ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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重賞 22/26 GⅢクリスタルカップ その9

 

 

「……はぁ」

 

用意された待機室に入り、力なく溜息を付く。……理由は色々とあるが、単純に疲れたというのが大きい。もちろん全力で走ったレースの後なので身体の疲労はあるが、それ以上に精神の疲れが大きかった。ダメージと言うよりは虚無感に近いそれだ。

 

 

「よいしょっと──」

 

セブンは部屋に備え付けられているロッカーから閉まっておいたタオルを取り出すと、同じく部屋に備え付けられている洗面所の蛇口を捻ってタオルを適当に濡らし、顔を中心にゴシゴシと身体中を隅から隅まで擦っていく。

 

……予想していなかった訳じゃない。これでも‘眼,には自信がある方だが、あの人とそのトレーナーの慧眼は間違いなくそれ以上だ。その二人に見いだされたというのなら休養寮出身の新バだろうが、身体にどんなハンデを抱えていようが、将来に期待が持てるウマ娘なのだろう。

 

それでも万位が一、万が一にもヤマニンゼファーがあの人達の威光を汚すような駄ウマ娘であれば──。

 

セブンはそんな不安からゼファーの偵察を行ない、トレーニング中に何度も何度もスタミナ切れで倒れ伏しては、他のチームメンバーに助けられているゼファーを視た。授業の一環として行なう基礎トレーニングの最中にすら動けなくなって、クラスメイトの手を借りているゼファーを視た。早朝の自主トレーニング中に全く関係ない、たまたま同じコースを走っていただけの下級生の肩を借りてヘロヘロと歩いているゼファーを視た。

 

──そして

 

 

 

『──ほら立て。疲労はどの程度だ、呼吸の調子は?』

 

『だ、大丈夫です……。ありがとうございます、ウイナーさん……』

 

『全く……。皇帝たる我が背に負われる栄誉など、早々味わえる物ではないぞ? それと何度も言うが貴様はもう少し──』

 

 

 

それを見た瞬間、セブンの中で何かの他かが外れた。

 

ある日の夕暮れ。完全下校時刻を告げるチャイムが、ちょうど学園全体に鳴り響いた時。

 

あの人の──ニホンピロウイナーの背におぶられ、疲労に苦しみながらもどこか嬉しそうに微笑むゼファーの姿を視た。ウイナーも口ではクドクド文句と説教を垂れているが、やはりどこか楽しげだった。ともすればそう、親子のやり取りにすら見えたかもしれない。──自分が知らない、今まで見たこともなかった、ニホンピロウイナー(マイルの皇帝)の顔だった。

 

 

「……はっ」

 

そこまで回想して、自傷気味に鼻で笑う。ゼファーにああも固執し、チームステラから排除しようとした理由など、最初から分りきっていた。……ああそうか。私は、こんな下らない嫉妬(下らない物)の為にあの人を──

 

 

──♪──

 

 

「…………」

 

考えを遮るように、机の上に置きっぱなしにしておいたスマホの着信音が高々と部屋に鳴り響く。一瞬「疲れてるし、無視してしまおうか」とも考えたが、もし生徒会や会社(・・)からの緊急の連絡だったら大事だと即座に机に近寄ってスマホの画面を確認し──

 

 

「……ッツ!?」

 

そこで固まった。画面に表示されている送信主とその番号は、間違いなくあの人の名とスマホ番号を示している。……合計7コールほど間を置き、画面をタッチして電話に出た。すぐさま『遅い。私からの電話に動揺して一瞬出るのを躊躇ったな?』と容赦無い指摘が飛んでくる。──自分がよく知っているニホンピロウイナーの物だ。

 

 

「も、申し訳ありません! 丁度休息を取ろうとしていた所でして……気を抜いていました!!」

 

『そう慌てふためくな。レースが終わって間もない。休息を取っていたというのなら構わん。……それとは別に、電話に出るのを躊躇ったのは間違いないと考えているが』

 

「……すみません」

 

まるで飼い主に叱られた犬のようにしょぼくれるセブン。先ほどまでゼファーに対して取っていた比較的高圧的な態度は、完全に鳴りを潜めている。『まぁいい』と、ウイナーはそう言って話しを先に進めた。

 

 

『──それで? どうだった、奴は(・・)。貴様のお眼鏡にかなうようなウマ娘だったか?』

 

楽しげな愉快さと呆れたような失笑が混ざった様な声で、ウイナーは問う。……特に驚きは無かった。むしろ‘やはり見透かされていた、泳がされていたのだ,という納得だけが心の中にあった。

 

 

「……やはりお気づきでしたか」

 

『当然だ。……と言いたいが、甘いぞ。例え前情報が何も無くとも今日のレースを見れば貴様が何を考え、どういう行動を起こしていたのかなど、私ならば大体把握出来る。……色々と分かりやすいからな、貴様は』

 

そう、なんだろうか。割と表情には出ない性格をしていると自分では思っているのだが……。セブンがそう考える事すら見越していたのか、何も言っていないのに返事が返ってきた。

 

 

『例え表情には出ずとも態度と走りで丸わかりだ。特に、今回のように盲目的なそれではな』

 

「…………すみません、お見苦しい走りをお見せしました」

 

絞り出すような声で謝罪する。レースがどのような展開と結果になるにせよ、ウイナーに今回のレースを拝見されればこうしてお叱りを受けるということは最初から理解していたが──。『まったくだ』とウイナーは電話越しに頷いた。

 

 

『中途半端な執着は心を惑わせ注意を散漫にし、そして脚を鈍らせる。もっとトコトンまで突き抜けた物であれば話は別だが、その境地に至っている訳でもなかった。‘レース中は乱戦極まる戦場で命のやり取りをしている物と思え,と前に教えた筈だぞ』

 

「はい……」

 

『‘レースのこと以外何も考えるな,とまでは言わん。それは無我の境地が一つだ。ただ──』

 

返す言葉など何も無く、それを言葉にすることさえもどこか言い訳がましく感じて、セブンはそうやって黙りこくる。──そうしてウイナーから半ば一方的なお叱りを受けること数分。

 

 

『……そう言えば、貴様にこうして長いこと小言を垂れるのもいつ以来になるだろうな。どうだ、貴様は覚えているか?』

 

思い付いた事がそのまま口から漏れたかの様に、ウイナーは話題を変えた。若干不自然に思いつつも、その時の事をハッキリと覚えていたセブンは素直に答える。

 

 

「……七ヵ月ほど前、一部の情報メディアや個人記者のオグリさんを中心としたトレセン学園への執拗かつ悪質な取材行為を強制排除した時以来になります」

 

『ああ、そういえばそうだったか』とウイナーはさも興味無さ気な声色で呟いた。

 

 

『では貴様とこうして長々と話すのも七ヵ月ぶりか。……思っていたよりはずっと短く感じるな』

 

「……その、あまり蒸し返すのは良くないと理解しているのですが、あの時は本当に……」

 

『その事については『構わん、許す』とあの時も言っただろう。各種メディアへの出演並びに質疑応答は中央のウマ娘レース出走者として義務にも等しい物だが、あの時はウマ娘レースへの世間の注目度が良い意味でも悪い意味でも過剰だった。放置していれば、いずれ厄介極まりない事件が発生してしまっていたかもしれん』

 

これ以上ないほど好景気な世の中に、地方からやって来た芦毛の怪物、オグリキャップを中心とした‘平成三強,の影響による第二次ウマ娘レースブーム。美しくも逞しいウマ娘達による大迫力の高速レースに人々は大いに魅せられ、毎日のようにウマ娘レースに関する話題が全国放映のテレビで放送されていた時期。URA並びにトレセン学園への支援金や企業連携の打診が山のように舞い込み、GⅠレースが開催される時はレース場から溢れんばかりの観客が押し寄せ、ぬいぐるみやサイン入りTシャツなどの各種グッズが飛ぶように売れていた。

 

当然、そんな都合の良い事ばかりが起こる筈がない。むしろ中央トレセン学園にとっては、そんなメリットが些事だと思えるぐらいの大問題が発生していたのだ。──過度な、それも良識のない一部のメディアによる‘取材,である。

 

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