「第二回! 『ルーブルちゃんの調子を上げよう』会議~!!」
ヌエボトウショウの開催宣言に、一回目の時と同様「いえ~い!」と楽しげに同調したのがダイナマイトダディ。パチパチパチと笑顔で小さな拍手をしたのがヤマニンゼファー。何も言わず、何もせず、表情もフードで隠れて見えないレガシーワールド。最後に一見平然としているが、その実早く調べた情報を共有したそうな顔をしているシスタートウショウ。
時刻と場所は勿論第一回の時と同じく、彼女達以外のクラスメイトがいなくなった放課後の教室の片隅だ。各々の机をくっつけ合わせて一つの大きな机を作り、そこに座って顔をつきあわせるような形で、五人は二日ぶりに会議を再開する。
「今回の議長も私、ヌエボが務めます! ちなみに次回も次々回も──」
「そういうの良いですから」
第一回の時よりも簡潔かつアッサリと、まるで心底どうでも良い事のように切り捨てられても、ヌエボトウショウは即座に「はーい!」と和やかな笑顔で返事をする。
「じゃあ早速、調べたことを発表したい人ー! う、うぉおおおおお!」
今回は一回目の時と違い、自分を含めて全員が挙手をしたという事実によく分からない感動を覚えて思わず叫んでしまうヌエボトウショウ。眼をキラキラさせつつも、一番早くて勢いのある挙手をしたのがゼファーであるという事を彼女はシッカリ把握していた。
「はい! じゃあ前回と同じくゼファーちゃんから!!」
議長(自称)であるヌエボトウショウの了解を得て、ゼファーはこの三日間で調べたことを喋りだす。
「私はまず、ルーブルさんと同室のウマ娘さんにお話を伺ってみました」
「まぁルームメイトに話しを聞くのは基本だな。もし異変が起きてるってんなら大なり小なり、そいつしか知らない事がある筈だ」
同じ寮の同じ部屋で生活を共にする、たった一人の相方。
「トレーナーの方達は基本、寮への立ち入りが禁じられていますからね。それでも寮外で既に接触はされているでしょうが、もう一度聞き込みをするのは悪くない手かと」
「ええ。案の定、ルーブルさんのトレーナーさんからもお話を伺われたらしいです。で、その時は特に疑問に思うような変化は無かったらしいんですが……」
「……ですか?」
ある程度の予測が付いているのか、シスタートウショウは半ば確信めいた視線でゼファーに続きを促す。
「……改めて注意深くルーブルさんのルーチンワークを思い返していくと、ここ最近はどうも眠る時間に大きくバラツキがあるようでして」
「ルーブルちゃんが眠る時間を削ってるってこと?」
「ああ、そっちでははなく……。睡眠時間は前と大きく変わっていないんですが、就寝時間が早い時で十時だったり、遅ければ夜中の三時を過ぎる事もあるらしいんです」
レースを目前にした最終調整の影響だったり、何らかの理由があって数回だけそうなっていた時がある──であれば分からないでもないが、イソノルーブルの次走はオークスと決まっているし、それだってまだ一応時間的猶予は残されている。他に何か忙しさに翻弄される要因があるわけでもないとなれば──。
「ルーブルさんがその日その日によって違う、適切かつ効率の良い自主トレーニングないし勉強をしている──と考えれば納得がいきます」
睡眠時間そのものが削れていないのは、ルーブルが睡眠の重用さをある程度理解しているから。就寝時間が違うのは、その日の予定や出来事によってトレーニングの開始時間に差が出るから。
「んー、でもおかしくない? トレーナーに内緒で、予定にないトレーニングをしてるって事でしょ? それだったらルーブルちゃんはもっと体調を崩してると思うけど……」
なんとか話しについていけているヌエボトウショウが言及する。「確かに」と、ダイナマイトダディとレガシーワールドが同意するように頷いた。トレーナーが立てた計画に無い追加トレーニングを行なうウマ娘こそ少なくないが、それを何日何日も繰返し、不規則な生活をしているというのであれば、もっと分かりやすい異変があってしかるべきだ。
「──‘予定通り,だとしたらどうです?」
「……へ?」
だからこそ、ゼファーのその意見は考察の前提その物を吹き飛ばしかねない。
「トレーナーさんから見てもその追加トレーニングの内容は無理のない物で、ちゃんと事前に許可を貰っていて、‘でも睡眠時間は削る事のないように,と忠告を受けていたとしたら?」
「えっと、それは……」
ヌエボトウショウは久々に自分の頭をフル回転させて考える。毎日行なっている追加トレーニングが予定通りの物だとすれば、それそのものが不調の原因にはなり得ない。となれば、やはり就寝時間のバラツキにこそ要因の一端があると見てしかるべきだ。──つまり。
「就寝時間の事だけ伝えてない……?」
「だと思います」とゼファーは軽く頷く。睡眠時間そのものが削れている訳ではないし、トレーニング後のケアも欠かさずやっているから、疲労は大まか元通りに回復してしまう。トレーニングによって身体の出来自体はドンドン良くなっていってるし、体調も悪い訳ではないから、その情報抜きでは流石のトレーナーでも不調の理由が分からない。オマケにルーブルは化粧や体調のケアが上手なウマ娘だ。自分の顔色を良く見せる化粧や、他の健康的な行為によって肝心の要因が──それどころか、彼女が不調であるという事実さえも分かり辛くなってしまっている。
「本当はトレーナーさんに聞いて裏を取りたかったんですが、生憎とこの二日間都合が合わなくて……」
自分で体調の管理がある程度出来て、健康についての知識や疲労のケアする技術も備わっているイソノルーブルだからこその見落としではないかと、ゼファーは改めて意見を述べる。
「……あってるかもしれないわ、それ」
「ええ、私も同意します」
ゼファーの意見を全て聞いて、それに強く同意を示したのがダディとシスターだ。二人ともゼファーの報告を聞いて大いに納得がいったのか、確信めいた表情をしている。
「と言うと?」
「学園に申請さえすれば、夜でもトレーニングルームを使えるのは知ってる? ルーブルちゃんってここ最近、毎日深夜か早朝にトレーニングルームを使ってるんですって。それもその日ごとに使う時間がバラバラ! トレーニングルーム使用頻度№1のライアンちゃんに聞いたから、まず間違いないわ」
メジロライアンに話しを聞いた当初は「やっぱり無理なトレーニングが原因だったのね」と思ったダディだが「でもそれならトレーナーさんが気付くわよねぇ……?」という疑問に打ち消されていたのだ。初めからトレーナーの了承を得ていたというのであれば、それにも説明がつく。
「私は彼女が贔屓にしていると聞いた、学園外部のアニメショップにお話を伺ってきました」
「あ、アニメショップ? アイツってそういうとこ行ったりするのか」
イソノルーブルが大好きな「お姫様」が出てくるようなアニメ漫画作品なんてそれこそ腐るほどあるだろうが、それでも普段のイメージとは違う感じがしてしまうレガシーワールドである。勿論好きではあるのだろうが、そういった場所に平然と行けるような性格をしているとは思えな──
「ええ、そうらしいです。情報を提供して頂いたDさん曰く、アニメショップに行くというより小さな友人達に会いに行っている──という感じらしいですが」
「……ああ、そういう事か」
シスターのその一言で全て納得出来てしまった。彼女は比較的控えめで引っ込み思案な性格をしているがとても親切で、友人を大切にする心優しいウマ娘だ。恐らく何らかの理由でアニメショップへと行った際に、同じくアニメショップに来ていた子供達と仲良くなったのだろう。
「その友人の方達曰く『最近UMAINの返信が遅くなった』らしいです。『あまり会えなくて寂しい』とも言っていました」
「んー……。会議なのであえて否定的な意見を言わせてください。シスターさんもそうですが、今はルーブルさんにとってとても大事な時期です。UMAINの返信は兎も角、直接会えなくても仕方がないのでは?」
あんな考察を語っておいて今更何を言っているんだ? と思うかもしれないがそもそもの話し、ゼファーは自分の考えが当たっているとは思っていない。否、思ってはいるが、間違いないという確信に至らない限り、そうだと決め打つような真似はしない。
「ええ、そうですね。私もそれは否定しません。……ですが、そしてそのUMAINの返信が遅くなった理由として──
『本当にごめんね? 最近朝と夜にやってる追加トレーニングが忙しくて……。本当は私も、久々にみんなと会いたいんだけど……』
──という返信があったそうなんです」
「……なるほど。肉体的な無理や無茶をしていなくとも、友達と会えない状況が続いている事そのものがストレスになってしまっているかもしれないと」
分かる話だ。と、ゼファーは大きく頷く。彼女がこの教室に編入してからまだ一ヶ月半と経ってはいないが、それでもイソノルーブルというウマ娘について分かる事として‘とても優しい,‘謙虚である,‘友人を大切にする,という三つの要素がある。そんな彼女にとって‘自分の所為で友達を寂しがらせてしまっている,という事実は、自覚の有無に関わらず想像以上の負荷となるだろう。オマケにこれも、彼女のトレーナーでも気づけない、気づき辛いタイプの負荷だ。
「
その言葉に反応したのか、ヌエボトウショウも手を上げる。
「あのね! ルーブルちゃんってにんじんバターケーキが大好きなんだけど、ここ最近は誰も食べてる姿を見てないんだって!! ヘルシーで栄養価の高い物ばっかり食べてるからオークスに向けての調整? なんじゃないかって噂だけど、もったいないよねー。あんなに美味しいのに!!」
バターケーキ。別名パウンドケーキとも呼ばれるそれは、書いて字の如くバターを大量に使うケーキだ。当然の事だが、脂肪の塊であるバターをふんだんに使うだけあって美味さだけでなくカロリーもヤバい。特に中央トレセン学園仕様のそれは、たっぷりのホイップクリームとハニーシロップを添えたまさしくカロリー爆弾であるため、大量に食べてしまった日にはトレーナーからお小言を頂戴すること必至である。
「あー……。まぁ折角オークスに向けて身体を絞ってる最中なんだから、好きな物をバクバク食べる訳にはいかないわよねぇ……。でも! それが辛いのなら我慢しちゃいけないと思うわ!」
「正直、私はあまり共感する事が出来ませんね……。なにぶん、質素かつ節制を心がけてきた教会育ちなものですから。ですが理屈は分かります。食とは決して、ただ身体に必要な栄養を摂取するだけの‘作業,などではありません。生きる為の糧であり、人にとっては‘娯楽,の一種です」
「ええ。それを我慢をし続けてしまえば健康上問題が無くても、前より健康な身体になっていたとしても、きっと心の方に支障が出てしまうでしょうね。例えそれが、微々たるものであったとしても」
ダディが感覚で、シスターが知識で、そしてゼファーが経験でそれぞれ同意する。無論、食べ過ぎはダメだが、それでルーブルにストレスが溜っているというのなら本末転倒である。決して‘厳しいトレーニング,や‘無茶な調整,などを否定する訳ではないが、それに伴う辛さや苦しさによるダメージが不調の原因になってしまっているのであれば、即刻やり方を変えるべきだ。
「んー……。でもね? 私がいうのもあれだけど、流石にトレーナーさんもこれは気付いてるんじゃないかなって思うんだぁ」
中央トレセン学園はレース科のウマ娘には──より正確に言えば、担当トレーナーがいるウマ娘だが──‘今日は何をどれぐらい食べたか,を自分のトレーナーへと報告する義務がある。担当のトレーナーはそれを考察材料の一つとして、現在の健康状況を推察したりする訳だ。故に、イソノルーブルが虚偽の報告をしていない限り、最近の食事状況は彼女のトレーナーも知っている筈なのだが……。
「だから、トレーナーさんがその上でスルーしてるんだったらこれは違うのかなぁ? って」
「ルーブルちゃんは嘘の報告をするような娘じゃないしねぇ。まさかトレーナーさんがルーブルちゃんの好物を知らないって訳でもないだろうし……」
「むむむ」とヌエボトウショウは腕を組んで考え込む。今一度言うが、こうして情報を集めて話し合っている五人はトレーナー候補生でもなんでもない、ただのウマ娘である。何かこう確信的な情報でもない限り、真実に辿り着く事は──
「‘断ってる,んだよ。アイツからな」