ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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重賞 4/26

──クリスタルカップ──

 

 

短距離路線の充実化を図るために、春のクラシック級ウマ娘限定の短距離競走として創設された、中山レース場で毎年四月に行なわれる*1芝・1200mの短距離レースだ。グレードはⅢ。この時期のクラシック重賞レースである桜花賞(GI・芝1600m)・皐月賞(GI・芝2000m)の距離に適性がないスプリンターウマ娘が活躍できる舞台の一つとして知られている。

 

命名はそのまま四月の誕生石でもある水晶(クリスタル)および、中山レース場の第二スタンド「クリスタルコーナー」から。

 

 

 

「……要するにお前を含め、短距離路線に進む予定のウマ娘達が今後を見据えようと集まってくる訳だ」

 

柴中から差し出されたそのポスターをジックリと眺めながら、ゼファーは緊張で口に溜りつつあった唾をゴクリと飲み込んだ。

 

 

「重賞レース……」

 

「ああ」と柴中は頷いた。チームハウスであるキャロット城(命名ウイナー)の二階にあるトレーナールームだ。チームハウス自体もさることながらこのトレーナールームもウイナーの趣味がふんだんに盛り込まれているらしく、巨大な本棚に機能性を重視したレトロチックなソファー。使っているのかいないのか、動物を模した小さな置物がおいてある新品のように綺麗な木製の丸テーブルに、壁に粘着するタイプのクリップで挟まれた幾つもの紙束(書き込み多数)。窓には蒼くて薄いヴェールのカーテンが、そよ風を受けてゆらゆらと揺れていた。

 

まるで現代を生きる魔術師かなにかの部屋を思わせる、奇妙な雰囲気の部屋だ。──扉に『魔術師(トレーナー)の部屋』というルームプレートが取り付けられていたからそう感じるだけかもしれないが。

 

ポスターと共に出されたコーヒーを最初の一口以外口にせず、ゼファーは先ほどから思いを馳せるようにじっと、食い入るようにそれを見ている。

 

 

「今のお前の経歴からして、所謂格上挑戦になるんだが……。色々と考えた結果、次走はこのレースがベストだと判断した。聞くまでもないとは思ってるんだけど、出るか?」

 

「はい!! 勿論出ます! 出させて下さい!!」

 

ポスターを手に持ったまま、机を挟んで向かい側に座っている柴中に飛びつくような勢いでグイイッ! と机から上半身を飛び出させる。「お、おう」と柴中はそれに合わせて若干身を引いた。

……重賞レース、重賞レースだ。‘全力で走れる様になる,という事が最初の目標だったもやしっ子の自分が、トゥインクルシリーズの重賞レースに出走する事が出来るようになる──その日がこんなにも早く来ようとは。ふと白昼夢の可能性が頭を過ぎり、思わず膝の肉を手で抓ってみるが、ちゃんと痛かった。

 

 

「ん、了解。もう提出してある出走届けにそのままゴーサイン出しとく。……ああ、それだけポスターを見てたんだからもう分かってると思うけど、レース開催まで時間が無い。トレーニング時間をギリギリまで詰め込むぞ。覚悟は出来てるな?」

 

「はい! 頑張ります!!」

 

大きく頷く。今まで出た二つと違い、今度のレースは「重賞」だ。格付けとしては一番下のGⅢでも、一回も勝利出来ずにトレセン学園を去るウマ娘が数え切れない程いる魔郷。しかもターフは‘ダート,ではなく‘芝,。芝のターフ自体は今までのトレーニングで何度も走らされてきたが、本番を想定したそれはまるで違う物になると見て間違いない。

 

初めての重賞レースに、初となる芝のターフ。レース開催まで今日を含めても残りあと13日と色々無茶苦茶な気はするが、だからといって出ないという選択肢はハナから有り得ない。GⅠトレーナーである柴中が「ベスト」だと感じたのなら尚更である。

 

 

「うし、じゃあ早速トレーニングするぞ。取りあえずいつものジャージに着替えて、慣し用の芝のターフがある──」

 

柴中がそこまで口にした時だった。ドタバタという足音が近づいてきたと思ったら突如としてバァン! という大きな音を立ててトレーナールームの扉が勢いよく開かれ、廊下から一人のテンション高めなウマ娘と、それを追うようにダイイチルビーが部屋の中に飛び込んで来る。

 

 

「な──!?」

 

「お待ちなさいヘリオス! 今日という今日は許しませんわよ! そこに直りなさい!!」

 

「し、柴っちゃんヘルプミー!! ルビっちが、ルビっちがお嬢様がしちゃいけない顔しちゃってるよー!!」

 

「だ れ の せ い だ と 思 っ て る ん で す か このバカ!!」

 

般若のような顔で、見るからにギャルっぽい派手な、ただし決して見る人を不快には感じさせない様に工夫されているメイクをしたウマ娘に怒鳴り散らすルビー。確かにそのウマ娘の言う通り、世間一般で言う所の‘お嬢様,のイメージからはあまり考えられないような表情をしてしまっているルビーだが、どうやら原因はそのウマ娘の方にあるらしい。トレーナーである柴中は「またか」とでも言いたげな、呆れた表情で二人を見た。

 

 

「……一応聞いてやるけどさ、今度はなにやらかしたんだよお前」

 

「ちょっ! 柴っちゃんテンションダダ下ゲっ!? ドン引きしてないでマジ助っけてくださいおなシャス!!」

 

「……トレーナーを盾にしても無駄ですわよ。この部屋から出た瞬間があなたの最期と思いなさい」

 

「えちょ、イントネーション鬼ヤバっ!? タヒ(シャレ)じゃなくて(マジ)な方の「さいご」に聞こえるんですけど!?」

 

サササッ! と柴中の背後に駆け寄り、そのまま盾にでもするかのようにその背中に隠れるギャルウマ娘。ルビーもトレーナーである柴中の前だからか、それともこの部屋の重要性を理解しているのか、詰め寄って掴みかかったり、暴れたりする事はしなさそうだ。──興奮状態でも多少は話しが出来るならば、話しが早い。

 

 

「あの! すみませんルビーさん。差し出がましいんですが、一体何が?」

 

「──あ、あら。ご機嫌ようゼファーさん。……そういえばこの時間は次走に向けてトレーナーさんとミーティングしているんでしたわね……」

 

話し掛けられてようやくゼファーの事に気付いたのか、ルビーはハッとしたように表情と佇まいを正して軽く頭を下げた。

 

 

「大切なお話の邪魔をしてしまい、申し訳ありません。すぐにあのバカを連れて出て行きますので──」

 

「ああいえ、丁度ミーティングが終った所でしたから……。それで、一体何があったんですか?」

 

正直な話、ゼファー個人の感覚から言ってしまえば今のこの二人は放っておいてもあまり問題なさそうな気がする。柴中の言葉と表情から察するに「何時もの事」みたいだし、なによりあまり悪い風を二人の間からは感じなかった。今はただ激しく吹き荒れているだけに見えるのだ。何というか、某アニメの猫とネズミがケンカという名のじゃれ合いを常にしているような……。

 

 

「……その、すみませんがあまり詳細をお話しする事は……。大変お恥ずかしいのですが、これが原因とはいえ私の醜態である事に変わりありませんし──」

 

「醜態?」

 

思わず口から出てしまったその言葉に、ルビーは「しまった」とでも言うように口に手を当てる。‘これ,と言われたギャルウマ娘が「酷っ!?」と抗議するが「あ゛?」と一睨みで黙らさせられていた。

 

 

「え、ええ。別に大した事では──いや個人的に言わせて頂ければ大した事ではあるのですが、なんと言いますかその……。いつも通りの下らない事ですから」

 

なんだかバツが悪そうに髪を弄るルビーを見て、これまでの三人の言葉と様子、それから今まで培ってきた経験則から何が起こっているのか大体の当たりを付けたゼファー。それが合っているかどうか、また肝心の内容はどういった物なのかを改めて聞きだそうとしたのだが、どうやら「下らない」という表現は許容出来なかったらしく、ギャルウマ娘が柴中の後ろからヒョッコリと不満そうな顔を出した。

 

 

「えぇー!? いやいや下らないは無いっしょ! ルビっちが‘いつもアタシらがどんな事してるのか知りたい,ーって言うから久々にマジアガって色々教えたり実戦したりしたんじゃん!」

 

「ええ。確かに言いましたわよ? ‘トレーニングについて,どんな事をしてるのか知りたいという意味で。何を勘違いしたのか知りませんがゲームセンターだのカラオケだの10U*2だのさんっっざん振り回してくださいましてええ」

 

(あ、やっぱり心配なさそう)──とゼファーは心の中で独り言ちる。そもそも本気で仲が悪いのなら、折角の休日にワザワザそんな場所へ一緒に行く筈がない。

 

 

「……まぁその事については良いです。予想外の休暇でしたが色々と知見が広まりましたし、なんだかんだ楽しかったですから」

 

「でしょでしょー? 特にラストの寮の門限ギリッギリまで耐久したチキンレースカラオケなんかマジで超アガった! 楽しみがウチらの中で超バズってた気がする!!」

 

「──ええ、その最後のカラオケでの事について少しお話が」

 

ピキピキと額の皮膚を#の字に皺ませるルビー。言葉尻へといくにつれて、声が明らかに低くなっているのがよく分かる。……最初から分かっていたことだが、彼女はえらくキレていた。

 

*1
史実では現在(令和四年)既に廃止となっている。

*2
現実でいう109的な建物。

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