──むかーしむかしのお話です。かつてこの中央トレセン学園に一人のウマ娘が入学してきました。
名を‘ニホンピロウイナー,──勉学に芸事、武道に政治と、その名の通りありとあらゆる分野での勝者であり、絶対的な強者でもある凄まじいウマ娘ですが、そんな彼女もやはり根はウマ娘。‘走る,という生まれ持った本能には抗えず、トレセン学園へと入学します。
例え何をしようが、その頂点に立つことが出来るであろう逸材──。しかし、当初各種メディアや世間の人々は彼女にそこまで注目をしていませんでした。
同期に史上三人目の三冠馬となる‘ミスターシービー,後記する内容の更に後の話しですが、それに続く四人目の、それも無敗での三冠を達成する事になる‘シンボリルドルフ,という規格外の存在がいた影響も少なからずありましたが、当時のウマ娘レースは八大競走──今で言う所のGⅠに格付けされるレースが‘桜花賞,を除き、全て「中距離以上」のレースだったため「そちらの方が格上」という風潮が長年蔓延っており、それに反して「短距離路線」のレースやそれに出走するウマ娘達は格下とみなされ、蔑ろにされていたのです。その路線に進むウマ娘達本人ですら「長年続く伝統だし仕方がない」と諦観していました。
それに断固として「否」を叩き付けたのが、他ならぬニホンピロウイナーです。なんとしてでもこのふざけた風潮を吹き飛ばさんと、彼女はウマ娘レースにおける己が師としたトレーナーと共に行動を開始します。
彼女はトレーナーの期待通り、その脚質に適合する範囲において無類の強さを誇りました。クラシッククラスの前半こそ振いませんでしたが、その後は数々のレースをまるで蹂躙するかのように制覇し続けます。そうして実績を作ると同時に、彼女は表面下──レースとは直接関係の無い部分においても積極的に動いていました。
──淀んだ風潮を排除し、ウマ娘レース界に革命を起こす──
自分達に賛同的な姿勢を取る者達には礼儀を尽くして協力を要請し、中立的な姿勢を取る者達は利という理を乗せた言の葉をもって懐柔し、敵対的な姿勢を取る者達は実績と利権という刃を持って切り伏せる──。これまでの人生で培ってきたありとあらゆる技能とコネを使い、彼女は己の信奉者を次から次へと増やして行きました。
そして、遂に彼女は世論と言う名の風と他勢力からの圧力という破城槌を用いて、URAに「グレード制」という近代日本ウマ娘レースの基礎となる制度を認めさせ、マイルと短距離のレースに最高位の重賞──GIレースを創設させることに成功します。
それはまさしく、一つの歴史が作られた瞬間でした。
グレード制度が導入されてからは記念すべき第一回マイルチャンピオンシップと翌年の安田記念を制覇し、マイル路線における絶対強者──‘マイルの皇帝,と呼ばれるようになったウイナーですが、未だに「中距離以上のレースこそ至高であり、短距離路線はそれについて行けないウマ娘達の救済措置」という風潮は完全には無くなりません。
一体どうすれば良い──ウイナーとそのトレーナーは頭を悩ませます。なにか……そう、短距離やマイルを積極的に走るようなウマ娘でも、中距離以上のGⅠレースを走るウマ娘に勝つ事が出来るということを世間に示す事が出来れば──。
その思考に辿り着いた二人の答えは、奇しくも一致しました。──今までと同じように、自分達が示せば良い。現役最強王者と言われている、かの‘皇帝,シンボリルドルフを下して──
しかし、マイル及び短距離に脚質適正が無いかの皇帝がこちらの土俵に降りてくることはまずありません。それを討ち取るためには、ウイナーの方から相手の土俵へと上がるしかない。
彼女のトレーナーが、そして誰よりも彼女自身が理解していた事ではありますが、ウイナーが最も力を発揮する事が出来る脚質適正距離は芝の1400m。勝利したマイルチャンピオンシップや安田記念の1600mですら、ほんの少しばかり長い距離です。
──それでも、やるしかない。彼女は一度やると決めた事を覆す気はサラサラありませんでした。
狙うはただ一つ。最も距離が短い中距離のGⅠレースにして、ウマ娘レースにおける重賞が八大競走と呼ばれていた時代から存在する由緒正しきレース──天皇賞「秋」
距離という限界を克服するため、かの皇帝を討ち取るため、そしてなによりも、自分の周りに蔓延り続ける気に入らない風潮を完膚なきまでに吹き飛ばすため、ウイナーの猛特訓が始まりました。今までの「適正距離における自身の能力とスキルの強化」や「最高の力を発揮することが出来る状態にする」調整とは訳が違います。正真正銘の「脚質改造」と呼んで差し支えないそれです。
周囲が呆れかえるようなその特訓すら平然とした表情でこなしながら、彼女は自身の能力を限界まで高めていきました。──そして、レース当日。
大歓声に包まれる東京レース場に、天皇賞「秋」に出走するウマ娘達は揃いました。ウイナーは三番人気。一昨年走った今回と同じ芝の2000mレースである「皐月賞」の20着(当然最下位)という結果から鑑みれば信じられないような人気ですが、それでも現役最強王者たるシンボリルドルフという大スターと比べれば霞んでしまいます。
ですが、ウイナーはまるで意に介しません。かつて大敗を喫した距離のレースで、相手は‘皇帝,と呼ばれるウマ娘なのに、彼女は少しも動じないまま、勝利の栄光を掴む為にゲートに入っていきました。今まで歩んできた己の覇道を信じ、トレーナーを始めとした、ウイナーの事を最強だと信じる彼女の信奉者達の声援と共に────
「──と、まぁ格好良く言っておいてなんだが肝心の結果はルドルフと0,1秒差の3着。しかも肝心のルドルフは1着じゃなくて2着。‘皇帝,と呼ばれた二人のウマ娘は、真に己の限界を越えた力を発揮した‘恐るべき襲歩,に二人纏めて差されたってオチな訳だ」
「な、なるほど」
アッハッハッ! とまるで喜劇でも語るかのように柴中は笑う。それも、本当に楽しそうな顔で。おかしくって仕方がないと言わんばかりに。柴中の語り口がとても上手かったというのもあるが、そんじょそこらの物語顔負けの実話にこれ以上無く引き込まれてしまったゼファーとしては、唐突にやって来たオチに苦笑いを浮かべるしかない。
「毎度言うがなトレーナー、陛下のトゥインクルシリーズにおける革命と栄光の物語を笑いながら話すのは止せ。例え──」
「構わん。あの時あの場でシンボリルドルフと共に大笑したのは他ならぬ私だ。それにこの結末を喜劇と言わずしてなんという? 考えられる最高のオチだとは思わないか、帝王よ」
「……ですが「あ、アキツさん。お代わりは如何です?」っとすまん、貰おうか」
火の消えたカセットコンロの上で未だグラグラと煮え立っている土鍋。まだ童女と呼べる年齢のウマ娘はその中身を手に持ったオタマで適量掬うと、そのまま受け取った容器に注いでアキツの方へと差し出した。ステラのチームルーム、そこにある円卓の机の上だ。古代英国は円卓の騎士を模したその部屋とあまりにも場違いな料理とその匂いが、辺り一面に立ちこめている。
(ちゃんこ鍋……)
「正直最初は色々どうかと思ったけど、今じゃすっかり慣れたよなぁ。っていうか下手な店で出てくるやつよりずっと美味いから、鍋料理は基本ここでしか食べなくなったし」
「ああ。こう言ってはなんだが、我々は二人に胃袋を完全に掴まれてしまったな。抜け出すのは容易ではなさそうだ」
「そうそう! とっても美味しいからついつい食べ過ぎちゃうんですよねぇ……。おかげで体重管理が結構大変で「あ、じゃあカレンの分のデザートは俺が──」ちょっと! 食べないなんて言ってないでしょお兄ちゃん!! っていうか、カレンが食べ過ぎても大丈夫なように手取り足取り指導するのがお兄ちゃんの仕事でしょー!?」
部屋全体に漂っていた高貴な雰囲気はとうに消え去り、トレセン学園の教室や食堂で毎日のように繰り広げられている大小様々な団欒と大差無い空気が場を支配する。ともすればこの場において煩わしいとすら感じられてしまうだろうそれを、皇であるウイナーは咎めることなく淡々と鍋を突いていた。
(でも、確かにスッゴく美味しい)
鶏ガラと野菜ベースの出汁は相当丁寧に灰汁を取っているのか、シッカリとした旨みがあるのに味に淀みや濁りがない。具材として入っているのは鶏挽肉で作ったつくねを始め、春菊と椎茸、花形に飾り切りされたにんじんに、時季の野菜として春キャベツがどっさり入っている。どれも硬すぎず柔らかすぎず、絶妙な煮込み加減だ。
……柴中が口に出していたが、もしかしてこのチームでは何らかの会議や集会がある時は必ず食事会めいたものが開かれるのだろうか。現金な話しだが、だとすれば今後が少々楽しみになってきてしまうゼファーである。
「えへへー♪ そんなこと言っても量を大盛りにするぐらいしかしてあげられること無いよー? あ、ゼファーちゃん。どう? お口に合うかなぁ? デザートにアップルパイとアイスもあるから楽しみにしててね!」
とても大きな巨体をもつウマ娘がズイッ──とその身をゼファーの方に寄せて聞いてきた。勿論即座に返答をしたかったのだが──。
「アケボノさん、自己紹介自己紹介。場の流れでそのまま食事会になってしまいましたが、あなたとフラワーさんはまだ名前を名乗ってすらいませんわよ──アッツ!」
「──ドウぞ(スッ)」
ハフハフと息を吐きながらちゃんこ鍋を食べるダイイチルビーに、まだ使っていない自分の布巾を差し出すシンコウラブリィ。熱さで食材を口から吹き出しかけたのを誤魔化すためか、ルビーは「コホン!」と一度大きく咳払いをしてからありがたくそれを受け取ると、口の周りを上品に拭き始めた。
「あ、そうだった! ありがとねルビーちゃん。──ボノボーノ! はじめまして!! チームステラが第二席‘
「ご挨拶が遅れてしまってごめんなさい。チームステラが第十一席‘花姫,のニシノフラワーです。あの、よろしくお願いします!」
とても元気よく挨拶をするヒシアケボノと、ペコリと恭しく頭を下げるニシノフラワー。二人とも先のカレンチャンと同様まだ本格化を控えた未出走のウマ娘だが、トレセン学園でも難関と言われているチームステラの選抜試験に合格してチーム入りを果たした超有望株だ。特にニシノフラワーは、中央トレセン学園史上初となる‘飛び級,で入学を果たした、まだ小学生の天才ウマ娘。
やはりというか何というか、当然の事ではあるのだがちょっと凄い人ばかり集まりすぎてやしないだろうか。URAならびにその試験官達が日本全国(一部海外)から選りすぐった精鋭中の精鋭しか入学する事を許されないため、ここに入学出来ている時点でエリートウマ娘たる何よりの証ではあるのだが、このチームはそこから更に選別を重ねた上澄みの上澄みと呼んで差し支えないウマ娘ばかりが揃っている。
──正直な話、今の自分ではチームメンバーとして不相応だろう。基本的にネガティブな思考にはならないウマ娘であるゼファーだが、頭の片隅でそう思わずにはいられない。
(うん! だったらこれからはもっともーっと頑張らないとね!!)
「はい! こちらこそ、どうかよろしくお願いします!! ──あ、すごく美味しいです!!」
だったら、頑張って追いつけば良いだけの話しだ。そうやって前を向ける──それこそが、ゼファー本人すら自覚していない彼女の最も強い魅力であり、強さだった。
「んで、話を戻すけどー……。言った通り、ウイナーはウマ娘レース界に「革命」を起こした。手伝った俺が言うのもなんだけど、こいつが成した功績はグレード制度の設立を含めてあまりにも計り知れない」
自分の器に注がれたちゃんこ鍋を汁も含めて全て平らげたあと再び語り出した柴中に、ゼファーは何度も頷く。そりゃあそうだろう。風潮の排除を目的としたグレード制度の設立と、怒濤の快進撃。自らが短距離路線を象徴する‘皇帝,となって力を示し続けることで、彼女はURAを含めた世間の人々の認識を次から次へと改めさせていったのだ。それこそ、歴史の教科書にデカデカと名前が載ってもおかしくないほど凄い事だと思う。
‘革命,を起こした‘開拓者,な‘マイルの皇帝,……そりゃあ彼女に憧れてトレセン学園に入学したり、他のチームからの勧誘を蹴ったり、出れるレースを蹴ってまで選抜テストを受けたりするウマ娘が現われるだろう。
「あまり尾に鰭付けるな。私からもそうなるよう働きかけたのは事実だが、グレード制度の成立は理事長を筆頭としたトレセン学園勢力全体の賛同と、なによりURAの革新派閥の力が最も大きい。奴らが自ら動こうとしなければ、いくら私が覇を示したところで意味が無かった。……とっくの昔に返したが、シンボリルドルフにも大きな借りを作ってしまったからな」
「今の体制が盤石になるように動いたのは事実だろ? あの秋天も脚質適正距離外のウイナーがルドルフに差し迫ったからこそ話題になったし、次走のマイルチャンピオンシップも大盛り上がりになった。キッチリ連覇したしな」
懐かしさに少しだけ顔を綻ばせながら、柴中は言う。その第二回マイルチャンピオンシップをもってニホンピロウイナーはトゥインクルシリーズから引退し、ドリームカップトロフィー──通称DTリーグへと移籍した。現在はその最上位クラスであるAクラスで己に匹敵するウマ娘達と鎬を削っているというわけである。
第二回マイルチャンピオンシップ終了から約数週間後。引退式すら行なわず、突如として移籍を発表したウイナーは取材に現われた記者達にただ一言だけ、こう告げた。
──「もうこのシリーズにおいて、私が成すべき事は無い」──
やるべき事を全てやり、既に次の目標へ向かって邁進していたウイナーを引き止めることなど、誰にも出来なかったのだ。
「で、なんだけど。そんなウイナーの起こした「革命」によって救われた、躍進した奴もいれば、被害を被ったり、その地位を追われたって奴もいる。グレード制度に反対してたURAの一部の上層部──「八大競走保守派」なんかがその筆頭だな」
「八大競走保守派……?」
「……我が眼前に立ちふさがった蛮族共だ」
ウイナーの声が若干低くなったのを、ゼファーは聞き逃さなかった。‘蛮族,という蔑称とその物言いからして、彼女にとってかなり腹が立つ記憶があるのだろう。
「蛮族って……。……主にURAの運営に携る部門をになっていた、当時のURA最大派閥だよ。主に金銭的、財政的な利益と側面からURAとトレセン学園──延いてはウマ娘レース界全体を牛耳っていた、な」
「…………」
「「重賞レースは八つだけで良い」──嘆かわしいことですわ。古き伝統を心から重んじているというならまだしも、彼らのそれはただの建前。保身と金欲に塗れた物でしかなかったですもの。……まぁその話はさておき、これでお分かりになられたでしょう?」
何故チームステラの十戒に‘汝、教会とその教えを守らなければならない,訳しては‘汝、URAとその教えを守らなければならない,が無いのか──ここまで説明されれば、流石に察しが付くというものだ。
「当時のそれとはいえ、URAの上層部に剣を向けたから──ですか?」
「80点だ。私が剣を向けたのは‘保守派,だけでなく、さまざまな理由からその陣営に付いていた者達の全てだからな」
‘保守派,の重役は勿論、
教会だろうがURAだろうが──例え神だろうが、己が眼前に敵として立ちふさがるなら排除する。例え誰であっても、自分達の走りを停滞などさせはしない。
「故に、我が国の名は‘ステラ,──誰の定めた理にも縛られることなく夜の帳を切り裂き瞬く、一条の流星だ」