「だからさ、これはアンタだからこそストレートに言っちゃう事なんだけど、いくら重賞重賞って言ったって本質的には条件戦やOP戦と大差無いのよ。それまでに良い戦績を残しているウマ娘に出走権利が与えられてるってだけで、やることはみんな一緒なんだもの」
「なるほど。どんなレースだろうと本気を出して最後まで走り抜くのは変わりませんもんね。流石です、先輩!」
「ふふっ、まぁねぇ! これでも私は重賞ウマ娘だからさ!」
ダイユウサク──現在トゥインクルシリーズを走る選手であり、かつて休養寮でゼファーと同室だったそのウマ娘は自信ありげにそう宣言した。中央トレセン学園は食堂の一角だ。丁度夕食時で、トレーニングや補修などを終えた様々なウマ娘が次から次へと集まってきているが、割と通る声で結構大胆な事を話しているというのに、彼女達に目を向ける者は殆どいない。この時間の食堂にはどうしても人が集って騒がしくなるというのもあるが──
「ね、ねぇ。もしかしてあれが──!」
「うん。オグリ先輩の「オグリ全席」と、スペ先輩の「スペシャル盛り」だよ……!」
「す、すごい……! 私、初めて見たよ。大テーブルの端から端まで全部一人分の料理で埋め尽くされてるの──!!」
「スペシャル盛りも十分ヤバイって! そりゃ私らだって人よりはずっと食べるけどさ、あんな文字通り山みたいな量のお米絶対食べきれないよ──!!」
──大体こういう事である。慣れると「いつもの事だな」と割かしスルーする事が出来る様になるのだが、まだ入学して一月と経っていない新入生にとっては有名なフードファイターのそれを初めて間近で見たような感覚になるのだ。毎年四月上旬から五月下旬頃まで、オグリキャップかスペシャルウィークが食堂へやって来た時に見る事が出来る一種の名物である。ダイユウサクはその一連の流れを見て「はぁ……」と軽く溜息を付いた。
「まーたオグリが食欲で新入生ビビらせちゃってるよ……」
「そういえば同期でしたよね、オグリ先輩の」
「そ、あの怪物の同期。他にもイナリとクリークを筆頭に、ヤエノにチヨ、アルダンにストライカ、正確には同期じゃないけれどタマと……ヤバイのがゴロゴロしてるよ。いやー、肩身が狭いのなんの」
‘やれやれ,と言いたげな仕草と表情──何故だか知らないが‘コメ食いてー,というフレーズが頭の中に浮かんできた──を一瞬して、ダイユウサクは
「……ま、でも今回は仕方ないか。もうすぐだもんね、DTリーグのマイル部門決勝進出者を決める一次予選があるの。気合が入ってるって事かな」
「DTリーグ……」
通称DTリーグ──正式名称を‘ドリームトロフィーリーグ,トゥインクルシリーズで優秀な成績を収めることに成功したウマ娘のみが出走する事を許される、上位リーグだ。頂点の中の頂点を決める為にあるそのリーグの選出基準はかなり厳しく、挑戦するのであれば最低でもGⅠないしそれに匹敵するとされるレースを一勝以上していなければ門前払いを喰らうと言われている。
「……オグリ先輩程のウマ娘でも決勝進出権は持ってないんですね」
「ん? まぁそりゃあね。幾らトゥインクルシリーズでバカみたいに優秀な成績を収めてる超大人気な国民的ウマ娘とはいえ、先輩達も大概ヤバイ人ばっかりだから。マルゼン先輩とウイナー先輩ぐらいなんじゃないの? 今回の予選を無視できるのって」
去年の暮れ、年末の中山で行なわれた‘有馬記念,の様子をゼファーは思い出す。
──オグリキャップ。
信じられない程に強くて、とんでもなく大飯喰らいな‘芦毛の怪物,。それでいて普段の気性は穏やかで、どこか愛嬌のある不思議なウマ娘。彼女のトゥインクルシリーズ最後となるレースとあって、会場がギチギチになるほど大勢の観客が押し寄せ、詰めかけたあの日。前走となるジャパンカップで惨敗し『オグリは終わった』という声もある中で「それがどうした」と言わんばかりに、彼女はとても力強い勝利をしてみせた。……レース終了後。会場にいる人達全員が一体となったかのような、空間を割らんばかりの「オグリ」コールに呼応するように、休養寮のテレビの前で子供達が一緒に叫んでいたのをよく覚えている。
まさしく‘世紀のスーパースターウマ娘,だ。そんな彼女ですら、一次予選から始めなければ決勝に進出する事が出来ない──DTリーグとは、一体どんな魔郷だというのか。
「…………(ゴクリ)」
「はいはい唾を飲み込まない。闘志を出さない。アンタはようやっとトゥインクルシリーズの重賞レースに出走出来るようになったばっかの──いやアンタの体質を考えれば十分凄いし異常なんだけど、兎に角まだまだヒヨッコウマ娘なんだから。ってかアタシより先にDTリーグに闘志燃やそうとするとか生意気だぞコラー!」
「す、すみません」
ウガー! と、まるでミナミコアリクイみたいに両手を掲げて威嚇のポーズをとるダイユウサク。全く威嚇になっていないそれをなんとも言えない気持ちで見つつ、ゼファーは言った。
「……でも、やっぱり私は先輩の方が凄いと思います」
ビシイィッッ──! と、二人の間に吹いていた風が、まるで凍り付いたかのように止まった。
「……いや、あのねゼファー。そう言ってくれるのはホント嬉しいんだけど、流石にオグリと比べてそう言われると‘嬉しい,を通り越して引いちゃうというか……」
「へ? ……ああ、違います違いますそっちじゃなくて! いや大先輩はオグリ先輩と比べても欠損ない名ウマ娘だと思ってますけどってそうじゃなくて!!」
ゼファーは彼女にしてはかなり珍しいことに、ワタワタと手を振って慌てふためいた。誤解を解くため、大急ぎで言葉を噛み砕く。
「‘私と比べて,って意味です! 『いやアンタの体質を考えれば十分凄いし異常なんだけど──』の方です!!」
そこまで伝えてようやく「ああそっちか」とダイユウサクは小刻みに頷いた。
「なるほどね、そりゃあ確かに私も人の事を持ち上げられるような立場じゃなかったわ」
アハハッ──と笑いながら、ダイユウサクは目の前にある食器に入ったリゾットをスプーンを使って口へ運んだ。中央トレセン学園の食堂なだけあって、リゾットも美味しい。今日のは春野菜とその出汁を使った野菜リゾットだ。流石に食感は変わらないが、味に分かりやすい変化があるだけで十分気は紛れる。
「……あの、やっぱり
ダイユウサクからどんな返事が返ってくるか分かった上で、それでもゼファーはそう聞いた。……どうしても、聞かざるをえなかった。
「うん、
やれやれ──そう言いたげな、どこかおちゃらけた表情と仕草でダイユウサクは返した。
「…………そうですか」
「そ。でも、私はまだツイてる方だと思うよ? なにせ、肝心の身体の方はバッチリ完治したしね!」
胸をドンドンと叩いて、十分丈夫な体になったという事をアピールする。もうとっくにそうなっているというのに、未だに‘丈夫な身体になった,事が嬉しくて堪らなくなる時があるのだと、ダイユウサクは言った。その言葉に深く共感しつつも、ゼファーは己の心に湧き出てきた悲壮感を必死になって叩き潰す。──それを抱いていいのは私ではない筈だと、自分の心に言い聞かせながら。
‘先天的不調体質レベル4,
かつてダイユウサクの身体を蝕んでいた、奇病中の奇病。ウマ娘専門の医師が思わず驚いてしまうような、超虚弱体質。ゼファーの‘先天的持久力発達障害,も中々の物なのだが、これと比べると霞んでしまう。
ゼファーのそれと違って持久力やパワーといったは要素はちゃんと(少しずつでも)成長するのだが、その代わり身体の調子が‘常に悪い,。リハビリ中に動悸や息切れを起こして倒れるなど日常茶飯事。酷い時には歩くことすら億劫で、一日中寝ていなければならない時も少なくなかった程だ。──中央でウマ娘のトレーナーをしている者達には、『調子が常に「絶不調」状態で、尚且つ快復手段が何も無い(何年も病院に通って治療をし続けるしかない)』──と言えばヤバさが伝わるだろうか。しかも質が悪いことにこの体質、胃や腸に関わる副作用まであって、その所為でダイユウサクはリゾットやおかゆ、クタクタに煮たうどんの様な胃や腸に良い物しか食べる事が出来ないのである。無論、量も普通のウマ娘のそれと比べるとずっと少ない。
しかして降って湧いた神による奇跡か、それともダイユウサクの執念が運命を覆したのか、信じられない程に酷かった虚弱体質は見事に完治。本校に移籍して死に物狂いでトレーニングを重ねた結果、今やトゥインクルシリーズの重賞レースに勝利する事ができる様になる程までに彼女は強くなったのだ。……特定の食べ物しか身体が受け付けなくなったという、嫌な後遺症を残したまま。
「だから、もしこれが逆だったらと思うとほんとゾッとするよ。あのままだったら重賞はおろか、OP戦……ううん、条件戦にすら出られなかったかもしれないし。……そう考えると十分過ぎるほどツイてる。なにせ、中央のトゥインクルシリーズを全力で走れるんだから」
眼を閉じ、かつて自分達がいた休養寮での日々を頭に思い描く。死に物狂いで様々な治療を受けて、魂を削るようなリハビリをこなし続けて、それでも体質が治らなくてウマ娘レースに出走する事を諦め、休養寮から、延いてはトレセン学園から去らざるを得なかったウマ娘達。トゥインクルシリーズに挑むのはおろか、学園に編入する事すら出来なかった、そんな
彼女達が狂おしいほどに望み、慟哭するほどに願い、それでも叶わなかった夢の舞台に、今の私達は立っている。──ならばこそ、足を止めることなど許されない。彼女達の為ではない。かつて
「……話しが大分逸れちゃったね」と、ダイユウサクはここで一旦話しを区切った。
「まぁ兎に角さ。意識するのは良いけれど、あれやこれやとあんまり考えすぎなさんなってこと」
重賞とそれ以外のレースで色々と「差」はあっても、その内容に「違い」は無い。これはGⅠだろうが新バ戦だろうが一緒だ。トコトンまで突き詰めれば、それぞれに決まったレーンが無いだけの、ただの徒競走である。
「──はい! いつも通り、最後まで全力で頑張ります!!」
「(……ま、アンタなら心配する必要は無さそうだけどさ)そうそう、その意気その意気」
より一層キラキラとした眼と表情で力強く断言するゼファーに、ダイユウサクは安心したように微笑んだ。……そも、最初からダイユウサクは大した心配などしてはいなかった。彼女がゼファーに会いに来た理由は単純に、可愛い後輩へエールを送る為。それと──
「ゼファーって確か今年がクラシック級だったよね? デビューしたのはついこの前だったけど、今回
「ええ。仕方がありませんけどデビューがかなり遅れちゃって、ジュニア級は走れませんでしたから」
出来る事ならもう少し早くデビューしたかった。あわよくばジュニア級も走りたかった──という思いは勿論あるが、贅沢は言えない。こうしてトゥインクルシリーズを走れるようになった上、トレセン学園でも屈指の名門チームに入団する事が出来たのだから。数年前の自分からしてみれば既に望外の展開である。
「そっか」と、ダイユウサクは一瞬だけ眼を閉じて、その後ニヤリと笑みを強めた。
「──じゃ、多分来年かな」
「……!!」
その身体から醸し出されるような僅かな闘気で、彼女が一体何を言いたいのかが十二分に伝わってきた。
「私の適正距離は知ってるでしょ? マイル~中距離の‘ミドルディスタンス,……ちょっと頑張れば、春天の3200だって十分適正範囲内に出来る」
ダイユウサクというウマ娘が持っている武器の一つに‘適正距離が広い,というのがある。下は短距離から、上は最長距離GⅠ、天皇賞‘春,の3200まで。彼女は様々なレースに無理な脚質改造をする事なく出走出来るのだ。──つまり
「流石に今年かち合う事は無いと思ってるけど、来年はゼファーもシニア級。んで、アンタは間違い無くGⅠに出られるようになる。どうしたって目標にするレースは被ってくるでしょ」
「……ダイ先輩」
先ほどよりも更にワクワクとした表情になりながら、ゼファーもダイユウサクの闘気に呼応するかのように笑みを強めた。彼女は信じてくれている。否、確信までしてくれている。ゼファーが必ず、GⅠの舞台まで駆け上がってくるという事を。「ちょっと気が早い気もするけどさ」と、そう前置きをした上で
「その時は一切容赦しないよ。私は必ずGⅠウマ娘になる。──GⅠを勝って、休養寮にトロフィーと優勝旗を飾るんだ。私の名前がデカデカと刻まれた奴をね」
かつて休養寮の病室。お互いに体調がすこぶる悪くて、部屋のベッドで寝ているしかなかった日にコッソリと教えてくれた彼女の夢。──あの時と一文字一句同じ言葉を使っての、正に夢のある宣戦布告だった。
幼少期の頃からずっとあそこにいたせいで、もう自分の家よりずっと馴染みがあるとさえ思えるあの場所に、トロフィーと優勝旗を送りたい。──それに強く共感をしつつ、ゼファーは
「はい! ダイ先輩ならきっと出来ます!!」
「──へへっ! 当然で「でも」──ん?」
「──でも、私とダイ先輩が戦う事になるレースのそれはきっと、私の名前が刻まれた物が贈られることになると思いますよ?」
自信満々にそう言い返した。夢があるのは、レースで勝ちたいのは、ゼファーも同じだ。目標は同じでも目的が違い、尚且つ人にはあまり理解されづらい夢だが、いつか必ず叶えてみせる。──ずっと昔、まだ休養寮にも入っていなかった子供の頃、世界中を吹き荒ぶ幾重もの風達にそう誓ったのだから。
「……言うじゃん。相変わらず、そういう所は絶対強気に来るよねゼファーは。戸惑う事がないっていうかさ」
「ええ。風は迷う事はあれど、肝心な時に戸惑う事はありませんから」
あの頃からずっと変わらないゼファーの性質を垣間見られて安心したのか、ダイユウサクはそれでスッ──と身体から闘気を霧散させた。
「……分かった。アタシもアンタもトゥインクルシリーズに出走するウマ娘だ。だから──」
「はい! いつかきっと、レース場のターフの上で!!」
来たるべき戦いの時を誓いあって、二人は頷く。誰に気に止められることもない小さな約束が今宵、食堂の一角で結ばれていた。
「あいつが、ヤマニンゼファー……。あいつが……!」
ただ唯一、煮えくりかえるような表情でゼファーの事を遠くから見つめていた一人のウマ娘を除いて。
今更かつ当然の事ですが、ダイユウサクは勿論、ゼファーの体質も史実を多少大袈裟に描いています。