ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

47 / 109
重賞 21/26 GⅢクリスタルカップ その8

 

 

「──凄かったです。本当、何も言葉が出なかったぐらいに」

 

ゼファーは思い返す。映像の中でターフの上を全力全開で駆け抜けたウイナーの勇姿。魂の奥底まで響き、心が揺れ動いてしまうような圧倒的な走り。皇帝としての威厳をシッカリと保ちつつも、ウマ娘レース出走者としてなんの支障もないその在り方。その場にいられなかった事が、間近で観られなかった事が悔しくて仕方がなくなるほど素晴らしいレース。

 

とうに過ぎ去った過去の、それもただの映像の筈なのにゼファーはあの時テレビの画面から、途方もなく強くて神々しい‘風,を確かに感じたのだ。

 

──きっと、あれこそが‘ニホンピロウイナー,というウマ娘の本気の(・・)。マイルの皇帝と称えられる、彼女の真なる全力。

 

 

「勿論、勝ったレースだけではなくて負けたレースも全て拝見させていただきました」

 

特に目を惹いたのが皐月賞と天皇賞・秋だ。

 

後に史上三人目の三冠ウマ娘となる‘ミスターシービー,に敗れた──否。正真正銘の大惨敗、圧倒的な差で最下位となった皐月賞。トゥインクルシリーズにおける‘シンボリルドルフ,との最初で最後の‘皇帝対決,──それを‘恐るべき襲歩,に二人纏めて差されて惜敗、ターフの上でルドルフと共に大笑していた天皇賞・秋。

 

前者は大惨敗、後者は惜敗という差はあるが、どちらも最後は威風堂々とした姿と表情で、敗北したウイナーは勝ったウマ娘にこう告げていた。

 

 

──次は、我が勝つ。

 

 

「…………」

 

「ウイナーさんが‘皇帝,と呼ばれている理由とその意味を、私はその時になってようやくホンの少しだけ理解する事が出来たんです」

 

ああ、彼女は正しく、そして間違いなく‘皇帝,だ。レースにおける輝かしい実績の話しではない。短距離(スプリント)とマイルレースを開拓した功績の話しでもない。当然、容姿の話しでもなければウイナー本人の趣味の話しでもない。

 

 

‘魂,だ。ニホンピロウイナーというウマ娘はきっと、その魂の在り方こそが皇帝の姿をしている。

 

 

「ウイナーさんはナナさんの事を『我が威光に眼を焼かれた者の一人だ』と仰っていましたが、私はそうは思いませんし思えません」

 

「──色んな意味で」と、ゼファーはそう最後に付け足した。正直な話、ウイナーの‘魂,に当てられた(・・・・・)者は、誰でも彼女の(ファン)になるだろうという皮肉的な意味で。もう一つが、実際にこうしてセブンと相対し、会話をして、狂っているともおかしいとも思えなかった自分の感覚的な意味で。

 

 

「あなたは純粋に、ウイナーさんの事を心から敬愛しているだけだと思います」

 

セブンの行動が比較的過激で遠回り故に、ウイナー本人に伝わっていないだけなのだと、ゼファーは確信していた。──コミュニケーション不足によるすれ違い。実によくある話である。

 

 

「……結局、アンタがなにを言いたいか分からないんだけど」

 

「大事なのは三つ。一つ目が、ウイナーさんが言葉では言い表せないぐらいとても凄いウマ娘だということ。二つ目がそんなウイナーさんを慕い、敬愛しているウマ娘やファンの方々が大勢いるということ。そして三つ目が、私はそんなウイナーさんとそのトレーナーさんに見いだされてチームに入ったウマ娘だということです」

 

「──それが?」

 

この時ようやくゼファーが何を言いたいのか、何に対して謝罪したかったのかを、セブンは理解出来てきた。一見すると自慢話に聞こえかねないゼファーの言葉だが、真にその意味を理解出来ているというのなら話は別だ。

 

 

「そんな私が無様な走りをレースで皆さんに見せ続けてしまえば、ウイナーさんの威光を陰させかねません。私を応援して下さる方々は勿論、ウイナーさんやトレーナー。ステラに所属している皆さんのファンの人達からもガッカリされるでしょう」

 

今更だが、今回のクリスタルカップにおいてゼファーは四番人気だった。前走、前々走と上手く勝利を重ねられているとはいえ、元休養寮所属かつ芝のターフも重賞レースも初挑戦のゼファーが上位人気に食い込んだのは一重に『あのチーム‘ステラ,に所属している』という事実が大きい。即ち、ゼファー本人の実力云々ではなく、ゼファーを見いだしたウイナーと柴中の判断を買われたという事だ。

 

 

「あなたはそれを不快に思った。ウイナーさんの偉大さを侮っていた私に、どうしても文句が言いたかった。そうですよね?」

 

「…………」

 

今回はまだ良いが、ヤマニンゼファーというウマ娘を世間によく知って貰うよりも前に、目を覆いたくなるような大敗を何度も繰り返してしまえば──それはきっと、沢山の人を傷つけることに繋がってしまうだろう。

 

 

「ナナさんの憧れを、ファンの方達の夢を、それに近しい場所にいるという意味を、私は深く理解していませんでした」

 

ニホンピロウイナーは‘皇帝,である。──繰り返す。ウマ娘、ニホンピロウイナーは‘皇帝,である。

皇帝には威厳が必要だ。度量が必要だ。栄光が必要だ。国が必要だ。城が必要だ。臣下が必要だ。民が必要だ。……逆説的に、それら全てを手中に収めた圧倒的な勝利者こそを、人は‘皇帝,と呼ぶ。

 

生ける伝説として、数え切れないほど沢山の人達の‘夢と希望,を背負い、ウイナーは今までずっと走り続けてきたのだ。無論、ゼファーは決してニホンピロウイナーというウマ娘とその栄光を軽んじていた訳では無いし、ウイナーもゼファーの言動を不快に感じたことは一度も無いのだが、周囲の人間からしてみれば

『パッと出の、それもあまり育ちの良くない──率直に言って怪しいウマ娘が突然我らが皇帝の傍に現われて、数日と経たずに栄光ある皇帝の騎士(チームメンバー)として認められた』ように見えた者もいるだろう。各国に伝承として伝わる‘傾国の妖女,のそれを思わせるような話の流れだ。

 

だから謝った。想像以上にニホンピロウイナーというウマ娘が偉大で、沢山の人達から慕われ、夢と希望を託されているのだという事を知らなかった自分の無知さで、いらない誤解と不安を与えてしまった事に。

 

 

「…………あんたさ」

 

暫くを置いたあと、セブンは何かを言いたげに少しだけ口を開いて、その後すぐに「いや、やっぱ良いや」と首を横に振った。

 

 

「取りあえず私の眼が笑っちゃう位の節穴で、また余計な事を考えて誤解して、独りで勝手に突っ走ってたって事はよく分かった」

 

「──! いえ、それは──!!」

 

思わず身を乗り出して否定しようとしたゼファーだが、セブンはそれを片手で制する。

 

 

「‘違う,とは言わせないよ。少なくとも結果的にはそうなるでしょ。あたしの言動とアンタの言動……どっちが『正しい物だったか』なんてワザワザ言うまでもないじゃん」

 

セブンの顔には、後悔も憂いも無かった。そも、彼女は最初からこう考えていたのだ。ゼファーが今の自分に惨敗するような弱者であれば、正式にあの人に直訴出来る。賭けの兼は当然無効にさせられるだろうが、「本当にチームに加えて良かったのか?」と意識ぐらいはさせて差し上げられる。これは自分とゼファーがレースで共に惨敗しようが同じ事だ。そして──

 

──ゼファーが本当にあの人が目に掛ける程のウマ娘であるならば、それはそれで問題ない。公式のレースを用いて勝手な行動を起こした自分一人が

 

 

「…………」

 

「……何でそこまで、って聞かないんだ」

 

そう聞いたセブンに対し、ゼファーは静かに首を横に振って否定した。

 

 

「気にならないと言えば、嘘になります」

 

「……ま、当然だよね。じゃなきゃあの人に直接話しを聞いたり、手がかりを探してあの人のレースを全部見たりなんてしないだろうし」

 

「ええ。──でも」

 

突然だが、いつか言った通りヤマニンゼファーというウマ娘は仲裁がとても上手い。彼女がそう(・・)なった時の話術の腕は、既にプロのカウンセラーの域に達している。……つまり

 

 

「でも、その答えはナナさんの心の奥の奥にしかない物でしょう? なら、私が容易に踏み込んで良いような物ではないと思います」

 

当然、空気を読むのも上手い。話している人物が触れて欲しくない話題、逆に触れて欲しい話題などを、彼女は敏感に感じ取る事が出来る。(ただし、彼女の性質やらその時の目的やらで気付いていても気付かないフリをすることも多い)

『だいたいこういう事があったんじゃないかな?』という予想は、ウイナーから聞いた話しやその他ゼファーが独自に行なっていた事前調査などから既に出来ていて、その予想が9割方当たっているという自信もあるが、それはワザワザ口に出すような事ではない。

 

それを聞いて「あっそ」と呟き、セブンは改めてゼファーに興味を無くしたかのように振る舞う。

 

 

「なら話しはここまでだね。ほら、アンタは3着入線したんだからウイニングライブがあるでしょ? さっさと着替えてリハ室に行きなよ」

 

「はい!…………あの!」

 

自分に背を向けて歩き出したセブンに、ゼファーは声を掛ける。「……なに?」と、彼女は後ろを振り返らないまま聞いた。

 

 

「……ナナさんの走りと、そこから感じられた‘風, 凄かったです。こんなにも誰かの事を想ってるんだって事が、走りから伝わってきましたから」

 

「…………」

 

「また走りましょう! 今度はもっと凄い──GⅠの舞台で!!」

 

──ふわっ と優しいそよ風が、その言葉と一緒にゼファーの方から吹いてきた。「……機会があったらね」と、変わらず後ろを振り返らないまま、手だけを力なくヒラヒラと振り返して、セブンは今度こそその場を立ち去っていく。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。