「……なかなかの仕上がり、と言ったところか」
「ええ、初めての重賞レースにしては悪くない感じかと。所詮は画面越しの映像から感じた物に過ぎませんが、それでも好走が期待出来そうに思います。……まぁ我らがチームの一員である以上、そうでなくては困りますが」
「意識を高く持つのは大事な事だが、それで重圧を感じるようでは元も子もない。そも、
食後のティータイムをまったりと楽しみながら、アキツテイオーとダイイチルビーはトレセン学園のカフェテラスエリアに設置された薄型大計のテレビを見る。映っているのは勿論、本日行なわれるGⅢレース──ゼファーが出走するクリスタルカップだ。今は丁度パドックでのお披露目が終わり、いよいよこれからレース発走に向けて最後の準備が行なわれている所である。
「さて、それはそれとしてだ。奴は‘呑まれ,ないで済むと思うか?」
「その辺りの心配は不要でしょう。アキツさんもご存じの通り、ゼファーさんは学園でも随一の精神力とガッツの持ち主です。どちらかと言えばデビュー戦の時同様、周りを‘呑む,方なのでは? そう感じさせる風貌と態度を全くしていないので誤認されがちですが」
アキツは濃く入れた緑茶、ルビーは薄めのローズティーを時々口へ運びながら、ゆったりと会話を続ける。日本の厳格な‘ワビサビ,を体現したような風貌と性格をしているアキツと、英国の優雅で華麗な貴族階級を顕現させたような雰囲気を持つルビー。一見どう考えても噛み合わなさそうな両者だが実はこの二人、食後の一時や三時のティータイムを共にする事が多い、所謂茶飲み仲間だった。相手への礼儀と作法、花鳥風月や粋か否かを重んじる心意気など、互いに共感し合う部分が多かったというのもある。
「むしろ私はゼファーさんではなく、他の方々の方が心配ですわ」
「それは‘そういう心配,か? それとも──」
「両方です。例えゼファーさん本人が呑まれずとも、レース中に他の方々の影響を受けない訳ではありません。なにより彼女は周りの空気にとても敏感ですから、走行中に余計な
時速60キロ超のスピードでターフを駆け抜けるウマ娘レースでは、ホンの少しのノイズが文字通り致命傷になりかねない。集中力を欠いて順位を落とす程度ならばまだ良い方で最悪の場合、事故や怪我、故障に繋がる事もあるのだ。それでもゼファー個人の心配はさほどしていないルビーだったが、ウマ娘レースには巻き込まれ事故という奴がつき物である。
「出走ウマ娘14人中、ゼファーさんを含めて7人……丁度半数が重賞初挑戦。私が言うのもあれですが、みなさん気負い過ぎていなければ良いのですけど──」
ルビーはそう言って、お茶請けのクッキーにスッと手を伸ばす。
「……?」
──が、無い。食後とあって量こそ多くなかったが、皿の上にまだ何枚かあったはずのクッキーが忽然と消えている。一瞬アキツが食べたのだろうかと思ったルビーだが、即座に「それはない」と思い直す。常に武士然としていて、相手に対する礼儀を重んじる性格をしているアキツがつまみ喰いのような真似をする訳が無い。──と、すれば。
「
「……ヘリオス」
思考を巡らす必要すら無かった。いつの間にやら自分の隣にいたダイタクヘリオスが、ムシャムシャと手にしたクッキーを貪るように食べている。
「
「お黙りやがれこのバカ。せめて咀嚼している最中に喋るな、過剰に物を口の中に入れるな、ハムスターもどきみたくなっていますわよあなた」
「はぁぁああああ……」と大きく溜息をついてから、カップに残っていたローズティーを一気に飲み干す。あまり華麗ではない行為だが、そうでもして気持ちを落ち着かせないと、華麗とは程遠い言葉が口から飛び出してきてしまいそうだったのだ。「ふぅ……」と息を落ち着かせてから改めてヘリオスの方を向いて、その言動を窘めようと──
「ルビっちルビっち? ダメだって、一気飲みはあんまお行儀よくないよ?」
「ぶっ○す」
ニヤニヤと滅茶苦茶腹の立つ良い笑顔でそう言ったヘリオスに躊躇無くそう言い放つ。こいつ相手に‘華麗かどうか,なんて一々考えてられるかゴルァ! という感じにいつも通りのじゃれ合いを始めたルビーとヘリオスを余所にいつの間にやら遠所へ避難していたアキツはそれを遠目に、なにか眩しい物でも見つめるような視線で二人を見やる。