ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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重賞 9/26

 

 

 

京都──芝1600──バ場状態「稍重」──天候「曇り」──第10レースGⅠ「桜花賞」──

 

 

 

──ガシャコン!

 

 

『スタートしました! 揃いました綺麗なスタートを切りました! 先行争いですが外を付いてノーザンドライバー果敢に出て参りました、しかし内の各ウマ娘、注目の一番人気イソノルーブルが現在四、五番手。内を回っては──」

 

「──つっぁぁあああああ!」

 

端っから全開で行くと言わんばかりにイソノルーブルが吠える。序盤も序盤、ゲートが開いてからまだ十秒と経ってはいないにも関わらず、彼女は既に全身全霊だ。作戦「逃げ」が己の脚質と合っているウマ娘にとって、序盤にハナを奪えるかどうかはかなり重要な勝利へのファクターである為、そうなること自体は分からない話でもないが──。少なくともルーブルのスタイルでは無いことは確かだった。

 

『やはりかかってしまっているのでは?』『冷静さを取り戻せると良いのですが』と実況および解説者はそうコメントする。確かにルーブルが「かかり」に近い状態になってしまっているのは間違いないが、今回の場合はそう悪く無い。──少なくとも、関係者席からオペラグラスを使ってレースを見ていた柴中はそう思った。ただでさえ「落鉄と、それに伴う精神的動揺」というハンデを背負って出走しているのだ。これを覆して勝利をもぎ取る為にはまず、多少無理を押してでも最高の位置取りをする必要があった。……それでも、何時ものようにハナを切ることは出来ていないのだが。

 

 

『先団4名から4バ身ほど開きまして中段です。内を付いて懸命にスカーレットブーケが差を詰める。中を突くように半バ身差ヤマノカサブランカ、その外を突いてミスタイランドの3名。更にその外から1バ身差でシスタートウショウ、そこから遅れましては──」

 

「……………………」

 

ルーブルを始めとした逃げウマ娘達が開始直後から飛ばしまくるのに対し、シスタートウショウはいつも通り自分の走り方(スタイル)を貫き通している。中段外目の位置をシッカリとマークし、最後の直線コースへ向けて脚を溜める。シスターの必勝パターン……と断言できるかどうかはレースへの出走回数が回数なだけに微妙だが、彼女はこのやり方で今までのトゥインクルシリーズのレースを無敗で飾ってきたのだ。

 

自分達のチームに所属しているウマ娘ダイイチルビーの追い込み(それ)と同じようで、やはり違うその細部。レース展開に合せた細かな位置取りや、残りの距離を逆算しての仕掛けるタイミングなどを、フラワーはシッカリと己が眼に焼き付ける。無論、それはシスタートウショウだけに限った話しではない。ここまで正確かつシッカリとした一線級ウマ娘の‘全力,が見られる(データが取れる)機会など、滅多に無いのだから。GⅠクラスのレース以外だと三年に一度行なわれるアオハル杯の決勝か、メディアやURAの筆頭株主達が主催する特別なレースが行なわれる時ぐらいだろう。

 

こうしてレースを見るのも立派な勉学およびトレーニングである──。フラワーは日々多忙な中でこうして時間を作って京都へと連れて来てくれたトレーナーの優しさを、欠片も無駄にする気は無かった。

 

 

『さぁ800メートルの標識を通過、頂上から坂に入ってこれから一気にペースが上がります! 先頭はトーワディステニーリードを半バ身ぐらい、そしてイソノルーブル、イソノルーブル単独2番手の位置に上がって参りました!!』

 

「位置としてはそこまで悪くはない、けど……」

 

「ああ、彼女(・・)だろうな。勝つのは」

 

二人組の大学生男子達がボソリと呟く。ルーブルの前にいるトーワディステニーを抜かせないだろうから、ではない(・・・・)

 

 

 

 

──ド ウ ッ ッ ! !

 

 

 

 

「────────はああぁっ!!」

 

(シスター、さん……っ!!)

 

『おおっとここでシスタートウショウ外を付いて早めに、そして一気に前へと上がってきた!!』

 

ほんの少し前まで中段の外目後ろに控えていたシスターが、いつの間にやら3番手の位置にまで上がってきている。

 

 

『シスタートウショウ! シスタートウショウ! シスタートウショウが先頭に立って先頭を向いた!! その内ノーザンドライバー!! その内にノーザンドライバーがいる!!』

 

──シスターが勝負を仕掛けたのは、残り800メートルの標識を過ぎる少し前の辺りだ。溜めた脚を解放してあっという間に前を走っていた八人中五人のウマ娘を撒り、絶好の位置で最終第4コーナーを回って最後の直線コースへと入る。シスターの進軍に気付いて同じく仕掛けた、更に言えばシスター以上に絶好の位置取りが出来ているノーザンドライバーのマークを物ともしていない。驚異的としか言えない脚だ。

 

 

(…………つっ!? わた、しは……!!)

 

『シスタートウショウ先頭! シスタートウショウ先頭! 内を回ってノーザンドライバー! スカーレットブーケも懸命に追い込む!! イソノルーブルは下がったか! イソノルーブルここまでか!!』

 

 

 

 

 

『シスタートウショウ! シスタートウショウ! そして2番手争いは──』

 

……直線コースに入る少し前あたりから、アナウンサーの興奮したような実況が嫌に耳に入ってきていた。

 

 

『『『ワァアアアアアアアアアアアアアアッッ──!!』』』

 

それに反して、空気を振るわす程の観客達の声援が全く耳に入って来なかった。

 

……理由は、自分が一番よく分かっている。

 

アナウンサーの実況がいやに耳に入ってくるのは、それを否定している自分がいるから。観客達の声援が全く耳に入ってこないのは、それどころではないから。

 

自分がトップ? 私が先頭? ……ああそうだろう。現実として間違いなく今先頭なのは他ならぬ私だ。2位のウマ娘にも2バ身以上の差を付けている今、このままいけば今期の桜の女王へ就任するのは自分で間違いない。──だけど。

 

 

 

「──あああぁっ!!」

 

だけどいる(・・)。いるのだ、確かに。自分の前に、そのウマ娘が。

 

 

「────あああぁっ!!」

 

例えそれが一時の幻に過ぎなくとも、私の眼にだけにしか映らないのだとしても、仮にそれを抜かした所で価値など無く、得られる物もなに一つとして無いのだとしても。

 

 

「──────らあああああぁっ!!」

 

意思が、本能が、願いが、その誰よりも尊くて美しいプリンセス(彼女の幻)を追い抜けと、あらゆる理屈を無視して叫び続ける。

 

 

 

 

 

「────────うおらあああああああああああああああぁつっ!!

 

 

 

 

そうして、私は必要以上の全身全霊をもってゴール板を駆け抜けたのだ。

 

 

 

 

 

『シスタートウショウ! シスタートウショウ!! シスタートウショウ2バ身のリードをとってゴールイン!!! ヤマノカサブランカ2着! ノーザンドライバー3着入線です!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『シスタートウショウ! シスタートウショウ!! シスタートウショウ2バ身のリードをとってゴールイン!!! ヤマノカサブランカ2着! ノーザンドライバー3着入線です!! 勝ったのはシスタートウショウ! 今年も穢れ無き桜の女王の誕生だ!!』

 

『『『ワァアアアアアアアアアアアアアアッッ──!!』』』

 

「……こうなったか」

 

大きく沸き立つ観客達の声援が、レースの勝者である彼女へと向けられる。それに対してシスターはいつも通り、そしてこれまで通り、ヒラヒラと小さく優雅に手を振っていた。──これまでのそれと同じく、実に修道女らしい微笑みと共に。

それを関係者席から見ていた柴中はポツリとそう呟いた。断っておくが、別に深い意味など無い。職業が中央のトレーナーである彼にはある程度の勝者予想は開始前から出来ていた(別に今回のレースに限った話しではない)が、それが外れたという訳でもない。

 

強いて言うならば今回の桜花賞というGⅠレースを間近で見た一人の見届け人としての、ある種傍観者めいた……思わず口から出た呟きの様な物である。

 

 

「凄かったですね、シスターさん。最後の末脚もですけど、残り800メートルを切る直前での早めの仕掛けと、それを成功させる為の位置取りが」

 

「ああ、綺麗な早差しだった。完璧──というにはちと大袈裟かもしれないが、完勝符であることは間違いない」

 

パチパチと観客と一緒になってシスターへ拍手を送っていたフラワーが感想を述べる。当然、ただの観客ではなく中央のウマ娘──それも飛び級で入学してきた天才少女であるフラワーがただレースを夢中になって見ていただけな訳もなく、勝者であるシスターの走りや作戦は勿論、他の各ウマ娘のそれもシッカリと‘観,ている。特に「五強」と評されていたウマ娘達のそれは。

 

ノーザンドライバーは位置取りとペース配分はシスター以上だったが、早めに仕掛けたシスターに併せた結果、僅かにペースを乱されてしまったこと。スカーレットブーケは逆に自分のペースを保ちすぎてしまって、最後の追い込みが間に合わなかったこと。ミルフォードスルーはスタートに失敗した結果早々にバ群に飲まれてしまい、己の脚質とは合わない追い込みで戦わざるを得なくなってしまったこと。五強では無いが、2着に入ったヤマノカサブランカの事も勿論観ている。素晴らしい差し脚と内の付き方だったが、シスターの早差しには僅かに及ばなかったようだ。

 

 

「──それであの、ルーブルさんは……」

 

「……よくあることさ。酷だが、蹄鉄の最装着に失敗した事と、落鉄したままレースに出走する事がレース前に放送で伝えられただけマシだろう」

 

──このレースでイソノルーブルに落鉄が発生してから、唯一「幸いだった」と言える事がある。それは、レース開始時間までもう間もない数分の間に、ルーブルが現在どんな状況に置かれているかということを、アナウンスで会場に伝えられたということ。その上で他の出走ウマ娘や関係者諸々の時間や都合などを考慮してレースは時刻通りに始め、イソノルーブルは本人の強い希望もあって落鉄したままレースに出走する峰を、彼女のトレーナーを通して連絡することが出来たということ。

……既にターフにいた彼女がどうやってそれを自分のトレーナーに伝えたのかは定かではないが、仮にそれが出来ていなかった場合、かなり面倒臭い事態になってしまっていただろう。現に今でも観客席から汚い野次を飛ばすような心ない観客が僅かにいるのだ。その殆どが実際に走ったルーブルへではなく、落鉄してしまった上に一種の興奮状態にあるルーブルをレースへ参加させたURAへの批判を叫んでいる事を鑑みるに、最悪の場合URAへの起訴──裁判沙汰になっていたかもしれない。

 

 

「……でも」

 

何か言い淀むように、フラワーが口を開く。彼女が言葉を紡ぎやすいように、柴中は「なんだ?」と問いかけてやった。

 

 

「……その、上手く言えないんですけれど…………私! ルーブルさんの事も「本当に凄い人だ」って思いました!!」

 

一生懸命に走るその姿から、彼女の魅力はありありと伝わってきた。

 

どんなに自分に自信がなくても、どんなアクシデントが舞い込んできても、例え全力を出せるような状態では無かったとしても、彼女は決して逃げなかった。‘勝負(レース)から,ではない、‘自分の夢から逃げなかった(・・・・・・・・・・・・),。このレースでそれが叶う事はないと内心では思っていたかもしれないが──「それでも、それでもまだ──!」──そう強く思って、彼女は最後まで果敢に走り抜いたのだ。

 

 

「──ああ、そうだな。俺もそう思うよ」

 

そして、それはキチンと結果にも表れている。──今年の桜花賞、イソノルーブルは5着。結局の話、五強と呼ばれたウマ娘はその殆どが衆目の予想通りの強さを見せつけた。五人中四人が入着し、たったいま誕生した今年の桜の女王に至ってはコースレコードを1秒も縮める大好走をしたのだから。

 

 

「……けど、他人事じゃないぞ? 来年は──」

 

「はい! きっとターフの上に……。いいえ、桜花賞のウィナーズサークルに!!」

 

キラキラとした、けれど決意の籠った瞳で、ニシノフラワーはウィナーズサークルで観客へ向けて優しく手を振るシスタートウショウを観ながら宣言する。……一つの大輪が、花咲く準備を始めようとしていた。

 

 




──神よ、我らが本能(罪)を許したまへ──

最後の直線コースに入るタイミングで好位置をキープ出来ていた場合に発動する事がある。
自らに課した自重と節制の枷を解き放ち、ウマ娘の本能を解放して加速力と闘争心を少し上げる。
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