「──なるほどなぁ、そんな事があったのか」
柴中はウイナーから話しを聞いて、納得したように何度か頷いた。レースに勝ったウマ娘へのインタビューが終わり、今は各所でウイニングライブの準備と打ち合わせをしている真っ最中だ。敗れたとはいえ3着に入ったゼファーも、専用の室内スタジオで他のウマ娘と動きを合せて必死にリハーサルに励んでいる。
『……自覚はあったが、やはり私は民草の‘心,に疎いな。‘願い,ならば幾らか汲み取ってやれる自信があるが、今回は本当にナナ──奴からそうだと告げられるまで理解出来なかった』
セブンが自分を避けるようになった理由として‘何か後ろめたい所があるのでは?,という予想はついていたが、まさか
「ま、そうだな。でもお前の場合は仕方のない部分があるよ。なにせ、お前は強いからな」
非常に珍しい事に少しばかり落ち込んでいる(ある程度親しい間柄でないと全くそうは見えないが)ウイナーに、内心ホンの少しだけ安堵する柴中。──ああ良かった。やはり彼女はまだ
何度敗北を喫しても決して折れず、それがどんなに難関だろうと倒破する。後継の為に自ら道を切り開き、そうあって欲しいと願う民草の為に己を示し続ける、ウマ娘レース界における絶対の皇帝、その一人。そんな彼女であればこそ、セブンが抱えていた
味わった事がない物とその感覚を実際に味合わないまま推測し、その心髄まで理解するというのは至難の業だ。そして恐らく、これからも彼女はその強さ故にそれを味わうことは無いだろう。
『……以前』
ボソリ、とウイナーが何かを言った。あまりよく聞き取れなかった柴中は『なんだ?』と聞き返す。
『以前、縁あってルドルフと対談をした時に奴が言っていた事を思い出した』
‘君は本当に強く、そして完璧に近いウマ娘だ。私は勿論、マルゼンもシービーも……。君を知るウマ娘でそれを疑う者は誰一人としていないだろう,
‘‘皇帝,としてもその在り方だけで言うのなら、私よりも君の方がよほど似合っていると思うよ。なにせ、君は本気でそうであろうと常に心がけているからね,
‘──だからこそ、同じ皇帝の座を戴くウマ娘として、なにより君の強さを知る者の一人として、こう警告させて欲しい。……これは所謂‘どうしようもない事,という奴なのかもしれないが、それでもこうして言葉にして君に伝えることで、いつか護る事が出来る物があるかもしれない,
‘──君は、ちょっと
「‘強すぎる,……か。あのルドルフにそこまで言わせるとはねぇ」
これがウマ娘レースならばこれ以上ない褒め言葉の一つなのだが、流石にこれは言葉の意味が違う。少なくとも、そこには皮肉が含まれている。
『‘誰もが貴様みたいになれると思うな,という意図を含んでいるのは、奴にそう言われた瞬間から理解している。……いや、違うな。理解した気に
本当に珍しい事に自虐的な事まで言い出したウイナーに「おいおいどうした? 流石にちょっとノスタルジックな気分か?」と半ばからかう様に言う。『そういう訳ではないが……』と彼女は少しだけ言葉に詰まったように間を置いた。
『……ただ、そうだな。私はより孤高な皇帝たるべきなのかもしれんとは思った』
トレセン学園のウマ娘達にとって‘憧れの存在,ではなく‘強さの象徴,もしくは‘伝説の存在,。かつてこの世に存在した何人もの偉大な皇帝や王達のように、自分もそこを目指すべきなのではないだろうか。
「……それは何でだ?」
『理屈は分かっても、共感が出来なかったからだ』
セブンに染み付いていた悲観と諦観。それを直々に明かされて理解する事は出来ても、ウイナーの心の内には塩の結晶一粒分程の共感すら無かった。『なんでそうなる』『なぜこうしない』という疑問だけがあったのだ。‘そういう物だ,とウイナーが心理学を学んでいなければ、話しが破綻していた可能性すらある。
『であるならば一定の距離を取った方が互いの為だろう。弱き者達にとっても、私にとってもな』
今回は未然に防ぐことが出来たが、今後セブンのようなウマ娘が出てこないとも限らない。だからといって彼女達の為に自分が気を遣ったり、虚実を吐いてまで励したりするなど御免被る。だいたいそれに心から共感を示せるようになるということは、悲観と諦観などという‘弱さ,を根幹とした曖昧模糊な物に敗れるという事だ。つまりは今よりも弱くなるという事に他ならないではないか。
『ならばこそ、私は‘共感,など出来ないままで良い』
後輩達から憧憬と羨望の念を集め、その翼が折れない程度に上手く星まで導いてやれる‘皇帝,ならば既にいる。自分に出来るのは彼女以上に‘皇帝,としての強さと在り方を示し続け、強き者が目指すべき到達点の一つとして──
「逆だ」
……なに?
「逆だろ、ウイナー。お前が今回の事で自分の不足を感じているのなら、むしろ積極的に後続の育成に関わってやるべきだ」
それはあまりにも予想外の助言で、ウイナーは口にする筈だった言葉を思わず呑み込んでしまった。
『……話しを聞いていなかったのか? 私は──』
「お前について行けない。例えついて行こうとしても強さと正さに目が焼かれ、いずれ翼が折れる。そんなウマ娘がいるっていうんだろ?」
柴中は一月ほど前に行なった、チームステラの入隊テストの事を思い出す。自分の身体と合った適切な距離であれば重賞レースにも勝てそうな逸材は何人かいたが……。もしあの娘達の脚質適正が本当に短距離向けだったとしても、柴中はチームへの入隊を即座に許可する様な事はしなかっただろう。単純な話し、どんな苦難にも決して屈しないようなガッツが無ければ、
実際、チームステラに所属しているのはゼファーは勿論、それぞれ違ったタイプの強靱な「根性」や「覚悟」を持ったウマ娘達ばかりである。『彼女ならどんな事が起きてもきっと大丈夫だろう』そう思わせてくれるような‘強い心,を持っているかどうかこそを、柴中はウマ娘を見定める時の最重要基準に置いている。
「で、お前はそいつらに対して気を遣うつもりは全く無いけれど、後輩達が潰れる要因になるのも忍びないとも思ってる……。‘自分に憧れて、ついてこようとしてくれた,って事だしな」
ゼファー曰く、あの時のメンバーはほぼ全員が、ウイナーに憧れてチームへの入隊を希望したウマ娘達ばかりだったという。そしてウイナーは自らを慕ってくる
故に心苦しい。自らの強さと在り方が夢と希望だけではなく諦観まで振りまき、誰かの心を──自分の民である者のそれですら、否、ウイナーの民であるからこそ──腐らせてしまっているという事実が。
『だからなんだと──「だったら強くしちまえば良いだけだ」…………な、に?』
この時ウイナーは、柴中が何か自分の想定よりもずっとスケールの大きい事を言っているのではないかと、ようやく気がついた。
「言っただろ、発想が逆なんだよ。お前
圧倒的な才能でもなく、計算され尽くした戦略でもなく、勝者としての思考でもなく、その堂々とした強き「心」を。どんな苦難にも決して屈しないような強いガッツが無ければウイナーに憧れることすら許されないというのなら、彼女を慕う全てのウマ娘にそれを植え付ければいい。
「‘弱者の理論に従う気は無い,んだろ? だったらお前の手で学園中の────いや」
「
「……………………」
『まぁ要するにセブンにやろうとしている事を、他の奴らにもやってやれば良いのさ。もしそれが実現できればお前の夢も間接的に叶うだろ。究極的な話しだけど……どうした?』
「…………………………ははっ」
「──あっはははははははは!!」
──大笑。キャロット城は円卓の間で、皇帝であるウイナーはおかしくて仕方がないというように口を開けて大声で笑う。あの時の天皇賞・秋以来だろうか。その声の大きさと言ったら、キッチンにあるオーブンの前でクッキーが焼けるのを待っていたヒシアケボノの所まで余裕で届き、その肩をビクッ! と振るわせる程だった。
あまりにも荒唐無稽で現実味が無い絵空事を、‘お前なら出来て当然,と言わんばかりに柴中が言ってきたというのもあるが──
「し、柴中! 我が
皇帝は高笑いをしながら言葉を紡ぐ。だってそうだろう? この世のウマ娘全てを強者にするという事はつまり、この世から
『……まぁな、でもそれで良い。お前は‘皇帝,なんだろ? だったらこのぐらい傲慢じゃなくっちゃな』
「古代ウルク王が言い放ったという‘慢心せずして何が王か!,という理論か? なるほど、一理あるな」
「うむ」と僅かに頷く。もう一人の皇帝であるルドルフとしては嫌悪感を示す理論でしかないかもしれないが、ルドルフだって‘全てのウマ娘を幸せにする,というとんでもなく上から目線で傲慢な野望を胸に抱いているのだから、この程度の高慢な言い方などなんでもないだろう。そも、柴中の言う通り‘皇帝,や‘王,という生き物は本質的に高慢で傲慢な生き物なのだから。
『それに、いざ実行に移してみればお前はきっと驚くと思うぞ。お前が今まで見てきた‘強さ,とはちょっと違うタイプのそれを見れる筈さ』
「そうか……それは楽しみだ」
ウイナーの声が楽しげな物に変わった事を感じ取り、柴中も楽しげに微笑む。彼女がそれに共感を示せるかはさておき(恐らく難しいと見ている)、これでまた一つ、ウイナーの見識がより深い所にまで進むに違いない。今まで知らなかった物を知り、より完璧な皇帝、より強いウマ娘へと、彼女は足を進められるのだ。
──柴中さーん!
『──っと、ああ! ……そんじゃ、呼ばれたからもう行くわ。ゼファーに何か伝えておくことはあるか?』
「何も無い。強いて言うなら貴様の話しをよく聞き、よく反省し、次へと活かせ。──この程度だ。奴なら言わずともするだろうがな」
それを最後に、ウイナーは通話を切った。「やれやれ」と軽く首を横に振りながら、柴中はウイニングライブのリハーサルを行なっているゼファーの方へ向かう。
「お電話中にすみません、どうしてもリハーサルを客観的に観ていただける人が欲しくて……」
「いや、全然構わないさ。寧ろ話の終わらせ時を作って貰って助かったよ……。あ、そうそう」
「?」
結構な口下手で‘皇帝,が故にああいう言い方しか出来ない彼女に代わり、柴中は己のそれを含めた言葉をゼファーへと投げかける。
「──『お疲れ様、次も期待してる』──だってさ」
「…………はい! 私、これからも頑張ります!!」
こうして、ウマ娘‘ヤマニンゼファー,の最初の重賞挑戦は幕を閉じた。そうして、季節は初夏へと移る。──至上の紅玉が、笑う太陽が、その輝きをぶつけ合う時が刻一刻と迫っていた。