「んーと……。やっぱり保健室で診て貰うのが一番早いんじゃないかなぁ?」
「……驚きました。あなたにしては堅実な意見ですね、シスター・ヌエボ。ですがこういう場合、内科医ではなく精神科医に掛かるべきなのでは? まさかとは思いますが、トレセン学園に常勤している精神科医の方に心当たりが?」
「ううん。そうじゃなくてね? 保健室の一番奥にあるベットは‘どんな不調も寝るだけで(一定確立で)治る,って噂なの! 凄いんだよ! 偏頭痛だけじゃなくて、不眠症に太り気味にサボり癖なんかも治っちゃうんだって!!」
「あなたに真っ当で堅実な意見を期待した私がバカでした。次」
「ホントのことなのにー!」と腕をガバッ──! と振り上げて(彼女なりの)猛抗議をするヌエボトウショウを無視して、シスターは次なる意見を促す。
「ルーブルちゃんのトレーナーさんに協力して貰って、デート作戦とかどうかしら! ほら‘旅は自分の世界を広げる魔法だ,ってよく言うじゃない? ちょっと遠出して温泉旅館で一泊二日。ゆっくり温泉に浸かりながら二人だけの時間を過ごして貰えば、小さな綻びなんてきっと簡単に突破出来るわよ!!」
「発想としてはそこまで悪くありませんし、上手くいった場合のメリットも大きそうですが、如何せん色々とリスクが高すぎます。完全な信頼関係を築いた後ならば兎も角、今の段階でそれをやっても彼女がトレーナーに終始リードされて終わりかと。……というか、その資金はどこから抽出するつもりなんですか」
「そもそもスグに治す必要があるのか? 別に不調って訳じゃないんだろう? オークスまであまり時間が無いんだ。病院や旅行に行く暇があったら、その時間を使ってトレーニングに集中した方が良いと思うが」
「その経緯からしてあなたの意見は貴重な物ですが、やはり私は多少時間を消費する事になってもシスター・ルーブルの調子を上げさせるべきだと考えます。これはウマ娘全体に言える事ですが、その時の調子が良ければ良いほど、トレーニングでもレース本番でも本領を発揮しやすいですから」
「あのねあのね! タキオン先輩特製のナンデモ・ナ・オールっていう万能薬が──!」
「あとで生徒会並びに風紀委員会に通報しておきましょう。……毎度思うんですが、何であの人は毎回厳重注意程度で済まされるんでしょうか。起こしてきた騒ぎの大きさと質の悪さ、その頻度から考えて、いい加減停学処分になってもおかしくないと思うのですが」
「えー? でもスッゴく効果あったよ? 七色に光っててとても綺麗だったし! ……なんか一日中‘ヒヒーン!,って滅茶苦茶叫びたくなったけど」
「どう考えても怪しい薬を躊躇無く飲むな! 思いっきり副作用があるじゃないですか!!」
ビシィ──! とヌエボトウショウの脳天目掛けて綺麗なチョップを放つシスター。「ぐぉぉお……!」と悶絶するヌエボを尻目に、彼女は疲れからかハァハァと荒く息を吐きながら、片手で額を覆う。……結局「これだ!」と言えるような意見は出てこなかった。シスター自身も皆の意見を聞きながら色々と考えてはいたのだが、どれもこれもイマイチパッとしない物ばかりだ。
やはり専門家であるトレーナーか誰かに相談する他ないか──現状としてそう結論づけようとした時だった。
「──精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことが出来ない」
突如としてゼファーが放ったその一言は、静かだった湖面に石を投げ入れたが如くその場を支配したようにシスターは感じた。
「…………それは?」
「とある有名なスポーツ選手の受け売りです。私の言葉ではないので少し気恥ずかしいんですけど……」
一瞬だけ気恥ずかしそうに笑うと、ゼファーはその場の一人一人に願うように告げる。
「幾つか調べてみたいことがあります。……協力していただけませんか?」
「…………?」
最近、何かをふと疑問に思う時がある。しかして何を疑問に思ったのか自分でもよく分からないまま、考えようとすると霧のように霧散してしまうのだ。
決して呆けているとか若年性痴呆症だとかそういう訳ではない。(と信じたい)あえて具体的に言うのであればそう──
「──よし! 目標達成。良いタイムだよ、ルーブル」
「は、はい! ありがとうございます、トレーナーさん!!」
なんだか調子が上手いことあがっていっているような──そんな気がしてならないのだ。……いや、理由は分りきっているのだが。
「やっほー! ルーブルちゃん、調子はどーお?」
「ヌエボちゃん! ダディさん!!」
「このところ頑張ってるみたいねぇ。タイムも随分と良くなったみたいだし」
ルーブルは割と本気で驚いたような顔で、声を掛けてきた二人を見やる。トレーニングを終えた後の休憩時間だ。広大なトレセン学園の総面積の約1/3を占めているトレーニング用のターフは、よっぽどの事情がない限り同時に複数のチームないしウマ娘が使用している事が殆どである。如何に広大な中央トレセン学園とはいえ、在籍している二千人以上のウマ娘一人一人にターフを貸す事が出来る程の土地や時間的余裕は無いのだ。……要するに有望株と評されているウマ娘のトレーニングは時を同じくターフを使用している他のウマ娘達から注目されがちで、時折キリの良いところで話し掛けてくるような娘も確かにいるのだが──。
「えっと……。あの、お二人は今日は室内トレーニングの日だった筈では……?」
もしかして日にちを勘違いしていたのだろうかと、首を傾げるルーブル。それを「違う違う」とダディは手を横に軽く振る事で否定した。
「ちょっとした気分転換にね。習慣的なトレーニングは勿論大事だけど、いつも決まった日に決まったことばっかりするんじゃ飽きちゃうでしょう?」
「あとねあとね! ルーブルちゃん頑張ってるかなぁって気になったんだぁ! 最近どうかな? 結構調子良いんじゃない!?」
ふんす! と何故だかは分からないが色々と期待の籠った目でイソノルーブルを見つめるヌエボトウショウ。感覚として曖昧なだけになんと言えば良いのか一瞬だけ迷ったが、ここは素直に答える事にした。
「そう、だね。……うん、確かに良い感じかも」
ちょっと前までは不調──と呼べるそれでこそなかったが、どことなく‘気,が心と身体に満ち足りていなかったような感じがする。少なくとも今日みたいな好タイムで走る事は出来てはいなかった筈だ。特段悪くはないが特段良くもないような、所謂凡走を繰り返していた。そうなった切っ掛けは見当がついているのだが、肝心の原因が分からず、トレーナーと一緒に四苦八苦していた。
──けれど。
「今はちょっと違うわね。なんというかこう、身体中から「むん(意訳:頑張るぞ!)!」って雰囲気が漂ってきてる。──お見事復調大成功、って感じね!」
「スッゴく良い走りだったよね! 最初から最後まで先頭の景色独り占めーって感じ!!」
「あ、あはは……。その、ご心配をお掛けしたみたいですみません」
心底安心したようにダイナマイトダディはニッコリと微笑み、ヌエボトウショウは屈託のない笑顔を浮かべる。自分に向けられたその微笑みを直視するのがどことなく気恥ずかしくて、ルーブルは頬を若干染めながら目線を横へと逸らした。
「いいのいいの! 別に謝る必要なんてないわ。調子が良くなって本当に良かった」
ヌエボトウショウは「うんうん!」と力強く頷いて
「みんなで頑張ったかいが──モゴッ!」
そのままダディに手で口を塞がれた。危うく余計な事を口走りそうになったからだ。「だ、ダディさん?」と状況を飲み込めないルーブルが困惑した声を上げる。
「あ、あはははは……。それじゃあ私達はそろそろ次のトレーニングの時間だから、この辺で失礼するわ!」
「え、あ、はい……?」
「
そのままヌエボトウショウを脇に抱え、慌てたようにその場を走りさるダディ。途中一度だけ振り返って「オークス、楽しみにしてるからねー!!」という言葉を放ち、彼女達は半ば呆然とするルーブルの視界から消え去った。