「このかつて「八大競走」と呼ばれていた重賞レースが、現在で言う所のクラシック重賞レース……桜花賞、皐月賞、オークス、日本ダービー、菊花賞。それから秋と春に行なわれる天皇賞と、年末の有馬記念ですね。グレード制度が導入される前はこの八つが特に重要なレースという扱いになっていました」
担任の女教師がカツカツという音を立てながら、黒板に白いチョークで文字を書いていく。決して見にくいとか汚い文字をしているとかそういう訳ではないのだが、もう少しハキハキと喋れないものかと彼女──シスタートウショウは思う。仮にも「教え、導く者」として壇上に立つのでれば皆が「この人に付いていきたい」と思う、思わせるだけの毅然とした態度と喋り方をする必要があるのではないか。まぁ一重に言ってしまえば‘カリスマ性,のような物なので、性格や個人としての差があるのは仕方が無いのだが……。ここの学生寮より何倍も厳格な教会の中で生まれ育ってきただけあって、どうしてもその辺りが気になってしまうのだった。
問題──現在URAによってⅠからⅢまでのグレードが定められたレースを「重賞」と呼ぶが、この「重賞」とは一体何を意味しているか答えよ。
「じゃあこの問題を……。はい! 今私と眼が合ったシスターさん!」
入学前から既に頭の中に叩き込んである内容をノートに書き写しながら頭の片隅でそんな事を考えていたシスターだが、少しばかりジロジロと見つめ過ぎたのか女教師と眼が合う。そのまま回答者として指名されるが、彼女は少しも動じなかった。前記の通り、この程度の内容は今更学ぶまでもなく頭の中に入っている。
「はい。毎年繰り「重」ねて行なわれる「賞」なので「重賞レース」と言います。重要の「重」だと勘違いしている方も大勢いますし、事実、重要な賞であることは間違いありませんが、そちらは意味としては後付けです」
スッ──と椅子から立ち上がってスラスラと、しかしハキハキとした口調で答えるシスター。「はい! 大正解です、流石ですね!!」と教師が笑顔で正答である事を告げると「おー!」という小さな歓声が教室から上がった。
「へー、そういう意味だったんだぁ! うんうん、さっすがシスターちゃんだね!!」
「……つい一昨日あなたの勉強に付き合った際にその辺りはご教授させて頂いたはずですが、シスターヌエボ」
「……そうだっけ? なら忘れちゃってた!」
「えへへ~」と、恥ずかしいのかなんなのかよく分からない笑顔を向けてくるヌエボトウショウに、シスターは座りながら溜息をついた。どうせ次の定期テスト前も、そしてその後も勉強に付き合わされることになるんだろう。前者は赤点を回避するため、後者は結局取ってしまった赤点による補修の為に。
……既に慣れてしまった事ではあるのだがなんでこの娘はやたら自分を頼り、ことある度に絡んでくるんだろうか。彼女の性格と人柄ならばもっと──
「えーと、じゃあ次の問題は……。はい! じゃあゼファーさん! 答えられるかな?」
次なる問題の回答者として選ばれたゼファーに注目が集まったのを感じ取り、シスターは降って湧いた余計な思考を頭から取り払って授業に集中する。
問題──かつて「八大競走」と呼ばれていたレースは桜花賞、皐月賞、オークス、日本ダービー、菊花賞、天皇賞春、天皇賞秋、有馬記念の八つだが、この八つに相当すると見なされていたレースが他にもあり「十大競争」と呼ばれる事もあった。そのレースを答えよ。
「これはちょっと難しいかもしれないけど、どう?」
(……なるほど)
問題を確認して思わず唸る。シスターはこの問題も答えられる自信があるが、なるほど難易度が自分が答えたそれよりも上だ。しかも問題文の書き方からして回答者のミスを誘うような仕掛けが──
「はい! 宝塚記念、ジャパンカップ、エリザベス女王杯です!」
さほど大きな声ではないのに、その解答はハキハキと力強く教室に響いたようにシスターは感じた。……自信に溢れているからだろうか。
「え? でもそれじゃあ全部で十一個だよ? 十大競争なんだから十個なんじゃないの?」
「宝塚記念とジャパンカップ、もしくは春と秋に行なわれる天皇賞二つがまとめて一つのレースとして考えられてたんです。ですからこの三つを足して十個になります」
「せ、正解です。今してくれた説明を含めて全部合ってます」
女教師が呆気に取られたような顔で完全解答である事を告げると「うおー!」という自分の時よりも少しだけ大きな歓声が上がる。現在全てGⅠに定められているレースなので、一つや二つならば適当に言っても当たるかもしれないが──。問題文にワザワザ八大競走と呼ばれていたレースとその名前を記した上で「十大競争」と強調している為、普通に考えると二つしか解が無いように見える引っかけ問題だ。完全解答は問題の答えとその理由をちゃんと理解していなければ不可能だろう。
つい数日前、ゼファーがこのクラスに転入してきた日の昼食会で「身体の調子が悪くてトレーニングが出来ないって日も結構ありまして……。はい。なのでそういう日は基本自室で自習してました」とゼファー自身が言っていたのを思い出す。確か彼女がまともにトレーニングをすることが出来る様になったのが数ヶ月前で、休養寮に入ったのが今から約三年。大ざっぱかつあまり根拠の無い推測ではあるが、諸々計算に入れて凡そ約二年以上もの間、彼女は‘知識トレーニング,をずっと行ない続けてきたのだ。
(──で、あればこの程度の問題は答えられて当然ですか)
チラリ、と横目で気恥ずかしそうに再び席に座ったゼファーを見る。レースの方は兎も角、
「ねぇねぇシスターちゃん? やっぱり悔しいの? 自分が答えた時よりもみんなの歓声が大きかったから──って痛ったあ! な、なんでチョップするのぉ!?」
フラワーガチャ大爆死しました。