ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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重賞 14/26 GⅢクリスタルカップ その1

 

 

『──さぁやって参りました。中山レース場、本日のメイン競争は第11レース。──GⅢ‘クリスタルカップ,いよいよ開幕です!!』

 

 

4月13日──‘桜花賞,開催の六日後であり、‘皐月賞,を明日に控えたこの日。それら二つのGⅠレースとは比べものにならないが、それでも一つの立派な重賞レースが中山レース場で開催されようとしていた。

 

クリスタルカップ──クラシッククラス限定の短距離重賞レース。これから短距離路線に進むであろうウマ娘達の今後を占う割と重要な一戦なのだが、中央の重賞レースにしてはそこまで観客が入っていない。大方、明日行なわれる‘皐月賞,に備えておきたいのだろう。当然のことではあるのだが、注目も集客も、そして出走するウマ娘達の気合の入りようも、GⅠレースの方が圧倒的に上なのだ。

 

 

『実況は引き続き、今回が初の重賞レース実況とあって若干緊張しております赤坂(妹)でお送りします! 解説の横山さん、改めてよろしくお願いします』

 

『はい、よろしくお願いします』

 

『さっそくなんですが横山さん。私実は重賞レースの実況をするのも初めてなら、短距離の重賞レースを見る事自体初めてのド素人なんですが、どういう部分に注目していったら良いんでしょうか』

 

ドッ──! という吹き出すような笑い声と、うぉぉぉい──! という激しいツッコミがレース場の観客席から響く。『それで良いのか実況アナウンサー』と誰もが思った事を、解説者である横山は笑いはすれど口に出さなかった。

 

 

『はははっ! そうですねぇ……。その言い方からして、赤坂さんはマイル、中距離、長距離の重賞レースはご覧になった事はあるんですよね?』

 

『はい主に‘八大競走,と呼ばれていた物に関しては大体。……お恥ずかしながら「ウマ娘レースと言えば八大競走」というイメージが未だにありまして……」

 

『あー……、まぁ仕方がない部分もありますよねぇ。なにせグレード制度が成立してからまだ十年と経っていませんから』

 

うんうん。相槌を打つように軽く頷くと、横山は文字通り解説者としての役割を果たすために言葉を紡ぐ。

 

 

『では赤坂さん。短距離、マイル、中距離、そして長距離レースの‘違い,って何だと思いますか?』

 

『……? えっと……走る距離、ですか?』

 

一応他にもなにか無いかと考えてはみたものの、それ以外に‘違い,が見つからず、赤坂(妹)は素直にそう答えた。すぐさま横山から正答を告げる色よい返事が返ってくる。

 

 

『はい、その通りです。正確にはこの四つにダートと障害のレースが加りますから距離の問題だけではありませんし、走る距離によってウマ娘に求められる能力やレースにおける見所なんかも違ってくるんですが、それ以外に明確な‘違い,なんてありません。ただ走る距離が違うだけです』

 

『……どんな距離のどんなレースだろうが「ウマ娘レース」は全て根本的に同じ物、という事ですか?』

 

『流石ですね、少なくとも私はそう思っています。──そして、それはそのまま重賞とそれ以外のレースにも当てはめられる。‘距離,という明確な違いがあるレースでも違いはそれだけなんです。レースに定められたグレードで内容大きく変わる事があるかと言われれば否でしょう?』

 

上手く話しを広げつつ、初心者にも分かりやすいように噛み砕きながら話す。……元中央トレセン学園で働いていたウマ娘トレーナーで、教員も兼任していた彼にとっては造作もない事だ。

 

 

『なるほど、確かに言われてみれば……』

 

『勿論、これは極端に言った場合の話です。天候や枠番、各レース場やババ状態などの様々な外的要素でレース内容は大きく左右します。ですが、それこそ全部のレースに当てはめられる要素ですからね。ですので赤坂さんも‘これは重賞レースなんだ,とあまり意識する事なく、今までと同じように短距離レースの見所をみなさんにお伝えして頂ければそれで十分だと思いますよ』

 

──中央でトレーナーをしていた時に、似たような事を壇上で話したっけ。と少しばかり懐かしい気分になった横山。確かあれは新入生が重賞レースばかり特別視してしまい勝ちになる時期に話す内容で──ああ、そういえば。

 

 

『──はい! ということらしいので私はこれまで通り、何時もと特に変わらない実況をさせて頂きます! 姉の様に上手い事や面白い事はまだ言えませんのでどうかご勘弁を!!』

 

主にレース場内のスタンド席で苦笑するような声があちこちから漏れる。……まさかとは思うがこの新人女子アナ、解説者から今の言葉を引き出すためにワザと無知なフリをしたんじゃあるまいな? 仮にそうだとすればトンでもない役者だが。

 

 

『ではそろそろ各選手がパドックに──『ですが』はい?』

 

赤坂(妹)の進行を一旦遮り、横山は意味ありげな笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 

『重賞とそれ以外のレースに‘違い,はありませんが‘差,は色々あります。特に顕著なのが最高グレードであるGⅠなんですが……。兎に角、その‘差,をどう感じ、どう受け止め、どう活かすかが重賞レースで勝利する為の最初の鍵になるでしょうね』

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

まずは小さく、しかしシッカリと息を吐く。実況アナウンサーの開幕宣言に沸き立つレース会場、その熱気の様な声援が風を介して地下運用通路にまで運ばれてくるような気がして、ゼファーは逸る気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと呼吸を繰り返していた。……これだけ離れた場所からでもシッカリと分かる。‘風,が教えてくれる。今までやってきた2戦とは‘物が違うぞ,と。

 

──無中生有。

 

そうやって呼吸を繰り返していると、ふとこのまえ世界史の授業で習った四文字熟語が脳裏を過ぎる。中国は三国志時代の兵法‘兵法三六計,の一つでもあり、本来無いはずの物が有るように見えてしまうという錯覚現象だ。ダイ先輩は『どんなレースだろうが、そこに‘違い,なんて物はない』と言っていたし、それこそがウマ娘レースにおける一つの真理なのだろうが、ここまで明確な‘差,があれば、本来無い筈の物が有るように見えてしまっても仕方が無い事ではないだろうか。

 

休養寮時代、身体の調子が悪かった時に暇潰しとして読んだレース心理学の本に、レースのグレードが上がれば上がるほどそういう傾向があると書いてあったような気がする。一体どんな‘無い筈の物,が有るように見えてしまうのかはウマ娘によって差があるだろうが……。その辺、若干興味があったりするゼファーである。

 

 

「……ん! よし!!」

 

パンッ! と両頬を両手で強く叩いて気合を入れる。……余計な考え事をして、良い意味で気が紛れた。ベストコンディションと言えるかは定かではない──そもそも虚弱体質が完治していない以上、ベストコンディションなど有って無いような物なのだが──けど、良い感じに‘風,と気が乗ってくれている。……これならいける。

 

そう判断したゼファーが、顔を上げて会場へと歩きだそうとした時だった。

 

 

「──ちょっと待った」

 

とても鋭い、明確な『敵意』と言えるそれを持った言葉が後方から投げかけられる。

 

(……来ましたか)彼女の存在をかなり前から感知していたゼファーは内心でそう思いながら、クルリと身体ごと後ろを振り返る。そも、ゼファーがああして深呼吸を繰り返していた主な原因は、彼女から静かに向けられていた敵意にこそあった。

 

 

「なにか御用ですか‘ナナ,さん」

 

「……アンタにそのあだ名で呼ばれる筋合いは無い」

 

そこにいたのは一人のウマ娘。URAから指定された体操服とその上に付けているゼッケンから、ゼファーと同じクリスタルカップに出走するウマ娘だということは分かるが、どこからどう見ても「仲良くしましょう」という雰囲気ではない。むしろその逆。ギロリ──と、ともすれば殺気すら籠った視線がゼファーを貫き続けていた。

 

 

「……すみません。ですがみなさんから‘セブン,と呼ばれているウマ娘の方は学園にいますから」

 

「……ちっ」

 

彼女自身セブンの事をそう呼んでいる故にそれ以上の文句が言えなくて、憂さ晴らしに大きく舌打ちをする。……敵意のある言葉に、殺意の籠った視線に、大きな舌打ちと、明らかな悪態を付かれているのに、ゼファーは少しもたじろいでいない。むしろ、ある種の懐かしさすら覚えていた。

 

 

「…………」

 

「……すみませんが、私は勘が鈍いので、視線だけでは何も分からないです。何か言いたいことがあるのなら、どうか仰って頂けませんか」

 

まずは一手、こちらから本心を告げる。小さい頃から何度も行なってきた様々な仲裁活動による様々な経験は、ゼファーに本心から話し合うことの重要性を徹底的に学ばせてきた。無論、タイミングやなんやらの関係で「今は何も話さない方が良い」ような事も決して少なくなかったがそれはさておき、話し合わなければ何も進展する事が無いということだけは真理である。(ゼファーをよく知る人物がここにいれば‘勘が鈍い,の部分にツッコミを入れたかもしれないが)

 

 

「‘アンタだけは絶対負かす,ただそれだけ言いに来た。……折角これからレースなんだ。言葉なんかよりもよっぽど分かりやすいやり方があるでしょ」

 

だがそれは拒絶された。──何もかもレースで語れば良い──そういう分かりやすい宣言と共に。……問題ない、彼女にとっては慣れた事である。

 

 

「どんなに分かりやすくても、結末や経過、なにより納得に‘差,が出ると思います」

 

言いたいことを言いたいだけ言い切ったのと、最後まで何も喋らないのとでは同じ「決着」でも明確に違う物になる。……知っている。ああ、よく知っているとも。

 

 

「……なんだってアンタにそんな事が言える?」

 

「……経験ですよ。私、小さい頃からついつい余計なお節介を焼いてしまう性質だったので」

 

何故ならずっと見てきたから。虚実に勘違い、遠慮にすれ違い、挙げ句の果てには一見どうしようもないような物まで。様々な要因で仲違いを起こしてしまう人達と、ゼファーはずっと付き合ってきた。──だからこそ、彼女は自信を持って言う事が出来る。

 

 

「──話してください。私になにか、言いたいことがあるんでしょう?」

 

例え誰であろうと、その結果どういう事態に陥ろうと、真摯に言葉を交わし、そして話し合わなければ、心に気持ちの良い風が吹くことは決してないのだと。

 

 

「……ちっ」

 

それから数秒ほど間を置いて‘ナナ,と呼ばれているウマ娘は、その眼光をより鋭くして言い放った。

 

 

「──認めない」

 

「……一体何を?」とゼファーが聞くよりも先に、答えが返ってくる。

 

 

「トレーニング中は何度も何度も力尽きて、あの人やトレーナーに迷惑を掛けどうし。学園生活でも毎日のように周囲に色んなフォローを頼んでは仕事を増やして周りを巻き込んでいるアンタなんか……!!」

 

「…………」

 

「私はアンタを認めない。休養寮出身のアンタがどうやってあの人に取り入ったのか、なんであの人がアンタにそこまで入れ込んでいるのか、それはどれだけ考えても分からなかったけど兎に角、アンタはあの城に入り浸るだけの実力があるウマ娘なんかじゃない……!」

 

ゼファーは何も言わなかった。彼女の言葉をシッカリと聞きながらそれを自分の中で噛み砕きつつ、更にこれからどうすれば良いかをただ只管に考えていた。

 

 

「……私と勝負しろ、ヤマニンゼファー」

 

ゼファーへの敵意を溢れんばかりの闘志へと変え、彼女は布告する。

 

 

「もし今回のレースでアンタが私よりも下の順位だった場合、チームステラを辞めて貰う(・・・・・)

 

「…………!」

 

彼女の名は‘ニホンピロセブン,

 

その名の通りニホンピロウイナーの親族であり‘ニホンピロ,の一員であり、ウイナーの事を強く強く慕っているウマ娘だ。

 

 

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