ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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重賞 6/26

「はぁっ……! はあっ……!」

 

肩で息をしながら、ゼファーは何時もの通りゆっくりと歩きながら、急くことなく呼吸を整えていく。──そうしなければ今にも倒れ伏してしまいそうになるからだ。

 

プロトレーナー(柴中)の適切かつ効率的なトレーニングやその他指示などもあってか、休養寮を出る前と比べて少しは体力が付いたという自負があるが、一生懸命全力で走るとどうしてもこうなる。それはレース本番だろうが、トレーニングだろうが、模擬レースだろうが変わらない。ゼファーにとってはどれも等しく‘一生懸命全力を持って当たるべき事,である。

 

 

「お疲れ様です、ゼファーさん。……スタミナの方はまだ大丈夫ですか?」

 

ゼファーと同じく、歩きながら息を整えていたルビーが声を掛けてくる。その声は多少の乱れこそあれど普段と変わらず優雅で、疲労している様子はあれど美しさは変わらず、身体から漂わせている気配はまだまだ陰りを見せていなかった。──まだまだ余裕がある何よりの証拠である。

 

 

「は、はい! えっと、そうですね……。今からなら10分……いえ、7分ほど身体を休めさせて貰えればまだいけると思います」

 

「……初めてチームでトレーニングをした時から思っておりましたが、あなたは本当にガッツがある方ですね……」

 

ルビーはチームステラでゼファーの歓迎会を行なった翌日の事を思い出す。早速とばかりにゼファーを加えたチーム合同でのトレーニングが行なわれたのだが、そこで彼女は800mの距離をウイナーを除くチームメンバー全員と一人ずつ、合計4800mもの距離を併走をさせられた。新バ……それもスプリンター向きの脚質をしているウマ娘にとっては、あまりにも長いと言わざるをえない距離だ。流石にどうかと思ったのだが、チームのリーダーであるウイナーが特に反対しなかったため、結果としてあまり反論する事が出来なかった。

 

最初こそ良い走りを見せた物の、距離を重ねるにつれてドンドンと足のキレが鈍っていくゼファー。一応、一走事に休憩を設けてはいるのだが多少休んだところでなんとかなる物ではないし、そもそもゼファーは今まで体質異常が原因でスタミナが成長せず、結果として碌なトレーニングを積めていなかった休養寮出身のウマ娘である。無論、ゼファー以外のチームメンバーも同じルールで全員と一人ずつ併走を行なっているのだが、同じ条件だからこそ基礎体力の差という物が大きく響く。一回限りなら兎も角、この形式では勝負になる訳が無い。

 

5番目の相手としてルビーが併走した時には、800mという短距離にも関わらず大差に近い差が付いていた。『そりゃそうだろう』とチームメンバーのほぼ全員が似たような表情で第6走となるシンコウラブリィとのそれを見守ったのだが──そこで、思わず目を見張ってしまうような事態が起きたのである。

 

 

『──たぁあああああああああああああああああっ!!!!!』

 

『──(H)(a)(A)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(a)(h)!!!!!』

 

第5走でルビーに大差負けしたゼファーが、ラブリィとの競り合い勝負では信じられないような粘り腰を見せつけたのだ。断っておくが、決してラブリィがゼファー並に体力が無いもやしっ子だとか、ゼファーがここまで手を抜いて走っていただとか、そういう事ではない。

 

典型的な追い込み型であるルビーと違い、現状のゼファーとラブリィの走りとその位置取りが‘全く同じ,だったのが大凡の原因だろうと、トレーニング終了後に柴中は言った。‘誰よりも頑張ろうとする,‘全力を越えた全力を出そうとする,ゼファーの性質から考えて、競争相手が分かりやすい、捉えやすい位置にいるというのは良い指針になるらしい。──‘彼女よりも前に行ければ勝ちだ,という単純な理論である。

 

結果としてその併走も最後の最後にスタミナ切れで力尽きて1バ身以上の着差が付いてしまったが、競り合ったラブリィは勿論、それを見ていたチーム全員がゼファーの事を改めて仲間として認め、既にトゥインクルシリーズから退いているウイナーとアキツテイオーはシリーズでの活躍に期待を寄せ、いずれシリーズで対決する事になるだろうルビーとフラワー、そしてラブリィはその頑張りと走りを称えつつも早速内心で対抗策を講じだし、本格化前で同じシリーズを走る事が難しいアケボノとカレンは今の自分達に取り入れられる物は無いだろうかと考えを巡らせ始めた。

 

無論、肝心のゼファーも今の自分の実力という物(6戦6敗という結果)をシッカリと噛みしめ、それでも『少しでも早くこのチームに相応しいウマ娘になりたいです』と素晴らしい気概をもって全員に宣誓した。……要するにその日の併走トレーニングは色んな意味で大成功となったのである。

 

当然、その次の日からも様々な形式でトレーニングが行なわれたわけだが、ゼファーはその度に呆気なく力尽きて倒れ伏し、そしてその状態から驚異的ともいえる粘りとガッツで立ち上がっては、定められたトレーニングノルマをこなしていったのだ。

 

 

──凄まじいガッツの持ち主。それがここ数週間のトレーニングを通して出来た、チームステラ全体としてのゼファーの総評だった。

 

 

「い、いえいえ! そんな……。私はただ、やりたい事を全力でやらないと気が済まないってだけですよ。『まだやれる!』って心と魂が叫んでるから、それならもう少し頑張ろうかなって、頑張ってるだけなんです」

 

「……そうですか」

 

「はい!」とゼファーは照れた表情で頷くが、果たしてその意気と気概だけで立ち上がることが出来るウマ娘など、この猛者ばかりが全国から集う中央トレセン学園でも何人いることやら。まさか常に‘レースハイ,や‘トレーニングハイ,みたいになっているという訳でもないだろうに。

しかも、しかもだ。その上でゼファーは──

 

 

「──? あの、ルビーさん? どうかされましたか?」

 

ジッと、何か遠くへと思いを馳せるような表情で自分を見てくるルビーの心情があまり読めず、素直にどうかしたのかと問うゼファー。ルビーは質問に対して軽く首を横に振ると

 

 

「……いいえ、何でもありません。どこぞの誰かさんにも見習って欲しいなと、そう思っただけですので。──ねぇ、そう思いませんか? ヘリオス」

 

「ヴッフ……。脚のニュー酸菌がパンパンでマジヤバタニえん……。気分上昇↑させる為のウェイすら唱えられないのでヒールプリーズ……」

 

自分達の数メートル先で地面に這い蹲っているヘリオスに向けてそう言った。長距離走用(ウマ娘基準)に整備された芝のターフの上だ。典型的なスタミナ切れを起こしたヘリオスのその姿に親近感を覚えるゼファーだが、ルビーはゼファーを労るのとは真逆に、いつも通りのバカを見る眼で(呆れた表情で)彼女を見つめるだけだった。──それもその筈。

 

 

「まずは超長距離走(ランニング)だって一番最初に言ったでしょう。しかもこれはゼファーさんに芝のターフに慣れて頂くための物なんですよ? なにコンセプトを無視して大逃げした挙げ句、力尽きて倒れてるんです? あなた本気でバカなんですか?」

 

「ゴホァア! ……る、ルビっちそれ追撃……回復じゃなくてトドメだから……」

 

「こんな言葉がトドメになるほど、あなたの煩わしさはヤワじゃないでしょう。常にそう思っている私が保証します。……なんならこの際どこまで耐久出来るか試してみますか?」

 

「もう止めて! 私のライフはとっくに0をオーバーしてマイナスよ!!」

 

芝レース未経験のゼファーの為に『まずはランニングを行なって脚に芝の感覚を染みこませる』ことにしたルビーと柴中なのだが……。あろうことか二人のトレーニングに付き合っている身であるヘリオスが、レースさながらの大逃げをかましたのである。『ウェイウェーイ!!』とコンセプトをガン無視してテンションアゲアゲで逃げるヘリオスを見て、ルビーがまたキレるのではと若干思ったゼファーだが、彼女は『あのバカ……』と小さく呟いただけで、トレーナー室に飛び込んできた時のように全力で追いかけるような事はしなかった。『あれは無視して結構ですので』と麗しい完璧な作り笑顔で告げると、ゼファーを先導するようにゆっくりと走りだし……色々とアドバイスなどをしていた時間も含めて合計一時間近く走って、今に至るという訳だ。

 

 

「オマケになんですか、その優雅さの欠片もない倒れ方は……。いや別に今更あなたに優雅さなど期待していませんが、あなたもしかしなくても意図してその倒れ方をしてますよね?」

 

「え、マジ? ルビっち知らないの? 『蹄鉄のウマ娘Season2』に出てくる「団長」って呼ばれてるトレーナーの乙り際。ウマウマ動画とかウマチューブでメッチャバズってる奴。話しの内容は殆ど知らないけど団長とこのシーンだけは知ってるってパンピーも多いよ?」

 

「ワザと倒れたのかそれとも休んでる内に回復しただけなのかは知りませんが、あなたに実は余裕があるということはよく分かりました。とっとと起きろこのバカ」

 

ゲシィ! と軽くヘリオスの背中を軽く蹴るルビー。足蹴にされたヘリオスはヘリオスでそれを気にする事もなく「うぇーい」と気の抜けた返事をしてノソノソと起き上がった。

 

 

「あ、あはは……」

 

「自分のペースを度外視してハナから全力を出すとこうなるという悪い見本ですわ。ゼファーさんも、もし今後レースでこれみたいな大逃げウマ娘とやり合う事になった時はそれに付き合わず、自分の走りを保つことを一番に考えて下さいな。「離されている」という事実に焦ってしまうと、最悪共倒れになりますから」

 

「ゼッちゃんって頑張ろうとするその姿勢はマジリスペクト不可避なんだけど、その辺りちと注意した方がいいかもねー。ほら、レースって結局の所バトロワな訳じゃん? どれだけ長い間道中で1位でも、ゴールする時に1着だぜウェイウェーイ! じゃなきゃあんま意味ねーからバチバチに張り合う必要がねーっしょ的な?」

 

「パーマーさんと模擬レースをすると両者共にハナを譲らんと張り合って、その結果結構な確率で先行集団を道連れに自爆する方の言葉です。是非参考になさってください」

 

「今日のルビっち何時にも増して辛辣すぎワロ「はい?」すみません原因が私なのは分かってます……」

 

「…………あの」

 

途中まで口から出かかったその質問を、ゼファーは飲み込んだ。ここでそれを口に出すのは、少々空気が読めていないと察したからだ。

 

 

「どうかされましたか?」

 

「……いえ。どうせ休憩するのなら、シッカリとした方が良いんじゃないかなって」

 

──もしかして、それを分かりやすく教える為にワザと大逃げを? なんて。それをヘリオスのようなウマ娘に、彼女が嫁と自称するルビーの前で問うだなんて。

 

 

「おお! 良いねゼッちゃん!! そうそうこんな所で希望の花を咲かせている場合じゃなかったっしょ! フラワーちゃんとボノボノ特製の激うまレモンウォーターが私を待っている!!」

 

「ちょっ──! お待ちなさいヘリオス!! っていうかあなたやっぱり余裕が残ってましたわね!!」

 

ダダダダダーッ! と優雅さの欠片もない表情と走りでヘリオスを追うルビーを見てクスリと笑いながら、ゼファーはたった二人から今教わった通りに、自分のペースで二人の後を追っていく。

 

 

 

 

「……なにやってんだあいつら」

 

チームメンバーであるルビーとゼファー、そこにヘリオスを加えた三人の合同トレーニングを遠くから見守っていた柴中は、ゼファーを置き去りにして猛ダッシュで芝のターフを駆けるヘリオスとルビー(バカとお嬢様)を見て思わず呟いた。三人がトレーニングをしている芝のコースの一つ内側にあるダートコースだ。三人と分かれる前に「まずは至極単純なランニングから入るように」と一応の指示を出しておいた筈なのだが……。

 

 

「トレーナー」

 

三人の様子を遠目に見ていた柴中に、後ろから声が掛かる。──こっちのコースで柴中が直接トレーニングを見ていたシンコウラブリイだ。

 

 

「ん、終わったか?」

 

「ああ、全て完遂しタ」

 

「そうか」と軽く頷いて、柴中はダートコースを──より正確にはダートコースの地面を見る。幾つもの足跡が、抉るようにコースに刻まれていた。それも、まるで計ったかのように均一な大きさと深さだ。……言うまでもなく、ラブリイの仕業である。大きさと深さは‘怪物,と謳われたオグリキャップのそれほどではないが、数があまりにも多い。コースのそこら中に穴がボコボコと空いていて、まるでモグラか何かの土棲生物の群生地のようになっている。

 

 

「次の指示をくレ。例えなんであろうガ、こなしてみせよウ」

 

(……何度見ても、信じられない維持能力の高さだな)

 

まだまだ余裕がありそうなラブリイ。その結果を予想する事は出来ていた筈なのに、驚く事しか出来ない柴中。……直線コースを使った500mダッシュ10本。彼がラブリイに出した指示は、そんな実によくあるトレーニング内容だった。──‘最初から最後まで常に全力で走り抜け、尚且つタイムを落とすな,という滅茶苦茶な一文が最後に付かなければ、の話しだが。

 

……そして至極当然のようにそれをこなすのだから、誰だって驚くだろう。

 

‘サイボーグ,と評されるミホノブルボンの機械めいたそれとはまた違う。24時間365日、常時ベストな走りをすることが出来る。その状態を保つことが出来る。まるで常在戦場の戦士のような在り方だ。彼女曰く、自分はケルト神話における愛多きかの女王に仕えた戦士の一族の末裔で、幼い頃から戦士としての心得を学び、修行を積んできたという話しだが、それがそのまま彼女の走りに直結しているんだろうと、柴中は考えている。

 

分かりやすく言うなら、レース及びトレーニングの最中において「不調」並びに「絶不調」状態の「影響を受けない」と言えば、彼女のヤバさが伝わるだろうか。一種のチート染みた話しだが、それがシンコウラブリイというウマ娘の最大の武器であり、他のウマ娘にはない彼女独自の強みだった。

 

 

──そして

 

 

「うし、じゃあ今日のコースを使ったトレーニングはこれで終わり。残りの時間はアケボノとカレンと一緒に室内プールを使ったスタミナトレーニングをしといてくれ。あ、先に言っとくけど、泳ぐんじゃなくて歩くやつな。6時になったら上がってくれ」

 

「……了解しましタ」

 

素直に頷いてはいるが、若干の不満が声と表情から滲み出ているラブリイ。戦士である事に拘る彼女の事だから「上官」である自分の言葉を違えるような真似はしないだろうが、まだまだ余裕がある、もっと激しいトレーニングがしたい、という内心が透けて見える。

その気持ちはよーく分かるが、たとえ希有な才能と能力を持っていたとしても彼女はまだ未出走の新バだ。あまりハードなトレーニングをし続けるのは禁物──というのも勿論あるが、一番の理由として──

 

 

「困るんだよなぁ……」

 

あまり彼女を早々に育成したくない(・・・・・・・)。それこそが彼女のトレーニングを積極的に行なわない最大の理由だった。

 

 

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