人間よりもずっと繊細(勿論個人差はある)だと言われているウマ娘は、赤の他人によるあまりに過度な干渉を嫌う傾向がある。しつこくても良識があったり、波長が合ってそのウマ娘に気に入られたりした場合は話が少し別だが、基本的に人間よりもストレスに対する耐性が低い種族なのだ。
そんな彼女達が連日に次ぐ連日、それも丸一日使用するような長期間の取材を幾度も受け続ればどうなるか──答えは勿論、身体の調子や精神的なテンションが著しく低下する事になる、だ。
メディア慣れしている、そういった者達のあしらい方を心得ている一部のウマ娘達はそれほど影響は無かったが、耐性が無いウマ娘……特に話題の中心、時のウマ娘として全国的な人気者だったオグリキャップへの過度な取材と、それによる悪影響は凄まじかった。あの超絶大食らいのオグリが精神的に参ってしまい、大好きな食事を自ら抜くという信じられない行動を取る程に。無論、URAやトレセン学園も非常勤の警備員の数を増やしたり、取材内容を事前に事細かく確認するなどの措置は執ったが、そこまで意味は無かった。一度人々に広く、そして強く伝播してしまった‘熱狂,は二つの組織の想定を遙かに上回っていたのである。
少しずつ、だが確実に弱っていくトレセン学園のウマ娘──それを受けて一番最初に大胆かつ明確に、悪質なメディア達への排除行動に出たのがウイナーだ。彼女は実家の名と権力を用いて彼らにハッキリと敵対し、一旦ありとあらゆる全てのメディア関係者をトレセン学園から物理的に追い出した。
その後はここまでに培ってきた様々なコネを使って裏から無言の圧力を掛けたり、URAやトレセン学園理事長……ウイナーが頑なに関わるのを嫌がっていたシンボリルドルフとすら手を組んで、トレセン学園並びにウマ娘達への取材に関する様々な規則を多種多様に再構築し、過度な取材行為がウマ娘達にどれだけ悪影響があるのかを分かりやすく纏めた物と共に世間へと公表することで、彼女は規律という革命すらも起こしてみせた────と、
一番最初に悪質なメディアの排除に動いたのは──悪質なメディア達と真っ先に敵対し、物理的に学園外に追いだしたのは──他ならぬセブン自身だ。
非情と取られるかもしれないが、先に言っておく。実の所セブンは、ウイナーとその周囲の関係者達以外がどんな被害を受けようと知ったことではなかった。もしもウイナーがこの件で行動を起こそうとしなければ、恐らく彼女も何もしなかっただろう。セブンがウマ娘の圧倒的な膂力を駆使して力尽くでメディア関係者を学園から排除しようとしたのは、突然そんな暴挙に出たのは、単に『このままではまたあの人が動く』『余計な敵を作る』と確信していたからである。
──我がそう指示を出した。……ああ、いい加減目障り故に排除しろとな。……なぜ? 何故だと? 皇帝に対しての礼節も知らん無礼者どもに配慮する必要がどこにある? なるべく怪我を負わせないよう行動しただけ上々だろう。──
結局、彼女のその独断行動は、それを咎める為に行なわれた生徒会室での厳重注意の時に突如として割り込んで来たウイナーによって、彼女の
──‘余計な行動をした,などとは考えるなよ? 誰かが栄光と言う名の貧乏クジを引かねばならなかった。──
ウイナーはその後、空き部屋に呼び出したセブンに開口一番そう言った。
中央トレセン学園理事長の秋川は先代である親と交代してからまだ三年と経っておらず、今後を見据えなければならない今あまり過激な行動に出るわけにはいかない。
生徒会長であり、史上初の七冠馬であるシンボリルドルフも同様だ。ウマ娘レース界のスーパースターである彼女が大手メディア達に対して大々的にケンカを売れば、折角己が手で築き上げた物を台無しにしかねない。否。それだけならば彼女は躊躇無く‘皇帝,‘スーパースター,‘生徒会長,としての栄光を手放すだろう。が、仮にそうしてしまったが最後、彼女は‘だからこそ出来た事,まで一緒に手放す事になってしまう。それでも事態が収束すればまだ良い方だが、最悪の場合事態の悪化を招く要因になりかねない。
メジロを筆頭とした、大規模な令嬢ウマ娘達もまた同様である。色々と力を持つ者が、感情にまかせて下手に動くと一体どうなるか──そのリスクを、彼女達は幼少期の頃から徹底的に叩き込まれている。
──が、ニホンピロウイナーは
その上、社交界や経済界での渡り歩き方。各界の大物とのコネの作り方や、経済的なコミュニケーションのやり方などにおいては、超大企業の社長並みの才覚を持っている。その他説明は省くが、ウイナーは‘力と栄光ある者,としては破格とも言えるほど様々な行動をする事が出来るウマ娘なのである。実績は十分なのに生徒会長に立候補すらしなかったのも『行動の選択範囲を狭めたくない』『いざという時に真っ先に動けなくなる』というちゃんとした理由があった。
──確かに面倒事はウンザリするほど増えるだろうが……。なに、
またこの人のお役に立てなかったとガックリ項垂れた自分に、ウイナーからそう言葉が投げかけられた事をセブンはよく覚えている。『そんな事もあったな』と、ウイナーは特に気にしていない様子でそう言った。
『……ああ、そう言えば私としたことが聞きそびれていた事があったな』
「……? なんでしょうか」
今しがた思い出したかのように
『実はかなり前から思っていたのだが──なぜ貴様は私の事を避けるようになった?』
「……………………それは」
たった三文字の言葉を口から吐き出すのに、相当な時間が掛った。
『貴様の態度からして、私が嫌われたという訳ではないというのは予想が付いている。私の障害となり得る物を裏で排除しようとしているのも知っている。──なぜ避ける? それは特に隠密行動が必要な事などではあるまい』
「…………」
『……勅命である──【問いに答えよ】』
「ッツ……!」
ウイナーはセブンが
それから一分近い間が空いて、息苦しささえも感じさせるような声色でセブンは言った。
「────からです」
『……なに?』
それは、一般的な感性を持つ人間やウマ娘ならばいたって普通の──しかして普通ではないウイナーにとってはあまりにも予想外な回答で、ウイナーは珍しく(彼女にしては)驚きに満ちた声で思わず聞き返す。
「──私が、この世界で一番、あなたの足手纏いになるウマ娘だからです」
『……率直に言うが、貴様が言っている事が理解出来ん。これでも幼少期の頃からの付き合いだ。貴様がそう思い詰めるだけの理由はなんとなくでも察せられるが──
先んじていっておくが、ニホンピロウイナーというウマ娘は、ニホンピロセブンが抱えている負の側面をキチンと理解していた。彼女はウイナーという圧倒的な
当然、それをとうの昔から把握していたウイナーだが──そこから先が
確かに彼女の才は、自分と比べて劣っている部分が多い。レースだけの話しならばエリート揃いの中央トレセン学園全体で考えても、多めに見積もって上の下といった所。その差に愕然とし、苦悩すること自体は理解出来る。少しだが、ウイナーにもそういう事を感じるだけの機会があった。
けど、
才能に差があるというのならば、それを覆すだけの努力をすれば良い。努力出来るだけの環境がないというのなら、努力が出来る様な環境を作り出してしまえば良い。環境を整えるだけの資金がないというのなら、それを調達すれば良い。どうしようもなくて困っているというのなら、誰かの力を借りれば良い。
ウイナーの足を引っ張ってしまうという認識こそ理解出来るが、何故それがウイナーを遠ざける事に繋がる? 力を付けたい、強くなりたいと言うのならむしろその逆──自分との力量を測り、参考にする為の指針として傍にいるべきではないのか?
「無理ですよ」
ウイナーが長々と述べた疑問を、セブンは自傷的な笑みを浮かべて一言で切り捨てた。
『……なに?』
「私はあなたの様に強くはありません。あなたが「当然だ」と考えている事を実行することすら出来ないんです。──怖いし、辛いし、痛いんですよ』
『……ちょっと待て、貴様まさか──
諦観という概念を欠片も知らず、目的を達成する為ならばどんな事でもこなし、どんな苦悩も困難も制覇して乗り越えてゆく絶対的な強者故に、ウイナーはセブンのそれに、彼女自身からそうだと言われるまで全く気付くことが出来なかったのだ。彼女にとって、そんな大前提など最初からあって当然の事だったのだから。
「そんな、そんな私が。努力や邁進さえする事が出来ない私が、‘強者,であるあなたの傍にいて良いウマ娘な筈が──」
いや、違う。それでは言い訳だ。──自分は‘弱者,であるということを盾にして、夢から、願いから、この人から逃げたのだから。理由の一つも言わずに逃げて、それでいて‘それでもなにか自分に出来る事は無いか,と考えて暴走し、結局足を引っ張った。レース前、ゼファーに対して『あの人のチームに相応しくない』と言ったがあれは単なる嫉妬から来る物ではなく、本当は他の誰より自分自身へ言ってやりたい言葉が、自然と口から出た物だった。
蚊の鳴くような声でそこまで告げてようやく合点がいったのか、ウイナーは『……そうか』と頷いた。
『ああ、ようやく理解出来たぞ。今思えば、確かに貴様は小さい頃から‘私の足を引っ張らないようになりたい,とは言っていても‘私を支えられるようになりたい,とは言っていなかったな。あれは一種の保険だった訳か』
幼少期の時から行なわれていた、自然なハードル下げ。それが無意識から来ていた物かどうかは分からないが、少なくとも諦観の予兆自体はその頃から既に垣間見えていたのだ。
──いつか、いつかきっと、あなたのお役に立つウマ娘になってみせます!──
『……貴様ならば、いつか私の臣下に相応しきウマ娘に自然となってくれると、ずっとそう思っていたのだがな』
眼を閉じ、脳裏に幼少期の思い出を回想させる。小学生の頃に行なわれた、URA主催のウマ娘キッズレース。そこで当然の様に圧倒的な力の差を見せつけて優勝したウイナーに高々とそう宣言したセブンの決意に溢れた眼を見て、輝かしい未来に想いを馳せた事をよく覚えている。
「……お願いしたい事があります」
それから少し間を置いて、セブンが言った。『──許す、言ってみろ』とウイナーが返す。
「どうか私に【金輪際関わるな】と命じて下さい。今のままでは私はきっとまた、貴方の為だと自分を偽って余計な事をしてしまいかねない』