ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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重賞 19/26 GⅢクリスタルカップ その6

 

 

『ミリョクゴコウが今一着でゴールイン!! ミリョクゴコウです! 前走スプリングステークスの鬱憤を晴らすが如き見事な勝利で重賞初制覇!! 2着にブレイブワンラン! そして3着にはヤマニンゼファーと続いています!!』

 

 

「……3着か」

 

ボソリと、事実をただ口に出したかのようにあまり抑揚の無い声で柴中は呟く。その表情は特段気落ちをしているようには見えない。残念な結果に終わったと言えばそうかもしれないが、それはあくまで勝負の話しだ。これからの課題も今回のレースで見つかったし、彼女の強みもより明確に見えてきた。収穫は十二分にある。そも、今のゼファーを重賞レースに出走させる事が出来た時点で、最低限の目標は既に達成している(・・・・・・・・)

 

 

「……やっぱ差しよりも先行だな」

 

柴中は考える。最後の直線、残り250Mを切ったタイミングで、ゼファーは最後の力を振り絞って更なる末脚を爆発させていた。まだまだデビューしたばかりの新バにしてはかなりの物だったが、爆発的な瞬発力も突き抜けるパワーも、本来の差しウマ娘のそれには程遠い。今回は上手いところ3着に入ったが、あのタイミングでしか末脚を発揮出来ないのであれば、大逃げや強烈な追い込みを武器とするウマ娘には今後歯が立たなくなるだろう。

 

……彼女の強み。今回のレースで再認識した最大の武器。それを発揮するには、やはり先行をさせるしかない。そしてその為には──

 

 

~♪~

 

 

「おっと」

 

スーツの内ポケットで鳴り響いたスマートフォンのバイブ機能に反応し、即座に取り出して電話に出る。相手が誰かなど、確認する間でもなく分かった。

 

 

「──よう。どうだった、今回のあいつの走りは」

 

『……それは普通、我が貴様に問うべき物ではないのか? 我が魔術師(トレーナー)よ』

 

マイルの皇帝、ニホンピロウイナー。チームステラの誰かが出走したレースの直後に柴中に電話が掛ってきたとすれば、それは十中八九彼女だ。

 

 

「そりゃもちろん俺は分かってるさ。これでもGⅠトレーナーだからな。ここが良かったとかここが悪かったとかそういう理知的で具体的な意見じゃなくて、単純にお前の感想が聞きたいんだ」

 

『……ふん』

 

これからの育成方針や出走させるべきレース。その時の具合や調子によって如何様にも変化するだろうが、大まかな未来図は既に──今回のレースに出走させる前から出来ている。だが「恐らくこれが最善の筈」というその未来図(ビジョン)をより明確にしていくためには、やはりマイルレースの頂点に君臨するウイナーの意見が必要不可欠だ。柴中はあくまで人間──ウマ娘ではないのだから。

 

 

「初重賞初芝ターフで3着入線。これを善しと見るか悪しとみるかってとこだが……」

 

『悪しに決まっている。やむを得ないかつ本来の脚質ではない作戦だったとはいえ、道中の疲労が目立ったし第4コーナーからの抜け出しも少し遅れていた。奴の体質が万全であれば仕掛けるのももっと早く行えた筈だ。……どうやら我らの想像以上に奴の虚弱体質が脚を引っ張っているらしいな』

 

「全く忌々しい」とでも言いたげに、ウイナーは不満点を挙げていく。その殆どは原因がハッキリしている物ばかりで、ゼファーの走りその物についてはそこまで否定していない事から察するに、そちらに関しては「悪くはない」ぐらいには思っているらしい。

 

 

『──とまぁ、こんな所か。勝利したミリョクゴコウの走りが、戦略など含めて見事だったのは疑いようもないだろう』

 

「……ん、ありがとな。俺も大体同じ意見だった」

 

ウイナーの感想を忘れない内にメモ帳に書き連ねながら、柴中はこれからの育成方針とレース計画がより明確に見えた事に顔を綻ばせる。

 

 

『……大体予想は付いているが問おう。我が魔術師(トレーナー)よ、これからどうするつもりだ?』

 

「当初の予定通り、秋の中頃まで長期の休養とトレーニングに入ろうと思ってる。あいつの体質──先天的持久力発達障害の完治を目指しながら、身体の基盤を強くして各種基礎能力を高める為のトレーニングを徹底させる」

 

レースが終わって尚立ち止まらず、必死の表情でターフを走りながらゼェゼェと荒くなった呼吸を整えるゼファーを見て柴中は言った。初重賞初芝ターフともなれば仕方がないことなのかもしれないが、今までで見てきた中で一番疲れたような表情をしている。当然だが、たった1200Mを全力で走っただけでこのありさまでは話にならない。一応、今のままの体力でも狙えるGⅠレースは一つあるが、それはチャンス含めてあまりにも狭き門だ。

 

『やはりそうか』とウイナーは独り言ちて

 

 

『その為の格上挑戦、3戦目にしての重賞チャレンジをさせたのだろう?』

 

間を置かずにそう続ける。やっぱお前には分かってたか、と柴中は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

長期休養──文字通り長期間に渡って休養を取る事だが、一口に‘長期休養,と言っても、その理由と内容は実に様々だ。一番多いのは怪我や故障、病気などを患ったウマ娘がトレセン学園へ申請して行なうそれだが、別に肉体的な問題を抱えていなくともウマ娘が長期休養を取ることはある。

 

『休養明けで基礎体力が落ちていて、基礎からトレーニングを積み直さないとレースに出られそうにない』『今の自分の実力では恥を晒す事になるだけだから、暫くレースに出走せず修行(トレーニング)に専念したい』

 

などといった‘今はレースに出走したくない,ウマ娘が長期の休養を取って学業とトレーニングのみを行ない、実力向上に務める期間があるのだ。正確にはそれらは‘休養,ではなく‘活動休止期間,というニュアンスの方が近いのだが、ゼファーの場合は己の虚弱体質の完治こそを目的としているため、長期休養と言う方がどちらかといえば適切だろう。

 

メリットは「次のレース」などという余計な事を考えず、休養並びにトレーニングに集中することが出来るということ。──そして

 

 

『だがそれにはデメリットがある。当然だがウマ娘レース出走者としての活動を休止しているのだから、その間はレースに出走することが出来ん(・・・・・・・・・・・・・・)。今回の格上挑戦は、その為のケアを兼ねているのだろう?』

 

「ま、そんなとこだよ。アイツなら一度その身体で経験すれば、感覚を忘れるって事はないと思ったんだ」

 

レースによる定期的な実戦こそが一番の成長を促せる機会である事を踏まえると、何ヶ月にも渡って出走する機会を失うのは大きな痛手だ。およそ一年も間を置いてしまえばその間にどれだけ理想的な鍛練を積み続けようが、中央の重賞レースで勝利することは不可能になると言われている。例えどれだけ素晴らしい実績のあるウマ娘であろうとも、だ。ゼファーはまだデビューしたばかりの新バだが……否、新バだからこそ、長期の活動休止期間を設ける前に‘芝のターフ,と‘重賞レース,を味わっておいて貰いたかった。

 

 

『……そうなると次の出走は──』

 

「10月以降の条件戦を狙う。休養明けだから初戦は兎も角、2,3戦目になればアイツなら勝利する事が出来ると見てる。んで、上手いこと勝利出来て尚且つ枠が空いてたら──ルビーと一緒にぶっこむぞ。年末のGⅠラッシュ、その第1弾──スプリンターズ・ステークスに」

 

柴中はそう遠くない未来を脳内に想い描く。……今年の12月。短距離王を決める、現状国内唯一の短距離GⅠ、スプリンターズ・ステークスで凌ぎを削り合うそよ風(ゼファー)宝石(ルビー)の姿を。そのレースを今日のように間近で見ている自分の姿を。

 

 

 

 

「……んで、話は変わるけどギリッギリのギリッギリだったとはいえ、あいつはこうして目に見える戦果を上げたんだ。柄じゃないかもしれないが、お前もちゃんと約束を守ってやれよ、ウイナー」

 

『……貴様に言われなくとも分かっている』

 

 

 

 


 

 

 

 

「…………」

 

私は力なく、項垂れるように芝のターフの上を歩く。──5着。5着だ。最後の意地でなんとか掲示板は確保したが、1着のミリョクゴコウとの着差は3と1/4バ身。惨敗と言って差し支えないだろう。……唯一無二の勝利者になることが出来なければ、2着も最下位も大した差などない。レートが若干上がり、次の重賞レースに出走しやすくなるというだけである。……だが

 

 

「…………1バ身」

 

アイツ──3着に入線したヤマニンゼファーにさえ、1バ身の差を付けられた。あれだけ苦しそうに走っていた、見るからに体力の限界を迎えていた、重賞初挑戦のウマ娘にだ。最後の直線、力の一片も残さないと言わんばかりに全力でひた走るゼファーの姿を回想し「どこにそんな力が──」と思わないでもないが、そこはもうどうでも良い。

 

肝心なのはアイツは私との個人的な勝負に勝って、私は負けたということ。──要はあれだ。私は‘また,あの人を理解出来なかったのだ。あの人とそのトレーナーの観察眼を疑い、個人的な因縁で勝手にケンカをふっかけて、こうして無様に敗北した。未だあの城の騎士として彼女が相応しいかは疑問があるが、最早私には何も口を挟む権利が無い。そも、あの人が直接その眼で見いだした騎士達(彼女達)と違って、私はあの人とちょっとした血縁があるというだけのウマ娘。……ただそれだけの──

 

 

「あ、あのっ!」

 

「──!」

 

ボウッ……としていた所に意識外から声を掛けられて、私はバッ! と顔を上げて眼前を見やる。未だゼェゼェと苦しそうに息を切らすヤマニンゼファーが、そこに立っていた。

 

 

「……なによ」

 

我ながら素っ気ない上に勝者に対して礼節の無い態度だとは思いつつも、私は「なにも言うことはない」とばかりに突っ慳貪(つっけんどん)な言葉で彼女を突き放す。

 

 

「……ワザワザ言質を取りに来たってわけ? 言われずとも、勝負はアンタの勝ちよ。約束通り、私は今後一切アンタの所属に文句は「いえ、そこは端からどうでも良くって」──はい?」

 

 

 

「──お願いがあります。どうか私の話しを聞いてくれませんか、ナナさん」

 

 

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