ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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重賞 20/26 GⅢクリスタルカップ その7

 

 

「──すみませんでした!」

 

バッ──! とゼファーに勢いよく頭を下げられて、セブンは大いに困惑した。中山レース場の地下連絡道の隅っこだ。一体なぜ一方的に勝負(ケンカ)をふっかけて、そして敗北した筈の自分が彼女から頭を下げられているのか全く理解出来ず「は……?」という声がセブンの口から漏れる。

 

 

「え、ちょっと待って。アンタ一体何に──」

 

「……ナナさんに謝りたい事が2つあります」

 

状況と事情を説明する為、ゼファーは一旦頭を上げてセブンと向き合った。

 

 

「一つ目はナナさんがレース前に仰っていた勝負そのものについて。こうして結果が出たあとで言うのは非常に不公平かつ不義理なんですが、私は最初から勝負を受ける気が無かった──もとい、ナナさんに言われた賭けの件を受け入れていませんでした」

 

「…………あ」

 

ゼファーから告げられて、そういえば──とセブンは思い出す。確かにあの時、ゼファーは賭けの件について良いですとも嫌ですとも言っていなかった。ただセブンからの言葉を、何も言わずに聞いていただけである。

 

 

「つまり今回のレースがどんな形で決着しようが、私はナナさんの言った‘賭け,の内容を守る気なんて無かったんです。ナナさんにどんな理由があろうとも、気安くそれを受け入れればナナさんを含めた色んな人達に対する侮辱になると思ったので」

 

セブンが言った賭けの内容──即ち、チームステラからの脱退の是非。これを気安く「良いですよ」と受け入れるというのはそれ即ち、ゼファーとナナだけの意思でチームメンバーは勿論のこと、自分達の周囲の人間を身勝手な都合で巻き込み、更には今回のレースに出走している他のウマ娘達を完全に視野外に置くという事を意味する。時と場合によっては身勝手な言動や、レースでの個人的な勝負も一種の美徳となり得るが、今回のこれはダメだ。ゼファーの嫌いな‘淀み,を発生させる原因にしかなり得ない。

 

しかしかといって「嫌です」とハッキリと断るのもあの時点では(・・・・・・)悪手になりえる。一方的に断ってしまえば今後も執拗に絡まれるだろうし、話して説得することが出来るような時間と精神状態ではなかった。最悪の場合、断られた事で苛立ちが沸点に達したナナがレース中に周囲の様子に気を配れず、他のウマ娘と接触事故を起こしてしまうような可能性まであった。

 

だからゼファーは‘良いですよ,とも‘嫌です,とも言わなかった。セブンに賭けが成立していると一方的に思わせ、出来うる限りレースに集中してもらう。勝負を受け入れていなかった件に関しては、こうやって後から真摯に謝罪すれば良い。──これがあの時、ゼファーが思い至った最善手。

 

 

「もう一つが、ナナさんが言っていた苦情……。私がチームステラに相応しくないと仰った件についてです」

 

ゼファーがセブンにどうしても言いたかった事。謝りたかった事。その本題へと話しを進める。

 

 

『アンタはあの城に入り浸るだけの実力があるウマ娘なんかじゃない……!』

 

 

「…………」

 

「あの時、ナナさんはこう言いましたよね? ……ええ、実は現時点では(・・)私も同意です」

 

‘あの城,とは勿論キャロット城の事だ。チームステラのチームハウスであり、マイルの皇帝・ニホンピロウイナーの居城。他大多数のチームのそれとは一線を越す大きさに、キッチンやシャワールームなどの各種設備を揃えた、実物と比べると実に小さな──しかして本物に負けず劣らずの気迫と気品を持って学園の隅に佇む、立派なお城。

 

 

「ウイナーさんは勿論、アキツさんにカレンさん。アケボノさんにルビーさん、それからフラワーさんにラブリィさん……。既にトゥインクルシリーズからDTリーグに移籍されているウイナーさんとアキツさんは当然として、チーム全員がこの国のウマ娘レース界にその名を刻む強い‘風,になる方たちです。今の私ではどんなに全力で頑張っても、風に舞う綿埃のように簡単に吹き飛ばされてしまうでしょう」

 

改めて言うがこのヤマニンゼファーというウマ娘は、現段階で自分がチームステラに相応しいウマ娘だとは欠片も思っていなかった。むしろあの日、休養寮で柴中から直々にスカウトされた時から常々……頭の片隅の片隅程度ではあるが、疑問に思っていたのだ。

 

短距離・マイル・2000以下の中距離レースに特化した、中央トレセン学園屈指の強豪チーム‘チームステラ,。皇帝たるウイナーとトレーナーである柴中がその素質と実力を認めた者のみが、神聖な円卓を囲う騎士として入隊を許可される──では、なんでそんな場所にもやしっ子の自分が? ウイナーと柴中が自分に見いだしている物とは、一体何だ?

 

 

「今は間違いなく、私がステラ最弱のウマ娘。ナナさんがそれをご指摘しているのなら、私には「その通りです」と返すことしか出来ません」

 

「…………悪いけど、アンタが何を言いたいのかあんま理解出来ないんだけど」

 

ゼファーの‘謝罪,の意図──何に対してそれを述べているのかがよく分からず、セブンは聞き返す。彼女が自分の意見に同意、共感しているのはなんとなく分かったが、それがなんで謝罪に繋がる?

 

 

「……知らなかったからです」

 

「知らなかった……?」

 

一体何を──とは聞く必要がなかった。間を置かずに、疑問の答えがゼファーの口から飛び出てきたからだ。

 

 

「ウイナーさんが……チームステラが、どれだけ凄いチームなのかを。どれほど沢山の人達の夢を背負っているのかを、私は真の意味で理解していませんでしたから」

 

 

 

──数日前──キャロット城・レース研究室──

 

 

 

『──はい、これで全部』

 

『ありがとうございます』

 

ゼファーはお礼を言って、柴中から差し出されたそのDVDをレコーダーにセットしてリモコンの再生ボタンを押す。これまで見てきた物と同じく、まずは蒼を基調としたなんとも言えない不可思議な──しかして決して嫌な感じはしない奇妙な模様をした背景と、勝負服を着込んだウイナー。そして動画のタイトルであろう文字が画面に映し出される。そこには、こう記されていた。

 

 

 

‘第2回ドリームカップ・トロフィーリーグ マイル部門 決勝,

 

 

 

「…………」

 

「私、不思議だったんです。なんであなたがウイナーさんの事をそれほどまでに強く慕うのか」

 

肉親、親族だからというには少しばかり関係性が遠すぎる。幼少期の時からの顔見知りで、当時まだ柴中とのマンツーマンでトゥインクルシリーズを走っていたウイナーが極希にトレーニングを見てやっていたというのは聞いたが、セブンが中央トレセン学園に入学してからはそこまで──所謂‘仲が良いグループ、もしくはコンビ,と周囲からみなされているウマ娘達と比べて接点が無かった。セブンの方からウイナーへの接触を避けていたのだ。

 

しかし「疎遠になったか」と言われれば決してそうではない。──逆だ(・・)。ウイナーの事を入学する前よりも更に強く、‘信仰,と言って差し支えないそれになるほどに己の感情を変化させていたセブンはあえて彼女から距離を置き、自ら生徒会に入ってまで、ウイナーに降りかかる仕事やその負担を減らそうと尽力していたのである。

 

 

「あ、アンタ、どうしてそれを──!」

 

「……ごめんなさい、ウイナーさんに直接聞きました。どうしても知っておかなければならない事だと思ったので」

 

「ぐっ……!?」

 

呻くセブンに対して再び頭を下げるゼファー。何も言い訳せず事実を語り、素直に頭を下げて謝られ、しかもウイナーの名まで出されたらセブンとしてはもう黙るしかない。

 

 

「だから、少しでも手がかりになればと思ってトレーナーさんに見せて貰ったんです」

 

「見せて貰った……?」

 

「ええ。ウイナーさんがこれまでに走ってきたURA公式のレース。トゥインクルシリーズやDTリーグは勿論、URAファイナルズやその他特別な物を含めて全部(・・)

 

 

 

 


 

 

 

『『『ワァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』』』

 

とても大きな、他に例えようがないほどの大歓声。空気を振るわせ、大地を揺すり、思わず呼応して叫んでしまいそうになるほどの熱風が、テレビの大画面から伝わってくる。

 

 

『──さぁ、第4コーナーを回って最後の直線コースに入った!! 先頭は変わらずレンジタイトル! レンジタイトルが先頭を突き進む!! 内からはカメマルキッド、外からはヤシロノカミの追い込みを得意とするウマ娘が前を狙って突っ込んできているが──!!』

 

あまりに白熱したレース展開に、実況者にも思わず熱が入っているのが口調からしてよく分かる。少しでも油断すればとんでもない大声で叫んでしまいそうになるのを、彼は必死に抑えているのだ。

 

 

『しかし、しかし! やはりやって来た!! レンジタイトルのすぐ後ろから、凄まじい末脚で一気に進軍してまいりました────!!』

 

だがしかし、彼のその必死の努力は徒労に終わる事になる。理由は勿論、彼女(・・)がやって来たからだ。

 

 

『‘マイルの皇帝,ニホンピロウイナーだぁああああああああああ!!!!!』

 

『『『ワァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』』』

 

マイクを通してレース場全域に響き渡った実況者の大絶叫が先か、それに喚起するように叫んだ観客達の大喝采が先か、それともウイナーが先頭を走るレンジタイトルをアタマ差で抑え、ゴール板を駆け抜けたのが先か。

 

 

『‘マイルの皇帝,ここに在り! 誰もが夢見る究極の頂、ドリームカップ・トロフィーリーグ、マイル部門!! 第1回に続きみごと連覇を達成しましたニホンピロウイナー!!』

 

「…………すごい」

 

眼に、心に、魂の奥底にまで焼き付くような、壮絶極まりない正に夢のようなレース──それもその筈。なにせ出走しているウマ娘全員が、トゥインクルシリーズで優秀な成績を収めた、その世代を代表するウマ娘ばかりだ。そして今、その頂点の中の頂点。最強にして究極のマイラーである彼女が、ターフの上でスタンド席の方を向いて威風堂々と立っている。

 

 

『『『ワァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』』』

 

『どうかみなさまお聞き下さい! この天を裂き、地を割らんばかりの大歓声を!!』

 

実況者が会場の熱気をより鮮明に伝えるべく自ら黙り、テレビに、ラジオに、ネットの配信に会場の声を乗せて届けようとする。それはまさしく、天地を轟かす轟音にも聞こえた。

 

 

『──我が親愛なる民達に問おう』

 

だが皇帝たるウイナーのその覇気をも纏った声色は、その轟音の中でさえもよく通って聞こえてくる。

 

 

『このレースの勝者は誰だ』

 

──ウイナー!

 

 

『勝利の栄光を掴んだのは誰だ』

 

──ウイナー!!

 

 

『‘マイルの皇帝,たる我が名はなんだ!』

 

ニホンピロ、ウイナー!!!!!

 

レース会場中にウイナーの名を叫ぶ声が一瞬で伝播していく。それはトゥインクルシリーズでのレースで‘マイルの皇帝,と呼ばれるようになったウイナーが(ファン)達の期待と声に応えるべく、DTリーグに移籍してから行なうようになった勝利パフォーマンスの一種だった。観客達もそれを理解していて、ウイナー問いに合せるように皆で声を合せて彼女の名を高らかに叫ぶ。

 

 

『──良いだろう』

 

ウイナーは一瞬だけ声を溜めて、腹の底から押し出すように叫ぶ。

 

 

『ならば親愛と敬意を持って我を称えるがいい!! 我と誇りと魂をぶつけ合い、ターフの上で競い合った、強く素晴らしきウマ娘達──貴奴らに「自分はこれほどまでに強く、誇り高い皇帝と戦ったのだ」と、貴様達の我を称える声でそう思わせるほどに強く!!』

 

『『『ワァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』』』

 

ウイナー! ウイナー!! ニホンピロ、ウイナー!!!!!

 

称賛の声は収まらない。会場にいる全ての人間がウイナーの名を叫んでいるのではないかと思わせるほどの大喝采を最後に、その映像は徐々にフェードアウトしていった。

 

 

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