「──はぁっ!!」
タタタタタタタタタ──ッ!
出来る限り力むことなく軽やかに、地面を‘蹴る,のではなく、地面に力を‘流す,ようなイメージで──。柴中からアドバイスされた事を念頭に、ゼファーは芝のターフを駆ける。時刻は既に夕時。普通にトレーニングを行う事が出来るギリギリの時間だ。*1……レースが目前に迫った際の最後の追い込みとして深夜までトレーニングを行なうようなウマ娘も偶にいるが、基本的にはあと数分でトレーニングが可能な時間は終わる。そのため殆どのウマ娘が既にトレーニング後のクールダウンに入っており、ターフの上にはゼファーを含めて数人のウマ娘しかいない。
「目視による計測──トレーニング終了時間まで、残りあと720秒。黒沼マスターの指示通り、最後まで今のペースを維持したままランニングを継続します」
「ついてく……。ついてく……。無理をしないように、身体がダメにならないように、けど出来る限り……限界まで頑張ってついてく……ついてく……!」
「尊い……。尊い……。も、もっと近くで見た……いやいや、ダメでしょデジたん! おさわりや間に入る事は勿論、お二人の集中力を乱しかねない行為だって厳禁なんだから!!」
(やっぱり凄いなぁ……)
自分の他に時間ギリギリまでターフの上を走っている数名のウマ娘を見て、思う。それぞれ何を思って、何を抱えて、どんな気持ちで走っているかは定かではないが、それだけは確かな事だ。
始めた時から一切ペースを落とさず、かといって上げもせず、ただ只管に最外周をランニングし続けているサイボーグのようなウマ娘がいた。それを後方から眺めながら、なんとか彼女に付いていこうと懸命に努力しているとても健気なウマ娘がいた。サイボーグのようなウマ娘を後方から追うその健気なウマ娘の更に後方に、ギラギラとした笑顔を浮かべながら二人に付いていこうとするピンク髪のウマ娘がいた。
──なんか最後に明らかにヤバイ奴がいたような気もするが‘あれはあれで良い風,という認識をしているヤマニンゼファーというウマ娘にとっては些細なことである。きっと彼女達は全員、トゥインクルシリーズで何度も重賞を──GⅠレースを勝つ事が出来るような凄いウマ娘達になるのだろう。伝わってくる気勢から、ゼファーはそう確信する事が出来た。
(……よぉし!)
自分も負けてはいられないと、全身に力と気合を入れ直す。未だ完治には程遠い病み上がりの身ではあるが、そんな事は必死で頑張らない理由にならないしそもそもしない。例え何度スタミナ切れで倒れようが──むしろそんな自分だからこそ、誰よりも真摯に努力し、気合を入れて頑張らなくては。
……そうやって、ゼファーが今日最後となるスパートを掛けようとした時だった。
「はーいゼファー! アンタの質はよーく分かってるけど、今日はその辺にしときなさい。また倒れてアンタのトレーナーや休養寮の皆に心配掛けたくないでしょう?」
「──!!」
とても身に覚えのある懐かしい声が、ゼファーの背後から掛けられる。バッ──! と凄まじい勢いで身体ごと後ろを振り返った。ゼファーの想像通りの人物が、見紛うことなどないゼファーにとっての‘憧れ,がそこに立っていた。
「ダイ先輩!!!」
「おうとも! 休養寮出身、現栗棟寮所属の重賞ウマ娘。‘大先輩,こと『ダイユウサク』──大分遅くなっちゃったけど、重賞に初挑戦する可愛い後輩の為、一肌脱ぎに参上したわよ!!」