいつも通りに、他のウマ娘達にするのと変わらない挨拶をした。……これがもっと礼節を重んじなければならないような場所や雰囲気ならば話は別だが、ここは
一方のルビーもゼファーの考えを即座に察したのか、彼女を気遣うように、それでいて少しだけ嬉しそうに微笑む。
「ルビーで結構ですわ、みなさんもそう呼びますので。……それで、何故十戒に‘汝、教会を守らなければならない,が無いのか、ですが──答えは至極単純でして」
そこまで言ったルビーの微笑みに、いたずらに成功した子供っぽいそれが加わっていた。
「これを私達の立場で置き換えるなら‘汝、学則を守り、生徒の見本とならなければならない,とまぁ、こんな具合になるんでしょうけれど……。私達には不要な物です」
「何故なら私たちはその‘逆,──
「────────え?」