「たぁあああああああああ!!」
ダダダダッ──! と、ダートコースを勢いよく駆ける。「パワー」の訓練を兼ねた走行練習だ。柴中から言われた通り‘蹴る’のでも‘押す’のでもなく、足裏全体を使って‘砂をはじき飛ばす’あるいは‘水の上を走る’というイメージを頭の中に描きながら、ゼファーは次のレースへ向けて身体を仕上げていく。
「んー……」
それをコース外から見ていた柴中だが、今一表情がパッとしない。ゼファーの走りに対して思う所は色々あるのだが、そもそもの話──
「どうだ、奴の調子は」
芝の方のコースで他のメンバーをしごいていた筈のウイナーが、いつの間にやら自分の横へとやって来ていた。やはりレースが近いチームメンバーの様子は気になるのか、あるいはゼファーだからこそか。
「……ん、まぁ調子は良いな。少なくとも次のダートの条件戦で良い結果が残せない、って事は無いと思う」
身体全体に良い具合に張りがあるし、表情も悪く無い。気合の乗り方なんかは言わずもがなだ。体質異常によるスタミナの無さだけは相変わらずだが、完治間近とは言えそれはすぐにどうこう出来る話ではない。
「では何を考えている? 貴様の様子を見る限り、あまり良い意味で悩んでいるとは思えんが」
「……これからの育成計画のことだよ」
柴中の頭の中にあるいくつかの育成プラン。その殆どが、二戦目を終えた後に長期のレース休養ならびに身体の成長と発展を促す基礎訓練の徹底を基板としていた。柴中としてもそれが一番良いと思ってるし、最終的にはその方針で育成を進めるつもりなのだが──
「その場合、再始動が多分秋の中頃になる。その時になってみないとハッキリとした事は言えないけど、諸々上手く行ったとしてGⅠレースに出れるようになるまで実績を積めてるのが多分……」
「年末の‘スプリンターズ・ステークス’か」
「ああ、しかも今からやってもかなりギリギリの調整になると思う」
本格的に柴中がトレーニングを見るようになって改めて認識させられた事だが、ゼファーの虚弱体質によるハンデが想像以上に大きい。一般的なウマ娘レース出走者が行なう半分以下のトレーニングしか出来ないのだ。ただでさえ積み重なっている‘時間’という名のハンデが、このままではドンドン大きくなっていく一方だろう。それをなんとか改善させるには長期の休養期間を取って虚弱体質の完治を目指しながら、基礎トレーニングなどを徹底させて身体を強くて丈夫な物に造り替えるしかない。
しかし、当然の事ではあるが長期の休養期間を取るということは、それ即ちレースに出られないということだ。感覚を養う。駆け引きを学ばせる。──怪我や故障などで物理的に‘レースに出られない’のであればやむを得ないが──本番のレースでのみ培える様々な経験は、とても貴重で大切な物だ。それらを手に入れる機会を自ら減らすということでもある。
「さて、ではどうする? 我が
「…………」
体質の改善と身体の強化改造を行なう為の長期休養は絶対に必要だ。しかし、レースでの実戦経験が少ないというのもそれはそれで大きなハンデに繋がる──と、なると。
「──こうするっきゃないかなぁ」
「ふしゅー……ふしゅー……」
「あのー、大丈夫ですかー? カレンのとびきりスマイルいりますかー?」
いつも通り疲れ果てて地面に突っ伏したゼファーに可愛らしい声が掛かる。いわずもがな、ジャージ姿も可愛らしいチームメイトのカレンチャンだ。右手にスポーツドリンク、左手にタオルを持ったマネージャースタイルで彼女はゼファーを慮る様にその場へ座り込むと、その両方を笑顔で差し出した。
「あ、ありがとうございますカレンさん……。でも、まずはクールダウンをしないと……」
ゼファーはカレンの差し入れを一旦拒否すると、四肢に力と気合を入れ直してゆっくりとその場に座り直し、いつも通り丁寧に身体全体のマッサージを始める。その反応に一瞬だけキョトンとした表情になったカレンだが、すぐに元の可愛らしい笑顔へと戻った。
「……ゼファーさんのそういう基本的な所を忘れず、疎かにしないところ、カレンも見習わなくっちゃいけないなぁ。あ、そうだ! カレンも一緒にクールダウンして良いですか? 陛下とお兄ちゃんから‘ゼファーさんのクールダウンの技術と知識は専門家並’って話しを聞いたんです! なにかコツみたいなのがあれば教えて欲しいなぁ」
「いやいやいや!」
「……ダメですか?」
一瞬で瞳を潤ませたうえ、ポーズまでガッチリ決めた上目遣いでこちらを見つめてくるカレンチャンだが、違うそっちじゃない。‘専門家並’だと言われるのは素直に嬉しいが、あまりにも過大評価だと、ゼファーは首をブンブン横に振って否定したのだ。百歩譲って知識はまだ良いとして、技術は間違い無くその手のプロには劣る。
「そうなんですか? でもゼファーさんって確かに疲れるの(というか倒れるの)がビックリするぐらい早いですけど、そこから回復するのも結構早いですよね? 疲れるのが早ければ疲れが取れるのも遅い体質──って話しなのに」
「あはは、ええまぁ……」
凄い観察眼と指摘だ──ゼファーは自分の事を棚に上げてそう思った。彼女が柴中とウイナーのレースチーム‘ステラ’に正式に入ってからまだ二週間足らずだと言うのに、GⅠトレーナーである柴中や皇帝たるウイナーは勿論、自分と似た匂いがするカレンチャンや、天才と謳われるフラワーなんかにも自分の癖や性格、それから持っている技術──というのも憚られるとゼファー自身は思っている──なんかを色々と看破されている気がする。
「なによりお兄ちゃんが眼で視てそう思ったのなら間違いないと思ったんだけどなぁ……」
「……なら、私に色々と教えてくれた方がとびっきり上手だったんですよ。本物の専門家で、何度も何度も根気よくクールダウンのやり方を教えてくれましたから」
確かにゼファーはその手の専門家でもある清瀬に疲労で倒れた所を助けられる度に講義と教習、それから実戦を受けて技術と知識を年単位で培ってきたため多少はそういう類の心得に自負があるが、清瀬本人の
「へー……。そんな人がいるんですか」
「ええ。遠藤委員長……私の治療にずっと付き合ってくれたお医者さんと並ぶ、私の恩人です」
「──うん! なら尚更一緒にクールダウンしたいな!! ゼファーさんがそこまで言うなら、きっと教わったのも大事な物ばかりだろうし!」
言うが早いか、カレンはゼファーの隣に同じような姿勢で座った。ゼファーは「はい、それ自体は全然オッケーですよ。……私の説明で上手く伝えられるかは分かりませんけど、精一杯頑張ります!」と意気込み、まずは肩の部分に手を当てて揉みほぐし始める。