「んー、やっぱこの最新モデルっしょ! 謎の新技術搭載、耐久性グンバツ、オマケにお手入れまで楽と来てる!」
「うんうん、折角買うなら高くて良い物にするべきだよ。安物買いのなんとやらになりたくないしね。明確な優劣は付かないって言われてるけど、なんだかんだ
トレセン学園は高等部。昼休みも残り約半分を切ったところで、そのクラスの隅の席に結構な人集り……ウマ集りが出来ていた。大凡、クラスメイトの2/3はいるだろうか。二つの机を囲み、何やら先ほどから熱い弁論が行なわれている。机の上にはスポーツ用品専門の企業が宣伝の為に作った最新のカタログが、周囲に見やすいように広げられていた。
「言いたいことは分かるけどさ、私は高い物を買えば良いって話でも無いと思うよ。家電や日用品なんかと一緒で、自分にとって‘使いやすい,と思った物にするべきじゃないかな?」
「そうそう、それにこういうのってレンタルと違って学園持ちに出来ないって話しじゃん。資金はどんぐらいあんの? ゼファーとルーブルって。まずはそれを聞くところからでしょ」
ウマ集りの中心にいるのはゼファーとルーブル。二人は先ほどから席に座ったまま、前後左右から飛んでくる様々な意見を耳に入れている。当然の事ではあるが、価値観並びに重要視する物がウマ娘によって違うので意見がまったく纏まらない。ルーブルはその現状にワタワタと慌てふためいている様子だったが、ゼファーは涼しい顔をしていた。そも、こうなることは想定済みである。
「じゃあ聞きましょうか。ねぇ二人とも。具体的に、予算はどれぐらいまで出せるの?」
「そうですね、トレーナーさんが言うには……。大体、これぐらいまでならすぐ経費として落とせるという話しです。それ以上は要相談と。ルーブルさんは?」
「わ、私はその、えっと……」
全員を代表して、このクラスの最上位カーストであるダディが聞いてくる。ゼファーはすぐに具体的な数を紙に書いて提示したが、ルーブルは何故だか顔を俯かせてモジモジと身体をくねらせ始めた。
「……トレーナーさんから『君が望む物を手に入れられるのなら、無限に』とでも言われましたか?」
「──ッツ!!? え!? な、なんで……!」
バッ──! と顔を上げてゼファーをマジマジと見やるルーブル。その顔は誰が見ても分かる程に赤く、まるでよく熟したりんごの様だ。ゼファーも「あ、本当にそう言われたんですか」と自分で言っておいてなんだが、若干驚いている。
ゼファーの反応から「墓穴を掘った」と分かったルーブルは「あああああああぁぁ……」と顔を埋めるように身体を丸めて外界との接触を遮断した。そのまま消えてしまいたいと感じているルーブルに対し、クラスメイトの反応は「ヒューヒュー」とニヤニヤした顔で煽てるか「はいはいごちそーさん」と呆れた顔で笑うかの二択だった。
「あらあら。ほんとルーブルちゃんの
「オマケに超イケメンだもんね、立ち振る舞いも
「中々というかあの人以外にいなくない? ……あー、いや待った。確か他にも一人いたような気がする。どっちかっていうと、王子様じゃなくて執事っぽかったけど」
周りから何かを言われる度に、ルーブルはその背中をグイグイと丸めていく。このままでは話し合い所ではなくなると感じたゼファーは、話しを本線に戻すために口を開く。
「すみません。それでなんですけど、この予算だったらこうした方が良いというアドバイスがあれば是非教えて頂きたいです」
その言葉に「ああそうだった」と周囲のウマ娘達は改めて、自分達が何を話し合っていたのかを再認識する。──そもそもの事の始まりは数分前。最近もとい、桜花賞を過ぎてからあまり元気が無いイソノルーブルに、ゼファーが声を掛けた事からだ。
「…………」
ルーブルはここ最近、休み時間は殆ど一人で本を読んでいた。無論、漫画や小説といった娯楽用品ではなく、主にウマ娘用スポーツシューズ専門のカタログだとか、蹄鉄並びにシューズの事について詳しく書かれた専門書だとか、そういう奴だ。前までは休み時間にクラスのウマ娘達ととりとめのない談話する事も少なくなかったルーブルがそうなった原因をクラスの殆どが察していて「暫くはそっとしておこう」という暗黙の了解がクラスの中に自然と出来ていたのだが──
「あの、ちょっと良いですか?」
ゼファーは突然、本当に唐突にルーブルの席に近寄って彼女へそう聞いた。その様子を見ていたクラスメイト数人が、ギョッとしたように目を開いたのをよく覚えている。
「え、えっと……」
「突然すみません。さっき脇を通った時に、ルーブルさんが読んでいる本の内容がチラッと目に入ってしまって……。それ、最新のレースシューズのカタログですよね? もしよろしければ、私にも少し見せていただいてもよろしいでしょうか」
「ど、どうぞ……」
「ありがとうございます」
ゼファーはお礼を言うと自分の席から椅子を運んできて、ルーブルと向かい合うように座る。差し出されたカタログを数回パラパラと捲ると、本を読むふりをしながらこちらの様子を伺っているルーブルにこう言った。
「実は私、最近トレーニング用レース用と、色んなシューズが足に合わなくなってきてしまって……。保健室に行ったら案の定、成長の影響でシューズが足に対して小さくなってしまっているとの事だったので、重賞へ初挑戦する前に蹄鉄を含めて靴関連を一新しようとトレーナーさんが」
「あ、そうなんですか……」
「ああ、なるほど」と、ルーブルはゼファーの言葉に納得したように頷くと、今度こそ再び本を読み始める。……和やかな笑顔に丁寧な口調。相手の納得をある程度得つつ、さり気なく相手の内へと滑り込む。──これでまずは第一関門突破だ。少しのあいだ互いに無言で専門書ないしカタログを読んでいた二人だが、ルーブルが「ふぅ」と一息吐いたタイミングでゼファーが更に仕掛ける。
「んー……。やっぱりこういうのって、一人で悩んでても上手く行きませんねぇ。ルーブルさんはこのシューズと蹄鉄のセットってどう思います? 最新モデルらしいですけど、技術関連の説明部分がよく分からなくって」
「え? んーと……」
ルーブルはゼファーに示されたカタログの一ページを見て、そこに書かれている3Dモデルを使用したやたら詳しい(分かりやすいとは言っていない)説明文を読んで、これまたゼファー同様に頭を捻った。
「……すみません。私にもよく……」
ルーブルの返答を聞いて「そうですか」とゼファーは軽く頷くと
「──なら、他の人にも頼っちゃいましょう」
何の躊躇いも無く、そう言った。
「……へ?」
「あ、ダディさーん! すみませーん、ちょっとお聞きしたい事があるんですけどー!!」
ルーブルが何か反応する
「ご歓談中の所、申し訳ありません。
「良いの良いの。私に何か力になれることがあるなら幾らでも! それで、一体何のお話しかしら?」
「ええ、少しアドバイスを頂きたくて。実は────」
「そうねぇ……。これなら私は──」
「んー、でもさ。凄く単純に考えて──」
「えー? それならいっそ──」
ダディ一行が加わり、喋る人数が多くなった事で注目を集めたのだろう。「なになに何の話し?」とクラス内でたむろっていた生徒が続々とゼファー達の方へと寄ってきて、次々に会話へ加わっていき──今やクラスメイトの2/3が会話に加わっているという訳だ。
「そもそも‘買わない,って選択肢もありじゃない? 多少足に合わなくても履き慣れたシューズと蹄鉄の方が力出せるっしょ。今から新品手に入れてもなぁって感じがする」
「いやいや、分かるけどそれはマズイよ。先生やトレーナー達も耳タコなぐらい言ってるじゃん。‘身体、特に脚は少しでも違和感を感じたら即報告する様に,って。勝ち負け以前にシャレにならない怪我したら一巻の終わりだし」
「ええ。最初は私もトレーナーさんにそう言ったんですけど、やはり怪我などのリスクを考えると買い換えた方がずっと良いらしいですね」
「どーしても「履き慣れた靴の方が良い」って感覚があるよねー。あ、ちなみに私は外見にも拘った方が良いと思うから、これとこれはデザイン性の問題で×ねー。これなんかどーよ? ちょっとキレがよすぎる気もするけど、吹き荒れる風をイメージしてるっぽいしゼファーには合うでしょ。ルーブルは勝負服に合わせてメッチャ露骨に「THE・プリンセス」って奴にした方が良いんじゃない?」
「なるほど。確かにデザインの事はあまり考えていませんでしたね……盲点でした。ルーブルさんはその辺りどうです? 何か好みとかはありますか?」
「え、ええっと……。その、あるかどうか分からない、っていうかほぼ無いんですけど……。で、出来ればガラスの靴が……な、なーんて! そんなの実際にあるわけないですよね! すみません!!」
「んー、確かにガラスの靴は難しいと思いますけど、それっぽい……透明感のあるシューズならあると思いますよ。蹄鉄もそういう着色加工をしてもらえば良いと思います」
全員の意見を上手く纏め、話が脱線しそうになったら適時元に戻し、ルーブルへ定期的に言葉を促し続ける事で話しの軸と主役をぶらさない。最初こそこの状況に困惑していたルーブルだが、話し上手かつ聞き上手なゼファーが中心となって進行する事で、いつしか(比較的)自然と会話が出来るようになっていった。半ば冗談のような発言が出来ているのがその証拠である。
「ふふっ」
不意に、ダイナマイトダディがそうやって小さく笑った。「や、やっぱり変ですよね」と聞いたルーブルに、ダディは「ああ、ごめんなさい。違うのそうじゃなくて──」と慌てて真意を言う。
「──ルーブルちゃんとは最近あまりお喋り出来てなかったから、楽しいなぁって」
「……あ」
何かに気付いた、気付かされたようにルーブルはその目を大きく見開いた。
「ルーブルちゃんってとっても健気ないい子だからもっともっと仲良くなりたいのに、最近は話す機会がなかったでしょう? 寂しかったのよ」
苦笑するように言うダディにつられるように、他のウマ娘達も同じように苦笑したり頷いたりしている。この時になってイソノルーブルはようやっと、自分が最近クラスメイトと殆ど会話をしていない事をハッキリと自覚した。そして、それ以上に──。
「こういう機会を作ってくれたゼファーちゃんにはお礼を言わなくっちゃね」
「(もしかして、最初からそのつもりで──!)あ、あの。ゼファーさん──!」
ゼファーの方を向く。彼女はダディの言葉に対し、涼しげな顔で首を軽く横に振っただけだった。
「いいえ。私はお礼を言われるような事は何もしていませんよ」
むしろ最初から我が儘な事しか言っていないし、していない。自分の都合と自分の思想と自分の好みで勝手に首を突っ込んで、勝手に周りを巻き込んだだけである。少なくとも、ゼファー本人はそう思っている。「ルーブルさんを始めみなさんを巻き込んでしまい、貴重な時間を使わせてしまって申し訳ありませんでした」と、ゼファーは逆に深々と頭を下げた。
「……一つ、聞いても良いかしら」
ゼファーの思いもしなかった行動に唖然とするクラスメイト達を代表して、ダディが聞く。
「なんですか?」
「ゼファーちゃんがどういう思想と好悪をしているかはなんとなく理解出来るんだけど……。どうしてそこまで出来るの? 私も似たような事をよく聞かれるんだけど……。私はほら、みんなのダディだから当然じゃない?」
何人かが「いやその‘当然,はおかしい」という意思が込められた視線をダディに向けるが、いつもの事なのかダディは全く意に介していない。
「要はみんなの事が大好きだからなんだけど……。ゼファーちゃんはどういう理由で力というかやる気が湧いてくるのかなって。「行動原理」じゃなくて「行動活力」を知りたいって言えば分かりやすいかしら」
「なんで、ですか……」
ふむ。と頭を捻って考える。「行動原理」ならば一番最初の自己紹介の時にも伝えた通り「淀んだ空気が嫌いだから」なのだが、どうしてやる気が湧いてくるのかと来たか。
「──信念、ですかね」
少しの間を置いて、ゼファーはそう答える。
「信念?」
「ええ。母譲りのそれで、正確にはそれが宿った魂──なんでしょうか。すみません、姉達が言っていた事をそのまま言っただけなので、自分でもよく分からないんです」
一度「こう」と決めた事は何が何でもやり通す。その為に出来る事は全て全身全霊でやる。どんな困難な道だろうと決して諦めない。なんでそんな強い物が自分にあるのかは分からないが、兎に角──
「それが、私の
「……そう」
微笑むように、ダディは笑った。彼女の強いそれに敬意を示して。彼女こそがいずれこのクラスを、否、この世代を代表するウマ娘になる事を確信して。──そして
(そうなる自覚はあると思うんだけど、大丈夫かしら……)
その呆れるほどに強い信念が、これから幾つもの嵐を呼んでくる事を予感して。その時、彼女の力になってあげられるようになる事を誓って、ダディは微笑む。