ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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外伝 とある灰被りの少女の祈り 2/15

 

 

「第一回! 『ルーブルちゃんの調子を上げよう』会議~!!」

 

ヌエボトウショウの開催宣言に「いえ~い!」と楽しげに同調したのがダイナマイトダディ。パチパチパチと笑顔で小さな拍手をしたのがヤマニンゼファー。何も言わず、何もせず、表情もフードで隠れて見えないレガシーワールド。最後に一見平然としているが、その実とても複雑そうな顔をしているシスタートウショウ。

時刻は放課後、場所は彼女達以外のクラスメイトがいなくなった教室の片隅だ。各々の机をくっつけ合わせて一つの大きな机を作り、そこに座って顔をつきあわせるような形でなにやら話をしている。

 

 

「今回の議長は私、ヌエボが務めます! ちなみに次回も次々回も議長はヌエボです、異論は認めません!!」

 

「別にそれで良いですから早く話を進めなさい。私も私で言いたいことがるのです」

 

「ふんす!」と自慢げに鼻を鳴らして胸を張るヌエボに対し、シスターは心底どうでも良さげにツッコんだ。ヌエボからすれば連れない反応だがそこは慣れているのか、即座に「はーい!」と和やかな笑顔で返事をする。

 

 

「じゃあ早速、最近のルーブルちゃんの調子について何か意見がある人ー!」

 

その声に真っ先に「はい議長!」と元気に挙手をしたのがゼファーだ。すぐに「はいゼファーちゃん!」と議長であるヌエボから発言権が与えられる。

 

 

「つい先日、一緒にトレーニングをさせて戴いた時の話しです。河川敷近くのサイクリングロードを一緒に走っていたんですが、どことなく全体的に集中されていらっしゃらないような風を感じました! 具体的な例を言いますと、途中で道を二回も間違えそうになりました!!」

 

「ニュアンス的にどういう感覚か分からなくもないですが‘集中されていらっしゃらないような風,ってなんですか」とツッコミかけたシスターだが、そこは喉元でグッと抑えた。「早く会議を進めろ」とヌエボに言った自分が、話を脱線させるような事を言うべきではないと思ったからだ。

 

 

「な、なにィ!? それは大変だよゼファーちゃん! 調子が良い時のヌエボだって一回ぐらいしか道を間違えないのに!!」

 

「調子が悪い時は最悪迷子になって、半泣きで私に電話を掛けてくるあなたが言っても説得力がありませんよ。シスター・ヌエボ」

 

しかしそんな冷静なシスターも、この中で一番長い付き合いになるヌエボの発言には反射的にツッコんでしまう。彼女が「しまった」と気がついたのは、既にそうツッコんだ後だった。

 

 

「ちょっともう! 酷いよシスターちゃん! 私が迷子になったのはもう五ヵ月も前でしょ!! 具体的に言うと、お正月休みにみんなで改めて神社にお参りに行こうってなった時に、私が屋台のにんじん焼きに思わずつられちゃった時!!」

 

「なぜそこまで精細に記憶しているのに普段使いのトレーニングコースの道順は覚えられないんです? あとあなた、よもやそんな事であの時我々から外れたんですか? 初耳なんですが」

 

「まぁまぁ。兎に角、あの几帳面で努力家のルーブルちゃんがボーッとしていてトレーニングに集中出来ていなかった、ってことよね?」

 

ヌエボが言った聞き捨てならない単語にシスターが即座に反応し、本格的に話が脇道に逸れそうになったタイミングでダディが上手いこと話しに割り込んで(フォローをして)、発言権をゼファーへと戻す。

 

 

「はい。別段‘調子が悪い,という訳ではないと思うんですが、なんというかこう……」

 

「……「普通」から上がらない──か?」

 

「そう! それです!! 「調子が良いな」って感じる時がないというか」

 

ボソリ、とレガシーが呟くように言い、それに大きく同調するようにゼファーがコクコクと頷いた。

 

 

「レースを走るウマ娘にはよくある事だ。良くも悪くもない。なのに下がることはあれ、上がる事はない。……調子なんてそんなものさ」

 

レガシーは淡々とした口調で言い続ける。相変わらずその表情は伺いづらいが、調子について何か思う所でもあるのか、いつもよりも饒舌に感じられた。

 

 

「まぁねー。『なーんかイマイチやる気出ないなぁ』って時期、あるわよねぇ……。しかも、一旦そうなっちゃうとなにかしら切っ掛けがない限りアガらなくなっちゃうのよ! 美味しいケーキを食べたり、みんなとお喋りしたり、ダーリンとデートしてもダメなの!! その時は凄く嬉しくて楽しいのに、終わっちゃうとまた元通り……。なんでなのかしらねぇ……?」

 

腕を組んで首を捻り「んー」と唸るような声を出すダディ。(あの、ダーリンって……)(お気になさらず。シスター・ダディのトレーナーの事です)(間違ってもツッコんだりするなよ? 惚気話を小一時間は聞かされる事になるぞ)という目の前で行なわれているヒソヒソ話にも気付く様子はない。……ダディもまた、少しだけ気落ちしているのが原因だった。

 

 

「……まぁそれは兎も角として、最近のシスター・ルーブルに活気が見られないというのは同意します。彼女とよくトレーニング時刻が被る生徒から聞いた話しですが、トレーニングもそこまでのめり込めていないようです」

 

「折角またみんなとの団欒にも参加してくれるようになったのに、これじゃあねぇ……」

 

数週間前にゼファーが(かすがい)の役目を上手く果たしたことによって周囲の様子や気遣いを悟らせれて、再び休み時間や放課後は友人と話す事が多くなったイソノルーブル。仲の良いクラスメイト達はホッとしたし、肝心のルーブルも嫌々参加しているという訳ではなく普通に楽し気なのだが、ふとした瞬間に陰が落ちたかのような雰囲気になる事があった。『みんなの大黒柱(パパ)』を自称するダディとしては、やはり見過ごせない案件である。

 

 

「んー……。じゃあルーブルちゃんがそうなっちゃった『原因』はなんなのかなぁ?」

 

「原因? そんなの決まってる。この前の桜花賞だよ」

 

今更とも言える疑問を呟いたヌエボトウショウに「子供が考えたって分かるだろ」とレガシーワールドは吐き捨てるように言って、そのままシスタートウショウの方をチラリと一瞥した。

 

 

「掛ってただろ、アイツ。蹄鉄が割れて外れちまったからか、それとも最装着に失敗したからかは分からないが、レースの前も後も冷静じゃなかったのだけは間違いない」

 

「あなたのその遠慮の無い物言いを全否定する気はありませんが、もう少し歯に衣を着せなさい、シスター・レガシー。一切悪意の無い言葉でも怯え傷つく者はいます」

 

相変わらずぶっきらぼうな言い方ではあるが、その実‘あの時傍にいたお前の意見を聞きたい,という意図が込められている発言であることをシスターは理解している。あとはもう少し物腰を柔らかくしてくれれば──

 

 

「例え思いっきり悪意のある言葉でも、お前が早々に傷つくようなたまかよ……いや待て、なんで笑ってんだアンタ」

 

「いえ、ちょっとその……懐かしくて! すみません、なんでもないです」

 

普段は無表情極まりないレガシーワールドが、極上の獲物を前にした肉食獣のような、はては強敵を前にした自分の姉達のような獰猛な笑みを浮かべた事に一種の郷愁と、彼女達なりの周囲とのじゃれ合い方を垣間見て、思わず笑顔になってしまっていたゼファー。慌てて取り繕い、更にそこへ「そういう問題ではありません」とシスタートウショウが割り込んで来てくれた事によってなんとか話しの脱線を免れる。

 

 

「……ですがまぁ、そうですね。確かにレースの直前までは相当焦っている様子でした。彼女のトレーナーから係員の方を通して連絡が来なければ最悪、蹄鉄の最装着に失敗した旨を観客のみなさんに伝えるという当然の発想すら浮かばなかったかもしれません」

 

「……そりゃまたトンでもない事になりかけてたんだな」

 

「ええ、やはり彼女のトレーナーは敏腕ですね。それで落ち着いたという訳ではありませんが、パニック状態に陥る事はどうにか免れましたから」

 

「うんうん」とまるで他人事のように頷くシスター。彼女にとってはあの時の経緯など些細なことでしかなく、それ即ち「まず自分から連絡を取った」など、特段と証言するべき事でもなかった──だが。

 

 

(シスターさんがルーブルさんのトレーナーさんに連絡を取ったのでは?)

 

(シスターちゃんが動いたんでしょうねぇ)

 

(こいつが連絡をしたんだろうな)

 

(え? シスターちゃんが助けてあげたんじゃないの?)

 

ゼファーは、そんな状態のイソノルーブルが『トレーナーに連絡を入れる』というまともな思考が出来るのか? なんで彼女のトレーナーは、あの日ゲートの係員だった人物の電話番号を知っていたんだ? シスターがルーブルのトレーナーの電話番号を把握している方が余程可能性が高いんじゃないか? というロジックから。

ダディとレガシーは、今まで積み重ねてきた彼女達と過ごした時間とそこから得た経験則から、シスターがああいう時にどういう行動を取るかという予測から。

ヌエボは何のロジックも予測も無い己の感覚と、口うるさくて厳しくも優しくて強いシスタートウショウへの信頼から。

 

理由こそ様々だが、四人ともその解で間違いないだろうという確信を得ている。

 

 

「んー……。でも、だったら具体的にどうすれば良いのかしら。『信じて見守る』のも答えの一つではあるけど──」

 

「もうすぐだもんねぇ、オークス。シスターちゃんも最後の調整に向けて凄く頑張ってるよね」

 

クラシッククラス、ティアラ路線が二冠目、優駿ウマ娘‘オークス,。樫の木の名を冠するこのレースは、クラシック路線でいう所の日本ダービーに値するレースだ。当然世間からの注目度も高いし、出走するウマ娘も他のGⅠレースと同様、超一線級のそれである。

 

 

「当然です。桜の女王の称号を得ることが出来たのは大変光栄ですが、それだけでは私の目的は果たせませんからね。トリプルティアラまで残り二冠……樫の女王と秋の女王、そしてクイーンの称号も全て私が頂きます」

 

「随分と強気で傲慢な修道女(シスター)がいたもんだな。──まぁでも、私としちゃ‘そっち,のアンタの方が断然イイよ。お堅く纏まってる時よりもよっぽど走り甲斐がありそうだ」

 

「ご冗談を。別段‘この私,は嫌いではありませんが、普段は抑え慎むべきです。それが出来る生き物こそを‘人,と呼ぶのですから」

 

実に涼しげな顔で大胆な宣言をしつつ、レガシーワールドの挑発めいた発言を受け流すシスタートウショウ。……やはりというか何というか、心の奥底ではそんなやり取りを楽しんでいるのが見て取れる。何故ならその口元が──これは彼女らを注意深く観察していたゼファーだからこそ気付いた事だが──ホンの僅かに弧の字を描いていたから。

 

 

「……そうかい。それじゃ、いつか本番のレースでアンタとやり合えるのを楽しみにしてようか」

 

「どうぞご自由に。──ですが、今はシスター・ルーブルとオークスの方です。『信じて見守る』以外に何か具体的な提案はありませんか?」

 

友人として、同じ路線のレースを走る一人のウマ娘として、同期の実力者、その最高峰が一人である彼女には考え得る最高の状態でレースに参加してもらいたい。──そうでなくては意味がない。勝負の過程や結果に固執するつもりは無いが、こだわる意味と意義はあるのだ。むしろ、こだわらなくてはある種の侮辱にすらなり得る時もあるのだから。

 

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