「結局の所ですよ? お兄ちゃんは私達のことを何だと思ってるんだー! って話しなんです」
「ぷんすか!」という擬音が目に見えてきそうな可愛らしい怒り方──もとい表情をしながら、カレンチャンは行儀良く柴中がおみやげにと買ってきた京菓子を口に運ぶ。決して一口に頬張りなどせず、少しずつゆっくりと。可愛らしさだけではなく優雅さも意識しながら、京菓子を食すに相応しい佇まいを心がけているのがよく分かる。
ステラのチームハウス、キャロット城の二階にある和室だ。本来のこの部屋の主はアキツテイオーなのだが、本日のウマッターへの投稿を「京菓子」にすると決めたカレンは昨日の内からアキツテイオーと交渉して、部屋を散らかさないこととカレンの分の京菓子の一部を分け与えることを条件に、一時のあいだこの部屋を写真撮影に使う許可を得たのである。
「んー? でもでも、トレーナーはボーノたちの事もちゃんと意識してくれてると思うよー? ‘本格化,まだだもんねボーノたち。みんなと比べてトレーニングを直接見たりするのが後回しになっちゃうのは仕方ないんじゃないかな?」
そしてそれに付き合っているのはヒシアケボノだ。先ほどからカレンの指示に従ってスマホと連動する専用のカメラ(なおこれは二人の私物ではなく、ステラの備品である)を使い、色んな角度からパシャパシャと写真を撮っている。畳と障子の力で「和室」という概念を保っているだけの、寮の相部屋と同じぐらいの広さしかない部屋なのだが、これまで何百回何千回と自撮り写真を撮り続けて、ベストだと思えるそれをSNSサイトにアップしてきたカレンチャンにかかれば、ただおやつを食すだけの様子を可愛らしく魅力的な物に仕上げることなど造作もない事だ。
「もちろんその辺りは分かってますよ? 物事に優先順位があるのは当然の事だし、今はカレン達に時間をあまり割けなくても仕方がない。それに不満もない。毎日毎日夜遅くまで私達の為に一生懸命頑張ってくれてるし、トレーニングや休息のプランなんかもビックリするぐらい私達に合った物を考えてくれてますもん。トゥインクルシリーズを走る一ウマ娘として、トレーナーに不満はありません。こうやってお土産もちゃんと、それもカレン好みの可愛い物を買ってきてくれているわけですしね。あ、そこはもう少しだけ右に傾けてくれるとより可愛らしく写真が撮れると思うのでよろしくお願いしまーす♪」
「はーい!」と快く承諾する。他ならぬチームメイトであり友達でもあるカレンチャンの頼みだから……というのも勿論あるしそれが大部分なのだが、普段からSNSやその他ネットに関する事などの教鞭をして貰っている恩があるからというのも大きい。……ネットでもリアルでも、他人と信頼関係を築く為には時間をかけた真摯な人付き合いこそが一番重要で大切なのだということを、カレンチャンは理解していた。
「だよね! ボーノへのお土産は京都の有名なパン屋さんのパンの詰め合わせセットだったけど、どれもすっごく美味しかったし……。あれ? じゃあなんでそんなに怒ってるの?」
カレンが怒っている理由がイマイチ分からず、ヒシアケボノは首を傾げる。彼女の言い分を聞く限り、少なくともトレーナーに不満は無いらしいのだが……。その反応を見て「むぅ……。分かってたけど、この辺りは共感してくれないかぁ……」とカレンは小さく呟いた。コホンと
「カレンは‘トレーナー,に不満はありません。‘お兄ちゃん,に文句があるんです」
「……?」
「んーと、お仕事とプライベートの違い……とはまた違うんですよねぇ……。なんて言えば良いのかなぁ。『ごめんカレン。また今度な』を何回もされてる可愛い妹の心境、みたいな?」
なんかどこかで聞いた事があるような台詞を例えに出して、カレンは再び言葉に悩み始める。「構ってくれなくて寂しいってこと──じゃ、ないんだよね?」とヒシアケボノが確認するように聞いてくるが、それにも上手く返事をすることが出来なかった。事実、もっと構って欲しいという気持ちがあるのは否定出来ないのだから。
「──けど、本筋じゃないんです。それに、あの人は‘お兄ちゃん,をしている時よりも‘トレーナー,をしている時の方が魅力的だし、カレンもその方が好き。だから、んー……。あ! そうそう、これと同じかな」
そう言って、カレンは丁度半分ほど食べ終わった皿に乗っている京菓子を指差した。より意味が分からなくなって、ヒシアケボノは本格的に「?」マークを脳内に浮かべる。
「京菓子ってとーっても可愛くて綺麗な物が多いですよね? 思わず食べるのを躊躇っちゃうぐらいに。──でも、これを日頃から作るのってスッゴく大変な事だと思うんです」
「そうだねぇ。職人さんは毎日毎日本当に大変だと思うの」
ようやく要領を得られる話し──もとい、共感する事が出来そうな話になってくれたと、ヒシアケボノは内心で喜んだ。中央トレセン学園でもトップクラスの実力を持つ凄腕の料理人と言われている彼女は、当然和菓子も作る──しかし、京菓子は滅多に作らない。その他のよくある和菓子などと比べて、京菓子は製作の難易度が桁違いなのだ。
より正確に言うと生地や餡を作ることは出来るのだが、華や月などの雅なそれ、俗に言うところの‘花鳥風月,を表す物を和菓子の材料で表現しきる事が出来ない。見本となる京菓子があればそれをそのまま真似る事は出来るが、それはオリジナルをそのまま模しただけの、あらゆる部分でオリジナルに劣るただの贋作である。他の料理やお菓子ならばそれで全然構わないが、京菓子は少し別だ。最後の事細やかで芸術的な整形にこそ料理人の魂が籠り、ならばこそシッカリとした美学の修行もせず、気軽にそれを真似るだけの物を作り出すのは彼女の中で躊躇われていた。
「餡子を炊いて練って、生地を火に掛けながら捏ねて、丁寧に丁寧に整形してお店に並べて接客して売って、片付けやお店の管理に美術の勉強までしないといけない──。んー、カレンだったら一日で「む~り~」って根を上げちゃいそう」
「朝は凄く早いだろうし、夜も遅くまで作業してるだろうねぇ。本当お疲れ様って……ん?」
何かが引っかかって、ヒシアケボノは言葉を途切れさせる。言葉に出して初めて気がついたが、これはまるで──
「似てませんか? 普段のトレーナーさんのそれと」
鳥を模した京菓子を愛らしく指で優しくつつきながら、カレンチャンは言った。
「朝は早くからここに来て今日やる予定のトレーニングをおさらい。その日の天候やカレン達の様子を見てそのつどメニューを考えて、学園の運営や行事で担当する事があればそれもやって、取材やインタビューにもちゃんと応じて、夜は遅くまで資料を纏めたり必要な書類を作って、レースがある日はどうしても外せない用事が無い限り必ず自分が付き添って──本当、毎日毎日大変そう」
「多忙」の一言で片付けてしまうにはあまりにも大変なそれを、毎日当然のようにこなし続ける自分のトレーナーを再認識して、ヒシアケボノは脱帽した。社会人──特に教職員や病院関係者、それと政治家などならばほぼ誰でもそうなのかもしれないが、それにしたって凄まじい仕事量だと思う。……改めて思うが、なんで一度身体を壊した事があるぐらいで済んでるんだあの人は。
それもこれも全部カレン達の為。カレン達の夢と願いが叶う確率が少しでも上がるようにする為。──延いては、中央トレセン学園に在籍しているウマ娘達の為だ。その為に、彼は魂を振り絞って日々頑張ってくれている。──だというのに。
「なのに‘お兄ちゃん,曰く『俺が好きでやってるんだから気にすんな』ですよ!? その流れで頭を撫でられたんですよ!? そりゃあ確かにお兄ちゃんは成人している社会人で、カレン達はまだまだ子供の学生ですけどね! それだって対等というかそういう部分があるんじゃないですか!?」
うがー!! とカレンチャンというウマ娘にしては珍しく、感情をむき出しにして怒る。(それでも十分可愛らしく映ってしまうのだが)「なるほどー」とヒシアケボノはようやっとカレンがどうして不機嫌だったのかを理解して、うんうんと共感するように頷いていた。
「難しいかもしれないけど、そういう所はなるべく直して欲しいよねぇ。「気にしないで」って言われて「うん分かった!」で納得出来るようなら料理を作る時に乳化作業なんて必要ないし」
「本当ですよ! フラワーちゃんじゃないですけど、妹を通り越して完全に子供扱いですよあれ!! しかもお兄ちゃんってそういう部分に限ってピンポイントで鈍いから、直球で「こうしてくれ」って言うしか気付かせる方法ないですし!!」
思えば、彼女は最初からこう言っていた。「自分達のことを何だと思っているんだ」と。あれはつまり‘蔑ろにされている,と感じる不満から来る物などではなく‘子供扱いすんのやめろやゴラァ!,という欲求から来ている物だったのだ。
大切にしてくれるのは嬉しいが、それが当り前の存在であると思って欲しくはない。頑張ってくれるのはありがたいが、それが当然の事だと思っているのであれば心配になる。……例え、それをやっているのが他とは比べものにならないぐらい圧倒的な‘強者,だとしてもだ。それが人情という奴ではないか。
「これがチーム全員に対してだったらまだ──いやそれはそれでもっとダメですけど、お兄ちゃんって陛下やアキツさんには明らかに態度違うじゃないですか。忙しい時とか普通に仕事を手伝って貰ったりしてますし。特に陛下となんかちょっと会話をしただけで『そっちは任せる』『了解』なんて相槌を素でやるような関係ですよ? ……まぁ陛下はお兄ちゃんの‘初めて,で、色々と‘特別,なので仕方のない部分はあるんですけど」
言い方は凄くあれだが、カレンの言っている事は間違っていない。ウイナーは柴中の‘初めての担当ウマ娘,で、両者共に色々と‘特別,な存在だった。──それこそ、色んな意味で。本人達があまり語りたがらない為ただの推測だが、言葉では言い表せないような本物の信頼関係で結ばれている事は間違いない筈だ。
……つまりはなんだ、あそこまでシッカリとした……頭に「真の」とかそういう単語が付きそうなそれは望まないが、自分ももうちょっとそういう──(それはそれとして妹の
「……んー、でもでも。それならやっぱり焦る事はないんじゃないかなってボーノは思うよ? カレンちゃんはよく分かってるでしょ? ‘他人と信頼関係を築く為には、時間をかけた真摯な付き合いこそが一番重要で大切だ,って」
「──!」
「今のボーノ達は、まだ自分の事で手一杯の見習いコックだよ。だけどやるべき事を毎日キチンとやり続けていれば、いつかきっとトレーナーの作っている料理を手伝わせて貰えるようになるよ!」
‘そうなること,を欠片も疑っていない純粋かつ自信に溢れた眼で、ヒシアケボノは言った。……そうだ、なんということはない。彼女の言う通り、自分には最初から分かっていたことじゃないか。
信頼を得る為には理解が必要だ。理解を得るためには言葉が必要だ。言葉に力を込めるには実績が必要だ。実績を得るためには経験が必要だ。経験を得るためには努力が必要だ。そしてそれら全てに時間が必要だ。
「……そっか。うんうん、それもそうですね!」
少しだけ晴れ晴れとした気分になって、カレンチャンは笑う。あの人が自分達の事をそういう風に扱ってくるのであれば、今はある程度望み通りにしておいてやろう。焦る事はない。なにせ、自分はまだトゥインクルシリーズのレースを走る事すら出来ない未出走のウマ娘なのだから。
いつか本格化が来て、トゥインクルシリーズのレースを走る事が出来るようになった時。信頼も理解も力も実績も経験も十分に得られたその時は、今までの‘お礼,をタップリとしてやろうじゃないか。
「でもやっぱりお礼ぐらいは素直に受け取って欲しいなぁ」
「え? 受け取って貰えなか「せっかくカレンがソファーで添い寝してあげようとしたのに」うん、取りあえず後でトレーナーに謝りに行ってね? カレンちゃんがすると色々とシャレになってないから」
きっとそういう事がたまにあるないしあったから、‘そういう扱い,なんだろうなぁ……。とヒシアケボノは今日一番の納得をする事になった。