ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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今回から独自解釈&オリジナル要素が少しずつ出てきます。


ヤマニンゼファー 4/10

「はあっ……はあっ……」

 

 

『総務課』

 

その名の通り、トレセン学園に関するあらゆる務を果たすその御役所に今、あるトレーナーが息も絶え絶えになりながら駆け込んできた。マイルの皇帝、ニホンピロウイナーが所属するチームのトレーナー……つまりは柴中である。

 

本日の業務終了時刻三十分前──もっと言えば最終受付時刻ギリッギリで予約番号紙を専用の機械からちぎり取った柴中は、御役所ならではの整然と並べられた椅子へ力尽きるように腰掛けた。

ゼファーを寮へと返してから、今までの人生で一番と言って良いぐらいの全速力でここまで走って来たのだ。総務課の役員を含め、中にいた数名の人間やウマ娘に「なんだなんだ」と怪訝な目で見られるが、そんな事は気にもならない。

 

彼女を……ヤマニンゼファーというウマ娘を、少しでも確実にチームへ招き入れるためだ。明日の朝一番では遅すぎる(・・・・)。そう判断する事が出来るだけの価値が──自分とウイナーの夢を託すだけのそれが、ゼファーにはある、そう確信している。

 

なんとしてでも今日中に──

 

 

『予約番号58番でお待ちの方、準備が整いましたので1番カウンターまでお越し下さい』

 

「──っと!」

 

予想よりも随分と早く自分の番が来た事に驚きつつも、柴中は急いで指定されたカウンターへ向かう。そこにはまだ新人とおぼしき若い受付嬢が席の向こう側に座っていた。

 

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

「ウマ娘をチームに引き入れる際の『優先交渉権』ってありますよね。その受付用紙と手続きのための書類を頂きたいのですが」

 

 

『優先交渉権』

 

 

プロ野球で言う所のドラフトと似たような物で、新入生並びにまだトレーナー契約をしていない将来有望なウマ娘を先んじて発掘したトレーナーが、トレセン学園の用意した専用の書類を提出する事で得られる、その名の通り‘ウマ娘と優先的に契約する事が出来る権利,だ。無論、ウマ娘側から拒否する事は可能だが、その書類を先んじて提出さえしておけば他のチームとウマ娘の取り合い──つまり、競合するような事は無くなる。

 

……もっとも、現在学園で最も巨大で強大なチーム『リギル』なんかはそんな面倒臭い事をせずとも、強いウマ娘達が自然と集まってくるのだが。

 

受付嬢はチラリと柴中の胸元にあるトレーナーバッジを確認してからニッコリと営業スマイルを浮かべて

 

 

「了解いたしました。ではまずそのウマ娘さんのお名前を教えていただけますか?」

 

「‘ヤマニンゼファー,です」

 

「分かりました。少々お待ち下さい」

 

柴中が言った名前を手元のパソコンに手早く打ち込んでゆく。パソコンの中にあるのは、学園内のウマ娘に関する様々なデータが登録されている膨大なデータベースだ。流石にプライバシーや家庭の事情に関わる物などは、本人や契約しているトレーナーの許可が下りた物以外は記録されていないが、トレセン学園に所属、ウマ娘レースに出走、その他様々な仕事を依頼されるにあたって必要最低限の情報は全て記録されている。

 

 

「……? ……あの、ウマ娘さんのお名前って、ヤマニンゼファーで合ってます?」

 

「? ええ」

 

だから彼女の──ヤマニンゼファーの事もスグに詳細な情報が出てくる……その筈だった。

 

 

「……いません」

 

「……は?」

 

 

 

 

「ですから──‘ヤマニンゼファー,さんなんてウマ娘、登録されていないんです」

 

 

 

 

柴中は一瞬、受付嬢が新人だからパソコンに表示されたデータを見間違えたか、あるいはキーボード入力を打ち間違えたんじゃないかと思った。

 

しかし、受付嬢が証拠とばかりに見せてきたノートパソコン内に表示された学園のデータベースには「No Data」と確かに何も表示されていない。検索欄も「ヤマニンゼファー」と一文字一句間違わず入力されている。

 

 

「少なくともレース科には所属していません。お名前を間違われていませんか?」

 

「そんな、馬鹿な……!」

 

混乱しかける頭で必死に思考を巡らせる。

 

ヤマニンゼファーというのは嘘の名前だった? 可能性として考えるなら無くはないが、低いと思う。あの娘から虚偽の風貌は一切感じられなかったし、そんな様子は見られなかった。

 

ではゼファーはトレセン学園のウマ娘ではない? これも無い。地方ならばまだ兎も角、ここはウマ娘レースの未来を背負う有望な若人達が集まる『中央トレセン学園』だ。流石に国家経営の自衛隊基地とかと比べれば大きく劣るだろうが、警備体制はそんじょそこらの会社や銀行なんかよりも優れている。

 

……一部、例外的な「コネ」や、意味不明な「術」なんかを使って学園内に入り込むような人物もいるが、そういう例外枠でもない限り、おいそれと侵入する事が出来るような場所ではない。

 

──となれば、自然と答えは限られてくる。

 

 

「すみません! 『レース科』以外の娘にも検索を掛けて貰うことって出来ますか!?」

 

ヤマニンゼファーは『レース科』……つまり、レースに出走する為に学園に入ったウマ娘とは違う科に所属している──この可能性が一番高い。一つ問題があるとすれば、ゼファー本人がウマ娘レースに出走する為に特訓をしている様な事を仄めかしていた事だが……。

 

 

「は、はぁ……。出来なくはないですが、レース科以外のウマ娘さんを検索するのであればまた別の……。具体的に言いますと、その科事に担当している者から検索許可を得る為の手続きが必要ですけれど……」

 

なんでレース科以外のウマ娘をチームに引き入れようとしているんだろう……? と、いった風な目で受付嬢が見てくるが、柴中は気にも止めず「そういやそうだった……!」と呻いて頭をボリボリと掻く。

 

素直に考えれば日を置いて正式な手続きを踏んでから改めて調べて貰えば良いだけのことなのだが、万が一ゼファーが別のチームから接触されたり、想定外の事情を抱えているウマ娘だったりした場合の事を考えると、彼女がどんなウマ娘なのか少しでも早く知っておきたい。

 

 

(こういうのはあんま好きじゃないんけど……仕方ないか)

 

柴中は表情を引き締め直し、スーツの内ポケットから自分のトレーナー免許を取り出して提示する。その免許証を囲っている金色の枠を見て受付嬢が叫んだとたん、総務課の内部が騒がしくなった。

 

 

「じ、GⅠトレーナー免許……!?」

 

「レースチーム『ステラ』専属トレーナーの柴中です。GⅠ免許修得者としての権限を使用して、検索可能範囲を最大まで広げることを要求します。至急‘ヤマニンゼファー,というウマ娘について得られる限りの情報と、先ほども言いましたが、優先交渉権を得るための受付用紙と書類をお願いします」

 

トレセン学園に所属するウマ娘トレーナーには、いわゆる『階級制度』というものが適応されている。その実力と功績によってウマ娘を育成し、評価を高める内に自分の階級も上がり、学園側に要求出来る事も増えていくというわけだ。

 

最下底が新人で、若葉をイメージした緑色の枠。それ以降はウマ娘レースの階級と同じく1・2・3・と続き、枠縁の緑がどんどん濃くなってゆく。OP特別に当たる白が挟まり、重賞以降がGⅢの銅。GⅡの銀。そして最上位に位置するGⅠの金。特にGⅠ免許は最終試験(面接)を理事長が担当して直々に合否を判定するため、GⅠ免許修得者は‘理事長直々のお墨付き,を得ている……つまりは学園トップクラスの超エリートトレーナーである事の証だ。

 

 

「え、ええっと……」

 

受付嬢が困った様な顔で固る。本来、GⅠクラスのトレーナーが総務課へ足を運ぶ機会は少ないのだ。優先交渉権なんて面倒臭い物を得ずとも自分が見出したウマ娘に声を掛ければまず喜んでチーム入りしてくれるし、その権限で優先的に出来る事も多い。なんなら理事長に直談判して無茶を通すような事だって不可能ではない。精々数年に一回、トレーナー免許の更新をする時ぐらいである。

 

つまり、この新人の受付嬢はGⅠクラスのトレーナーが所持している権限と、その適応具合を詳しく知らなかったのだ。

 

 

「しょ、少々お待ち下さい。ただ今係の──」

 

「あっれ、GⅠトレーナーって誰かと思えば柴中ちゃんじゃん。どったん?」

 

受付嬢の後ろ、つまりは幾つものデスクが所狭しと並べてある総務課の奥からヒョッコリと顔を出したのは、ボチボチ白髪の交じった黒髪に無精髭を生やしたスーツ姿の男。年齢は五十代前半位で、割とガタイの良い体付きをしているその風貌は、一昔前に流行った‘ちょい悪オヤジ,そのものといった具合。

 

 

「そ、総務部長!?」

 

総務部長──つまり、この総務課のトップに立つ男だ。

 

 

「ご無沙汰してます、三坂さん」

 

「あんまウチの新人虐めないでやってくれよなー」

 

からかう様に言いながら、そのちょい悪オヤジ──三坂は「ああ、ここ俺がやっとくから。もう定時間近だし今日は上がっちゃって」と受付嬢を退かして代わりに椅子へと座る。

 

 

「んで、何か用? まぁ大分話しは聞こえてたんだけどさ。珍しいじゃん、柴中ちゃんが免許出してまでウマ娘の事を探ろうと……延いてはチームに迎え入れる為に動くだなんて。──そこまでの逸材かい?」

 

「少なくとも俺とウイナーの見解は「絶対に他のチームに渡せない」で一致しました」

 

「へぇ……」と三坂は面白そうな笑みを浮かべる。「久々に面白そうな案件が舞い込んで来やがった」とでも言いたげな表情だ。

 

 

「驚いたな。柴中ちゃんの眼を疑ってた訳じゃないけど、あのマイルの皇帝様にまでそう言わせるか。スゲーなその娘」

 

「ええ、まるで……。それこそゼファー(そよ風)みたいな気持ちの良い走りをする娘でしたよ」

 

スタミナが底辺かつ、併走やレースを殆どしたことが無い上でなおあの速さ。幾つものハンデがあるとはいえ、誇り高いウマ娘であるウイナーに本気を引き出させたあの気概。レースを見ていた柴中を熱中させ、一陣の風を感じさせたあの走り。

 

なんとしてでも自分達のチームに……もっと言えば、自分が担当するウマ娘になって欲しい。一人のトレーナーとして、彼女の走りを支えてやりたい。

 

 

「……よし分かった!」

 

そう言って、三坂はカウンターに置かれた柴中のトレーナーカードをひったくる様に受け取った。

 

 

「俺と柴中ちゃんの仲だ。任せときな、仮にその娘が学園のトップシークレットだろうと必ず見つけ出してやるからよ」

 

「いやそんな大袈裟な……」

 

呆れた様に言う柴中を半ば無視して、三坂は柴中のトレーナーカードをパソコンと繋がっているカードリーダーに通し、なにやら色々と設定し始める。

 

 

「取りあえず色んな可能性を加味して、中央だけじゃなくて全国区で検索を掛けてみるか。権限解除ランクGⅠ──検索箇所を‘中央トレセン学園レース科,から‘日本ウマ娘トレーニングセンター学園全域,に変更。……んで、名前が──」

 

「‘ヤマニンゼファー,です」

 

「や ま に ん ぜ ふ ぁ ー っと……。なんだ、レース科じゃないだけでアッサリ出て来たし所属も中央で間違いな──」

 

ピタリ──。検索を掛けてからたっぷり三秒ほど、三坂はパソコンに表示された検索結果を見て固まった。目も若干見開いているように見える。ただ事ではない結果が出た事は安易に察せられた。

 

 

「……あの、なにか?」

 

「あー……。柴中ちゃん、そのヤマニンゼファーってこの娘で間違いない?」

 

なんとも言えない──強いて言うなら困惑した様な微妙な表情になった三坂が、パソコンを柴中の方に向けて画面を見せてくる。そこに表示されていた写真に写っているウマ娘は間違いなく‘ヤマニンゼファー,その娘だったのだが──。

 

 

「──あ」

 

写真の上。詳細な所属が書かれている部分を見て、柴中はこれまでのゼファーの言動に納得がいった。

 

 

 

 

『私、とんでもない『もやしっ子』ですから』

 

『見ての通り体力が全然無いんです。だからスタミナが付くようなトレーニングを基本的にやってるんですけど、いつもスグにバテバテになってしまって……』

 

『最近はお医者さんからも「良い調子」って褒められたんです!』

 

 

 

 

「そういう事か……!!」

 

短距離・マイル路線志望のウマ娘達が誰一人として彼女のことを知らなかったのも、スグにバテてしまう虚弱体質なのも、医者に掛かっているような事を言っていたのにも全てに説明がつく。むしろ何で今の今まで気付かなかったのか。

 

 

 

 

「この娘『休養寮』のウマ娘だぞ? しかも三年選手な上に今年クラシックレースを迎えるはずの。一応、一週間後に退院予定ではあるみたいだけどさ……。そんな娘をチームに入れるって、本気かい?」

 

 

 

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