ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

28 / 109
史実のレース日程とズレている部分がありますが演出上の都合ですので気にしないでください。


重賞 3/26

『──さぁ、最終コーナーを回って最後の直線コースに入りました! ここから抜け出す娘は出てくるのか!!』

 

 

ふうっ……と、軽く息を入れて身体のスイッチをもう一段階切り替える。長かったこのレースもはや終盤──残るは最後の直線コースのみだ。この直線を駆け抜け、一番最初にゴール板まで辿り着いたたった一人のウマ娘のみが「勝者」としての栄光を手に入れる事が出来る。……故に、どんなに苦しく辛かろうともウマ娘達は誰一人として足を止めるような事はしない。

 

疲労で震える身体と足に走り抜く力を。速さでスッキリしすぎた頭と心に鋼の意思を。全ての力を振り絞れるよう己の魂を震わせて。

 

──走れ、走れ、走れ、走れ、走れ。

 

それが本能だろうが理性だろうがなんでも良い。小難しい事や余計な事なんか全部忘れろ。今自分が成すべき事はたった一つ──全力で走り抜く事だけだ!

 

 

 

 

「「「──たぁぁあああああああああああ!!」」」

 

 

 

そうして、ウマ娘達は内から沸き立つ何かを吐き出すかのように吠えたのだ──

 

 

 


 

 

 

『シスタートウショウ! シスタートウショウです!! みごとチューリップ賞を制しました!!』

 

『仕掛け所が抜群でしたね。彼女にしては少し早めなのではないかとも思いましたが、完全に杞憂でした。あとは集団からの抜け出し方が非常に上手く──』

 

「……ふぅ」

 

眼を閉じて気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐きながら、シスタートウショウは掲示板をチラリと一瞥する。そこに提示されている自分の番号をその眼で確認すると、彼女はようやくその張り詰めた気を緩ませた。

我ながら上々──とはそこまで強く言えないし思えないが、身体が良い具合に仕上がってきているのは間違いない。解説者が既に告げているが、仕掛け所と抜け出し方に関してもかなり上手くいったという自覚がある。

 

 

(──「前哨戦」で‘これ,ですか……)

 

勝利を素直に喜びたい気持ちは勿論あるが、正直なところ、僅かながらとはいえ己の中にあった甘さを恥じる気持ちの方が大きかった。言っておくが、シスターは神に誓って対戦相手のウマ娘達を侮っていたり下に見ていたりした訳では無い。むしろ‘希代の名女,──現時点で既に重賞を2勝している凄まじいウマ娘が出走しているとあって(彼女が出走すると知ったシスターが自分からぶつかりに行ったのだが)格上挑戦に臨むような気持ちですらあった。

 

前哨戦ないし試金石。本番が目前に迫った今だからこそ難敵が出るレースに挑み、自分の実力という物をシッカリと把握しておく良い機会──

 

 

──考えが甘かった。

 

 

前哨戦? 試金石? その為に用意されたレースである事は確かだし、今後もそういった目的でレースに出走する機会はあるだろうが、そんな負けた時の言い訳めいた理由を前提に考えてレースに臨んでいたら勝てる訳がない。「目的」を「理由(言い訳)」にしてはならないのだ。

 

重賞レースじゃ無いから。前哨戦だから。本番を控えているから。──だから‘全力を出すのは色々とリスクがある,──合理的に考えたらどうしてもそういう結論が出てしまう。……そんな考えではデビュー前は愚か、入学したての新入生にすら敗北するだろう。

 

そんな自分が一着になることが出来たのは、観客の声援と神の加護。そしてなによりも同じレースに出走したウマ娘達が強すぎて、勝つためには小難しい事や余計な事を忘れ、後先考えず全力を出さざるを得なかったから(・・・・・・・・・・・・・・・)だ。──自分の甘さを、彼女達の強さが正してくれた。

 

 

「──神よ、私は全てに感謝します」

 

ターフの上で膝をつき、天上の父へと祈る。本番で使う予定だった策も。見せる予定の無かった脚も。今の自分が持ちうる全ての力を出し切って、シスターはこのレースに勝利した。合理的では無いと言えば勿論そうなのだが、今のシスターはどこか満足そうな表情をしている。次のレースでは今回の傾向と結果を踏まえた対策をされると分りきっているのに──それでも。

 

 

「──さて、次は観客の方々に御礼の言葉を述べなくてはなりませんね」

 

勝者としての責務を果たすため、シスターはウイナーズサークルへ向かう。例え本番のレースがどういう結果になろうと、このレースの勝者は間違いなく私なのだと。これだけ強いウマ娘達に勝利したのだと、自分を信じて祈り続けてくれた信徒達へ伝える為に。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『強い! 強すぎるぞイソノルーブル!! これで5戦5勝の、うち重賞2勝! しかも今回含め5戦中2戦が2着のウマ娘と3と1/2バ身差!!』

 

『ええ、実に素晴らしい走りでしたね。彼女自慢の逃げが今回もバッチリと決まったようです。今年のティアラ路線は近年極稀に見る大激戦区となりましたが、その中でも「主役」と言えるウマ娘は彼女かもしれませんね』

 

「あ、あうう……」

 

放送席の実況者ならびに解説者のあまりに大袈裟な物言い(だと彼女は思っている)に、ルーブルは両手で紅くなった頬をグニグニと押した。「あ、そう言えば顔の筋肉ってあまり触らない方が良いんだっけ」というゼファーの忠言すら一瞬のノイズにもならない。スタンドは観客席からの大歓声に半ば混乱しながら、ルーブルはウイナーズサークルで彼らに向かって半ば無意識でヒラヒラと手を振っていた。

 

 

「ルーブルー! お前ホントすげぇよ!! トリプルティアラ夢じゃないって!!」

 

「桜花賞、楽しみにしてるからねー!!」

 

「あ、えっと……あ、ありがとうございます!!」

 

手を振りながらペコペコと頭を下げる。デビューしてからもう5戦目になる上に毎回ここに立っているというのに、どうしても‘こういうの,には慣れない。自分には不相応な声援(繰り返すが彼女「は」そう思っている)だと分かっていても、どうしても嬉しくて嬉しくて心がふわふわと舞い上がりそうになってしまう。……童話や物語に出てくるような王子様(プリンス)お姫様(プリンセス)はどうして皆からあれだけの祝福を受けても毅然としていられるんだろう。それとも、彼らも本当は今の自分のようにふわふわとした幸せな気分を抑えきれなかったりするんだろうか。

 

そんな事を考えながらルーブルが観客からの祝福と声援を受けていると、正装に身を包んだアナウンサーが何名かの記者と共にルーブルへ近づいてきた。彼女にとって初の重賞挑戦となったラジオたんぱ賞の時も味わった、重賞以上のレースでのみ行なわれるテレビ放送用のインタビューだ。

 

 

「えー、放送席放送席。ただいま勝利者インタビューの準備が整いました。──まずは改めましてイソノルーブル選手、報知杯制覇おめでとうございます」

 

「は、はい! ありがとうございます!!」

 

「ルーブル選手にとって2度目の重賞挑戦となりました今回のレースですが、どうですか、今のお気持ちは」

 

「そうですね……。やっぱり、嬉しい。凄く、凄く嬉しいんだと思います」

 

取りあえずそれだけは間違いないのでそう言っておいた。──本当のところ、この自分の中にある‘何か,をどう言い表したら良いのか分からないだけだ。そも、それを制御出来たのならもっと毅然とした態度を取れている……と思う。

 

 

「ティアラ路線のクラシックレースGⅠ「桜花賞」が間近に迫っていますが、今回を通じてなにかこう、手応えの様な物は掴めましたか?」

 

「うーん……。その、申し訳ないんですけどそういうのは特に……。なんていうかもう、レース本番は毎回必死なので──「あ、今のよかったな」とかそういう感じはその……感じたくても感じられないと言うか……」

 

「なるほど……それだけレースに集中されていたということですね?」

 

「あ、はい! そういう事です!」

 

ルーブルにマイクを向けているインタビュアーは流石プロのアナウンサーなだけあって、和やかな笑顔と口調でルーブルから上手く言葉を引き出してくれている。あまり‘こういうの,が得意ではないルーブルにとっては本当にありがたい限りで、なんならその場でお礼を言いたいぐらいだった。

 

 

「次走はいよいよ桜花賞になるとURAならびにトレセン学園広告部からレース前に発表がありました。今年のティアラ路線は有望な選手が多く、近年稀に見る大激戦になると予想されています。「五強」と言われる五人のウマ娘──その中でも特に強いと言われているルーブル選手ですが、他の選手について何か思う所や意識している方はいますでしょうか?」

 

「あ、えっとその……」

 

言葉に詰まった。インタビュアーからの質問への返事に困ったから──ではない。

 

 

「……? あの、ルーブル選手?」

 

(大変申し訳ないんですが、恥ずかしい上に恐縮なので「五強」とか「特に強い」とかそういう言い方は止めてくれませんかぁ……!?)

 

大体こういう事である。クラシック級はティアラ路線に挑むウマ娘達の中でも最有望株と言われるようになるまで強くなったルーブルだが、彼女にその自覚と自信は無かった。

 

 

 

 


 

 

 

『ヤマニンゼファー! ヤマニンゼファーです!! 前走同様、この中山のダートで勝利をもぎ取りました!!』

 

『直線コースに入ってからはドンドンと前へ前へと抜け出ていけていましたね。最後かなり苦しかったですが、見事、前のウマ娘を捉えきりました。根性のハナ差勝利です』

 

「はあっ……! はあっっ……!!」

 

ぜえぜえと荒く、自分でも半ば制御不可能になった呼吸器官を落ち着けるようにゆっくり速度を落としながら、ゼファーは砂埃舞う中山のダートコースを走り続けていた。

──デビュー戦となった前走から早二週間。ゼファーにとって二回目のレースとなったのは、一勝以下の‘条件戦,*1。デビュー戦と同じレース場の、同じダートコースの、同じ距離のレース。……その筈なのだが。

 

 

(全然違う……!!)

 

桁違い──というと流石に大袈裟な言い方になるかもしれないが、肌で感じた‘違い,にゼファーの内心は驚愕に染まっていた。

 

デビュー戦の時は『凄い、本当に凄い……! これがトゥインクルシリーズのレースなんだ……!!』と全身で感じられた物の全てにワクワクして胸を高鳴らせたが、今回は驚愕だ。条件戦──重賞は勿論、OPやPreOPですらない、それらの前座として行なわれる事が常の極ありふれたレース。しかも今回の条件は一番下の「未勝利」に次ぐ「一勝以下」だ。無論、そんな小さい事は少しも意識せず(彼女の性格的に言って‘出来ず,が正しい)油断も慢心も無く今回のレースも全力で挑んだゼファーだが……。率直かつ体感的な話し「熱」が倍増したかのように感じられたのである。

 

──意地と決意、想いと信念が真っ向からぶつかり合う事で生まれる物。魂を荒ぶらせ、心を震わせるようなこの熱く滾る何かと、その熱と共に心と全身を駆け巡るとても気持ちの良い風。

 

少し、結構、かなり違う部分があるが、姉達二人が味わっていたそれもこんな感覚だったのだろうか。毎度のように姉達に注意と説教をしてきたゼファーだが、なるほどこれは下手をすれば病み付きになってしまいそうな感覚だ。

 

デビュー戦、条件戦で「これ」ならばこの上──重賞レースの最高峰であるGⅠは、一体どれほどの熱と風がターフの上に吹き荒んでいるのだろうか。

 

 

「……うん! 少しでも早く辿り着けるように、もっともっと頑張らないとね!!」

 

凄く興味があるが、今の自分はその舞台に立つだけの資格は勿論、それに相応しい実力すら無いのだから。……でも、焦ったり急いたりはしない。気が長い性格をしているというのもあるが、自分の体質とその貧弱さはよく理解している。なにせ三年以上もの間、体質を改善するために休養寮で治療とリハビリを続けて来たのだ。それと比べれば、どうということはない。──少しずつ、一歩ずつ。全力で頑張って前へ前へと進み続けるだけだ。そうして進み続けて、いつか必ず──

 

 

「ゼファー!」

 

自分を呼ぶ誰かの声がして、ゼファーはハッとなってスタンドの関係者席の方を見た。トレーナーである柴中が、少しだけ焦ったような表情でこちらを見ている。

 

 

「ウィナーズサークルとっくに通り過ぎてるけど、まだ息整ってないのか!?」

 

「……あ」

 

いつの間にかゴール板を駆け抜けた後でコースをグルリと一周していたらしい。慌てて足を翻し、ウィナーズサークル目掛けて走る。こちらへ戻って来たゼファーを見て、観客達の声援もより一層大きくなったような気がした。

 

 

「す、すみません! その、少し考え事をしてて……」

 

「ん、何も異常が無いなら良いさ。でも息が整っているならレースの勝者は基本ウィナーズサークルへ、な?」

 

「本当にすみません。じゃあ──」

 

「あ、ちょっと待った」

 

頭を下げてウィナーズサークルへ向かおうとするゼファーを、柴中が呼び止める。「はい?」と再び柴中の方を向いたゼファー。

 

 

「レース終了後早々で悪いんだが、ウィニングライブが終わった後で話がある」

 

何のですか? とゼファーが聞く前に柴中から答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

「次走──お前にとって初めてになる「重賞」レースについてだ」

 

 

 

*1
勝利数やレートに応じて一勝以下、二勝以下。レート500以上、レート1000以上……などなど、出走できる条件が決まっているレース。(ウマ娘世界表現)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。